2016年08月

余計な情報が身体をぎちぎちに巻きつけている。私はいつからなのか本をまったく読まなくなってしまって。久しぶりに印刷された文章を読んだら安心したし、そこの空気感は必死に働くことが正しい、という価値観の中では流れない空気のスピードだ。高校の、図書室に私だけしかいなくて、あそこはどこの校舎だったろう。木々に囲まれてるような、本に出てくる森の中の図書館って感じ。もう5年も前の記憶だから、書き換えているかもしれない。お気に入りのものを増やしていくことを人生にするしか道はないのに、忘れてしまう。 他人の、〇〇すべき、という考えを、疑いもなく受け入れる。何もかもやめたい気持ちにもなりますね。希望はどこにあるだろう。愛などを語れるような気がしていた時もあった。みんなそれぞれ辛いんだから、だけれど、辛くないところ行きたいわよね。

みんなはしいたけ占い見てますか。現在「ちゃんとくすぶっている」状態らしくて、本当当たる。思えば時計をなくしてからいいことがない。



自信がなくなった。



私の今は何もできない気がします。体の先からちりちりと消滅してって最終的には全部消えたいくらいの。

久々に熱が出た。2年ぶりくらいのことだ。熱が出て、下がったその後には頭がスッキリしていることが多いから、熱出したいなって思ってた時もあったけれど。いつも近所の内科に診てもらうけれど、主治医の先生がいなくて、女医さんに診てもらった。いつもの先生は適当で、喉もちゃんと見なければ胸の音も聴かない、聴診器を肌に気持ち触れさせるだけ。そんなんだから、こんなに丁寧に診察されたのは初めてだった。5人くらいの看護師さんに見つめられてた。人件費。たぶん忘れない。



頭はまだぼうっとしている。なんでも3ヵ月経てば慣れると思って生きているけど、今のバイトは3ヶ月経って、あ、このまま行ったらダメなんだな、って思った。色々考え直さないといけない。 というか、いろんなことにストレスが溜まりきってしまったのかな。私はもう何かを頑張れない気がするけど、テンテンコさんとか田島ハルコさんみたいな表現者が、今一番うらやましいよ。SNS世代、みんなが何者かになりたがってる、っていう記事をいつか見たけれど、私もついに何者かになりたくなってきてしまった。これは良くないことだ。



今日は生のピーマンを食べてるときが一番瑞々しい瞬間だった。私は大丈夫なのかなあ。いつになったら大丈夫になるのか、なあ。
 




思ったこととしては、安パイのものしか積極的に評価しようとしない人、本当にダサく感じるな。最近周りにはそんな人いないんだけど、「他人が高評価をしていた対象を好きとか良いとか言っておけば、とりあえず自分が馬鹿にされることはないだろう」みたいなのダッサー(ゲロゲロ)って思う。自分の評価軸を持っていないことと、それなのに他人の目を気にしているところ、がダサいです。私がダサくて嫌いなのそれだな。別にWANIMAのダサさは嫌いなダサさじゃない。あと、浅野いにお、ちゃんと読んだことないけど「浅野いにおが好き」っていう人間ジャンルがある時点で避けてきた。それと、クリープハイプのこと久々に思い出したけど割とみんな好きだった時期があること理解できない。熱が上がってきたからイカってきた。あとwegoは普通にダサくない?ダサくないの?無意味な英字プリントティーを恋人が着てたらどうするの…。イケてる、の感覚おかしい人ヤバイ。私も他人からしたらそうなのかもしれないけど。あなたには情熱はないのかよ、心が感動でずしんと揺れ動くことはないのかよ〜〜。小手先なのかよ〜〜。

頭向ける方向を変えて寝たら、変な夢見た。盆踊り会場の目の前のでかいステージでDJすることになって、1つ前の人が良い感じでやってたんだけど、その人は人から人へ交代するときに音を止めてしまうやり方らしい。なんやそれ。次の番だった私はまだ時間まで余裕があると思いステージにはいなかったんだけれど、急に音が止まってもうその人の番は終わりだという。私は焦ってステージに上がるけれど、自分のCDのファイルから、音楽が入ってるCDが一向に見つからない。4枚合わせると絵が完成するとか、そんなCDばっかり入っている。私は焦るも、なにも見つからず、曲名(abba dancing queenとか)がメモしてある紙をCDJに入れようとする。当たり前だけどそれも駄目で、焦るけど何もかも駄目。私はパニックになって号泣しながら大声で叫ぶ。「もうやだーー!」とか「次の人ーー!」とか。すごくぐちゃぐちゃな表情、状態なのに、ステージ上にいる青年2人は話を聞いてくれない。それが30分以上続いて、ようやく一曲かけた。その頃には人がほぼ捌けていてほぼみんな帰ろうとしていた。けど、まだこっちを見て音を待ってる人がいて、いよいよ駄目な気持ちになった。狂ったように叫んでた。そこで目が覚めた。布団全部かぶって全身汗だくで心臓がばくばくいってた。DJする夢なんて見たことないし、汗だくで起きることもほぼないのに、すごく変な夢だった。起きてなお、お腹が痛いし今度は寒気がする。



