土井泰昭の麻雀マージャン

Oktober 2012

「無法松の一生」という映画をご存じだろうか。昭和30年代の傑作である。

知らない人のために映画予告編を貼って置くのでごらんあれ。



僕が麻雀界に入ったのはあるきっかけからである。
22歳のとき、僕は全日本競技麻雀連盟というアマチュア団体の道場である「全」という店でバイトをしていた。会長は花岡太郎先生。
花岡先生は活字の専門誌である近代麻雀で「全日本競技麻雀連盟の初二段問題」(だったような?)の記事を書いていたが、ある日、「土井くん、僕はサンケイスポーツの記事の取材でヨーロッパに行くから近代麻雀に遅くなるか、もしかしたら間に合わないかもしれないと伝えておいてくれ」と言い残して渡欧した。
それから数日後、近代麻雀から道場に電話が入った。「花岡先生の原稿が入らないんですけど、先生は?」
土井「ああ、ヨーロッパに行ってます」
近代麻雀「え? じゃあ原稿は」
土井「ああ、間に合わないかもと近代麻雀に伝えてくれと言われたんですけど、忘れてました」
近代麻雀「代原はきかないんですよ!! どうにかしてください」
「ダイゲン」ってなんだよと思いながら、全日本競技麻雀連盟の幹部に伝えると、「とにかく、誰かが書かなければならない。土井くんに責任があるのだから土井くんが書きなさい」
バカなことを言ってんじゃない。こちとら作文なんて、中学生のときに書いた読書感想文(漫画の夕焼け番長)が最後だぞ。いや、正確には高校3年のときに書いた停学による反省文か。
「書くだけ書いておけば編集が直してくれるから」と幹部が言うので、というか命令するので僕は仕方なく書いた。何切る問題5問と1000字程度のコラムだ。
だが、花岡先生の原稿が近代麻雀に届き、間に合ったのだが、編集長から花岡先生に「今回は先生のところの若い人が書いた原稿を使わせてほしい」と懇願されたというのだ。編集長から土井の原稿がすごくよかったと花岡先生に伝えられ、道場に現れた花岡先生が土井にこう告げた。
「近代麻雀のアルバイトに行きなさい。編集長が君を欲しいといっている」
こうして、まるで無名の(アマで道場のバイトだから当然だが)僕が麻雀界デビューしたのである。
このとき、ちゃんと伝言を伝えておけばいまの僕はなかった。人生、なにが起こるかわからない。
そして、麻雀界とマスコミ業界で成長した僕が年商2億の編集プロダクションをぶっ潰し、日本プロ麻雀協会を軌道に乗せたところで辞めなければならなかったのか。大きな理由はこれだ。

無計画。

麻雀界とマスコミ業界に入ったのも前述のとおり、まったくの無計画だ。原作をはじめたのも無計画の結果なのだが、ともかく、僕はこのブログで大河シリーズをすることにした。
題して、「男一代 無計画の一生」

これ↓はビッグヒットした村田英雄の「無法松の一生だ」


そこで替え歌だ。

浜田生まれで日本海育ち
口も軽いが気も軽い
無謀一代 熟考捨てて
度胸千両で生きる身の
男一代 無計画

そんなわけで、お楽しみに。



 


 


 


 


 



 

