今日はひどい日だ!
 スタンはタイプライターを抱え机の下に潜りこんで思った。
 新しいストーリー展開が浮かびプロットを描いて、執筆した矢先に窓が割れる音と爆発音。外ではクラクションが鳴り、階段を乱暴に駆け降りる音がする。
 おかげで頭で描いた展開が吹っ飛んでしまった。あとでプロットを書きとめたメモを探そうと思いつつ。スタンは騒ぎが収まるまで机の下に潜り込むことを決めた。




  
 照りつける太陽の下、コートの男はゆっくりと起き上がろうとしていた。
 辺りの人気は既にない、おそらくは何者かが殺界形成にて、人払いを済ませたのだろう
「この野郎、やぁってくれたなあ?」
 こちらに視線を向けて、男は口を開く。
 独特のねちっこい声質、抑揚が耳に絡みつく、だがラヴクラフティアンはガンナイフの照準を外さず、起き上がる男を慎重に分析した。

 男の姿は異様だった。
 トレンチコートから覗く腕は異様に長く、そして蛇の頭を模した機械の腕。スキンヘッドに目は細く、爬虫類を連想させた。
 男の姿を一つ一つ確認するごとに彼女の中に確信とそして疑問が生まれた。
「お前…… スネークハンドか?」
「なんで俺を知っているぅ?『調停者』か?」
「コミックで見た」
「コミックぅ?」
 嘲るような男の言葉。
 だが、ラヴクラフティアンは知っているのだ、彼女が読んだ物に彼が登場しているのを。
「本名、マリオ・コブレッティ 。義肢製作者にして伸縮可能な特殊アームを開発、登場作品は――」
「ふぅざけるなぁっ!」
 彼女の言葉を遮る様にスネークハンドと呼ばれた男は右腕を伸ばした、複数の関節とスライド機能が組合わされたそれはまさしく蛇のようにラヴクラフティアンに襲いかかる。
「頭も原作通りだな?」
 横に飛び上がり、側宙をしつつも皮肉が出る。ガンナイフはすでに照準を着けており撃鉄は起こされている。 
 四発の銃声と共に放たれるホーミングバレット。 空中での反動や姿勢は長年の経験とコスチュームに取り付けられているデバイスが補正する。
「なめるな、女ぁ!」
 叫び、男の左腕のアームが伸びると盾のように身を覆い、四つの銃弾を受け止めた。
「防弾機能もか…サービス満点だな」
 着地しつつ思わず皮肉が漏れる 、しかし戦闘中であることを彼女は忘れてはいない。銃撃の防御で視界を制限されたのを利用し距離を詰める。
 男の方もすぐに対応し、盾のように折りたたんだ左腕を伸ばし上から叩きつける。
「遅い」
 鋼鉄の腕が地面に叩きつけられる時には既に彼女は男の後ろに居た。両手に持つ三本の刃を持つガンナイフの一つが血に染まり、 スネークハンドの膝周りを赤く汚した。
「けったいな形のモン…持ぉってるなぁ」
 振り向いたスネークハンドがアームを戻しつつ口にした。
 ラヴクラフティアンが持っているガンナイフは独特の形をしていた。
 銃身は上下二連の短銃身。グリップは銃身に対して長く大きく、三本の刃が突き出ていた。握り込むことで指の間から三本の刃が出るようになっており、小型のジャマダハルのようであった。
 Bast & Sekhmet――エジプトの神にしてある小説の旧神と呼ばれるもの。それが彼女の武器であった。
「けど……浅い、浅いなぁあ」
 にじり寄る様に迫る男にラヴクラフティアンは神の名を持つガンナイフを再度構え直した。
 陽は昇り、写される二人の影は蛇とそれに立ち向かう猫のように連想された。

