2018年05月18日

【再掲載】熱い90年代北海道ツーリングブームを伝える北海道ビデオ、あります。

【お知らせ】
1994年・北海道旅ビデオを絶賛配信中です。
「美深宴会編」、「ライダーハウス夢時間編」、「礼文島&民宿なぎさ編」、「ライダーハウスMAX&知床岬編」、「月形町メロンジャムコンサート編」、「1994年-1995年宗谷岬バス停年越し宴会編」等、いろんな動画が揃ってます。

あの時代を共有した旅人だけに見ていただきたいので全体公開はしておりません。

視聴ご希望の方には、限定公開用のURL(リンク)をお伝えします。

もちろん、料金等は一切かかりません。

北海道ツーリングが熱かったあの時代、熱く旅したあなたの映像を見てみませんか?

とりあえずコメント欄から連絡お願いします。

(写真は、美深宴会編より)
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djpentkr at 08:34|PermalinkComments(0) 北海道 | 

2018年05月17日

西城秀樹死す

西城秀樹が死んだ。

「西城秀樹の死」を見届ける、それはなんとも不思議な気持ちだ。

俺は特に西城秀樹のファンだったわけではないが、西城秀樹の曲をよく知っている。

いや、俺に限らず、あの時代の流行歌を知る者ならば、西城秀樹の曲は誰でも知っている。

ほとんどの人にとって、西城秀樹はエネルギッシュでパワフルなイメージだったと思う。

初期の曲は、そんな感じの曲が多かった。

でも、俺的には「眠れぬ夜」から「ギャランドゥ」あたりの、少々落ち着いた感じの曲が好きだったな。

特に、横浜銀蝿が書き下ろした「セクシーガール」は好きな曲だ。

しかしあれだな。

何日か前に、京橋駅の東西線ホームの立ち食いそば屋で流れていた「眠れぬ夜」を聞いたばかりだったんだが、そんときは「そういや、最近西城秀樹を見かけねえな」なんてサラッと思ったのだが。

まさか死んじまうとはね。

来年は新しい年号になるけど、そんな中、昭和のスターがいなくなってしまうのは、本当に寂しいな。

余談だが、俺が「この人は日本人ではない」と知って衝撃を受けたのは、王選手、張本、そして西城秀樹の3人である。


djpentkr at 22:30|PermalinkComments(0) 音楽 | 時事ネタ

【再掲載】北海道1994年、旅人がたくさん写っているビデオ、有ります!

俺が1994年に北海道を2ヶ月間旅した時のビデオが既に完成しております。 

写っているのは俺ではなく、旅人の皆さんです。

どのようなビデオがあるか紹介します。

「ライダーハウスMAX&知床岬編」
ライダーハウスMAXで過ごしたさりげない時間、見送り風景、知床岬制覇、ライダーハウスMAXシーズン最終日の映像が収録されています。

最終日の映像には、桃岩荘に出入りしていたであろうみなさんが大勢写っております。


「民宿なぎさ&礼文島編」
こちらのビデオは、当時民宿なぎさで出会った仲間達の尽力のおかげで、既に多くの方に視聴いただいております。

民宿なぎさで過ごした時間、8時間コース踏破の模様、港での見送り風景等が収録されています。


「美深町・ライダー旅人宴会編」
1994年に美深キャンプ場で開催されたライダー旅人まつりに参加されたみなさんが大勢写っております。
前日の準備風景、スタッフによる前夜祭、当日の準備風景、宴会本番、次の日の後片付けや集合写真撮影までが撮影範囲です。

「美深・夢時間編」
こちらは、8月の中旬と下旬に夢時間に宿泊されたみなさんが大勢写っております。


「月形町・北喜常メロンジャムコンサート編」

1994年のメロンジャムコンサートを撮影したものです。
バンドの演奏ではなく、スタッフの皆さんを中心に撮影しております。
当日の設営から、コンサート終了までを収録しております。

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「もしかして自分が写っているかも」という人は、遠慮なくコメント欄でその旨をお伝えください。

なお、このビデオは営利目的等ではありません。
視聴にお金は一切かかりません。

俺自身が旅人なので、当時北海道を旅した皆さんと旅の思い出を共有したいという思いで制作したビデオです。

ただ、不特定多数の人ではなく、旅の思いを共有できる人だけに公開したいので、公開範囲限定という形をとらせてもらっています。

それでは皆さんからのコメントをお待ちしております。


djpentkr at 12:47|PermalinkComments(0) 北海道 | 

2018年05月16日

実は先月、北海道を再訪していた。

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実は先月、北海道を再訪していた。

2泊3日と短い行程だったが、15年ぶりの北海道を十分に堪能した。

若い頃は、バイクやクルマで函館や小樽からスタートということが多かったが、今回は新千歳空港からのスタート。

実は飛行機で北海道入りするのは初めて。
そんなわけで、北海道についてからも、なんだか北海道にいるような実感を伴わないまま旅はスタートした。

初日はまず、東苗穂にあるラーメン店「王将」に向かった。
「王将」と言っても内地にあるチェーン店の王将とは無関係である。

俺は昔札幌に住んでいたんだけど、そのときに時々食べにきていたラーメン店だ。

この店は味噌ラーメンが美味い。
ここのラーメンはタネも仕掛けもない、ごくありふれたラーメン。
いや、奇をてらったラーメンばかりの昨今においては、見た目は寂しさを感じるぐらいである。

