重役出勤は危険なシグナル

重役出勤というのは、嫌味なフレーズである。

遅刻をした者に対して、重役でもないのに自由な出勤ぶりだね、というニュアンスで釘を指すというものだ。

実際のところ、重役がのんびり自由に出勤しているかというと、そんな事はない。役職に就けば、相応の仕事が舞い込んでくるし、会議も増えて朝イチから重たいアジェンダの会議に参加するなんてのは日常茶飯事である。

自分も役職者の端くれであるが、朝から晩までキリキリ舞いである。最近はつとにその傾向にあり、自分の組織のマネジメント業務あり、突発的なトラブル対応あり、定常業務もある。直近は組織面から経営議論することもあって、現場仕事と並行して、事業を俯瞰しながら考えなければいけないことが多い。必然的に、バタバタする日中ではない、朝晩の時間を活用することになる。

しかし、ふと役職者の出退勤の時間をリストしてみると、意外なことに、重役出勤してる重役がいるじゃないか。なんだこれ。

結果を出せばいいので、時間なんてものは些細なインディケータでしかないのだけど、事業の課題は山積みであって、それを差し置いて重役出勤するというのは違うんじゃないの。ある意味でのサボりであり、まぁ人間サボりも時には必要だけど、重役による組織のフリーライドな気がする。いかん。

重役が暇してるのって、ダメな組織のシグナルだと思った次第。あなたの組織には重役出勤の重役はいませんか?

April 18, 2018


dogandchopsticks at 23:47


評価軸は事業戦略に合致しているか?

ある部署で遅刻や午前休が多かったので、「勤怠不安定なやつには大事な仕事は任せられないよ」と一斉メールを送ったら、翌日から遅刻ゼロになってキリッとした。権力って最高ですね(違)

年度が変わって昨年度のメンバーの働きを査定評価している。毎回、自分はあちこち回って評価の適正さを担保しているのだけど、今回分かりやすく、しかし示唆に富むエラーがあったのでメモしておく。

コンテンツ開発を行なっている部署でのこと。当然その評価軸はコンテンツがどれだけ売れたかだ。ただ、コンテンツの仕込み期間と評価期間が合わないと、売上ゼロなので評価が低くなってしまう。そこで、プロセスを評価することになる。

コンテンツ開発のプロセスはどう評価するのが良いか。簡単に言えば、面白くて売れそうなものを仕込めているか、仕込めるような成長があったかではないだろうか。最終ゴールに直結する評価軸であるべきだ。

ところが、この部署では違った。

どうも関係者とのコミュニケーションを円滑にできたとか、若手の育成指導があったとか、マネジメント力が上がったとか、そういう基礎スキルでの評価ばかりだった。

確かにそれらは大事な要素。ただ、それらが積み重なっても、汎用ビジネス人材は出来上がるだろうが、面白いコンテンツを作ることにつながるとは決して言えないのではないか。

面白いコンテンツを作るための知識やスキルが評価軸になってないから、良いコンテンツができないんじゃないのか。良いコンテンツができなくても評価されたら、努力のベクトルがおかしくなっちゃうよ。

事業戦略に人材戦略としての制度や配置を沿わせるのが戦略人事だとすれば、まさにこの評価軸は根幹になるところだと思う。ゴールに直結した個人目標と評価にならないといけないなと、改めて思った次第。気を付けよう。


April 15, 2018


dogandchopsticks at 09:39


それでも私は元気です

仕事柄のせいもあってか、最近は心を病んでいる人の話を聞くことが多い。

研太郎さんのケース。

上場企業の法務部で課長をしている方。子供が2人いて、奥様と共働きだ。先日久しぶりにお会いしたら、ゲッソリしていて、聞けば年明けから7kgも痩せたのだという。理由はストレスだった。

この4月に進級して、子供の私立受験が視野に入るなか、奥様から給料を上げられないのか、上げるために転職してはどうか、と突っつかれているそう。新卒で現在の会社に入って20年。40代での初めての転職は簡単ではない。では、現職での昇給の兆しは無いかと聞くと、役職が上がらないと昇給しない、ワンマン経営で社長に気に入られないと昇格できない、気に入られるためには会社の商材を自腹購入したりして忠誠を示さないといけない、それが厳しい、とのこと。

会社では、部下の係長から課長に上がるにはどうすればいいかと逆に聞かれる立場。公私のストレス故だろうが、最近、会社の受付嬢の相談に乗って悪くない関係にあるらしい。愛妻家で根はそういうタイプの人じゃないので、そのことに後ろめたさがあり、それもストレスになっているようだった。

結局、夜は眠れずに3時には目が覚めてしまうそう。やつれるもの無理はない。

詩織さんのケース。

境界性と自己愛性のパーソナリティ障害があるのではないかと疑っており、直近ではストレス過多から統合失調症を発症されたように感じる方。

症状が悪化しているので、保護の相談でご両親に連絡を取ったところ、最初は取り合ってもらえなかった。最終的にはお母様に対応いただけたが、どうにもお父様と本人の関係に希薄さがある。この父娘関係が自己愛性の契機になったのだろうと納得した。

ひとまず自宅へ送ると、同居しているパートナーの男性が出てきて、その状況に泣いてしまった。どうやらこの男性も普通でない。共依存にあるように感じた。

詩織さんは、仕事が上手くいかず評価をされないことにストレスを感じており、徐々に病んでいった。過食から太り、洋服を買い換えることから今度は買い物依存になってしまった。心のバランスは大きく崩れていた。

雅美さんのケース。

彼女も自己愛性パーソナリティ障害の疑いのある人だ。顔つきと話しぶりから気になっていたが、自分が思うように認められないと癇癪を起こす振る舞いと、幼少期に両親からバカにされて育った話を聞いて、自己愛性の可能性を色濃く感じるようになった。

褒めたり認めると子供のようにはしゃぐ一方、仕事のアウトプットの質が低いことを指摘してボツにしたりすると機嫌が悪くなって、机を叩いたり泣き喚いたりする。承認欲求が強いので仕事は頑張るのだが、間違った方向に頑張るので、その軌道修正でまたキレたりする。

自分を評価しない上長をパワハラと訴えて、それが客観的に認められなかったことにショックを受け、そのまま後片付けもせずに退職してしまった。



他にも、プチうつ症状で気分の浮沈が激しい香織さんとか、親の介護と配偶者の鬱病で仕事もままならず自身も鬱病になってしまった仁さんとか、そういう方々の話を聞きながら生きています。人間って難しい。

ひとつ言えるのは、公私のバランスであって、どちらか一方なら耐えられても、どちらも崩れると心を病むように感じる。バランスはお大事に。

April 14, 2018


dogandchopsticks at 01:55


iPhone 7s が死んだときの話

朝、起きたら iPhone が死んでいた。

この数ヶ月ほど、ずっと iPhone の電池の消耗が早くて気になっていたが、バッテリーの劣化だろうということで、最新機種が出たら機種変するかとのんびり構えていた。ところが、朝起きてみるとバッテリー切れから電源オフになり、そのまま起動しない状態になってしまった。正確に言うと、起動操作でAppleのロゴマークは出るのだが、すぐに落ちて、再度 Apple のロゴマークが出る、という状態。これを世間では「りんごループ」と呼ぶそうだ。

仕事があるので、Apple のロゴマークしか表示できない iPhone を片手にそのまま出社。時間が解決するということはなく、その日は iPhone 抜きの生活だったのだが、これが不便極まりない。携帯依存症ということではなく、実生活がだいぶ iPhone に依存しているということに衝撃を受けた。

まず、モバイルSuicaが使えない。定期券にしていたので、iPhone が使えない間は、無駄に電車賃を払わなければならかったし、なんといっても切符生活である。この時代に切符購入する手間をかけるのは、なかなかに痺れた。

仕事への影響も小さくなかった。BYODにしていたため、仕事のスケジュールは常日頃から iPhone で確認していたが、PCを開かないと見えない。メールも Slack も何もかもが PC を開かないといけない。社内にいる間は、常にPCを開いていないといけなかった。そういえば、昔は手帳でスケジュール管理をしていたのが、iPhone に置き換わったんだな、と気付かされた。

地味に困ったのは、プライベートの連絡手段がないことだ。LINE が来ても読めない、電話も受けられない。LINE はさすがに困るので PC にアプリを入れたものの、PC でログインするのに携帯が必要という設計になっており、万事休す。結局 iPhone が復活する数日ほどコミュニケーションの断絶が起きた。

