つぶやき

August 23, 2019

私がフローラを選ぶ理由

ドラクエ5はシリーズの中でも一番好きで、何度も繰り返しプレイしています。時間をおいても、幾度となくプレイしたくなるのは5だけ。
突然何故こんなことを書くのかというと、数日前ドラクエ5に関するネット記事を読んだから・・・です。
で、このゲームにつきものなのが、結婚相手をビアンカにするか、フローラにするか、の選択。(デボラは知らないのでスルー)
そして、この嫁選び論争が終わらない・・・らしい。
大半のプレイヤーがビアンカを選ぶ印象ですが、私は毎度、フローラと結婚しています。「たまにはビアンカで」と思うのですが、なんだかんだ結局同じ選択をするのです。
なんでも、ビアンカと結婚した場合のフローラは、同じ街に住む幼馴染のアンディと結婚するらしいけど、ビアンカは主人公と結婚しなければ独身のまま。
この境遇の違いを見ると「ビアンカを嫁に」と思うのかもしれません。ビアンカと結婚すれば、フローラに思いを寄せるアンディも幸せになれる。
が、プレイする度に一応迷いはしても、結局フローラを選ぶのは何故なのか・・・。
スーファミ版とプレステ2版をプレイした上で自己分析すると、実はビアンカみたいな女が好きじゃない、というのが第一の理由だったりします。
彼女は主人公より年上であるにも関わらず、身勝手が過ぎると感じるのです。
ほぼ初対面の主人公に向かって「私の方が2つもお姉さんなのよ」と自己紹介されても、だからどうした、と思わざるを得ない一言を発し、「本を読んであげる!」と別に頼んでもないことに手を出しては、難しすぎると字が読めなくて断念。
ビアンカの家がある街に一緒に行けば、散歩中に遭遇する、ベビーパンサーを虐めている子供達に正義感を振りかざし、レヌール城のお化け退治と交換することに。(じゃないと物語が進まないというツッコミはなしで)
レヌール城の建物の中に入って早々行方不明になり、助けたら「今まで何してたの?」の一言ってちょっと酷くない?
しかもベビーパンサーを引き取ったら引き取ったで、自分で飼育するわけじゃない。
成長してキラーパンサーになった彼を仲間に入れなくても物語は進むみたいなので、何と言いますかね・・・。再び仲間にする為にカボチ村の村人たち救っても、誤解され嫌味言われまくって、詐欺師扱いされるのは主人公。
おまけにベビーパンサーの名付けの際、どれがいいかと出す名前候補の謎センス。
初めてプレイした時、水のリングを探す時に再会した時のレベルの低さと武器防具のショボさに、愕然としたことも忘れられません。
いばらのムチなんて、レヌール城のお化け退治の時の最強武器だよ?何年使ってんだ。
山奥の村周辺に出没するモンスター、装備してる武器防具とそのレベルじゃ倒せないと思うんだけど、というツッコミはしないにしても、もう少しどうにかなったよね?という思い。
主人公は出自は良くても常にカツカツの生活で、自分たちの武器防具揃えてレベル上げるのがやっとでボロボロの中(多分)でのこの仕打ち。
それに、ビアンカの父親が「娘と結婚してくれたら安心するんだけどな」と、独り言を装った強要めいた発言が、増々私を引かせるのであった。
ゲーム後半は水門開けるのみの存在となってしまっている点には、少々胸が痛まないこともないけど、こんな感じの理由で結局フローラを選ぶのです。
ビアンカの存在を知ったフローラは、もしや自分との結婚が不本意なのではと気づきますが、これ逆の立場だったら、ビアンカは気づくだろうか?と思ったりも。
たかがゲームのキャラに、何をそこまで思い入れているのだろうと、冷静になる時もあります。
しかし、たかがゲーム。されどゲーム、なのですよ。

