Doctor Shopping Diary

うつろう日々、漂うあれこれ。

呑女論

2014-02-13-18-14-56


酒呑み番組の増加に伴い
毎週のノルマも増えて忙しい。

これまでそういった番組は
大抵男性がナビゲーターだったのだが
ここ最近は女性も登場するようになった。

で、よくよく見ていると
どうにも女の酒呑みはタチが悪い。

最初はおとなしく清楚ても
酔っぱらっていく過程で
次第に品性を失っていく。

店員や常連に馴れ馴れしくなったり
乾杯を待てずにフライングしたり
アケスケになった酒呑み女は
泥酔した男同様、もしくはそれ以上に
見るに耐えない醜態を晒す。

女というものがいかにふてぶてしく
いかに耐性の低い生き物なのかを
見せつけられているようで
切なく悲しくなってくる。

私も酒呑みであるので
女が呑むことをもちろん否定はしない。
しかしこうも醜悪な姿を見せつけられると
「女は大酒を呑むもんじゃない」と
昔気質の人間に罵られても仕方ない。


あいつらのせいで
私たちまで呑めなくなっちまうじゃないか。

腹を立てながら、冷酒をグラスに注ぐ。


笑いたくない

2014-02-24-16-16-08


とある芝居を見た。
元来シリアスな設定の題材なのだが、
意表をついて笑える作品になっていた。

それはそれで凄いことだと思う。
作家としては感服に値する。
だが、笑わせては欲しくなかった。

笑いに啓蒙された人間なのに
笑わせて欲しくないと思うなんて
自分でも意外だ。

幸福を生む国

2014-05-06-15-39-58


台湾に行ってきた。

ガチャガチャな街並み。
ガチャガチャな料理。

整然とした日本で生きる人間からしたら
こういった環境の中で暮らすのは
相当ハードコアだ。
生命体としてのポテンシャルが
いかに逞しいかを伺わせる。

視界に飛び込む看板や文字が
圧力をかけながら脳裏に迫り来る。
こういう街では人間は情報を遮断し
遠い世界に思いを巡らせることなく
目先の生活圏内のみを見つめて
生きるようになるのではないか。

だからか
台湾人は幸せそうに見える。

幸福とは進歩とはかけ離れた概念の中に
存在するものなのかもしれない。

出戻る。

日々の戯言を書くブログにかまけ
すっかりおざなりにした当ブログ。

愛人のもとから本妻のもとへ
気まずいながらも戻ってきたような
そんな心持ちであります。

公演を数珠繋ぎにして3年
芝居しかやっていなかったとはいえ
さまざまな想いの伸縮は確かにあり
喜びも悲しみも背負いながら
なんだかんだで生きちまっている自分を
粛々と思い起こしてみたり。



だからといって
3年間のあれこれを
本妻に語る気はないのです。

過去ではなく、
いま胸中にあるあれこれを
私を待っていてくれた彼女と
語り合いたいだけなのです。

ぎこちないながらも。
無理のない程度に。

取り急ぎご挨拶まで。
2014-04-29-14-17-11














黒子と呼ばれる人々

ソシオぺタルとソシオフーガルが同じ場所にあり、
どちら側にもすわり得る可能性がある。

近しいけれど近しくない間柄で、
近づく人も近づかない人も普通に存在できる。

そんな登場人物の設定を探した末、
選んだのは海外添乗員だった。


お客様は旅行。
添乗員は仕事。

旅は旅でも、その意味合いは正反対だ。
それゆえ添乗員は別名“黒子”と呼ばれているらしい。


添乗員はお客様の旅のため、世界各地を翻弄する。
旅が好きなはずなのに、自分は旅を楽しめない。

知性も体力も必要で、にもかかわらず薄給で
一年間に日本にいる期間は少なく、それゆえが単身者が多い。

つまり売れっ子であれば売れっ子であるほど、
実生活はままならず過酷だということだ。


添乗員について調べれば調べるほどドラマティックで
イタコ作家として添乗員になりきることがとにかく楽しかった。
しばらくは添乗員ものを描けないと思うだけで一抹の寂しさがよぎる。


実際の登場人物については、また別の機会に。

味覚の妄想

バンコクを舞台に決めたのは、震災より前だった。

それまでの日本の非人間的な空気に辟易し、
人間力に満ちた、エネルギーのある土地を舞台にしたいと思ったからだった。


バックパッカーとして世界を旅している方々と出会う機会に恵まれて
直接お話を聞いたり、ネットラジオを聞くようになった。

すると、1つのことに気が付いた。
その方たちの会話に頻繁に【バンコク】が登場するのである。
演劇人でいうところの【下北沢】みたいに、
そりゃあもう日常的に【バンコク】と発語する。