唯一良かったのは、iPhone が無いので、時間がある限りひたすら Kindle を読み続けた。本当だったら iPhone で仕事をしているような場面も、仕方がないから Kindle を開くわけで、積ん読がちょっと解消した。

さて、あまりに困るので急ぎでの修理になった。

起動画面での再起動ループだから、OSのブート領域のデータが壊れてしまったのではないかと考え、OSを再インストールして工場出荷時の状態に戻そうと考えた。iTunesにつないでリセットしようとしたが、4013エラーで失敗。何度かチャレンジするもダメ。ネットで調べると端末交換になっていたので、諦めて修理に持っていくことにした。

Apple のサイトで調べてみると、Apple Store 以外にも代理店があって修理ができるようだった。それらも含めて、一番早く修理してもらえるところを探すことにした。できれば仕事がピークになる前の朝9時くらいから対応してくれるところが無いものかと。

驚くことに、都内の全店舗を通じて、最短で5日後にしか予約が取れなかった。

いやいや、携帯電話が故障して5日後にしか対応できないって、どういうユーザサポート体制だよと白い目をしつつ、一縷の望みを託して、職場にほど近い渋谷ヒカリエのカメラのキタムラに行ってきた。予約でいっぱいなので取り合ってもらえないだろうと思いながら、交換だけならサクッとできるんじゃないの、と。最悪、その場で機種変しちゃえば良いんじゃないのか、と。

朝イチで行ったら、あっさり受付してもらえた。

キャンセル枠が出たので対応できますということだったが、修理スタッフが5〜6人いて、全員が暇そうにしていたので、本当に予約枠が埋まっていたのか怪しい。さっきまで途方に暮れていた俺の時間を返せ。

最終的にどうにもならず、本体交換となったが、機種変で新品を買うのの半額以下の金額で済んだ。基盤がやられたんじゃないかという話だった。そういえば、iPhone が死ぬ前夜、なぜか圏外になって4Gがつかめないときがあった。バッテリー消耗が激しかったのも、4Gを掴むのにコストがかかっていたからかもしれない。通信モジュールの問題だったんだろうな、と納得。OSのブート領域に問題があるのではと考えたが、ブート時のハードウェアチェックで落ちてしまったんだろう。だったら、エラーくらい吐けよと思うんだけど、そういう割り切りの良さは Apple っぽい。

ということで、iPhone が故障して困ったときは、予約が取れなくても朝イチで修理店舗に持っていきましょう。なんとかなるかもしれません。

April 05, 2018


dogandchopsticks at 23:44


ラン・フォー・ディケイド

著しく更新頻度が落ちてますが、なんとか生きてます。盲腸も切らずに済み、ギリギリのところでの粘りは健在のようです。

気付けば社会人15年目を通り過ぎ、今日からは現職で10年目。数字にすると長くやったなと感じるも、体感では数年の出来事のように思う不思議。

変化の多いところで仕事してるけど、10年やるとさすがに見たことのある景色が多くなる。いや、新鮮な景色は滅多にない。やりきってないと思っていたけど、やりきったということなのかもしれないと悟る今日この頃。

自分の中で目標が立てられずに悩んでいたのだけど、同じ景色を見てるからだったんだな、とようやく理解した。頂上から目指すのはどこかというと、下山しかない、というね。

そんなわけで10年目をどうするかというと、目標は無いけど圧倒的な責任はあるので、その責任を全うするべく邁進しつつ、区切りを設けるしかない。何をもって責任を全うしたと言えるか。脳内にあるので、言語化して着実に実行していきます。

次どうするか考えたいけど、ぶっちゃけ疲弊して頭が良い回転をしてくれない。もうちょっと時間が必要なんだろうな。ばんがります。

March 01, 2018


dogandchopsticks at 09:15


事業計画を作るときのマインド

本題と関係ないですが、盲腸になりました。

軽い炎症で抗生剤で散らす形で落ち着いてきているものの、一時は歩くだけで痛いレベル。クソ忙しいときに入院→手術のコンボは避けなければと思っていたので、一安心したのでした。

ちなみに、「いま盲腸なんです」というのは、会議のアイスブレイクとして、結構なパワーワードだったので、オススメです。(使えねーよ)

さて、例によって来期の計画策定シーズンな訳です。毎年ギリギリなので今年は余裕をもって昨年のうちから議論していたが、二転三転で結局いつもの流れに。うん、知ってた。

現場の想いと経営の考えはしばしばズレるので、ボトムアップの数字とトップダウンの数字のギャップをいかに埋めるのかという話になる。理想と現実の狭間ってやつですな。相互のやり取りが続くほど、両者の溝が開いていくことも珍しくないわけで、みんなイライラし始めるのがこの時期の風物詩です。

何度も計画の作り直しを命じられてげんなりする現場と、そんな現場と経営の間に挟まって腐心する中間管理職。数年前、自身がその立場で徹夜続きで苦労したので、気持ちはよく分かる。

そういう状況になると、あるエラーが起こる。

もういいや、経営の言うままに数字作ってしまえ、と諦めてしまうことだ。私もそうでした。諦めてるつもりは無いんだけど、トップダウンの要求に応えることがゴールになって、数字遊びをしてしまうのだ。罠です。

そういう経験を踏まえて、今はだいぶマインドが変化した。経営のオーダーがありつつも、そこのコストを削るとこうなるからダメでしょ、とか負けないロジックを詰めて経営にインプットする意識になった。言うなれば、守りの計画作成から攻めの計画作成へ。期待に応えたい気持ちはあるんだけど、結果として経営に資するのは何かというと、実行可能であり、最後の身入りが最大化されることだから。

まだ経営観が十分だとも言えないので、ロジックが崩れることもあるけど、経営を考えて自分の計画を作れるようになったのは、成長なんだろうなー、と。

そんな横で、二転三転に右往左往する隣の部長陣がいて、まさに以前の自分とあり、先回りしてアドバイスできなかったもんかと反省する。周囲に影響を及ぼすのが、次のフェーズということですな。



February 16, 2018


dogandchopsticks at 21:06


育成することは我慢すること

すっかり更新をサボってしまった。

年始は良い感じのスタートだと思ったのだけど、すぐに流れに変化が。来年度に向けた計画策定シーズンに入ってきて忙しかったというのは表向きの理由で、後向きには心が折れそうになっていたから。言語化を試みることも憚られる辛さがあった。

重い仕事が来てチームメンバーに割り振ったが仕事のレベルが低い。クォリティもデリバリーも悪い。孤軍奮闘でケツを拭きながら、独りで何をやってるんだろうと虚しくなった。みんな頑張ってるんだけどね。自分は一緒に働く人にモチベーションを感じるんだな、ということを強く実感したのだった。

メンバーの仕事の程度が低いのは、上司の責任てもある。思い切ってスタンスを変えることにした。自分が仕事をしないようにする。

いきなり自分が仕事を止めたら回らなくなるので、段階的にではあるが、どんどん任せていく。考えることも決めることも任せる。ひたすら共有と質問をし続ける。そうじゃねーだろ、とか思うけど判断しない。

そういうなかで、メンバーの自発性や主張が出てきて、何となく流れが変わってきた。自分のモチベーションが上がるほどでは無いが、下げ止まった。メンバーに優秀さを発揮させるというのは、我慢が必要なんだな。我慢しなくて良いのが一番だと理想主義的になってたが、一番がダメなら二番ということで。

今日も我慢をキーワードに頑張ろう。

隣の席のおじさんが、「部下がアスペルガーだと思ったら上司が読む本」を読んでいて、みんな苦労しながら頑張ってるんだなと。甘えてられませんな。

January 31, 2018


dogandchopsticks at 09:41


そこにあるものが見えるようになること

新年あけましておめでとうございます。

今年の抱負を言語化できていないうちから、何やら動き出してきた。面白そうな仕事の話が飛び込んできた。願えば叶うとは言うが、願う前だから、想えば叶う、といったところか。

会いたいときに会いたい人に会えたり、一緒にやりたいと考えたときに向こうから話がやってきたり、過去にもそうした経験がある。人間、考え始めると、それまで見えてなかったものが見えるようになり、必要なものをキャッチするようなアンテナが生えてくるのだ。