しかし、食べてみるとこれがうまいんだ。
普通のラーメン、その普通のラーメンがこんなにうまいとは、と思わせてくれるラーメンなのだ。

ラーメン屋を後にして、俺が昔住んでいたアパートを見に行く。
外壁の色がリニューアルされていたが、たたずまいはほとんど変わっていない。

そのあと、バスと地下鉄を乗り継ぎ、札幌時計台に。
札幌に住んでいたときには、バスにも地下鉄にもほとんど乗らない生活だったから、なんとも新鮮だ。

そして、時計台も札幌に住んでいたときにはほとんど来た事がなかった。
実は初渡道した1989年にも時計台に寄っている。
そのときと比べると、建物の周りが少々広々としているように見えたのは気のせいだろうか。

そして夕方、友人の家に行った。
北海道が15年ぶりなので、友人夫妻と会うのも15年ぶりだった。
今回の旅は、友人宅に2泊させてもらった。
この日の夜はジンギスカンをご馳走になった。
15年のブランクを感じなかった。

次の日は、レンタカーを借りて遠出した。
札幌駅から歩いて10分弱ぐらいのホンダレンタカーからスタート。
借りた車はN-WGN。

まずは中山峠に向かう。
峠に近づくにつれ、道路の両脇に残雪が現れる。
中山峠の道の駅に着くと、残雪というレベルをはるかに超えた雪が残っていた。
中山峠からは雪化粧をした羊蹄山が鮮やかに見えた。

峠を下り、倶知安へ向かう。
倶知安では、レルヒ公園のトイレに行った。
レルヒ公園のトイレは、当然ながら観光地でも景勝地でもない。
ただ、ちょっと辿りたいものがあったから、ここには寄っておきたかったのだ。

レルヒ公園をあとにして、積丹半島一周コースへ向かう。

俺は、富良野や美瑛などの「丘北海道」よりも、海沿いを駆け抜けるシーサイドロードがある「海北海道」が好きだ。

積丹半島は、そんな俺の北海道への思いを叶えてくれる場所のひとつだ。
ブルーの海がただただ美しい。

途中神恵内で、どうということのない食堂でラーメンを注文した。
浜ラーメン(海鮮ラーメン)と味噌ラーメン、どちらにするか迷ったが、内地ではなかなか美味い味噌ラーメンは食えないと思い、味噌ラーメンに。

わずかに辛味噌っぽい味で、野菜がたくさん入っている。
これもまた「王将」同様、「ごく普通のラーメン」の範疇にあるが、そんな普通のラーメンがとびきり美味いのは、さすが北海道。

積丹半島の先端付近にある温泉による予定だったが、あいにく休業日。
さらに積丹半島を進み、余市にある「余市川温泉」で入湯する。

ごく普通の銭湯のような温泉だったが、このような温泉に平日の昼間から浸かっていると、ふと、1994年に北海道を二ヶ月間旅しながら温泉めぐりをしていたことを思い出した。

そのあとは小樽へ。
小樽も、札幌に住んでいた時や旅人として北海道を巡っていた頃にはあまり来なかった場所。
しばし観光客気分で運河を眺めた。

その後は、銭函にある民宿「小さな旅の博物館」へ。
今回は、この民宿に泊まったわけではなく、懐かしさで立ち寄っただけである。
1994年の秋ごろ、ここに旅人達が集合したのだが、ここで多くの旅人と知り合ったので、非常に思い出深い。
旅人としての俺の、原点のひとつと言えるかもしれない。

札幌のホンダレンタカーには、返却時刻の4分前に滑り込みセーフで到着。

その後、再び札幌の友人宅へ。
その夜は回転寿司に行った。
積もる話が全て話しきれなかったような思いが残る。
また札幌に来よう、そう思った。

3日目は、ほぼ帰るだけの行程。
帰りは札幌駅前からバスで新千歳空港に向かったのだが、これは失敗だった。
あまりにも時間がかかりすぎるのである。

やっとついた空港で、家族に土産を買う。

15年ぶりに、3日間ではあるが、北海道を再訪できたのは夢のような時間だったと思う反面、待っている家族にこうやって土産を買っているのもなんだか夢のようなことだなと思いつつ帰路についた。



djpentkr at 22:55|PermalinkComments(0) 北海道 | 旅行

2018年03月24日

鳥取砂丘

いつも北海道か韓国の旅の話ししかしないから、たまには別の旅の話を。

と言っても、北海道韓国絡みではあるのだが(笑)