disney_t at 23:28|Permalink

May 06, 2019

テレビ人

ゴールデンウィークも今日で終わり。
毎年あまり連休関係ない我が家でも、今年は更に関係なく過ごしました。
生活リズムは平日、気分だけ祝祭日なので、同じような人は他にもたくさんいるけど「世の中はお休みなんですよ〜」って空気が重苦しいと言うかなんと言うか。
それでも、やっと連休が終わる・・・って感じです。
平成から令和にうつる頃、先月30日のブログを書いて少し経った頃、腹痛になりました。
幸い、時代が変わる時刻をトイレで迎えることはありませんでしたが、平成最後のその時に腹痛に苦しめられるなんて、なんて成長のない人生なのだろうと少々落ち込みました。
連休中、フラ〜っとどこかへ行きたくても、どこも混んでるんだろうな、電車も混むんだろうなと思うと面倒になり、少し前に買ったさくらももこさんのエッセイも、連休入る前に読み終えちゃって・・・。
それでも、日本映画専門チャンネルで古畑任三郎の第1シーズンから一挙放送があり、懐かしいエピソードも見られて楽しかったです。
残念ながら、キムタクの犯人の回とSMAPが犯人の回など、放送されないエピソードもあったけど・・・。
事情は分からなくもないけど、出来れば見たかったなぁ。
他にも、WOWOWでタイタニック(NHKBSでも放送あったけど吹替だった)、今日はNHKのプレミアムシネマで風と共に去りぬと、長時間の作品を見て、すっかりテレビ人でした。
「テレビっ子」と書こうと思ったけど、もう「子」って言える年齢でもないので、テレビ人・・・。

disney_t at 22:06|Permalink

April 30, 2019

時代

今日は、平成最後の日ですね。
まさか新しい時代がこのような形で来るとは思いもしませんでしたし、昭和から平成に変わった時はまだ子供で、何が何だか分からず、いつの間にか、知らぬ間に元号が変わって平成になっていた・・・という感じです。
「今日から平成だね〜」なんて意識も、特になかったように記憶しています。
子供の頃は皇室がどういうものであるのかよく知らず、分からず、遠いものとして感じていたと思います。
とうとう今上天皇にお目にかかることは一度もなく、平成の世が終わってしまいます。
一般参賀も行ったことがなかったし、先日、横浜のこどもの国をご訪問されると知った際には、行ってみようかな・・・と少々迷ったのですが、ホイホイ行ってもお目にかかれるか分からないし、と思うと、行動にうつせずじまい。
因みに父は一度、子供の頃(勿論昭和の時代)に一般参賀に行ったことがあるようで、どんな感じだったのか聞いたら、「姉ちゃん(私にとっては伯母)が小石にけつまずいて転んだことしか覚えてない」という・・・。
令和の時代もまた、テレビを通してお姿を拝見するだけになるのかは、分かりませんが、やはり一度はお目にかかってみたいです。
何事もなければ、Cyrilくんと一緒に平成最後の日、そして、新しい時代の令和を迎え、共に過ごすはずだったことを思うと、新しい時代の幕開けが複雑な気持ちなのが、正直なところです。
diary2254.jpg私にとって平成とは、母との別れも平成に入ってからでしたし、WISH、Cyrilくんとの出会いと別れも平成。色々な別れの時代だった気がします。
無論、その分出会いもあったわけですが、別れの方が辛いし、一番新しい記憶が、別れの時のことなので・・・。
平成は色々あったようで、そこまででもなかったような、でも色々あったような、よく分からない時代でした。
写真は馬路村のカレンダーの、昨日と今日の日付。
カレンダー製作の頃は、まだ10連休になるか分からなかった時期だったと思うので、今日と明日、明後日の日付は黄色になっています。
明日からの令和の時代は、果たしてどんな時代になるのでしょうね。

