2006年06月19日

トイレで戦場@インディア

この日記はR指定です。

読みたくない方は絶対にこれ以上読まないで下さい。特に食事中の方は絶対に読まないように!!・・・って書いてあると読みたくなるでしょ。でも知らないよ。


さて、インドのトイレ話(※写真画像はバカアホヘンタイインド人によって盗難されてしまったので、自身による写真はございません。ご了承ください)。

イッツ・ア・マジック・イン・インディアン・トイレットな話ですよ。だって、今ふと思いついたんだもの。あ、これかなって。ま、旅行記のこぼれ話程度に流してください、トイレだけに(面白いね)。

当たり前な話、今私は東京の自室のトイレに入るわけですが、ここにはトイレットペーパー(シングルバンドル)が備え付けられています。ところが、普通インドにはトイレットペーパーがありません。

では、インド人はどうやって後処理を施すのでしょうか。

はい、もう知っている方は当ったり前のコンコンチキ知識です。

そうです。インドにはトイレットペーパーが無い変わりに、便器前方には水道の蛇口と小さなバケツ(容量1リットル程度)が必ず備え付けられています。そして蛇口から水を満たして、その小さなバケツを右手に持ち、「シャラララ〜シャーラタンズ〜」といったように、自分のオケツの割れ目の上のほうからお水を流して、不浄の左手で排泄部分をやんわりと洗い取るのです。

コツとしてはなるべく「この1杯に賭ける!(by星飛雄馬)」といった感じで、お尻洗浄から、締めの左手洗浄まで1度に洗い切ることでしょうか。そうしないと2杯目をまた汲まなければならず、ちょいと面倒です。あと、あまりいっぺんに流してしまうと洗い取るヒマがありませんので、これも多少のコツが必要になります。速すぎるとオケツが洗えず、あっと言う間に下に落ちてしまいますし、遅すぎるとチビチビとしか水が流れてこないので、左手の感触がより濃厚になってダイレクトインしてしまいます(アヒャー)。


ちなみに私は先日のインド旅行中、これを躊躇なくやっておりました。


昨年の第一回目の時は流石に人生の岐路に立たされたような気分でしたが(トイレ内で15分間以上仁王立ち)、いざエイヤッとやってしまうと、もうその後は慣れてしまったんですよ。でね、これが思った以上に快適でラクチンなのです。本当ですよ。

なんつうかね、意外と結構清潔なんですよね。「アナログ式セルフウォシュレット」といった按配ですよ。だから下痢になったとしても(今回幸いなことに下痢には悩まされませんでしたが)、この「アナログ式」はね、ツルツルといけるので、いつものトイレットペーパーでゴシゴシとやって「オケツがヒリヒリ、あーイタタ!」といった心配は無いのです。慣れてしまえば、所詮ウンコだって自分の中から出てきたもの。いわば自分の分身。ほらね、こう言われてみるともう大丈夫そうでしょ?

「ハハハ、ウンコハ友達コワクナイヨ」
現地インド人のロベルトさんもそんなこと言ってました。

日本でもこのようなインド式トイレ(便器から向かって左前側に蛇口と小さなバケツ)があったら、私は思わずやってしまうかもしれません。あ、でも大丈夫ですよ。しっかり左手は洗いますしダーティなイメージは一切残しませんよ。もちろん爪は短く切り揃えます。さもなくば、爪の間に彼奴等は残存してしまいますし、何より爪でお尻を引っ掻いてしまったら、それこそ断末魔の叫びです。


しかしそうは言うものの、ちょっと気になった自身の体験話もあります。


バラナシに滞在中、ガート沿いを散歩していた時のこと。いきなり自称・マッサージ師のオッサンが私に近寄づいてきました。

彼はこんなことを言います。

「俺はインドマッサージのティーチャーだ。このゴッドハンドでお前を楽にしてあげよう」

問答無用に私はロックオンされました。そして両手で頭から足の爪先まで全身を揉まれまくられたことおよそ20分。この時ばかりは、さすがに複雑な気分になりました(しかも150Rsもふんだくられた)。


さて、こんなページを見つけました。

世界のトイレ事情(食事中の方は本当に見ない方がいいですよ)

写真たーっくさん!でもコピペはしません。

私はこの中ではボンベイ(ムンバイ)の空港とインド列車内のトイレ(だいたいタイプは同様)、それからアグラ城のトイレに入りました。

このページに拠ると、アグラ城にはトイレキーパーが居て、使用するとお金を取られる(数ルピー)らしいですが、幸いだったのか、私が使った時はキーパーさんはおりませんで、タダでトイレができました。意外とキレイで(インドレベルにしてはだよ)あらサッパリ!

まあでも、よく考えたら「シャーシャー!シャーコラー!(by蝶野正洋)」と菊の御門めがけて、気合満点にぶつかってくる日本のウォシュレットが最もラクチンでキレイになるお尻洗浄法なんですよね。これは確かに楽です。そして左手は不浄になる必要もない。

でも、やっぱりトイレットペーパーオンリーのトイレだったらインド式の方が断然キレイになってお尻もすっきりするのだと思います。だって、日本で下痢の時トイレットペーパーだけのトイレで処理し続けていると、とてもヒリヒリしませんか?私はあのヒリヒリ感が嫌いです。たまらなく嫌い。憎悪の念が渦巻きまくりです。痛いのなんのって!毎回あの度に「アヒャー!」と堪えながら処理をするのです。もはや苦行以外の何物でもない。その点インド式は水でビャッビャッとやるのでラクチンでなおかつスッキリ。素晴らしい。