「夏といえば最強戦」。最強戦の加盟店のオーナーが言ってくれた言葉だが、僕も夏が来れば最強戦だった。
近代麻雀の最強戦読者大会が行われたが、今年でやめるとの情報を得た僕が「じゃあ、最高位戦でやる」と、近代麻雀に開催店の広告を載せて、そのお金で読者大会をやるということになった。
とにかく、フリー雀荘がこわいものと、あやしいものと思われた時代である。そこへ大会で初めてフリー雀荘にくる。ここでフリー雀荘の内側を知り、ああ安心して遊べるんだと客になる。、大会によって新規の客を得ることができるのだから加盟店は年々増えていった。
こうして、最高位戦ではじめ、僕が日本プロ麻雀協会をおこして日本プロ麻雀協会が継ぐことになったのだが、第1回最強戦読者大会は思い出深い。
甲子園の開会式のようにひとりずつスポットライトを浴びせ、紹介してから卓に着くという形式をとった。100人以上いるのだが、リハーサルで時間を測ったら5分程度。これならいいやと、本番を迎えたところ、5分はとんでもなく長い。3分あたりでいいかげんやめようよという気持ちになった。そこへ竹書房の担当者が僕のところへ近寄り、ひと言。「来年はやめてね、これ」。仰せの通りにございます。いやー、先に卓に着いた参加者が待ちくたびれるのがわかる展開。まぁ、それも懐かしい思い出だ。
地方予選もすごかった。昼12時に参加者が会場にはいる。それまで立っていたフリーの卓はここで終了。
メンバーが常連に声をかける。「大会にでませんか」と。
常連は「出ないよ。何時からフリーやるんだ」と言うと「予選3回、そのあとは準決勝、決勝とありますが、予選が終わったらフリーも再開しますので、3,4時間待ちですかね」と答える。
常連は「中途半端な時間だな。寝れもしないよ」。だから、メンバーは「大会に出ませんか」と勧める。こうして、常連が時間潰しに入り、優勝してしまった。
「本大会は東京であります。旅費は当日会場で」と僕が言うと「行かないよ」と常連。ほんとに時間潰しで落着してしまった。
本大会ではある出場者が旅費をもらった瞬間、会場から消えた。旅費で東京観光に行ってしまったのだ。
ま、いろいろあって、初期の最強戦読者大会は面白かった。
僕が一番印象深かったのは長崎予選だ。予選そのものより、長崎という街が気に入ったのだ。だから2年連続で行った。当時は2泊3日まで認められていたので、会場係もある意味観光旅行も兼ねていたわけだ。ちょっと贅沢。

さて、どいーんの名曲アルバムをはじめることにした。というわけで、長崎の名曲はコレ↓です。

自分の主張をブログで展開するのなら相手の主張も書かなければ公平ではない。だが、前回ではその9項を書いたがその内容はほぼ全文虚偽であった。
他の項も似たようなもので僕への誹謗中傷が中心だ。これが僕と協会だけのことならまだしも、第三者が入っているものが多い。つまり、第三者に迷惑がかかる。だから、ブログでは公開できないものが多い。したがって相手の主張を展開することができないので、そのことはご了承いただきたい。
ひとつの例を出せば、僕がある出版社の下請けで雑誌を出し、エルマガジン(僕が代表取締役の会社)の経営が苦しく、作家に分割払いになるかもしれないと正直にその出版社に申し出た。その件について、協会は「作家陣からも出版社に苦情が行った」と陳述している。今回の陳述は調停の答弁書と同じなので、調停ではこれに対して僕が反論し、協会が反論している。
僕の反論は「支払い日前に出版社に相談しているので作家から苦情があるはずがない」とすると、協会の反論は「苦情かどうかについてはその出版社の担当の知るところだが」と協会は知るところではないと言っている。つまり、出版社の担当からデマを聞かされたという結論になっている。このように、調停の段階から虚偽を書き、不利になれば第三者のせいにする。答弁書→土井の反論→協会の反論ではこのように第三者に責任転嫁するような内容が目につき、とてもブログに載せられるものではないのだ。そのうえ、この例もそうだが、争点とまるで関係がない。
ちなみに協会の主張では除名をするひとつの根拠に「土井は協会を辞める当時、エルマガジンを経営しており、エルマガジンも倒産させている」とある。なんじゃ、こりゃ。これが除名をする根拠になるのか。と、このように単に誹謗中傷を繰り返している主張なのだ。
そもそも除名通知書によると、除名処分の理由は「土井が会則第12条(2)の規定に違反した」となっているが、これでは除名処分の理由にはならないとわかり、「運営に口出しをしないという約束を反故にした」と調停の答弁書で後で付け足したのである。察するに弁護士から「これでは通用しない」といわれて付け足したのかもしれない。
いずれにしてもこれは嘘なのだが、事実を認定させるために証拠を出し、なければ推定のために努力をするのが裁判なのに、ハナから嘘では証拠があるはずもなく、推定のための努力といえば、嘘に嘘を重ねるしかないのである。つまり、この嘘のために僕の誹謗中傷を第三者を介入させて展開していること、会社を倒産させたこともいけないなどと意味不明なことまで言い出してるわけで、ブログで公開することはもちろん、まるで意味のないことなのだ。次は女性関係とかも出てくるんじゃないだろうかとおそれたりして。
11月6日に僕が反論を陳述し、協会がこの後に反論するので、そこでも虚偽を続けるのならば第三者に気を配りながらブログで公開できる範囲に限ってしていこうと思う。こんどは裁判なので第三者の証言が必要とあらば得ることもできるわけだが。ただ、どれもこれも争点にならないものが多くなることは容易に想像できる。

