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20170801 Jazz Today 「Duke Jordan Trio / Flight To Japan」

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Duke Jordan Trio / Flight To Japan (LP : ULS-6045-S)
冬のジャズ、、、って?と思い、浮かぶのはデューク・ジョーダンのあれ。
そう、雪景色に一人佇むジョーダンが印象的なこれ↓
_SX355_
この「フライト・トゥ〜」は、所謂「フライト」シリーズ3作の2作目で73年録音。
1作目は60年ブルーノートの「フライト・トゥ・ジョーダン」↓
_SY355_


で、今回ご紹介するのが、76年の本作「フライト・トゥ・ジャパン」。
ベテラン・バップ・ピアニスト「デューク・ジョーダン」が初来日したのが76年9月。2週間に渡り日本ツアーを行った彼は同時に2枚のアルバムを日本で録音。スティプルチェイス盤の日本公演ライヴ盤「トリオ・ライヴ・イン・ジャパン」と、本作「フライト・トゥ・ジャパン」。
ライヴ録音はベテランならではのライヴ・パフォーマンスを披露、スタジオ録音はというと、バップ・ピアニストの本領発揮とともに、ジョーダンの作曲家としての魅力が楽しめる好内容です。

デューク・ジョーダンは1922年4月1日ニューヨークはブルックリンの生まれ。8才から16才までピアノの個人レッスンを受け、ハイスクール時代には学生バンドで活躍。39年、17才で卒業後はトロンボーンのスティーブ・プリアムのセクステット、テナーのレイ・エイブラムスのコンボに加入。
この頃からハーレムのジャズ・クラブに出演するようになり、同時にパーカー、モンク、パウエル、ガレスピーを目の当たりにし、ついには若手バップ・ピアニストの有力株として注目されるようになったのが40年代中期。46年、パーカーの目に止まったジョーダンはクインテットに参加、マイルス、マックス・ローチと共演。この時期の、47年ダイアル・セッションでのパーカーとの「エンブレイサブル・ユー」は彼の初期名演として印象的です。
54年の初リーダー作「ジュードゥ」を録音し、60年代初頭まで自分のレギュラー・トリオを率いてニューヨークを中心に活躍。この辺りがジョーダンの輝かしい時期で、この後は不遇の時代の60年代へ。
で、70年代に入り、「ハード・バップ・リヴァイヴァル」の波到来。前述のフライト・シリーズなどスティプル・チェイスをはじめ、40〜50年代を凌ぐ人気を確立。

本作はその円熟の時期76年の東京録音。録音の前日24日は吉祥寺の「サムタイム」で演奏、終了後の25日午前2時スタジオ入りし、夜明けまでレコーディング、その25日の夜には東京で最終公演をおこなったという、驚きのスケジュールで録音された作品です。
ベースにはトミー・フラナガンの「オーバー・シーズ」に参加したウィルバー・リトル。この人もジョーダンと同じような経歴を持つカムバック組の一人。ドラムにはロイ・ヘインズ。マイルス、モンク、コルトレーン、そしてサラ・ヴォーンらと共演し伴奏の巧さでは定評ある名ドラマー。

■ジョーダンのピアノは黒人ながら、非常に端正な演奏で有名です。ハンク・ジョーンズやジョン・ルイスに代表されるフォルテをほぼ使わない、実にソフトなタッチとその歌心。ホロリとさせる悲哀には、どこか男の背中を思わせる渋さがありますね。また通常ジャズでは使われないオンビートによる左手の演奏もまた、彼の独特のピアノの魅力の一つ。ですが、実はジョーダンはケンカ無敗の男だそうで、本名アーヴィング・シドニー・ジョーダンでありながら「デューク」と呼ばれるのはこの「ケンカ無敗伝説」が由来しておるようです。

