外人の店はしょうがない

 カレーが好物の私は、本格的な料理を食べたい。しかし、お店に行くのに、いつも二の足を踏む。外人のやっている店は、食べ物以外に難が多いからである。

 先日は、図書館に行く乗り換え駅の街にあるインド料理屋に足を運んだ。評判なのをインターネットで知った。ランチタイム終了の午後三時少し前に駆け込む。「営業中」の札に安堵(あんど)して扉を明くと、浅黒い外人が出て来て「ノー、ノー」と言って裏返した。私はあ然とした。何のための表示札なのか。

 自宅の最寄り駅近くには、おいしいインドカレーの店がある。ランチタイムは「午後五時まで」と表示してあるが、お昼の時間帯にしか行かないようにしている。ずっと前、午後四時すぎに訪ねたら、「休憩中」と断られたからである。「じゃあ、何時まで入ればいいのか」と問うと、「三時頃まで」と答える。では、営業時間表示は何なのか。

 駅の近くには、もう一軒インド料理店がある。ある女性歌手はここのナンがおいしくて学生時代から通っていると雑誌やブログで書いている。しかし、私としては、ここのナンは貧弱で歯ごたえもない。何よりも不快なのは、店員の態度である。客が少ないと、扉の前でずっと立っているのである。こんな所で食べたら、カレーがまずくなる。

 隣駅にはおいしいネパール料理店がある。しかし、ここで食べ物を注文すると、店員が「お飲み物は」と、セットでもないのに聞いてくる。以前ビールを頼んだら、次から「ビールはいいですか」と必ず催促される。カレーは諦め、本屋の上にあるタイ料理屋に行くと、いつも音量がでかい。

 日本人の店も同じかもしれない。近所の中華料理屋は、テレビで野球中継やバラエティー番組を流している。定食屋は、姉さん店員が話し掛けるのが嫌だ。かといって、自炊すると前後三時間もかかり、必ず後悔する。私が食う所など、どこにもないのである。

ドキッとする言動

 私にはドキッとする言葉や行動がたくさんある。他人の何気ない挙動に、人知れぬ地獄の心境を日常的に味わっている。

 夏期では、「暑い」という言葉が筆頭に挙げられる。前職は地方にある国の天下り機関にいて、冷房の設定温度が平気で一七度になっていた。当時、環境NPOに所属していた私は地球温暖化のうそも知らず、気が付くと二八度に上げていた。そこに他部署の女子事務員が来ると、「暑い」と嫌みを言うのである。そのたびに寿命が縮む思いがした。

 口笛もそうだ。その職場にも吹く男がいたし、バス停や自宅の周りでも聞くことがある。しかし、怖くて注意できない。電車の中ではトゥルルルと携帯の着信音が鳴るのが怖い。十中八九「もしもし」と始められるからである。先日は宅配便の配達員に「今度、ポストに入れてもいい」などと不敬な言葉を使われたり、警備員に「左寄って」などと指図され、苦しんだ。図書館に行けば、ペットボトルで水を飲む人や、私語をする高校生が。

 私の恐怖は相手の言動それ自体でなく、注意したらこちらが悪者にされるのではとの予感からくる。間違いなく反論され、周りも味方に付けられる。強弁すれば「やめて」「おまえが悪いんだろう」とやじが向けられ、殴れば「ほうら、やったな」と駅事務員や警察に突き出される気がするからだ。

 こちらが正しい主張をして、聞き入れられた覚えがない。恐らく、親に「あんぽんたん」「やめなさい」と罵倒され、同級生に濡れ衣を着せられたまま卒業したからだろう。私がボクシングをやったり、下手な文章を書いてきたのは、言えないからと自覚する。「うるせえ、ばか」と言えれば、努力は要らない。

 運動でストレスを発散したいが、数年前に半月板を損傷して走れない。仕方なく酒を飲みに行くと、「だいぶ飲んで来ましたか」などと向けられる。家にこもる以外、心の安らぐ方法はなさそうだ。

TPP批准阻止へ向け、識者・市民が集結

 環太平洋連携協定(TPP)批准を阻止するための集会が20日、東京・駿河台の明治大学で開かれ、山田正彦元農水相ら識者が市民300人と共に、9月26日にも始まる臨時国会で承認案と関連11法案を廃案に持ち込もうと気勢を上げた。