disney_t at 22:20|Permalink

March 25, 2019

35

パークの35周年イベント、終わってしまいましたね。
グランドフィナーレの期間には、とうとう一度も行くことがなく終了。年間パスポートも、18日に切れました。
買いたい、食べたいと思うものも以前はありましたし、35周年のメインアートより、グランドフィナーレのイラストの方が好きだったけれど。
スーベニアメダルも全て作り終えることが出来ないままでしたが、正直、今はパークに行く気分になれません。
昨年末行こうと思っていたのも、行きたくて行くと言うより、今まで集めていたTodayが途切れるとか、Cyrilくん用の写真立てがあればとか、そんなに大した理由じゃなかった。
これまでもTodayが途切れたことはあったので、何が何でも!って気持ちも、正直なく・・・。
クリスマス最終日に行こうと思ったのは、一体何だったのか自分でも分かりませんが、キラキラした空間がキツかったことは確か。
アンテナ張ってたノベルティにしても、今はその気力もないので全く探していません。
手元にワンデーパスはあるのですが、期限が切れるまでに使うかどうかも、分かりません。使わなければ勿体無いとは思うのですけどね。

disney_t at 23:01|Permalink

March 05, 2019

家族を迎えるということ。その3

Cyrilくんが旅立ち、少しの間は「Cyrilくんの空気」を感じることもありましたが、それでも家の中はガランとしました。
次第に寒々しく、誰もいないような、そんな家になりました。
犬がいない生活って、こんなだったっけ・・・。
WISHが旅立ってからCyrilくんが来てくれるまでのおよそ5ヶ月、どうして暮らしていたのか、記憶にありません。
もっと言えば、WISHが来るまでの間の生活は、こんなにつまらない日々だったのだろうか。
「いつか来ること」なんです。そう、いつかは来る。
けれど、受け入れられているのか分からない日々。仕方なく、しょうがなく生活している状態で、そこには何もありません。
実は、Cyrilくんとお別れした数日後に、父はまた「犬を飼いたい」と言い始めました。
Cyrilくんはあんなに父ちゃんのことが好きで、大の父ちゃん子だったのに、それをもう忘れて次を考えている様に思え(勿論忘れてないと思いますが)、薄情な気がしました。
確かにあの時、父が犬を飼いたいと言わなければ、Cyrilくんが我が家に来ることはなかったと思います。
が、あの時とは違い、10年という時が流れました。それだけ人も、年を重ねました。
父自身も、自分が若くないことは分かっている様で、若い犬は無理だから、引退犬を引き取るのはどうか、と言っています。
犬と一緒に暮らすことは、とても楽しく、幸せなこと。
年老いた人でも動物を飼うのが良い、というような意見があるのも、動物を飼うことで健康になれるのも、なんとなく分かります。
が、これを言ったらキリがないのだけど、何があるか分からない不安が大きく、一歩を踏み出すことが出来ません。
WISHとCyrilくんと生活していた時に何もなかったのは、運が良かっただけだと思っています。
見送ることも含めて、私一人で全てを出来る自信があれば恐らく、父の希望に沿う選択をすると思います。しかしその自信がない。
自分たちに何かあっても、残されたワンコの面倒を見てくれる人がいるのなら、いいのかもしれません。
でも・・・。例え面倒見てくれる人がいたとしても、私が嫌なのです。
「うちの子」である以上、私と同じように、それ以上でも以下でもなく、同じように愛情をかけて欲しいと言っても、恐らく無理だから。
「寂しいから飼いたい」は立派な理由であり動機でもありますが、現状から考えうるその後のことも、きちんと考慮せねばならない。
年齢や生活環境などで、動物を飼うことを諦めなければならない時は、いずれやって来る。それが「今」でも、いいかなと・・・。
WISHもCyrilくんもとってもいい子になってくれて、幸せな時を過ごすことが出来たので、これ以上欲張ってはいけないんじゃないかとも思います。
勿論寂しさが全くないわけではなく、ステイウォーカー(一時預かり)ならと考えたのですが、残念ながら現在は募集していないようですし、このままワンコのいない生活に、慣れていくしかないのかな、と。
今後気持ちが変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。自分でもどうしたいかが、分からない。
飼えるなら飼いたい気もするが、今後のことを考えると難しいのではないか。
こんな考えが、日々、頭の中をぐるぐるしています。

