Common Sense

常識とは、18歳までに身につけた偏見のコレクションのことをいう

2006年01月

これから

 色々思うところがあるのだが、とりあえず今日の商法の試験が終わってからにしよう。まだ他に比べれば得意な分野だがしっかり解答しよう。薬は飲まない。

日本の貧困層は15.3%

 これは意外と大きい数字なのではなかろうか。
 2005年に発表された「OECD諸国における所得分配と貧困」と題した「OECD ワーキング・レポート22」によるもの。
 ここでの貧困層の定義は中位者の等価可処分所得(一所帯の所得を世帯人数の平方根で除して各世帯員に割付たもの)の50%以下しかない者、つまり簡単に言えば平均所得の半分以下を貧困層としている。日本の場合は450万円〜500万円だと言われている。日本の平均所得が1000万円弱というのはやや高いようなイメージがあるが、それは一部の富裕層によって引き上げられているからだろう。

 一つの要因は所得再分配率が低いこと、例えば累進課税を含めた税制度、また社会保障や児童手当が欧州諸国と比べると乏しい。
 二つ目は賃金格差である。パートやアルバイトの層が厚くなってきた(フリーターが増加した)ことに加え、無業層が少ない。高齢者の貧困層においても、約半数が働いている。つまり働かない者は少ないのだが、低賃金層が多いのである。

 ただ、この数字だけを見ると、メキシコ(20.3%)、アメリカ(17.1%)、トルコ(15.9%)、アイルランド(15.4%)に次いで5位であり、それでも高いのだが、この調査はレポートが発表された年のさらに4年前、つまり小泉内閣が誕生する以前の数字であることだ。痛みを伴う構造改革が叫ばれる前である。この間、所得格差は広がっていると言って間違いない。一説にはアメリカに続き3位であるという。

 何が貧困かどうかの定義は別として、数字上では確実に格差は広がっている。下流社会と呼ばれる時代は、もう始まっているようだ。

 ということをテスト勉強。

シンセサイザー

 時間かけて探しているのだが、選ぶのが難しい。というか高い。気分転換に調べたりするのだが、実際楽器店で触ってみないとわからないものだ。
 音色の幅以上に鍵盤数を重視したい。最低でも76鍵のものが欲しいが、61鍵のものに比べ種類が少ない。そうすると必然的に選択肢は中古になってくる。

 今日いくつか店を周ってみたが、コルグのTRが最新のタイプで、しかもコストパフォーマンスが良さそうだ。軽いし触り心地や音色も良い。というかそれしか選択肢が無い。最終手段はヤフオクだろうか。他に必要なものもセットにして出品しているのも多いので、かなり安く買えそう。こういう精密機器は危険だけども。

お金がなくても平気なフランス人 お金があっても不安な日本人

 今欲しいものは何だ、と聞かれてフランス人は愛だという。日本人は同じ問いにお金と答える。
 昔は日本人にも持っていたその心が、今は言葉の上だけでもそう言えなくなった。お金は万能選手ではない。
 

 宇宙ビジネスに乗り出すというニュースを聞いた時、無理だろうとは思うも実現したら素晴らしいと思った。夢を持ち続けるというのは難しいことなんだろうか。
 9割9分有罪なのだろうが、確定前に既に犯罪者扱いで罵る人が多いことには、やっぱり何か保守的な風潮がある。
 力でマスコミを抑えようとしたことにも原因があるだろう。ライブドアのニッポン放送買収と楽天のTBSに対する態度を見れば明確だ。マスコミにとってそれは格好のネタであり、最初は心地良かったけれども、だんだん鼻につくようになってきたのだろう。
 
 人の心はお金で買える、そんなことはあり得ない。しかし、買うことはできないにしろ、現実には人の心を動かす力はある。ただ、動かされたのは他でもない、ホリエモン自身だったのでは無かろうか。

 とにかく数多くの人々に迷惑かけたのは事実だから仕方ない。当分頭を冷やしてもらいたい。

記憶

 この頃記憶していたものが消失している。
 銀行の暗証番号を忘れる。証券口座のパスワードも忘れる。前者はどうしても思い出せなかった。記憶力の低下というか、ずっと忘れなかった、忘れようも無いことが、少しずつ欠落しているようだ。

 数少ない一緒に過ごした日々と、鮮明に覚えている一言一言、仕草や笑顔、それさえもだんだん薄れてきているような気がする。

 それを忘れてしまったならば、今は生きる意味が無くなる。だけども思い出してもいけない。考えなければ楽になれる。それは過去として存在しているに過ぎない。現実ではない。考えなければならないのは未来だ。
 頭から過去を消去する、もしかしたらそうするしか生きていられないのかもしれない。


 試験第一週が終わった。単位は何とか二桁台にしたいのだが、無理か。それでも来年フル単なら4年で卒業できる。が、後期欠席した代償はあまりにも大きい。レポートがあることや参考書すら知らない。毎日の頭痛と眠気に悩まされながらも今はこれをやらないと。来週も引き続き試験。

