皆様、一部地域では松の内も終わってしまいましたが、改めて明けましておめでとうございます。今年こそは毎日更新とまではいかなくても、週3更新くらいは実現したいと思います。ですので、どうか生暖かい目で読んでやって下さい。

さて、地図職人に新たな仕事を提供してくれるであろう、この新国家制定の可能性は、1919年(大正8年)にヴェルサイユ講和条約の会議中に、アメリカ合衆国のウッドロー・ウィルソン大統領が「民族自決」の原則を打ち出して以来の自然な流れといわざるを得ないのである。しかし、国内に分離独立を求める勢力がいることを警戒する国(例えばスペイン・イギリス―ただしイギリスは何とか妥協に成功―)は、こういう流れを苦々しい思いで見守っている可能性があることに考えを思い巡らす必要がある。

まぁ、スーダンの国内事情のみを勘案してみれば、ダルフール地方での悲惨な内戦からここまで持って行ったことは国連外交にとって大きな得点となるのであろうか。それとも、今回の分離独立は互いの勢力による抗争疲れによるものだったのであろうか。なお、外務省による渡航情報についてはこのリンクを参照のこと。日本外務省としてはこの住民投票期間中は少々危険が高まるとして、注意を喚起していることが分かる。

スーダンといえば、石油利権の関係で中国が積極的に進出している、という印象が強く(ここのリンクを参照のこと)、中国こそ分離独立に懸命に反対する国、という気がしており、石油利権と兵器のマーケットとしてのスーダンを重要視していたはずなのだが、この分離独立への流れに何かさおを差すような行動は起こしていなかったのであろうか。

それとも、同国唯一の主要港であるポートスーダンを抱える北スーダン(仮称)に更なる援助と干渉を続けて、内陸国になるであろう南スーダン(仮称)を軍事力で圧倒し、再統合とまではいかなくても、結局北スーダンが南スーダンの内政と外交をコントロールする形を狙っているのだろうか。

朝日新聞の記事によれば、どうやらスーダン北部の住民は南スーダンの独立をあきらめ顔で見守っているように感じられる。それに、アフリカ連合はエリトリアの独立を除いて、新たな国境線の制定に反対の立場を取ることが専らであるが、今回の住民投票で分離独立が決定した場合、AU諸国はこの分離独立、ないし南スーダンの国家承認をするのであろうか。ただアフリカには伝統的に関心の薄い日本のメディアでは、この件に関してはそのような細かい説明はなされていない。

この問題に関しては、結果が出た際に再度記事を立ててみる必要がありそうである。その場合、このブログではなく、私が保有している別ブログで記事を立てる可能性もある。その時はこの記事にトラックバックを張るつもりなので、続編に期待して欲しい。