逆を言えば、これまで視野が狭くなっていて見えてなかったということ。年末年始の効用は、日々の喧騒から離れて、視野を広げて考えられるようになることかもね。

さて、ここからの仕事始め、ポジティブに、視野広く、気合いをこめて進めていこうと思います。

ということで、みなさま、本年もよろしくお願いします。昨年よりもブログを更新していきたいなとは思ってます。

January 04, 2018


dogandchopsticks at 08:38


2017年の仕事を振り返る

年末感のない師走だった。

毎年12月は忙しく過ごすことが多いが、迫り来る年末に向けてバタバタしている感じがあった。ところが今年はそうではない。来週から新年を迎えるという実感のないまま、いつもどおりの感覚で一年の最終週を過ごしてしまった。もはや季節すら感じられなくなるくらい感覚が鈍ってしまったのか、季節を感じる余裕がないほど忙しかったのか。両方なのかもしれないが。

運勢的には大殺界の最終年ということで、引き続きしんどい一年になるだろうことは覚悟していた。所詮は占いであって半信半疑ではあるが、前回の大殺界がなかなか深刻だったので、今回も油断ならないと思っていたのだ。案の定、公私に渡って良いところを探す方が難しい、もがき続ける一年だった。

毎年、年末には部署のメンバー宛に一年の感謝を込めてポエムを送っている。そこで仕事を振り返ってみると、思ったよりもチャレンジをしていたし、成果も挙げられていて、我ながら意外だった。事実認識が歪むくらいに、もがき苦しみ、自信喪失していたということだ。バイアスって怖いわ。

何にもがいていたのか。

ひとつには、今の会社で仕事を続けることに腹落ちしきれないまま走ってきたことがある。自分のモチベーションの源泉は、自分の好きな人に喜んでもらえること・認めてもらえることだが、そうやって喜んでくれたり認めてくれたりする好きな人がぼんやりしていた。これまで対象だった人たちは退職したり、様々なことで変わっていったり、色々見るなかで自分が冷めてしまったこともあった。モチベーションの源泉になる人が見えないまま、責任感のみで走ってしまった感がある。

もうひとつ、人事という仕事の難しさに直面した。出来の悪い社員はいるもので、人事はそうした人にも公平に向き合う仕事である。出来が悪いがゆえに寄り添うべきという博愛的な気持ちと、出来が悪いがゆえに排除すべきという事業家的なマインドが混じりあって、自分のなかで答えが出しきれなかった。問題社員のリストラ対応で、逆に当該社員からハラスメントで責め立てられた。まったく非は無かったのだが、責め立てられるなかで弱気になったのは、答えが出しきれていなかったからだ。自分は悪いことをしているかもしれない、自分のやりたい人事をやっているのか、という迷い。

組織のトップとして、ビジョンも掲げたし、戦略も描いたし、実行を統率してきた。それは論理的に正しいことだったし、新規性があるチャレンジングな内容もあったし、成果にもつながった。結果として組織は少なからず強化されたと思う。ただ、もがいていたから、熱量がどうだったかというと足りなかった。熱量が足りないと、そこそこで終わっちゃう。

このブログで数年前を振り返ってみると、例えば海外事業に携わっていた時代は、それはそれで塗炭の苦しみを味わったものだが、充実さが滲んでいてキラキラしていた。必死さが熱量を生み、想像を超える標高にたどり着いたからじゃないかと思った。それに比べて今年は、行けるだろうなというところに行き着いただけ。

こうした状況自体は昨年から継続していて、本質は変わっていない。「来年の振り返りでは、きちんと何かに熱くなって走り抜けたことを報告できるようにしたい」と書いていたが、そうならず。何にもがいているかが明確化したのは前進だったが。

どうするべきかは実は分かりきっていて。大殺界だとか家庭事情とか、色々と理由を並べてサボってきただけなのだ。今年度は責任感で走らねばならないが、さてその後どうするかというのはゼロベースで考えてもいい頃合いかもしれない。

ジメジメした振り返りになってしまったけれども、新年からは良かったことばかりフォーカスを当てて攻める精神コンディションを整えていきたいと思う。前向きに、前向きに。

ということで、一年間おつかれさまでした。

December 31, 2017


dogandchopsticks at 23:04


マネジメントに専念できない理由

マネジメントが疎かになる原因は、プレイヤー業の比重に重きがあるからである。

しばらく現場で起こるマネジメントの課題を観察しているなかで、上記の事実に気がついた。マネジメントの知識や能力が足りないから問題が起こるのではなく、マネジメントに割く時間が十分でないから問題が起きていることが多い。

翻って自分自身を考えてみると、これがそのまま当てはまる。

プレイイング・マネージャーと言えば聞こえがいいが、マネジメントを担っている者とは思えないほどの量でプレイヤー業を行なっている。正確に言うと、自分がプレイヤー業を行わざるを得ないような組織状況のために、仕方なくそのようにしている。しかし、それとて言い訳である。緊急事態で一時的にそのようにしているのかと問われるとそうではない。自分がプレイヤーとして忙しくしている状況を許容している自分に気付いて愕然とした。

自分にガッカリしたが、ちょっと面白かったので、なぜそういう考えになっているかを深掘ってみた。

まずは日本人としての勤勉哲学がある。マネージャーたるもの、メンバーのサポートができるように、少し余裕があるくらいで良いのであるが、それがサボっているように感じてしまう。そういう勤勉哲学のせいで、プレイヤー業が手放せなくなっているところがある。

余談だけど、世間で「働き方改革」が喧伝されて久しいが、江戸時代に生存戦略として培われた日本人の勤勉哲学をひっくり返すのは簡単ではない。長時間労働が生産量の拡大を牽引した時代の名残である。いわゆる「勤勉革命」と呼ばれるやつで、今の「働き方改革」の種火はここにあると思っている。このあたりの詳細はいずれまとめて書きたいところ。

本題に戻ろう。

もうひとつはコスト意識だ。これも日本人が歴史的に培ってきた倹約精神によるものだろう。質素倹約、我慢は美徳という価値観を職場に持ち込むと、少数精鋭で頑張ろうとしてしまう。人件費を増やして、自分に余裕が作ることを許せない。そういう事象をさもしく感じてしまう。

もうひとつは部下に任せられないこと。嫌味たっぷりな書き方をしちゃうけど、自分の方が仕事ができることが多い。超ゼネラリストとして何をやっても平均点以上の仕事ができる生き方をしてきたせいで、全方位的に部下よりも仕事ができてしまう。自分がやった方が成果が出る、自分がやった方が速い、そういう類の考えで、なかなかプレイヤー業を渡せない。

実際のところ、これらは以前に比べて緩和されてきている。任せてサボるようになったし、自分が節約しているコストよりも無駄な費用が超いっぱいあると割り切れるようになった。しかし、いまだ上記のような考えが心のブレーキを踏むことはある。だから、強引にプレイヤー業をはがしに行った方が良いんだろうな、というのが今日の結論。

ちなみに、マネジメント専業のマネージャーがその業務が疎かになっているのであれば、即刻マネジメントから外すべきである。プレイヤー業がはがれたあと、マネジメントできなければ、それすなわち死である。ということで、プレイヤー業を捨てきれないのは、マネジメントに覚悟を決めきれないリスクヘッジの側面もあるということだ。

December 21, 2017


dogandchopsticks at 01:09


正論マネジメントをしてないか

若手マネージャーが組織運営に悪戦苦闘していたので、話を聞いてきた。

彼はエンジニア出身で、新卒エンジニアを育成するという形で、プレイヤー時代から人と向き合う経験はしてきていた。その後、マネージャーになって、エンジニア以外の企画者を含むチーム全体を見るに至っている。

思うようにいっていないのは、何が障壁になってるの?

