新コーナーをね、始めようと思いまして。(`・ω・´)

 いえいえ、そんな特別なことじゃないんですけど、書評は書評なんですけども、私、これが人生初のブログですから。書いてみて、色々気づかされることがあるわけですよ。

 最近本を読んでね、面白い面白くないだの言ってますけど、ふと気づいたんです。これは私が読者レベル99になったから言えることだなって。構成がどうとか、物語がどうとか、スカウター並みの精度(?)で理解できるのは、このレベルのおかげだなあって思いまして。

 けど、もちろん私も最初からレベル99だったわけじゃないんです。ゼロからのスタートでした。そのときは、小説を面白い面白くないではなく、もう毎日の食事のように、体に取り入れていたんです。そしてここまで大きくなった。そんな当たり前のことを、私はいままで忘れていたなあって、そう思ったんだ(アンニュイに)(セーヌ川のほとりで風に吹かれながら)。

 で、それを芝木好子の回で気づきましてね、ああ、これを読んだときは私、まだ蓄積中だったなって。いいも悪いもなく、自分の中にすべてを取り込んでいたんだなあって。だから、この時期読んだものに関しては、面白い面白くないっていう資格もないし、自信を持ってそう言えることもなかったなあって。

 いま、そう言えるのは、幼少から数え切れないほどの本を読むことができて、その経験値があるときスコーンと突き抜けたからだなと思いまして。

 なので、新コーナー(?)ならぬ新タグは「私の血肉になった小説」。私の糧となり、成長させてくれた小説のことを、このタグをつけ、時々書いてみようと思います。もちろん、芝木好子もこのジャンル。

 で、他にも色々あるけど何を書こうかなあと思ったときに浮かんだのが、三浦綾子「氷点」。ああ、ウィキ先生を見たらもう亡くなったんですね。1999年に。この作家は芝木好子よりもあと、1922年生まれです。

 北海道の方で、その景色は作品中にも出てきます。また、敬虔なクリスチャンとしても有名な方で、これも作風に大きな影響があります。ってか、この「氷点」もキリスト教がもろに主題の物語。朝日新聞社系の公募かなんかで賞を取ったものらしいですね。ドラマや映画化されていると書かれていますが、私はそれらを一切知りません。(☆゚∀゚)

 実は「氷点」以前に、私は三浦綾子作品を読んでおりまして、「塩狩峠」、これに大変感銘を受けまして、次なる作品にも手を伸ばしたわけです。

塩狩峠 (新潮文庫)
三浦 綾子
新潮社
1973-05-29


 「塩狩峠」、どんなお話かと言いますと、これもクリスチャンの話。

 
完全にネタばれるのでご存じの方だけこっそり読んで欲しいですが、おおざっぱに言うと、キリストの教えに目覚めた主人公が、望んで鉄道事故で外れた車両の下敷きになり、乗客の命を救う話です。ネタバレ終わり。

 もう、これに感動しましてね。神の教えを行動で示した主人公の真っ直ぐで純粋な心に胸をえぐられましてね。神の教えというものはかくも気高きものか!と。読みましたね、「氷点」。これもクリスチャンの話です。

 どのように主人公が神に目覚め、人間の定められた愚かさを知るのか。人間ってのは汚いですよ。もうそれは人間だから仕方ないってくらいのもんですが、そんな人間を神は天からご覧になってるんですね。

 ええ、私は別にキリスト教及び特定の宗教を信じていないノーマル(!)な日本人ですが、三浦綾子は違いますから。クリスチャンですから。彼女の作品の中には神が存在しています。

 もちろん、ラノベみたいに出てくるわけじゃないですが、人間の営みを天から見ている神の存在があるわけです。その人間の営みってやつが、この作品では娘が殺され、その娘を殺した男の娘を知らずに引き取った夫婦のそれからであり、その娘が前向きに生きる姿であり、けれど殺人犯の子供と知れて虐待される悲しさであり……。

 この作品のテーマはキリスト教で言うところの「原罪」。エデンの園でイブがリンゴを食べたように、人間は生きているそれだけで罪を背負った存在である。前向きに生きる殺人犯の娘(主人公)も、その娘自身に罪はないわけですが、生まれる前に背負った罪がある。三浦綾子はその父親を殺人犯に設定することで、原罪というものをわかりやすく書こうとしているのだと思います。

 主人公は自分自身とは切り離されるべきところで罪を背負っている。それは彼女がどんなに明るくいい子であったも、その穢れは消えることはないのだ、と。その事実に絶望した主人公はネタバレ・自殺を図る)のですが、そんな人間の営みを主はどのように見ていたのでしょうか。
 
 殺人犯の娘がそれだけで忌避されるところなど、個人主義の進む現代では若干古めかしい価値観が散見されるかもしれません。けれど、個人ではどうしようもない運命に翻弄される主人公の姿は彼女でなくとも心が「氷点」に達する思いを共有できるのではないでしょうか。

 三浦綾子作品は他にもいろいろありますが、とりあえず今日はここまで。「氷点」、ずいぶん昔の小説ですが、ぜひ手に取ってみて下さい。

 三浦綾子に感化されてクリスチャンになろうとして、結局なれなかった私(理由:聖書がつまんなくて読めなかった)ですが、普段は意識することのない、神というものを考えてみるいい機会になるのではないでしょうか。また、「続氷点」という続きも出ています。主人公のその後が気になる方は、是非。

 それでは、また。(*・ω・)ノ


 

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