2015年04月

下書きの記事を誤って公開にしてたみたいで笑った。月に一度は煮込み過ぎて沸騰してしまう、頭の中が。月に一度っていうより、何度もある気がしてきた。でも簡単に元に戻るようになったから、そんなに辛くない。昼間は悲しかったとしても、パンを食べて布団に潜ったら良くなったりする。悲しいときにしか巡らすことのできないものもあるから、って外側の私は言ってる。



私はいつだって隠れたいから、自分のことをおおっぴらには言えない。最近楽しかったこと、小室哲哉のイントネーションを間違えたこと。お酒をたくさん飲んだ翌日、バイト中にも関わらずテンションがはちゃめちゃ高くて、ずっと冗談言っていた。おそらくみんな引いてた。



優しくしたいし優しくされたいなあ。「愛っぽい」って、さすがだなあって思った。近づきたい。



もう自分の中に潜り込むのはやめたいし、もっと出来事を日記にしようかな。どう思う?でも基本的には隠れたいの。私はいつだって隠れたい。隅っこにいたい。 穏やかなときだけが本当でありたい。わかってほしいだなんて図々しいけれど、把握していて欲しいとは思う。自分が何者なのか、考えだすとよくわからなくて、今持ち合わせているものを全て広げたのならそれが自分になるの?人に対する自分と自分のためにいる自分の姿が違っているので混乱してる。ずっと。



4月が終わる。最近ひと月が長く感じる。起きてる時間が長いのと、自分で決めたことを出来ているからかな。 5月はどうしよう。夏になるんだろう。新芽が好きだ。柔い色をしてる。葉っぱが好きだった。花に囲まれるより、初夏の森に囲まれたい。自分のことなんてどうでも良いんだけどな~。自意識殺してもっと格好良くいたいよう。親近感湧くのは神聖かまってちゃんのみさこさんだなやっぱり。自分のこと考え過ぎて本当に格好悪いし終わってる。

このままでなんて全然良くねえよ。マイルドヤンキーになんてなれねえよ。絶対に成人した子供を団地で暮らさせない。隣の部屋のテレビの音が漏れる自室を与えない。自身の人生の貧弱さが露呈した。深く落ち込んだ。




ぐずぐず泣きたくなるほどコンプレックスを刺激されたのが久々だった。私は絶対にそれなりの所得を得ないといけない。それも、乾いた金じゃなくて、意味のある、目的を遂行した結果としての金を手に入れないといけない。そして、その金で自分が自分で自由に選択をして、中身のある生活を作り上げなくてはならない。感性を磨かなくてなならない。人間としての魅力の話だ。



与えられたもので生きていくのはもう辞めたいよ。自分で選ばせて。辛いよ。心がすり減った。



ひとつ前の記事、物理学に興奮したのもそうだけど、家族愛や人間の性みたいなものが関係してくるところにも、グッときたのだよ。




格好良くなりたい。テクノになりたい。こんなに電子音にハマるとは。格好よくなりたい。モードになりたい。




大瀧詠一の恋するカレンのサビ、私が思う「幸せ」そのままの音。これこそが多幸感と言うのだなと。大瀧詠一は好きな曲ばっかり。心の栄養。はっぴいえんど、たまらなく凄いではないかと心打たれてる。松本隆、大瀧詠一、細野晴臣、まじか〜〜!?!?って感じ。鈴木茂氏のことは詳しくないけれど…。松本隆の歌詞、「年頃の根暗な文学青年が好きそう」と表してる人がいたけれど、ほんとに!これなんだ。「君が夢見るほど素敵じゃないさ ただの脇役だよ ぼくなんてね」「ありふれた終わり方なら ぼくなりに書き換えたいね」「斜め横の椅子を選ぶのは この角度からの君が とても綺麗だから」「夏の影が砂浜を急ぎ足に横切ると 生きることも爽やかに 視えてくるから不思議だ」「意味ない事を 喋ってる時の ぼくが一番好きだわって 言ったね わたしたちには あせらなくても 時間があると笑って」はあ…。溜息だ。もしかすると文字だけではそれほどインパクトも目新しさもないのだろうが、大滝さんの音に乗ると本当に甘く美しいので、溶けてしまいそう。今の日本の音楽シーンの礎とも言える、知らず知らずのうちに馴染んでいた音と言葉、それらを生んだ人たちを、こんな後々に改めて認識して、感動している。ほんとに神だ。誰もが影響を公言するまでもなく、普遍としてこの人たちの作った歌詞や音が存在するんだよ。みんな、一人残らず影響されてるんだよ。もう、ほんとに、感激するしかない。






