辺境のアナザーエピソードだよ。
ノリだけで書いたから人の名前とかはできるだけ出さなかったです。
古くからの身内しか読んでもピンと来ないと思うので悪しからず。

●ただいま
1年前
僕は故郷、辺境を旅立つ前に暫く会ってなかった人達に別れの挨拶がしたいと思い、紙屋に足を運んだ。
昔からの顔なじみこそ少なかったけれど、知っている顔もあり、久しぶりに触るデュエマは楽しかった。

でも帰ってきた僕に今のデュエマを教えてくれた人達の心境まで察することは当時の僕には当然無理です。しかも僕は正直甘く見てました。店が潰れるなんて今に始まったことじゃないし、CSの予定だってある。まだまだ辺境のデュエルマスターズの未来は明るいな。

(今だから分かるんだけど)でもそのCSの意味ってその逆だったんじゃないか。


CSの運営に携わった人達、高知のdmp達の気持ちなんて1mmも理解しないまま僕は旅だった。




●vault
今思えば「vaultでベスト4に入ったら連絡しますね!」なんて言っていた自分を殴ってやりたい。

一方的な約束を守るために無い時間を更に削ってvaultに出る。
そこそこ勝てていたため約束通り連絡をいれると返ってくる反応は僕が思っていたのとは違ってた。



一方でこっちでの僕の評価は少しずつ変わっていった。
「〇〇〇選手のファンのモブ野郎」から
「最近ネットで勝っているらしい素性の分からない変なやつ」くらいには変わったんじゃ無いかな?


僕は自分を取り巻くdmの環境が良くなっているの感じていた。今まで大手と思っていた人達が目の前にいる。盗める物は全部盗んだ。構築、プレイング、考え方、癖に至るまでを分析し無い時間をやりくりして自分を磨いていった。


もうこの段階で辺境の調整環境よりも自分の環境の方がよっぽど良いものだったんだろう。なんてことを思えるのは今だから。当時は辺境に追いつこうと思ってやってたくらい。





●第9回平城CS

辺境から出て、離れた土地でdmをやっている人達がチーム戦に出る時に使うチーム名「土佐脱藩boys」が生まれました。この調整に半ば強引に辺境を付き合わせたことによって、辺境と通話する機会がこのCSが終わった後にもできるようになった。


この時の平城はメインが個人戦。サブイベントでチーム戦だったが、僕は本気でチーム戦に取り組んだ。結果はベスト8で、勿論サポートの商品などないため、得られたのは新弾1BOXだけでした。


でもね、これがなかったら辺境と通話する機会が今のようにあったか分からないし、カンクロウ君が今も高いモチベーションでデュエマが出来ていたかとかって思うんですよね。個人的にはよくやったと言いたいし、面倒見てくれたボスには感謝しかない。





●新DM限定戦
時は移ろい、エリア戦の季節に。僕は時間もないためブロック構築しか触れない。


そんな時に意味の分からない出会いが起きる。
僕が復帰するときの足がかりとなった動画、見始めた時は登録者数も少なかったのがその時にはもう、「DMでyoutubeと言えばコレ!!」と言えるまでに成長していたところから、限定構築の調整を勧誘される。


勿論二つ返事で「是非お願いします。」


その時の自分にはアイデアがあった。少なくとも考え出された時点では画期的なアイデアであったことには違いなく、最も早い段階のエリア戦で似たタイプのデッキのリストが流れてきたときには、自分のvaultのログからインスピレーションを得たんじゃないかと思うくらいには自信があった。

そのアイデアを北の強者と練り上げていく過程は楽しかったし、充実もしていた。


北の強者との調整と同時に、辺境とも調整をし、できる限りのフィードバックが出来るように努めていた。でも、エリア戦の日程の関係上、最後まで調整に付き合いきることが出来なかったのは申し訳なかったです。
でも、平城の時とは逆に辺境に貢献できていたことに満足はしてました。デュエルマスターズの最先端にいる自分が役に立っているのを感じてて、本当に勝てると思ってました。


