●データ
【所在地】東京都江戸川区~中央区 【運営キロ】2.5Km(推定)
【開業】1957年(昭和32年)12月17日 【廃止】1989年(平成元年)2月9日
【魅力】都会の真ん中に位置する特異な廃線跡。この異様な風景に
 魅了されます。しかし近年になり周囲が激変、
 貴重な廃線跡も消えつつあります。 【訪問日】10.09.18

●約1年ぶりの東京都の廃線探索です。今回は「廃線マニア」の方々で
 あれば余りにも有名過ぎる廃線跡「晴海線」へやって来ました。
 ということで「いつでも行ける」的なこともあり、当初から訪問の計画は
 あったものの先延ばしになっていた廃線跡でした。

 ところがです・・・あるウワサを耳にしました。
 あの「晴海橋梁が撤去される」と・・・。
 結果的にこの噂はガセだったようですが、一度このような噂を
 耳にしてしまった以上、「こりゃ早く行っとかないとヤバス」と
 勝手に思考が先走りし、今回の探索となったのでした。^^;

 それにしてもこの大都会の片隅にこのような廃線跡とは・・・絵になりますわ。
 ではジックリとご覧下さいまし~
 (※ちなみに今回はデジカメを忘れてしまった関係で、携帯カメラでの
 撮影
となっております。ったく、アリエネーよなー^^;)

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では今回の廃線探索の経路を確認しておきしょう。
「晴海埠頭」から出発、東へ進み「越中島貨物駅」を目指します。

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晴海操車場跡へやって来ました。しかし回りは高い壁で囲われ中の
様子は覗けず、仕方なく近くのマンションへ駆け登り撮影しました。汗

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で、良く見てみればアノ有名な「晴海橋梁」も写っていました。
しかし遺構らしきものは全くと言ってよいほど見当りませんねぇ、、、

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ではこの付近の様子を恒例、空撮で確認してみましょう。
1984年の写真には貨車が停まっているのが見えますねー。

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地上から中の様子を覗けるのは恐らくこの工事用出入り口の
一ヶ所のみでしょう。ちなみに奥の山は遺構とは関係無いようです。

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同じ場所からの撮影です。この草の向こう側に廃線跡があるハズ
なのですが・・・とてもいけるような状況ではありませんでした。T-T

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ということで先へ進みます。すると・・・早くも「晴海橋梁」の登場です!
で、デターーー!!! こ、コレがネット上で何度も見た晴海橋梁ですか!

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レールもあるし・・・す、素晴らし過ぎます! あ・・・歩きたいなー。爆
でもさすがにそうもいかないので、周りから眺めることにします。

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すると偶然にも橋の下を屋形船が通過! 絵になりますねー♪
ま、まさか自分のために船の用意を !? (お好きなようにツッコんで下さい)

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晴海埠頭側です。うーむ、草ボウボウで廃線跡が続いているのか
判りません。ただ空撮で見ると線路は途切れているように見えます。

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橋梁のほぼ中央部分です。あれは待避所でしょうか?
ナンにしろあそこに立つのはカナーリ恐い気がするのですが・・・><

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橋を渡ると豊洲に入ります。ということで豊洲側の「晴海橋梁」です。
こちら側もレールは健在ですが、両サイドの柵は無いんですねー。

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今度は豊洲側に渡って撮影します。何度も言うようですが、この大都会に
対してこの異次元空間・・・いつまでも残しておいて欲しい場所ですね。

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よっこらしょっと・・・正面に回ってみました。
うーん、ここまで来ちゃうと渡りたくなっちゃうよねー。^^;

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もちろん渡りませんけどね。ただ、夜間だったらどうだったかなーw
ちなみに携帯なんでアップはこれが限度。くっそー、失敗したなぁ。。。

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では最後に空撮で「晴海橋梁」の今昔物語を。で、気付いたのですが、
「トラス部分が白い」んですけど・・・。白いトラス橋だったの !?

ということでこの答え(白いトラス橋だったのか)をご存知の方が
いらっしゃいましたら、お手数ですが真相をご教授下さいませ・・・^^;

あ、あとついでに、この「晴海橋梁」の隣の道路橋の名前ですが、
「春海橋」となっているんですよね。と、いうことはですよ?
この「晴海橋梁」は"晴海"ではなく"春海"だったのでは?などという
疑問も湧いてきます。こちらも合わせてお待ちしています~笑

ところでこの探索は次回もまだ続きますよ~。一応3回構成を予定して
おります。次回は豊洲~塩浜間の廃線跡を辿ります。