高橋清隆の文書館

 当ブログでは、マスメディアが伝えない情報や事象分析を発信しています。
新聞やテレビがつくる「社会標準」から解放されれば、人類は本来の豊かな人生を送れると確信します。

2007年08月

「植草事件」名乗り出た目撃者の信ぴょう性を立証=弁護側が最終意見陳述

『ライブドアPJニュース』2007年08月22日掲載

 電車内で女子高校生に痴漢行為をしたとして東京都迷惑防止条例違反に問われている元大学教授の植草一秀被告(46)の公判が21日、東京地裁で開かれ、弁護側が最終の意見陳述を行った。この中で弁護人は、犯行時間帯に植草被告が誰とも接触してなかったとする7月4日の第9回公判目撃証言の信ぴょう性を裏付けた。

 この事件は2006年9月13日夜、京浜急行下り列車内で女子高校生の尻を触ったとされるもの。同年12月6日から公判が始まり、7月18日の第10回公判で検察側が懲役6カ月を求刑している。

 この日の公判で弁護側は、被害者が犯人を植草被告と間違えたに違いないとの主張を展開。プロジェクターを使い、事件時の現場状況を人の動きも含め動画で分かりやすく説明した。その上で、電車に乗り合わせたと名乗り出た第9回公判の目撃者証言が信用できるものであるとする7つの論拠を示した。

(1)証言に至った経緯は極めて自然である。彼は事件の目撃の後、植草氏が痴漢の犯人にされていることをニュースで聞き驚いた。かかわりたくないという気持ちや、植草氏に対するマスコミの報道ぶりを見て、名乗り出る決心がなかなかつかなかった。しかし、弁護士と話す機会があり、植草氏の弁護人にコンタクトを取るよう勧められ、植草氏の事務所にFAXを入れた。

(2)証人は事件に関する予備知識がなかった。植草氏とも話しておらず、植草氏の弁護人から、検察の主張や被告証言など裁判の経緯を知らされておらず、自分の知っていることをありのまま話した。

(3)証人の証言は詳細かつ具体的で、植草氏を近接した距離で確認している。

(4)証人は被害者の声を聞いてないとしても不自然ではない。被害者は少し大きめの声で「子どもがいる前で」などと植草氏の方、つまり証人に背を向けて話しているだけ。これは青物横丁駅から大森海岸駅の間と思われ、証人がうとうとしているころに当たる。

(5)被告人の姿はよく見えたが被害者の姿は見えなかったとの証言も、周りの人の位置関係を考えれば理解できる。

(6)時間の経過に関する証言内容が、具体的な駅名を基準とするものだから信用性が高い。

(7)位置関係に関する証言も進行方向の左側ドアの2人目の座席に座っていたというものであり、極めて正確な位置や向いていた方向の指定ができており、信用性が高い。

 一部報道は、この目撃者がうとうとしていて痴漢を目撃していなかったと伝えている。しかし、この目撃者は品川駅から青物横丁駅までの約3分間植草氏の様子を見ていたと証言しており、被害者の主張する犯行時間帯「品川駅出発から2分間」を含む。検察側は第10公判で犯行時間帯を明言しており、この点で争うのをすでにやめている。

 次回公判は10月16午前10時に開かれ、判決が下される予定。わが国の刑事訴訟法では、被告事件について犯罪の証明がないときは、判決で無罪の言い渡しをしなければならないと規定されている。犯行を裏付ける証拠が何一つない中で、司法がどれだけ公正な判断ができるかが試される。【了】

「植草一秀教授は無実だ」、真相隠す大きな力(1)〜(5)

『ライブドアPJニュース』2007年08月16日より連載

 経済学者の植草一秀氏は2006年9月13日に起きた痴漢事件の罪に問われ、大学を解雇されている。8月21日に弁論終結を迎えるが、マスコミは依然問題を何一つ取り上げない。事件の不可解さと、これまでの公判で明らかになった矛盾点を7月16日のPJニュース「『植草一秀教授は無実だ』、検察が矛盾とわたしは見る」で指摘した。今5回連載では、前回の記事で触れなかった問題点を紹介する。そこから浮かび上がるのは、事件の真相を隠そうとする大掛かりな力の存在である。

被害者と逮捕者の関係は?