でも結果はまたベスト8。


四国の環境が悪いだけだったんだ、と上位層の分布を見て思ったが、後日の通話で調整段階で完全に他県に負けていたことを知り自分の弱さに気付かされました。


自分自身はというと、仇討ちだなんて格好ばかり付けて、環境の変化等を無視して同じデッキタイプを持ち込み惨敗。





●成長
エリア戦では負けましたが自分のスキルが徐々に引退前に戻っていくのは感じてました。
特に自分の考えを言語化する力に関しては引退前の比べものにならなかった。

vaultで成果をあげれたこともあり、自信まで付いてきたのが更に成長を加速させた気はします。


一方で辺境の様子は決して良い物じゃ無かった。
力を蓄えども僕から出来ることなんて1つもなかった。本当に悲しかった。

直接会って今のデュエルマスターズの奥深さを語りたかったし、寝落ちするまで調整に付き合いたかった。


辺境はエリアの負けを引き摺ってた。僕がエリアで負けて泣きながら帰ってきたとき、「来年頑張ろう」と励ましてくれたけど、その言葉に力が無かったことは今でも覚えてる。



何か僕に出来ることはないか。

今思うと、そう考えていたのが僕一人じゃなかったから、今の少しマシな状況があるんじゃないでしょうか。




●復活
思えば昔の自分は固定デッキを使うのが合ってるプレイヤーだった。
墓地ソースとシューゲイザー。かつて沢山の環境デッキがある中で自分に使いこなせたデッキはこの2つだけでした。


そして再びトーナメントシーンに戻ってからの自分。
ジョーカーズ、アナデッゾ、猿ループ、クローシス剣、ドロマーハンデス、アナカラーシャコガイル、悠久チェンジ、赤青バイク、白緑メタリカ
固定デッキを握っているとは言い難い状況だった。


そんな自分の見つけた新しい相棒。
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このデッキの制作に関わったのは辺境と北の強者。
vaultや関西の強者との対戦の中で確実に磨き上げられていったこのデッキはまさに自分の1年の集大成だった。


vaultも2200を達成し、最初の目標であった歴代ランキング1位にも手が届きそうな位置にいる。

そんな時に舞い込んだのは辺境からの動画オファーでした。


今、辺境からのうp主が当初想定していたよりも好調なのは一重に彼の努力と積み重ねてきた「DM徳」のおかげであるのは間違いない。
僕にも出来ることが明確に出来ました。
それは環境の最先端デッキを作りCSで結果を残すこと。

更に運が良いことに僕の元に調整グループという名目で集まってくれた人達も居て、新しいデッキを作る環境も整い始めている。

僕はCSの最先端で闘わなくていい。僕が作ったデッキを使って入賞する人が居ればいいし、僕のvaultのログを見た知らない誰かがCS入賞するのでもかまわない。
とにかく目に見える形で辺境に貢献できるのは自分のモチベーションに繋がっていました。




最後のダメ押しとして、今のデュエマの最先端を知って欲しいという気持ちから、辺境でチームを組もうと言いました。最初は荒療治のつもりだったのですが、向こうの熱は自分の思っていた以上でした。


そして結果は優勝。
ボルドギよりも双極篇1弾のBOXを見て、最初に出た平城で貰えた新DM1弾の1BOXを思い出して泣きそうになったよ。





打ち切り漫画だったらここで終了ですけど、王道漫画ならば第一章のちょっとしたボスを倒したに過ぎない。
まだまだ始まったばかり。辺境を下の世代に押しつけるかのような話しを去年はすることも多かったのに、今では通話すると動画の進捗状況とか、嬉しかったコメントとかの話で持ちきりになる。




昔DRがあった頃、いつも調整してる人が敵だったあの時代から変わらず、僕にとっては辺境がライバルです。おやつファイナルで当たったら当然勝つし、エリア戦でも皆さんに負けず強いデッキを作ってみせますよ。



「辺境出身vault妖怪ダーテング」は今日も元気に絶対デュエマ!