2010年09月24日

印税の単位を『1堀江淳』に。

■こんばんは、印税生活にあこがれるDJGBです。さて少し前ですが、こんなニュースがありました。

高橋ジョージは印税長者「ロード」で今も1200万円!

■バブル音楽研究にいそしむDJGBにとって、大きな研究テーマの一つは『一発当てるとデカイとはよく聞くが、ホントのところどのくらいデカイのか』というもの。これまでDJGBの唯一の指標は、「メモリーグラス」で有名な(というより、でしか有名でない)堀江淳。『一発屋』の代表的存在として知られる彼は、ここ数年はそれすらも吹っ切れたようで、よく『あの人は今』的な番組に出演しては、必ず
「現在でも印税が年に200万円ほど振り込まれる」
というようなエピソードをクイズネタにしています。



これまでDJGBはヒット曲に触れるたび、「堀江淳でいまだに200万円だから、この人は年間いくらぐらいだろう、、」という下衆の勘繰りそのものを繰り返してきました。誰しも他人の懐は気になるとはいえ、なにせ基準となるパラメーターは堀江淳ただ一人。これではちょっとヒントが少なすぎました。

■そこに、この高橋ジョージのニュースです。彼らのコメントを素直に信じるとするならば、

1虎舞竜=6堀江淳

という方程式が成り立ちます。もちろん虎舞竜にはロード第二章、ロード第三章(〜以降第13章まで続く)という大ヒット曲もありますが、ま、それはさておき、印税収入の大半はロード第一章から得られているはずなわけで、とすると、ほぼ1ロード=6メモリーグラスなわけです
(いや、堀江淳にだってほかにヒット曲あると思いますよたぶん)。

■ちなみに数年前、さいたまんぞうが「いまだに『なぜか埼玉』の印税が2年に1回くらい、5000円前後振り込まれる」とインタビューで回答していたのを見たような記憶が、おぼろげにあります。すると、

1虎舞竜=6堀江淳=4800さいたまんぞう

という式も成り立ちます。
たとえばこの方程式に、あなたのお気に入りのバブルアーティストとそのヒット曲を代入してみたらどうでしょう? これは多胡輝先生もびっくりの頭の体操になりそうですね!

「作詞・作曲・歌唱、どの印税が入る?」

「カラオケでロードが6回歌われるたびに、メモリーグラスが1回?ちょっとメモリーグラス比率高くない?」

「いやいや、いくらなんでも日本全国通津浦々のスナックで1回もメモリーグラスかかからない夜はないでしょう」

なんていう喧々諤々のフェルミ推定が繰り広げられること間違いなしです。

■それでは演習もかねて今日の一曲、
例題:1虎舞竜=6堀江淳=4800さいたまんぞう=?ピンクサファイア
注・最後、メンバーの人数分で割るのを忘れずに!テストに出るぞ!



2010年07月26日

青田典子をTOPIX銘柄に推薦するDJGB

■失われた10年どころか20年と囁かれる昨今、TOPIXやダウ平均の算出方法に習って1989年のCCガールズを100としたら、けっきょく青田典子は収支でプラスなのかマイナスなのかと訝しげなみなさんこんばんは、DJGBです。

■バブル崩壊から20年、株価だけでなく、人々の生活が大きく変わったことはDJGBが指摘するまでもありません。が、あえて「この20年で何が一番変わったか、ひとつだけ挙げよ」と問われれば、DJGBは『電話』を挙げたいと思います。
固定電話からファックス、ポケベル、そして携帯電話、インターネットへ。DJGBの世代にとってコミュニケーション手段の変遷は、そのまま人間関係の変遷と表裏一体でもあります。

■バブル研究の観点で見逃せないのは、これらのコミュニケーションツールを売り込んできた通信会社の存在です。電電公社の民営化以降、彼らはビッグクライアントとして常に大量のTVCMを投下するようになります。そしてそれに寄り添うように、数多のミュージシャンたちもまた『電話』をモチーフにした楽曲を提供し続けてきました。今日はそんな通信会社の名作CMをいくつか紹介。

■電電公社は1985年、民営化によりNTTへ。現在のNTTドコモが生まれるのはもう少し先のこと。



■第二電電(DDI)は1989年にIDO(現au)を設立。KDDと合併しKDDIになるのは2000年のこと。



■東京デジタルホンとツーカーは合併し、J-フォン、ボーダフォン、そしてソフトバンクモバイルへ。



■今日の一曲は、「最後のファイブが押せなかったテレフォン」のフレーズが印象的な斉藤由貴『白い炎』。FMのDJみたいにさりげなく作曲・玉置浩二を持ってきてオープニングトークにうまいこと絡めたつもり。



2010年06月07日

大文字と小文字のあいだ

■3年間のご無沙汰でした。
ここ数年、世にふってわいたバブルブームに身を潜めていたDJGBです。
この間、マスターオブセレモニーの大先輩、玉置宏も鬼籍に入りました。
何事もなかったように再開するのが、ブログのマナーです。

■さて、勤め先が変わろうと、収入が変わろうと、住居が賃貸から持ち家に変わろうと、DJGBがずっと続けてきたこと、それはiTunesのライブラリの整理です。この数年間、DJGBのライブラリは幾多の追加と更新、ハードディスクのクラッシュを乗り越え、いよいよ洗練に洗練を重ねてきました。今やこのライブラリには、1965年〜1999年までの各年のオリコンベスト100をはじめとする数々の貴重なプレイリストが登録されています。時価総額でマイクロソフトを抜いたアップル社の唯一の盲点、それは『研ナオコ』と『研 ナオコ』『研 ナオコ』で別のアーティストとして認識されてしまうiTunes/iPodの致命的な不具合です。

■この数年、DJGBがアップルの代わりに、CHAGE & ASKAをチャゲ&飛鳥に、チューブをTubeに、TRFをtrfに、、いやソレは途中から変わってるからそのままでOK!というような作業を地道に積み重ねてきました。

■ということで、久々の一曲目は大文字のTRF第一作、Hey! Ladies & Gentlemen!