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 「TPPの危険性を1人でも多くの人に知らせることが大事」と訴える山田氏(2016.8.20筆者撮影)

 「TPPを批准させない! 全国共同行動 8.20キックオフ集会」と名付けられたこの集会は午前10時半から始まった。賛同団体は184に達し、呼び掛け人19人のほか、野党4党から国会議員5人を含む6人も出席した。

 呼び掛け人としてあいさつに立った全国保険医団体連合会会長の住江憲勇氏は医療分野に及ぼす問題として特許期間の延長や新薬データ保護期間の新設など7項目を挙げ、「TPPに対しては、米国の野望に日本の主権を奪われてたまるかという国民の意見が圧倒的。投資家への徹底的な保護規定、相手国への徹底的な市場開放規定、多国製企業と投資家に有利なISDS(投資家対国家紛争解決条項)を盛り込むことが狙いで、資本の論理、勝者の論理そのもの。こんな貿易協定が21世紀の国際社会で許されるか」と糾弾した。

 山田氏は情勢報告として、パワーポイントを使って同協定の各分野への影響を説明した。医療、遺伝子組み換え食品(GM)、食品表示、農作物、水産物、雇用など。遺伝子組み換え食品については体長が3、4倍もあるどう猛なGMサケが今年から米国で流通し、GM小麦の栽培が日本を標的に強化されている海外記事を紹介。

 「政府は遺伝子組み換え食品の輸入禁止は廃止を求められていないと言うが、うそ。協定文第2章19条には『現代のバイオテクノロジ−による農産物、魚、加工品』とあり、同27条8項には『貿易の中断を回避し、新規承認を促進すること』と書かれている。輸入阻止には科学的証明が必要とされているが、日本の食品安全委員会は『安全』と明言している」と指摘した。

 山田氏は農作物への影響として、7年後の再交渉で関税が全廃されることに言及。原文に「関税の撤廃」とあるのを農水省は「関税の措置」とわざと誤訳していることを挙げ、「石原伸晃担当相が『7年間は守られる』と発言したのはその証左だ」と指摘した。「すでにベトナム産コシヒカリが5キログラム50円で販売されている。いずれ日本のコメ農家はつぶれ、水田が消えていく」と警告した。

 水産物については、第20章16条で過剰漁獲国での補助金制度が禁止されており、日本のほとんどの魚種が過剰漁獲と判断される恐れがあることや、漁業権の公開入札で沿岸漁民による前浜漁獲ができなくなる可能性に触れ、「宮城県のように、外資系水産会社に対しても競争入札しなければならなくなる」と解説した。

 知的財産権については、著作権の侵害が親告罪から非親告罪に変わる点を問題視。「昨日の会議で使った資料のコピーをここで配れば、いつ逮捕されるか分からない。18章80条では、政府がインターネットの管理ができることを定めている」とネット上の表現の自由がなくなる危険性を警告した。

 ISDS条項については「多国籍企業600社の顧問弁護士が仕掛けた罠。これが一番怖い」と紹介。最低賃金を引き上げたエジプト政府が、フランス企業に損害賠償請求を受けた例や、クウェート企業の観光施設建設が進まなかったため、リビア政府が90年間期待できた利益約1000億円の支払を命じられた例を示し、「日本の地方自治体が固定資産税を引き上げると、間接収容として外資系企業から訴えられる可能性がある」と説明した。
 
 その上で山田氏は、「命懸けでも阻止しなければ、われわれの子供や孫、次の世代に大変な禍根を残す。在米コンサルタントのトーマス・カトウ氏からメールが来て、『日本は幕末以来の独立の危機。何で日本人は騒がないのか』と言われた。一緒に頑張りましょう」と批准阻止への行動を呼び掛けた。

 紙智子参院議員(共産)は7月の参院選を振り返り、「青森や岩手、山形など安倍総理が『重点地域』とした地域で自民党を敗北に追い込んだ。野党4党と市民が統一候補を立て、勝利させることができたことは大きな革新で、これからにつながる。TPP調印は国会決議に明らかに違反。安倍首相がいくら『再交渉には応じない』と言っても、第2章4条で通用しない。関税撤廃に向かって進むことになっている。政府の影響試算も根拠がない」と両断した。