 植草氏の容疑は午後10時すぎ、京浜急行下り列車内で女子高校生の尻を触ったとされるもの。報道によれば、被害者が「やめてください」と声を上げたため、異変に気付いた男性2人が植草氏を取り押さえ、駅事務室に連行した。

 注目すべきは7月4日の第9回公判で、目撃者が被害者とされる女子高生と取り押さえた男性の一人が知り合いのように見えたと証言していることである。この目撃者は事件のあった電車に偶然乗り合わせ、「テレビで事件を知り、協力したい」と名乗り出た男性である。

 06年12月20日の第2回公判では検察側目撃者が、取り押さえた男性のことを「私服」と呼んだ。この「私服」と呼ばれた男は3月28日の第6回公判で、植草氏を捕まえるとき首が絞まらないようネクタイ2本を両方つかんだと証言している。これは訓練された人間でなければできない発想ではないか。

 検察側目撃者は電車内で取り押さえたのは一人だったと証言するが、植草被告と初期報道、第9回公判目撃者の証言は「2人」で一致する。被害者と知り合いの男と、捕まえた男(私服警官か)が関係していた可能性もある。

検察側目撃者の相次ぐ証言矛盾

 第2回公判で検察側が連れてきた目撃者の証言には矛盾が多い。前回の記事では、電車内での立ち位置関係や友人にメールした携帯電話のバッテリー残量について指摘した。

 立ち位置については、被害者と植草氏は進行方向右側に重なるように同じ向きで立っていたとしながら、植草氏の左肩は見えず、右肩が見えたと証言している。

 携帯電話で友人に痴漢騒ぎが起きたことを伝えるメールをしたと証言している。午後10時39分の送信画面の写真を提出し、「横浜駅に差し掛かっているあたり」と述べているが、運行ダイヤによれば午後10時30分には横浜駅に着き、39分には上大岡駅の直前まで来ることになっている。

 携帯画面の撮影は06年12月18日に検察で行ったと証言したが、これは履歴の閲覧可能期間の93日を過ぎた直後に当たる。

 この目撃者は植草被告が眼鏡を掛けていたことを覚えていなかったが、これは極めて不自然である。第9回公判では、弁護側が日本大学のI教授に依頼して心理学実験をしてもらったことが明かされた。

 事件当日の状況を再現して被告人が眼鏡を掛け、目撃者の目線から撮影した9枚の写真を学生に1枚につき8秒ずつ、合計72秒間見せた。警察に話したのと同じ3日後に集まってもらい、アンケートを採ったところ、20人中19人が眼鏡をはっきりと覚えていた。

 身長が183センチある屈強なこの目撃者は、蒲田警察署で6〜7時間話をし、検察庁に4回足を運んだことを公判で明かしている。

 一方、第9回公判に現れた弁護側目撃者は初めから植草氏の顔を知っており、眼鏡の形状や持ち物、酔いの程度やつり革につかまりぐったりしていた様子に至るまで、証言が極めて詳細である。時間と場所、逮捕者が2人だったことも植草氏の証言や初期報道と完全に一致する

 そして、第3回公判に出廷した男が「車内では一人で取り押さえた」と証言してから警察発表・報道が「一人」に変わった。

 7月4日の論告で検察側は「第9回弁護側目撃証人は本件電車に乗車しておらず、仮に証言内容に近い状況があったとすれば、本件とは全く別の機会であったと考えるのが自然だ」と述べている。しかし、信ぴょう性に乏しいのが第2回の検察側目撃者ではないか。【つづく】


「植草一秀教授は無実だ」、真相隠す大きな力(2)

何一つない犯行の証拠

(1)からのつづき。目撃証言以外の矛盾点として、植草氏の体勢を挙げておきたい。事件時、植草氏はバッグを肩から掛け、右手で上方のつり革か手すりにつかまり、酔った状態で立っていたことが分かっている。そのため、検察側は「左手首に傘を掛け」犯行に及んだと主張してきた。しかし、植草氏は傘の柄のてっぺんを上からつかんで杖のようにして持っていた。