細やかな情緒。癒される、という感覚が昔は本当にわからなかったけど、わかるようになったから歳をとった。あと、ずっと暗いブログを書いてた人が、穏やかな更新ばかりするようになったことは、私に風を吹かした。みんな何を考えてるのか教え合うのが良いよ。楽しくなくても。




今日は疲れた。明日もきっと疲れる。

ヤバイとしか言いようがないからヤバイと言うのだけれど、今おそらく人生で一番興奮してる。インターステラーを見た。もうまばたきの必要がないくらいに目がギンギン、頭を真っ二つに割られて中身が露出しているような気分。しばらく笑いが止まらなかった。なんだこれ。自分の体の容積に感情が収まりきらない。 中国3000年の眠りから目を覚まされたようだ。果たして今夜布団に入って私は眠れるのであろうか。もう完全に起床、今までの20年間、私はずうっと睡眠していたのでは?五感?五感を使って映画を見たわけではないけれど、全ての感覚器官がフル稼働している。この頭、脳をどうにかしてくれ。怪しい上に効き目バツグンな悪い薬に脳を直接浸している気分だ。人間すごい。人間本当にすごい。人間がすごいのは知っていたけど、ここまでとは。これは映画を作った人へ、なのか、映画の中の人へなのか、いや、でも人間は確実にすごい。 それとも、この世界が?世界の組み立てを解明しゆく、新たな概念を生みゆく、科学に興奮しているのか。引っ越しおばさんに叩き起こされたの?SFなんて今まで触れてこなくて、だからなの?私には知らない世界がたくさんあるの。はあ。ありがとう。もう駄目。私、もっともっと勉強しよう。社会学や心理分析などばかりに偏っていた私の興味だけど、それらは感情的すぎて、こんなにパキッとした鮮やかな色を見せてはくれない。感傷的なポエムに自分の心を照らし合わせ、慰められ、懲りずにまたグズを言い、駄々をこね、というのを繰り返していたけれど。美しさを持った学問の前に、世界の仕組みの前に、それらは完全に無意味である。死さえもね。別れも。私たちが生活をこなしたり生きていく上では、人々の感情や心の動きが一番の関心ごとで、それらが一番大事にされるべきだとは思う。でも、いつでも平面に存在する学問、素晴らしきコンピューター、コンピューターを遥かに凌ぐ優秀さを持つ論理的に思考できる脳みそには、すべて敵わないでしょう?これらは人間の死とは無縁。命が絶たれても、概念は残るでしょう。残るから良い、って話ではないけれど。刹那の美しさも知っているよ。でもね、なんか世界が猛烈に広がった感覚なんだ。生まれてきて良かった。世界が広くて良かった。

食べたもので体が作られるなんて、食事は性的、だと考えたことがあったけど、川上未映子さんもニュアンスは違えど似たようなことを言っていて、わ~!という気持ち。私は生きはじめたところから死を見つめる生き方だけれど。いつか訪れる死から逆算して考え、あと何回食事ができる、あと何年一緒にいられる、といったような感覚を持ち合わせている人もいるのだということに気づき、なるほど、と。 私にとって死は遠いということなのか、もしくはいつやってくるかわからないから、逆算などできない、と思っているのか。




