Disknote Morioka

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jazz today を含む記事

20170801 Jazz Today 「Frances Wayne / The Warm Sound」

仙台〜大阪〜浅草と催事続きの7月でした。頑張ったから良いじゃん!と勝手に自分にご褒美あげまくって、随分と仕事をサボっておりましたが、ここ数日で改心。真面目に勤しんでおります。obrです。
さて、祭りの季節ですが、今週のラヂオはハート・ウォーミーな(心が温まるような)ヴォーカル作品をご紹介。私も最近、初聴。2012年のワーナーから出た「ジャズ・ベスト・コレクション1000」シリーズで、20bitデジタル・リマスターで¥1000!嘘みたい!な好企画再発盤です。
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Frances Wayne / The Warm Sound (Atlantic / 1263 : CD)
1924年ボストン生まれの「フランシス・ウェイン」。チャーリー・バーネット楽団、ウディ・ハーマン楽団の花形歌手として活躍し、42年に初録音、以後多くの録音を残しています。44年にウディ・ハーマン楽団の作・編曲者でトランペット奏者だったニール・ヘフティと結婚。47年ニール・ヘフティ楽団を結成し、主に彼のバンドで歌っていたそうです。78年逝去。

アトランティックのヴォーカル作品で、こんなにもオーソドックスで、深みのある作品があったとは驚きです。(それまでとは別路線のヴォーカル作品を出すイメージがありました。)タイトルが「ウォーム・サウンド」だけに歌の内容は「ビター&スウィートなバラード」。ノン・ヴィブラートで軽やかに、クールで、そしてじつに知性的な歌いっぷり。
録音は57年。その当時、ステージから離れていた彼女を連れて久しぶりにツアーを敢行。その後に録音されたのが本作。夫であるニール・ヘフティがプロデュース。この後は家庭に入ってしまったようで、正規の録音はこれが最後とのこと。

モンクの「ラウンド・アバウト〜」や、エリントンの「ブレリュード・トゥ〜」、「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」に「スピーク・ロウ」に「キャラヴァン」と、往年の名曲を実にサラリと軽快にこなす作品です。これはレコードでも聴いてみたいですな。

ではでは


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世界のラジオも聴けちゃうんですよ、面白い!!

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放送日:8月1日(火)ラヂオ盛岡76.9Mhz
リアルタイムでサイマル放送もやってます→こちら

20170530 Jazz Today 「Charlie Haden / Noctorn」

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Charlie Haden / Nocturn (GITANES:CD)
2014年、77歳でこの世を去った名ベーシスト「チャーリー・ヘイデン」の2001年作品「ノクターン」。スペインで産まれたダンス音楽「ボレロ」は、形を変えながらアメリカ大陸にも上陸し、ラテン音楽の源流と言われてます。その「ボレロ」のメキシコとキューバの原曲をアレンジしたのがこの作品。

「ボレロ」といえば、あのラヴェルの、、、と思い出しますね。その「ボレロ」は20世紀に書かれた曲で、その起源は19世紀の舞曲がルーツだとか。キューバではその「ボレロ」はルンバの元と言われる「ソン」という音楽にも影響を与えたようです。50年代にはラテン・アメリカ全域に広まり、ボレロ歌手として有名になったのが「ホセ・フェリシアーノ」や「イーディ・ゴーメ」なのだそうです。

因みに日本でもっとも有名なボレロはなんでしょうか?ラヴェルのボレロのリズムですよ。
じーんせーいらーくあーりゃくーもあるーさー♩です。

で、本作。69年の「リベレーション・ミュージック・オーケストラ」での「ソング・フォー・チェ(チェ・ゲバラに捧げる曲)」でキューバ音楽に初遭遇。以後キューバ音楽に惹かれるようになったそうな。その引力故か、86年頃に出会ったのがキューバのピアニスト「ゴンサロ・ルバルカバ」。以降何度も共演が続き、ヘイデンのキューバ音楽熱はますますホットに!「ボレロ」をやろうやろうとゴンサロ氏にも呼びかけたそうですが、なんやかんやお互い多忙で、そして、やっと録音したのが2000年。
その「ボレロ」曲の他、ヘイデン曲、ルバルカバ曲を織り交ぜて全11曲。


これが、実に良い!