2007年03月25日

『バブルへGO”』へGO!

■こんばんは、DJGBです。行ってきました『バブルへGO!』


■くやしいかな、ホイチョイ&フジテレビ『踊る大捜査線』スタッフによる映画はフツーに面白い、正確に言うと「笑える」映画に仕上がっています。デートにもオススメ。


2006年10月13日

文化系トークラジオをトークするDJGB

■みなさんこんばんは、DJGBです。
さて、DJGBが2002年から5ヵ年計画で展開しているバブルDJ流行計画が、いよいよ主流メディアにも波及してきたようです。

■この秋TBSラジオでスタートした文化系トークラジオ『Life』。
主に80年代〜90年代に生まれたカルチャーや事象を選んで、掘り下げていくトーク番組のようですが、初回のテーマはズバリ『バブル』。

文化系トークラジオ Life

『日本沈没』田所教授のように、学会からつまはじきにされながらもバブル研究家として活動するDJGBとしても、これは聞き逃せません。

日本沈没 TELEVISION SERIES プレミアム・ハザードBOX


■さて感想。
このブログでも以前取り上げたように、プラザ合意から円高不況、内需拡大という一連の流れをわかりやすく解説しています。
特に、実際のバブル経済崩壊と、90年代初頭の一般庶民における“バブリー感覚”の微妙なズレは、経済学の分野ではあまり指摘されないポイント。ジュリアナを切り口にしているのは、ポップカルチャー評論の視点を持つこの番組ならではでしょう。

■ただ、正直ちょっとマニアックすぎる感も。
学者さんがやっているから仕方ないですが、ここまでアカデミックすぎると、まさにバブル文化のように一般庶民に広くあまねくムーブメントを起こすのはちょっとむずかしいかも。

■そもそもこのムダなアカデミックさは、『金魂巻』『マーケティング天国』、『カノッサの屈辱』に代表されるフジテレビ月曜深夜的、ホイチョイ的なバブルカルチャーから脈々と受け継がれる価値観です。

金魂巻(キンコンカン)―現代人気職業三十一の金持ビンボー人の表層と力と構造


ただひとつ、絶望の90年代を経て現代の若者から欠落してしまったのは、『職業選択の自由、アハハーン』と憲法さえも笑い飛ばせる“ネアカ”なマインドなのです。

当時“ネアカ”だった人々は、現在“勝ち組”と呼ばれ、ちょいワルなオヤジとして人生を謳歌していることでしょう。“ネアカ”文化の代表的存在であるとんねるずが、相変わらず『体育会系ソコヂカラ』を根強く発揮し続けているところを見ると、この『文化系ラジオ』の行く末が案じられます。

■とはいえ、バブルをわかりやすく解説したこの回の放送は、バブル初心者には一聴の価値あり。ポッドキャスティングでも聴けるので、当時の世相を体験した人々のムカツク街頭インタビューをぜひチェック。


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※ポッドキャストの使い方は
こちらをご覧下さい。



■ラジオに対抗して、僕も曲行ってみましょう、バブル感を体現した名曲、宮沢りえで『ドリームラッシュ』。Youtubeはネアカでもネクラでもなくていいな。


2006年08月10日

呼吸をとめて一秒あなた真剣な目をしたから

タッチ 背番号のないエース


■みなさんこんばんは、DJGBです。八百長騒動もひと段落し、そろそろ甲子園花盛りの季節ですね。DJGBは高校野球観戦大好きですが、ここ数年はいつの間にかテレビに映っている球児たちがずいぶんと年下になっていることに軽い絶望感を覚えます。
もちろん学生時代からインドア派だったDJGBには、高校野球に青春を燃やした経験などなく、あるのはただ毎日ダダラに見続ける夏休みスペシャルアニメ『タッチ』の記憶のみ。和也が死ぬ頃にちょうど夏休みも終わるので、その後のストーリーはいまだに知りません。

■そんな高校野球ですが、DJGBが注目するのはやはりサウンド面。春のセンバツ高校野球では、前年のヒットソングがブラスバンドアレンジで行進曲に採用されるのが恒例となっています。ここで熱闘の歴史を名曲とともに振り返ってみましょう。