disney_t at 23:06|Permalink

March 04, 2019

家族を迎えるということ。その2

思っていたより早く、二代目ワンコとの暮らしを始めることに、私自身、多少の戸惑いがあったかもしれません。
トライアル中は、どうしても「預かりっ子」という意識があって、お互いにまだ距離があったような気がします。
そして「この子」なのか、とても迷いました。
正式に家族として迎えることを決めてから、心の底からCyrilくんを可愛いと思えるまで時間を要したのも事実ですが、性別を含め、WISHとは確かに180度くらい違うかも・・・なCyrilくんに戸惑ったりしながらも、父ちゃんも姉ちゃんも、いつの間にかCyrilくんにメロメロになりました。
Cyrilくんも、父のことが大好きでした。大の父ちゃん子になりました。
虹の橋へ旅立った後、知り合いにご挨拶した際「いつもお父さんにベッタリだったものね」と言われたくらいです。
しかも、かなりの甘えん坊で寂しがりや。
その部分に困ったこともありましたし、心配の種でもありましたが、甘えられたり寂しがって一緒に居たがるところがなんとも言えず愛おしくて、Cyrilくんの魅力だと思えるようになりました。
「同じ部屋にいないと嫌」なCyrilくんが、自分の横にいることが当たり前になりました。
女の子を希望していたところに、男の子を紹介されたことで、引き取りを悩んだことが大変愚かだったと思うくらい、Cyrilくんがいなければならない、依存してしまうくらいになりました。
いつの間にか8歳を過ぎ、WISHの年齢を超えました。そして、精神的にはどんどん幼くなっていったCyrilくんを、増々愛おしく思うようになりました。
父も私もCyrilくんのことが可愛くて可愛くて、どうしようもなく可愛くてたまらなかったのです。こんなに可愛いと思えるなんて、一緒に暮らし始めた時には全く想像出来ないことでした。
Cyrilくんは安らぎを与えてくれました。本当に、一緒にいてくれるだけで、幸せでした。
父は勿論、私も、Cyrilくんにはちょっと甘かったかもしれません。
正式に迎え入れることを決めた時、WISHに出来なかったことを、Cyrilくんにはしてあげたい。そう思いました。
それが出来たのかどうかは分かりませんが、長距離ドライブやお出掛けなど、逆に、Cyrilくんがいてくれたからこそ、出来たことの方が多い気がします。
一緒だからお花見もお出掛けもドライブも、楽しいと感じる。それが我が家では当たり前でした。
10年は、あっという間でした。流れるように過ぎました。それでも、この時間がまだまだ続くと思っていました。
あんよを怪我してしまってからは、あんよのことで頭がいっぱいになってしまいました。腫瘍が大きくなるまで、気付くことが出来ませんでした。
Cyrilくんの腫瘍が肥満細胞腫だと判明した時、「なんでうちの子ばかりが」と思いました。なんだか公平ではないように感じたのです。
勿論、他の子にも等しく腫瘍が出来て欲しいなんて思いません。
「うちに来る子はみんな肥満細胞腫になるのか」の呟きに、かかりつけの先生は「そんなことはない。腫瘍が出来やすい犬種だから・・・」とおっしゃいましたが、到底納得出来る理由ではありませんでした。
とは言え、少しの時間が経つと、前を向くことが出来たと思います。
Cyrilくんの肥満細胞腫の悪性度が、WISHよりも低かったこともあったけれど、Cyrilくんの体は丈夫だから、という気持ちがあったからだと思います。
10年間、一度しかお腹を壊さなかったくらいだもの。そのポンポン痛くしちゃったのも、姉ちゃんの不注意でしたし、昨夏、横腹にしこりが出来たのも脂肪腫で、分子標的薬が効いていると思っていました。
再発後は不安がありつつも、覚悟まではいかないけれど、腫瘍と共生していくのだと思えるようになりました。
あんよの方だって、触れば確認出来るプレートも、なかなか綺麗にならなかった縫合痕も、それらをひっくるめて、Cyrilくんが頑張った証だと思うことが出来ました。
それなのに・・・。
Cyrilくんに初めて会ったのは、2008年の11月14日。一緒に暮らし始めたのは、その5日後の19日。
10年後の同じ月にお別れをせねばならないなんて、勿論、思ってもいないことでした。
今でも、Cyrilくんとのお別れを受け入れられているのか、自分でも分からないまま、日々を過ごしています。

