また寒くなった。まだ遠い春を待ちながら、NHKが伝える天気予報を見ていたら、来週から雪ダルマのマークが続く。次ぎのニュースに、全国各地で40年前に敷設された水道管の耐久寿命が来ているという。修理をしながら敷設管取替え工事の進行度合いが「1%」。全国の水道管の工事が完成するのは「100年」後だという。

▼100年間には、耐久年数が2回も来る。道路下の水道管取替えには時間が掛かる。そのうち、全国各所の家庭には、数日間水道が出ない時が必ず来る。豪雨での河川氾濫から、洪水の水災害も困るが、水道が使えない日々も覚悟しなければならない。

▼古来よりの地名「江沼」が「加賀市」になり、江沼の中心だった「大聖寺」は、たびたび大聖寺川の氾濫で城下町は水害に悩まされていた。城下町で生まれ育った40歳以下の人には、町中が水浸しになるという体験もなく、家族から伝え聞いた町の歴史の一部分になっている。

▼JR大聖寺駅周辺の南町に住む古老は、「活性化サロン」で水害の歴史を語った。昭和56(1981)年7月1日夜から梅雨前線が、3時間で100ミリ近く降る記録的な豪雨となった。昭和34年以来、22年ぶりの大水害になって大聖寺地区の床上浸水1543戸、床下浸水921戸。工場・商店等を含めると4000戸近くが水に浸かった。

▼河川改修により大聖寺には、35年近く水害がない。だが、決して油断してはいけないほど海抜は高くない。日本海からの津波は大聖寺川を逆上る。そんなことになると、海抜が低い大聖寺の町は、ひとたまりもないという。しかし、わが住まいの、「海抜」を知る人が何人いるかというと、古老も知らないという。

▼この話を伝える古老は、「そうや!」。「海抜」を町民に意識してもらおう。即、行動に動いた。行政からの資料で掲示する。「海抜」の数値を恒久的な看板にしたものを、数十枚作成し、随所に掲示するという。水害歴史の話をしていたのは、確か?1月末のことだった。