サララーマン時代の趣味は企業戦士だった。その後のリタイヤした時に、「篆刻」に興味をいだき、独学で学んだ。篆刻展示会があると、足を伸ばして遠くの会場まで見学に行っていた。もちろん独学用の教科書も手に入れ、篆刻用の道具を売っている文房具店にも足を運んだ。
▼石のハンコを見たときには、いかにして彫刻するのかと悩んだが、道具を使って間単に彫れたときには、やったと思った。しかし、篆刻は「篆書」文字で彫るから、漢字の事典を手に入れたときにも、篆刻作家の気分になった。
▼古代中国からの歴史をつなぎ、日本に伝わったのは江戸初期だという。師匠がいない独学者はすべてが自己流だから、その道の権威から見れば、子どもが彫ったゴム印程度の知識で偉そうに語るなと言われそうだ。
▼多趣味のことを、「みるものこじき」と言うらしいが、知らないことに挑戦する好奇心は、人類の発展に寄与してきた。スパーコンピューター「京」が日本の技術者で開発されたが、その上を行く、遺伝子同士が連絡する?計算機を作った東京大学の学者がいる。そんなニュースを見て、発明の原点は「好奇心」からだと、あらためて思った。
▼古民家には、古い漆塗りの五段重ねのタンスが似合う。写経用の「書道」。水彩画の「絵画」。「写真」。「篆刻」の順で名札が貼ってある。上段には、使いやすいように種々雑多の「文具品」の引き出しになっている。「タンス預金」が流行っているが、我が家のタンスには「聖徳太子」に匹敵するモノが収まっている。
▼返信用の「年賀はがき」には、篆刻文字で「福壽」。「平成二十九年」。「元旦」。「義」や「鶏の絵」、「釈迦像」、「小坊主」などをあしらったデザインを、石に刻んだ作品を20枚用意していたが、5枚残った。年々少なくなる「年賀はがき」を、いつまで根気よく篆刻作品で、無事を知らせる年賀状を制作できるのか。