 ――ゴッ。
 鈍い音が鳴り男が一人、壁に押しつけるように叩きつけられた。
「うちの先輩は厳しくてね」
 叩きつけた主、キャプテンジンギスが軽口と共に階段の上に居る集団へ語りかけた。
 ジンギスは入ってすぐに最初に降りてきた男の腹を蹴り、そのまま頭を掴んで壁に叩きつけた。他の男たちは階段の上方からこちらの様子を伺うようだった。
 意識を失った男から手を離し、ゆっくりと階段を上る。
「時間に遅れると怒られるんだ、悪いがそのタブロイド誌を捨てて降参してくれないか」
「ふざけるな!何故我々『教団』が貴様に屈しなければならない?」
 男の一人が前に出て応えた。
「俺は頭が悪くてね……お前たちを効率よく片付ける能力を持っていない」
 話しかけると同時に一気に階段を駆け上ると前に出た男の袖口を掴んだ。
「だから一人ずつ、こうやって殴ってやらないと行けないんだ」
 階段の落差を利用して男を投げ飛ばすとジンギスは頭に被っていた断罪輪を手に取った。
 男達が魔導書を持ち、その能力を発揮しようとする。
「遅いぜ」
 ジンギスカン鍋型の断罪輪が男の一人に叩きこまれ、乱戦が始まった。
「しっかし……どうなっているのやら」
 一人の男の腹を蹴り、後頭部に一撃を加えて呟いた。
「いつの間にか迷い込んで、クライムファイター紛いのアクションから、ビル内での大乱闘」
 襲いかかる魔力の光線は断罪輪を盾代わりに受け止めた。
「……そもそも、どうやって迷い込んだんだ?ここは隔絶されてるのに」
 更に一人の足を払い、喉元を踏みつけた。
「お前達知らない?」
「知るか!?」
 既に五名となった男たちは異口同音に叫び、再度魔力の光線――アンチサイキックレイを放った。
 手近な部屋のドアノブに足を引っ掛けて飛び上がることで光線を回避し、そのまま飛び蹴りでさらに一人を打ち倒す。
「図書館へ行ったことだけは覚えているんだよなあ、そこからさ……あっ」
 ジンギスが何かに気付いたように声を上げる。
 三度飛ぶ魔力の光線、しかしジンギスは横にちょっとだけ動き光線を避けた。
「悪い見切った」
 灼滅者やダークネスは同じ攻撃を繰り返すことに対して、非常に高い適応性を持っている。それはキャプテンジンギスも同様である。
「自分が巻き込まれることや相性が悪いと思って、同じ技を使ったのが災いしたな」
 一歩二歩、ジンギスが距離を詰めるごとに男たちは後退する。
「どこかで聞いたことあると思ったんだ、『ファミリー』『クラン』『教団』そして禅マスター、エージェントキャロル……後は確認だけだ。そういう事で」
 構える断罪輪より七つの光が刃となって具現化する。
「もう終わりの時間だ」
 断罪輪を振り回すと同時に光の刃が彼らに襲いかかった。

 一方、その頃。
 ラヴクラフティアンとスネークハンドの戦闘はまだ続いていた。
 最初はガンナイフを切り込むことが出来たが、その後はスネークハンドが長いリーチを生かして距離を制する戦いを展開していた。
「ほらほら、逃げてばっかりじゃ、俺は倒せないぜぇ?」
「あんまり口うるさい男は好みじゃないな。歯を磨いて出直したらどうだ」
「なんだとぉ!?」
 ラヴクラフティアンの挑発に男は激高し近くにあった車を両腕でつかみあげた。
「くらぁえええっ!」
 叫び共に投げつけられる車、しかし彼女は難なくそれを避けガンナイフを突き刺しにかかった。
 ――だが。
「祭壇展開、除霊結界しぃぃどぉう!」
「…………!?」
 突如、彼女の動きを何かが縛った、振り向いた先には蛇を模したスネークハンドの鋼鉄の腕、そして展開される魔法陣。
「――縛霊手!?」
「教団の秘密兵器……ってぇわけさぁ!」
 蛇を模した腕の一つが彼女の足を捕える。
「ぐっ…」
 牙を模した刃が彼女の逃走を阻む、そして彼女を捕えた腕を伸ばし高く掲げると、勢いを着けて道端の車に叩きつけた。
「がはっ!」
 強烈な一撃に黒猫のコスチュームの女はバウンドし派手に舞い上がって、地面に落ちた。
 その一撃は呼吸を奪い、声を出す事も許さない。
「さぁあて……どう料理してやろうかなぁ?」
 舌なめずりと共に迫るスネークハンド。ラヴクラフティアンは地面に這いつくばりながら、何かを書くように指先を動かす。
「……ぁ……ぁ」
 声が出ない。胴体に叩きつけられた一撃で呼吸機能がマヒし、動くことを許されない。こういう時どうすればいいか……