 検察は公判で植草氏の手の付着物が高校生の着用していた紺色スカートの構成繊維と「類似している」との証言を提示した。これに対し弁護側は、植草氏がもみ合った京浜急行蒲田駅駅員が着用していたものと同じ紺色制服の生地を入手し、大学に繊維鑑定を依頼した。結果は「極めて類似している」とのものだった。しかし、裁判所はこの証拠も大学教授の証人尋問申請も却下した。

 犯行の証拠が何一つない以上、裁判所は刑事訴訟法の規定通り、無罪を言い渡さなければならない。被害者の主張が事実なら、真犯人は別にいたことになる。論告は「被告は真犯人を捜そうとしておらず、真犯人というのは架空の産物」としているが、本来被告に無実の立証をする必要はないはず。それなのに無実であることを証明する努力をここまで強いられている。被害者の主張を認めながら真犯人を探す努力をしなかったのは警察の方ではあるまいか。

誤解される過去の「事件」

 植草氏が疑われる要因に、2004年と1998年に起きた「事件」がある。これらの概要は次のものである。

 2004年の事件は、4月8日に横浜市長が主催する昼食会を兼ねた勉強
会で講演した帰りに起きた。長男の誕生プレゼントを買うために駅ビルの書店に立ち寄ると、不審な男2、3人が後をつけてくる。目的の本がないことを察し、自宅の最寄り駅である品川へ向かおうと、京浜東北線に乗る。その間も不審な男が植草氏を監視していた。

 品川駅の改札を出るとバスターミナルに降りたが、電話を入れておかなければならない用を思い出し、携帯電話を掛けられる場所を探す。適当な場所が見つからず、エスカレーターで公衆電話コーナーに戻ろうとした。中程まで上がった所で、右ひじを後ろからつかまれた。

 「警察です。ちょっと来てくれませんか」。ポケットの中の所持品を出せと言う。左ポケットから手鏡が出てきた。警官は「え、手鏡か」と驚き、携帯電話を出せと求める。アタッシュケースの中から取り出した携帯電話には、植草氏の知人の下着姿の画像が保存されていた。

 この警察官は神奈川県警の鉄道警察隊に所属する志賀博美巡査部長(当時)。越境逮捕であり、しかも同行した末永巡査との巡回は事前の勤務計画にはなかった。弁護側が当日の勤務表の提出を求めたが却下されており、非番の日だった可能性もある。

 高輪署では利益誘導があった。容疑を認めれば略式起訴で終わりマスコミへ公表されないが、否認すれば長期勾留(こうりゅう)になり、仕事もできなくなると言われた。10日夜に品川駅に防犯カメラがあることに気付き、映像の検証を裁判官、弁護士(警察が紹介した検察OB)、取り調べの警察官、検事に訴えたが、10日もたって「消えた」と告げられた。

 被害者とされた高校生の母親から、「被害届を出した覚えもないし、裁判にしないでほしい」との上申書が検察庁に提出されている。

 1998年の事件は東海道線の車内で起きた。4人掛けボックス席の通路側に座り、向かい側には女性が2人いた。植草氏は当時ももの付け根に湿疹があり、かゆさから2、3度左手でかいた。たまたま車掌が通りがかると向の女性が「この人感じが悪いんですが」と車掌に話し掛けた。川崎駅で事務室に連れて行かれ、鉄道警察へ。

 「ひざを触っただろう」と詰め寄られた。電車が大きく揺れたとき、荷物を抱えていた手の小指の先が0.1秒ほど女性のひざに触れたことがあった。そのことを話すと、「触れたのではなく、触ったのだろう。触わったと言わなければ逮捕する」と怒鳴られた。「触ったと認めて上申書を書けばすぐに返してやる。外には絶対漏らさない」と言われる。後日検察であらためて事実を説明しようとするが、女性検事に「このような上申書を書いているんでしょ」と強く叱責(しっせき)され、あきらめた。【つづく】