川上未映子さんだけが、女という性の苦しみを嫌味なく言語化できるって思う。 自分が女だってこと、完全に無視していたかった。オンナを全面に押し出したコンテンツの様々に拒否反応を起こしつつここまでやってきた。男性の脳に憧れているし、社会の男性達は、さりげなく、もしくはあからさまに女性を馬鹿にしがちなところから、私の中にも女性蔑視の感情が生まれた。たぶんこれはネットのしすぎなんだと思う。自分が女であることに誇りを持てなかった。でもどう足掻いてもカテゴリ「女」から抜け出すことはできないし、恋愛対象は男性だし、 性同一性障害ではないのだろうし。要するに私はといえば、尻ポケットに入れた財布だけで街を歩ける身軽さに憧れているんだよ。女らしくいようとするとどこまでも荷物が増える。それって格好悪いなあ。格好良くいたいんだ。




なんにでも天邪鬼なことに最近気づき、素直ってなんだっけ…と呆然としてしまう。本当に思ってることを押さえつける癖があるみたいで、それを何度も屈折させてから、「これが私の考えだ」って人に見せてる。偽りの多い心だ。素直とは…。

エンターテインメントというより、文化というより、人間に興味があるんだよなあきっと。人間、好きか嫌いか考えるけれども、その質問って自分が人間である時点で無効になるのでは。内向的であることから生まれるもどかしさなどが、何度も課題として現れてるよ。



今日は廃人だった。布団の上にいる時間の長さよ。 お風呂入らないで寝てしまったし。擁護のしようがないほどどうしようもなくなる。自分以外の何者かになろうとするときが一番辛い。このままじゃ、嫌だ、変わりたい、って思うことって疲れるから、もうやめようかな。というかやめるべきだ。私は私以外の何者にもなれないし。そんなこととっくに気づいてるはずなのに、結局同じことで悩んでいて、程度が知れる。



クラフトワーク格好良すぎて辛い。なりたい。



頑張ろう。すべて単純なことなのに、無駄に頭悩ませるからいびつになってしまうの。 

ただの最悪な夢を見た。屈辱の意味がわかった。どんな深層心理の表れなのか調べてみたけど、調べるまでもなく、今の私の不安をそのまま表していた。生きてるうちは時間が限られていて、ツイッターなぞしてる場合ではないと思った。アカウント消そうかと思ったけど、なかなかそれができずに、とりあえずアイフォンからアプリを消した。昨日は田島ハルコさんのことを考えてた。ソロアルバムの「頑張って~働く~×3 だから返しってね~ 筆箱!」っていう歌詞が切なすぎる。本当に憧れてたなあ。好きだなあ。ただのファンだ。存在が才能だもん。



まあそれは良いとして。インターネットとはなんぞや。なくても良いのに…でももう生活に根深く組み込まれてしまっていて、私は1日何度グーグルで検索をかけるのか、って感じであるし、別に現実がつまらないとかではなくて、現実で楽しい思いをするのに必要な情報がインターネットにはあるし。もう変な声で唸るしかない。




自分のキモさと向き合うのが一番つらい。人に照らしあわせたときの自分はいつだって大体キモい。なんでこんなにキモいんだろう。性格が歪んでいる。問題点が多い。捻くれすぎて逆に素直なのか、はたまた逆なのか、人からどう見られる、ってこと、ここしばらく忘れていたんだけど、今とても気にしている。自分とは、なんてわかりきっていたはずの問題に今更向き合わなければなんて。




20歳の私にはまだまだわからないことだらけだと言うこと。はあ。 本読んで映画見てお金を稼いで音楽聴いてればなんとかなりますか?未だにいろんなものに依存していて、馬鹿みたいだ。まだ心に問題があるのか…と思わざるを得ない。心というか、脳?報酬系の活動がやはりおかしいままだ。さっぱりいたいのに。 




ブログはサイコー。思いもよらぬ人に見られていたとしたら、笑っちゃうな。 

まだ食べ終わっていないうちからもっと食べたいとか、特定の曲をずっと聴き続けるのとか、幸せな瞬間ばかりを反芻するのとか、私は求めすぎているのかなと思う。セロトニン出さないとやってられないけど、自分で出そうとしすぎている。甘いものを1日一度は必ず食べたくなってしまうのとか。ツイッターを見るのをやめられないのとか。