「息を吐け!息吹くんだ!」
 声が聞こえた。声のする先には共に戦う仲間。やり方は彼とそして昔の経験が教えてくれていた。
「コォォォォォォッ」
 まるで肉食獣のような咆哮が響く、その声に一瞬、スネークハンドは立ち止まった。
 そしてそれは彼女にとって充分な時間であった。
「Ia! Ia!」
 詠唱、そして影がそれに応えて、刃となってスネークハンドの片腕を切断した。
「――――――っ!」
 声にならない悲鳴。痛みに男はその場に膝を着いた。その悲鳴を耳障りに感じながらもラヴクラフティアンは立ち上がる。
「少し時間がかかりすぎたが、うまく行ったようだな」
 彼女の足元から絶えず蠢く異形の影が、名状しがたい影が黒き沼からはい出るように現れる。
 ――影業
 サイキックエナジーによって武器となった影、彼女はそれをCthulhu & other mythと呼んだ。
「何度足止めし、何度腱を断ち、何度防御を破壊したと思う?」
「貴様…貴様…キサマァ!!」
 痛みに耐え、スネークハンドは立ち上がり彼女に襲いかかる。
 それを視線に捕えると、名状しがたき影はラヴクラフティアンに従う執事のようにつき従い、黒い板を作りだす。
「この影を確実に当てるためだ Pickman's Modelより来たれ!」
  何かを呼びながら、影がつくった黒き板を指でなぞる。
「Ghoul!」
 彼女によって名を意味を与えられた影は無数の人型となり、片腕の男に襲いかかる。
「なぁっ!?なんじゃ?なんだこれはぁ!?」
 異形の存在に困惑と恐怖を覚え残った片腕を振り回す。
 まるで泥人形のようにあっさり影は崩れ、 そして黒い霧となって周囲を覆う。
「うっ……!?」
 同時にスネークハンドは心臓を握られるような殺気をうけ、言葉を失う。未知の恐怖が彼を襲い、困惑させる。
「私の名前を名乗っていなかったな?」
 霧の中を歩く女が居た。黒猫を模したマスクから金色の光が出ているのは恐怖が生み出すものか…
 影が男の身体を触手のように這いまわり、拘束する。彼女はスネークハンドの目の前に顔を近づけると
「私の名は――ラヴクラフティアン」
 Bast & Sekhmetを相手の腹に刺す、カチャリと撃鉄を起こす音がした。
「Fear me!(我を恐れよ!)」
 銃声が鳴った。
 反動を利用して両腕を掲げるようにスネークハンドを切り裂いた時、霧は晴れ、男は倒れた。

「大丈夫か?」
 肩で息をしていた彼女にキャプテンジンギスが声をかけた、同時に痛みが和らいだ気がした。
「問題ない、それと感謝する 」
「礼には及ばんさ、それよりもこいつ、スネークハンド?」
「キャップも知っているのか?」
 彼女の言葉に頷き、答える。
「日本でも翻訳されている。タイトルはひどいけどな」
「『ファミリー』『教団』『クラン』そしてスネークハンド、すべてある作品に登場している」
「大体クライムシティって名前がおかしいんだ。誰がそんな名前を街に付けるんだよ?それにだ…」
 ジンギスがポケットからスマートフォンを出すと彼女に示した。
 それを見てラヴクラフティアンの表情が固まった。
「そうか……となると」
「ああ。俺達は本の中に居る」
「クライムシティ……昔あったアメリカンコミックの世界にか」

 真実に気づいた時、ジンギスのスマートフォンから呼び出し音が鳴った。
「もしもし?」
「遅れてごめんなさい、大変な事になってるようね。場所変えて改めてお話出来ないかしら?」
 それはキャロルから電話であった。



 クライムシティは静かな街だ。本は言葉を文字にするが、音にはしないのだから。