なぜ浜松と宇都宮の餃子消費量は多いのか

昨日の「アド街ック天国」の特集先が浜松だった。それでふと思い立って、以前から気になっていた疑問、「なぜ浜松と宇都宮の餃子消費量は多いのか」に答えるべく調べてみた。

疑問に感じていたのは、浜松と宇都宮という都市には共通点がないからだ。海沿いで浜名湖もあって水資源が豊富な浜松と、山合いの内陸地である宇都宮。位置関係も離れていて、気候も異なる。この2つの都市が餃子の消費量で競っているのは、よく考えてみると不思議だ。

その答えにはふたつの要因があるようだ。

どちらの都市も、戦後に満州から引き揚げてきた人たちが餃子を広めたのが普及のきっかけだった。その引き揚げ組が多くいたというのが、ひとつめの理由だ。もうひとつは、餃子に使われる食材が豊富であるということ。浜松はキャベツ産地が近く、宇都宮はニラ産地が近い。身近にあふれる食材を活かして料理を作ろうとした流れで、餃子が自然と選ばれてきたのではないだろうか。

実際、満州からの引揚者が多かった都市は、餃子消費量が多い傾向があった。当時、引揚者が多かった港の上位2つは、九州と京都舞鶴である。実際に九州は、博多で戦後に一口餃子が生まれて名物になっているし、宮崎や鹿児島は消費量のランキング上位である。また、京都は餃子消費量の多い都道府県の第3位で、その原動力のひとつとなっている「餃子の王将」は、創業者が満州兵だったようだ。

いまや国民食と言っても過言でないくらい我々の生活に入り込んでいる餃子だけど、戦争の犠牲の副産物としてその状況が生み出されたという事実を知ると、なかなかに複雑な思いである。

ここまで供給サイドの話だけをしているのだが、元々は餃子消費量の話であって需要サイドの話である。これが供給サイドの話で解決してしまうところに、自分なりの気付きがあった。つまり、供給されるメニューが定着化して市民の好みになっているということだ。人々が餃子好きだから餃子が発展したのではなく、そこに餃子があったから市民が餃子を好んだのだ。

とかくバリエーションの多い現代である。今後、この餃子のように新しく市民のメニューとして定着するようなものは生まれにくいのではないだろうか。逆に言えば、ゴリ押しで提供するメニューを絞り込めば、それが需要になる世界を再現できるということでもある。どっちがいいのか分からないけど。

餃子ひとつで、こんなに考えることがあるとは思わなかった。今夜は餃子とビールだな。


February 19, 2017


dogandchopsticks at 11:35


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