今回は鳥取砂丘の話。

俺の記憶に間違いがなければ、鳥取砂丘には2度ほど行っている。

1度目は1997年、札幌在住時。
会社のお盆休みを利用して。

当時の愛車マジェスティを駆り、岩内→直江津というレア航路で内地入り。

直江津から出雲まで徹夜で走った。

出雲大社付近で仮眠。

そのあと鳥取砂丘に行った。

初めて見る砂丘は、想像以上に広大だったな。

余談だが、この旅のとき、島根で疾駆北駆す倶楽部北海道支部長に会った。
世間は狭いと思った(笑)

2度目の鳥取砂丘は、2001年、宮城県山元町から下関に行く途中に寄った。
その時もバイク。
ヤマハセロー225だったな。

鳥取砂丘は2度目に見たときも広大だった。

その旅の目的地は韓国だった。
下関にバイクを置いて関釜フェリーに乗って韓国に向かった。

3度目の鳥取砂丘の旅はいつになるか?

それは恐らく来月であろう。

久しぶりの鳥取砂丘、楽しみだ。


djpentkr at 06:19|PermalinkComments(0)  | バイク

2018年03月12日

新曲「札幌」と「青春の海雲台ビーチ(夏の釜山港)」

新曲「札幌」と「青春の海雲台ビーチ(夏の釜山港)」をリリース!

↓ここで聴けるヨ!↓

「札幌」
https://youtu.be/FAaRQhBBE8s

「青春の海雲台ビーチ(夏の釜山港)」
https://youtu.be/DaG1mn8iIAQ




djpentkr at 22:31|PermalinkComments(0) 音楽 | 宅録

2018年02月07日

湊かなえ「物語のおわり」でもっとも気になる点(ネタバレ有り)

湊かなえ著「物語のおわり」を読んだ。

北海道が好きな俺的には満足できる内容だったし、北海道が興味がない人にもひとつの人間ドラマとして楽しめるストーリーだと思う。

【ここからネタバレ】

ただ、一点だけ、想像の余地を残している事象がある。

それは、絵美が1冊だけ著した「すずらん特急」の扱いである。

若き日の絵美が書いた「すずらん特急」という、恐らくミステリーであろう作品は、出版社から発売されたものの、大して売れることもなく絶版になった。

しかし後年、「すずらん特急」を原作とした2時間ドラマがテレビで放映される。
(それも、通常は視聴率が15%の枠なのに、1桁の視聴率しか取れなかった、となっている)

絵美は既に能力に限界を感じ、早々と断筆しているのだが、だからといって、放送局は著作者に黙って原作を使用できるものなのか?

そのあたりを少し調べてみたら、本は絶版になったら著作権も消滅するものらしい。

しかし、テレビ界の仁義として、著作者に連絡を取り、使用許可を得、少しばかりの謝礼は出すものではないだろうか?

絵美は山陰の山村でパン屋を営んでいる。

そして、パン屋をしていると、町の隅々の噂話が耳に入ってくる、とも言っている。

ならば、絵美の著した「すずらん特急」がドラマ化されたとなれば、町は大騒ぎになるんじゃなかろうか?

田舎においてはテレビは未だに絶対的な存在である。

その絶対的な存在であるテレビに、絵美の「すずらん特急」が採用されたとなれば、町の噂にならないわけがない。

絵美は「町のパン屋のおばさん」という以上の尊敬を町の人々から集めていなければ不自然だ。

しかし、絵美の孫の萌も、おばあちゃんの「すずらん特急」がドラマ化された事を知らない。
「おばあちゃんは夢を実現出来なかった人」と思い込んでいる。

萌も知らないのだから、町の人々は「すずらん特急」がドラマ化されたことを恐らく知らないのであろう。

ならば、テレビ局の人は無断で「すずらん特急」を使用したのだろうか?

いや、それはちょっとないだろう。

ここからは俺の想像だが、恐らく絵美は訪ねてきたテレビ局の人に「もう昔の事ですから」と、自由な使用を認めたのであろう。

絵美が若い日に持っていた夢は「自分の本を出すこと」

本を出すことで夢は叶ったのだから、そのあとテレビになるとかならないとか、そういうことには無関心だったのだろうな。

町の人々に語ることのほどでもない、そう考えて誰にも言わなかったのだろう。

俺はA4サイズの原稿の「物語のおわり」と同じぐらいにそちらが気になった次第。


djpentkr at 10:30|PermalinkComments(0) 小説 | 物語のおわり