disney_t at 22:01|Permalink

March 03, 2019

家族を迎えるということ。その1

記憶に間違いがなければ、今から19年と少し前に、父に「犬を飼いたい」と言いました。
父は反対しました。理由は、別れる時が辛いから。
私が子供の頃に迎えた犬は、不注意による脱走で行方不明にさせてしまった為に、「見送る」別れを経験しませんでした。
私の中で子供の頃のワンコのことは、「別れ」という認識ではありません。それなのに「別れが辛いから」と言われても、納得が出来ませんでした。
自分の本気度を示す為、犬のしつけや飼い方の本を買ったり、当時ペットショップに、かろうじてまだラブがいたので、買い物のついでに、ほぼ毎週見に行ったりと「本気なんですよ」アピールをしました。
見に行っていたラブの兄妹は、結構大きくなるまでお店にいた為、うちに迎えなさいという、神様の思し召しなのでは?と言ったこともあります。
父がそろそろ折れるのでは・・・と、手応えを感じ始めた頃、残念ながらそのラブの兄妹は飼い主さんの元へ巣立って行き、寂さを感じました。
そんな時を経て、ようやくWISHを迎えることが出来ました。
父は、WISHに甘かったです。とにかく甘かったです。反対していたクセに、甘かったです。だからか、WISHも父が大好きでした。
ほぼ初めてのワンコとの生活。WISHはかなりハイパーでしたし、何と言っても疲れ知らずで、しばらくの間は引っ張りっ子だったので、日々のお散歩もなかなか大変。
若い頃は「もっとお散歩!」と、お家に入るのを拒否したことも。
イタズラも大好きで、小さい頃のWISHの口からは、しょっちゅうティッシュが出ている状態でした。
開けたばかりのボックスティッシュを箱ごとビリビリにする、買ってきたばかりの綿棒を廊下に撒き散らす、一度しか履いていない靴をダメにする、ゴミ袋の中を漁ることを、特に好みました。
しつけ教室に通ったことも含め、色々なことが初めて。
WISHの耳の付け根に腫瘍が出来た時も、当初は腫瘍だと思ってさえいませんでした。
「健康に留意しなくては」という意識自体が、当時はかなり希薄だったのだと思います。まさか病気になるなんて、それも、命を脅かす病気になるなんて、思ってもみなかったのです。
悪性腫瘍だと知った時には、ショックで泣きました。もう、長く一緒にいられないのではないかという不安と悲しみが、同時にやってきました。
抗がん剤の投薬をするにしても、かかりつけの先生は「普段の生活にお薬が加わるだけ」とおっしゃいましたが、なかなかそうは考えられず、病気であることを実感させられました。
WISHが虹の橋へ旅立った時、父も私も泣きました。正直、こんなことが本当に起こることなのか、信じがたい気持ちがあったようにも思います。
犬を見送ることの辛さ、寂しさ、悲しさを、この時に初めて知ったのです。
しかし3日ほどすると、父は「また犬を飼いたい」と言い始めました。飼う前はあんなに反対してたのに、親って勝手だなと思いました。
当時は犬を飼うとか飼わないとか、どうでもよいというのがストレートな気持ちでしたが、飼いたいと言われると「嫌だ」と思い、またラブを希望していた父に対し、ネガティブキャンペーンをしました。
姉バカですが、WISHは頭も顔もスタイルも気立てもよく、とても人懐っこくて、困った部分も含めて、我が家にとっては完璧な子でした。WISHが、ラブの基準になりました。
でも次に迎える子は、WISHと真逆かもしれない。それでも飼いたいの?と、割としつこく問いました。父は、それでも飼いたいと言いました。
冷静に考え、今は犬を飼うとかどうでもいいと思っていても、いずれ、また飼いたいと思う時が来るかもしれない。その時に探し始めるのでは遅いのかも・・・と思いました。
そして、次の子を探すことになりました。
私個人は、ラブと生活する希望はWISHが叶えてくれたので、大型犬くらいで、特にこだわりはありませんでしたが、父はラブを希望しました。
そして、Cyrilくんが我が家に来てくれることになりました。