春の選抜高校野球入場行進曲&歴代優勝校一覧


年(回)>曲名アーティスト優勝校準優勝校
1962年(34回)上を向いて歩こう坂本 九作新学院日大三
1963年(35回)いつでも夢を橋 幸夫、吉永 小百合下関商北海
1964年(36回)こんにちは赤ちゃん梓 みちよ海南尾道商
1965年(37回)幸せなら手をたたこう坂本 九岡山東商市和歌山商
1966年(38回)友達坂本 九中京商土佐
1967年(39回)世界の国からこんにちは三波 春夫津久見高知
1968年(40回)世界は二人のために相良 直美大宮工尾道商
1969年(41回)三百六十五歩のマーチ水前寺 清子三重堀越
1970年(42回)世界の国からこんにちは三波 春夫箕島北陽
1971年(43回)希望岸 洋子日大三大鉄
1972年(44回)また逢う日まで尾崎 紀世彦日大桜丘日大三
1973年(45回)虹をわたって天地 真理横浜広島商
1974年(46回)草原の輝きアグネスチャン報徳学園池田
1975年(47回)おかあさん森 昌子高知東海大相模
1976年(48回)センチメンタル岩崎 宏美祟徳小山
1977年(49回)ビューティフル・サンデー田中 星児箕島中村
1978年(50回)愛のメモリー松崎 しげる浜松商福井商
1979年(51回)季節の中で松山 千春箕島浪商
1980年(52回)ヤングマン西城 秀樹高知商帝京
1981年(53回)青い珊瑚礁松田 聖子PL学園印旙
1982年(54回)ルビーの指輪寺尾 聡PL学園ニ松学舎大付
1983年(55回)聖母たちのララバイ岩崎 宏美池田横浜商
1984年(56回)キャッツ・アイ杏里岩倉PL学園
1985年(57回)星屑のステージチェッカーズ伊野商帝京
1986年(58回)青春岩崎 良美池田宇都宮南
1987年(59回)CHA-CHA-CHA石井 明美PL学園関東一
1988年(60回)夢冒険酒井 法子宇和島東東邦
1989年(61回)パラダイス銀河光GENJI東邦上宮
1990年(62回)約束相川 恵里近大付新田
1991年(63回)おどるポンポコリンB・Bクイーンズ広陵松商学園
1992年(64回)どんなときも槙原 敬之帝京東海大相模
1993年(65回)今ありて新大会歌上宮大宮東
1994年(66回)負けないでZARD智弁和歌山常総学院
1995年(67回)がんばりましょうSMAP観音寺中央銚子商
1996年(68回)TOMMOROW岡本 真夜鹿児島実智弁和歌山
1997年(69回)これが私の生きる道Puffy天理中京大中京
1998年(70回)硝子の少年Kinki Kids横浜関大一
1999年(71回)長い間Kiroro沖縄尚学水戸商
2000年(72回)First Love宇多田 ヒカル東海大相模智弁和歌山
2001年(73回)TSUNAMIサザンオールスターズ智弁和歌山仙台育英
ビートルズメドレーザ・ビートルズ
2002年(74回)明日があるさウルフルズ報徳学園鳴門工
Re;japan
2003年(75回)大きな古時計平井 堅広陵横浜
2004年(76回)世界に一つだけの花SMAP済美愛工大名電
2005年(77回)君こそスターだサザンオールスターズ愛工大名電神村学園
2006年(78回)青春アミーゴ修二と彰


■いかがでしょう?
DJGB的にはぜひ次のイベントで、1978年(昭和53年)の『愛のメモリー』や、1982年(昭和57年)の『ルビーの指輪』あたりを使ってみんなで行進してみたいです。

■しかしこうして並べてみると、バブル絶頂の1990年(平成2年)の相川恵理『約束』だけが異様です。この曲、どうやらバブルイベントとして有名なエキスポ'90(花の万博)のテーマソングにも選ばれていた模様。なんだかここにも最近流行の八百長のニオイがしますね!! 

■それでは今日の一曲、映画版『タッチ〜背番号のないエース〜』より、ラフ&レディで『背番号のないエース』。エンベッデッドができないので、↓のリンクからどうぞ。

ラフ&レディ『背番号のないエース』(Youtube)

2006年08月06日

サタデーワイドフィーバー


■極楽とんぼのせいで「めちゃイケ」が休止になってしまいゲンナリしているニートの皆さんこんばんは、土曜の夜、いかがお過ごしですか?DJGBです。
ところで、幼少期の体験は、えてしてその後の人生に強い影響を与えるもの。今日はVJとしてのDJGBをいまだに強くインスパイアしている映像作品を紹介します。

■1977年にスタートし、現在まで高い人気を誇る「土曜ワイド劇場」は、市原悦子の「家政婦は見た」や、西村京太郎トラベルミステリーシリーズなど、数々の人気作品を生んできた2時間ドラマ枠。今回紹介するのは、その「土曜ワイド劇場」で、1977年〜1986年まで使用された初期のオープニング映像です。

■不気味なBGMと意味不明のスポットライト…、「暴れん坊将軍」が終わって、テレビにこの映像が流れると同時に「オバケが出てくるから寝なさい」と寝室に追いやられた記憶が鮮やかによみがえります。両親のいいつけを守って床に就くフリをしながら、次々と起こる殺人事件や巧妙なトリック、そして「10時またぎガール」を、布団の中で眠い目をこすりながら覗き見る…思えばDJGBのナイトライフは、このとき始まったのでした。

その恐怖感は、以前にもこのブログで書いたのですが、調べてみるとノエビア化粧品は土曜ワイドを提供していないようですね…、うーんノエビアは「スクールウォーズ」の枠だったかな…。

■ともあれ、たった20秒足らずの映像にもかかわらず、幼少期の記憶をこれだけ喚起してくれる作品は他にありません。「土曜ワイド劇場」は、テレビが一家に一台の存在だった時代の記憶を共通体験としてとどめる、日本の庶民文化の象徴的存在でもあるのです。
ルイ・ヴィトンさん、ジャパンカルチャーに注目するなら村上隆やNIGOはもう時代遅れ! ギャルたちには「アポロシアターと並び称されるNYの劇場をモチーフにした」とか言っとけば大概のことはゴマかせるから、次はこの映像をフィーチャーしたドット柄のバッグ、通称「サタデーワイドシアター」をぜひ発売して!!

土曜ワイドステーション

土曜ワイド劇場(テレビ朝日)

2006年08月02日

バブルと寝たDJGB

バブルと寝た女たち


■みなさんこんばんは、DJGBです。
DJGBが2002年から展開しているバブル懐古ブームも徐々に広がりを見せつつある昨今、ちゃんと万札でタクシー止めてますか?

