折りに触れて

                   ポール・アダム    青木 悦子 訳
violinsyokuninnno

ストーリーはともかく、まあ、ともかく。
ヴァイオリンの、そしてその演奏とは別の世界の蘊蓄を楽しみました。
ヴァイオリン工房の様子や制作工程はすごく興味深いし、職人ならではの視点にはなるほど!と思う場面多々あり。
言ってみれば裏話も読めて、歴史や楽器の来歴などが面白かった。

わたくし的に笑っちゃうのは、準主人公ほどのお働きの刑事さん。
グァスタフェステさんの名前が最後まで覚えられなかったこと。

sesson


副題 奇想の誕生

雨の上野公園を抜けて、芸大美術館。

見える風、上向く首、向き合う目、細いほそい線、ものをいう波
それぞれにそれぞれの意志があるかのように。
傷みの目立つものもあったけれど、良くこれだけ残ってくれました。
時をさかのぼり、当時の目になったつもりで見てみれば、やっぱり驚異だったろう。
狩野派や琳派に受容されていった表現方法や発想が、今も飛びぬけているように感じられた。
不思議なほど多様、自由自在というのか。
誰もがそのどこかに魅了されそう。

お昼は公園内の韻松亭にて。

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「CDのジャケ買い」ならぬ「本のタイトル買い」は私の得意とするところだけれど、今回久しぶりに「雑誌の付録買い」を致しました(^・^)。
クロワッサン4/25号 付録は伊藤若冲 鶏図押絵貼屏風の風呂敷です。
おまけとは、何であれちょっと心躍るものですね♡

ちなみに画像の一番左に写っているのは、ずいぶん前にLapitaという雑誌で付録になっていた万年筆「赤と黒」。「こんな企画あるよ」と妹なんかも巻き込んで、結構騒いで手に入れた思い出のおまけ。

                          堀江敏幸
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留学時代に古物市で「私」がふと手にした一枚の絵はがき。
その絵はがきには特徴的な手書きの文字で、特殊な形式の詩が書かれていた。
しかも内容はさらに謎めいていて、たやすくは理解し難い。
このはがきを書いたアンドレ・Lなる人物に「私」は興味を持った。
そして半世紀も昔の見知らぬこの詩人を探し始めたのだ。
はがきの消印は1938年6月15日。
宛て名のナタリー・ドゥパルドンという女性と表の写真に写っている家は手掛かりとなるだろうか。

エッセイのような語りの小説。この形は作者の真骨頂かと思う、魅力的だ。
登場人物たちは、クローズアップされてはスッと元の場所に戻ってゆくようなさりげなさで描かれた市井の人々、善良な人ばかりだった。表情や人となりが頭に浮かぶ。

消えてしまった光景や、人、言葉は無になるのではなく、周りの「気配」(敢えて言うなら光景や人や言葉だろうか)によって「補完できる」、時として浮かび上がってくる。そんな考え方を感じたとき、気持ちに安らぎを覚えた。

手紙文好きの私としては、「数えられない言葉」の冒頭部分に魅かれた。亡くなったある人を悼み懐かしみ、そのお連れあいの様子を語ればどちらの人柄もじんわり伝わってくるし、何よりその手紙の書き手の人柄が感じ取れる。手紙とはそういうもの。

「ふいごに吹き込む息」が大事な一文。

静かな美しさに満ちた一冊だった。

追記
作品中にサルトルの『嘔吐』が出てきたけれど、本作の装丁はちょっと昔むかしのその表紙を思わせる。あれは人文書院のだったか。

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千代田線は乃木坂駅。国立新美術館の『Mucha展』は会場に入るなり、その作品の大きさに圧倒された。ミュシャさんは20年くらい前プラハに行ったとき、教会のステンドグラスで名前を覚えた画家さんだったけれど、印象といえばサラ・ベルナールの演劇ポスターをはじめとするあの優雅にして洗練された作風で、今回は思い新た。
存命中に成功を収めるというのは画家としての一つの幸せだけど、それにあえて区切りをつけて晩年は本当に描きたかったものを描ききった。人生。

描きたいものが次々浮かび、筆は迷うことなく動く、しかも描くことに何をも惜しまない。
そんなふうに見える人がいるものだけど、偉業を成す人のこころもちまで想像は及ばず。そういう人には、楽しいばかりとは言わないまでも描くことに「苦」はないのでは?と私なんかは感じてしまう。

