久しぶりにまたブログを更新したいと思います。

今年も10月に開催された『日本線維筋痛症学会』と、11月に開催された『日本全身咬合学会』の双方に対して学会報告を行ってまいりました。

まずは10月5日から東京都内で開催された、『日本線維筋痛症学会』での学会報告の発表内容の概要を記載させていただきます。

演題名

下顎位補正試験により症状の寛解が確認された線維筋痛症19症例の保存的顎位治療と歯牙の萌出傾向の先天性素因に関する考察

conservative mandibular positioning treatment of 19 cases of fibromyalgia improved by correction test of mandibular position and study about tendency of tooth eruption

 

≪緒言≫

著者はこれまで線維筋痛症患者に対し顎口腔領域にアプローチする治療を行ってきた。2018年の『日本線維筋痛症学会』において、線維筋痛症患者10症例の全例調査によるCase Studyを報告したが、昨年報告の10症例に加え新たに9症例の診療を行う機会があり、合計19症例の線維筋痛症患者の診療を行った。いずれの症例においても『下顎位補正試験』により全身の疼痛症状が改善することが確認され、マウスピースを用いた保存的顎位治療により適正な下顎位を維持することができた症例に関しては全身の疼痛症状の大幅な軽減とADLの改善が認められた。薬物療法で対処しきれない線維筋痛症患者に対する根治的治療法として、有効性を維持しつつ安全性を高めると同時に患者の費用負担を大幅に抑えた新しい治療法として当学会へ報告する。

 

≪対象と方法≫

【対象】集計期間は20177月から20193月までの21ヶ月間に診察をし、『下顎位補正試験』を行った患者のうち、線維筋痛症の診断基準を満たす患者とした。当該期間に診療を行った線維筋痛症の診断基準を満たす患者の総数は19名であった。年齢は14才から70才で平均年齢は45.3才。16症例が女性症例であった。また当科で診断したのは6症例のみであり、他の13症例は他院の神経内科、整形外科、心療内科などで診断された症例であった。各症例の重症度はStageⅠが2例、StageⅡが10例、StageⅢが4例、StageⅣが3例で、合併疾患として顎関節症=7例、橋本病=1例、シェーグレン症候群=1例、間質性膀胱炎・過活動膀胱=5例、両側変形性股関節症=1例の合併が認められた。

【方法】2018年に当学会へ報告した、口腔領域における三叉神経を介した2種類の脳幹反射である『舌-顎位反射』と『咬筋-顎位反射』を用いた『下顎位補正試験』を行い、患者の理学所見に忠実に下顎位を補正し、努力性呼気残量と全身の疼痛症状の変化を観察した。

本試験は患者からの希望があった場合に限り実施し、有効性は患者自身に評価していただく手法を取った。また試験終了後は使用した補綴物やワックスは全て除去し原状を回復し試験を終了しており、天然歯や既存の補綴物には一切の変化を与えずに行う無害な検査方法を用いた。

次に『下顎位補正試験』の概要と診療を行った患者の一覧を提示する。

 

≪方法1≫『舌-顎位反射による顎位補正試験』

.舌側の歯面にワックスを貼付けることで『舌-顎位反射』を誘発し、『顎位-姿勢制御反射』により基礎的筋緊張を瞬時に良好なバランスへと変化させ、患者の症状の変化を観察する。

正常模型(図1)、下顎角の位置補正モデル(図2
後頸部の基礎的筋緊張のバランスを触診しつつ主に大臼歯の舌側歯面にワックスを貼付け、左右のバランスが拮抗するように厚みを調節する。

オトガイ部の位置補正モデル(図3
前頸部の基礎的筋緊張のバランスを触診しつつ、主に小臼歯の舌側歯面にワックスを貼付け、左右のバランスが拮抗するように厚みを調節する。

試験にはワックスを用い、試験終了後は使用したワックスを完全に除去し原状を回復し試験を終了しており、天然歯や既存の補綴物には一切の形態的変化を与えずに行う無害な検査方法を用いた。

 