彼の回答は「正しいことを言っても通じない」ということだった。エンジニアには論理的に正しいことを言えば分かってもらえたが、企画メンバーには理解してもらえない。彼は不満げだった。

一方で、企画メンバーの話を聞いてみると、論理を押し付けられて傾聴されない、信頼関係はない、というような言葉が出てきた。見事にすれ違っている。

正しいこととは何だろうか。

信頼関係を築けず人を動かすことのできない論理は正しいのだろうか。論理が正しいとしても、正しく扱えていないのではないだろうか。正論も現実にならないなら妄言にすぎないのではないだろうか。

人は感情の生き物である。正論が感情を突き動かすとは限らない、むしろ逆のことが多いのではないか。遠回りして感情に訴えながら、最終的に正論を通すことをしないと、人は正論に沿って動かないことがある。その努力が必要ということ。

ということで、とりあえずキャバクラ行ってコミュケーション学んでこい、と言いそうになったが、踏みとどまってアドバイス。こういうのって仕事じゃないところで体得すべきセンスが必要だと思うのですよ。

しかしエンジニアは正論言ってればマネジメントでしたというんだから、それはそれで不思議な世界。非エンジニアがマネジメントするときに、別の苦労があるということだろう。

November 26, 2017


dogandchopsticks at 08:51


書評:「会社が甦る 逆境経営 7つの法則」




いつどうして購入したのか記憶にないが、積ん読になっていた本書を読んだ。

会社経営を順風満帆だけで通すのは現実的でなく、逆境と言えるようなシビアな状況はつきものだ。世に成功している企業は、そうした逆境を乗り越えて今がある。そうした企業から逆境を越えるための法則を見い出して紹介したのが本書。

法則1:壊すことから始める
法則2:カネを惜しむな
法則3:何があっても「顧客満足」
法則4:「威張らない上司」を養成せよ
法則5:社員がのびのび働ける環境をつくろう
法則6:「らしさ」で団結
法則7:社会から離れない

しかしながら、あくまで筆者の主観的な視点で整理されており、定量的な分析はなされていない。それゆえ再現性があるのかは怪しく、ぶっちゃけ説得力は弱い。質の高いおじさんの説教みたいな感じ。

書いてあること自体は真っ当だ。逆境かどうかに関わらず、経営において意識すべき基本が並んでいる。まぁそうだよねと違和感なく読み進められる。そのことは筆者も自覚的であり、次のように述べている。

逆境のときこそ基本を大切にしなければなりません。この7つの法則は、分解していくと企業活動の基本姿勢を示すものばかりです。


ということで、会社経営の基本をなぞる一冊。よほどじゃなければ読まなくていいし、逆境に追い詰められたときに救いを求めて読んでも、ヒントは多くなさそう。そうだ、むしろ順風満帆でおごりが出てきているときに読むのが一番良いかもしれない。

November 18, 2017


dogandchopsticks at 22:24


マネジメントの悪癖はなかなか変わらない

たまたま3年前の反省メモを見返すことがあり、そこでの課題が今と大して変わっていないことで、愕然としてしまった。人間そうは変わらないということか。

当時は新規事業やら何やら幅広く事業を見ていたのだけど、パキッとした結果が出せなかった。結果へのコミットが弱かったし、メンバーに遠慮してたし、マネジメントに忙殺されて自分の目で見ることを後回しにしてしまっていた。

今はその頃よりはマシだと思うが、やっぱり自分のイメージしてる完成系と違うのに遠慮して差し戻しきれないことがあったり、自分が直接見ることをやりきれずに判断が遅れることはあった。

愕然とはするんだけど、きっとこれが自分のマネジメントの悪い癖なんだということで、悪い意味で再現性があるんだから、意識的に気をつければ良いこと。

自分に打ち克つというのは、こういうことなのかもなと思う今日この頃。ばんがります。

October 18, 2017


dogandchopsticks at 09:21


ビズリーチに登録して分かったこと

社内で魅力的なスカウト文面とは何かという話題で盛り上がり、候補者視点で調査してみようと、勢いでビズリーチやらの転職サイトに登録してみたら、おびただしい数のスカウトが飛んできて狼狽している秋の夜。

テンプレで面談希望を送ってくるものは、問答無用で全スルー。きちんとレジュメを見たことが分かる記載があり、個別に対応してきたなと感じられるものは、ひととおり最後まで目を通してみた。かつてピーター・ドラッカーは「これは自分のことを言っていると感じる広告が良い広告だ」と言ったそうだが、スカウト文面もそういうことであり、そのまんまダイレクトマーケティングの手法で考えていけば良いんだなと体得した。

さて、本筋と異なるところで、もうひとつの気付きがあった。

紹介される案件は、ハイクラス求人で部長候補みたいなポジションばかりなんだけど、自分にとっては驚きがなく面白いものがひとつもなかった。紹介案件先の企業の社長が友達だったり元同僚だったり、もしくは同業界で内情をよく知っている場合が大半で、エージェントを通す意味が感じられなかった。

もはや自分はこういったサービスを使って転職するような立場ではないのかもしれず、機会を求めるには人脈を使った方が良いということなのだろう。まだ転職しないけど。

こういう人脈を活かした転職サービスとか作ったら需要があるかもしれない。単なるSNSじゃないかと言われそうな気がするけど、近しい人を排除したネットワークに仕事を相談できる場所って今無いんじゃないかと。SCOUTERとかCrowdHuntingとかが流行の兆しだけど、そのあたりと相性が良いと思うので、HRTechで動いている方はご検討くださいませ。


October 14, 2017


dogandchopsticks at 22:24


書評:「学力の経済学」

「学力」の経済学
中室 牧子
ディスカヴァー・トゥエンティワン
2015-06-18



子供の教育手法について、行動経済学や海外で行われた実験をエビデンスとした科学的根拠に基づいて解説した一冊。

子供は勉強することを褒めるのと、成績を褒めるのとどちらが効果があるのか、といった、子供を持つ親が気になるツボをついたネタが豊富で興味深い。そして、どれも面白いと感じるのは、答えが意外なものだからだ。

個人的に意外だったのは、少人数クラスの教育が必ずしも学力につながらないということ。それから、別の話で、ゆとり教育のような平等教育を受けると、他者への思いやりを持ちにくい人に育ってしまうということ。こういう話が実際のデータや論理で示されるので、説得力がある。

さて、本書で筆者が訴えたかったことは次の2つだろう。ひとつは、日本の教育方針が科学的根拠によらず意思決定されていることへの問題提起。もうひとつは、日本では倫理的な理由から教育現場で子供を対象にした実験が行えないことへの不満。後者については、今後そのあたりの規制緩和に向けて、世の中の理解を得ようという試みじゃないだろうか。

本書で引用されている米国の実験は大胆なものが多い。被験者の子供は、場合によってはその実験のせいで、その後の学力が変わったり、年収が変わったりしている。そういうリスクのある実験を許容するお国柄というのが、人文領域を含めた科学の発展を促進するのだろう。

日頃から、データを中心とした客観的事実を重視した、ロジカルなアプローチで仕事をしている人間なので、本書は心地よく読むことができた。それだけに、筆者の言うとおり、それが当たり前でない教育現場というものの異質性を際立って感じた。EduTech の可能性は深い。

September 16, 2017


dogandchopsticks at 18:37


書評:「未来の年表 人口減少日本でこれから起きること 」




ドイツ出張で読んだ本シリーズ。人口動態から日本の先行きを展望し、危機的未来を指摘しているということで話題の一冊。

最もインパクトがあるのは、100年以内に日本人の人口は半分以下になり、いずれ絶滅危惧種になるという話だろう。合計特殊出生率が2.0を切ってるから減る一方だというのは誰もが知ってることだと思うが、これだけ話題になるということは、具体的に試算されたものが意外と近未来だったからだろう。

人口減少のなかで起こる問題への指摘は、少子高齢化社会ということで一般に言われている問題よりも数歩踏み込んでいる。大都市部は人口減少は起こらないが高齢者の実数が増え、地方では人口減少するなかで高齢者の実数が減る。つまり、高齢者の割合が高くなる都市部こそ、深刻な高齢化社会の問題が起こるのだという指摘は興味深い。その頃には、自分も高齢者になってるだろうから、複雑な気持ちだ。

問題の指摘にとどまらず、対策案を提言しているのが良い。

「戦略的に縮む」「豊かさを維持する」「脱・東京一極集中」「少子化対策」の4つをキーワードとし て、現段階で着手すべき「日本を救う10の処方箋」を示したい。


このなかで「戦略的に縮む」という考え方は、非常に優れている発想に感じた。ここから頑張って人口が増加に転じる可能性は極めて低いのだから、縮むことを前提に考える方が賢い。縮み方を考えるべきだという指摘はこれまで聞こえてこなかった話で、新鮮だし真っ当であると感じる。

さて、本書を読んで自分でも考えてみたことがあるのでメモ。

人口減少スピードを緩和するために少子化対策を施さなければいけない。そのためには子供がいる方が得だという状態を作ればいい。消費税をさらに上げて、その分を高額な子供手当として家庭に還元すればいい。消費税増税分が、国債の返済と社会保障費に当てられているが、使い方がおかしい。育児費用が無料になるのではなく、得になる設計にすることが大事。子供が多ければ多いほど豊かになる経済を国が主導して作ればいいのだ。

それから、社会保障費の上昇を食い止めなければいけない。介護や医療を諦めずにコストを抑えるためには、イノベーションが必要だ。民間産業では不断の努力によってコスト削減オペレーションが行われ、低コスト化が進展している。競争させればいいという話ではない。国が不断の努力でコスト削減のためのイノベーションを主導すべきだということだ。AIやロボティクスの発展を、この方向に活用していくのを模索するのが近道だろう。