■さて今日は映画作品のご紹介。立河宜子がバブルに翻弄される女子大生を熱演した1998年のセクシー映画『バブルと寝た女たち』が、ただいまGyaOにて無料公開中。自宅に居ながらにして、タダでバブルが楽しめるとは、まったくいい時代になったものです。

■『バブルと寝た女たち』あらまし(GyaOより)

「極道の妻たち」などで知られる家田荘子によるノンフィクションを、『サソリ 女囚701号 』の新村良二監督が映画化。バブル経済に躍らされた人びとの愛と欲を、愛人として生きた女たちを中心に描きます。20代女性の10年間に渡る大きな変化を主演の立河宜子が熱演。 相手役は、最近は「anego」「神はサイコロを振らない」などのドラマでコミカルな上司役を好演する升毅。中尾彬などが脇を固めます。大胆な濡れ場にも注目。

父が女性と家出したため仕送りが途絶え、東京での生活に困った美大生・みどり(立河宜子)はホステスになる。店には、不動産会社社長の大森(中尾彬)や、手広く事業を手掛ける若手実業家の須賀(升毅)など、カネがあり余る人種が集っていた。みどりは大森から突然愛人契約を打診され、ショックを受ける。彼女は、客たちのなかで抜群にリッチでスマートな須賀に、密かに好感を抱いていた。ある日、須賀がみどりを食事に誘い…。

監督:新村良二 製作:円谷粲 原作:家田荘子
プロデューサー:米山紳、関根房江、前島真理奈
出演:立河宜子、升毅、かとうあつき、中尾彬 他
1998年 / 日本

■製作が円谷プロの三代目、円谷粲(あきら)なのもリトル驚きではありますが、GyaOでは週間アクセスランキングトップに輝いているという事実もまた驚き。DJGBは小松みゆき主演の「バブルと寝た女たち2」とともにVHSで2本とも所有しています。

■立河宜子といえば、TBSの深夜バラエティ番組『ワンダフル』の司会(2代目)が思い起こされますが、司会が彼女になったのに、初代司会の原千晶が番組にしばらく居座り続けたのはいったいどうしてだったんだろう…?

GyaO シネマ



2006年07月20日

バブル再来に警鐘を鳴らすDJGB

荒川静香がファッションショーに挑戦■こんばんは、バブル文化を応援しながらも、バブルの再来に対しては警鐘を鳴らす通貨の番人DJGBです。市場との対話を大切にします。

■そんなDJGBが最近もっとも株価の過熱感を懸念する銘柄が、「荒川静香」さん。日本人唯一の金メダルを獲得したオリンピックでの活躍は確かにすばらしく、賞賛されてしかるべきものでしょう。
それから半年、競技生活からの引退を表明した彼女は、新しい活躍の場を探してさまざまなことにチャレンジしているようです。

静香がモデルに初挑戦「五輪より緊張」
荒川静香モデル初挑戦!アラッカワったわね 

■確かに彼女のファンダメンタルズは、オリンピック前の「片桐はいり」からは大幅に改善しました。が、その要素は、金メダル獲得前にミキティへ投資されていた資金が流入することで、株価へは織り込み済み。
ここ数ヶ月の活動を見ると、株価は現実経済とはすでに大きくかけ離れていますね。
資生堂TSUBAKIのCFもそうですが、このファッションショーの写真…、市場介入の必要性を感じます。

■ということで、株価のソフトランディングを目指すDJGBが行うオペレーション、『キャプションをつけて遊んでみよう!』 お題、「荒川静香」。

荒川静香がファッションショーに挑戦
『女王の教室2』主演は荒川静香さんに。

荒川静香がファッションショーに挑戦
「次は彦磨呂さんとグルメレポートに挑戦したいです」

荒川静香がファッションショーに挑戦
「私の前でイナバウアーって言ったら罰金5000円」

荒川静香がファッションショーに挑戦
人気ゲーム『ファイナルファンタジー』が実写化。

荒川静香がファッションショーに挑戦
「IT社長って言ってもピンキリよね」

荒川静香がファッションショーに挑戦
「X-JAPANってスプレー何本使ってたんだろう?」

荒川静香がファッションショーに挑戦
「たった今、こりん星はわれわれによって制圧された」

荒川静香がファッションショーに挑戦
「現れたかバイオマン…やれッ!!」

■うーん、結局のところ「荒川静香がファッションモデルに挑戦」っていうキャプションには、かなわないかもね。行けるところまで行くのが正解かも。

2006年07月19日

【バブル名作CM】(3):三井不動産販売 三井のリハウス


■こんばんは、DJGBです。好評いただいている【バブル名作CM】シリーズ、第3弾は、1987年放映『三井のリハウス』です。

出演はご存知、宮沢りえ。このCMをきっかけにトップアイドルへの道を駆け上り、七日間戦争、フンドシ、ザケンナョ、ドリームラッシュ、サンタフェを経て貴花田と婚約、婚約解消という一連の騒動を1992年までのたった5年間でこなした彼女の存在は、現在11代目を数える歴代リハウスガールの中においても、伝説的なものとなっています。

■『東京23区の地価でアメリカ全土が買える』と言われた80年代後半、“土地神話”を背景に、住宅価格も異常な高騰を続けました。『男は一国一城の主たれ』という価値観も根強かった当時、「今買わないと、もっと高くなってしまう」という焦燥感が、高値が高値を呼ぶ状況を生み出しました。

中でも都心のマンションは投資としても魅力的とされ、中古物件の価格も年々上昇。新築で購入した小さなマンションを購入時よりも高値で転売し、その差益でさらに居住性の高い物件に住み替えるという風景も珍しいものではありませんでした。

若いうちは都会のマンションでDINKSを気取るのも悪くないが、子供が大きくなる頃には庭付き一戸建てに住み替えたい、都心はムリかもしれないけど、頑張れば郊外のニュータウンくらいなら。

首都圏で働く大多数の庶民にとっては、そんなストーリーが“人生すごろくアガリ”だったのです。

金曜日の妻たちへIII 恋におちて DVD-BOX

■そんな住み替えニーズを「リハウス」という言葉に置き換えたのが、三井不動産販売でした。子供っぽい無邪気さの中に、成長した女性の魅力がのぞく当時14歳の彼女は、“白鳥麗子”という歯の浮くような役名にすら説得力を与えます。子供が大きくなるころには…、このCMに宮沢りえが起用された理由は、そこにありました。