たくさんの手ごわい旅行者を魅了するバンコク。
さぞかしメチャクチャで素晴らしい土地に違いない。


ここがいい。


行ったことのない場所を舞台に書くというのは
それこそ大博打みたいなものだ。

なにせ土地勘がない。
空の色も、街の匂いもわからない。


19歳の頃、マドリッドで過ごした経験から
土地を知るならまず食べ物を、というのがあった。

味は濃いのか、薄いのか。
油や調味料は何を使っているのか。

味覚から見えてくる気候や国民性を探るべく、
週1ペースでタイ料理を食べることに決めた。

甘い。酸っぱい。辛い。

極端なまでにさまざまな味覚があるタイ料理。
これを主食としている人たちはきっと人間としても雑多で複雑だ。
料理を頼りにタイ人を想像していく作業は新しくて面白かった。

週1のタイ料理を実行するべく、
稽古が始まってからは出演者を連れてタイ料理屋へ。
そんなつもりはさらさらなかったのだが、
次から次へと出演者がタイ料理にハマっていく現象が起きる。
すっかり餌付けされた彼らは、稽古後やオフの日まで食べに行っていた。
それはまるで中毒患者のようだった。

タイ料理が放つ異常なエナジー。
多くの旅行者を引き付けるタイのエナジー。

凄い国だ、タイは。


こんな感じで私と20名の出演者は約2か月間、
日本にいながら異国に暮らしていた。

だから帰国して1週間たつのに
あの国を思い出して、いまだに思い出に浸っている。

これが日本のどこかを舞台にしていたら、
きっとここまで郷愁には駆られなかったに違いない。


遠くない将来、またバンコクを旅したい。
できれば実際のバンコクも。


ちなみにタイ料理。

週1で食べてきた私はといえば、
完本以来タイ料理は食べていない。

おいしいけどね、オリーブオイルのが好きだ。

遺作

あの日から4か月めの11日、それは私たちの千秋楽だった。

2年5か月ぶりの長編
熱帯『ぺタルとフーガル』。


ソシオペタルとソシオフーガル。
テーブルの配置に用語があると知ったのは
おととしのことだった。

円卓へ。
カウンター席へ。

人がすわる場所を選ぶということは、
コミュニケーションの形を選んでいる。

すわる前から
人は心を開くか閉じるか決めている、ということだ。


これで書きたいと思った。


熱帯は、2010年短編ユニット【亜熱帯】として活動した。
短編は私のルーツ。これはこれでやらねばならない使命感があった。

でもほんとうは長編が書きたかった。

自分の中で煮えたぎる私なりのシリアスな想いを
切り口が勝負の短編では描けない。
少なくとも私が思う短編では描くべきではない。

だから寝かせることした。
いますぐにでも書きたい気持ちを抑えて。


そして地面が大きく揺れて
私たちの心にも異変が起こり


何かにつけて曖昧を描いてきた自分も
「はっきりさせねばならないときがやってきた」と思った。


断っておくが

曖昧が悪いとは微塵も思っていないし
敢えてすべてを曖昧に書いてきたし
作品の根底に流れているものは
これまで書いてきたものと、今作は何も変わってはいない。


ただ、はっきりとその瞬間を見せようと思った。

どこかの誰かによって、忘れられない瞬間を。
どこかの誰かにとって、深い傷になる瞬間を。

その瞬間をぼかさずに描く、覚悟を決めて。


私の中にあった何かの終結。
ゆえに『ぺタルとフーガル』は私の遺作ともいえる。


『ぺタルとフーガル』にまつわるエトセトラ。
備忘録として残しておきたい。

情報の向こうにあるもの 03・11編

現状を見るにはテレビの映像が最も鮮烈だが、
情報を得るのはTwitterが有効だった。

被災経験のない私からすれば、
どうしても専門家や経験者のアドバイスが欲しい訳で。

米を炊く。
お風呂に水をはる。
靴を枕元に。

などなど。

交通機関の運行状況や
避難所の解放が次々とツイートされ、
Twitterの即時性に対して改めて素晴らしいと再認識した。


帰宅にも困らず、自宅でのうのうとしている自分にできることは
避難所情報をリツイート(以下RT)することくらいしか見当たらず
次から次へと流れてくる最新情報をできる限り拡散するよう務めてみたが、
中には誤った情報も錯綜しているようで、
「ガセを拡散するのはやめてください」というツイートを見てやめた。

