最後のお客様を見送り、片付けを始めます。
でもいつもと違うのは閉店のための後片付け。

虚しいの一言に尽きます。

備品たちの行き先は、藤棚商店街の今井かまぼこさんと、私の保土ヶ谷区の実家。

今井さん宅の地下の倉庫や裏口付近に夜中に荷物を運び込みます。

その節は今井家の皆様には大変お世話になりました。

そして実家には確か5往復位したかも。

あんな小さな店なのに荷物はたっくさんあるんです。

そして全ての荷物を運び終え、作業が終わったのは朝の5時位だったと思います。

スタッフは皆、私の帰りを待っていてくれました。

常連のマキちゃん、芳澤さんも最後まで付き合ってくれて。

で、最後の最後、人も荷物も全て空になり看板だけが残っている状態です。

この看板も大ど根性に連れてくれば良かったかも…。

今さら後悔しています。

そして、この時にはもう疲労感がいっぱいで、とりあえず横になりたかったです。

一晩中、片付けをしてくれたスタッフにお疲れ様を言い、最後は私一人になりました。

この時点ではもう悔しさとか無念さは不思議となく、ここで起こった物語をゆっくり思い出し
小さなお店の中をグルリと見渡し、「横濱うたげや ど根性ホルモン」にありがとうを伝え店を後にしました。

それから3カ月後、なかなか物件が見つからずかなり焦りましたが何とか、現在の北幸の大ど根性ホルモンをオープンしたのです。

という事で今回を持ちましてブログを最終話とさせていただきます。



つたない私のブログにずっとお付き合いいただき本当にありがとうございました。


クラウドファンディングで新しいチャレンジをしたり、ど根性キッチンをオープンさせたりとバタバタの中、改めて自分を見つめ直す意味でこのブログを書き続けてきました。

改めて思い返してみても、やはり場面ごとにたくさんの方々に支えられているのを実感します。

次はまた10年位して色々な経験を積んだらブログを再開しようかな。

どうもありがとうございました!




そしてある日、元々ど根性ホルモンの物件を紹介して下さった方から電話が入ります。

「椿さん、噂聞いてる?椿さんのお店、開発の区域に入ってるって」

「聞いてますけどまだ先だって」

「先じゃない、もうすぐにでも取り掛かりたいらしいよ」

たまったもんじゃない。
すぐに大家さんに確認に行きました。

「まだ先でしょ。ウチもまだここにいたいからね〜」

何この温度差!

そんな事してるウチにあっと言う間に秋。

で、やはり噂は本物だったようで、大家さんが申し訳なさそうにお店に来ました。

やはりそうだったか…。

で、いつまで営業出来るんですか!

はっ?10月いっぱい!それはあまりにも早過ぎませんか?せめて年内は営業させて下さい!

無理です。

全くラチがあかず…。

だったら話の出所に直談判しかないと。

行きました!

で、長い長〜い交渉の末(というかお願い)、10月いっぱい→11月いっぱい→12月半ばまで伸ばし、最終決定。

っていうか、12月は飲食店にとって一年で一番のかきいれ時です。忘年会の予約などは15日までで全てストップ。

この怒り、イライラ、不安、もどかしさ、何処にもぶつけられない期間でした。

そんな精神状態の中、お客様への報告や、次の物件探しなどであっという間に12月を迎えます。

ありがたい事に11月中旬からほぼ予約で満席の日が続きます。

まるで、あと少ししか戸部に居れないなんてウソのように。

そして12月15日、入り切れないお客様が「立ち」状態でラストオーダーの時間を迎えます。

一番最後まで残って下さった常連のUさん夫妻、何も語らず、ずっとカウンターにいてくれました。

そのUさん夫妻を見送る際、ハグしていただいた途端に緊張感が一気にほぐれずっとずっと我慢していた涙が溢れてしまいました。

ずっと我慢してたのに…。

そういう大人の優しさにはめっぽう弱いのです。

私もそんなさりげない気遣いが出来る男になりたいなぁ。

という事で突然ですが、次回でいよいよこのブログは最終回となります。

今回の最後になりましたが、皆様のおかげでクラウドファンディング達成しました!ありがとうございました!
ですが、まだ期間は5日あります。
ウィニングランも全速で最終日まで駆け抜けます。
最後まで応援をよろしくお願いいたします。




スタッフ紹介をしていく前に、戸部の「ど根性ホルモン」から北幸の「大ど根性ホルモン」になった経緯をお話します。

ご存知の方もいると思いますが、読んで下さいね〜。

2013年の夏の日の事、お隣の中華料理屋さんのご主人が、体調が思わしくなく、長年続けてきた住居兼店舗を手放し、お引越しをされるとご挨拶にいらして下さいました。

で、その情報を、知人でドイツ料理のお店を桜木町で長年されている方が聞きつけます。

その方はそこから移転してウチの隣に入りたいんだという事で、戸部、高島町の情報交換をしに「ど根性ホルモン」に来てくれていました。

そして、本契約の印鑑を押す日の事、ひどく落ち込んだ様子でウチを訪れます。

「椿さん、隣の物件契約の話、なくなっちゃった。この辺りはマンション建設のため開発されるんだって…」

「?」

「本契約の当日に言われたんですか?それ!」

酷い話だなぁ、その時はまさか最悪の結末になると想像もせずに…

「大変ですね。私の方でも物件聞いてみますから。
せっかくお隣さんになるかと思ったのに残念」

とか何とか言いながら、開発区域に入っていたら大変な事なので、近所の方々や業者さん、大家さんに聞いて回りました。

そして、どの方々も
「何となくそんな噂があるけど3〜4年は大丈夫でしょ」
などと呑気な返答でした。

私も
「そうだよね、大丈夫」

…全っ然っ大丈夫じゃない!

この時にもっとまともに受け止めて色々と動き出していれば…

普段あまり、あの時こうしておけばとかグズグズしない方なのですが、この時の事は未だに反省しています。

この頃から位かな、打ち合わせはもちろん、ちょっとした会話なども必ずメモして残しておこうと決めたのは。

このお話は、ちょうど3年前の8月の出来事。
ここから「ど根性」にまたまた試練がやってきます。







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