本当に私は馬鹿なのか、と笑けることで色々忘れつついきたい。 他人に気を遣いすぎているところはある。無理をしているとかではなくて、そうありたくてなのか、距離を開けてしまう。人間との関係はいつだってよくわからないよ。私に一番近い人は誰なんだろう。家族であるかもしれないけれど家族ではないし、本当誰でもないのかもしれない。周囲の人間の数が多ければ多いほど誰にどれだけ気持ちを傾ければいいのかわからなくなるだろう。自分のこと賢く美しい現代人だって言い聞かせて生きて、立派に凛々しくいたいけれど、結局イヌのエサみたいになって終わる。酔っ払うのは好きだ。駄目だ。でも砂糖を毎日摂取するよりかは良いのかな。色々考えてる。頭が冴えてるときは、いかに効率良く動けるか、というゲームをしているようで、楽しめる。もっと見識を深めたい。1人の人間のことを馬鹿みたいに考え続けるのをやめたい。どこまでいったら相手のことを知った、ということになると思う?わからない。辛いことなんて何もないんだろうな。日々をこなせれば。日々をこなせているんだけれどな。慈愛の精神を肥大させ、まるで神なのか、自分のことなぞかえりみず、人のためにいるとしたら、どうなるのかな。自分に力があれば、それで良い、それが良い気がするの。



相手の些細な表情の変化に敏感である。そこからなにかを得ようとしてる。相手の感情を掴み取ろうとしてる。考えを悟ろうとしてる。接客は、相手に嫌な印象を与えないように、来た時より帰りがけに相手の表情が柔らかくなってるように、そこを目指して、意識している。だからなんだ、私は馬鹿か。と思うけどこれは癖だから。





すごい光るものになりたい。光りたい。比喩ではなく。




他人のことわかりきることなんてできないから、私のことわかりきる人なんていないんだけれど。みんな勝手なことを言うから。私も勝手なことを言うから。




所詮ただの人。だが人間はすごい。とアンビバレンスな感想。ウィキペディアの偉人に感心してる。同じ命なのに影響力の大小が不思議。集団の中にいながら二人きりになりたいけど、恥ずかしくてなんとなく避けてしまう。 ガキじゃない、ガキだったころがない、って思ってたけど私は今現在、正真正銘のガキであるから笑ってしまう。

生活にハマってきていて、掃除や洗濯やお皿洗いやお菓子作りなどをしている。相変わらず料理はしない。料理もしたい。絶対に自分のためには作らないであろう、迫力がある食べ物を作りたい。




数日間辛かったけどやっと良くなってきた。窓を開けると太陽の匂いが入ってきて気分が良い。




バードマンを観てきた。バックミュージックの高揚感を誘うドラム、タイトル、エンドロールの出現の仕方、擬似ワンカットの撮影法、役者は演技をしていること前提で、その役にさらに重ねて演技をしているような演技、詩的で哲学的(だと私は思った)台詞、などすべて格好良かった。格好良い映画だった。映画でありながら映画を俯瞰して論破する勢い。人間、っていうより、エンタメ、って感じであったけれど。登場人物の心の葛藤は深ければ深いほど良いと感じる。それに加えて外に大きく表現するものと出さずにいるものがあるけど、破滅とか苦しみは表れているほうが良い。 クリエイティブに生きてる人たちにとってこの映画は特別に映るのだろうな。私はクリエイティブに憧れを抱いて享受して批判したり感動するだけの人間だから、外から眺めた感想しか発せないのだけれど。

好きなアーティストの中には、「正当な評価を受けてない!音楽で飯を食いたい!」って吠えるタイプの人が数人いる。その主張が見えることで結果的に格好悪くなっているんだけれど、(まあそういうところも好き)必ずしも才能がある人が評価されるわけではない世の中というものは、まったくどうにかできないものか。消費にイコールで繋がるものが強い社会であるし、お揃いの制服を召したティーンエイジャーの大半は1500円をストロボエッジに払うだろうし、人々が集団である限りはもう無理なんだろうな、って思ってしまうよ。