ちなみに、洗い終わった後のお尻はどうなるのでしょうか?もちろんインドのトイレにはお尻用の温風ヒーターがありませんので、お尻をブォ〜と乾かす術はありません。ではどうするのか。ちょっと尻をブルブルっと震わせて、そのままズボンを穿いちゃいます。いいのです。インドの夏は暑いのですぐに乾くから問題ないのですよ。では冬は?いや、知らん。私は冬にインドに行ったことが無いからそんな心配は要らないのです。

ということで、今度私と会ったら左手で握手しましょうね。

doko_fuku_kaze at 03:27|この記事のURLComments(2)TrackBack(0)旅モノ 

2006年06月17日

耳から飛び出る昇り龍

zazenbo 






昨年9月のKEMURI10周年記念イベント@リキッドebisuでの1コマ(イースタンユースも出演)。smashingmagよりパクリ失敬!


「マツリスタジオからマツリセッションをヒネリあげてやって来ました・・・ザゼンボーーーーーイズ!!」


行ってきた、ゼップトーキョー。


お台バッ!バッ!!


私は興奮を最後まで隠せなかったよ。楽しすぎた。イキりまくった。なんという祭囃子の応酬、応酬、応酬に次ぐ応酬だったことか!およそ2時間半、アンコール2曲を加えてぶっ通し。体育会系的原液凝縮濃厚ロック果汁還元100%の大祭。ユレル、ユサブラレル、ユラサレル、フロム・ア・クレイドル・トゥ・ア・グレイヴ!魔のリズム&リフ地獄!!


思えば、私と座禅ボーのライブは半透明以下の関係であった。初は2004年のフジロックホワイトステージだったと記憶している。この時、ドラマーはまだアヒト・イナザワである。彼はこの年の暮れをもってザゼンボーより脱退している。そう、彼のドラミングによる「USODARAKE」や「COLD BEAT」はもう二度と聴けない。そう思うとちょっと残念だ。あんな手数の多いドラムはヘンタイだった。けども、それはそれで技術的なモノとしてではなく、何だかしんどそうにも見えたわけで。


で、それからは渋谷AXでのライブも最後の1曲しか聴けなかったり、或いは昨年のサマソニでは仕事に圧され見ることも叶わず、或いはぴあやe+でのチケット争奪戦で破れまくってきており、彼らのライブは無に等しい喪失感に覆われていた。


アヒトに代わる座禅馬鹿太鼓は、ズボンズ、バッファロードーター等で鳴らしてきた松下敦(柔道二段)。そしてその直後にできたアルバム音源などを耳に捻じ込む・・・すると、これはもうまさにヘンタイ以外の何物でもない骨太リズムの鬼神(奇人)の姿が、空気の震動を伝う事によって垣間見えたのだ。まさにもう、それは怪奇なる極厚リズムとそれに乗っかったジャキジャキのリフたっぷりエキス発散による快感、ドーパミン大放出祭りさながらであった。


そして本年6月13日、ZEPP東京にて彼等の姿を直撃するに相成った。


私はついにここで実質初めて松下敦のドラミングを目撃した。やばい!なんというドラマーだ!!たまらんかったぞ。骨太激音超爆撃的連続リズムの極致!ああ、すごいよう〜。こりゃやばいやぁ。この人の「COLD BEAT」も実にやばい。そしてラディカル極まりない。祭りに来ていた多数の女どもは、皆一様にエライやっちゃエライやっちゃで、そりゃもう狂い人形の如く手足をばたつかせておった。


ライブ第一部の集大成的な曲『自問自答』が終わり、場の空気が若干落ち着き始めた頃、向井秀徳が「え〜。まだライブはこれから、これから。バーカウンターでたらふく酒をかっ喰らうなりしてください。また、隣の女性を誘って『ええ、ZAZEN見に来たスカ』なんて言ってもいいんですが・・・」等と相変わらずすっ呆けたMC。で、私の横をふと見ると、まさに今にもまぐわらんばかりのカプールが、そこに鎮座している。さすがザゼンボーライブ。いろんな意味でお祭りだ。


そして、この直後何を繰り出すかと思いきや、あれだ。『RIFF MAN』である!私はこの曲を一番聴きたかったので、始まった途端一気に脳内生成快感物質が膨れ上がった。この曲はライブで数十倍にパワーが増幅されているぞ!メンバー全員がスーパーサイヤ人になってるようだ!ただ、ひたすらたまらん。「法被を纏ったツェッペリン」とはこういうことか!いやぁ、凄いバンド。本当にバケモノ。私は何度も脳天の内に昇天を繰り返す。耳から昇り龍が踊り出ている感覚が、リアルに浮かび上がる。


始終この調子。圧倒的な存在感、圧倒的な演奏力、圧倒的なアジテーション、圧倒的な力強さ。アンコール最後の曲『半透明少女関係』が物凄い勢いと練りに練られた展開によって強烈に耳から体に入り込む。否が応でも体は反応する。ラッセーラッセーラ、ええじゃないかええじゃないか、ワッショイワショーイ!


少し見ない間にヘンタイ野郎達はさらなるヘンタイに磨きがかかって、もう手のつけ用がないほどの変貌を遂げている。気持ち悪いくらいのリズム魔的ヘンタイロックが、どんどん進化していく。


マツリスタジオよりマツリセッションを経て、ぶら提げて、捻りこんで、引っ張り上げて、ジャンピングしながらやってきました、サゼンボーイズです。



あー頼む。お願いだからフジロックにも来てくれ!座禅は麻薬!




