高橋清隆の文書館

 当ブログでは、マスメディアが伝えない情報や事象分析を発信しています。
新聞やテレビがつくる「社会標準」から解放されれば、人類は本来の豊かな人生を送れると確信します。

2008年05月

地方分権という地方破壊

 地方分権の名の下に、さまざまな制度改革がされつつある。「三位一体の改革」や機関委任事務の廃止、ふるさと税の創設など…。NHKや新聞も「地方」「地域」という言葉を多用し、地域を気遣っているかのように映る。地方分権に異を唱えるのは非国民的な空気が支配するが、「地方重視」をうたう施策こそ、地方に暗い未来を呼び込んでいるように思えてならない。
 
格差を助長する地方制度改革
 10年ほど前から、地方の主権を強調する報道が盛んだ。マスコミは地方公共団体への国の縛りが強すぎることを問題視し、タレント知事や「物言う知事」を好意的に紹介してきた。地域ブランドの創設を礼賛し、地域マニフェストなるものを奨励し、道州制への移行を宿命のように描く。

 マスコミに歩調を合わせる形で、国と地方の関係を見直す政策が進行してきた。2000年に施行された地方分権一括法によって機関委任事務が廃止され、小泉政権下で「三位一体の改革」が実行された。地方交付税はこれまで5兆1000億円縮小したとされる。地方が疲弊するは無理もない。

 この4月から「ふるさと納税」制度が創設された。居住地以外の都道府県や市町村に5000万円超を寄付した場合、住民税について1割を限度に控除するものである。地方間の税収格差を是正するためとしているが、わたしは悲観的である。偶然によって均衡が図られる確率はゼロに近いからである。

 福田内閣は「地方を重視し、地域活性化に総力を挙げて取り組む」として、2008年度予算に地方交付税の特別枠として4000億円の「地方再生対策費」を盛り込んだ。目玉事業として地域が主体的に取り組むプロジェクトを直接支援する「地方の元気再生事業」に25億円(3カ年)を計上するとともに、道路整備における地方間格差是正措置として無利子融資枠1000億円を創設した。

 しかし、これらは地方間を対立させる枠組みづくりにほかならない。選別的な地域配分をすれば、いずれ格差が生じるからである。競合関係に置かれた各自治体は予算や「ふるさと税」獲得のため、広報と合理化に追い立てられる。そうして財政力の弱い所が破たんすることになる。「地方重視」とは、実は地方軽視にほかならない。

 新聞各紙は今年度予算について「地方重視は本物か」(秋田魁新報)、「新たなばらまきではないか」(北海道新聞)など社説で批判的なポーズを見せるが、地域に差が出てくることを否定していない。2007年の参議院選で自民・民主両党が地方重視の政策を打ち上げたときも、「与野党ともに実現性の高い政策を打ち出せるか」(毎日新聞)を問題にしている。「護送船団方式で地方を甘やかしてきた」(同)との見方が本音らしい。

 マスコミは「三位一体の改革」でも理念には好意的で、批判と言えば「税源の委譲が遅すぎる」というたぐいのものだった。しかし、徴税権を地方に移せば、地方の衰退はより深刻なものにするはずである。

地方を分断し、破たん法制を整備
 それぞれの地域は、中央政府の下で相互補完関係にある。総付加価値額の低い地方の人々がそれの高い都市部の人々と同じ車に乗れ、同じ携帯を持ち、同じテレビ番組を見られるのは、足りないものを互いに補い合っているからである。

 ある地域は工業の集積がなくても農林水産物や電力、観光サービス、あるいは労働力などを提供することによって、ほかの地域で作られた日用品を安価で購入できる。自治体の財政が自前で賄えない場合は、不足の程度に応じて地方交付税が埋め合わせてくれる。その財源となるのは国税である。こうした絶妙な財政メカニズムによって、どの地方に生まれても等しく教育を受けることができ、望みさえすれば自分が住む都道府県内の国立大学に進むことが可能だった。

 普通交付税を復活させれば、姑息(こそく)な制度変更や予算措置など講じなくても問題は回避される。ところが、こうした議論は政府からもマスコミからも一切聞こえてこない。地方を分断し、疲弊させるために、わざと改革をやっているとしか思えない。

 政府は自治体の疲弊を口実に、地域を投機の対象にさせる準備を進めている。2006年6月、北海道夕張市が財政再建団体への申請を決めたのをきっかけに、竹中平蔵元総務相が退任前に発足させたのが「新しい地方財政再生制度研究会」である。ここで自治体の再生を掲げた破たん法制整備のための方向性を固めた。地方自治体に対する銀行貸し出しや地方債に債務免除を認めること、自治体の健全性を図る新指標の導入と第三者機関による監視などを盛り込む。竹中氏が総務相に就任した直後、「自治体も破たんすることもあり得る」と爆弾発言した真意が出ている。