■古き良き、、、なんて自分がいうのはオコガマしいですが、ピアノによる「歌」を聴きたくなると棚から抜くのがこのデューク・ジョーダン。スティプル・チェイスではソロ作品も吹き込んでいて、これも、また彼のソフト・タッチが絶妙な作品。うっとりするよなピアノを弾く男ジョーダン。でも、実はケンカ無敗!で、その伝説がデュークの由来だったとは!!
私はてっきり、エリントン同様、エレガントな伯爵然として紳士だったから、、、だと思っておりましたよ。ははは。でも、これだからこの時代のジャズメンは好きです。

ではでは お楽しみに。


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放送日:12月19日(火)ラヂオ盛岡76.9Mhz
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20170801 Jazz Today 「Frances Wayne / The Warm Sound」

仙台〜大阪〜浅草と催事続きの7月でした。頑張ったから良いじゃん!と勝手に自分にご褒美あげまくって、随分と仕事をサボっておりましたが、ここ数日で改心。真面目に勤しんでおります。obrです。
さて、祭りの季節ですが、今週のラヂオはハート・ウォーミーな(心が温まるような)ヴォーカル作品をご紹介。私も最近、初聴。2012年のワーナーから出た「ジャズ・ベスト・コレクション1000」シリーズで、20bitデジタル・リマスターで¥1000!嘘みたい!な好企画再発盤です。
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Frances Wayne / The Warm Sound (Atlantic / 1263 : CD)
1924年ボストン生まれの「フランシス・ウェイン」。チャーリー・バーネット楽団、ウディ・ハーマン楽団の花形歌手として活躍し、42年に初録音、以後多くの録音を残しています。44年にウディ・ハーマン楽団の作・編曲者でトランペット奏者だったニール・ヘフティと結婚。47年ニール・ヘフティ楽団を結成し、主に彼のバンドで歌っていたそうです。78年逝去。

アトランティックのヴォーカル作品で、こんなにもオーソドックスで、深みのある作品があったとは驚きです。(それまでとは別路線のヴォーカル作品を出すイメージがありました。)タイトルが「ウォーム・サウンド」だけに歌の内容は「ビター&スウィートなバラード」。ノン・ヴィブラートで軽やかに、クールで、そしてじつに知性的な歌いっぷり。
録音は57年。その当時、ステージから離れていた彼女を連れて久しぶりにツアーを敢行。その後に録音されたのが本作。夫であるニール・ヘフティがプロデュース。この後は家庭に入ってしまったようで、正規の録音はこれが最後とのこと。

モンクの「ラウンド・アバウト〜」や、エリントンの「ブレリュード・トゥ〜」、「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」に「スピーク・ロウ」に「キャラヴァン」と、往年の名曲を実にサラリと軽快にこなす作品です。これはレコードでも聴いてみたいですな。

ではでは


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放送日:8月1日(火)ラヂオ盛岡76.9Mhz
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20170530 Jazz Today 「Charlie Haden / Noctorn」

_SL1263_
Charlie Haden / Nocturn (GITANES:CD)
2014年、77歳でこの世を去った名ベーシスト「チャーリー・ヘイデン」の2001年作品「ノクターン」。スペインで産まれたダンス音楽「ボレロ」は、形を変えながらアメリカ大陸にも上陸し、ラテン音楽の源流と言われてます。その「ボレロ」のメキシコとキューバの原曲をアレンジしたのがこの作品。

「ボレロ」といえば、あのラヴェルの、、、と思い出しますね。その「ボレロ」は20世紀に書かれた曲で、その起源は19世紀の舞曲がルーツだとか。キューバではその「ボレロ」はルンバの元と言われる「ソン」という音楽にも影響を与えたようです。50年代にはラテン・アメリカ全域に広まり、ボレロ歌手として有名になったのが「ホセ・フェリシアーノ」や「イーディ・ゴーメ」なのだそうです。

因みに日本でもっとも有名なボレロはなんでしょうか?ラヴェルのボレロのリズムですよ。
じーんせーいらーくあーりゃくーもあるーさー♩です。

で、本作。69年の「リベレーション・ミュージック・オーケストラ」での「ソング・フォー・チェ(チェ・ゲバラに捧げる曲)」でキューバ音楽に初遭遇。以後キューバ音楽に惹かれるようになったそうな。その引力故か、86年頃に出会ったのがキューバのピアニスト「ゴンサロ・ルバルカバ」。以降何度も共演が続き、ヘイデンのキューバ音楽熱はますますホットに!「ボレロ」をやろうやろうとゴンサロ氏にも呼びかけたそうですが、なんやかんやお互い多忙で、そして、やっと録音したのが2000年。
その「ボレロ」曲の他、ヘイデン曲、ルバルカバ曲を織り交ぜて全11曲。


これが、実に良い!