SI・GE・KI
USODARAKE
安眠棒
YOU MAKE ME FEELING SO BAD
HIMITSU GIRL'S TOP SECLET
WHISKY&UNUBORE
SUGAR MAN
感覚的にNG
WATER FRONT
自問自答
RIFF MAN
THIS IS NORANEKO
TANUKI
MABOROSHI IN MY BLOOD
IKASAMA LOVE
DON'T BEAT
COLD BEAT
インスト(こりゃ何だったかな?)
FRIDAY NIGHT
CRAZY DAYS CRAZY FEELING
KIMOCHI

JUMP(VAN HALENのカヴァー)
半透明少女関係

doko_fuku_kaze at 01:52|この記事のURLComments(0)TrackBack(0) | 

両雄並び立たず

やっぱね、mixiに直で日記書いてるとこのぶろぐが疎かになるのね。

どうしても、如何ともしがたく難しいのよ。ヨノナカバカナノヨ。私はそこまでマメマメマーメ(懐かしい)な人間じゃないのです。だから、誰も見向きもしないこんなスペースで、メソメソとメスチーソ的にこうやって泣きながら、女々しくモメンタリーでメメントモリーな独り言をかましてるわけなのよ。

一体全体ワッカンナイ!このテキストの意味が全然ワッカンナイ!!
懐かしいでしょ・・・ヌンチャクだよ。都部ふぶくよ。暴力フォーエバー!!!

今、NHKBS(勿論タダ見)でオランダVSコートジボアァァァールの一戦をカロリを飲みつつ観戦中。

がんばれ、ドログバ(っていうの?)!

オランダなんかに負けるな、コートジボァァァール!!お前らが決勝Tに進まないと会社内のトトカルチョで勝てなくなるんだ!頼む!あっ!やった!1点返したぞ!そうだ、その調子!オランダにはスケベニンゲンなんてふざけた地名があるんだ。そんな所になんか負けるな!雄大なるアフリカ魂みせたれいよ。

doko_fuku_kaze at 01:40|この記事のURLComments(0)TrackBack(0)生活 | 生活

2006年04月27日

今になって計画を立てる(しかも大まか)

いよいよ、明後日から僅か9日間ですが「天竺ズッコケ一人旅'06」が始まります!でも、未だ準備はできてません。用意できたのは航空券とビザだけ。ははははは。まぁ、実際服や小物なんちゅうもんは殆ど要らないのですよ。向こうじゃTシャツが100円とかで買えますし。あとはテキトーに見繕っときゃいいのです。

でも、今のところ肝心な旅の必携品を幾つか漏らしてます。

1.携行可能的音楽聴取道具(俗に云うMP3プレイヤー)
2.電気信号式画像撮影機(俗に云うデジカメ)


1についてはipodを目論んでいたのですが、このご老体PC(6歳)が余りにも古すぎてOS的に対応不可(MEですから・・・)。じゃあPC買い換えちゃうか?となってもいいのですが、それは夏以降にします。何しろ幾らなんでも「旅→PC買い替え」って・・・そりゃないよ。で、今手元にあるのがアナログ全開のCDウォークマンと壊れかけのMDのそれ。今時CDなんて持ってく気しね〜。どうしよ。音楽聴けねえ!

2は、一応持ってるのですがこれももう死にそうです。つうか、死んでます。電池が直ぐに切れちゃう。しかも重い。じゃ、ウチの部署で去年買ったLUMIXを借りようと目論んでいたのですが、これが不運なことにGW中仕事で使われちゃうのですよ。これは計算外でした。まったく計算外!!アホー!!でも私は話のわかる大人です。なのでそれは許してやろう。まぁ、その代わりGW中は全く働きませんので。

ということで、別の部署のMさんに今日突然ゴリ押し的に頼んでみたのですが、「別にいいけど、忘れちゃったらそれは貸せないってことで」とアッサリ、バッサリ。もういいよ、そうなったら自分で買うさ(涙)。

あ、そうだ。あと100均に行かなくては。

・丈夫なヒモ 1本
・折畳式ハンガー 2本程度(無いなら無いでよし)
・小さめの洗濯バサミ 数個
・目覚し時計(これは持ってるけど電池が必要)


これらは実は結構重要携行品。宿で服を洗濯したあと干しておく道具があると楽なのですよ。インドはこの時期暑いのでハンガーやヒモに掛ければ直ぐに乾きます。ちなみに洗剤は向こうで10円くらいで買えます。

目覚し時計は遅刻防止用。宿のオッサン等に頼めば一応は起こしてもらえますが、あいつらたまにうっかりしてます。だから意外と必要。

さ、そんなこんなで準備万端用意周到なこの旅ですが、やっぱりこんな気分はガキの頃の遠足前日そのもの。もちろん「バナナお菓子論議」も無用です。

それにプラスして、一人旅という良さも楽しみに拍車がかかります。携帯も通じないところにひとり立ってどこかに行く。決めるのは全て自分ひとり。何をしようが何を食おうが関係なし。しかも見渡せばうるさいインド人、そしてうるさい牛・・・(実際牛はあんまりうるさくないけど、よく行く手を阻んできます)。まあ、ともかくウルサイのは仕方ないとして、そう、まったく一人を楽しめる環境にあるんですよ。これがね、一人旅の良さですよ。孤独が実に楽しいのです。しかも場所はインド。周りの目もまったく気にならない。素になれます。

インド旅図(左図参照)今回初訪問の予定を立てているところは、バラナシ以外全部です。入国地である首都のデリー、タージ・マハルのあるアグラ、ブッダ悟りの地・ブッダガヤ、そして出国地となる東インド最大の都市・コルカタ(旧名カルカッタ)。