無責任なRTが大きな被害を生むことを知り反省したのが一番の理由だが、
Twitterの背後に流れている異様な空気に対して違和感を覚えたのもあった。

国内最大規模の巨大地震を前に、
誰しもが力になりたい一心でTwitterは加熱していった。

だが善を押し付けて煽るような、もしくは厚意を無碍にするような、
独善的な口調で語られるツイートが徐々に増えていき
何だかとても居心地が悪くなり始めた。


どれが善で、どれが誤りなのか。
何を正しいとするかは自分で決めなければならない。
被災バージンの私に正しい選択ができるのかわからない。


巨大な闇に包まれたまま、浅い眠りについた。
足元にチョコとキャラメルを入れたリュックを置いて。

虚構ではない

その時、私は寝癖だらけで一人テレビを見ていた。

『3年B組金八先生』
かの有名な杉田かおるの妊娠をめぐる騒動の最中で
夜の職員室で金八先生が苦悶していたところだった。

グラグラと揺れ始め、なんとなく悪い予感がした。
いつもとは違う、そんな予感。

想像通り揺れは収まらず、次第に大きくなる。
テレビを手で押さえながら、グルグルといろんなことがめぐる。

この寝癖では、この格好では外に出られない。
多少まともなものに着替えないと。

地震のときはどうするんだっけ。
窓を開けるんだっけ。外に出るんだっけ。
でも不用意に外に出ない方がいいんじゃなかったっけ。
とりあえず上から落ちてくるのを避けねばだけど
この居間には天井以外何もない。ならばたぶん大丈夫。

でももしも建物が倒壊し、今ここで死ぬとしたら
ずいぶんと間抜けな姿で死ぬのだなあ。

そうこうしている間に揺れはなくなった。
多少の落下物はあるものの、たいした被害はなかった。

真っ先に寝癖を直すべく、髪を濡らして
蛍光オレンジのフリーズパーカーを着た。

普段は心配性の私だが、一大事ではなぜか肝がすわる。
大地震であることはわかっていたが変に冷静だった。
今、大切なのは落ち着いて行動することだと
体内の細胞が精神を諭していたのだと思う。

テレビやTwitterが配信している情報は
時間が経つにつれて深刻さを増していったが、
どうにも実感が持てなかった。

だって家の中にいるんだもの。何もかもがわからない。
あんなに家や車があっさりと海に飲み込まれていくなんて。
M8.8なんてフィクションとしか思えない。

すべては時空を超えた非現実の出来事だった。
まだこの時点では、正直リアリティはなかった。

夕食を終えて、非常時のための買い出しに出た。
大通りにはサラリーマンやOLが大群で新宿方面へ向かっていた。
キタクコンナンシャとはこの人たちのことなのだと高揚し、
人の波と逆行するようにスーパーへと向かった。
まるで世の中に逆らっているようだった。
そして通りにあるコンビニや中華料理屋を覗いてみると
見たことがないほど人でごった返していた。

電車復旧の見込みのない人々。
帰りたくても帰れない、帰宅困難者と呼ばれる人々。
無事すぎる自分の恵まれた境遇に後ろめたさすら感じた。


家に戻り、気仙沼の大火事の映像。
国内ニュースで聞くとは思わなかった壊滅という言葉。


これがかの有名なアレなのだ。
これそまさしく【災害】というアレなのだ、と思った。

祝電ツイート

昨日は誕生日だった。

ツイッターにて蒼々たる演劇人の皆様から
お祝いツイートをいただいた。
発端は音響村山からのあからさまな祝電ツイートからの連鎖だった。
実はこうなることは想像していたのだけど
取り立てて親密でもない方からもツイートしていただき、
思っていた以上に嬉しかった。

直接メールをするのはアレだけど
ツイッターの軽さが関係を超越し
ちょっとしたことを言いやすくすることもあるのだと発見する。


ともあれ皆様、ありがとうございました。
よい一年、よい十年にしたいと思います。

悲しい感じのカフェオレ

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着ぐるみに続きカフェオレ

悲しい

猫とたま(といっても猫じゃない)

今日は

元暴走族
元竹の子族
元野球部
元日大理工学部
元ディスコ黒服
元運転手
元ゼネコン

という方とお茶をした。


あまりに華麗な経歴に圧倒されながら
その方のマシンガントークに耳を傾ける。


動物を飼ったことがない私が
フムフムと思ったのは


犬派は人になつき
猫派は家になつく


というもので、

さらに「黒川さんは犬派が苦手でしょ?」とご指摘。


言われてみれば

私にまっすぐ向かってくる人は苦手かもしれない。
にもかかわらずこっちを向いてほしい人は
なかなか心がつかめない。


あの人やあの人やあの人は
私ではなくこの場所になついていただけだったのかなと
過去の劇団員のことを振り返ったりした。


先日見た「たまの映画」のせいで
劇団のことばっかり考える。


たま、という名の猫がいたら、いじめてやる。

かなしい感じの着ぐるみたち

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街中に物憂げな彩りを施す
かなしい感じの着ぐるみたち。

このコーナーをずっとおざなりにしていましたが
久しぶりの復活です。

使われたい

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20歳から演出をしてるため、
基本的にはずっと人の上に立たねばならなかった。