次回からはなぜ、僕が会則の改善を迫るのか、そして、協会は調停の反論でどう答えたのか、さらに調停委員はどう意見したのか。これは興味深いものになるのでご期待あれということで。

今日、11月6日の第3回口頭弁論の準備書面を裁判所に送付した。
まず、要点を整理しておこう。
土井の主張は会則の改善、そして選手を正会員にすることだ。つまり、定款(定款とは一般社団法人の法律に準じて作成され法務局に受理されたもの。すなわち、定款の通りに運営することを約束したものである)に沿って会則を改善すること。そして選手を正会員にすることにより、選手に議決権を与えることである。
協会の主張は除名通知書では「日本プロ麻雀協会の会則第12条2項に違反」と記載されているものの、実体としては日本プロ麻雀協会への入会時の約束を反故にしたことを主たる理由として除名したとしている。約束とは「運営には口を出さない」である。

さて、僕はチューリップの「心の旅」世代なので、曲の組み立て通り、サビからはいる。サビとは最大のポイントとなる4月7日の理事会と土井の話し合いだ。
協会はこの話し合いについてこう陳述している(ここでは原告、被告などはわかりやすく実名とし、人によってはイニシャルにしている)。

出席した人物は土井の外、協会からは五十嵐、鍛治田、一北、三木、理事A、理事Bであった。
双方で意見のやりとりが1時間弱あったが、土井は相変わらず「俺は納得しない」と言うだけだった。そして土井は「もう話すことはない」と言い、席を立とうとしたので、鍛治田は「この状態で帰られてしまうと、除名処分にするしかないですよ」と伝えたが、土井は「納得できない」と言ったまま、帰ってしまった。
土井とのやり取りの中で、鍛治田が「じゃあ、土井さんは何がやりたいのですか」と聞くと、「代表は公正に選挙で選ぶべき。俺が代表になれば、理想の団体ができる」と土井は答えた。
これに対し、理事Aが「いやいや、それを目指して土井さん、あなた失敗して協会に少なくない負債を抱えたんでしょ。当時を知る人間は、誰もあなたを推さないよ。大体、平成22年に一般社団法人化するにあたって、代表が選挙のたびにころころ替わったら取引先との信用問題にもなるからって、この体制にしたんじゃないですか。土井さん以外の誰からも、現体制に不満は出ていませんよ。一人一人多少の文句はあるかもしれないけれども、概ね理解を示してくれているんで、みんなついてきてくれてるんじゃないですか」と説明した。

これに対する土井の反論は以下の通り。

(1)協会は「「請求の原因」に対する認否」4項における「五十嵐より、このようなことをこれ続けるならいまの体制には邪魔なので退会するようにとの勧告を受け、土井がこれを拒否すると、土井は五十嵐から口頭で除名を通告された」ことを不知または否認としたが、事実は「じゃあ、あらためていいましょう。選手として打つだけなら、まあ、いいよ。ただし、今後こういうことをしてくるんだったら、はっきりいっていまの体制に邪魔なんです。辞めていただく、というか辞めろ」と五十嵐がはっきり言っている。

土井が「とにかく会則は容認できないけどね」と言うと五十嵐は「じゃ辞めてくださいってことで」。土井が「辞めないよ」と答えると五十嵐は「じゃあ、辞め、クビにするだけだといってるんです」。土井が「クビってどういうこと」と問うと五十嵐は「除名」と土井に告げた。

