メゾフォルテからあなたへ

ちょっと違う視点から歴史を語りたい。

太宰治の戒名は「文綵院大猷治通居士」である。
「綵」は ,△笋ぬ 模様のある絹 △△筺/Г匹蝓〔詫
「大猷」は大きなことを成し遂げたという意味があるとか。

そろそろ締めくくらないとと思っていたのだけれど
それほど目立たない作品に面白いものがあったりして、
まさに紅葉のような「綵」というものを感じられて少し寄り道してみたい気がする。
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たとえば 「女の決闘」は こちら

太宰治の天才ぶりもあるいはよく勉強しているということもわかる作品ではないだろうか。

山内祥史「太宰治の年譜」 大修館書店 2012年によると
1939年(昭和14年)から翌年までに脱稿とのこと。

妻である美知子との結婚式は、1939年(昭和14年)1月に行われて、1940年(昭和15年)2月3日に石原家戸主である石原明が、姉美知子と津島修治との婚姻を届け出たとのこと。

なるほど、太宰治が孔雀の羽を広げるような事情があった時期の作品だったのだ、と納得したりする。

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京都に到着しホテルに荷物を置いて、真っ先に出かけたのは1934年(昭和9年)創業のフランソア喫茶室でした。→  こちら

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エッグサンドとミルクティーを頼みました。
玉子はゆで卵ではなく焼いたものです。京都では、ほかの喫茶店でも同じようなサンドイッチがあるようですね。おいしかったです。
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このあと、コーヒーも頼んでほかの客が帰るのを待ちました。
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以前に、太宰治がこの喫茶店に来たことがあるという記事が出たことがあり、またそれは間違いではないかともいわれたりもしております。

太宰治は京都に来たのかどうか・・・・・
来たとすればなぜ秘密なのか

コーヒーの香りが特別のように感じられて、すてきな時間でした。

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