高橋清隆の文書館

 当ブログでは、マスメディアが伝えない情報や事象分析を発信しています。
新聞やテレビがつくる「社会標準」から解放されれば、人類は本来の豊かな人生を送れると確信します。

2012年12月

Amazonの闇

http://www.janjanblog.com/archives/88024

亀井静香の素顔を追って 「シーちゃん」を見守る古里

市場原理主義打破は村人の叫びからの続き

県北の明かり一人で守る

 わたしはこれらの声を拾うため、庄原市に2日間滞在した。泊まったビジネスホテルの朝食時、給仕する男性と言葉を交わす機会を得た。亀井氏の取材に来たことを明かすと、従業員は静香・郁夫両氏の名前を挙げ、「2人がいるから県北に灯がともっている。北風が吹くから、何とか元気で活躍してもらいたい」とエールを送った。「北風」とは政治的な圧力だろう。

シーちゃん(元)
亀井氏の生まれた須川集落を流れる比和川(2012.2.26高橋清隆撮影)

 庄原市や三次市などは同じ広島県にあって山陽側と違い、開発が遅れがちで、地元を離れる若者が多い。少子・高齢化もその結果だ。隣のクラスだったYさんは「先生が出ていなかったら、川北小学校はつぶれてたと思う」と率直に語る。亀井氏は古里の苦境を行政への働きかけによっていくらか緩和できたかもしれない。しかし、目指してるのは過疎住民や低所得者など全国の弱者を救うこと。そのためには法律や制度のしくみに手を掛けるしかない。それが政治の本質である。

 2月25日の庄原市の新年御礼会で、亀井氏は次の言葉を発した。

 「わたしもいい年を取った。33年目前にわたしを弟、子供のようにかわいがってくださった方々が、どんどんいなくなってる。寂しい現実だ。毎年、あの方、この方が…。御礼会はありがたいときだが、おれだけ残されちゃったんだなあ、と」

 須川集落の新年会への道すがら、2軒の民家に立ち寄った。いずれも昨年末の帰省から今回の帰省の間に亡くなった方を弔うためだ。1人は小さな工務店を営む小学校時代の上級生、もう1人は94歳で往生した近所の男性だ。このご老人は亀井氏が大望を抱きながら生活に困窮していたとき、10万円の入った封筒を送ってくれたこともある。短い詩が同封されていた。

 「谷間の美田草原に
  時の流れのかなしけり
  美しい国とは昔の言葉
  未来が思いやられる」

 亀井氏はこの紙切れを、いつもお守りと一緒に財布に入れ持ち歩いている。

 御礼会では次のように続けた。「しかし、皆さん。わたしは今、引くわけにはいかない」。近代化の中で取り残され、構造改革で見捨てられた民の叫びをシーちゃんは引き受けている。(終わり)

亀井静香―最後の戦いだ。
高橋 清隆
ケイアンドケイプレス
2012-06-20


亀井静香の素顔を追って 「シーちゃん」を見守る古里

馬鹿がいなきゃ目はさめぬ からの続き

市場原理主義打破は村人の叫び

 近代化や高度成長の負の面を担わされてきた全国の農村・漁村は、構造改革で切り捨てに遭わされている。中国山地の山あいも例外ではない。それだけに、広島県北部地域の住民が亀井氏に寄せる期待は大きい。

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庄原駅前。米国の要求した大店法廃止で人っ子一人歩いてないのはどの地方も同じ(2012.2.26高橋清隆撮影)

 Iさんは06年に心臓を患い、秘書の職を退いた。前年のホリエモンと戦った「郵政選挙」の心労がこたえた。昨年末、帰省した亀井氏に新党構想の話を打ち明けられている。

 「自民党を出たのは絶対によかった。亀井さんを蹴飛ばした小泉がいる党だから。絶対に。だけど、支持率が上がらない。ここはぜひ、石原新党で日本の政治をリードしてもらいたい」とIさんは声援を送る。