この一連の話の流れからもわかるように、協会は会則の改善を要望する土井の存在が邪魔なので除名をしたというのが真相である。

(2)9項第4段落における「鍛治田が「じゃあ、土井さんは何がやりたいのですか」と聞くと、「代表は公正に選挙で選ぶべき。俺が代表になれば、理想の団体ができる」と土井は答えた」という場面はない。まったくの虚偽である。事実は鍛治田からの「代表になりたいの」との質問に対し、土井は「オレ代表にはなりたくない。代表選になったら、いまの状況だったらオレは手をあげるけど、理事選だったらべつに理事でいい。代表になる気はない」と回答した。代表選になったらというのは土井の主張である理事選を行わず、あくまでも協会の会則にある代表が理事を選ぶ条文を協会が貫く場合を想定しての付け加えで注釈の範疇を出ない。土井の真意は定款に沿って理事選をすることであることはいうまでもない。

 (3)第5段落の理事Aの説明の場面もなく、これもまったくの捏造である。理事Aの発言は協会には代表選、理事選の規定があったかについて「やったことがねえじゃん、どうやったって」、会則については「いままでの一般社団法人になる前の任意団体の形を、あれを一般社団法人の枠に組みかえたときにどう表現するかって話でやってきて。今後、どんどん人数増えていくんだよ。僕は5期の頭からいるけど、そのときから増えて大所帯になってるわけじゃないですか。どんどん増えていくわけさ。400、500になっていくよね。そんときにこんなことやってたら動かないって。会が動かないでしょう」、「自分でやればいいじゃん、ここでじゃなくてじゃあ。意味わかんないんだけど」、五十嵐の除名通告に土井が同意できないとのことについては「同意のもとに除名なんてねえからね」、最後には「判子押してていったいわないの話はなしだよ」「従えないんなら辞めればいいじゃん」などと契約書に判子を押した以上は従えと土井に訴えている。これらは理事Aが丁寧な説明をしたとはとてもいえないものだと思う。

 (4)土井の主張はいままでと同じで、「まず、選手全員を正会員にする。それから理事選をする。会則を定款に沿って調整する」というもので、全て土井の主張どおりにいくとは思っていないということも付け加えている。

(5)この話し合いでは「運営には口出しをしないという約束を反故にしたので除名とする」とはひと言もない。

(6)鍛治田副代表が「運営には口を出さないっていって……」と五十嵐が土井に提案したことすら確証を得ていない始末である。


※理事A、理事Bは登記簿に理事として記載されていないので一般社団法人日本プロ麻雀協会の理事ではなく、選手間における理事なのでここでは実名は避けた。もし、協会の理事なのなら、登記簿に更新をしていないので義務を怠ったとして過料を課される場合がある。

さて、サビもクライマックスだ。反論におけるまとめである。土井はこう述している。一部、わかりやすく変更。一部、土井への誹謗中傷の反論にについては意味がないので削除。

  これまで述べたとおり、土井が協会に復帰した当時、運営に口出ししないという約束はしていない。また、法人化した後も、土井は、特段の条件を課されることなく、通常の一般会員契約を結んでいる。運営に口出しをしないという土井の日本プロ麻雀協会への入会時の約束を反故にしたことを主たる理由としての除名と協会は主張しているが、除名通告まではもちろん、4月7日の話し合いにおいてもそれによる除名との理由は出てこなかった。調停になって答弁書で初めて出てきた理由である。

さらに、本当に約束があったならば、土井が一般社団法人を提唱した際に「約束を守るように」ともいえたはずだし、ましてや、それを決める吉田事務局長と行政書士との話し合いに土井を同席させて意見させること自体、運営に口出しをしない約束がなかったと認めているのと同じである。

   土井の反論9項第5段落(1)~(6)で述べたとおり、協会は会則の改善を要望する土井の存在が邪魔なので除名をしたというのが真相である。協会の主張する運営に口出しをしないという土井の日本プロ麻雀協会への入会時の約束とは後で付けた話であり、信憑性はないに等しい。

