土井泰昭の麻雀マージャン

カテゴリ : どいーんの名曲アルバム

なんか、天鳳やりながら、ダブルウインドウでYOUTUBEをみる素敵な夜を久々に過ごした。
なんか、倍賞千恵子を渡り歩いてしまった。
と、「岩尾別旅情」。これはさとう宗幸の曲だ。番手好み(ママよりチーママ)の土井としては「青葉城恋唄」よりもこれだ。
素敵なダブルキャストだ↓。


麻雀の話はまたいずれ。
今夜はもう少し倍賞千恵子をハシゴしてから寝る。

僕が麻雀確率論を書いた。きちんと数式をもって表した。牌理機能はこれでオッケーだが、相手が何を切るか。たとえば man4man4man5tyuntyun


[四マン」と[中]のシャンポンのアガりの期待値は1.484。[三マン][六マン]のそれが2.303。
だが、[中]は実際にはオリ(あるいは態度保留)でも出ることがある。期待値を出すのにオリ(態度保留)でも出る期待値は無理。したがって、こういう事柄は統計を待つしかない。

そして、福地誠氏が(ネマタ氏と)統計論(学)を書いた。リャンメンと字牌のシャンポンの和了率はわずかにリャンメン有利で差がなかった。問題はこの字牌がオタ風なのか、翻牌なのか、1枚切れなのか、生牌なのか、それぞれを分ければまたちがった考察ができるのだろうが、いずれにしても確率(期待値)と統計の差は大きく埋まった。

確率と統計は麻雀においてベーシックなものだ。60%対40%なら60%が有利ということだ。
だが、麻雀の強さはその40%が起こるときにそれに対応する読みに優れていることだ。
麻雀の弱さは通常の局面で60%を選択できないことだ。これはすでに負け組。
常に60%を選択すれば勝率60%になるので十分だが、4人が60%を選択すれば勝率は50%になる。したがって、残りの40%を制する者が勝ち組なる。

しばらくは確率と統計、おそらく統計が重用されるだろうが、これを利用した(発想とした)戦術論が流行るだろう。次にくるのは40%を制する理論だ。これがツキなどのオカルトになることだけは避けたい。戦術論を書く(出版できるチャンスが多い)プロがその方面に偏ればそれもあるだろうから不安だ。

僕もその40%に対応する読みをこれから研究し、新たな戦術論に挑戦しなければならない。
まずはベーシックを固めるところからはじめるわけだが、その先にこれを見据えていることはいうまでもない。

麻雀理論の歴史は手役作りや、ヒッカケなどいまとなってはレベルが低いとされても牌理機能から始まり、しかし、麻雀の理不尽からオカルトが流行り、また、牌理機能(僕が出した「完全牌理」もそのひとつ)の時代がきて、やがてツキの流れ、人読み、牌理とは離れた内容が流行り、そして確率、統計など牌理機能のベーシックの時代がきた。次にくる新時代はこの繰り返しでオカルトに走らないことだけを祈るのみだ。

次回は麻雀における偶然性について。
偶然性の排除(一発・裏なし)は麻雀の奥深さを追求することになる。赤ありは麻雀の精度を高める。
これについて語ろう。

別れた人と偶然出会うことがある。僕の先輩にもそれがあって、先輩は固まり、彼女は気兼ねなしに笑顔で挨拶したとのこと。「これが男と女の差かな」と先輩。わからないでもない。
僕も浜田駅(故郷)の改札口で、一緒に東京に出て同棲した彼女(〇〇)に会った。改札口からホームに入ろうとしたとき、僕の前で子供と手をつないで汽車(ディーゼルだよ)を観てた。彼女が去ったあと、駅まで車で送ってくれた僕の母が「〇〇がおったね。話したん」。「え? 〇〇だったん!?」と僕。気づかなかった。ひどい話だな。
ちなみに母によれば、彼女は気づいていた様子。

街角で偶然出会った元カノの歌↓。わりと好きです。

うわわわわわ
キタ──────ッ!!
1名来た。前回の反省を生かし、無条件合格かー?(マジすか)
てなわけで、前回落ちた人の再チャレンジ求む……一部。
ビデオ(対局録画)の編集をしながらYOUTUBEを見てた。いや、逆か。
まあ、どちらでもいいが、石川さゆりが山口百恵、森昌子、桜田淳子と同期でありながら後塵を拝し、しかしながら大逆転をしたのが「津軽海峡冬景色」。デビュー何年だ? 5年くらいかな。
そんなわけで全日本麻雀協会のメジャー化は5年が目標。いま、半年。一緒に頑張る人、大募集。
ところでなんで石川さゆりなのか。
見てたYOUTUBEがこれだから↓。「春一輪」がベストです。
だから、どうした。