≪方法2≫『咬合平面仰角補正試験』

.下顎第一大臼歯の機能咬頭を中心に咬合平面の仰角に任意の補正角度を加えられるようにミニスプリントを作成し、上顎第一大臼歯の咬合面にワックスを置き、ミニスプリントとワックスの間で咀嚼時顎位を構築し『咬筋-顎位反射』を誘発したのちに努力性呼気残量を再度測定し検査前と比較し努力性呼気残量が500ml未満となるように調節を加える。

正常模型(図4)、咬合平面仰角補正用ミニスプリント(図5)、仰角補正モデル(図6)、咀嚼位の構成(図7

努力性呼気残量とは最大吸気の後に患者の呼息筋・吸息筋の双方を脱力させた際に、肺内に残存する空気の量をさし、肺活量計を用いて測定する。通常は脱力するだけで大部分の空気が肺内より呼出されるのが理想的な呼吸のバランスとされている。

.前後の位置を患者自身に微調整して頂き、安静脱力時の頭位が正中位となるように維持していただく。をこの順番に同時に行い、『顎位姿勢制御反射』により患者にとって理想的な姿勢と全身の筋緊張のバランスが得られ、全身の疼痛症状が寛解していることを患者自身に御確認いただき咬合採得を行う。

試験終了後は使用したミニスプリントとワックスを完全に除去し原状を回復し試験を終了しており、天然歯や既存の補綴物には一切の形態的変化を与えずに行う無害な検査方法を用いた。

 

≪下顎位補正試験を実施した19症例≫

【症例01】診断=豊田厚生病院膠原病内科 合併疾病=間質性膀胱炎・シェーグレン症候群・顎関節症・PTSD ADL=寝たきり・離職・羸痩33㎏ 自殺未遂あり 重症度=StageⅣ 努力性呼気残量1260m100ml未満 水平性障害なし 軸偏移なし 下顎位補正試験により疼痛軽快

【症例02】診断=池袋内科 合併疾病=橋本病 ADL=杖歩行・離職・生活保護 希死念慮なし 重症度=StageⅡ 努力性呼気残量490ml100ml未満 水平性障害16度  軸偏移6.5度 下顎位補正試験により疼痛軽快

【症例03】診断=当科 合併疾病=顎関節症 ADL=離職 希死念慮あり 重症度=StageⅡ 努力性呼気残量450ml110ml 水平性障害なし 軸偏移なし 下顎位補正試験により疼痛軽快

【症例04】診断=当科   合併疾病=なし ADL=就労困難 自殺未遂あり 重症度=StageⅢ 努力性呼気残量=1080ml100ml未満 水平性障害17度 軸偏移4.0     下顎位補正試験により疼痛軽快

【症例05】診断=霞ヶ関アーバンクリニック 合併疾病=顎関節症 ADL=杖歩行・離職 希死念慮あり 重症度=StageⅢ 努力性呼気残量2120ml100ml未満 水平性障害25度 軸偏移3.5度 下顎位補正試験により疼痛軽快

【症例06】診断=西岡記念セントラルクリニック 合併疾病=なし ADL=寝たきり 自殺未遂あり 重症度=StageⅢ 努力性呼気残量1370ml100ml未満 水平性障害なし 軸偏移2.5度 下顎位補正試験により疼痛軽快

【症例07】診断=当科 合併疾病=顎関節症・PTSD・心因性失声症 ADL=寝たきり・離職・生活保護・羸痩34㎏ 自殺未遂あり 重症度=StageⅣ 努力性呼気残量1210ml230ml 水平性障害29度 軸偏移9.5度 下顎位補正試験により疼痛軽快

【症例08】診断=静岡日赤病院リウマチ科 合併疾病=なし ADL=要介助 希死念慮なし 重症度=Stage   努力性呼気残量1030ml100ml未満 水平性障害18度 軸偏移なし 下顎位補正試験により疼痛軽快

【症例09】診断=当科 合併疾病=間質性膀胱炎 ADL=自立 自殺未遂あり 重症度=StageⅡ 努力性呼気残量800ml210ml 水平性障害36度 軸偏移なし 下顎位補正試験により疼痛軽快