ボレロときいてもっと派手なのを想像してましたが、そこはヘイデンですからそうなるはずもなく。しかもタイトルは「ノクターン(夜想曲)」ですから、実に落ち着いた内容。ルバルカバとドラムのイグナシオ・ベローナのトリオを軸に、ジョー・ロヴァーノ、デヴィッド・サンチェス、パット・メセニー、フェデリコ・ブリトス・ルイスが参加。なんといってもルバルカバのピアノのメロディが美しく、かつ空気感が絶妙。静かでラテンで大人で、官能的な魅力に溢れてます。



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放送日:5月30日(火)ラヂオ盛岡76.9Mhz
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20170207 Jazz Today 「Chet Baker / Sings」


孤高のトランぺッター「チェット・ベイカー」の半生を描いた映画「ボーン・トゥ・ビー・ブルー〜ブルーに生まれついて」が2月25日から盛岡フォーラムで上映されます。

50年代には時代の寵児として一世を風靡するも、ドラッグに依存し、どん底に落ちたチェット・ベイカーが再生を目指す姿を「イーサン・ホーク」が見事に演じ、そして自身のヴォーカルも披露。トランペットも6ヶ月間練習したとか、、、。いかにして天才チェット・ベイカーは転落し、そして復活したのか?またジャズ史でも重要な60年代における、白人ジャズメンの苦悩や、恋人との関係などなど、「音楽が官能をもたらす傑作音楽映画」。乞うご期待!


チェット・ベイカーは1929年12月23日オクラホマ州のイェール生まれ。エル・カミノ・カレッジで音楽を専攻、その才能をチャーリー・パーカーに認められ、23歳 からパーカーのバンドに参加。ヴォーカルにも意欲をみせたチェットは、54年に代表作「チェット・ベイカー・シングル」を録音。名演「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」はここで誕生。囁くような、呟くような、独特の歌い方は彼の代名詞となった。この演奏を聴いたジョアン・ジルベルトが影響を受け、あの「ゲッツ/ジルベルト」を録音したというのは有名なエピソード。
当時はマイルスをも凌ぐ人気だったという50年代半ば、その後はヘロインに溺れ、これに起因するトラブルを繰り返し、アメリカや公演先のイタリアなど複数の国で逮捕、短期間でしたが服役経験もあり。ドラッグが原因で喧嘩し、前歯を折られ演奏活動の休止に追い込まれ、この間は生活保護を受け、ガソリン・スタンドで働いていたそうな。
73年にディジー・ガレスピーの尽力で復活を果たす。元々ディジーの演奏を聴いてトランペットを志したチェットだったので、巨匠が手を差し伸べたのはまさに「神の救い」だったのでは?
75年頃 から欧州に活動拠点を移し、再始動。彼は生涯約150枚のアルバムを発表、その半分以上の80タイトルが、この時期から亡くなるまでに集中しています。
86年に初来日、翌87年も再来日。88年5月13日、オランダはアムステルダムのホテルの窓から転落死。原因は今も不明。享年59歳。


■マイルスは1926年生まれ、チェットの3つ歳上。ディジーに憧れ、パーカーらと活動、、、というのは二人の共通点。マイルスは「ディジーのようなハイトーン、そしてパーカーの高速フレーズ」は自分には出来ない!と独自の表現「クール」を完成させます。チェット・ベイカーは、ヴォーカルに意欲をみせそれまでのエンターテイメント的な男性ヴォーカルではなく、マイルス同様「クール」な新しいジャズ・ヴォーカルを完成。これがあのジョアン・ジルベルトとゲッツの「ジャズ・ボッサ」に繋がるというのも面白いですね。

マイルスはその後、バンド・サウンドを追求しし、「マイルス」というジャズ・ミュージックを目指していくのに対して、チェットはあくまで「一人のジャズメンとして」トランペットを吹いていたのではないでしょうか?溢れ出るメロディと、そのトランペットのテクニック、そしてもう一つの武器「ヴォーカル」を兼ね備えて。