著者は、労働力人口が減る中で経済を成長させていくためには、少量生産・少量販売のビジネスモデルを選択すべきだという見解を示している。この方向性でもAIの活用が期待されるところだ。

これまでの技術的イノベーションは、根本的には軍事目的から発生してきた。それは国を維持するために軍事が重要だったからだ。ところが、(北朝鮮からミサイルが飛んできているなかで言うのは説得力がないが)世界平和が進展するなか、人口減少による内部崩壊という、より深刻な危機が迫っている日本においては、軍事ではない目的でイノベーションを起こす動機がある。これまでと異なるモチベーションでの投資がどんな発展を生めるか。国を挙げての正念場だろう。

ということで、たまにこういう視点で考える機会を作るのは大事なので、そういう意味で良い読書になりました。流行ってるものには流行ってるなりの理由があり、そこから着想することはあるな、と。

September 12, 2017


dogandchopsticks at 23:33


書評:「たのしいプロパガンダ」

たのしいプロパガンダ (イースト新書Q)
辻田真佐憲
イースト・プレス
2015-09-10



ドイツ出張で読んだ本シリーズ。会社の社内広報を考えているときに、「ゲッペルスから学べるものがあるのではないか」と思って何か読もうと探して、この本に行き着いた。

本書が取り上げる「たのしいプロパガンダ」というものの意味は、日本陸軍報道部にいた清水盛明の言葉が端的に表している。

いかに国民の精神を鼓舞するプロパガンダが大切だからといって、上から押し付けていたのではいけない。むしろ、国民が自発的に協力したくなるように仕向けなければならない。そのためには娯楽の活用こそ必要だ。


太平洋戦争時代から、国民は音楽や演劇といった娯楽を消費するなかで気付かぬうちに、国威発揚を受けていたという。厳しい規律のなかで教育がなされたわけではなく、あくまでも娯楽の形で届けられたものが効いていた。「本当に驚異的なプロパガンダは『楽しい』ものにほかならなかった」のだ。

ゲッペルスもこの重要性を十分理解して実践していた。

宣伝省の下には帝国文化院が設置され、さらにその下に帝国著述院、帝国映画院、帝国音楽院、帝国演劇院、帝国新聞院、帝国ラジオ院、帝国造形芸術院という七つの組織が設けられた。ゲッベルスはこうしてあらゆる文化・芸術・娯楽分野を支配するに至った。


人々の思考や行動に影響を与えるには、教育というよりも文化・芸術・娯楽というのは、世界的に共通すること、すなわち人類の共通項なのだろう。であるならば、国家ではなく会社組織という単位でも同じはずであり、会社の行動指針や経営方針を社員に浸透させていくにも、同じく文化・芸術・娯楽という方法を活用するのが良いということだ。

未来に「楽しいプロパガンダ」が生まれるのだとすれば、それは最新のエンタメと結びつくはずだ。それが漫画なのか、アニメなのか、動画なのか、アイドルなのかはわからない。ただ、こうした警戒心を持っていることで、未来の恐るべき「楽しいプロパガンダ」にいち早く気づくこともできるのではないか。


本書は、このように娯楽の形で行われるプロパガンダへの警戒を促して終わるのだが、民衆の一人としてはそのとおりだと思いつつ、こういう手法をいかに健全に活用していくかも考えたい。

ちなみに、これはあくまで手法の話であって、大事なのは「何を浸透させるか」という点である。浸透させて行動変化を促して意味のあるものを企画しなければ意味がない。それを一貫して娯楽の形で伝搬させていくこと。またひとつ、自分のなかで枠組みができました。

September 11, 2017


dogandchopsticks at 22:40


書評:「強みを活かす」

強みを活かす (PHPビジネス新書)
曽山 哲人
PHP研究所
2017-07-19



ドイツ出張で読んだ本シリーズ。人事責任者としてサイバーエージェントを作ってきた曽山さんの最新著作。makuake でクラウドファンディングをやっているのを見て、出版されたら読んでみようと思っていて、ようやく読むことができた。

本書の主題は、社員の個性に着目してそれを強みとして活かし、業績アップにつなげていくという人事論。ただ、著者のこれまでの実践ノウハウがふんだんに盛り込まれており、人事担当者やマネジャーがすぐに現場で使える小技集でもある。

サイバーエージェントの人事施策については、本やセミナーで聞いてきたこともあり、そこまでの発見はないだろう。「強みを活かす」というコンセプトは、すでに一般的な考え方になりつつあり当社でも実践しているから、こちらも学ぶは無いのではないか。

読む前はそのように思っていたが、どっこい実践ノウハウが参考になるので、多くのドッグイヤーを作る結果となった。リーダー研修の内容、面談手法、抜擢人事の観点と、ぼんやり課題感を持っていたところに対する直接的にヒントを得ることができた。ありがたい。

具体的なノウハウではなく、考え方の気づきがあったのは次のところ。

マネジャーが成果を出すための三つの習慣があります。それが、「目標」「役割」「評価」。「目標をもたせる」「役割を与える」「定期的に評価を伝える」ことが大事だと伝えています。


この「役割」という点が新鮮。「目標」と「評価」だけでもマネジメントすることができるはずだが、メンバーからすると「役割」も重要なポイントだということ。「役割を聞いたうえで目標を聞くと、その人が迷わず仕事に取り組めているかがわかります。役割や目標を明確に答えられない人には、仕事に迷いがある」というのは、本質を突いていると感じた。

しかし、本書を通じて最も気づかされたのは、著者が日々の仕事のなかで取り組んでいることを、ここまで形式知化・言語化しているのに対して、自分は全然できていないということだ。今はその場その場の問題解決になってしまっているが、例えば、「こういう人には面談でこう言うのが良い」といった積み上げをきちんとしていけば、業務の質は上がるし後進育成につなげられる。本を書くぐらいの勢いで積み上げていこうと思った。

ということで、現場で頑張る人事担当者にオススメの一冊。サクッと読めて学び多し。

September 10, 2017


dogandchopsticks at 21:46


書評:「すべての組織は変えられる」




先日のドイツ出張時は、よく本を読んだ。成田からフランクフルトまで12時間くらいかかるのだけど、映画3本を見て本を3冊読んでなお時間が余った。せっかくなので、そのときに読んだ本のレビューを残しておく。

まずはリンクアンドモチベーションの麻野さんの一冊。ずっと前にKindleに入れておいて忘れていたのを、こういう機会なので掘り起こして読んでみたのだ。

現代を戦略だけでは差別化できない時代であると指摘し、代わって勝敗を分けるのは人であり、人を動かすためにリーダーが変わらなければいけないという。会社には「犯人探しという病」や「会議が空回りする病」など、様々な組織の病がはびこっていると言い、それぞれに対して筆者が処方箋を書いていくという内容だった。

ビジネスモデルや戦略は、情報化社会の進展にともなって模倣可能性や追随可能性が高まっており、それが決定的な差別化要因になりきらないという指摘はごもっともである。ただ、人に関しても必要条件だが十分条件ではないのは変わらないのではないか。リンモチの調査では「モチベーションが上がれば、生産性が高まり、利益の伸びも大きくなる」ことが証明されているそうだが、戦略以上のキーポイントなのかと言われると疑問である。細かいところで突っかかっても仕方ないけど。

さて、メインの内容に関しては非の打ち所がなく、リーダーに求められるスキルに関して、鋭くまとめられている。意思決定、会議方法、人材育成など、カバー範囲は広範であり網羅的である。そのなかで、全編を通じて従業員の感情やモチベーションに言及する場面が多く、それらに学ぶことが多かった。さすがリンモチである。

「目標の魅力」「達成可能性」「危機感」 が三要素です。この三つのバランスで、モチベーションは決まります。

この3つは、目標の魅力=WILL、達成可能性=CAN、危機感=MUST、という置き換えができるとのこと。よくWILL/CAN/MUSTが重なるアサインをすることの重要性を意識していたので、なるほど見方を変えるとこういう言い方になるのか、というのが新鮮だった。特に危機感。MUSTというと、どうしても会社都合のやらなければいけないことの印象が強いが、必ずしもそれだけでなく本人にとってのやらなければならないという視点もあるのだ。

あと、もうひとつ学びが深かったのは従業員満足度を測る指標についてだ。個人が組織に所属する際に見るポイントは次の4つのPにまとめられる。すなわち、「Profession(仕事内容)」「Philosophy(理念、ビジョン)」「People(人、組織風土)」「Privilege(待遇、福利厚生)」という観点で従業員満足度に使うのが効果的だそうだ。使えるフレームワークとして永久保存しようと思う。

