November 05, 2009

当日。

日は変わっが、今日は父親の大手術の日である。

昨日から母親、自分も睡眠も十分取れることなく、朝一番病院へ向かった。

父親は、気丈に振舞い、着々と準備を初めていた。

何気無い会話をしているつもりだが、ぎこちない。

とにかく今思えば何を会話したか覚えていない。

突然電話がなった。甥からである。

父親に電話を真っ先に差し出した。

何とも言えない、笑顔で話ししていた。

『お利口さんにしとるね?お利口さんにしておかなきゃじいちゃん帰ってこんよ。』

そんな会話をしながらしばしの時が過ぎていった。

父親にしてみれば何よりの励みになったのではないかと、ある意味甥たちに感謝した。

後で姉から聞いた話しだが受話器の向こうで、甥も何かしら感じたのか、泣いてた事を知らされた。

時刻は8時30分。いよいよ手術室に向かう時刻が来てしまった。

父親の手を握りしめ、母親、叔父と送り出した。

怖くて怖くてたまらなかった。

心の中で『きっと生きて帰ってくる』何度も何度も繰り返し、手をまた握りしめた。

親戚も心配し激励に駆け付けて頂き、母親も自分も姉も心の支えとなって頂き、感謝で一杯である。

予想通り、手術は長い間時間がかかっている。

当初の予定は8時間。

一向に終わらない。

気持ちを落ち着かすため何度も歩き回る。

時刻は10時。

13時間という大手術であった。

ドクターが出て来た。真っ先に自分が呼ばれ、説明が始まった。

経過としては第一段階成功と言う言葉がドクターの口からでて安心と緊張の糸がきれ、涙が出ていた。

摘出した臓器と一緒に経過説明が始まった。

姉、母親は目を覆って、見る事が出来なかったが、やはり、父親の戦いの証を目に焼き付け部屋を跡にした。
自分は全てを目に焼き付け経過説明を受けた。

今回の一番の難関である、門脈と言う部分を切除せずに、腫瘍を摘出できた事が、ドクターを含め、私たちも、もちろん父親も負担を軽減できたことがなによりであった。

そうこうしている間に父親が手術室から出て来た。

母親は涙で溢れていた。

俺は、まだ麻酔からとけていない父親に大声で呼びかけていた。

かすかな返事がかえってきたときには、何とも何とも言えない気持ちで一杯だった。

俺は親父の顔をさすっていた。

13時間という戦いにかった親父は侍に見えた。いや、これまで見たことのない偉大な1人の人間であった。
それが自分の父親なのである。

これからが、大変だろう。
きっと偉大な父親だから乗り越えてくれるだろう。

全てを投げ捨ててでもサポートする。これが家族の思い一つである。

11月5日…。

今日は親父の誕生日である。

心よりおめでとう!!







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November 03, 2009

前日

手術の前日

父親はたんたんとしていた。

決して弱みを見せない父親だが、

不安で不安でしかたない事だろう。

姉が、甥っ子たちをお見舞いにつれてきてくれた。

待合室で父親も笑顔をみせていた。

しばし、明るい空気に包まれた。

みんな嬉しそうだった。

甥たちも風邪のため、早く引き上げた。

俺は残り、父親とただただ何をする事もなくいっしょにいた。

帰り際、父親から『たのんどくな!!』

この言葉の意味がその時心に突き刺さるような気持ちで

いたたまれなかった。

dodosuko777 at 22:27|PermalinkComments(0)この記事をクリップ!Life 

October 26, 2009

なぜ。

来月、4日手術が決まった。

これからそのための検査準備が始まるというときに・・・。


甥が風邪をひいてしまった。

せっかく、父親も甥たちをふくめ、家族だんらんで、大切な時間を


過ごしたかったに違いなかったのに、


インフルエンザかもしれないといけないので、結局みんな一緒に過ごす

事ができなくなってしまった。

理由は1つ。

父親が風邪をひけないことである。

姉夫婦は共働きのため、母親が甥たちの面倒を見るために

姉の家に泊まりこむこととなった。

父親はすごく寂しかったにに違いない。

母親とも、手術まで会えない。

もちろん姉も母親も心が切り裂かれるおもいで涙していた。

甥っ子たちもきっと寂しかったことは、言うまでも無い。

姉は甥をせめているが、それはちがう。ただただタイミングが悪かっただけだ。




その間、父親と二人で過ごすこととなった。

ごはんの仕度は自分がし、二人で食事する日が入院前日までつずいた。

やるせなかった。本当にやるせなかった。

父親は寂しかったに違いない。絶対に・・・。

当然、姉、母親も・・・。


入院の前の日、父がおもむろに口をひらいた。

『塩鯨』が食べたい。

俺は車を走らせ塩鯨を買いに出かけた。

父親は最後の食事になるのかもしれないと、察していたのだろう。

とゆうか、そんな事は俺は分かっていた。

その晩は、おいしいものを食べさせたくて、精一杯魂をこめてご飯を作った。



『おいしい』


その言葉が、たまらなくうれしかった。

dodosuko777 at 23:25|PermalinkComments(0)この記事をクリップ!Life 

October 23, 2009

手術。

とにかく励ますしかなかった。


甥がぎこちない文字で励ましの手紙をかいていたので、


病室に届けた。

『おじいちゃん、はやくあいたいです。がんばって』

似顔絵とお守り(大事にしていたピカちゅーの折り紙)



