3月11日の地震は、いろいろなことを考えさせられることだった。

そう 今現在では、災害にあわれた方やまだ被害の大きい地区以外の人やメディアは、「だった」になりつつある。

私個人としては、感情的になってしまうことが多いし、救援 復興に私のやれることなら協力していきます。

今回久しぶりにブログを書こうと思った理由は、一般人は、実際ことが起こったときに対して前もって準備ができないものなのだろうか?と、また外国などに比べて日本はその辺のことが喉もと過ぎればなんとやら的に感じてしまう部分が往々にしてあると思う。
実際、3月11日の状況は、停電と断水、情報不足、燃料不足、食糧不足など、
もともと日本 は資源のない国、食糧ですらほとんど外国にたよっているわけで
今回の地震はかなりの教訓になってもおかしくないと思うのですが。
相変わらずメディアは、国民全体の生活や意識を混乱させることをしている部分が見える。
たとえばいまだに決着のつかない原発の問題、
この問題はいくら議論しても結果はすぐにはでない。(もちろん無駄ではない議論だが)
消費が冷え込むような言動は避けてほしいものです。
そんな毎日を送りながら私がふと思い行動していることは、
個人の危機管理とか安全管理とか数年前に言われることがよくあったと思い出した。
その当時の内容は、IT社会の中でのセキュリティーの内容が主だったと思う。
でも私が思うに本らの危機管理とか安全管理とは、
人がどんな状況でも生き抜くことのでき、危険を回避でき、安全の生活を制御できることだと思う。
その中で私は、10代後半から20代にかけて世界は米ソ冷戦時代のことを思い出した。
当時、敏感な人は、いつおきてもおかしくない超大国の戦争にそなえ、非常食や非常時に必要なものをある程度買い集めていたことを思い出した。
また雑誌でもそれに対していろいろな知識や情報が掲載されていたのも事実である。
その当時は、そのことが当たり前でありいまのような平和ボケした状況ではなかった。
冷戦が終わりバブルが始まりそしてバブルがはじけたころには、誰しも日本は経済大国で天災や戦争、人災などで揺るぐことはないとうっすら思っていたと思う。
もちろん私もそう思っていた。・・・つい最近までは。
しかしこうも思っていた。
「いつか 関東大震災はくる」と

1995年の阪神淡路大震災あたりから徐々にそう思い始めてきていたけれど。
人間一度は危機的状況に陥ることはあるんじゃないだろうか
じつはそう思えてならない。
そのとき一人の人間としてどうその危機的状況を乗り越えていけるのか
その人間本来の生存するという性能が試されるときがくるのではないだろうか
そんな思いにかられ少しづつ非常食やサバイバル用品を買い集めています。

そこで大きな問題に出くわした。
市場やマーケットは、すでにサバイバルというマーケットを削除している・・・・
日本丸ごと平和ぼけ〜
20年近くたっているので銃刀法にて刃渡りの長いナイフは販売していません。
ミリ食なんていうオタクのグルメに成り下がっているし
ボウガンや金属のパチンコなども販売していないよう(ネットでしか買えない どうやって狩をするんだー)
まープロっぽいものは確かにしつこくネットで探せばあるかも知れないけれど。
スーパーマーケットにおいてある食品の賞味期限に改めて注意してみると普段食べているものは大まか賞味期限は短い。
本当に日本は外国に依存した食糧事情なのに長持ちする食材の少なさにあきれた。
確かに保存料や添加物が入れば栄養価や味、健康面などに影響はあるのはわかるけれど、
冷蔵庫を使わず常温で保存でき4年から5年持つものは、本当に限られている。
つまり原料高になればストックできないためすぐ価格に反映される仕組みだ。
ここで、最近私がスーパーで買った最低3年から4年保存可能な食材を紹介しよう。

まずは缶詰、これはシーチキンで3年なぜか安い秋刀魚の蒲焼やいわし、さばの水煮は4年持つものもある、
そして穀類は全滅、電子レンジで温められるタイプは1年持てばいいほう。
次に考えたのは、パスタ、これは4年持つものもかなりある、しかしソースが持たない。
しかたないので塩とオリーブオイル、にんにくの粉末で何とかなるとおもいきや
オリーブオイルは1年持たない。
まーしょうがないローテーションを普通の食事にいれ随時取り替えをするということにすればいいかな。
てな具合にこの内容の文章を気が向いたときにアップしたいと思う。
また賞味期限の長い食材で常温保存を発見することをfildworkに使用と思う