 2007年3月の夕張市の破たんは、このプランを実現させる格好の口実になった。政府は2010年に新たな地方分権改革一括法を制定するとして、地方分権改革推進委員会を発足させた。丹羽宇一郎伊藤忠商事会長や作家の瀬直樹氏ら民間人を含む7人からなり、審議内容は「研究会」が示したものを踏襲。国による事務等の義務付けの廃止や地方税の充実、地方債の自由化、外部監査機関の強化などを提言している。これは地方を政府の庇護(ひご)から外し、自滅する自治体を生み出す環境整備にほかならない。

 総務省はこの提言に沿う形で、2007年12月に自治体の破たん基準を定めた。病院や地下鉄などの普通会計以外の財務状況も反映した「連結実質赤字比率」を設定。4つの指標を基に算定し、都道府県は赤字比率15%以上、市町村は30%以上(当面は40%以上)で破たんと定めた。これは落第する地方を生み出す線引きでしかない。

 分権委員会は昨年11月、自治体を自立した「地方政府」にすると宣言し、自治体への義務付けや口出しの総点検を各省に求めるとともに、国の出先機関の統廃合や小中学校の教員人事の市町村への委譲を掲げた。同委員会の当初メンバーでもある増田寛也総務相は5月末に出す1次勧告で、国土交通省の地方整備局や農水省の農政事務所を統廃合し地方自治体に移すなどを盛り込むと表明している。

地域間対立で肥える国際金融資本
 国から地方への税源移譲を受け、地方同士の対立はすでに始まっている。税収移転と地方交付税・補助金の削減によって、首都圏を中心とした12都県が「黒字」、ほかの35都道府県が「赤字」になっている。国税の所得税の税率を引き下げ、代わりに地方税の個人住民税の税率を上げるなどしたことにより、納税者が多く所得水準の高い地域の税収が増えたためである。法人2税の一部を国税に振り替える「税源交換」についても、都市圏が反対、地方部が賛成と火種になっている。なぜ、国と地方が、地方と地方が争わなければならないのだろう。対立をなくすため、地方6団体は「地方共有税の導入」を求めているが、それなら地方交付税でよいではないか。

 対立をあおる制度改変を受け、地方債の利率にはすでに格差が生まれている。2006年8月に公正取引委員会が「統一条件交渉方式」の廃止を打ち出したのがきっかけである。自治体の破たん法制の整備と地方債のデフォルトリスクの発生を見越して、米国の保証会社がすでにわが国に上陸している。この会社は都内に駐在事務所を置き、投資環境の調査を始めているという。実際には自治体が破たんする可能性は低く、保証料を取るのが目的と思われる。つまり、掛け捨てで稼ぐ。しかし、もし破たんすれば、わが国の地方公共団体が外国の手に渡ることになる。それだけに、破たん法制を整え指標を設けてさえおけば、厳しい監査によって保証会社は労せずして住民の血税を収奪できる。マスコミが対立と危機をあおるほど、彼らを利する。地域間競争は金融資本のためにあると言っていい。

 あなたは自治体が債権者に渡るなど、空想の世界のことと思うだろうか。金融資本による国家の解体はすでに起きている。検閲公開された米国の機密文書(NSDD54)は、旧ユーゴスラビアの解体が企てられたものであることを明かす。チトー大統領の求心力が失われた1980年、対外債務の返却が始まると、米国を中心とした海外の債権者はIMFの指導の下で強制的な通貨切り下げを行い、激しいインフレを引き起こした。連邦政府は予算を債権国への利払いに回すため、共和国と自治州に対する予算支援を中断した結果、分離主義運動が加熱。1991年にスロベニアとクロアチアが連邦から離脱し、その後マケドニア、ボスニア・ヘルツェゴビナが紛争を通じて次々と独立していった。これは対岸の火事ではないはずである。

 道州制に向けた動きも活発だ。政府の「道州制ビジョン懇談会」の江口克彦座長(PHP総合研究所社長)は3月下旬、課税自主権や立法権を持った「地域主権型道州制」の導入を柱とする中間報告を増田総務相に提出した。区割りと税財政制度については2年後の最終報告に盛り込むとしたが、道州制基本法を2011年の通常国会に提出し18年までに導入するよう求めている。実現すれば、国際的な金貸しが存分に暗躍できる。それなのにマスコミは、省庁の抵抗で道州制実現が阻まれていると批判するばかりである。