北インド地方横断では至ってオーソドックスな訪問地ですが、去年ムンバイ⇔バラナシというかなり強引なルートだったので、今年は列車(おそらく2等車)に乗って移動しまくります。だから去年みたいにバラナシに3日も4日も居れないのがちょっと残念ですが、まあしょうがない。仮に時間が迫ったら特急というのも止むを得ないでしょう。

・・・で、列車の切符って予約しといた方が良かったのかな。例えばデリーからアグラ、アグラからバラナシといった風に移動する場合、チケットはそれぞれ買わなくちゃならないのかな?それとも「青春18切符」みたいに統一チケットみたいなのってないのかな?あれば便利なんだけどなあ。インドのJR、是非検討してくれ。

けど、まあいいや。

とにかくよくわからんけど、ニューデリー駅の2階に行きゃ何とかなるだろう。周辺のインド人に騙されないように気をつけなくては。 スリナガル(※)のような辺鄙な地へ飛ばされるようなことの無いように、ぼったくりツアーにはとことん気をつけよう。実際そんなことになったら日本へ帰れなくなる。

本当はこういった心配もたったの9日間(実質滞在7日間)と限られた時間を気にしての移動なのです。少なくとも5/5にはコルカタに居なくてはならないのですよ。

そうだ、日程を組んでみよう(今さらかよ)。

-------------------------------------------------------------
4/28 成田発(11:00)→バンコク→デリー(23:30)。空港内泊。
4/29 デリー 恐らくインド人と口喧嘩。デリー泊。
4/30 デリー→アグラ タージやその他でかい建物。アグラ泊。
5/01 アグラ→バラナシ ガンガーでインド人と口喧嘩。バラナシ泊。
5/02 バラナシ 多分また別のインド人と口喧嘩。バラナシ泊。
5/03 バラナシ→ガヤ ブッダガヤでまったり。ガヤ泊。
5/04 ガヤ→コルカタ コルカタでインドまみれ。コルカタ泊。
5/05 コルカタ 終日ぶらぶら。この日は泊まらず空港へ。
5/06 コルカタ発(2:10)→バンコク→成田(15:40)。ひげぼうぼう。
-------------------------------------------------------------

おお、適当に書いてみたが一応旅っぽくなったぞ。少しリアルに旅を感じるな。なるほど・・・(これも今さら)。

ま、それくらい予定なんて適当なんだけど、一応列車にも乗ることだし(去年はムンバイ近郊の短距離電車しか乗っていない)少しは時間を気にしながら動かんとまじで帰れなくなりますな。ともかくも、やっぱり楽しみ度がここにきてブアーッとしてきました。

ああ、そう言えば去年の旅日記がやっぱりお座なりです(タイは何処へ?)。本当にどうも申し訳御座いません。必ず書きます。しかし、それにしても楽しみです。わくわくしますね。インドが誘ってますね。たちの悪そうな(いや、実際悪い)あいつらが。

以前とある旅行メルマガを読んで「なるほど」と思ったのは、

「インドへは行きたいから行くのではない。あの国に呼ばれるから行ってしまうのだ」

と言ったくだりを読んだ時でした。至極納得しましたね。まさにそんな感じの国ですよ、あそこは。これは行ってみないと何とも言えません。景色から、匂いから、雰囲気からしてそんな感じなんですよ。だから2年連続して行っちゃうのです。

それと、現地滞在中はネット環境を見つけては、ここに出てくるつもりです。適当に掻い摘んで実況報告させて頂きたいと思ってますので、どうぞご期待ください。 



あ、でも旅は明後日からだったか。
明日まだ会社。忘れてた。



スリナガル(※)・・インド北部パキスタンとの国境地帯(停戦ライン)にある地方都市。周囲は常に銃を構えた兵隊さんがのさのさと歩く。ちなみに外務省HPの海外安全情報地図では、この地方「真っ赤っか」。デリーでは、ぼったくりツアーを組まされてこんなところまで連れてこられちゃう旅行者もいるようです。恐るべしインド人。気をつけよう。

doko_fuku_kaze at 03:59|この記事のURLComments(0)TrackBack(0)旅モノ | 旅モノ

2006年04月23日

タイ灼熱ぶらぶら節 其の四・ホアランポーン駅へ 2004/05/01

□□□あらすじ□□□
タイのメーデーに意味も判らず勝手に参加した海外初一人旅の男(28歳独身)。今度は駅へ直行じゃ!(ブログには久しぶりの更新です。てか、mixiで書き続けていたものをこっちに載っけ直したに過ぎないのだけど)


※1バーツ(Bと表記)=2004年当時約2.8円。簡単目安としてBに3倍で日本円。


◆定まらない目的

朝からもの凄い行列を見てしまった。しかも楽しそうだからといって一緒に歩いていっちゃうし。男は早くもタイの熱気に圧倒されまくりである。空腹感を引き摺りながら、彼はカオサン方面に再び歩いて戻る(土地鑑が無い為知っているところに戻らないと行動できない)。時刻はもういつの間にやら11時を回っている。暑くて水分ばかり求めるが、食いしん坊のこの男はやっぱり腹が減っては戦ができない。カオサンに戻っては適当なレストランを探しブランチにありつくことにしよう。そして飯を食いながら次の行動先を見つけよう。

