2016年11月

車の免許が取れた。ブログが意味のないものになってきている。頭を抱えるほど考え続けたりしていない。カルチャー雑誌を夜の時間に読んでる。何かを誇りたい、すがりたい、だったことを思い出して。追い続けて吸収していけたらいいなっていつでも思ってる。が。出来るときと出来ないときがある。東京の人たちは、もっと速いんだろう。絶対に辿り着けないスピードはある。刺激量もある。私は安心していたい。みんなに会いたくなるときがある。みんなって言うのは、みんな。お酒を飲んで気持ち良くなる夜は綺麗。かわいい人が好き。かわいい男性。かわいい女の子、かわいい女の子は汚い言葉を言わなそうな子。良い匂いの加齢臭もあるんだな、って思ったけど、数分間で耐えられなくなる。地元にいて面白い人に出会える幸せ。自分の価値観を信じられる幸せ。同じ価値観の人と笑いあえる幸せ。私は女。死ぬ人生。

例えそれがスターバックスであってもカフェでゆっくり休む、考えを巡らせる時間は必要だって思った。



文化的、が何のことだかわからないのかも。文化はまあわかるけど、みんながガツガツしてるように見えて冷めてしまう。


虐待というより暴力だった。母親が子供に公然の場で暴力を振るうところを目撃したときは今までの人生で一番胸糞悪かった。家に帰ってすぐに自分の親に話したけれど、「その虐待した母親も、かつてそう育てられたからそれが普通にできてしまうのかもしれない。虐待を受けた男の子も、これから育つ過程で良い出会いがあって気づくかもしれないし、そうじゃなければまた自分の親と同じことを繰り返すかもしれない。」私には「自分が虐待をしないようにするしか方法がないんだよ」と言っていた。4歳か5歳くらいの子だったけれど、そのくらいの年齢の子とって、痛みを与えられたらそれを取り除いてくれる役割が母親であるべきで、母親に痛みつけられたその子はどこに助けを求めればいいの?どこにもないじゃん!この世の犯罪には原因と結果があって、加害者に同情することだってあるけれど、母親が子供にぶつける理不尽さほど極悪なことはないでしょ。人間をなんだと思ってるんだ。





人と遊ぶとどうしてもお金と時間使っちゃうから、我慢しなきゃって思うけど、人にどうしても会いたいときあるし、友達が多い方が長生きらしいから、健康にいいことなんだ、と思おう。

人恋し過ぎて地元の友達何人かを誘ってみたけど急すぎるとなかなか難しい。1人が好きだって思ってたし1人は楽なのに。人と一緒にご飯を食べたり人の考えを聞くことの満足感を知ってからは、会いたい人が増えた。去年の今頃も毎晩遊んで暴走してた気がする。秋なの。




みんな温かい気持ちで人のことを想っていてほしい。




昨日は勉強したし、最近やることできていて偉いと思う。今日は先日からの体の不調が気になったのでたくさん寝た。冬にヒマワリ咲けって言ったって無理なように暗い季節にがむしゃらに頑張ることはできない。というかがむしゃらに頑張ることにメリットがない。ストンと素直に頑張ることを受け止められているので今の私は偉い。




ホットミルク100パーセントにティーバッグを溶かして飲んでから、寝る。凄い人たちはみんな負けず嫌いなんだと思う。生活を成り立たせるための金銭について感心を寄せてからは、音楽以外の文化に興味が湧かなくなった。たぶん私はシティガールになれないから群馬にいる。





感動するために生きてるって思ってた時もあったし、遊ぶためにお金を稼ぐって思ってた時もあった。確信は過去のものになってどんどん信じるものが変わっていく。永続的な幸せなんてどこにもないし、角度を変えたらどんなことも幸せであり不幸せだ。





もし余命が決まってあと1年しか生きられないとしたら。想像しただけで耐えられなかった。1年のうちにこれから生きたはずの人生を詰め込むかもしれない。手放すのが惜しいくらいに今の人生はキラキラしている。大事なものがたくさんある。湯船に浸かって身体を触りながら、若くて良かったあって心から溜息つく。これだっていつか失う。今男の人達は優しくしてくれるけれど、本当に今だけだと思う。あと十数年したらそんなことなくなる。最長でもあと数十年で身体自体失う。生きていれば、お金、友人、家族、大切なものをたくさん失うかもしれないけど、そんなことを考える余地なく身体を失う。辛いときの逃避先としての死だったのが、今のキラキラした日々の終わりとしての死、になった。本当今が涙出るくらいの今だよ。私は本当に簡単に泣くから涙の価値が薄くなっているね。涙腺がガバガバだ。

目標が定まったので頭がスッキリしたら、身体の方が謎の不調。平熱36.8、冬でも裸足、暖房はなるべく使わない、で生きてきたのに急に身体が冷えるようになって、そのせいのよう。急に体質って変わるんだなあ、でもなにが原因なんだろう。



もう情緒的なことは私の中に浮かばなくて、寂しい気持ちもあるけれど、社会に迎合していくことで生きていかなければいけない。絆って言葉、私の人生にいままで存在しなかった。でもわかった。知った。絆と形容するのに相応しい気持ち。強い繋がり。




いろんな子達の話、面白い。喧嘩の種類もデートについての考えも。喧嘩がまるでプロレスらしく彼氏に負けじと腕を噛んで抗戦する女の子。デートはしたくない男の子。女性観男性観についてみんなと話したい。恋に恋する季節は終わって、私は本当に心から1人の人のことを大事に思う。 勝手にいつか一緒に暮らせたらいいなって思っていて、それを目標にするなら頑張れるんだよって思う。

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