■3年後の1990年3月、土地取引関連融資に関する総量規制が実施され、バブル景気は一気に崩落します。住宅の資産価値は大幅に下落し、高値掴みした庶民は通勤地獄と金利地獄の二重苦にさいなまれます。念願の一戸建てにリハウスした家族の中には、後に別の理由でリハウスしなければならなかった人も、少なくなかったことでしょう。

■時代をサンドイッチするCMをもう一本紹介。「あの頃に戻りたい」と思ったのは、決して宮沢りえ本人だけではなかったはず。

資生堂 ヘアエッセンスシャンプー(1994年)


三井のリハウス・リハウスとは?
11代目リハウスガール・夏帆

2006年07月17日

【バブル名作CM】(2):日産『セフィーロ』

セフィーロ 井上陽水■『みなさんお元気ですかぁ?』
陽水のあの口調をWEB上で再現できるアプリを開発して!アイデアマンズさん!!

あなたのサイトの日本語が美しくなります!「BeautifulJapanese」(β版)をリリースしました!! (アイデアマンズ)

さておき、DJGBです。バブル名作CM、2作目は井上陽水のあいさつで一世を風靡した『日産 セフィーロ』です。

■日産自動車の“セフィーロ”は、バブル絶頂の1988年に発売。同社の“スカイライン”をベースにしたスポーティな足回りとスタイリッシュさに、ハイグレード車のエッセンスをプラスした、まさに「落ち着きすぎない、若すぎない」アッパーミドルクラス向けの4ドアセダンでした。

■この年の初頭、日産は3ナンバーの大型高級車“シーマ”を市場に投入しています。おりしも円高の追い風を受け、日本では空前の輸入車ブーム。消費者の高級志向を的確につかんだシーマは「納車まで半年待ちは当たり前」という大ヒットに。高価格商品から売れてゆく「シーマ現象」という言葉は同年の流行語大賞(銅賞)にも輝きました。

「さすがにベンツやBMWには手が届かないけれど、サニー、スカイラインよりちょっと上を選ぶくらいの贅沢はしたい」

セフィーロは、そんなバブル真っ只中の庶民が持つ『一億総“中の上”意識』を反映した商品だったと言えるでしょう。当時の中型車としては珍しくエンジン・トランスミッション・外装色・内装色・装備を注文時に選択できるなど、従来よりワンランク上の豊かさを提案し、大衆車との差別化を積極的に図ります。
「くうねるあそぶ」という名コピーは、その贅沢さ、豊かさを表現したものでした(だと思う、たぶん)。

日産セフィーロ(初期型)の中古価格を検索する

■さて、CMです。
『お元気ですか?』編もさることながら、井上陽水が不敵に微笑むだけの『キーワード』編などの事前CMは、商品発売前に市場の期待感をあおる「ティザー広告」のさきがけとしても注目されました。

夢で会いましょう

前述の「くうねるあそぶ」は、当時(今もですが)自他ともに認める当代一のコピーライターだった糸井重里の手によるもの。彼と村上春樹のエッセイ「夢で会いましょう」によれば、糸井にとってもこのコピーは最高傑作でした。にもかかわらず出来上がったCMを見た彼は、自分が練りに練ったコピーよりも、陽水の「みなさんお元気ですかァ?」という一言のあいさつのほうがよほど強烈だったことに、ひどく衝撃を受けます。
考えてみればあいさつとは、何世代にもわたって受け継がれてきた“コピーの中のコピー”。その強さは、昨日今日できたコピーの比ではない、というのが、打ちのめされながらも糸井が導き出した結論でした。

■ところがその強烈なコピーも、意外な形で時代にかき消されます。
この年の秋、『お元気ですか?』編のオンエアとほぼ時を同じくして、昭和天皇の病状が急激に悪化。世の“自粛”ムードを受け、日産はCFから陽水の音声をカットし、“口パク”状態でのオンエアを余儀なくされます。陽水の独特な口調のインパクトが強かっただけあり、その反作用もまた強烈でした。昭和から平成へ移行する間に訪れたほんの一瞬の静寂を、あざやかに思い出させてくれるエピソードです。

残念ながらDJGBも“口パク”版の映像は未入手ですが、そんなこんなで商品よりもCMが有名になってしまった“セフィーロ”は、数度のモデルチェンジを経て、2003年に国内販売を終了。現在その流れは“ティアナ”に受け継がれています。

■陽水のCMから18年。経済を取り巻く環境はずいぶんと変わりましたが、いまなお新しい自動車が発売されるたび、「新しい豊かさ」が提案され続けています。それはあたかも、新しい洗剤が発売されるたび、「これまで落としきれなかった汚れ」が発見されるかのようです。
下流社会 新たな階層集団の出現』なんて本がベストセラーになる現代。ヤレヤレ、僕らの思っていた“中の上”は、せいぜい“下の中の上”くらいだったんですかね。

■長くなりました、それでは日産『セフィーロ』井上陽水3連発です。

『キーワード』ティザー編


『みなさんお元気ですか?』編


『落ち着きすぎない、若すぎない』編


日産ミュージアム セフィーロ
自動車CM大全

【バブル名作CM】(1):JR東海 シンデレラエクスプレス

シンデレラエクスプレス 横山めぐみ■みなさんこんばんは、DJGBです。
さてバブル文化を語る上で欠かせないのが、情報の玉手箱、企業CMです。そこで今回からしばらく、DJGBのチョイスするバブル当時のベストCMをいくつか紹介していきます。初回は1992年製作の『JR東海 シンデレラ・エクスプレス』です。