「植草一秀教授は無実だ」、真相隠す大きな力(3)

脅迫的な取り調べと誘導

 (2)からのつづき。「やってないなら認めなければいい」という人もいるかもしれない。それをさせないのが脅迫ともいえる高圧的な取り調べと利益誘導である。98年の事件時、植草氏はすでにテレビ番組出演していた。鉄道警察で上申書を書くのを渋ると、「よし逮捕だ」と別の部屋に行こうとされた。上申書を書くとすぐに解放されたが、一週間後、同じ警察に呼ばれる。調書作成時、途中で発言するごとに大声でどう喝され、指示に従わざるをえなかったという。

 2004年の事件では植草氏が容疑を否認すると、「現認逮捕だからひっくり返ることは絶対にない。裁判をやってもあなたは100%負ける」と高輪署の警官が声を荒げた。長期勾留とマスコミへの告知を避けるには、午後5時まで容疑を認めなければならないとせがまれた。苦渋の選択を迫られた植草氏は調書の作成に応じるが、エスカレーター上の状況に及ぶと「ハンカチを持ってただ立っていただけだ」と話すしかなかった。すると古旗という警官は突然「きょうはこれで終了」と言ってドアを開け、フロアに向かって「否認!」と叫ぶ。植草氏は続行を請うしかなかった。

 04年の事件は、98年の事件を表面化させる狙いで仕組まれたのではないかと植草氏はみる。98年の事件の話は、品川の交番で警官の方から出してきたからである。植草氏は不思議に思ったという。高輪署で植草氏が事実を話し始めると、古旗警官は「あー、分かった分かった」と勝手にパソコンに打ち込んだ。調書には、電車内で自慰行為をしたと事実無根の供述が書かれていた。

 今回の事件でも、起訴までの20日あまり、過酷な取り調べが続いた。終日過酷な状況下に置かれ、検察に6度も連行された。縄手錠を掛けられての検察庁への「押送(おうそう)」「逆送(ぎゃくそう)」は、一種の拷問だったという。

 取り調べ検事は、「否認を続ければ裁判で私生活を攻撃して家族を徹底的に苦しめてやる」との発言を繰り返す。警官は、「否認を続ければ長期の勾留となり、小菅(東京拘置所)に移送される」「否認して裁判になれば、必ずマスコミの餌食になる」と繰り返した。植草氏はこれを脅迫と感じたという。【つづく】


「植草一秀教授は無実だ」、真相隠す大きな力(4)

植草氏への大掛かりな悪宣伝

(3)からのつづき。多くの国民が植草氏を「クロ」だと見なすのは、マスコミの影響が大きい。マスコミでは意図的とも思える植草氏へのブラックキャンペーンが張られている。

 新聞の場合、検察側の主張だけを載せる。例えば、7月18日の公判を報じた翌日付けの毎日新聞の記事は懲役6月が求刑されたことを伝え、「検察側は、被害者や同乗者の証言に加え、いったんは容疑を認めて自殺を図ろうとした植草被告の態度などから、『弁解は不合理で全く信用できない』と述べた」と記す。そして植草氏が女子高生のスカートをたくし上げて体を触ったことを挙げて記事を結ぶ。しかし、植草氏は一度も容疑を認めていない。この文言は「取扱状況報告書」にねつ造して書かれていたもので、植草氏は接見禁止を求める検察の「準抗告申立書」を見て始めて知った。

 「酔って覚えていない」との語句も報道でよく見られたが、植草氏はこのような発言をしていない。「やった覚えはない」との発言を警察が「やったかどうか覚えていない」と調書に書いた。それをマスコミが尾ひれを付けて伝えた。「警察のでっち上げ」との語句は否認する植草氏に警察官が発した言葉だという。架空の供述を警察がマスコミへリークしたと植草氏は著書で訴える。

 そもそも、真実を語ることが「弁解」なのだろうか。家族への影響と自身の今後を思い絶望感から自殺を考えることのどこが不合理なのか。一般紙はこの不合理な検察の主張を積極的に載せている。