―昼間のカオサンは夜とは違い、ちょっとした賑やかしは感じるものの、至ってごく普通の商店街のようだ。夜に蔓延る様々な人間達は今頃ねぐらで寝言でも掻いているのだろうか。ともかく風情がまるで違う。この街は夜型なのは間違いないようだ。とは言ってもレストランや土産物屋、旅行代理店等は平常どおり営業している。男は軒を並べる幾つかの食堂を軽く見回し、エアコンも無さそうなオープンレストラン(大体どこも入口が閉まってエアコンが効いているような高級なものはない)に入る。喉は渇き腹が減る。男はチキンバジル唐辛子ライス(80B)と7UP(20B)を注文した。程なくして出てきたそれはピリッと唐辛子の味が食欲を刺激し、鶏肉は柔らかく、バジルの香りが効いた、とても美味しい丼飯のようだった。勿論タイに「どんぶり」は無いのだが、基本的に「〜ライス」は皿にご飯が盛ってあり、その上にオカズが載せられているのが通例だ。前日夜の屋台の焼き飯もうまかったし、これもうまい。タイの飯は本当にうまい(これ以降もうまいうまい言ってますが気にしないで下さい)。

空腹を満たした男は一服添えながら「地球の歩き方」をまためくる。さぁ、何処に行こうか。別にバンコク市内でも良いのだがまだ2日目だ。敢えて外に出てみたい。またこっちには戻ってくるのだから、寺院等の名跡巡りはその時でも良いだろう。そして男は突然ひらめいた。

「そうだ。列車の旅だ!」

半ば唐突に男の脳裏にはあの音楽と共に石丸謙二郎の声が蘇った。列車に乗って北に行こう。実はここまで書いていなかったのだが、この旅には当初テーマがあったのだ。彼は大のカレー好きである。バルパンサーなんかまだまだこいつにとっちゃ甘ちゃんだ。家でもしょっちゅうカレーを作り喰らうのだ。無印良品のカレーは全て作り尽くし、いまやカレースパイスの配合まで研究に余念が無いほどのカレーバカなのである。

そんな彼のお気に入りのカレー屋は学生時代に出会った東京・早稲田にある「メーヤウ」であった。この店はタイ北部にあるメーヤウ村にルーツを成し、ここに赴きタイカレーの作り方を覚えた店主は店をオープンさせたそうである。今メニューとしてある「レッドカリー」「グリーンカリー」「カントリーカリー」はまさにタイカリーのそれなのだ。しかし彼は正直タイよりインドタイプの「チキン」や「ポーク」の方が好きなのだが、どうせなら本場のタイカリーを、メーヤウ村のタイカリーを食いたい!そう思ったのである。

要するに、食いしん坊の彼はただタイのカリーを食いたいがため、タイに行ったようなものだった。ついでに言うと、彼は事前に一応漠然とであるがメーヤウ村の場所を調べていた。メーヤウ村はチェンマイからさらに北、タイ北西部のメーホーンソーンよりさらにミャンマー国境寄りにあるようだ。結構遠い・・・。(↓)

メーヤウ村この辺よし、どうせならここに行ってみるか。旅は目的もなくちゃいかんしな。行けなかったら行けなかったなりにまた考えればいいのだ(と言いつつ、これも適当な思いつきの無計画だということくらい本人は自覚する必要がある。しかもすぐにそれは雲散霧消と化す)。

レストランでバンコクのターミナルステーションであるホアランポーン駅に行くにはどうしたらいいか、とお姉ちゃんに訊いてみると「ココカラソンナニ遠クナイカラスグ行ケルヨ」と日本語で答えてくれた。バスでもトゥクトゥクでもモーターサイでも行けるそうだ。よし、それなら駅に行くぞ。ホアランポーンに直行じゃ!


◆拾えぬ男

かくして男は礼をいい、カオサンからラーチャダムヌーン・クラン大通りに出てバスだのトゥクトゥクだのに乗ることにした。バンコクの市内バスは市民の足そのものだ。何処も彼処も三菱やいすゞ、日野自動車製のバスが黒煙を巻き上げ、縦横無尽に走りまくる。・・・が、見る限りバスはどれも満車で扉からは人がはみ出るような始末。最後に乗る男はまるでゴミ収集車の後ろにぶら下がる人と同じ乗り方をしている。なんともワイルドだ。東京都交通局だったらこんな市民の乗り方をきっと許しはしないだろう。しかもバスの行き先は「3」「51」「255」等全てナンバー表記である。行き先がちっとも判らない。一応「歩き方」には軽く書いてあるのだがすぐに理解できない(with混乱気味)。何処へ行くのかさっぱりだ。これじゃとても乗れる勇気が沸かない(しつこいようですが彼は初心者です)。

仕方ない、トゥクトゥクを拾うか。バンコク名物のトゥクトゥクは主に観光客を乗せ比較的高めの料金を請求することが多いそうな。しかしここに来たなら一度は乗ってもいいだろう(実際彼はバンコクに戻ってからの後半ではトゥクトゥクに乗りまくっている)。・・・で手をあげ彼等をつかまえ説明しても、奴等は「マーイ」と言いながら、尽く立ち去るのであった。おい、何だよ!マーイって。次もまた「マーイ」その次も「マーイ」だ。俺の名前は舞じゃねえよ!クソッ!マーイって何なんだ!と思って調べてみると「マイ」は「NO」と同じ意味だった(マイ・ペン・ライのマイですね)。