 


右のほっぺにひとつだけ赤いニキビができて、気に入っている。キーラナイトレイの顎のような異物感が、理想の概念なんだと思う。小奇麗にまとめているけど、ひとつどう考えてもオカシイ点があると、ときめきになる。まとまってしまっては駄目だ。



照れ臭い場合、言いたいことを有耶無耶にしてしまい、それでも伝えたいという気持ちがあるから、いい加減遠回しになり、「どういうこと?」って言われてしまう。抵抗はありながらも相手にはきちんと伝わる、という言葉を選べるかどうかはセンスなのであろう…。センス…。




誠心誠意いたいけど無理なことが多い。疲れきって自己本位な行動しかできないときは最悪。地獄。他人を優先した行動を取ることで、「大きな脳を持った生き物、野蛮でなく理性で行動できる現代人」っていうプライドを保てる。糖でアドレナリンを出すことをやめられない。他に方法はないものか…。





ブログは癒しだな。頭の中が整理される。 

違いを認め合うのが理想だ。ただ自分の中に響く場所があって、そこに合致するか否かであるのであってね。なんだってルーツが気になる。掘っていくとどこまでも時代は遡るし国は増えていくし現代にも溢れるほどだし、終わりがないから興味が止まらない。どこかでぐわっと広がるタイミングがあるんだきっとみんな。私はどこだろう。どこまでもいきたいなあ。アイデンティティが欲しいんだきっと。情熱だし恋なんだ。






とても久々になんのために生きているんだ…という気持ちになった。朝から辛かった。気圧のせい?お金がないことが元凶なんだ。でも電車が動き出したタイミングで連絡が来て私はBGMをはっぴいえんどに変えて、なんとか陽のスイッチが入った。私が今するべきは勉強だから、お酒飲んではしゃいでるのを日常にしてはいけないよ。お酒でお金が消えるのは虚無だ。アルコールに強いのは損だ。親の二の舞だ。もっと知識で満たされるような生き方をしたい。最近は現状に満足していたのかもしれないな。もっと上を見る。ビジョンが失われてるよ…。どうなればいいかな?完成しちゃったの….?行き場のない焦りだ。胃が辛い。




中身のない人間なんていないけど、中身がないとしか形容し難い人間はいるから困る。




はあ、しかし存在してくれてありがとうという気持ちだ。今日は情緒不安定だな。でもほんとありがとうだ。好きだ。頑張ろう。わ〜〜。もうだめだ。

昼寝をした。寝たいだけ寝たはいいものの、寝たいって気持ちもそんなにたくさんあるわけではなかった。時間が許す限り寝たけど、満足もしないしむしろ体がだるくなった。なにもしない日だった。起きてすぐ蕎麦をゆでたりお菓子を食べた。桜が咲いてるようだけど、それをまだ肉眼で確認していないから明日のバイト終わりもし元気があったら見に行こう。桜を見ながらお酒を飲むいわゆる宴会的なお花見、したことないんだけれど、今年はするのかな。



数年前の証明写真を見たら人が違いすぎてびっくりした。客観的に見てもブスだった。主観的に見てブスだとは思っていたけど。今だって可愛くはないけど、昔よりは清潔感あるし、痩せてよかった…と思った。これでも痩せたんだよ。



月に一回はどうしようもなく思考の展開がネガティブになる。自然に悪い方悪い方へ流れていくもんだから笑ってしまう。人に対して指摘ばかりしてしまうんだけど本当にこれは良くないよね。



4月が1日になろうがフリーターには関係ないんだけれどね。去年は感じなかった年度の変化を感じた。春か。春だ。ノスタルジア、センチメンタルに包囲されたい。そういうの最近本当足りないんだ。




もう春だからなんだってんだ、って感じなんだけれどそういう感想しか生まれない。 

↑このページのトップヘ