ボレロときいてもっと派手なのを想像してましたが、そこはヘイデンですからそうなるはずもなく。しかもタイトルは「ノクターン(夜想曲)」ですから、実に落ち着いた内容。ルバルカバとドラムのイグナシオ・ベローナのトリオを軸に、ジョー・ロヴァーノ、デヴィッド・サンチェス、パット・メセニー、フェデリコ・ブリトス・ルイスが参加。なんといってもルバルカバのピアノのメロディが美しく、かつ空気感が絶妙。静かでラテンで大人で、官能的な魅力に溢れてます。



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放送日:5月30日(火)ラヂオ盛岡76.9Mhz
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20170207 Jazz Today 「Chet Baker / Sings」


孤高のトランぺッター「チェット・ベイカー」の半生を描いた映画「ボーン・トゥ・ビー・ブルー〜ブルーに生まれついて」が2月25日から盛岡フォーラムで上映されます。

50年代には時代の寵児として一世を風靡するも、ドラッグに依存し、どん底に落ちたチェット・ベイカーが再生を目指す姿を「イーサン・ホーク」が見事に演じ、そして自身のヴォーカルも披露。トランペットも6ヶ月間練習したとか、、、。いかにして天才チェット・ベイカーは転落し、そして復活したのか?またジャズ史でも重要な60年代における、白人ジャズメンの苦悩や、恋人との関係などなど、「音楽が官能をもたらす傑作音楽映画」。乞うご期待!


チェット・ベイカーは1929年12月23日オクラホマ州のイェール生まれ。エル・カミノ・カレッジで音楽を専攻、その才能をチャーリー・パーカーに認められ、23歳 からパーカーのバンドに参加。ヴォーカルにも意欲をみせたチェットは、54年に代表作「チェット・ベイカー・シングル」を録音。名演「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」はここで誕生。囁くような、呟くような、独特の歌い方は彼の代名詞となった。この演奏を聴いたジョアン・ジルベルトが影響を受け、あの「ゲッツ/ジルベルト」を録音したというのは有名なエピソード。
当時はマイルスをも凌ぐ人気だったという50年代半ば、その後はヘロインに溺れ、これに起因するトラブルを繰り返し、アメリカや公演先のイタリアなど複数の国で逮捕、短期間でしたが服役経験もあり。ドラッグが原因で喧嘩し、前歯を折られ演奏活動の休止に追い込まれ、この間は生活保護を受け、ガソリン・スタンドで働いていたそうな。
73年にディジー・ガレスピーの尽力で復活を果たす。元々ディジーの演奏を聴いてトランペットを志したチェットだったので、巨匠が手を差し伸べたのはまさに「神の救い」だったのでは?
75年頃 から欧州に活動拠点を移し、再始動。彼は生涯約150枚のアルバムを発表、その半分以上の80タイトルが、この時期から亡くなるまでに集中しています。
86年に初来日、翌87年も再来日。88年5月13日、オランダはアムステルダムのホテルの窓から転落死。原因は今も不明。享年59歳。


■マイルスは1926年生まれ、チェットの3つ歳上。ディジーに憧れ、パーカーらと活動、、、というのは二人の共通点。マイルスは「ディジーのようなハイトーン、そしてパーカーの高速フレーズ」は自分には出来ない!と独自の表現「クール」を完成させます。チェット・ベイカーは、ヴォーカルに意欲をみせそれまでのエンターテイメント的な男性ヴォーカルではなく、マイルス同様「クール」な新しいジャズ・ヴォーカルを完成。これがあのジョアン・ジルベルトとゲッツの「ジャズ・ボッサ」に繋がるというのも面白いですね。