何となく判っていたものの、彼は2〜3台のトゥクトゥク兄ちゃん達にダメ出しを喰らっていたのである。

へこむ。場所移動したいだけなのに交通手段を上手く使えないなんて・・・。ああ、俺は本当にこの先タイでやっていけるのだろうか。小心者の男は早くも大都会バンコクで孤独感に苛まれ始めた。大通りの木陰に腰を下ろし道端のミネラルウォーター(10B)売りから1本買い飲み干す。さあ、どうしたものか。英語はあまり通じないし、かといってタイ語はもっと判らない。しかしコミュニケーション・ブレイクダウン状態のままでいるわけにもいかない。そうだ、地名か。当たり前だが場所の名前をしっかり言うだけでいいのだ。シンプルに、シンプルでいいんだ。あと少しでも良いからタイ語を覚えておこう。「地球の歩き方」で勉強だ(もはやこれが無いと旅ができない。「歩き方」は一人旅のよき相棒なのだ)。

その木陰では、盲目のおばあさんとおじさんがデュオとなって歌を唄っている。おじさんがキーボードを奏で、おばあさんがタイ民謡のようなものを口づさんでいる。趣味でやっているのかと思ったが、すぐ横にはブリキの箱が置いてあった。中は空で、人は彼以外にも何人もそこらにいたが、彼も含め誰もそれにお金を投げ入れようとする者はいなかった。

少し場所を移動し、気を取り直してトゥクトゥクを再度拾おうとしたが、そこにはバイクが数台停まっていて、オレンジのジャケットを纏ったサングラスのおじさん達が談笑していた。おっ、これはもしやモーターサイ?よし、交渉してみよう。

男:「これでホアランポーンに行ける?」
本宮漫画に出てそうなグラサン男:「ああ、行けるよ。乗るかい?」


あっけない。乗れる時はこんなものだ。取りあえず相場が判らないため80Bでホアランポーン駅まで行ってもらうことになった。バンコクのだだっ広い大通りをバイクが激走する。おお、気持ちいいなこれ。なかなかいいぞ。今でこそバンコクではスカイトレインや地下鉄が通り、多少は解消されているそうだが、ここはご存知のとおり渋滞天国なのでこのようなバイクタクシーが融通している。そして現地人もよく利用しているのがモーターサイなのである。ブーンブーン、ブボボボボーンとmade in Thailandなヤマハの100ccは10分程市内を爆走し、男を駅まで連れて行ってくれた。

(つづく)

カブリモノ

今日は前夜の徹夜のせいもあってダラ寝休日 (その訳はこの前の日記でもご覧下さい。あ、見なくていいや!)。

で、ウチの中で特にする事も無く(だったら旅行の準備しろよ)、ダラダラと昼過ぎに起きて外に出ることもなかった。洗濯だけ。でも、そんなのもありなんだよ。でも準備せんとやばいなー。

そんなわけで、メシは昼→夜いずれも自炊で処理。昼は2週間がかりでやっとのこと絶滅に追い込んだ焼きそば。今回は最後ということで、オイスターソース仕込みとした。ま、これもありっちゃありだな。

で、夜はこれ。
夕飯060422
<1>ツナとトマトとエリンギのパスタ
<2>ツナのミネストローネ風スープ


一人暮らしだと、必然と材料がかぶってくること多し。ホールトマト缶も、ツナ缶も、パスタにしてもね、保存利くから基本的には家に常備してるわけだ。けど、これを1品に全て使ってしまうと確実に過剰供給。なので、料理方法を変えて2品作るという算段。肉は非使用。

<2>には<1>の材料にさらに足しこんでボリューム感を演出。ここでは、大体の頻度で置いてある玉ねぎやじゃがいもが出動。にんにくは乾燥スライスの「たっこにんにく」が重宝。水で戻してもスライスだから使い易く、保存も楽。エリンギは気紛れで先週買ったもの。キノコも何かしら常備。

<1><2>いずれにしても、最初のところではオリーブオイルでにんにくを炒めるところから始まる。玉ねぎは粗みじん切りしたものをぶち込んでさらに炒める。これをやっておくと確実に味は上がる。基本ですな。

これであらかた生鮮食品系は使い果たした。腐らす心配激減。

明日〜木曜までは適当に食いつないで天竺の国に行こうぞ!

doko_fuku_kaze at 03:28|この記事のURLComments(0)TrackBack(0)めし | めし

ごめんよ涙

来週の今頃はインドでぶらぶら節。
楽しみではある。
だが、全くそんな実感が伴ってこない。

なぜか。

まだ何ぁーんにもちぃーとも準備が整っていないから。
向こうの1泊目のホテルなんぞ予約する気も起きんし
(でもデリーなんだよなあ)。
そういや、ビザが発給されたという知らせを聞いたのに
パスポートを取りにいくのを忘れていた。
明日東京は雨が降るというのに。どうせなら今日行くべきだったのに。
しょうがねえ、明日行ってくるか。そんでもって準備だ。


さて、昨夜は合同飲み会踏み倒し状態的ゼッキョーカラオケ大会。
見知らぬ女どもの前で歌うZAZEN BOYSはなかなか痛快。
これはこれで何ともザマーミサラセ的心境になってしまう。
こんな己もなかなかに痛い存在であるな、と半ば自虐的になりながらも、
喜んでる自分もいる。ほとほと、バカなやつ。

でもちょっとだけ言い訳させてほしい。

だってさ、ツカミに「俊ちゃん」唄っても
ノッてくんねーんだもん(ごめんよ、涙・・・)。
確実に俺より年上のマダム達だったのに。なぜだー!

