10日に亡くなった松下忠洋郵政民営化・金融担当相を警察は「自殺」と断定している。説得力のある理由が見当たらず、警察は一切の情報提供をやめた。つじつまの合わない対応には、約300兆円の行方を左右する郵政事業改革が影を落とす。

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松下大臣が「首をつった状態」で発見された自宅マンション。事後なのに、ガードマンが過剰警備する(2012.9.14、高橋清隆撮影)

動機の見つからない「自殺」

 「体重が半分に減りそうだよ」
 5カ月ぶりに会った国民新党事務局の責任者は開口一番、こう漏らした。筆者が尋ねる。
 「怖いですか」
 「そりゃそうですよ。元気にしてた人が突然死ぬんだもん」

 松下大臣は10日午後5時前、東京・江東区東雲の自宅マンションで首をつっているのを上京していた妻が見つけ、病院に搬送後死亡が確認されたと伝えられる。しかし、説明がつかない点があまりに多い。

 まず、動機が見当たらない。春に前立腺がんの手術を受けて回復し、体調も良かった。6月には大臣に就任し、郵政改革や金融規制の強化に取り組んでいた。8、9日には地元・鹿児島に帰り、大臣就任を祝う会合に出席。次期衆院選のポスター作りなどについて地元後援者と笑顔で話していたという。

 7日には通常国会が閉会し、野田首相が院内の各会派をあいさつに回った。冒頭の国民新党職員は「特に変わった様子はなかった。部屋に入ってきた首相をもてなし、元気な表情を見せていた」と振り返る。

 複数のマスメディアが可能性として挙げている理由に、女性週刊誌が女性問題を取り上げるのを苦にしてというものがある。これは『週刊新潮』9月20日号に掲載された「73歳、『松下忠洋金融担当大臣』痴情果てなき 電話と閨房」と題する記事。21年間交際した3歳年下の愛人が大臣への愛憎を告白している。

 記事によれば、女性は神戸・三宮のホステスを長く続け、出張時に情交を重ねた。松下氏は会う度に小遣いを渡したという。女性は松下氏と同じ鹿児島生まれで郷里に戻ったが、10年3月以降、帰省の際に連絡をくれなくなった。「どうしてか、信頼していないのか」と詰問し、「21年間、二君に仕えずの精神で松下さんだけを見続けてきた心、時間、お金を返してほしい」と非難している。

 普通に読めば、女性のわがままとしか映らない。妻子持ちと知りながら、愛人を選択してきたのは本人の判断だ。松下氏が悪者にはなるまい。先ほどの党職員は、「警察が『自殺』と言うんだから自殺なんでしょう。ただ、あの記事で死ぬとは、とても考えられない」と語る。

 同誌編集部も電話取材に対し、「突然のことで驚いている」と寝耳に水といった反応だ。この号は12日発売で、「自殺」した時点ではまだ同誌は発売されていない。事件を受け、問題の記事が差し替えられたのではとの憶測も広がっている。この点について編集部は「ない」と断言した。実際、早版が11日午前には都内マスコミ各社に届けられるから、物理的に差し替えは難しい。

 次に挙げられる動機は、次期衆院選での敗北を恐れてというものだ。対抗馬は自民党の宮地和明(71)氏だが、松下氏は前回勝利している。05年に争った民主党の野間健候補は落選し、09年から松下氏の秘書を務めてきた。野間氏の出馬を警戒したとの説があるが、自分の部下だからきりのいいところで禅譲すればいいだけのこと。造反による落選を恐れるにせよ、自分から死ぬことはない。

 そもそも、松下氏の大臣就任は党の選挙対策だ。要職にあればテレビ露出が増え、戦いが有利になる。これを僥倖(ぎょうこう)と思えば、一日でも長く大臣の座を楽しめばいいはずである。

矛盾する報道の行間

 不可解な点の第2は、報道における矛盾である。NHKが18時20分に配信した初報は「自宅で倒れているのが見つかり」となっているが、23時49分に「首をつった状態で見つかり、病院に運ばれたが、死亡」と修正。各社もこれに統一している。夕方のTBSテレビ速報は、「心不全」としていた。

 11日1時16分配信の時事通信の記事は週刊誌の記事掲載について、「同署は関連を調べる」と記す。「同署」とは所管の警視庁湾岸署のこと。一方、11日10時30分ブルームバーグ配信の記事は「警視庁は自殺と断定し、捜査を打ち切った」とつづる。この間に捜査をやめる判断をしたのか。だとしたら、週刊誌は読めないはずだ。

 先のNHK記事をはじめ、すでに「自殺」の表現が記事にはんらんしていたが、実は検視が終わったのは11日午前である。党関係者に確認した。通常、変死体の場合に検視が行われるが、解剖も行われたと思われる。オウム教団に「殺された」坂本堤弁護士の検視が7時間半なのと比べても異常な長さだ。丁寧に調べるのはいいことではあるが、結果の方が早く出ている。

 搬送先は港区・虎ノ門病院で、野田首相や亀井元代表らが弔問に訪れたのもここだ。遺書で密葬を希望していたことから、自宅マンションに足を運び線香を上げたのは、先の党職員と同党所属国会議員1人の2人だけである。遺書は3通置かれたが、その他の内容は明らかにされていない。

 首つりはどのようにやったのか。フジテレビが「書斎で、ホース上のものをドアにかけ、首をつっていた」と伝えている。しかし、ドアは腰のあたりにあり、ぶら下がることは不可能だ。どの発表もこの初歩的な疑問に答えていない。

 この表現は、00年に日債銀の本間忠世社長が大阪市内のホテルで「首つり自殺」した事件を連想させる。元『フォーブス』記者のジャーナリスト、ベンジャミン・フルフォード氏はカーテンレールに何ら変形がないことを指摘すると、警察は「発見されたのは風呂場」に変更した。

 この大阪の事件は遺書の用意についても示唆を与える。同事件は隣の部屋で女性歌手のタレント、森公子さんが「隣の部屋が騒がしい」とホテル側にクレームをつけていたことが判明。後にフルフォード氏が殺しにかわった暴力団幹部から聞いた話として、「頭にけん銃を突き付けたまま遺書を書かせた」と明かしている。

(中)に続く