■『ひかり289号』。毎週日曜日、東京駅を21:00に出発して、23:43に新大阪駅へと到着する東海道新幹線の下り最終列車。1987年、JR東海はこの一本の列車を“シンデレラ・エクスプレス”と名付け、東京駅で別れを惜しむ本物のカップルたちの様子を描いたCFを製作、放映しました。

が、今回紹介するのは、1992年に放映された、同キャンペーン最後のCF。別れを惜しむ恋人同士を、新幹線の乗車扉越しの男性の視点で描いた佳作です。『北の国から』、SMAP×SMAPを経て、いまや昼メロの女王になった横山めぐみ(当時23歳)が、演技、ナレーションで清楚な魅力をふりまいています。

■クリスマス・エクスプレス、ハックルベリー・エクスプレス、アリスのエクスプレスなど、一連の『XXXエクスプレス』シリーズは、国鉄民営化直後の1987年から1992年にかけ、新幹線の利用促進を目的にJR東海が展開した広告キャンペーンです。
キャッチコピーは、『会うのが、いちばん。』。
単なる移動手段と思われがちな新幹線を、“人と人を結ぶコミニュケーションツール”としてとらえ、清新な映像、音楽とともに表現したキャンペーンは、時流にマッチした音楽、タレントの起用もあいまって大きな反響を呼び、JR東海のブランディングに大きな役割を果たします。シンデレラ・エクスプレスは、その第一弾でした。キャンペーンは奏功し、『ひかり289号』は、またたくまに遠距離恋愛カップルたちの週末デートコースへと組み込まれたのです。

DA・DI・DA(ダ・ディ・ダ)/松任谷由実

■このCFをよりいっそう切なく演出するBGMは、松任谷由実の『シンデレラ・エクスプレス』。1985年11月30日にリリースされたユーミンの17thアルバム『DA・DI・DA』の収録曲です。実はこの曲、1986年にはすでにMBS製作の単発ドラマ、その名も「週末物語〜シンデレラ・エクスプレス」(監督・森田芳光)の主題歌に採用されています。また1990年には、中森明菜「少女A」チェッカーズ「涙のリクエスト」などの作詞家として知られるバブル音楽のキーパーソン、売野雅勇の脚本・監督によって映画化もされており、長きにわたってバブル期のクリエイターたちのイマジネーションをいたく刺激する一曲だったようです。

■すでに現実経済では、1989年末をピークに株価の下落が始まっていました。
1990〜1992年は、金融界の厳しい現実をよそに、日本の誰もが「まだ大丈夫」「もう大丈夫」と根拠のないカラ騒ぎを続けていた、もっとも飛沫感が漂う時代です。この横山めぐみ版“シンデレラ・エクスプレス”は、下がり続ける株価を横目に、いまだバブル気分に浮かれている1992年当時の街の空気を見事に閉じ込めています。

■このころ東京駅14番線のホームにたむろしていた自称シンデレラと王子様たちは、今、どこでどうしているのでしょう。

なんとなくですが、ライブドア株とかで大損していてほしいな。

■30分ほど切ない気分に浸ってしまうので気をつけて。JR東海『シンデレラエクスプレス』。



(横)
本当は、距離に負けそうな自分が怖いのです。
それがわかっているから、
今日確かにあなたと会ったことを、
心と体のどこかに焼き付けておきたいのです。
あなたの頬に触れていたいのです。
あなたの唇に触れていたいのです。

(N)
距離に試されて、二人は強くなる。シンデレラ・エクスプレス。

(サウンドロゴ)
ジェイアール東海

JR東海CMキャンペーン
懐かしのCM
【JR東海相談役・須田寛さん】(4)口出し慎み CMヒット

2006年07月16日

バブル期アナドルたちも復活の兆し

会話美人 35のレッスン

■こんばんは、ここ数ヶ月、離婚してからの有賀さつきに往年の活躍ぶりを重ねているDJGBです。元夫にあわせたのか報道畑のフリをしていた時期もありましたが、やっぱり彼女には『アナドル』路線が似合います。

■調子にのって日テレの『D.O.R.A』も復刻希望…と思ったのですが、やはり人生いろいろ、仕事もいろいろですね。あ、それ以前に、一人お亡くなりになってるか…。

キャリア&転職研究室|魂の仕事人|第1回 藪本雅子さん−其の1−女子アナ時代に味わった天国と地獄
薮本雅子オフィシャルブログ

■それにしても、FNS26時間テレビを26時間連続して観るのは体力が要りますね。アヤパンえらいなぁ。なんだかアナウンサーの皆さんが急にいとおしくなってしまったので、今日は曲ではなく、故・逸見政孝さんの映像をどうぞ。いや、D.O.R.Aや若き日の河野景子の動画がYoutubeに無かっただけなんですけどね。



2006年07月11日

山瀬まみ「メロンのためいき」

せんちめんたる じぇねれ~しょん (初回限定盤)(DVD付)

■アンノン族やハウスマヌカンには興味津々ですが、いわゆる「アキバ系」「萌え系」というものにはまるで関心がないDJGBです。が、今日は特別に萌えるアイドルを紹介します。

時東ぁみさん、19歳。2005年ミスマガジン「つんく♂賞」を獲得し、アイドル歌手の道へ。めがねをかけたアイドル、通称メガドルとして秋葉原の皆さんにも人気です。が、DJGBが彼女をオススメする理由は、メガネでもルックスでもありません。

■時東ぁみさんの魅力は、つんく♂プロデュースによるそのあざとい音楽性。なんと彼女は、ファーストアルバム「さなぎのバスローブ」で、80年代アイドル歌謡の名曲「メロンのためいき」をカヴァーしているのです。