disney_t at 23:30|Permalink

February 14, 2019

やっぱり

購読している新聞のテレビ欄に、毎回必ず番組がひとつピックアップされ、見どころなどを簡単に紹介する欄があります。
今日紹介されていたのは、NHKで放送されてる「モフモフもふもふ」。
見たくてチャンネルを合わせるのではなく、なんとなく流れで見ることの多かった番組ですが、それでもCyrilくんがいた頃は結構楽しく見ていました。
「やっぱりうちの子が一番可愛い」ということを、改めて実感する・・・というのは恐らく「飼い主あるある」だと思うのですが。(そう思いたい)
レトリーバーが出れば、なんだかちょっと嬉しかったりもして。
でも・・・。この頃、見てもつまらないんですよね。番組内容がつまらない、というわけではないんです。視聴する側の気持ちの問題。
以前から動物を扱った番組は他局のものでも、ポチたま以外見ることは少なく(そのポチたまも今は諸事情で見ることが減りましたが)、盲導犬関係のことが取り上げられても、放送後に知ることもしばしば。
そんなテンションの我が家なので、この頃、モフモフもふもふも全然見なくなり、ワンコからどんどん遠くなっていくような気がしています。
このままなのか、そうでなくなるかは、まだ分かりません。

disney_t at 23:48|Permalink

January 23, 2019

腑抜けの気持ち。

先日「元気がどういうものか」と書きましたが、昨年Cyrilくんが旅立ってから、何故か空腹感というものがなくなりました。
あまり動かなくなったせいもあるけれど、食事も食べたり食べなかったりで、お茶やお水を飲んでいれば平気だったし、これまで新商品が出ると食べたくなったりしたものですが、それもなくなり・・・。
甘いとか辛いとか味覚の部分は感じても、何を食べても美味しいとか美味しくないという感覚があまりなく、それまで美味しいと思っていたものでも、「美味しいな」とは思わなかったのです。
何か食べれば「オイラには?」って食べたそうにしていた姿や、Cyrilくんも食べられるものはちょびっとあげて「おいちいでしゅか?」って一緒に楽しんだのに、今はそれが出来ない為か、食に対して鈍くなったとか、興味が薄れたのだと思います。
先月のCyrilくんの日に買った柚子もちと、年末に買ったチョコレートは美味しいと思ったけれど、その後もこれと言って食べたいものも、空腹感も、美味しいかどうかもあまり感じませんでした。
それも、少しずつ美味しいものは美味しく、美味しくないものはやっぱり美味しくないなって感じるようになりました。
キッカケはなんだったのか分かりません。これも元気、ということなのかは分かりませんが、多分そうなのだと思います。

disney_t at 23:22|Permalink

January 21, 2019

元気って、何かね

年末は多少外出したり、2階の部屋の片付けをしたりはありましたが、年が明けたら何故か腑抜けになりました。
何をするのも億劫で、片付けもしたいけど、なんだかなあと感じてやらなくなったり、半端なままでした。
今日は久しぶりに少しやる気になり、キッチンにある棚の中を整理しました。
と言うのも、今欲しいものがあるのですが、あまり使用頻度が高くないであろう事は分かっているので(年に一度も使わないだろうと思う)、買うかどうかはともかく、しまえる場所を作らないと・・・と思って。
片付ける時まで存在をすっかり忘れていた、今使ってるスマホの2台前の携帯電話が出てきました。勿論、ガラケーです。
少し充電してみたら、うぃっちゃんとCyrilくんの写真が入っていました。20枚も撮っていなかったけど、すっかり忘れていた写真。
スマホの前に使ってた携帯も処分せずにいたけど、写真のデータを移すためのmicroSDを注文もしました。これで東京オリンピックのメダル作りに、少しは協力出来るかも・・・。
それよりも、お空に行く前のうぃっちゃんや若い頃のCyrilくんの写真を見て、気持ちがホッコリしました。
このところ元気がないというのも違う気がするし、元気ありますとも言えないし、そもそも元気って何?と思うこともあったのですが、少し元気という感じが分かったような気もします。

disney_t at 23:50|Permalink