島根県浜田市。
僕が小学生の当時は4万人都市だったと思う。それから国府が合併して5万人都市になったと思うような。
浜田市の港は小さくなく、山陰では境港に次いで(下関を除いて。山陰だか山陽だかわからないので)、大きな港だった。てか、僕が子供の頃は一番だったはずだが。
浜田市はだから港町だと認識していたが、どうやら城下町だったと認識をあらためたのも小学生の頃。
僕が卒業した浜田第一中学校は旧陸軍兵舎。日露戦争の頃だと思う。トイレにいくと高い凸があって、その天井に頑丈なフックがあった。絞首刑場とのこと。野球部の部室は夏でも涼しかった。1メートルくらい地階だった。死体安置所とのこと。
すばらしいあの頃、学生時代だ。
いまはもう校舎も取り壊されたが、なぜか体育館だけが残っている(資料だな。それもありがたい)
↓だ。
1ichu














これは浜田の風景」というサイトから借用したものだが、ごめん、無断である。許して下さいね。
僕が子供の頃から遊び場だった昭三公園(今宮さん)の写真はフリーじゃなかったのでアップできなかったのがなぜか心残り。

さて、いまとかく、マスコミをマスゴミといっているが、僕も心当たりがないわけではない。
浜田市が那賀郡と合併し、広島との県境までの面積になった。
NHKの「浜田市が観測史上初の積雪量」とのニュースを受け、実家に電話すると「積もっとりゃあせんよ」。
那賀郡のある村の積雪量が例年通りなのだが、合併したためデータ上、史上初になってしまったというオチ。いいよ、マスゴミで。
しかも、浜田市も浜田市で、海をウリにてしていたくせに合併後は「神楽と温泉の町」だ。温泉はほとんど那賀郡だろうが!

さて、名曲アルバムだ。野路由紀子の「私が生まれて育ったところ」だ。浜田はじつは小さな港町ではなかったがこの歌が身に沁みる。本音ではある島根の漁村を思い浮かべてしまったのだが、それが「温泉津町」。老舗の温泉街だ。いまも昔のままで風情がある。
↓は浜田港(同無断借用)。そして、名曲だ。
fune_2



















井出洋介のぶっちゃけ!ギリトークをみてた。どこかギリトークなんだ。義理トークじゃん。つまんねー。
僕を呼ぶしかないな。ギリトークにはならないけど。モザイトークになるな(モザイクトークの略)。
スリアロでできなきゃ、全日麻雀でやるかな、モザイトーク。ハビィやニーツでも呼んで。クボヤって切り札もあるし。
イガリンはどうかな。SプロがKプロに恣意的な差し込みをしたことについてイガリンが審議すると「そんなの誰でもやってるでしょ」ってことで肯定派もいて、イガリンが「世に問う」と言って公表したらすぐに他団体から「プロが誤解されるからやめてくれる」と言われて速攻削除した話ってマジ?とか。
麻雀バカ一代がタイトル戦決勝進出のかかった卓で「Kさんにはお世話になったからな」とKプロに差し込んだとされる疑惑のプロがいたとか、麻雀番組であるプロがKプロに差し込んで、以来、その番組には呼ばれなくなった疑惑の一打とか。その話、ホント?ってギリトーク。
他にもあるでしょ。誰かが金子正輝プロに優勝させたくないからと他から出たのを見逃して山越しをかけたら、金子プロがそれを読み切ってビタドメしたとか。カッコよすぎませんか。
そういうギリトークをしてほしいものだ。

と、あまりにもギリトークが面白くなかったので悪態ついちゃいました。
でも、そんな過去の面白エピソードがこの業界を活気づけるんだけどな。「そんな時代もあったよね」とかで笑って話せる。って内容にもよるか。
「土井ちゃん、それ、ギリトークのコンセプトじゃないからね」との井出さんの応答を耳の奥の遠くで聞きながら、今日は寝よう、何もいいことがなかった一日だから。

アリスの一押しは「遠くで汽笛を聞きながら」ではなく、「青春時代」です。
つーか、なんでカバーしかみつからないんだ。


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