■「メロンのためいき」は、ホリプロスカウトキャラバンでグランプリに輝いた山瀬まみのデビュー曲として、1986年にリリース。作詞・松本隆、作曲・呉田軽穂(松任谷由実)、編曲・松任谷正隆という豪華布陣の手による楽曲ですが、残念ながらセールス的には不発に終わります。その後、世のバブル景気につれて山瀬まみが「バラドル」として羽ばたくと同時に、初期のアイドル時代の楽曲は封印。こうして「メロンのためいき」は、森口博子の「水の星に愛をこめて」同様、その楽曲の秀逸さにもかかわらず、歴史に埋もれてしまったのです。

■ま、最終的に時東ぁみはどうでもよくなってきてしまったので、今日の一曲は山瀬まみで「メロンのためいき」。



きまぐれおもしろ歌謡(メロンのためいき)
時東ぁみ公式ホームページ


youtubeでバブル音楽を再発見

■さて、DJGBが2002年から提唱し続けているバブル音楽ブームがいよいよ成就の兆しを見せていますが、そのムーブメントをよりいっそう加速してくれそうなサービスが、最近話題のYoutubeです。

■ためしにキーワード「明菜」で検索してみたところ、出るわ出るわ、ベストテン、トップテン、夜ヒットの懐かし映像数十件。これで心置きなく音楽とブログの融合が図れますね!!

■それでは歌っていただきましょう、中森明菜で「スローモーション」。これからも心に残るバブル音楽を皆さんにご紹介していきます!!


人生とはバブルであり、バブルとは人生である。

■俺がバブルという旅に出てから、およそ4年の月日が経った。

…1行で飽きちゃった…。

■みなさんこんばんは、DJGBです。
いや、ちょっとやってみたかっただけなんです。
バブルに対する瑞々しい気持ちは失われていません。

■さて、引退後の進路が注目されている中田氏ですが、そんな騒動に乗っかって、調子のいいことを言い出している人々がいます。

EXILE 新ボーカルに中田英熱望?

■DJGBも、騒動には乗れるだけ乗っかっていく一人です。
中田英寿さんにオファーしたい役職を考えてみました。

1・筑紫哲也の後任として、『ニュース23』のキャスターに。
※髪の毛は金髪から銀髪にしたほうがいいかもね。

2・松島トモ子の後任として、『ミネラルむぎ茶』のCMキャラクターに。
※しばらく同じフィルムを使うから、MBAホルダーも納得の仕事効率。

3・デザイナーとして『キャプテンサンタ』をリニューアル。
※ファッションの仕事やりたいって言ってたじゃない。

みなさんは中田CBOに何をオファーしたいですか?

■楽しくなってきちゃったのでもう一曲。中田英寿さん、ぜひ関口誠人の後釜としてこのバンドに加入して! C-C-Bで、「ロマンチックがとまらない」。


2006年06月22日

Jリーグ創設期以来のサッカーバブルに浮かれる人々

d3abb93d.jpg■みなさんこんばんは、ベルリンのDJGBです。今日の夜に行われる日本VSブラジルをどこでどうやって観戦するかはまだ決めてませんが、この人たちの行く末のために、ぜひ日本代表にはがんばってほしいところですね。

【青田典子、バブル青田に変身】
タレント・青田典子(38)が20日、都内で行われた新パチスロ機「じゃりン子チエ」の記者発表に特別ゲストとして出席した。大ヒット祈願祭にみこ姿でおしとやかに登場したが、直後にはピンクのビキニにミニスカート、扇子姿の“バブル青田”へと変身し、壇上でヒット曲「ジーザス」を熱唱した。ジーコ日本のブラジル戦勝利で、東京・六本木でのボディコン踊りを公約しており、「絶対勝って欲しい。テレビの前でずっと扇子を振っています。勝ったら何でもしますから」と勝利を期待していた。(デイリースポーツ) - 6月21日11時11分更新

■あんまり大した公約じゃあないよな…、ただのパブネタじゃん。ていうか、ホントにブラジルに勝ったら、たぶんそんなヒマネタの載るスペースは無いだろうね…。

萌え〜平原綾香! 公約実現しスク水に着替えたら

■中学生時代に歪んだトラウマを抱えるDJGBのような人間にとって、この公約が実現した時に感じる恥ずかしさは、本人が感じる恥ずかしさ以上だと思います。

■この人のコメントってそろそろスポーツ紙に載ってないのかな?マルシアで、「ふりむけばヨコハマ」
ふりむけばヨコハマ


2006年06月20日

DJGBのダメ寿司探訪

sind■皆さんこんばんは、ベルリンのDJGBです。サッカー情報はヤフーでチェックしてますから、それほど現地ならではの情報がありません。

布施明『カズ代表に入るべき』

■ところでグローバル経済の荒波に飛び込むDJGBは、海外に行くと必ず現地の寿司屋を探訪します。幼少期を港町で過ごしたDJGBは、寿司ネタや鮮魚については一家言あるグルメ通。コンビニでフリトレーの新商品が出れば必ず買いますし、即席めんもできるだけ『具多』をチョイス。ただ矢崎茂の紹介する『駿河揚げ』は、地元に居ながら見たことも聞いたこともありませんでした。

■そんなDJGBが、なぜ、海外に行ってまでわざわざ寿司を求めるのか?
答えはカンタン。日本人でない人々が握る寿司、通称『ダメ寿司』こそ、真に海外でしか食することのできない料理だからです。
うまい寿司など、カネさえ払えばいくらでも食べられます。ましてや東京ならば、イタメシだろうとフレンチだろうと中華だろうと、世界中の一流料理が集っているといっても過言ではありません。それどころか、くまなく探せばワールドカップ出場32カ国の郷土料理を食べることも可能なのです。