 福島瑞穂参院議員(社民)は臨時国会の争点を補正予算とTPP、ホワイトカラーエグゼンプションとした上で、先の参院選について「奥羽越列藩同盟とも思える東北での勝利はTPP阻止の意思を示した」と分析。「全米労組と対話した経験を踏まえ、「米国でもカナダでも日本でも、新自由主義・グローバリゼーション・格差拡大対社会民主主義の戦いだと思っている。TPPは国民にとって、消費者にとって、雇用にとっていいことは何もない。竹中平蔵氏ら新自由主義者は外国人労働者の活用を唱え、解雇の金銭解決ルールを定める法案をこの後出してくる。パッケージとして生活を壊そうとしている動きに対し、戦っていきたい」と訴えた。

 呼び掛け人座長の坂口正明全国食健連事務局長から、行動提起があった。「批准するかどうかは、最終的には国会議員の判断。『俺の議席が危ない』と思わせることが重要」と述べ、地元選出議員など国会議員への働きかけを促した。

 併せて、TPP協定を今国会で批准しないことを求める緊急署名やTPP分析チームが作成した小冊子『TPP24のギモン』などを活用した学習会の開催、10月5日から衆院第2議員会館前で「水曜日行動」を展開することを提案した。

 午後はTPP参加交渉からの即時脱退を求める大学教員の会の醍醐聰(だいご・さとし)氏や全大阪消団連事務局長の飯田秀男氏らの報告と討論、「TPPを批准しないことを求めるアピール」の採択が行われた。

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 「野党共闘の流れを広げていきたい」と意欲を見せる福島氏(2016.8.20筆者撮影)

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 大教室を埋め尽くした市民(2016.8.20筆者撮影)

夏を諦めて

 高校三年生の夏、東京の予備校に夏期講習を受けに行った。私の高校から大学に行く者などいないから、補習は不可欠だ。前季勉強に夢中になった新潟予備校に行きたかったが、姉がそうしたからと、親が申し込む。

 千駄ヶ谷の宿舎に丸一月滞在する。同室の二年生に誘われ、初日からサボった。渋谷のセンター街で服を物色したり、新宿のディスコで酒を飲む。田舎者の私は、不要な刺激を受けた。出席した講義は、タレント講師による古文と問題文を読まないゲリラ答法を伝授する現国のみ。合格に近道があるのではと思うようになった。

 宿舎には、威張った男が多かった。自習室で自慢話や聞かれもしない夢を語り、女子の気を引こうと競っている。知らない男に「静かにして」と注意されると、党同伐異でけんか腰になる。私は孤独だった。ある夜、予備校の教室で隣り合った女子がいたので声を掛けたら、男が出て来て殴られた。「俺はラグビーをやってんだ」と披歴し、女は「酔っ払ってんの」としかめっ面を見せた。

 それでも滞在中、デートというものを初めてした。同室の二年生に促され、よく一緒になる背の低い女子を食事に誘う。トレンディー雑誌を見て、当時渋谷にあった唯一の高層ビルのラウンジで、五千円も使った。ところが三日後、例の二年生にその子とデートしてキスしたと明かされる。

 私は中学時代、三角関係から友達全員を失っていたが、さらに人間不信が深まった。「何という女か」と思いながら、愛憎共に大きくなる。夏の終わりに家に帰ると、姉が買ったサザンの『ヌードマン』があった。「夏をあきらめて」が心に染みた。

 大学は滑り止めしか受からなかった。私の前歯は差し歯になっていた。彼女からは、突き放すようなはがきが届く。親に金を使わせた上、バラ色の大学生活を諦めることに。この曲を聴くと、不本意な夏を思い出す。

アウトサイダー同士

 北陸での大学院時代の初め、学生寮に入った。仕送りが学部時代の半分に減らされたから仕方ない。「金もうけに学問は要らない」が父の方針だった。東京のマンモス私大から来た私は、孤独を味わう。