ということで、マネージャーにとって人材開発・組織開発するためのヒントが盛りだくさんの一冊。類書と重複するところが多いが、それは本質的なことが書いてあることの証左でもあるだろう。主にキャリアの浅いマネージャーにオススメだが、復習的に読むのも良さそう。忘れた頃にまた開いて、自省のために活用しようと思います。

September 01, 2017


dogandchopsticks at 00:36


会社を辞めたくなったときの気持ち

しばしば会社を辞めようと思うことがある。そういうときの気持ちを、このブログにはあまり書いて来なかったが、後から振り返ることができるように、今日は書いておこうと思う。

自分にとって新鮮さに欠け、面白みにも欠け、やりがいを感じられない仕事が続いている。どれだけこの仕事に熱心になっても、それでどれだけ事業の成功確率が上がるだろうか。そう考えると、さらにモチベーションは下がっていく。人事の仕事なんてそんなもんだと全く思っていない。ダメ社員のクビをスパッと切り落として、優秀人材を鼓舞したり組織開発することに時間を使えば、事業貢献は十分にできる。そういうことをできていないことにフラストレーションが溜まるのだ。

周囲の人間が仕事をサボる。責任のある立場にいる人間が、意思決定をしない。総花的に仕事をしようとするから、配下のメンバーはとにかく忙しいが、表層的なアウトプットに明け暮れて、本質的な会社の成長につながっている雰囲気がない。骨太の戦略がないのだ。

これをやれば勝てると信じられるようなミッションを与えてくれる人がいないというのは、経営の脆弱さを物語っていて寂しい。経営陣への厚い信頼が揺らぐ。

これ以上ここにいても何も起こらないんじゃないか。

社外に魅力的なオファーがあるわけでもなく、起業したいと思うネタも今はない。それでも辞めることを先行して考えるくらいには状況が悪いということ。会社員は「仕事のやりがい」「給料」「人間関係」のうち2つがネガになると退職を考えるというのが私の持論だが、このフレームワークは使えるなと確信的になった。

辞めるか。

思い出すのは、前職を辞めたときのことだ。あの時も今回と似たような状況だったが、唯一違ったのは「やりきった感」があったことだった。当時、某会社の業務システム刷新プロジェクトを、受注から開発して納品するところまで、全工程の95%くらいを一人でやった案件があった。それで、この会社で自分がやれることはやりきったと思った。その後も辞めずに残っていても、同じような案件を一人でやり続ける人生になっていたんじゃないかと思う。あそこで転職したのは成功だったと思っている。

翻って今はどうかと言うと、やりきった感はない。逆境的であるのは前職時代に似ているが、そこにおいて自分のできることをやりきったかと言われるとそうではない。まだ辞めるには早いのだ。ガタガタと愚痴っていないで、事業成功に結びつく重大なミッションを自分に課して、それをやりきらないといけないのだ。

あの時がそうだったように、自分でその価値を信じられる戦略とミッションを描いて走り抜けなければいけないのだ。それをやりきって初めて、辞めるかどうかが検討の俎上に乗るべきだった。

迷うのは、ここからの身の振り方が大きく2つあることだ。どちらを選ぶか。まず今週はこれを決める週にしよう。

August 28, 2017


dogandchopsticks at 01:31


ドイツ出張の記録

出張でドイツに来ている。

一時期は頻繁に海外出張をしていたが、ここ最近はドメスティックな仕事に従事しているので、プライベートを除けば、海外に来るのは3年ぶりくらい。

昔は海外出張セットを引き出しに用意してたので、一週間くらいの出張なら10分で準備が終わったのが、今回は1時間くらいかかった。習慣化するって効率化するということなんだなと思った。

ということで、次回に向けて出張準備メモを書いておきたい。

・ドイツのコンセントは日本と違うため、C型の変換器が必要
・英語表記が無かったり英語が通じないことも。翻訳用にスマホは必須
・併せて、モバイルWiFiとモバイルバッテリーは必須
・クレカが使えないことが多い。現金は多めに準備
・Uber的サービスが普及していないのでタクシー用に細かい現金が必要
・公共交通機関やトイレでコインが必要。崩しておくべし
・毎日が肉と芋。2日で胃もたれ。胃薬と整腸剤を持っていくこと
・ビールが水より安く、飲みすぎる。ヘパリーゼがあると良い
・夏でも夜は冷える。上着は持っておいた方がいい

あとは、プチ感想を。

・飯は美味くて安い。腹いっぱい食べて飲んでも30€
・でも美味しいコーヒーショップが無い
・ドイツ人は良い奴が多い。可愛い子も多い
・ビルケンシュトックが安い
・駅に改札がなくキセルされまくっていてびっくり

さて、そろそろ帰国便の搭乗時間。クソ暑い日本に戻るのは憂鬱だけど、やっぱり日本が最高なので、おとなしく帰ります。


August 26, 2017


dogandchopsticks at 01:11


トップの孤独という指標

トップの孤独感は、組織作りのひとつのKPIなのかもしれない。

ある組織の部長がやって来て、不満げに言った。あっちの課の問題について、別部から自分のとこにクレームが入った。あっちの課長のマネジメントに問題があり、メンバーが自分に相談に来る。あれもこれも全部が俺に来るって、どうなんだ。

それは、よくある風景だった。

課長が頑張っていないわけでは無いのだが、彼らが彼らのポジション相応の働きをしている限り、部長は孤独である。課長が部長の目線で仕事するようにならないといけない。

課長の目線を上げることで、課長の成長が促され、マネージャー同士の議論が深まり、組織は厚みが増す。

トップを孤独にしないように、ミドルを引き上げよう。ミドルがトップに甘えてるような組織では、勝ちにこだわることはできない。

August 19, 2017


dogandchopsticks at 22:59


書評:「トヨタ式『改善』の進め方」




効率化を目標に掲げていたメンバーが、トヨタ生産方式を知らなかった。勉強不足なのだが、知らないことを責めるだけでは何も生まれない。本当は大野耐一氏の原著が良いのだが、手っ取り早く読めるものから始めようということで、本書を読むことになった。

トヨタ生産方式の全体像と概要を平易に解説しており、入門書としてはピッタリだ。それで、自分にとっては復習として頭を整理するくらいの期待値で読んだのだけど、意外に改めて気付かされることがあり、奥深さに唸らされた。

トヨタ生産方式は手段、手法だけでなく意識の変革を迫るものだ。

この生産方式を現場に適用するには、現場にいる一人ひとりの意識が変らなければならない。それもちょっとの意識改革ではなく、根本的な考え方を変えなければならない。改革に対して、保守派は抵抗勢力になり、監督者VS労働者という不要な対立構造が生まれることもあるだろう。手法を理解することよりも、むしろ意識を変えることに肝があるんじゃないだろうか。

仕事は権限や権力でやるもんじゃないよ。現場の人たちに対する粘り強い理解と説得なんだ。結局のところ、モノづくりは人づくり、人の指導の仕方いかんなんだ

仕事のやり方を変えるなかで、人をつくっていく。トヨタ生産方式は組織開発手法でもあるということ。人事の目線で読むことで、思わぬ発見があった。奥深い。

トヨタ生産方式の考え方は製造業だけの話ではない。ソフトウェア開発はもちろん、あらゆる仕事にその効率化のためのエッセンスは適用できると思う。効率化の壁に当たったときは、ここに戻ってこよう。改めてそう思えた一冊だった。

August 16, 2017


dogandchopsticks at 19:14


なぜ人は宴席で裸になるのか

同僚が自身の結婚披露宴を思い出してげんなりしていた。新郎側の出席者が裸芸をしたらしく新婦側の親族がドン引きしたのだという。新郎の親族にお偉いさんがいて、彼が突如として部下に裸芸を命じた結果だったという。

その話をきっかけに「うちも昔は忘年会での裸芸が定番ネタだった」とか「伊藤忠はいまだに『お酒様』という裸芸が伝統芸として行われている」とか、宴席での裸芸の事例紹介が次々と行われることになった。

一体、なぜ人は宴席で裸になるのだろうか。

まず考えたのが、宴会ではないが、裸祭の存在である。全国各地の至るところに裸祭は存在しており、そうでなくとも神輿を担ぐ姿はふんどし一丁で半裸だったりする。そこで、「日本人はハレの日に裸になりたがるのではないか」という仮説が浮かんできた。

