dodo specialのアルバムを作っています。

MVなんかも用意しようと思っていて

ロケハンに行ったりしております。

"その土地で作られたものは、その土地で聴くのが1番合う"

という持論がありました

それはたぶん少し違っていて

"作った人の目に1番映っていた風景に、その曲は1番合う"

のかもしれないなと思いました。

今住んでいる地で作った音楽でも(と言っても同じ東京、十数キロ圏内ですが)
自分が30年間育った地で聴いてみると

ああ、やっぱりここの曲なんだな、と思う。

と言っても
その曲を聴かれるのはいろんな場所で。

いろんな場所に合う曲を作りたいし、いろんな場所で聴かれることを願って作っているのだけども。

それにもっとその曲に似合う風景はきっとどこかにある。

MVというのは、場所を特定しないパターンとか
その人の頭の中にある風景を形にしようとしたりだとか
前述したように、ここの曲だから、とその土地を当てはめて作る場合とか
いろいろな作り方や、思索があって実に趣深い。

大好きな曲でもMVを観て、これじゃない感を感じることは本当に良くあるけど
それでこそなのかもしれない。

音楽というのは、いろんな場所で聴かれることを願いながら
目の前の風景の中で想いを馳せて作ることしかみんなできないのだ。

その風景が共感されることはまったくないかもしれないけど。

ロマンだなぁ。


うちだ