今は

 自分のことで精一杯になってしまって、余裕無いけれども、早く人に優しくなれるように頑張りたい。

楽しいことって

 何だろう。
 21年間生きてきたけど、今は趣味とかが全く無いことに気づいた。色んなことをやってきて、一生懸命やってきたつもりであるけれども、それは感性や能力を高める為であって。楽しいというのとはまた別のものだった。

 教えてください。お願いします。

 といってもそんなことはきっと自分で見つけないといけないんだろう。

 そんな将来のこと考える必要はもうないか。そうか、どうにでもなれと思えば楽になれるような気がしてきた。
 世の中のために今のような自分では何もできない。

 親には迷惑かけるけれどもまた恩を返せばいいか。もう悲しませてるんだけど。罪悪感は感じるけれども、そう感じるのならば公務員試験でも受ければいいんであって、それはもうすでに綺麗ごとなんだ。

 気が弱すぎるんだ。もっと少しくらい迷惑かけてもいいくらいで良いのだろうか。わからない。

落ち着かせる

 昨日の夜は眠れなかった。心臓がチクチクした。思い出すと後悔する。3ヶ月以上経っても、何も変わらない。日に日に増してくる。
 知らず知らずのうちに傷つけていたのかもしれない。もっと話がしたかった。

 それももう無理なんだから。どうしようも無いんだから。

 器用に生きたい。

 努力が足りない。もう永遠に休んでしまいたいけど頑張ろう。

週刊こどもニュース

 小学生の時に見ていた。もう12年もやっているのか。当時は日曜日の朝にやっていた。
 たまたまテレビを点けたら、ライブドア問題を特集していた。さすがにこれを簡単に説明するのは難しいのか、少し納得できるような説明ではなかった。それでもNHK得意の模型を駆使し、簡略的ではあるが、非常にわかりやすかった。
 今は出演者もガラッと変わっていてちょっと華がない気がする。昔は池上彰と柴田理恵の司会を初め、個性的だった。お便り紹介のねたのたねのコーナーなど懐かしい。
 果たして今の小学生はこういう番組を見るのだろうか。これ見たら今の若い人もちょっとは世の中に関心を持てるのではないか。こういうのは民放には絶対できない。

 今の若い人なんて言葉を使うようになってはもう年だ。

頑張ろう

 いくつかの企業説明会に行っているが、解説するのは大体オシャレメガネをかけて今まで器用に上手く生きてきました、自分の会社に忠誠を誓い、会社への利益=世の中のためという図式を信じて疑わない。そういう社員ばかりだ。とある説明会中にたまたま後ろの方の席だったとき、後ろでそういう社員同士が私語や笑い声がしていた。本人たちは小声のつもりなんだろうけれども、本当にうるさい。静かにしてもらえませんか、ともう少しでクレームをつけるところだった。前で人が話しているのに、どうしてお喋りをするの?あなたたちはまだ幼稚園児?って。

 聞いてて私は企業社会で生きていけるのだろうかと思った。たぶん初めのうちは頑張れるのだろうけども、それを耐えて将来どうすればいいのだろう。また競争しなければならないのか。喋りは達者でなければならない。人より前に前に行かなければならない。色んな人の中でやっていかなければならない。今までもそうだったが、より厳しくなってそれが続くのだろうか。

 
 春休みの予定は0だから、何しようか。

 去年の春休みはずっとバイトだったなあ。昨年までのバイトを週5で入れてて、朝から晩までのスケジュールだった。喋らなかったなあ。喋りながら仕事するってどうなんだろう。1年の頃に映画制作で貯金をつぎ込み、また映画を作る為にもとにかくお金を稼ぎたかったのかもしれない。たぶん仕事が出来高制だったならば死ぬほど頑張っただろうか。それでもまだ余裕があったのかもしれない。

 4月に始めたテレビ局のHP更新は時給1500円と比較的高かったが、それでも社員などに比べれば半分にも満たない。勿論やってる仕事自体が大した生産性を持つことじゃないのはわかっているが、拘束された時間を見れば結局バイトなんだなと虚しい。

 今日もご飯を食べることができて、良かった。本当はそれだけで幸せなのだろうか。そう思えないことが歪んでいるのだろうか。

 今日は風邪気味だったので一日中寝ていた。月曜以来人と喋ってないなあ。この一週間メールも一人を除いて誰ともしていないし、電話の着信なんて今年になって1件しかない。先週は頑張ったが、やっぱり授業がないと目標が無くなってしまう。

 そういえば一ヶ月まるまる人と喋らないこともあった。高校3年生の冬。親とすらほとんど何も話さず、受験勉強を本格的に始めることができたのは12月だったから、本当に時間が無かった。学校は一月一杯で終わったのでそれからは部屋に篭りきりだった。

 2年生の終わりの4月初めに失恋をして、それからしばらくは部活は区切りの引退試合までは続けたけれども、そのまま半年引きずったまま一日一日が過ぎて行った。言い訳かもしれない。でも実際引きずってしまった。でもそれは片思いだけだったから、半年で気持ちを切り替えられたのかもしれない。

