December 24, 2008
ナイト・ビフォア・クリスマス

上の写真はTIMEのPicture of the Year 2008にノミネートされた「Mother and Child」です。 アフガニスタンのバダフシャーン州郊外に住む女性と生後一か月の乳飲み子。 この山岳地帯では世界で最も高い出産時死亡率が問題になっています。
また、アフガニスタンの2000年から2005年の5年間で、1歳未満の子供1000人あたりの死亡数が149人で突出しています。 清潔な水がないこと、栄養が足りないこと、18歳になる前の出産が多いこと、医療施設が乏しいこと、医療施設が破壊され、医師や看護師など多くの医療従事者が国外に流出していること。
治安が悪い地域では軍が治安を守ることが必要です。 来年はアフガニスタンへ軍事的支援が増大します。 でも、支援と裏腹にそこには多くの犠牲者が必ず発生します。
■アフガン米軍、09年夏まで2−3万人増派 オバマ氏最終判断へ
>現在、アフガンには米兵約3万1000人が駐留する。3万人が増派されれば米軍の兵力は6万人に倍増し、アフガン攻撃開始以来最大規模となる。マレン議長は「現場の要請に応じることでは一致している。あとはいつ派遣するかの問題だ」と話した。
■米軍の増派は「影響なし」 タリバンが主張
>タリバンのアハマディ報道官は「大軍を率いたソ連がアフガンで勝てなかった歴史を見るべきだ」と述べ、「米国はアフガンに平和をもたらさず、外国軍は去るべきだ」と従来の訴えを繰り返した。
【WFP】国連世界食糧計画 国別概要「アフガニスタン」
>教育部門では徐々に進展がみられるが、有資格の教師が不足し、質の低い施設しかない状態である。タリバン政権下では教育が禁止されていた少女たちは、徐々に学校へ戻ってきている。成人の識字率は低く、男性で43%、女性では14%である。

【WFP】国連世界食糧計画 国別概要「ケニア」
>貧困と脆弱性の評価では、国民の43%が絶対的貧困のうちに暮らしていることが明らかとなっている。食糧不足に対する脆弱性は、放牧民や乾燥・半乾燥地帯 (ASAL) の小規模農民に最も顕著にみられる。都市部住民のおよそ25%が貧困線以下の生活を送っている。
っと。 そんなわけで、今日は戦後、学校給食が始まった日。
【20世紀のきょう】戦後初の学校給食(1946・12・24)(MSN産経12月24日)
>昭和21年のこの日、学校給食が東京都麹町区の永田町小学校などで試験的に再開された。献立は「各自の弁当にララ物資による一椀(わん)の副食物を添えた程度」(学校給食十五年史)。永田町小で行われた給食用「ララ物資」の贈呈式に合わせ、連合国軍総司令部(GHQ)のサムス大佐らが視察した。給食の本格実施は翌22年1月から。今も「脱脂粉乳の味を忘れない」という人も少なくない。
1946年年12月24日に、総司令部、LARA委員会、日本政府等の関係者が東京都の永田町小学校に参列し、物資の贈呈式を行ったのでした。 そして1947年1月20日、都市部の児童300万人に対して、学校給食が始まりました。 ララは「Licensed Agency for Relife in Asia」です。 そこではアメリカ人の自発的なものではなく、在米日系人のジャーナリストの活躍がありました。 その後ユニセフからの脱脂粉乳が使われるようになり、1950年には米国産小麦を使ったパン給食・・・という流れになってきます。
宗教じゃヒトは救えないんだよね。 首をかしげるような教義も、信者にすれば真理であって、信じることで強くなれるのならそれでもいいけどさ。 でもでも、ヒトを救うのはヒトなんだと思う。
それでは、素敵なクリスマスを。