やはり、合同飲み会は好かん。ありゃ好かん。
(だからこそ、その後のカラオケゼッキョーに流れ着いたのだが)

そこで考察。

俺は見ず知らずの異性にとっては第一印象が悪い(と思われる)。
確か以前も書いたが、俺はテキトーな会話に乗っけて
テキトーな空気を作るのがヒジョーに苦手だ。てか、嫌い。
だから、好感を持たれる前に相手にされないことが圧倒的。
それこそコールドゲームですよ。初めの年の相模一高と川浜高校の試合のようなもんです。
おまけに三国志とか稲中とかインドの野良牛とかカレーのスパイスとか。
そんな事ばっかり話してるからあんまり理解されないようだ。




ま、そんなん、 こんなろ、ふぁっきゅー、 てなもんよ・・・(ごめんよ涙)。




だから、その後はいつの間にか顔見知りである
井上君夫婦と共にゼッキョーと相成っておりました。
(どこが合コンなんだよ・・・)



どうも一人暮らしに慣れすぎたな。いや、一人にか。
実際、来週から一人旅だし・・・。

口笛吹きまくって流離いまくってやるさ!!!

doko_fuku_kaze at 03:16|この記事のURLComments(0)TrackBack(0)生活 | 生活

妥結ならぬ妥協

政治ネタの日記もどうかと思うけど、こればっかりはまたなんとも言わずにはおれないですなあ〜。日韓双方でユレにユレまくっていた竹島周辺での日本の海洋調査計画をめぐる外交交渉ですが・・・

「日本側が今回予定していた調査を取りやめ、韓国側は6月の国際水路機関(IHO)の国際会議で竹島周辺の海底地形の韓国名を提起しないことで合意。鳥取県境港沖で待機していた海上保安庁の測量船が竹島周辺海域で韓国警備艇と摩擦を起こす事態は回避」と。

こりゃあね、「妥結」じゃなくていつもの「妥協」ですわな。そしてその「妥協」は相当に油断ならないし、単なる問題の先延ばしにしかなっていない。韓国政府ではこの合意に対しての評価は一切せずに、「日本の海保が海洋調査を取り止めた」ということしか触れておらず、「6月の国際水路機関(IHO)の国際会議で竹島周辺の海底地形の韓国名を提起しない」となったとしても、かの国のことだけにこの先平気な顔してこのカードを切ってくるとは容易に想像がつきます。そこが問題として依然残る。

確かに武力衝突に至らしめなかったのは評価(何しろ現行憲法では「自国内領土」においての有事ですら、事実上殆ど何にも出来ないから)。こちら側の主張を全く受け容れることをしない強硬姿勢を貫く韓国が相手ですから、先ずはよくここまで持っていったな、とは思います。

しかし、公海上のこの海域一帯での日韓両国の摩擦(というより韓国による一方的な占領・侵略)の問題は、海保が調査を一旦始めれば「拿捕・武力衝突」まで辞さないという韓国による国際法を著しく逸脱したその態度が浮き彫りになって、国際社会上では明らかな問題として浮上します。韓国としてはこの事態をなるべく明るみにはしたくはない。しかしノムヒョン政権としては国内世論を保持させる為には強硬姿勢を保っていなければならないわけで、どちらにせよ、もう「行き尽くした感」は否めないわけです。竹島問題で国際司法裁判所に韓国が一切持ち込む気が無いのは、こういうところに起因します。行ったらオワリだからね。

圧倒的に韓国は不利だった、というか、勝手に自分等で袋小路に入っていった。しかし、肝心な日本政府はそこを無駄にして今回の「妥結」に至った。本来ならば、海保は公海に入ることに何ら問題が無いわけなのですから堂々と海洋調査をすればいいし、向こうが「強硬姿勢」を打ち出してくるのなら、それを国際社会に訴えれば良いだけのことだったのです。

そこまできた竹島周辺における日本にとっては格好の状況を日本政府はここにきてまた帰してしまった。これはモッタイナイ以外の何物でもない。まぁ、そもそも日本政府が竹島問題を長らく事実上の放置状態にしておいたり、小泉政権が何ら明確な立場を表明していないのも問題です。だからこういう時になかなかはっきりと物が言えなかったりするのでしょうな。僕も国民として、島根県の「竹島の日条例」で問題が表面化するまでは、今まで殆ど竹島問題については何も知らなかったわけですから。マッタクヨー!てなもんです。

それにしても、これまでの韓国のこの海域における行状は酷いものです。日韓漁業協定では竹島の領有権問題を一時棚上げし、その近辺の海域を日韓で「共同利用」することになっているのに、韓国の警備艇が日本漁船の操業を許さずに一方的に向こうだけが使っているというのがその実態だし。

さらに過去まで遡ると、拿捕されたり銃撃されて殺害された人は1952年の李承晩ラインの勝手な線引きから協定が結ばれる1965年までには、なんと抑留者3,929人、拿捕された船舶数は328隻、死傷者は44人を数えているのです。

こんなことも韓国はおろか、日本政府ですら大きな声で言わないのが現状。そりゃ妥協になっちゃうんだろうな〜とラクタンの色は隠せませんわ。

さぁ、これからどうなっちゃうんだべか。少なくとも以前に比べて公には幾らかその姿は晒されてきているし、それによって世論の行き着くところももっとクリアになってくるでしょう。新聞やテレビの一方的なアホ報道なんか相手にしたくないしね。というか、鮮明になってもらわないと困る。

何しろ、これは日本の領土の問題。政府は自国民の安全で平和な暮らしを守ってやらなくてはならないのですよ。妥協するような話じゃないの。これからは、これに応じて中国が尖閣諸島で益々付け上がってくるだろうし。

とにかく、腐っても政府は政府。国民の暮らしをしっかりと守ってもらわなくちゃ困るんだよ!高い税金だって納めてるんだからさ、頼むよ、ホント。

doko_fuku_kaze at 00:28|この記事のURLComments(0)TrackBack(0)時事 | 時事

2006年04月20日

mixiアーカイブス開始(予定)

