火車 (新潮文庫)
宮部 みゆき
新潮社
1998-01-30


 まず、言っておきます。宮部みゆきの「火車」、最高傑作なので読んで下さい。

 これ読まないで「趣味? 読書かな!」なんて可愛い子ぶる(?)のは、小説の神様と私の名において今後一切禁止します。はい、それはもう絶対に。(`・д・´)

 そんなことを迂闊に言った日には、空から千の稲妻を降らせる覚悟です。ええ、そういう超常現象は私ではなく、小説の神様頼みですが。私はその隣で「それ見たことか!」と言う係くらいしか務まりませんけども。

 と、まあ、少々脅かしてみましたが、それくらいすごいんです、「火車」

 じゃ、「模倣犯」とどっちが面白いのー?なんて聞くやつにも千の雷が落ちますよ。どっちも面白いからどっちも読めや! 宮部みゆきを手当たり次第読めや! これ以上はない物語力の前にひれ伏せや!

 もうね、ここまで物語のすごい作家はいままでもこれからも現れないんじゃないかってくらい、宮部みゆきはすごい。完全なる球のイメージ。何だろうね、少しもほころびがないとそう感じるんだろうね。何の引っかかりもなしに、ただ文字を追うことの出来る幸せを噛み締めて下さい。

 本当にね、この作家は他に比類無き天才ですよ。そんな作家の極上品を手に取ることの出来る時代に生まれて、本当に幸せだと言えるくらい。この作品は山本周五郎賞を受賞していますが、私に言わせればこの地上に存在する賞すべてをまとめてあげてもいいくらいだと思いますよ。それくらいじゃないと釣り合わない。

 宮部みゆきが作家なら、ほかの作家は全員ゴミ屑だと言えるほどです。私がどんなに殊能将之が好きでも、百田尚樹に感動しても、宮部みゆきとは比べることが出来ない。まさに、神様みたいな存在です。

 宮部みゆきの小説に出てくる人間は、みんなそれぞれが生きていて、それぞれの人生を歩いている。キャラクターはないし、かといってドラマや映画みたいだなとも思わない。思えない。

 彼女の書いているものは、「小説」なんです。無数にある言葉の中から、無作為にも見えるように簡単に手を伸ばし、つなぎ合わせる。そして不思議なことに、彼女によってつなぎ合わされた言葉は継ぎ目がない。まるで元から一つの文章であったかのように、そこに存在する。

 そしてその文章が物語をなしていく過程も同じように、継ぎ目が一切見られない。そうしてできあがったものが、語られるべくして語られる物語。「模倣犯」であり、他のたくさんの物語であり、それからこの「火車」。
 
 宮部みゆきはこの物語を書くに当たって取材をしているはずなんです。

 あらすじ紹介をすると、ある女性が自らの意志で徹底的に足取りを消し失踪します。その彼女を見つけてくれと頼まれた、その婚約者の親戚である刑事が足跡を追う物語。で、その失踪した女性を追うために、刑事はカード会社や保険やあらゆる記録を辿っていきます。

 で、話を戻すと、宮部みゆきはそれらの情報を取材して書いているわけですね。もちろん、宮部みゆきが失踪しようとした過去があるわけじゃなし、まったく知らない世界を書いているわけです。なのに、なのにですよ、まったくそれを感じさせない。取材した箇所は物語に飲み込まれ、一体化してしまっている。

 繰り返しますけど、宮部みゆきの経験に、この物語に出てくるようなものはないんです。それなのに、まるでそうであるかのように自在に筆を走らせている。それが素晴らしい。

 そこには完璧な物語世界があって、宮部みゆきはその外から物語を見ているんです。どっかのつまらん作家のように、経験の切り売りをするなんて思いも寄らないわけです。それを神の才能と呼ばず、何と呼べばいいでしょうか。

 宮部みゆきは本物の作家です。そして、その本物の作家が書いたもののなかでも「火車」という作品は特筆もの。一見、普通の女性だった彼女はどうして婚約者の前から消えたのか。否、姿を消さざるを得なかったのか。休職中の刑事が追うその足取りは微かだが、しかし着実に核心へと迫っていく。

 そのとき、追う者である彼らは何を見たのか。彼女の思いとは、その核にあるものは何だったのか。カードや保険といった、まるで幽霊のような社会の記録を追った先に見えたものとは。ラスト、刑事はその影を追い続けた女性に手が届くのか。
 
 文庫版で600ページほどの長篇ですが、長篇をここまで美しく完璧にまとめ上げ、さらにはその内容もずっしりと心に残る、そんな物語があるでしょうか。私はないと思います。何をどうランキングしても、この「火車」は絶対読むべき一冊に入るでしょう。
 
 ところで、この「火車」。あらすじの部分や書評には必ずと言っていいほど「カード会社の犠牲」「クレジットカードによる自己破産者」という説明がつくんですが、いや、それで間違ってはいないんです。そういう話です。けど、違うんですよ。この小説を読んで「クレジットカード怖い」とか、「自己破産かー」って思う人は絶対にいないと思う。

 どういうことかっていうと、それほど物語の力が強いんです。テーマを感じさせないほどに強い。ってか、逆にこれが本物の物語であって、「あ、これはこういうテーマだな」とか「この構成面白いな」とか思う小説はだめなんですよ。

 それは物語からワンランク落ちた物語もどきなんですよ。力を持った小説は、そんなことを感じさせない。テーマなんて、言っちゃえばどうでもいいんです。もうテーマもそれぞれの人生も目的も悲哀も喜びもすべてが分類できないほどごちゃまぜになって胸を打つ、これが本物の物語であり、その一つがこの「火車」です。

 褒め称える言葉には欠きませんが、読んで下さい。いまのいままで、胸を揺さぶられるという感覚を知らなかったことに、あなたはきっと気づくはずです。本物の物語を読んだことがなかったことに気づくはず。本当に宮部みゆきは素晴らしい。

 この作品は1992年のものですが、この頃の宮部みゆきは本当に脂がのっていましたね。この年代の小説がオススメです。

 余談ですが、宮部みゆきだけは著者近影があってもちゃんと見てます。可愛くないですか? これくらい可愛ければ許すけど、基本、他の作家って……じゃん? ね? まあ、それが高じて(?)審査員としての宮部みゆきを見て、その読者IQのなさに愕然としたわけですが。(((( ;゚д゚)))

 天は二物を与えずってね。最近、みゆきちゃんみゆきちゃんって言ってばっかりだったので、その反省も込めて(!)宮部みゆきの凄さを語ってみました。

 やー、なんか、書評ブログだから新しい作品読んだほうがいいのかなーなんて思ってたけど、いま、2016年なんだもんね。宮部みゆきの全盛期を知らない世代も多いんだもんなあと思い、そういう若い人たちにも是非読んで欲しいと思って書きました。いまの宮部みゆきじゃなく、過去の宮部みゆきを、ね。

 また過去の有名作品についても、時代遅れだなんて思わずに書いていこうと思います。

 それじゃ、また。小説界に幸あれ!(*・ω・)ノ

火車 (新潮文庫)
宮部 みゆき
新潮社
1998-01-30


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私にも幸(バナークリック)あれ!(´∀`)

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