 スポーツ紙や週刊誌、芸能ニュースは、変質者のレッテル張りに余念がない。求刑のあった翌7月19日付のインターネットニュース『ZAKZAK』(夕刊フジのネット版)は「ミラーマン性癖…ヘルスでは『後方からプレー』」と題し、植草氏の変態性を宣伝する。非公開で行われた女子高生への尋問内容との名目で女子高生の尻をどうなで回したかを面白おかしく紹介し、風俗店での行為やアダルトビデオを買ったことなどを取り上げている。検察が事件の事実関係でなく私的な行動を洗いざらい公表するのは筋違いだが、こうした部分に焦点を当てて報じるのは人権侵害ではないか。

 こうしたニュースに使われる植草氏の顔写真はいつも、目を見開いてぎょろりと右下を見詰めたとぼけたもので、明らかに失敗写真としてはねられたものである。「ミラーマン」「サワリーマン」との語句も統一性があり、作為的なものを感じる。

 メディアは事件の真相をまじめに考えさせないように必死である。7月19日午前5時台に「植草事件求刑で検察側が決定的事項認める」のPJニュースがトップページにアップされると、3時間もたたないうちにスポーツ報知が「ヘルスでの制服お触り暴露! 植草被告6月求刑」との記事を出し、差し変わった。【つづく】


「植草一秀教授は無実だ」、真相隠す大きな力(5)

不自然な芸能人の言動、専用ブログも

(4)からのつづき。テレビやラジオでは、芸能人が植草氏を変態呼ばわりして嘲笑(ちょうしょう)する。ビートたけし、爆笑問題、テリー伊藤はその急先鋒(せんぽう)だ。テリー伊藤は民放ラジオで次回のゲストが、痴漢のえん罪をテーマにした映画『それでもボクはやってない』の周防正行(すおうまさゆき)監督であることを伝えたとき、「でもね、植草教授は違いますからね。あれは全く違う」と聞かれもしないのに念を押していたという。

 この映画と植草事件を切り離そうとする工作も行われているのかもしれない。同映画の公式ホームページにブログがあるが、封切り一週間後100ほどあった書き込みのうち植草事件に言及したものは1件のみだった。

 インターネット上には植草氏を攻撃するためだけのブログがある。植草氏の写真を使った「ミラーマン」の動画をアップし、メールアドレスは「uekusa」で始まる。植草氏への中傷記事だけを集めた「植草教授 痴漢で逮捕」というホームページもある。このサイトのアドレスは「uekusatikan」で始まる。支援ブログそっくりのダミーサイトまで作られ、内容をまねた悪質な日記が毎日更新されてきた。誰が何のためにこのようなことをするのだろう。

 インターネットニュース『J-CAST』も支援ブログを再三攻撃している。2006年12月6日の記事「無実主張『ミラーマン』 ネットでは『手鏡に誓え』」では、植草氏がネット上で「サワリーマン」と呼ばれるようになってきたと伝える。支援ブログが報道に疑問を投げ掛けていることに触れ、「しかし、ネット上では、2度目の起訴ということもあって起訴事実が正しいとする見方が大勢だ」と断じる。

 1月26日には「『物証』突き付けられてもまだ『ミラーマン支援』のなぜ」と題する記事を載せている。公判で出た繊維鑑定結果を紹介し、繊維鑑定の不備を指摘する支援ブログをやゆしている。

 植草氏を擁護するブログには、執拗(しつよう)な批判を書き込む人が必ず居座る。2チャンネルにも。あらゆるメディアを横断する植草氏への悪評流布は、大掛かりな組織がなければ不可能に思われる。あるサイトには、このキャンペーンに大手広告代理店が関与しているとの指摘もあった。

痴漢えん罪にちらつく権力の結束

 ブログで植草氏を擁護しているある男性は、何度も警察に暴力的な職務質問を受けている。普通の痴漢事件でないことは確かだ。2003年のりそな銀行救済時に外資系ファンドが大もうけした際、大規模なインサイダー取引があった疑いを植草氏は指摘している。一部国会議員も関与した可能性を示唆している。植草事件は警察権力だけでなく、司法、立法、マスコミの4大権力が結束して真相を隠ぺいしているのかもしれない。