 同級生で市の職員を退職した後、教育長を務めたSさんは、地域の今後を心配する。「全国の中山間地で過疎化・高齢化が進行しています。庄原市は高齢者がすでに4割近く、50年後の日本の姿を表しています。ここで何としても市場原理主義に立ち向かい、弱い者を助けるという崇高な思いを果たしてほしい」と亀井氏に期待する。

 国立社会保障・人口問題研究所の調査によれば、国民全体に占める65歳以上の割合は23.1%。日本の将来推計人口は、2061年に40.00%になると予想される。庄原市の65歳以上人口の割合は、すでに12年2月末で37.8%に達している。

 「ここでもう一花咲かせてほしい。愛されているから皆、付いていく。年齢なんか関係ない。今こそぜひ」と真剣だ。(つづく)

亀井静香の素顔を追って 「シーちゃん」を見守る古里

Э椴狠慮瞥蠅澆料挙運動 からの続き

馬鹿がいなきゃ目はさめぬ

 中選挙区制だった当時、旧広島3区の定員は五人。郵政族の佐藤氏のほか宮沢喜一(自民)、古川雅司(公明)、内海清(民社)、福岡義登(社会)といった組織に支えられた実力者がずらりと並んでいた。亀井氏は76年に引退した永山忠則衆議院議員(旧福田派)に懇願し、79年の選挙で後継指名を得て挑むことができた。

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出身集落を訪ねる際は、墓参りを欠かさない(2012.2.25高橋清隆撮影)

 初めての選挙で、亀井氏は五番目で当選する。落ちたのは、強い組織を持っていたはずの社会党候補だった。「点滴石をうがつ」のように、素人のみの小さな行動の積み重ねが固い地盤に風穴を開けた。「あの人には、人を引きつける何かがある」とYさん。NHKが当選確実を知らせても、亀井氏は「まだ当選じゃない」と出なかった。当選が正式に発表されてから初めて、永山前衆議に手を引かれて壇上に姿を見せたという。

 「お金も何もなく、地をはうような運動でした。あるのは農村や社会的弱者を守ろうという信念、それと義理人情だけ。奇跡の当選です」とIさんは述懐する。

 前著で金融庁の若手職員との懇親会の場面を紹介した。大臣は会議用のマイクをつかみ、歌謡ショーを始める。北島三郎の『兄弟仁義』を十八番にするのは、政界を目指したときに一緒に闘ってくれた仲間を思ってのこと。「集会でビールやお酒が出るようなとき、この歌を昔から歌ってました」とIさん。「特に、1番と3番がいいんです。こういう馬鹿がいなきゃ世の中ようならんってね」。

 3番の歌詞は次の通りだ。

 ♪俺の目を見ろ 何んにもいうな
  男同志の 腹のうち
  ひとりぐらいは こういう馬鹿が
  居なきゃ世間の 目はさめぬ

 「同志」は同士が正しいが、思想や心の結び付きが強調されていていい。改革中毒者に占拠された政界にあって、規制制度を守ろうとする政治家は孤独だ。一般世間でも競争が是とされ、損得勘定で動く人間だらけ。国民新党の「同志」も例外ではない。この歌は金や地位、名誉、格好ばかり追いかけてる世間の人々への抗議にも聞こえる。孤高を貫く亀井氏の生きざまと重なる。(つづく) 

亀井静香氏が「血の出るような闘い」制す=広島6区

http://www.janjanblog.com/archives/87318
新聞に載らなかったトンデモ投稿
亀井静香―最後の戦いだ。
亀井静香が吠える 痛快言行録
偽装報道を見抜け!世論を誘導するマスメディ…
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       高橋清隆

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著者プロフィール


反ジャーナリスト。金沢大学大学院経済学研究科修士課程修了。ローカル新聞記者、公益法人職員などを経て、2005年から現職。『週刊金曜日』『ZAITEN』『月刊THEMIS(テーミス)』などに記事を掲載。  著書に『偽装報道を見抜け!』(ナビ出版)『亀井静香が吠える』(K&Kプレス)『亀井静香—最後の戦いだ。』(同)『新聞に載らなかったトンデモ投稿』(パブラボ)。           

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