今日は小田急線に事故があり、ダイヤの乱れで歯医者さんに時間までにたどり着けず、受診できなかった悲しい朝でありました。でも、午後にもう一つ素敵な予定が入っていて良かった。


                 モリー・グプティル・マニング 松尾恭子・訳
senchinotosyokan


「一九三三年五月十日、ベルリンには霧雨が降っていた。」(冒頭)

その日、ベルリンのベーベル広場でナチスによる焚書があった。

アメリカでは第一次世界大戦当時、本が民間組織によって戦地の兵士たちに届けられていたが、その後陸軍に図書館が作られたり、アメリカ全土の図書館員などによる戦勝図書運動があり、1942年には出版社の協力で戦時図書審議会が立ち上げられ、本格的に書籍を戦地へ送る活動が始まった。

「兵隊文庫」と呼ばれる軽く小さく携帯性に優れた書物は、内容や体裁など兵士たちの為に考えられ作られた特別な本だった。
本は心の支えとなる。
戦地にあってその存在は、今の私たちには想像もできないくらい兵士たちに求められたと思う。

巻末の「兵隊文庫リスト」も興味深かった。

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アメリカ軍に供給された書籍の数は、ヒトラーが葬り去った書籍の数よりも多い。(p.249)

                     サンティアーゴ・パハーレス  木村 榮一・訳
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『螺旋』のあと新作を待っていた。その割には気が付くのが遅くなってしまったけれど。
油彩画の持つ一つの特性を拾い上げて、ストーリーの大事な展開に結びつけている。
お国柄か、熱い心の人間模様

memo
p.183 ・・・内面の世界があって、それを取り出して表現できる奇妙で驚くべき能力が備わっていた。それは情熱であり、純粋な描線だった。

p.214 凡庸な絵はあるが、凡庸な画家など存在しない。絵を描くというのは単純な行為で、これだけはどうしても描かなければならないと信じているものを描くことであって、その思い入れが大切なのだ。

                 stoner ジョン・ウィリアムズ  東江(あがりえ) 一紀・訳


貧しい農家に生まれたが、文学に魅せられ苦学の末学位を取得したウィリアム・ストーナー。
善良であり勤勉でもあり、親友となる友人に出会い、教師の職を得ることができて、望んだ結婚もするけれど、どことなく報われない。
でもそれが不幸かといえばそういうわけではなく、言ってみればそれはごくありふれた、ありがちな人生なのだと思う。その人生をストーナーは受け容れている。その姿勢はある意味美しく、人生の終盤に色濃く表現されていた。
ある一人の主人公の人生。
ふとダニロ・キシュの『死者の百科事典』を思い出した。

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p.131 教師とは、知の真実を伝える者であり、人間としての愚かさ、弱さ、無能さに関係なく、威厳を与えられる者のことだった。
p.295 見よ、わたしは生きている。
p.320 もどかしい思いで出立の日を待っている 

                 ジュンパ・ラヒリ  小川 高義・訳 
teichi


心にしみる小説を味わった、この感覚が読むことの楽しみだ。ちょっと久しぶり。
寡黙に描かれる人物たちの、さまざまな思いが想像される。耐えている人の、悲しみと、それを上回る静けさが心に残る。
精一杯生きることが、強くあろうとする人を鍛えているのか。そしてその先にいつか、自分自身が歩んできた道を認めることができるのか。

アメリカへ渡ったガウリが初めてクリームチーズを買う場面が好きだ。




memo
p.181 クリームチーズ ガウリ
p.294 手紙 ガウリ
p.296 影 ベラの母ガウリ
p.307 スバシュの母の死
p.451 この場所でいい。このために来たのだ。去るという目的で戻った。
p.461 ウダヤンが隣にいる。

akamedaka

                                 立川談春

落語のいろいろに明るくない私でも知っている談春さん。
高座以外の映像でも存在感あり、有り。

流石、面白いエピソードがいっぱいで、一気読み。
師匠の談志さんが、朝一番弟子たちに用事を言いつける場面が面白すぎて。

思うんだけど、あの型破りでド迫力の談志さんの愛を感じることができるのは一つの才能なんじゃないだろか?
師匠のやさしさを私たちにも感じさせてくれる。
揺るがぬ信頼と文章力もすごいもの。

当たり前ですが生易しいもんじゃないですね、師弟って。

Memo
・修業とは矛盾に耐えることだ
・根多
・芸は盗むものだと云うがあれは嘘だ・・・・盗めるようになりゃ一人前だ

談志楼さんの「談志が死んだ」に興味出る、そのうち。



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