 ただその時以来、人を好きになるということがわからなくなって、本気で好きになろうと思うことが恐くなった。

 今と似ているけれども、違うのはあの時は大学という新たな場があったからだ。それに、まだ現実を知らなかった。
 またその場を得る為には今度は就職という勉強が必要である。近い将来は一人で生きていかなくてはいけない。夢をもっている、いや持っていたけれども。
 私は生きるとはそういうことなんだろうか、と疑問に思うも、実は現実とはそうなのではないか、とも感じ始めてきた。

 大学生になるまでは現実は知らなかった。それは自分から知ろうとしない限り、決してわかるものでは無かった。しかし、今や情報は飛び交っていて、知ることは半ば強制的に行われている。

 人間は不完全なものだってことに今になって気付いたんだろうか。
 信念が崩壊してしまったのだろうか。水泳も、泳ぎながら絶対上手くなる、上手くなれるという信念を持って練習していたわけだし、それが無いと成長などしない。

 好きでい続けるという信念なんだ。続けよう。5年、10年経っても死ぬまで信じ続けよう。
 気持ちだけではどうしようもないこともある、そんなことは決して無いと今はまだ信じているのだが。

 
 同じことばかり言っていて、成長がないと言われるかもしれない。それを疑ってしまうのならば生きる意味なんてほとんど無くなる。

 好きになってもらうにはどうすればいいだろうなあ、というと、好きになってもらうためとかではなく、そんな魅力的な人になる努力をすることと言うが、それは全然現実的じゃない。魅力的な人とは一体どういう人か。それがどうしてもわからない。性格が良い人?お金持ちであること?イケメンな人?夢を持っている人?どうだろう。

 でもお金がいくらあったって、愛する人と一緒にいられればそれだけでいいと思う。

 ただ世の中ではそれも非現実的で、確かに車を持っていれば電車じゃなくても色んな場所へ行けただろうなあ。お金があればなあ、と思う。
 
 そうすると、やっぱり金持ちになることだ。というとホリエモンのような人たちが生まれるのだろうか。
 
 私はまだ気持ちは変わらないし、それは美化されたものかもしれない。けれど、信じ続ける。顔はどうしようもないけど、経済的な面は頑張れば良くなると思う。

 今からスポーツ選手になれるわけはない。イケメンになれるわけでもない。昔を取り戻すことができるわけでもない。

 それはたぶん美しい顔持った人には一生わからない。

 表情を良くする為フェイストレーニングをする。喋る為にそんなものは自然と培われていくものだと言われるが、そんなことはない。努力が足りなかったんだと、言われないほどの努力はしてきた。でもまたこう言われるのだろう。本当にまともに喋れなくなるという恐怖や、完全に笑えなくなる不安と戦う。それを諦めてしまったら人間として終わりだから。

 顔だって善くするために病院に行く。どんなに酷くなり続けようとも通い続けなければ酷くなる一方だ。栄養もしっかり摂る。運動と睡眠もできるだけとる。勉強もしっかりする。
 今までこうして続けてきて、これからもできないはずはない。

 喋らなければ生きてはいけないし、人と同調しないと社会から抹殺される。ごちゃごちゃ言ってないで訓練を続けろ、ということなのか。
 
 ネガティブなものは出してしまおう。頑張ろう頑張ろう、そう唱え続ければ頑張れる。大丈夫。



 ライブドア関連元社長 死亡の記事。また起こってしまった。耐震構造偽造の時もあったが、混沌としている。どうしてこんなことが起こるんだろう。一人の命を奪うような、そんな悲しいことがなぜ起こる。
 それが資本主義社会なのだろう。

 信頼というものは大事だと思っている。今の経営者が消費者や株主に対して信頼を裏切ったから起こっている。
 しかし、信頼を得るためにはどうすればいいのか、と考えてみれば、必ずしも信頼を得る為に行動すればいい、というわけではないんだ、ということが周囲の人を見てきてよくわかる。
 一種のカリスマ性というか、人を惹きつける人が支持される。小泉首相しかり、ライブドアの堀江社長しかり、この人ならやってくれると支持される。何をやってくれるから支持されるのかわからないが、他の人がいないから、という理由だとすればよりそれは明らかだ。他の人がいないからカリスマ性を持つというだけで人を求める。
 それは成功者としての魅力に過ぎない。でも成功者だからこそ魅力があるのかもしれない。

 ニューヨークタイムス。守旧派による新興企業に対する政治的な捜査だと受け止めている。

 市場は戻しているが、また何が起こるかわからない。ライブドアが万一上場廃止になればまた暴落するだろう。慎重に。

 肌の為にも早く寝よう。

Archives
記事検索
QRコード
QRコード
メッセージはこちら!

名前
メール
本文
ギャラリー
  • いつか終息の日は来る
  • 2月
  • あけましておめでとうございます
  • 9月&10月
  • 8月
  • 6月&7月
Recent Comments
「最新トラックバック」は提供を終了しました。
  • ライブドアブログ