マイルスはその後、バンド・サウンドを追求しし、「マイルス」というジャズ・ミュージックを目指していくのに対して、チェットはあくまで「一人のジャズメンとして」トランペットを吹いていたのではないでしょうか?溢れ出るメロディと、そのトランペットのテクニック、そしてもう一つの武器「ヴォーカル」を兼ね備えて。

ドラッグに溺れるのも同じですね。マイルスはスパッと切り替えて音楽に専念しますが、チェットはボロボロになって行きます。チェットが麻薬を断ち切り、野心に燃える60年代を過ごしていたら、どうなっていたのでしょうか?「たられば」ですが、ジャズの歴史の中でも重要な時期だけに、興味はつきません
ね。この話しで酒飲めそうな気がします。




と、いうわけでやはりこの一枚ですね。MI0002769268
Chet Baker / Sings 
56年発表の西海岸ジャズの名盤。53年頃から取り組んだヴォーカルを54年に本格的に録音。新曲などを追加してリリースしたのがこの作品。スタンダード中心の内容で、その独特の歌い口と、全体的に漂うムードは唯一無比。なかでも「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」は人気。マイルスやシナトラ、キース・ジャレットら多くのジャズメンに愛される名曲だが、このチェットのヴォーカル版が一番!というジャズ・ファンも多い。 


で、この映画「ボーン・トゥ・ビー・ブルー」。監督はロバート・パドロー。この監督さん、過去にチェット・ベイカーの死の真相に迫った映画も撮ってまして、その時のチェット役の俳優さんが、今回のイーサン・ホーク演じるチェットの父親役だそうです。 
また、晩年のチェットを描いた映画「レッツ・ゲット・ロスト」も参考までに。

では、マリガン・グループ時の56年ローマでの演奏をどぅーぞ。
 

20161115 Jazz Today 「Avishai Cohen Trio / From Darkness」

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現代ジャズ・シーンを牽引するイスラエル出身のベーシスト「アヴィシャイ・コーエン」の15年トリオ作品。

作曲家、バンド・リーダーとしてもその才能を発揮する超絶ベーシスト「アヴィシャイ・コーエン」は、幼少期からピアノを演奏、14歳で父親の転勤で米国はセントルイスに移住。ここでジャズに出会い、15歳でベースをはじめ、16歳で母国に帰りバンド活動をスタート。が、イスラエルでの音楽活動に限界を感じ、単身渡米。音楽活動よりも生きていく為に働くことで精一杯だったというこの時期が人生最大の苦難だったとは、本人談。
93年、ジャズ・クラブでの定期的演奏ができるようになったある日。偶然来店したチック・コリアがその才能に惚れ込み、彼をレコーディングに参加させ、さらに彼を含む新バンドまで結成したというのですから人生何が有るか分かりませんね。このグループで03年まで、10年活動しました。
このチック・コリアとの共演で一躍注目を浴び、チック・コリアのレーベルからリーダー作をリリースしたり、ロンドン交響楽団、イスラエル交響楽団、ボストン・ポップス響との共演や母国イスラエルでのジャズ・フェスの音楽監督を担当するなど、才能が爆発!
09年からはブルーノートに移籍し、コンスタントに作品をリリース。11年の作品ではほとんどの曲を作詞&作曲し、ヴォーカルも務めたという作品「7つの海」は、ジャズ・ファンのみならず、音楽ファン全般から支持を得た、彼のターニングポイントと言える傑作です。

そのアヴィシャイ・コーエンが満を持して録音したのが「トリオ作品」。ニタイ・ハーシュコヴィッツ、ダニエル・ドールとの練りに練られたアンサンブルと、それぞれの華麗なソロ、ソロ、ソロ、、、、。ため息が出る程「上手い」「巧い」「旨い」。ウネル&ハネル&ノタウツ、リズム。
ベーシストのリーダー作だからでしょうね、こんなにリズムが多彩なジャズ作品は初耳です。

 

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