 何一つ証拠がない中で植草氏を有罪にするのは、言論弾圧との非難を免れまい。外国追従の政策を批判する有識者の拉致・監禁ともいえる事件を放置したら、われわれの子孫は外国の奴隷のままである。構造改革を批判する学者・評論家はすでに表舞台から消えている。

 公判は8月21日に弁論終結し、9月以降に判決が言い渡される予定。しかし、検察の勝訴率は99パーセントを超えている。2004年の事件では、志賀警官の証言の信ぴょう性を覆すに十分な証拠を積み上げたにもかかわらず、検察の主張が否定されることはなかった。判決は最初から決まっていたのだ。植草氏は控訴を「断念」ではなく「拒絶」したと著書で表現している。

 今回の事件は電車内で植草氏がやってないことを裏付ける決定的目撃証言もあった。しかし、これまでの例を考えると理不尽なことに、公正な判決には国民世論の後押しが必要のようだ。植草教授が巻き込まれた事件がどう扱われるかは、属国恐怖社会に突入するか、独立へ向けた政策論が展開していくのかの分かれ道である。【了】

疑惑に揺れる植草事件 裁判が終結へ

2007年8月10日『週刊金曜日』掲載

 痴漢の罪に問われている元大学教授の植草一秀容疑者(46)の裁判が八月二一日に終結する。植草氏が一貫して容疑を否認する中、公判では検察側の主張に矛盾点が噴出している。政治的な背景もうわさされており、行方が注目される。

 この事件は二〇〇六年九月一三日、京浜急行下り列車内で女子高校生の尻を触ったとして、東京都迷惑防止条例違反で逮捕されたもの。報道によれば、被害者が「やめてください」と声を上げたため、異変に気付いた男性二人が取り押さえた。

 事件時、植草氏は女性と話もさせてもらえず、力ずくで引き離され、ホームに引きずり出されている。電車が蒲田駅に着いてから蒲田署の担当巡査が出動指示を受けるまで、わずか三分しかかかっていない。植草氏は四カ月も勾留(こうりゅう)され、自宅と会社が強制捜索を受けている。

 被害者の女性は一度も出廷していない。検察側が連れてきた目撃者は第二回公判で、取り押さえた男性のことを「私服」と呼んだ。第九回公判では、同じ電車に乗り合わせたという男性が名乗り出て、起訴状にある時間帯に植草氏が何もしていなかったことを証言した。

 事件の前、植草氏は二〇〇三年五月のりそな銀行救済時に政府中枢が関与する大掛かりなインサイダー取引があったのではないかと指摘していた。
 検察は懲役六カ月を求刑しており、判決が出るのは九月以降。犯行を裏付ける証拠もなく有罪となれば、大きな力の関与が一層疑われるだろう。

植草一秀教授 著書で無実訴え、 『知られざる真実−勾留地にて−』(イプシロン出版企画)

『ライブドアPJニュース』2007年8月4日掲載

 昨年9月に起きた痴漢事件の罪に問われている植草一秀元教授の本が出た。植草氏はこれまで容疑を一貫して否定しており、公判では無実を決定づける目撃証言も現れた。マスコミがこれらの情報を一切報じない中、植草氏が自著で直接無実を訴えた形だ。



 同書は2006年11月中旬から2007年1月中旬にかけて東京拘置所内で書かれたものである。資料のない中で執筆し、保釈後に補足したという。4部構成となっており、時事評論や半生記、拘置所生活での思い、巻き込まれた事件の概要をつづっている。

 事件については、植草氏が記憶するままを書いている。女性の甲高い声で半眠りの状態から覚めると、騒ぎが起きていた。痴漢の疑いを掛けられていた。誰かに左側と後ろをつかまれ、話もさせてもらえない。駅事務室に連れていかれ、そこでも「とにかく女性と話をさせてくれ」と訴えるが、聞き入れられなかった。