 「道州制ビジョン懇談会」は現在の中央集権体制、東京一極集中が「国全体の活力、国力を大きく低下させた」としているが、国力を低下させたのは規制緩和と緊縮財政を柱とする構造改革が最大の原因である。それなら、改革前までの繁栄をどう説明するのか。国家が分断されれば、活力どころではなくなる。

 「地方重視」は結果として地方軽視にしかつながらない。政府とマスコミは「地方のことは地方に」「格差解消」など地方をかばう言葉を使いながら、地域を支えてきた絶妙な仕組みを一生懸命壊している。それは地方に暮らす人々を犠牲に、国際金融資本を喜ばせるだけである。

メイド姿は日本人奴隷化のサイン

 近年、メイド姿の若い女性がメディアに登場するようになった。フリルの付いたエプロンドレスをまとい、「ご主人様、お帰りなさいませ」と応じる。女子店員にこの格好をさせたメイド喫茶が東京・秋葉原の名所として定着し、メイド姿のグラビアアイドルが週刊誌を彩るのは珍しくなくなってきた。しかし、わたしは少しもときめきを感じない。わが国の悲惨な近未来を予言するように見えてならないからである。

メイド姿の繁殖と米国財界の要求
 メイドを生理的に受け付けないのは、その様式が日本のものでないからだろう。わが国に女中や家政婦がいた歴史はあるが、あのような格好はしていない。普通の日本人には無縁な存在である。ネットニュースや漫画にメイド姿が繁殖するようになったのは、何か魂胆があるに違いない。

 在日米国商工会議所(ACCJ)が2006年に発行した『ビジネス白書−−相利共生』には、わが国への改革要求が赤裸々につづられている。「人的資源」の章では、少子高齢化社会での国内労働力を補完するものとして、未熟練労働者や単純労働者を含めた移民の活用を挙げている。その中で、女性が出産や育児、介護に縛られずに働けるよう外国人ホームヘルパーの導入を推奨し、次のように課題を示す。

 「育児や高齢者介護の負担を和らげる外国人ホームヘルパーが就労ビザを取得するために、その家庭が雇用主になることができない。その結果、再就職を希望する女性が、それを実現できないことも少なくない」

 その上で、提言として4つの対象者に就労ビザ給付の簡素化を求めている。その中の一つである。

 「日本人および外国人の家庭で就労するホームヘルパー」

 ACCJはわが国の労働力不足を心配してくれているようだが、総人口に占める生産人口の割合は50年間、ほとんど変わっていない。名目の一人当たり生産性は過去30年間に約3倍に伸びているから、前提から誤っている。わたしは女性の就労こそ少子化の最大の原因と認識しているので(国立社会保障・人口問題研究所が2006年に公表した調査結果では、男女雇用機会均等化が子供数減少の決定的要因と指摘)、提起された問題自体に取り合うつもりがないが、ほかの女性に育児を頼むなら、その人の子は誰が面倒見るのだろう。経済力の劣った国の女性ということか。他国における女性の人権状況にいつも注文をつける米国の主張に反するではないか。

 しかも、家族の大切な機能を奪うことにもつながる。「日本人および外国人の家庭で」と提言にあるように、米国人は直接雇用により、安上がりのメイドを調達できれば満足なのかもしれない。しかし、われわれ日本人の子供が日本語も話せない、慣習を無視した外国人女性に育てられれば、一世代で伝統が断絶しかねない。子供は母親をまねて、はしの持ち方から近所の付き合い方まで学ぶのだから。

メイドの地位向上と日本の没落
 米国からの要求に沿う形でメイドブームに火を付けているのが、日本メイド協会である。ホームページによれば、この協会は国内唯一のメイド関連事業者の団体で、メイドの普及と育成、社会的地位の向上のための活動を行う。その一環として2007年10月から始めたのがメイド検定。検定の目的を次のように規定する。

 「19世紀のイギリス、ヴィクトリア朝時代に花開いたメイド文化をベースにし、メイドの知識・教養を高め、ご主人様(お嬢様)へ仕えるスキルを養いつつ、メイドとして積極的にホスピタリティを発揮したい人を育成するため」

 注目したいのは、この検定が遊びではないこと。1、2級の合格者は本物のメイドとして、協会に加盟する法人会員に仕事のあっせんを行うとしている。理事長の小野哲也氏はメイド服専門店を経営するほか、メイドによる自宅清掃サービスやメイド店員をそろえた眼鏡店も手掛ける。会長はコスプレ雑誌編集長、メイドを主人公にした作品を描く漫画家などが理事会に名を連ねる。これらの業種から、「地位の向上」にこだわる動機と、それを可能にする技術が垣間見られる。