私は今までこのブログ、そしてGREEでは殆ど記録らしきモノを残していません。なぜかと言うと、そう。mixiばっかりやってるから。昨年の1月にお誘いを受けてから早1年と3ヶ月。それまでは幻のWeb日記(言ノ端=2001年12月〜2005年1月)や自身のWebページなんかに細々と綴ってはいたのだけれど、mixi以来はずっとそっちだったので、ご覧の通り、このブログは閑古鳥すら鳴きもしない有り様なわけで。だってmixi楽しいんだもの。

では、mixiで私は今までどんなことを書いてきたのか!?ご興味深々な日本国民の方も約1,200万人位いらっしゃることでしょう。ということで、これからヒマを見つけてはmixiに以前載せていた記録を「mixiアーカイブス」として本ブログ(GREE)にて再録いたします。

え?なんだって?単なる焼きまわしかって?しかもタイトルは何処ぞのパクリ?

そうだよ!わりぃかよ!ネタねえんだよ!いや、ネタはあるけどそんな別々に書いてらんねえんだよ!俺はいそいそサラリーマンなんだよ(ついでに言うと金も無い)!悪いか!

ええ、すいません。はい、すいません。そんなわけで、自分のテキストは自分でパクります。DIY精神です。ご理解ください。あ、いや、理解は要りません。たかだか1日10アクセスもない本ブログですからね、所詮は独り言なんだよ、ゴルァ(泣)!

さ、そんなこんなで来週末からインドだ(文脈関係なし)。
今年もバラナシでサイババの弟子と対決してこよう。

2006年04月19日

胃腸いい調子!〜極東巡業記・さいたま編〜

「イチョーイイチョーシ!!」ってなわけで、
先日の極東最前線/巡業@Heaven's Rockさいたま新都心について一筆。

さてと・・・。

1曲目から涙がブボボと噴き出しましたさ、ええ。
何でだろうなあ、もう三十路の涙腺はユルユルなんですかねえ。
でもねえ、なんつうか、歳を経るごとに彼等の紡ぎ出す音楽世界も
やはりそれ相応に丸みを帯びるというかね、そんな感じがしますよ。
昔のイタリア映画にあるような佳き世界といいますか。

2曲目もねえ、ダメでしたねえ。ふえええとなってましたよ。
だからライブは一人がいいんです。基本は一人。
誰かといてもやっぱり一人。基本は個で見る。
こんなの恥かしくて見せたかねえやい、てなもんです。
汗拭いてるふりしながら塩水味わってましたよ。

彼等の最新アルバム「365歩のブルース」は地味です。
とても地味だと思います。ひたすら地味。滋味でもあるけどね。
8〜9年前の頃の作品(「裸足」や「旅路」)と比べても、
若々しく吼えてる感じがしないし、ダダーっと駆け抜ける風でもない。
でもね、その実では内なる濃密な叫びが込められているわけですよ。
終のタイトル同名曲で「我々は一体何の為に涙の唄を繰り返すのか」
ここで全てが語られているのです。僕には少なくともそう感じます。

何たってブルースだもんよ。アクの詰まったズルムケの生き様よ。
しかも「駆」ではなく「歩」だからね。

無駄が一切無いのです。
今回の彼等のライブを眼にした時、はたと思いました。
MCでダハハと気抜けたように力なく笑う吉野氏も、
曲間にアルペジオ奏でながら泣いたような声で鼻歌を唄う吉野氏も、
それは一見無駄なようでいて、一切そのような感じがしない。

多分これは吉野氏ではなく、「イースタンユース」というバンドが
此処までやってこられた過去という道があり、それを乗り越えてきた、
或いは食い下がって這いつくばって、やっと此処までやってきて、
今、まさにそこに立っている現在があるからなんだ、とそう思います。
だからこそ、今このステージで演奏する彼等には確固たる存在感があり、
俺は其処から眼を離すこと、逸らすことはできないのです。

ひとつ「丸み」とは言っても、無難に収まったなんて笑止な戯言。
その丸みには、角もエグみも全てが含まれているのです。
音という音、声という声、全てにおいて無駄が一切無い。
抗いようがないのです。

感情、風景、匂い、質感、ことば。
繊細、静謐、葛藤、人間、さけび。

ぶつかってくる、ぶつかってくる。よけられない。
眼に入る。耳に入る。肌に当たる。受け止める。

彼等は別格なのです。
これ以上の言葉なんてもう要らない。

彼等にはどんなことがあっても音楽をやめてもらいたくない。
そして僕は、彼等が音を出し続ける限り、絶対に聴き続ける。
それとTシャツも買い続けるよ(笑)。だからもっとがんばれっつうの!

渋谷は見逃したものの、そう久しぶりでもない極東最前線。
僕はツアー【巡業】で途轍もない大きな余韻を味わいました。
次に行く京都は印度からの帰国後。楽しみです。和に浸ります。

さて、余りの余韻の大きさゆえか、
埼京線で池袋に戻った後も興奮はなかなかに冷めやらず。
自宅に一旦戻ってもこのカンジョーを持て余した僕は、
居ても立ってもいられずに自転車にまたがり、環七に出ました。
「365歩のブルース」を鼻歌交じりに唄いながら自転車を走らせ、
高円寺の友人宅まで押しかけ、深夜に至るまで飲み倒しておりましたとさ。

doko_fuku_kaze at 00:10|この記事のURLComments(0)TrackBack(0) |