 植草氏は具体的に何を疑われているか分からなかったという。裁判所で「女子高生の臀部(でんぶ)をスカートの上から、さらに下着の上から手指で撫(な)でるなどした」との被擬事実の記載を見て、驚く。起訴までの20日余りは、脅迫まがいの取り調べが続いた。マスコミにはうその供述が流されていたことを後で知る。

 蒲田駅事務室での自殺未遂のため両目が充血し、治るのに1カ月ほどかかったと明かす。事件に巻き込まれたときの植草氏の絶望感が察しられる。 

 時事評論での前小泉政権への批判は鋭く、「五つの大罪」を挙げている、すなわち経済政策、改革の内容、弱者切り捨ての施策、米国追従の外交姿勢、独裁的な権力の乱用である。小泉政策の矛盾を象徴するものとして、りそな銀行の救済を挙げている。2003年5月17日、当時の竹中平蔵金融相は「退出すべき企業は市場から退出させる」方針から一転して税金による銀行救済を表明。りそなの株価は急反発し、外資系ファンドが大もうけしたとされる。この過程で大規模なインサイダー取引が行われたのではないかと指摘する。

 痴漢容疑による植草氏の逮捕は、この疑惑を追及したことが原因ではないかともうわさされてきた。実際、りそな問題を調べる者が相次いで不審死を遂げたり、植草氏同様の痴漢容疑で逮捕されている。そのことにも触れている以上、並ならぬ決意を感じる。

 132日間に及ぶ拘置所生活を支えたのは、家族や知人、支援者からの励ましの手紙だったという。「心が傷付き、打ちのめされたとき、癒せるのは愛の力だけだと思う」と記す。クリスマスイブの夕食にケーキが出て、平原綾香さんの曲が流れた。引き裂かれる人がいることを思い、涙が止まらなかったと述懐する。

 同書は経済政策論から生い立ちに至るまで毛色の違う記述が混在するが、違和感は感じない。氏の文章が、私的な物欲より社会の公正さを重んじる視点に貫かれているからではないだろうか。彼の気質をうかがわせるくだりがある。

 「(1991年に)京大助教授に就任後、メディアに登場することが増えたが、希望したことではなかった。地位、名声、金銭を求めてもいなかった。経済政策への批判は純粋に良心に従った行動だった」

 彼が巨悪をたたく一方で、障害者や母子家庭らへの保護策を提言し続けるのは合点がいく。

 されたことしかできないのが人間である。孤独の中で、誰かに信じてもらえたことのある人間なら、彼の文章が本心からのものだと了解できるはずである。
新聞に載らなかったトンデモ投稿
亀井静香―最後の戦いだ。
亀井静香が吠える 痛快言行録
偽装報道を見抜け!世論を誘導するマスメディ…
Archives
記事検索
ご支援のお願い
 このブログでは、マスコミが伝えない社会の動きや事象分析を紹介したいと考えています。取材・執筆には時間と労力がかかります。     つきましては、当ブログの記事に賛同いただける皆さまに寄付を賜りたく、お願い申し上げます。少額でも助けと励みになりますので、ご理解とご協力をいただければ幸甚の至りです。

       高橋清隆

郵便局からのお振り込み
【記号】13160   
【番号】10900411

銀行からのお振り込み
【口座】ゆうちょ銀行  
【店名】三一八(読み:サンイチハチ)
【店番】318     
【預金種目】普通預金  
【口座番号】 1090041 
【口座名】盒鏡粁粥  

著者プロフィール


反ジャーナリスト。金沢大学大学院経済学研究科修士課程修了。ローカル新聞記者、公益法人職員などを経て、2005年から現職。『週刊金曜日』『ZAITEN』『月刊THEMIS(テーミス)』などに記事を掲載。  著書に『偽装報道を見抜け!』(ナビ出版)『亀井静香が吠える』(K&Kプレス)『亀井静香—最後の戦いだ。』(同)『新聞に載らなかったトンデモ投稿』(パブラボ)。           

メールはこちらから
livedoor プロフィール

donnjinngannbohnn