30歳を過ぎたころから、自分の中に存在するサポート欲求を認識。
それ以来、誰かの下につける機会をうかがうようになった。

しりあがり寿氏主催のさるフェスにスタッフ志願したのも
「楽しそうだから」「出会いを求めて」ももちろんあったが
一番の理由は「使われる立場で仕事したい」だった。

演劇界も長いので、私が演出家であることはご存知の方も多い。
だからちょっとお手伝いをするだけで恐縮をされてしまう。
何でも言ってください、と言っても相手の微笑みはとかく固い。
フェスではたくさんの演劇関係者の方にお会いしたが、
お手伝いをしてるというだけで不思議そうな顔をなさる。
上司に頼まれて、せっせとPOPを書く私を見ながら、
「クロカワマイのイメージが」とおっしゃる知人すらいた。


こんな時、必ず思う。


演出家はパシリをやるのはいけないことなのでしょうか。

矛盾したポジションを望むのはエゴでしかないのでしょうか。

使われたいと望む時点で、演出家失格なのでしょうか。


悩みながらも、答えはまだ出さない。
また使われる機会を求めている。

べしゃりテク

あけましておめでとうございます。

今年は昨年おろそかにしまくった
当ブログの更新を頑張ろうと思っています。

皆様、どうぞよろしくお願いします。



さて、本日は某ネットラジオの収録に劇団員奥村とうかがった。
番組名は来月になったら告知するので、今はふせておく。

毒々しいトークで人気のパーソナリティお二人が
内気極まりない私たちをゲストに3本も収録してくださった。

コミュニケーションツールとしてのべしゃりテク。
職業柄、必要不可欠なその技術が
いかに己に備わっていないかを思い知らされる。


だめだ
だめだ
だめだ



あーこれはもう練習がいる。
絶対にいる。



というわけで。



今年はトークを学習する。

面白くない、について。

ずいぶんとご無沙汰をしてしまいました。

師走前にして来年の抱負は、
当ブログの頻繁な更新に決めております。


頑張るぞ、来年!



さて、先日大変つまらない芝居を見てきた。

名前は聞いたことがある老舗劇団
シェイクスピアの有名な喜劇が演目。

演出家みずからセリフを忘れ、棒立ち。
ベテラン俳優もセリフかみまくり。
若い俳優も調子にのっていて協調性がなく
何を言っているかも聞き取れない。

隣にすわっていたお子ちゃまの
「長いね」という言葉が的確でした。

こういう演劇を最初に見たら
間違いなく演劇にトラウマが生まれる。
もう二度と演劇なんて見ない、と思うに違いない。


悔しい。
悔しい。
悔しい。

こういう演劇のために
どれだけたくさんの未来の観客を失ってるのか。
面白い演劇を作っている人たちが
どれだけ一般客に来てもらえず苦しんでいることか。

花束もらって記念撮影してる場合じゃないんだバカ!

青臭いですが、本当に悔しかった。
あんまり悔しいのでヤケ酒。


飲みすぎた。
そっちも悔しい。





ところで、「面白くない」芝居には3パターンある。


1.よくできてる。でも面白くない。

2.面白くはない。でも好感は持てる。

3.面白くない。許せない。→さっきのはこれ


3は論外だとして
私が悩むのは1と2。

1と2のどちらかを選べと言われたら
どちらを選ぶべきなのだろうかといつも悩む。
(まず言われないのだけども)

個人的には2を推したいけども
でもやはり面白くないのは事実で。

そうかといって1を選ぶのも釈然としない。
だって面白くはないのだから。


どうすればいいんだろう。
聞かれてもいないのに悩む。

覚えてない

5eb24db5.jpgI女史と銀座で落ち合う。

I女史はオッホの頃から、
特に一番辛かった時期も隣にいてくれて
熱帯になった今もずっと私たちを支えてくれている、
感謝しても感謝しきれない人である。

「今度飲みに行こうよ」という社交辞令と紙一重な言葉を
今回はどうしても意地で実現させたかったのだった。


長い付き合いだけど2人でお酒なんて初めてだし、
だからこそ会話が噛み合わなかったらどうしよと少々緊張もしていたが
もはや何を話したかも覚えてない。


この「会話内容を覚えてない」という状態は
他意識過剰な私にとって1つの価値基準で
「それほどまでに気兼ねなく話ができる希有な人」
という称号に値するのである。

サヨナラ、私の一部

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突然だが、ホクロを切除した。

眉の中にあるホクロは幸運を招くと本で読み
長年の間たいそう浮かれてきたが
浮かれるには大きすぎるサイズにまで膨張し
しまいには親に「よく平気ね」と罵られるまでに。