父親は何度も何度も読み返していた。

目には光るものを俺は見逃さなかった。

俺も話をそらしながらなみだしていた。



いよいよ手術を行うための手術である。


母親と送り出し、ただただ無事をいのった。


夜7時、経過説明が始まった。


無事に成功とのことだった。

これで手術が受けれる準備は整ったとのことである。

以前のPETの結果でも転移は無いとの事であった。


姉、母親としばしの安堵をわかちあった。

あとは、も少し検査を行い手術の準備を行うこととなりそうだ。

dodosuko777 at 23:26|PermalinkComments(0)この記事をクリップ!Life 

October 22, 2009

覚悟。

父親いや、家族で手術を頑張ることと一致団結した。


明日、手術ができるための手術のため入院となる。


この手術もかなりのリスクを伴うとのことだ。


相当まいっている父親を励ますしかなかった。

dodosuko777 at 23:59|PermalinkComments(0)この記事をクリップ!Life 

連続。

とにかく、検査検査の連続である。


父親も相当参っているに違いない。


なぜならこれだけ検査しても手術できない可能性があるからである。



弱音も少し口にしていた。


手術をせずに少しでも、精一杯人生をまっとうするか・・・。

なんて言葉も。


それほど厄介な手術であったからであった。

dodosuko777 at 23:19|PermalinkComments(0)この記事をクリップ!Life 

October 20, 2009

本日より。

本格的な、検査が始まった。


まずは、手術ができるのか?


福岡に3台しかないPETというもので、


転移してないか?の検査を受けるよう要請があり、


主治医より紹介状を頂き検査に向かうことになった。


とにかく、転移してないことを祈ることしか考えられなかった。






dodosuko777 at 08:11|PermalinkComments(0)この記事をクリップ!Life 

October 17, 2009

今朝は、早く起きた。と言うより眠りになかなかつくことが出来なかった。って所が本音である。

恐らく母親や姉もそうだったと思う。


早起きをして、健康祈願にいった。

『神頼み』


家族の思いは一緒であった。

家族で遠方に出るのは久しぶりであった。

甥たちは旅行にでも行けると大喜びで、車中はしばし笑いが広がっていた。

たまらなく、嬉しいかった。しばらく、どんよりとした暗い空に覆われていた様な我が家がほんの少し、光が当たった様な感じに思えたからである。

特に母親が笑ってくれたのが嬉しくてしかたなかった。

あらたまって父親と会話したのも久しぶりの様な気がした。


今後はどうなるか、わからない。


とにかく信じる。

dodosuko777 at 22:23|PermalinkComments(0)この記事をクリップ!Life 

October 16, 2009

無題

一夜明けて、何事も無かった様に、普段と変わらない光景…。


でも何かしら違う。

自分自身が何をして良いのかわからない。


父親は庭の手入れを黙々とやっている。

『いつ戻ってくるかわからんけんな。』

手伝え無かった…。涙がとまらず、涙を父親に見られる事を避けたい一身で。


夕食もやはり喉を通らない。
甥たちと父親がテレビを見ながら笑って食事している姿が、俺には、いてもたっても居れなかった。

父親はいつもの様に甥をお風呂に入れていた。

甥の声が聞こえた。

『おばあちゃん泣きよーよ』


父親が甥に言っていた。

『……かもしれんからよ。』

初めて父親からその言葉がでた瞬間、父親は大きな覚悟と共に何とも言えない、自分でも抑え切れない感情が、とっさに言葉としてでてしまったのだろう。


その言葉を聞いた瞬間、俺自身が罪悪感で一杯になり手のひらで顔を覆った。


普段決して涙を見せない母親だが、父親が風呂に入っている間、姉と泣いていた。


俺は情報収集のためパソコンをひたすら検索している。


しかし、すい臓の腫瘍は一番たちが悪く、どのページを開いても、同じ様な内容。

涙で画面が見えなくなるがわずかな可能性が書いてあるページもある。


いずれにしても望みはあるはずだ。神が居るのであれば、無かった事にしてください。

dodosuko777 at 22:48|PermalinkComments(0)この記事をクリップ!Life 

言葉が…。

あれから翌日、精密検査を受け父親が帰宅した。

落ち着かない1日である。元気な母親もいつもと様子が違う。

父親が夕食の時間に合わせる様に帰宅した。

3歳の甥は無邪気にテレビを見ながら笑って食事をしている中、父親が突然口をひらいた。


『余命2年』…。


頭が真っ白になった。

父親の顔を見ることが出来なかった。

嘘であってほしい。

テレビの中のドラマでしか聞いた事の無い言葉だった。

母親も受け入れる事が出来ず、すすり泣くように鼻をすすっていた。

食事も喉を通らない…。

父親は気丈に振舞い、何事もなかったように、黙々と食事をしている。

その姿からは、何とも言えない父親の家族に対する、精一杯の気遣いにしか感じ取る事しかできなかった。


自分を責めて責めて仕方がなかった。

実は去年からパニック障害と言う病にかかり自律神経をやってしまって、仕事に着ける状態でなかった。

その為両親には、かなり心配と迷惑をかけてしまった。

自分を責める以外考えつかなかった。

母親は気丈で入れるはずがない。


父親はすい臓に腫瘍がで来ている。

出来ることなら取り替えたい。親孝行なんて大層な事してあげてないし…。



まだまだ父親には生きて生きて欲しい。

10%の確率があるなら、信じるしかない。


何を書いているのか自分でもよくわかっていない。



dodosuko777 at 03:53|PermalinkComments(0)この記事をクリップ!Life 
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