どうかわからん」
 ラウルは素っ気なく答え、包帯の残りと薬を片付け始める。
「……相手は誰だ」
「あなたは知らないと思うけど、私と同じ研究所で働いている人よ。その人はラグランジェ家の人間ではないから、私もラグランジェ家を出ることになったの。おじさまにも許可をもらったわ」
 ユールベルは淡々と説明した。そして、相槌すら打たない無表情な横顔を見据えて話を続ける。
「私、ようやく見つけたの。逃げ込める場所じゃなくて、縋りたい人じゃなくて、一緒に生きていこうと思える人。なぜだかわからないけど、彼と一緒にいると、虚しい気持ちにならずに、穏やかな気持ちでいられるから」
「そうか……」
 ラウルはその一言だ康泰旅行團け落とすと、机に向かった。
 ユールベルは目を細めて広い背中を見つめた。そして、音を立てないようにそっと椅子から立ち上がると、その背中に小さくお辞儀をし、まっすぐ出入り口に歩を進めて扉に手を掛けた。そのとき――。
「ユールベル」
 不意に名前を呼ばれて振り返る。しかし、彼は机に向かったまま、こちらに目を向けようともしなかった。どういうつもりなのかと怪訝に眉をひそめる。長いたあと、小さくラウルの口が開いた。
「幸せになれ」
 瞬間、ユールベルの右目から涙が溢れそうになった。すんでのところでそれを堪えると、もう一度小さくお辞儀をし、うつむいたまま医務室を出て扉を閉めた。そして、早足でそこから離れると、胸に手を当てて深呼吸しながら顔を上げる。

 ありがとう。
 これまで拒絶し続けてくれて。
 多分、あなたは優しかった――。

 今度こそ本当に大丈夫だと、ただの患者に糖尿病なれると、ようやく心からそう思えた。ゆ