 入寮生は二週間、新歓行事に付き合わされた。体育館で寮歌指導を受け、雑魚部屋で寝起きする。院生は私一人。当時、他大学から来る院生は珍しかった。対人恐怖症の私は、わざとなめられるように振る舞う癖がある。集会では回って来た酒をがぶがぶ飲み、芸の順番が来ると、デーモン木暮や鬼太郎のおやじの形態模写をした。

 なめられるまで、時間はかからなかった。私が前に出ると、「変なおじさん」とやじが飛ぶ。私を愚弄(ぐろう)する彼らは、ちゃんちゃんこを着て車でギョーザ屋に行ったり、看護学校の生徒とごみ屋敷のような寮の食堂で合コンするのを美学としている。後輩に卑猥(ひわい)な方言を教え、デパ地下で言わせるのが伝統だった。

 彼らはバンカラでも何でもなく、ただの田舎者に見えた。そんな中、一人だけ異色の寮生がいた。体育館で集会を開いていると学生服姿で現れ、「やめちまえ」とわめき散らす。私は感動した。彼は私以上のやじを浴び、すぐに取り押さえられた。彼の部屋には日章旗や三島由紀夫の写真が飾ってあるという。

 私は一カ月で寮を出た。学部三年生の一部から個室が与えられるが、私には相部屋が充てられたからである。寮自治会の三年生にただすと、男は「あなたは皆から良く思われてない」と答える。「自治と言いながら、公共施設を私物化している」と返すと、「私が法律だ」と居直った。

 私は家賃一万五千円の木造アパートに越し、ボクシングジムに入門する。それきり学生服の男と会うことはなかった。彼と親交を持たなかったのは、自分の弱さからである。今どこにいるか分からないが、エールを送りたい。

飲み物も頼めない私

 気分転換に、隣町のファミレスで原稿でも書こうと思った。お店に入り、席に案内される。カレーを頼むと、「ドリンクも一緒にいかがですか」と勧められた。私はこれが一番嫌なのだ。

 「こっちがお金落とそうとしてるのに、売り込むんですか。じゃあ、いいや」
 私はあらかじめ頼もうと決めていた炭酸飲料を諦めた。一顧客ができる精一杯の抗議である。このファミレスチェーンの本店は、このような便乗型セールスをしないとグルメ情報サイトで評判だったので、ささやかな期待を抱いて来たのである。

 程なく注文の品を運んで来た彼女は、「注文の品は全ておそろいでしょうか」と向けた。「それはこちらのせりふです。確認はそちらでしてください」。私は冷静に答えた。このマニュアルは、典型的な客への責任転嫁の言葉である。少額の買い物で高額紙幣を出すと、「一緒にご確認をお願いします」などと言われるのと同じである。

 ほかにも、会計時に「○○カードはお持ちでしょうか」などと自社のクレジットカードを宣伝するのをよく見る。しかし、こうした促しにより、「じゃあ、○○も一緒に頼もうか」などと言う人がいるだろうか。「公明党に入れて」と言われて投票するのと同様に。自己を生きる権利を放棄している。

 高級店ではこうした些事(さじ)に煩わされることはない。販促費が価格に乗せてあるから。しかし、中間層は小さくなる一方だ。その新自由主義的政策を後押ししているのは、マニュアルを話す階層の人たちである。客が盾突かなければ、大企業の利益に沿っただけのマニュアル会話が世界を席巻してしまう。

 私はレジで、「料理を頼むと、飲み物も勧めるよう言われてるのか」と尋ねた。すると「申し訳ございません」と繰り返す。次の客から同じ対応に戻るのに。「あなたも大変だねえ」と声を掛けるのがやっとだった。

■参考記事
モンスター顧客の意味(上)
モンスター顧客の意味(中)
モンスター顧客の意味(下)

「憲法改正の目的は公務員規定に」、竹原氏が本で指摘

 前鹿児島県阿久根市長で現在同市議の竹原信一氏は、憲法改正の真の目的を第15条にある公務員に関する規定の変更にあると主張している。ジャーナリストの堤未果氏の新著『政府はもう嘘をつけない』(角川新著)の中で、取材を受けて答えている。