 グラビアアイドルが身に付けるメイド服は丈が異常に短く、本来の衣装ではない。長身で美顔のモデルがほほ笑む姿は、他人の家に住み込んで尽くすだけの存在という、暗くみじめなイメージを消し去っている。地位向上のPRが進めば、そのうち女の子の「なりたい職業」の上位に食い込むかもしれない。しかし、ご主人に完全に従順になることを目標とする「職業」が、あこがれる存在であっていいのだろうか。

 メイドの自宅サービスに縁があるのは、どういう人たちだろう。わが国は規制緩和と緊縮財政による自滅政策によって、没落の一途をたどっている。郵政民営化によって国民の虎の子350兆円は国際金融市場にさらされ、三角合併の解禁でハゲタカの襲来に手をこまねく。政治資金規制法が改正され、すでに外資企業が政治を指図できるようになった。社会保険庁の民営化で、約200兆円ともいわれる年金基金も理由を付けて外国の手に渡るだろう。2010年に償還を迎える政府保有の米国債104兆円はサブプライムローンの焦げ付きを口実に踏み倒されようとしているし、ほかの政府金融資産も「政府ファンド」の名の下に横取りが企てられている。

 一方で国民監視は強まっていて、人権擁護法案や児童ポルノ禁止法案が通れば、すでに施行されている盗聴法も手伝って不満分子はいくらでも逮捕できるようになる。

メイドの受益者と提供者
 1993年と1994年に世界一だったわが国の一人当たりGDPは、2006年に18位まで落ちた。あるシンクタンクの試算によれば、日本と中国のGDPは遅くとも2012年に逆転する。そうなれば、わが国はメイドの輸入国でなく、輸出国になるはずである。インターネット雑誌に、中国で日本式のメイド喫茶が誕生しているとの記事があった。「お帰りなさいませ、ご主人様」と日本語で出迎えてくれるそうだ。これは未来を暗示した皮肉ではあるまいか。

 北米500局以上で放送されている非営利の独立系ニュース番組『Democracy Now!』のサイトによれば、ハイチでは9歳の少女が50ドル(4900円)で売買されているという。オーストラリアでは先住民族のアボリジニの少女が白人家庭に預けられてきた。妊娠して子供が生まれると、男の場合は殺し、女の場合は性玩具として養う。政府があっせんし、肌が白くなるまで繰り返される。この制度は1980年まで存在した。これが対岸の火事と言い切れるだろうか。

 折しもマスコミは児童虐待を一生懸命に報じ、親子の分断を図っている。改正児童虐待防止法を根拠に親から取り上げた子供の受け皿の一つとして政府が取り組むのが里親制度である。1カ月10万円あまりの委託費を支給された家庭が他人の子供を育てる。厚労省は「社会的擁護が必要な子供」の里親利用率92%を誇るオーストラリアをモデルに、これを15%に増やす目標を掲げる。オーストラリアが高いのは、アボリジニの「擁護」が反映している。わが国で外国人参政権が認められ、富裕な外国人家庭が増えれば、日本人女性が奉仕する役回りをさせられかねない。

 男はもっと悲惨だ。国民投票法が行使されれば、職のない若者は戦場へ送られるだろう。「こんな政治は嫌だ」と立ち上がろうとしても、銃は没収されていて、手にする武器もない。国民のほとんどが貧しくなった時代に、メイドを持てる日本人は、外国のために同胞をだました者くらいかもしれない。

 施策を円滑にするための流行は、権力によってしばしばつくられる。映画『青い山脈』は占領下でわが国の因習を葬るのに一役買い、歌謡曲『こんにちは赤ちゃん』は高度成長下で労働力確保のための出産を促し、小泉政権下で広まった茶髪は外資による日本企業買収へのアレルギーを払しょくした。メイド姿のはんらんは日本人奴隷化の予告ではあるまいか。

 エプロン姿に皆は“萌(も)え”わたしはぞっとする。
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       高橋清隆

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著者プロフィール


反ジャーナリスト。金沢大学大学院経済学研究科修士課程修了。ローカル新聞記者、公益法人職員などを経て、2005年から現職。『週刊金曜日』『ZAITEN』『月刊THEMIS(テーミス)』などに記事を掲載。  著書に『偽装報道を見抜け!』(ナビ出版)『亀井静香が吠える』(K&Kプレス)『亀井静香—最後の戦いだ。』(同)『新聞に載らなかったトンデモ投稿』(パブラボ)。           

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