【症例10】診断=フジ虎ノ門整形外科病院 合併疾病=なし ADL=通学不能 希死念慮なし 重症度=StageⅡ 努力性呼気残量1150ml100ml未満 水平性障害26度 軸偏移なし 下顎位補正試験により疼痛軽快

【症例11】診断=霞ヶ関アーバンクリニック 合併疾病=なし ADL=自立 希死念慮なし 重症度=StageⅠ 努力性呼気残量1030m140ml 水平性障害なし 軸偏移2.5度 下顎位補正試験により疼痛軽快

【症例12】診断=九州大学病院心療内科 合併疾病=顎関節症・間質性膀胱炎・両側変形性股関節症 ADL=就労困難 希死念慮なし 重症度=StageⅡ 努力性呼気残量2490m190ml 水平性障害28度 軸偏移なし 下顎位補正試験により疼痛軽快

【症例13】診断=霞ヶ関アーバンクリニック 合併疾病=なし ADL=離職 希死念慮あり 重症度=StageⅡ 努力性呼気残量550m100ml未満 水平性障害なし 軸偏移2.0度 下顎位補正試験により疼痛軽快

【症例14】診断=らびっとクリニック 合併疾病=なし ADL=離職 希死念慮なし 重症度=StageⅡ 努力性呼気残量1360m100ml未満 水平性障害43度 軸偏移2.5度 下顎位補正試験により疼痛軽快

【症例15】診断=九州大学病院心療内科 合併疾病=なし ADL=車椅子・離職 希死念慮あり 重症度=StageⅢ 努力性呼気残量190m100ml未満 水平性障害14度 軸偏移なし 下顎位補正試験により疼痛軽快

【症例16】診断=当科 合併疾病=顎関節症 ADL=離職 希死念慮あり 重症度=StageⅡ 努力性呼気残量1310m160ml 水平性障害36度 軸偏移2.0 下顎位補正試験により疼痛軽快

【症例17】診断=大阪市立大学附属病院 合併疾病=間質性膀胱 ADL=寝たきり・離職 希死念慮あり 重症度=StageⅣ 努力性呼気残量1180m270ml 水平性障害28度 軸偏移なし 下顎位補正試験により疼痛軽快

【症例18】診断=小山市民病院 合併疾病=なし ADL=通学不能 希死念慮なし 重症度=StageⅡ 努力性呼気残量900m210ml 水平性障害21度 軸偏移なし 下顎位補正試験により疼痛軽快

【症例19】診断=当科 合併疾病=顎関節症 ADL=自立 希死念慮なし 重症度=StageⅠ 努力性呼気残量670m150ml 水平性障害14度 軸偏移3.0度 下顎位補正試験により疼痛軽快

 

≪歯牙の萌出傾向における先天性素因≫

『下顎位補正試験』を行った19症例の全症例で疼痛症状の軽快を患者様御自身に御確認いただいた。いずれの症例においても効果は瞬時(数秒程度)に発現し、即座に全身性の疼痛症状が軽快することが確認された。また全症例において努力性呼気残量を500ml未満まで低下させることができ、いずれの症例においても努力性呼気残量と腰痛および身体背面の疼痛症状の間には密接な相関関係が認められ、努力性呼気残量を適切な値(500ml未満)に制御することで腰痛および身体背面の疼痛症状も軽快することが確認された。

全身の疼痛症状の消失を得るために下顎位補正試験で必要とした咬合平面の歯牙の萌出傾向に対する仰角補正量と、当該下顎位における上顎と下顎の歯牙の萌出傾向における軸偏移の有無を観測したところ、水平性障害を認めた患者は19例中14例で、軸偏移を認めた患者は19例中10例。軸偏移と水平性障害の両方が認められた症例が7例あり、先天性素因を有しないものは2例のみであった。

【補足】19例中1例は顎変形症の診断で顎矯正手術(LeFort1型+LtSSRORtIVRO)の術後合併症として下顎位の異常と全身性の疼痛をきたしており、単純に患者側の先天性素因とは断定できない症例が1例あったことを付記しておく。

 