そういや近年はこれといっていいこともないし
それどころか知人に「お祓いにいった方がいい」と言われる始末で
逆に取った方が開運に繋がるような気分になったのだ。


その病院は新宿にあり、
待合室には若槻千夏やほしのあきなどのグラドルと院長の写真。
往年の女優じゃないとこが妙に安心感を誘う。

ケーシー高峰似の院長は決断こそやたら早いのだが
早口でゴニョゴニョ言い、聞き取れる率は68%。
え?え?え?と思っている間に即手術開始となった。


靴のままベッドに上がり
ホクロ付近に麻酔を打たれた。


「ホクロとって後悔した人はいないから」


私が不安そうに見えたのか、
医師は頭上でそう言った。



「眉の中にあるホクロは幸運と聞いたので、
さほど気にしてはいなかったんですが」


私がヘラヘラとおどけて答えると



「でもこんなのずっとあってもいいの?」


と、医者が聞かれた。



ずっと、
あっても、
いい



と、いざ言われるとよくわからない。




どうなんだろう

そりゃない方が眉山も作りやすいし
その方がいいのかもしれないけど

ずっとある前提で生きてきたもんだから
ホクロを取るなんて考えてもみなかったし

当たり前にに存在した肉体的特長を
人工的に切除するなんて発想自体なかった訳で

どこかで神に背いているような気すらしていたのに
医療の世界ではそれはちっとも悪いことではない訳で

となると、私はこのホクロをとりたいと思ってよかったのか
そう思ってなかった私のこれまでの人生は
間違っていたというか、損をしていたのだろうか

でも幸運を招くって言ってたし
それでもとりたいと思うべきだったのか

そもそも私はとりたかったのか…



数秒感の間にグルグル考えていると、


「ほら、目を開けて」

と、先生が言った。


目の前にはピンセットにつままれた
直径8ミリの丸い塊。



ホクロは埋まってる側も丸いのだ。と、知った。



ホエーと感心している間に手術終了。
手術は結局2、3分程度。


河内のオッサンみたいに眉の上に絆創膏を貼られ
こんなんなった。


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24時間はそのまま安静。
運動・飲酒・お風呂等、血行よくなることはNG。
5日間は薬塗ってらバンドエイドで保護。
その後は逆に乾かして
瘡蓋になってきたら化粧OK。


とな。



さあ、人生は開けるか。それとも…?

ジブリと私

私はジブリをほとんど見たことがない。
トトロももののけも神隠しもポニョも。
とにかく全然わからない。

もちろん見てみようと頑張ったことはある。
だがどうしても挫折してしまう。


さすがにこれではまずいと思って
『ハウルの動く城』を鑑賞。


見終わった後、感動もしなければ、
ハテナしか頭に残らない。


ダメだ。


なぜこんなにも私はダメなのだろうか。
ジブリのどこがダメなのだろうか。


ハウルを中心に
自己分析をしてみることにした。



まず、声優のチョイスがダメだ。
想像しているのと声が違いすぎて入り込めない。
どのジブリ作品にも感じる。

キムタク。
倍賞千恵子。

わからない。


第2に、行動の経緯がわからない。

なぜ、今走り出したのか。
なぜ、今行かなければいけないのか。
なぜ、今それをしてはいけないのか。

さっぱりわかんない。
わかんないから盛り上がれない。


第3に感動ポイントが琴線にふれない。


どうしてこれが国民的なんだ?


やべーやべー
全然、全然理解出来ない。

「つ」から始まる様々な事柄

2137328f.jpgツィッターをかじってはみたが。

今何してるとか
テレビ面白ーいとか。
雪ふらないかなあとか。
なぜにそんなことつぶやきたいのか
なぜにそんなつぶやきを他人に見せたいのか
実のところ、私にはさっぱりわかんない。

そもそも「なう」って言葉にもなじめないし、
「なう」的なものを否定してると思ってた人が
頻繁に使っていて愕然とする。


何だ?何なんだ?
私が遅れているの?
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