 秋の臨時国会で安倍政権が発議をもくろむ憲法改正について、国民の間には「9条改正が目的だ」「緊急事態条項を入れることだ」などと臆測が飛んでいる。竹原氏の見解は自身のブログや阿久根市議会での質問でも示してきたが、人気書籍で改めて指摘した形だ。

 竹原氏によれば、現行憲法で「公務員」とは国会議員を指す。第15条に「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である」などと書く一方、第73条では、政治家公務員が使う役人を「官吏」と表現しているからである。

 しかし、憲法公布の翌年作られた国家公務員法は冒頭から「この法律は憲法で言う官吏に関する…」と書いて、官吏である役人を公務員にすり替えている。しかも、公務とは「職員の福祉や利益の保護」を指す。同法を著者の堤氏は「役人の役人による役人のための法律」とやゆする。

 憲法改正の真意が公務員規定だと目すのは、自民党憲法草案に根拠がある。同第15条は「公務員の選定を選挙により行う場合には」となっており、第73条の「官吏に関する事務」は「国の公務員に関する事務」に変更されている。

 憲法改正の肝がここにある理由を、竹原氏はつぎのように補足する。

 「なぜなら、この草案を書いたのが官僚だからです。想像してみてください。この草案で憲法改正をすれば、この国は戦前体制を保証する仕組みに戻る。そのときに一番得するのは誰でしょうか」

 晴れて憲法上でも「公務員」になってしまえば、責任も取らされず落とされるリスクもない。今まで通り国を動かせる上、これからは合法的に自分たちの利益を拡大できる。

 竹原氏はインタビューを次のように結ぶ。

 「国民が安倍総理をファシストだと非難し、『戦争法案反対』『人権を守れ』と騒いでくれる姿を見て、官僚たちはほくそ笑んでいるでしょう。なぜならそうやっているうちは、憲法改正の真の目的は決して国民に気づかれないからです」

 戦争や官邸への全権委任よりましな気がするが、両方かもしれない。「大規模な自然災害その他」になっても、「公務員」は職を失わないのだから。

■参考サイト
竹原信一のブログ
阿久根市議会での質問動画

政府はもう嘘をつけない [ 堤未果 ]
政府はもう嘘をつけない [ 堤未果 ]

『ローマの休日』に見る新聞記者の偽善

 一九五三年制作の米国映画『ローマの休日』は名作に数えられる。しかし、私には新聞記者の高慢な特権階級意識が目に余る。

 物語は、欧州親善旅行でローマを訪れたオードリー・ヘプバーン演じるアン王女が宿舎である宮殿を抜け出す。ベンチに寝ているところを見付けた新聞記者ジョー・ブラドリーが自分のアパートへ連れて帰り、一晩の宿を提供。アンは翌日、ジョーから借りたお金で、街を一人のんびりと散策する。

 私のかんに触ったのは、床屋でのやり取りを見ていたジョーのつぶやきである。短髪になったアンの美しさに引かれた男性理容師は、彼女を夜のパーティーに誘う。これに応じるのを見て顔をしかめた。
 「床屋と王女か」
 失礼ではないか。床屋業界はこの映画を名誉毀損(きそん)で訴えるべきである。

 そもそも、ジョーはなぜ、アンを放置せずに連れ帰ったのか。ナンパ目的ならいい。しかし、彼は知的な演説原稿をそらんじる彼女を見て、無学で粗暴な他の男たちの手に渡るのを「助けなくては」と思ったのである。イソップ物語流に言えば、「飼い葉桶の犬」ではないか。この正義感は偽善である。記者のマインドは嫉妬心にすぎない。

 以前、大手新聞社の論説委員の講演を聴かされることがあった。このとき、講師は「『ローマの休日』を見て記者になった」と誇らしげに吐露した。悪びれた様子もないこの告白に、私は耳を疑った。国民のために権力と闘うポーズを取りながら、独占的記者クラブを通じて財務省や警察などの発表を垂れ流し、国民をだます彼らの本質を示す。

 新聞記者は「職業に貴賎(きせん)はない」とうそぶきながら、その実、単純労働を蔑視し、自らを含む封建的秩序を死守している。『ローマの休日』が「名作」と呼ばれるとき、私には新聞の偽善を皮肉った冗談にしか聞こえない。

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