   土井はまず一般社団法人の法律と協会の会則を照合して協会に会則の改善を求めた。そして、協会の定款では「理事及び監事は、社員総会の決議によって選任する」(定款の第24条)、「代表理事及び副代表理事は、理事会の決議によって理事の中から選定する」(定款の第24条の2)、理事の選挙にも触れており(定款の第17条の3)、これを会則では「副代表及び理事・監事・事務局長は代表によって選任される」(会則第24条 同の2)としたことなどに土井が会則の改善を求めることは当然のことであろう。

   さて、少なくとも、協会は、土井を会員として認めたことは明らかであり、土井は、その会員としての立場の範囲で、運営や組織のあり方に意見を述べたに過ぎず、このような言動がどの除名事由にも該当しないことは明白である。

   また、財務の悪化についての責任は、代表を辞して協会をやめた時点で決着がついており、このような過去のことが現在の法人との関係で除名事由になり得ないことも明白である。

   よって、原告に対する除名処分は無効である。

さて、次回からはその他のフレーズについてゆっくりと語っていこう。



「私が愛したウルトラセブン」というNHKの傑作ドラマがある。このタイトルはそのパクリです。
まぁ、この企画をやれば、単に自慢話に終始するのだが、自分のブログでもあるし、許してチョンマゲ。
いいなぁ、懐かしいフレーズだ。ま、自分に対して自分にだから、とくに許す。
さて、いまから11年? それくらい前に最高位戦の専務理事を務めていた土井が「女流最高位戦をやろう」と提言する。しかし、最高位戦の理事会で反対される。女流だけのプロも認め、リーグ戦には参加できなくても、ジャンジャン入れちゃえの発想が抵抗を受けた。点数計算もおぼつかない打ち手をたとえ女流プロといっても認めるのはどうかということだ。そりゃそうだけど、これからは女流プロを中心にちょっとした麻雀プロブームが起こる。ただでさえ見向きされない麻雀プロ業界が女流プロによって注目され、その結果男子プロを見てもらえればよいと考えたものだ。結局、それはボツ。「土井さんがやりたければ土井さん(エルマガジン・土井の会社)でやれば」とのこと。
そして、その夏、島根県浜田市の海に息子と出かけ、砂浜に寝そべり、空をみつめながら思った。「そうだ、新団体を作ろう」。まるで「そうだ、京都へ行こう」のノリで日本プロ麻雀協会を作ることに決めた、決めたったらそうに決めたになったのである。
そして、ひとりで新団体発足宣言。これに協力してくれたのがバビロンの馬場社長。バビィでいっかな。
まずは毎日コミュニケーションズ(]現・マイナビ)を攻略。新団体の行く末は他の団体の例をあげるまでもなく、茨の道だ。メディア攻勢をかけて、協会をメジャー団体として扱ってもらうしかない。
次に仕掛けたのが、モンドの「プロ最強位戦」だ。プロ連盟の協力を仰いだ。そして、恩人である森山副代表の賛同を得る。恩人というのは、トップ・プロである小島武夫プロ、荒正義プロ、伊藤優孝プロ、そんな名だたるプロがガチで協会の女流プロである初音舞プロ、手塚さきくプロと打ってくれるというのだ。これは本来ありえないことだろう。テレビでガチで打つことに、こちらにリスクはないが、少なくともプロ連盟にはリスクがある。
結果、森山プロの優勝となったわけだが、こういったメディア攻勢があって協会はハナからメジャー団体として扱われ、雀王もメジャータイトルとして扱ってもらえたわけである。だからそれを仕切ってくれた森山プロは恩人なのである。その企画を縁の下で持ち上げてくれたはバビィも恩人である。
最高位戦のBリーグを中心に構成された雀王戦Aリーグをメジャーとして扱うことにはさぞかし最高位戦は煮えたぎる思いを持ったにちがいない。そんな誤魔化しも戦略のひとつだ。最高位戦の気持ちは痛いほどわかるが、これも協会を発信地にしたメディア攻略のためだ。
とにかく、そうして、協会はメジャーにしてもらった。次に雑誌などのメディア攻略がはじまる。


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