調べてみると、裸祭とは「生まれたときの姿を清浄無垢の姿と解釈することにより、その姿で神との交渉を行なう神聖なもの」であるという。祝いの席で裸になるのも、清らかであろうという文化の現れかもしれない。

歴史を紐解くと、アメノウズメが天の岩屋戸に隠れたアマテラスをおびき出すために行ったものが、日本最古の裸芸のようだ。アメノウズメの裸芸で八百万の神は大笑いしたという話が、古事記に記載されている。女性の裸踊りだから、別の意味で盛り上がったのではないかと勘繰ったが、シンプルに大笑いを誘ったようである。古事記が編纂されたのは飛鳥時代であり、当時の文化でも裸にセックスアピールはあったため、やはり裸芸だったと考えて良さそうだ。

1000年以上前から、日本人は裸芸を笑っていたわけであるが、なぜ裸であることが笑いにつながるのか。カントは、笑いについて「張り詰められていた予期が突如として無に変わることから起こる情緒である」と分析した。裸になって芸を行うことが、オーディエンスにとって緊張を緩和させる「非常識」な行為であり、それゆえ笑いを誘うというわけだ。

ここで裸祭と裸芸が結びついた。

裸芸は非常識ゆえに笑いを誘う。非常識は非日常で、すなわちハレである。全裸は日常(ケ)では許されないが、ハレの場では清らかであるものの現れとして許容される文化背景がある。裸芸という強力な笑いの手段がハレの場だけでは許される。だから、人々はここぞとばかりに宴会で裸になるのではないだろうか。

岩手県に黒石寺蘇民祭という有名な裸祭がある。この祭のクライマックスで、男たちは全裸になって川に飛び込む。公衆の面前で全裸になれば、公然わいせつ罪に抵触してしまう。そこでこの祭では、そのタイミングで会場のすべての灯りを消して、暗闇にすることで「見えないからOK」として有耶無耶にしているそうだ。ハレの日であれば、ちょっとしたエクスキューズだけで全裸が許容されるというのが、日本の文化ということだろう。

さて、冒頭の話に戻るが、結婚式というハレの日の裸芸も、新婦側親族にはドン引きされてしまったわけである。ハレという概念が現在において薄らいでいるため、時代に合わなくなってきているのだろう。アキラ100%がR-1で評価されたことを考えると、裸芸が笑いを誘うというのは今も生きているのだが、許される場が限られてきているということ。これから裸芸が許されるのは、テレビの向こう側といった明らかな日常の向こう側でしかないのかもしれない。


August 12, 2017


dogandchopsticks at 23:40


ビジョンは遠慮せずに発信しよう

育成担当として、かれこれ2年近く面倒を見ているマネージャーがいる。元々は若手の一兵卒だったのが、今年に入ってマネージャーに昇格し、最近は顔つきに迫力が出始めてきた。

彼とは隔週で1on1を行っているのだが、今日の会の終わりに「これまで話してきましたけど、今日の話をしてるときの姿が、一番キラキラしていて良いなと思いました」と感想を言われた。こそばゆく感じるくらい嬉しい反面、2年近く話してきて、今までキラキラしたものがなかったのか、と複雑な気持ちになった。

何を話したかというと、私個人のビジョンだ。

自分は隠れビジョナリーなので心中には壮大なビジョンを描いているのだが、それを表立って喧伝するような機会はほとんど無かった。今日は聞かれたから答えたのだけど、聞かれなければ自分から語り出すようなことがない。恥ずかしいわけではないし、自信がないわけでもないが、ビジョンの押し付けになるような気がして、どうにも積極的になれない。

周囲の人は、私の行動原理や根底にあるモチベーションが分からず、真意を図りかねるようなこともあるらしい。ビジョンを話したことで、「ああ、そういうことなんですね」と理解してもらえた。そういう側面があるのだということを、ビビッドに感じた。

何よりも、ビジョンを語っているときの自分がキラキラしているのだと言われたことが衝撃だ。ビジョンの押し付けだと、どちらかというとネガティブに感じていた自分の考えとは逆の、ポジティブな印象を与えたのだ。ビジョンを語るということは、自分が思っている以上に、パワーのあることなのかもしれない。武勇伝を語るウザいおっさんのようなイメージだったけど、そうじゃないということ。

マネージャーとして、部門のビジョンを示すことは、もちろんしてきた。それだけではなく、個人のビジョンを示すということも、重要なのだと悟った夜。育成相手に気付かされ、育成してもらう。幸せなことである。


効率的に質の高い仕事をするための秘訣

先日、自分の仕事のやり方を伝えたところ複数名に驚かれたので、あまり一般的でないのかもしれないと思って公開してみる。

私はその仕事のやり方を「ひと筆書き」と呼んでいる。仕事でお題があるときに、それに対するアウトプットの一通りを一気に書き上げる。途中で手を止めて悩むことはしない。とにかく一度、最後までアウトプットを書ききってみる。ただ、それだけである。

この前、社員研修の企画をしたときのことを例にとって説明してみたい。

誰を対象に、どういう目的で、どんなコンテンツを、どんなプログラムで、誰を講師に迎えて実施するのか。ロジスティクスも考えなければいけないし、コストも気になるところだろう。企画を考えるときには、このように考えなければいけないことが色々ある。このとき、ひとつひとつを順番に入念に考えていくのではなく、ラフ案で良いので、とりあえず一通りの項目を一気に埋めてしまう。ラフ案すら思いつかないときは、「悩みポイント」とでもメモしておけばいい。とにかく止まらずに全部を一度埋める。手を止めないルールなので、10分もあれば書き上がる。

全項目を短時間で埋めると、整合性がないところは、どうしたって違和感を覚える。辻褄が合わないところがあれば、一度それは捨てる。次は辻褄を合わせるか、辻褄が合うように企画を複数案に分割するようにして、再度「ひと筆書き」する。ここまでやっても30分あれば十分だろう。

この時点で、他の人にレビューしてもらう。アイデアが浮かばなかったところも聞いてしまう。自分にとっても仕上がっていない企画なので、インプットされても何とも思わない。これが考えに考えた後だと、ガードが上がってしまい、修正することに心理的抵抗感が生まれる。どうせ10分で考えた企画である。心に余裕をもって、良い案はどんどん取り入れていく。

レビューを踏まえて、あらためて「ひと筆書き」する。これも10分でやる。それで全項目が埋まって、項目間の整合性が取れていることが確認できたら「清書」する。きれいに体裁を整えるだけでなく、細かいところを詰める。研修プログラムの時間割を10分単位で組んでいき、休憩時間や質疑応答の時間も考慮して、コンテンツ量を調整したりする。この「清書」は時間をかけるが、それでも1〜2時間くらいである。

レビューを含めて、研修企画が固まるまでのプロセスは、2〜3時間程度であった。過去や他社事例の調査で2時間くらいプラスがあったから、実質は4〜5時間くらい。レビュワーを集める関係上、数日に渡っての話ではあったが、積み上げとしては半日の時間であった。

この仕事のやり方が驚かれたポイントは2つあって、「せっかく書いた企画を簡単に捨てて、もう一度ゼロから書き直すなんて」と「そんなスピーディに企画が仕上がるなんて」ということ。前者は典型的なサンクコストだが、そもそも10分しかかけていないのでサンクコスト感がない。後者は手を止めて悩まないことで、これだけ短縮できるということである。時間かけて考えたらクォリティが上がるというのは幻想だと思っている。

こんなこと書いているけど、数年前の自分は非効率の塊だった。最初から丁寧な企画書をこしらえていた。穴の空いた企画書は出せないので、自分が納得できる答えで埋まるまで考え続けた。せっかく書いた企画書がムダになるのが嫌で、なんとかそれを活かす方向で考えようとしてドツボにはまっていた。企画レビューも、自分の案を通すために、質疑応答をシミュレーションして時間を使っていた。今と同じ仕事を3〜4倍の時間をかけてやっていたのではないか。

結局、クリエイティブな瞬間って「ひと筆書き」で概要をまとめているときであって、清書をしたり準備をしたりするときではないと思う。クリエイティブにこそ価値があり、自分の時間に対して、価値を生み出す時間の占める割合をいかに増やすかが大事。10年前に気付いていたら人生変わっていただろうなぁ。

ということで、人によっては当たり前の話だけど、昔の自分や今の周辺で理解がないところがあるようなので、初歩的ハウツーとして書いときました。レッツチャレンジ。


書評:「リクルートのすごい構創力」




リクルートの新規事業は次々と形になっていく。高い営業力を活かした展開によってそれが可能になるのだという話を言う人がいるが、それだけなら他にも新規事業を上手くやれそうな会社はある。リクルートには、営業力以外にも、事業化のための成功ファクターが備わっているのだ。それらを余すことなく紐解いて解説したのが本書である。