この飽食の時代、本当に日本に無い味を求めれば、おのずとダメ寿司に行き着くことは、グルメ通ならば誰もが通る必然といえましょう。

■ということで、DJGBはすでにベルリンで三軒のダメ寿司にトライ。独断でレビューしちゃいます。格付けの基準はあくまでも寿司の旨さで、その独創性やサイドメニューは評価に含みません。☆☆☆で、DJGBの行きつけである8時半過ぎの「ちよだ寿司」レベル。

●SUSHI EXPRESS
うーん、なんだか普通に食べられる…、ここはダメ寿司とは言い難いな…。さすがソニーセンターのお膝元。メニューが『MORI WA SE』だったから期待したのに。
ランチタイムを除く昼間は全品20パーセントオフ。

評価:☆☆☆

Potsdamer Platz 2 10785 Berlin
Tel. ++49-30/25 75 18 63
月-金 12.00-21.00, 土 13.00-21.00

1cab6a26.jpgSURF&SUSHI
ネットカフェとスシバーという前衛的な組み合わせがダメ寿司感満点。若者が集まるアレキサンダープラッツからほど近いトレンドエリアに位置するだけあり、薄暗い店内の内装もオシャレ。URA-MAKIがフィーチャーされているのと、なぜかタイ料理も一緒にやっているのは、何もこの店だけじゃないみたい。トムヤムクンは旨かったが、寿司は…、ちょっとシャリが多いかなー。

評価:☆☆

Oranienburger Strasse 17 10178 Berlin
Tel. ++49-30/28 38 48 98 Fax ++49-30/28 38 48 99
月-土12.00〜、日 13.00〜

sushiedo.jpg●Edo Sushi-bar
ルイ・ヴィトンやグッチなどの高級ブランドが立ち並ぶKaDeWeデパートから歩いて2分ほど。名前はダメ寿司っぽかったが、寿司はほどほど。でもヌードルスープ(6ユーロ)を頼んだら、昨日スーパーで試しに買ったインスタントラーメンと同じ味が! 日清食品さん、ドイツで『具多』を売ってみれば!!

評価:☆☆

Rosmarinstrasse 8-9 10117 Berlin
Tel. ++49-30/20 63 50 60
月-土 12.00-24.00, 日 15.00-24.00

■ちなみにDJGBが実際に行ったことのあるドイツの名店ダメ寿司は、ニュルンベルクの『スシ ミスサイゴン』。オススメは盛り合わせ『テツドー寿司』。いろんなところが間違ってるぞ。

■じゃあ今日はシブがき隊で、『寿司くいねぇ』と思いましたが、そろそろいい味を出してきた「おさかな天国」で。
おさかな天国


長山洋子『ヴィーナス』

cea07d4c.jpg■いまや演歌の実力派として知られる長山洋子のスマッシュヒット。原曲のバナナラマも、ことバブル感では長山版に一歩も百歩も譲る。時代背景を的確に捉えた完成度の高さは、現在も多方面で活躍する名コンポーザー、鷺巣詩郎の編曲によるところが大きい。元来ショッキング・ブルーからバナナラマに転売された時点で株価の過熱感が指摘されていた折、この鷺巣の参加により、『ヴィーナス』という楽曲は80年代の日本において、とうとうバブル絶頂を迎えたのだ。そしてそのとき、ビクター少年民謡会から地道にスタートしていた長山の歌手としてのキャリアも、そのバブルの渦に飲み込まれてしまった。高値掴みした個人投資家は去り、長山は静かに演歌への転身を果たした。変わったのは周囲の環境だけ、なのである。

ヴィーナス


2006年06月18日

ベルリンで

KAZU―十五の旅立ち 三浦知良物語


■グーテンターク、DJGBです。
今このブログを、ドイツ・ベルリンで更新しています、ホントです。
その証拠に、今僕の宿泊しているホテルのエレベータはシンドラー社製です。

■DJGBが熱狂的な日本代表ファンであることはあまり知られていませんし、そもそもそれほどファンではないのが残念なところです。
が、何はさておき日本代表、初戦は残念な結果に終わりましたね。日本国内の空気はわかりませんが、おそらく悲観的な論調に終始していることでしょう。
現地でその敗戦を目の当たりにしたDJGBも、あまりの衝撃に、帰りの電車では、延々と続く田園風景とオーストラリア人の強烈な体臭に閉口するのみでした。

それから数日間、DJGBの空虚な心をめぐり続けるある疑問とはなにか?
それはジーコ采配への疑問でもなく、木村和司の解説に対する不満でもありません。

■この敗戦をサッカー風に描写するとしたら?

『ドーハの悲劇』、『ジョホールバルの歓喜』、『マイアミの奇跡』、『サンドニの惨劇』…。なぜかサッカーに欠かせない大仰なサブタイトル、しかも次のTV中継がウザい実況で名高いテレビ朝日とくれば、これはDJGBがマスコミに先駆けキャッチフレーズをつけるべきなのは言うまでもありません。いったい『カイザースラウテルンのXXXX』とするのが一番しっくりくるか?

・『カイザースラウテルンの悪夢』(ちょっとバックリしすぎかな)

・『カイザースラウテルンの惨敗』(こりゃフツーだね、ただの見出し)

・『カイザースラウテルンの失脚』(ジーコ解任だったら、だけどね…)

・『カイザースラウテルンの魔物』(甲子園とかグリーンに住んでるのと同じヤツだね)

・『カイザースラウテルンの屈辱』(こりゃカノッサだね、バブルネタここだけ)

・『カイザースラウテルンの黒豹』(弁慶とかも加えて三兄弟だね)

・『カイザースラウテルンのキムタク』(女性誌のヒマネタだね)

・『カイザースラウテルンのエジソン』(ワイパー付きメガネとか発明しそう)

・『カイザースラウテルンのモーツァルト』(たぶんヅラだね)


■もう飽きてきたのでこのへんで。今日は「の」つながりで『イパネマの娘』、いやもうめんどくさくて。
イパネマの娘