≪マウスピースを用いた保存的顎位治療≫

下顎位補正試験を行った19症例のうち16症例に対しマウスピースを用いた『保存的顎位治療』を実施した。マウスピースの装着開始後には患者の症状に応じて安静時顎位に対する微調整が必要で、3~6ヶ月間程度の加療を要する。『保存的顎位治療』を実施した16症例のうち4症例では経済的要因や地理的要因など患者側の理由で通院の継続が得られず、マウスピースによる下顎位の維持を断念せざるを得なかったが、安静時顎位を適正な状態に維持することができた症例に関しては、全身の疼痛の大幅な緩和が得られることが確認され、杖での歩行を余儀なくされていた患者は全例が杖なしでの歩行が可能となり、一日の大半を床上で過ごし外出には車椅子を使用していた患者や、初診時に独力で立位を保持することすらできず寝たきり状態に陥っていた患者も自立歩行が可能になるなど、ADLの大幅な改善が認められた。

 

≪考察≫

口腔領域にアプローチする治療であることから、今回当学会へ報告した症例は発症の原因が直接的あるいは間接的に歯科診療を契機に発症した症例が多く、19例中15例で歯科診療が『線維筋痛症』の直接の発症の原因となっていた。ただし後天的変化等による下顎位の異常に患者自身が気がついていない症例が2例あり、また学童期に歯科治療を一切受けていないにもかかわらず自然発症した症例も2例あった。そうした歯科治療歴のない症例においても『下顎位補正試験』と『保存的顎位治療』は有効性が認められたことから、『保存的顎位治療』は発症の原因を問わず『線維筋痛症』患者に対し有効性を発揮する可能性が示唆された。

線維筋痛症の根本的な原因は下顎位の異常にあるというのが、かねて著者が関連学会で主張してきたことであるが、本領域における治療は適切な加療が行われれば、全身の諸症状の改善に大きく寄与するが、逆に不適切な加療が行われた場合の全身の諸症状の悪化も重大なものとなる諸刃の剣のような治療である。本領域における加療を進めるにあたっては、矯正や補綴・削合といった後戻りすることのできない不可逆的な歯科処置を行う前に、可能な限り保存的な加療を行うことが望ましいのではないかと思われた。

 

≪結語≫

『下顎位補正試験』を行った19症例の全例で全身の疼痛症状の軽快を認めた。マウスピースを用いた『保存的顎位治療』を実施した16症例のうち通院の継続が得られ、安静時顎位を適正な状態に維持することができた症例に関しては、呼吸筋を含む全身の筋肉のバランス障害を解除することで、全身の疼痛症状の改善を認めた。

歯牙の萌出傾向の軸偏移や水平性障害といった先天的な素因が19症例中17症例に観測され、咬合平面の水平性障害が、呼吸筋の基礎的筋緊張のバランス障害に直接関与していた。水平性障害例に対する治療の指標として呼吸機能検査(努力性呼気残量)が有用な指標となることが全症例で確認され、本領域の加療を行ううえでの有用性が示唆された。

マウスピースを用いた『保存的顎位治療』は、自費で数百万円もの費用がかかる矯正・補綴・削合といった実際の侵襲を伴う歯科処置を行う外科的な『顎位治療・咬合診療』に比べ短期間で症状の改善を得ることができ、天然歯や既存の補綴物には形態変化を与えずに行われることから、高い安全性が確認され、患者の経済負担も大幅に抑えることができた。

また歯科治療に起因せず自然発症した『若年性線維筋痛症』に対しても有効性を発揮し、マウスピースを用いた『保存的顎位治療』は発症の原因を問わず有効性を発揮する可能性が示唆された。

 

御注意

今回当学会へ御報告させていただいた『Arai式マウスピース』を用いた治療法は、著者が長年の研究の末に全く独自に考案した新しい治療法で、矯正や補綴・削合など、天然歯や既存の補綴物には一切の形態変化を与えない『保存的顎位治療』であり、 マウスピース・支援システム・スプリントは特許庁の認可を取得した新しい治療技術(特許第6499793号)です。

Arai式マウスピース』を用いた治療法に関するお問い合わせを頂く際には、著者の勤務先である戸田中央総合病院まで御連絡をいただきますようお願い致します。