リクルート社内で使われている、アイデアを事業化し成長させていくためのフレームワークを、実際の事業(SUUMOやじゃらん、ホットペッパー等)を例にとって紹介していて、分かりやすい。社内のプロセスなので、ワーディングは独特のものがあるが、言っていることはリーンスタートアップ等で言われていることと大差がないと感じた。リクルートの「リボンモデル」は有名だが、要点は「リーンキャンバス」と変わらないように思う。

筆者がBCG代表ということで、タイムベース競争などBCGの理論が持ち込まれていて、思わずニヤリとしてしまった。リクルートだからできる何かがあるのではなく、普遍的で再現できるものだという証左だろう。BCGデジタルベンチャーズのビジネスが、リクルート社内のインキュベーション制度である「New RING」と同等の機能性であることの指摘は、なるほど、と思った。ソリューションとして切り売りできるような機能性が社内に存在しているのは強い。

リクルートの中の人からは色々と組織的な課題感を聞いているので、全面的に礼賛している本書の書きっぷりに首をかしげるところもあるものの、非常に実践的な内容が詰まっており、事業創出の手法を学ぶには最適な一冊だと思う。すでにそうした本を読んでる人も、斜め読みすることで頭が整理されたり、自身の動きを見直す機会になりそう。新規事業やる人にオススメします。


書評:「採用学」

採用学 (新潮選書)
服部 泰宏
新潮社
2016-05-27



企業の「採用」という活動を科学的アプローチで分析して説いた一冊。

結論から行くと学びはあったのだが、期待していたのと違っていたのが、本書のメインフォーカスが新卒採用に当たっていたことだ。中途採用に対する気づきが得られれば良いなと考えて読んだので、ちょっと肩透かしを食らってしまった。書名は「新卒採用学」の方が、適切かもしれない。

近年の新卒採用を取り巻く環境変化の解説に始まり、採用の目的であったり、最新のイノベーティブな選考手法(三幸製菓のカフェテリア採用とか)の紹介まで、内容は網羅的である。新卒採用に関わる人は、熟読すると良いだろう。

そんな新卒採用の書から、中途採用に活きる学びはあったのか。ありました。

IQに代表される知能、創造性、ものごとを概念的にとらえる概念的能力、また、 その人がそもそも持っているエネルギーの高さや、部下を鼓舞し、部下に対して仕事へのエネルギーを充塡する能力などは、非常に変わりにくいとされる。

研究によれば、コミュニケーション能力やリスクに対する志向性は、比較的簡単に変化する能力なのだそうだ。だから、選考では「変わりにくい」項目を見極めるべきだということ。また、変化するものであっても、自社内で育成機会がなければ変わらないので、そういった能力も同様に見極めポイントになる。こういう観点で見極めポイントを決めていなかったので、目から鱗だった。早速、翌日の面接からコミュニケーション能力はほとんど評価し、代わりにメンバーを鼓舞する能力を意識的に見るようにした。

最もショッキングだったのは、自分の面接スタイルが、科学的にはイマイチだったこと。

面接の中でも、標準化された(全員に同じことを聞く)質問をする構造化面接(.51)の方が、候補者ごとに違った質問をする非構造的面接(.31)よりも、将来の業績をより正確に予測するという結果は興味深い。

なかには科学を超えて正確にその後の活躍を予測できる見極め力のある人もあり、筆者も驚いていた。しかし一般的には、非構造的面接は7割の確率でエラーを起こすということ。自分が科学を超える人間洞察力があれば良いのだが、そうでないなら面接スタイルは変えなければならない。

内容が期待していた方向と違い、得られた気づきは多くなかったもののの、少ない気づきのそれぞれが自分にとってディープだったので、非常に役立つ一冊になりました。


書評:「フィードバック入門」




ピープルマネジメントのコミュニケーション手法としては、コーチングが持てはやされて久しいが、実際に現場でコーチングを行えば分かるのだが、あまり効果が上がらないシーンがある。新卒1年目の若手育成では、コーチングによって気づかせようにも、本人に思考の軸が定まっていないから、あまり深い気づきが得られなかったりする。問題行為のあった社員に対する指導をする場面でも、コーチングだけで反省を促せるわけではない。

そんなコーチングの課題を埋めてくれるのが、本書にある「フィードバック」である。耳の痛いことを部下にしっかりと伝え、彼らの成長を立て直すコミュニケーションである。

正しくフィードバックを行うことで、本人が自覚的でない問題を、外部からの情報通知によって認識させ、自分の行動や結果に向き合わせることができる。刺さるようなフィードバックをするためには、「できるだけ具体的に相手の問題行動の事実を指摘することが必要」で、そのために「部下の行動を観察することで徹底的に情報収集することが必要」だという。具体的であればあるほど、ごまかせなくなり、改善も考えやすくなる。

大人が何かを学ぶとき、行動を変容させるときには一定の「痛み」がともなうのです。しっかりと相手に向き合い、このセッションの目的を伝え、そのうえで、ともに改善していこうと誘うのがポイントです。


本書が良いのは、このように実践的なポイントを示していること。フィードバックした相手が逃げようとした場合の対処法、例えば、言い訳ばかりしてくるタイプにはこのように向き合うべき、といったことが解説されている。思わず「分かってるなぁ」という言葉が口をついて出てきてしまったほど。

先日、問題社員を指導する機会があり、ちょうど本書を読んだところだったので、書かれている内容に従ってフィードバックを行なった。これが効果覿面で、それ以降は本人の態度改善がハッキリと現れる形となった。詳細な事実ベースで自覚させ、そのような行動を取った理由を考えさせ、これからどうするのかを話させた。本書にあるとおり、変にトーンダウンさせることなく、最初から最後まで徹底して厳しいトーンを崩さなかった。これで本気度が伝わったのが良かったのだと思う。

基本的にはフィードバックに関する説明とその手法を解説しているのだけど、育成・成長という観点で参考になるような話もふんだんに盛り込まれており、勉強になる。例えば、職場で人が育つためには、「業務支援」「内省支援」「精神支援」の三つ支援が必要だ、とか。目新しさは無いけど、こうやって体系的に整理されると頭がスッキリし、アクションにつなげやすくなって良い。

ここ最近読んだなかで、最も実践的で最も価値を感じた一冊。マネジメントの入門テキストとして、現場のマネジャーに推薦しようと思います。


書評:「チームが機能するとはどういうことか」




Google が昨年、社内の生産性向上プロジェクトでの調査結果として、心理的安全性がチームにあることが生産性のカギであることを発表して以来、この「心理的安全性」は組織開発のホットワードになっている。どのようにして、その心理的安全性のある組織を作るのか、具体的な方法論を求めて本書を手に取ってみた。

本書のスコープは、機能するチームを作り上げるためのリーダーシップ行動全体であり、心理的安全性はほんの一部に過ぎない。ただ、心理的安全は、成功しているチーミングの4つの行動として挙げられている、「率直に意見を言う」、「協働する」、「試みる」、「省察する」アクションを支える重要な要素であり、大きなテーマとして本書全体に横たわっている。

組織がどうなるかはリーダーシップによるというのが本書のスタンス。管理による効率の良い実行を求める代わりに、メンバーを支援し柔軟性に着目するリーダーシップを取ることで、組織は学習し革新することができるようになるという。もはや常識的になってきた感はあるが、不安によって支配するマネジメントは有効ではない。

心理的安全がある職場では、意義のある対立が起こり、また、メンバーが失敗を隠さずに報告し、その失敗から学ぶことができるようになる。それこそが学習する組織につながっていくのである。

では、心理的安全を高めるリーダーシップ行動とはどのようなものか。

  • 直接話のできる、親しみやすい人になる
  • 現在持っている知識の限界を認める
  • 自分もよく間違うことを積極的に示す
  • 参加を促す
  • 失敗は学習する機会であることを強調する
  • 具体的な言葉を使う
  • 境界を設ける
  • 境界を超えたことについてメンバーに責任を負わせる


大事なことは、こうした行動をリーダーが一度だけではなく常に意識的に行ない、空気を醸成していかなければならないということだ。不安を取り除くことは、簡単なことではない。肝に命じよう。

心理的安全性、学習する組織など、最近の組織開発で話題のテーマが盛り込まれており、非常に読み応えのある一冊。翻訳本らしいバタ臭さがあるのは気になるものの、多方面で気づきが得られる良書。リーダーにおすすめします。







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