と思ったら熱が出たアハー

劣等感にボコボコにされて、そんなの久々だった。浮かれていたしなんでも出来る気がしていたそれは少しずつ誤魔化しながら。小学生の頃の私は自信があって、他人とのコミュニケーションと運動、以外のことならなんでも人並み以上にできた気がした。中学に入ってから、好きだった絵を描かなくなって、それは自分が大したことない凡人だと知ったから。私はいつだって狭い世に生きているから、外に飛び出したら自分を形作るものなんて一切なくなるんだろう。それだけじゃなくて、近ごろ燃え尽きた気持ちを抱えていたのでそれと相まって、布団で泣くだけの塊になった。精神が落ちると芸能人のゴシップや歴史的凶悪事件についてばかり調べる。今までの人生で一番酷かった日は、東京のトイレのゴミ箱にそのときに着ていた服を捨て、ユニクロでしば漬け色の7分ティーシャツと、アースミュージックアンドエコロジーで60%オフのスカートを買って着て中野ロープウェイに行った。パン屋で8個くらいパンを買って、新宿駅のホームで半泣きのままほぼ全部一気に食べた。西日の差す湘南新宿ラインに乗って帰りながら、学校なんてもう行けないなあって思った。絶対に幸せになれなかった頃の話。




とか過去のことを思い出しながら、もう二の舞になんてならない、とも思った。辿り着きたい人生の目標の段階は、親になることだけれど、精神不安定な母親になるのを避けたい。私のお母さんはハツラツとして誰にも心配させないような強さがあるけれど、まあそこまでにはなれないとはいえ、今のようなヘニョヘニョな精神のまま親になったら子が可哀想だ。目先のことを適当にやり過ごすだけで根本的な解決には至っていない、その選択の仕方を変えたい。中学の頃、楽しいことのはずなのに笑えない、って理由で学校何日か休んだことがあった。心がなくなったとき、笑えもしないし泣けもしないし怒れもしない。物心ついたときから最近まで、怒りの感情がわからなかった。諦めか、もしくは悲しみとして表れてたから。でも今なら怒りたいし怒れる。喜怒哀楽すべてがやっと揃った気持ちだ。




私は負けないし負けちゃダメだ。なんのためって言ったらほんとに私の心のためだけだ。ステータスなんて本当にどうでもよいし、生活は大事だけれど、それは心があってこそだ。心が一番大事なんだよ。人に優しくすることは難しいけれど、みんなに優しくしたいっていつでも思う。でもそれは理想なだけで、無理に現実にしようとはしないことにする。底なしのパワーが必要なことだから。

オリンピック、全然テレビで見てないしスポーツ観戦を楽しめた人生ではない。でもメダルを取ったニュースをネットで見て、金メダルって…と泣きそうになった。どれだけの努力と人の思いの強さなんだ。格好いい人間はやっぱり努力をしている。努力は嫌いというか出来ないんだけれど、格好良くなれる人間とそうではない人間の明確な違い。


昨日わかったことがあって。私は今でも過渡期なはずなのに、完全に出来上がっていると思っていたということ。私はまだまだ途中だよ。って思ったら、私も頑張れる。みんなが頑張っているのを見ているとそれを横目で眺めながら横になることしかできない。だから同じ場所では頑張らないけど私がこれ以上、確実に今以上になれるために、やる。

今日は小学生の頃のよう、欲も劣等感もない、穏やかな気持ちの朝だったので驚いた。10年以上ぶりに、何に対しても負担を感じず、軽やかに歩ける気持ち。他人と自分を比較することなく、自分を他人にどう見せるかなんて考えることなく。そう生きるのは、もう見えない何かがさせてくれないけれど、汚い気持ちを持たないで生きていきたいんだよ。それも欲なんだね。




みなさん、おはよう。異議ありますか?で終わる文章、癒される。もう私からは文化が抜け落ちた。というか「何かを好きだ」ということをアイデンティティにすること、ができないくらいに、周りの人たちがどんどんどこまでもだから。

体の芯のエネルギー源が潰えてる。お腹も壊れてる。暑いからなのか、低気圧なのか、元気が体に存在しない。私も酵素と黒酢飲んだらいいの?何が理由かわからないけど体がずっと下の方に引っ張られてる。100マス計算とかして脳を誤魔化すしかないかな。夏は早く終わって。




現状が不満足な場合、満足に向けた欲が生まれ、その欲が満たされた状態(満足)のことを、人は幸せと呼ぶ、わけではないのだなあっていろんな子の話を聞いて思った。みんな幸せになりたがっているけど。人間は新陳代謝しながら流動していくのに、そのままでいたかったり、そのままを受け入れて欲しかったり、流動していくことだけでは不十分。変わって欲しいのに変わらないことや、変わらないで欲しいのに変わっていくことを受け入れていくしかない。でも受け入れてる人なんて全然いない。受け入れてる人って、若さから見るとダサく見えたりするんだろうかな。そうそういるわけないけど、この子悟ったんだなあって思う人はなかなかいない。し、悟ることが正解とは限らない。




あと夜のこと。もう私には楽しいことがこれからもあって、音楽とお酒と人を繰り返していくんだなあって、それがある人生になんだな、今は、とその日の明朝に思った。

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