ドラッグに溺れるのも同じですね。マイルスはスパッと切り替えて音楽に専念しますが、チェットはボロボロになって行きます。チェットが麻薬を断ち切り、野心に燃える60年代を過ごしていたら、どうなっていたのでしょうか?「たられば」ですが、ジャズの歴史の中でも重要な時期だけに、興味はつきません
ね。この話しで酒飲めそうな気がします。




と、いうわけでやはりこの一枚ですね。MI0002769268
Chet Baker / Sings 
56年発表の西海岸ジャズの名盤。53年頃から取り組んだヴォーカルを54年に本格的に録音。新曲などを追加してリリースしたのがこの作品。スタンダード中心の内容で、その独特の歌い口と、全体的に漂うムードは唯一無比。なかでも「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」は人気。マイルスやシナトラ、キース・ジャレットら多くのジャズメンに愛される名曲だが、このチェットのヴォーカル版が一番!というジャズ・ファンも多い。 


で、この映画「ボーン・トゥ・ビー・ブルー」。監督はロバート・パドロー。この監督さん、過去にチェット・ベイカーの死の真相に迫った映画も撮ってまして、その時のチェット役の俳優さんが、今回のイーサン・ホーク演じるチェットの父親役だそうです。 
また、晩年のチェットを描いた映画「レッツ・ゲット・ロスト」も参考までに。

では、マリガン・グループ時の56年ローマでの演奏をどぅーぞ。
 

20161115 Jazz Today 「Avishai Cohen Trio / From Darkness」

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現代ジャズ・シーンを牽引するイスラエル出身のベーシスト「アヴィシャイ・コーエン」の15年トリオ作品。

作曲家、バンド・リーダーとしてもその才能を発揮する超絶ベーシスト「アヴィシャイ・コーエン」は、幼少期からピアノを演奏、14歳で父親の転勤で米国はセントルイスに移住。ここでジャズに出会い、15歳でベースをはじめ、16歳で母国に帰りバンド活動をスタート。が、イスラエルでの音楽活動に限界を感じ、単身渡米。音楽活動よりも生きていく為に働くことで精一杯だったというこの時期が人生最大の苦難だったとは、本人談。
93年、ジャズ・クラブでの定期的演奏ができるようになったある日。偶然来店したチック・コリアがその才能に惚れ込み、彼をレコーディングに参加させ、さらに彼を含む新バンドまで結成したというのですから人生何が有るか分かりませんね。このグループで03年まで、10年活動しました。
このチック・コリアとの共演で一躍注目を浴び、チック・コリアのレーベルからリーダー作をリリースしたり、ロンドン交響楽団、イスラエル交響楽団、ボストン・ポップス響との共演や母国イスラエルでのジャズ・フェスの音楽監督を担当するなど、才能が爆発!
09年からはブルーノートに移籍し、コンスタントに作品をリリース。11年の作品ではほとんどの曲を作詞&作曲し、ヴォーカルも務めたという作品「7つの海」は、ジャズ・ファンのみならず、音楽ファン全般から支持を得た、彼のターニングポイントと言える傑作です。

そのアヴィシャイ・コーエンが満を持して録音したのが「トリオ作品」。ニタイ・ハーシュコヴィッツ、ダニエル・ドールとの練りに練られたアンサンブルと、それぞれの華麗なソロ、ソロ、ソロ、、、、。ため息が出る程「上手い」「巧い」「旨い」。ウネル&ハネル&ノタウツ、リズム。
ベーシストのリーダー作だからでしょうね、こんなにリズムが多彩なジャズ作品は初耳です。

 

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20161108 Jazz Today 「Arthur Taylor / Mr. A.T」

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1950年代の黄金のハードバップ時代を支えたドラマー「アーサー・テイラー」が率いたグループ「テイラーズ・ウェイラーズ」のEnjaでの91年復活作品。

アート・テイラーの名前でお馴染みのドラマー「アーサー・テイラー」は1929年、ニューヨークでジャマイカ移民の家庭に生まれる。音楽に熱心な父は彼をよくジャズ・クラブへ連れて行きチャック・ウェブやジョー・ジョーンズなどの名ドラマーを目の当たりにしたそうな。その影響でジャズ・ドラマーを志したのは17歳、その歳のクリスマス・プレゼントがドラムセットだったというんですから、両親の熱い思い感じますね。

ハーレムでの活動はロリンズ、ジャッキー・マクリーン、ケニー・ドリューとのバンドでスタート。ハワード・マギーの目に止まりプロデビューを果たし、50年にはオスカー・ペティフォードのバンドに参加、ここではウィントン・ケリーに出会い、今度はコールマン・ホーキンス のバンドに参加、ここではハーレム時代の盟友ケニー・ドリューと再会。と強者たちとの共演で腕をあげたテーラーに注目したのはマックス・ローチ。彼の推薦でバド・パウエル・トリオに参加。あの「バド・パウエルの芸術」や「シーン・チェンジズ」など代表作はテーラーのドラム。
バド・パウエルとの活動で一躍有名になったあとは、マイルス、ジョージ・ウォーリントンのバンドや、プレスティッジのハウス・ドラマーとしてマル・ウォルドロン、ガーランド、ドナルド・バードにコルトレーンまで数多くの作品でその実力を披露。

この時期に組んだ自らのバンド「テイラーズ・ウェイラーズ」を始動。プレスティッジへの録音作品も残しております。「ウェイラー」とは当時のジャズマンの造語で、良い演奏をするイカしたミュージシャンを指したそう。ドナルド・バードにジャッキー・マクリーンなどが当時のメンバー。

パウエルのバンドに続き、モンクのバンドにも参加しております。「ファイブ・バイ・モンク・バイ・ファイブ」や「タウンホール・コンサート」がそれ。そのモンクの刺激で「テイラーズ・テナーズ」なるモンク作品集もあり、こちらではフランク・フォスターに加え後にモンク・カルテットで活躍するチャーリー・ラウズを起用。その後、ローランド・カークとも共演し63年には多くのジャズマン同様、ヨーロッパへと移住。パリでは移住組の先輩ケニー・クラークが開いた学校でドラムの講師をしつつも、フランスのブルーノート・ジャズ・クラブでケニー・ドリュー、ジョニー・グリフィンと共演。70年ベルギー移住後はデクスター・ゴードンら渡欧組と、アメリカからやって来るジャズメンと変わらぬ音楽活動を続けたそうです。この時期の代表作は82年のトミー・フラナガンのenja盤「セロニカ」。

84年に母の病気を機にアメリカに戻りニューヨークで活動再開して録音したのが本作「Mr. A.T」。翌92年にジャッキー・テラソンを迎えて「ウェリントン・アット・ザ・ヴァンガード」を発表。94年のジミー・スミスの作品が最後となり、95年に永眠。享年66歳。

積極的に新人を起用し続け、ジャズを今に伝えようという気概感じる活動ですね。本作のメンバーも実にフレッシュな若手で、アルトのエイブラハム・バートンとマーク・キャリーはEnjaのプロデューサーに育てられ共にリーダー作品をEnjaからリリース。にエイブラハム・バートンは、ダスコ・ゴイコヴィッチのEnja盤「ビ・バップ・シティ」にも起用されるほど気に入られたようです。マーク・キャリーは、ジャズとヒップホップの融合をいち早く試みた最初のピアニスト。ロバート・グラスパーの先輩格だそうで、若手ミュージシャンからの尊敬される才能の持ち主。テナーのウィリー・ウィリアムスは少し年上、ブレイキーのメッセンジャーズ出身で、ミンガス・ダイナスティやクリフォード・ジョーダン・ビッグ・バンドにも参加したバリバリのテナーマン。ベースのタイラー・ミッチェルはシカゴ出身、サンラー・アーケストラやスティーヴ・グロスマンのバンドでプレイした実力派。テイラーが新バンドを結成する際に真っ先に声をかけたのが彼だったそうな。


■2管のバランス、ドラマーがリーダーであるというサウンド。緩急鋭い選曲。そしてなにより録音が良い!テイラーの希望で録音はヴァン・ゲルダー・スタジオだって言うんですから当然ですな。キリッとしたシンバルの鳴りと深みのあるブラシ・ワークの音色。腹にくるバスドラ。これゾ!なジャズ!

 

 

 
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