メゾフォルテからあなたへ

ちょっと違う視点から歴史を語りたい。

林和代著 『斜陽』の家 雄山荘物語 東京新聞出版局 1996年
は、梅雨の晴れ間のような読後感請け合いの本である。
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だって、目次初めっから「太宰治様へ一筆」という題で

・ 太宰さん、太宰さん、あなたは本当に人騒がせなお方ですねェ、いつまで経っても。大騒ぎで亡くなられてからもう半世紀も過ぎようとしているというのに、何の縁もゆかりもない私が、あなたの座った場所や歩いた畳のへりなどを、まるでいとおしい男の思い出語りでもしているように、来る人来る人に説明しているのです。
 ふと考えると、こんなに熱中して説明している自分がなぜそうしているのか理由も分からず、本当に変な具合の人生の一時期を過ごしていて、まるで夢遊病者のようです。物に憑(つ)かれたような昂揚(こうよう)した声音(こわね)で、まるで太宰さんと関わりのあった女の一人ででもあるように、あなたのことを語っているのです。本当に変な具合なのです。

という飛んでいる人がいる!というか・・・・・ その後ろを飛んでいる気分になるというか。

それにしても、今頃になって太宰治全集最終巻にあげられている、太宰治について書かれた本の目録を見てびっくり。
想像していたより何倍もの太宰治論がひしめいていて、ほとんど目を通していないことに気が付いた。
急に、井戸の中の婆さんガエルになった気分。


今更、太宰治を読む、の看板をこっそり外すわけにもいかないし・・・・・・
なので、婆さんガエルの視点もたたき台ぐらいにはなるかもしれない、と思い直した。
太宰治文学の本質は奴隷化防止にあって、裏返して考えると、ある種の厚かましさ、あるいは、ふてぶてしさを持て、ということかもしれないから。 

太宰治論のうち、どれくらいが太宰治肯定派なのだろう。
内外の情勢の影響を受けて、時期によっても傾向が違うかもしれない。

太宰治は、見えないところで猛勉強をしたらしい。
太宰治の特異な才能に目をつけていた人たちもいたようだ。

婆さんガエルとしては、そのあたりを探求中。


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あの写真を冒頭に持って来るということは、姉や弟たちの鎮魂という意味もあったのだろう。
太宰治の小説は祈りだ、という批評をなるほどと思ったりする。

しかしまた、どこかでは「如是我聞」で示されたような、津軽の忍耐力の裏返しみたいなところがあったりするはず。
それは巧妙に埋め込まれていて、何度も、またできるだけ多くの作品を読んでみなければわからないのだと思う。

たとえば、「人間失格」の登場人物の堀木正雄は、何人かのモデルを細分化して混ぜ合わせたようになっているのではないだろうか。
また、モデルと名前はすぐには結びつかないのかもしれない。

私が今のところ考えついたのは
堀辰雄 久米正雄 堀木克三 の名前のミックスではないか
ということである。

芥川龍之介の鎮魂は、復讐心に囚われた堀辰雄に任せていいのか・・・・・・
ということもあるだろうし、今後、芥川龍之介のような才能を潰してほしくないということもあるだろうし。

久米正雄は才能が豊かであったのにも関わらず、天才的な芥川龍之介がそばにいたために輝くことができずに嫉妬心が生まれた? これは久米正雄に代表されるということであって、多くの人間が嫉妬を感じたのではないだろうか。もしかしたら夏目漱石もそうであったので、芥川周辺の嫉妬を煽ったように見えたりする。

評論家堀木克三については、資料が乏しいのだけれど、芥川の作品を厳しく貶したり無視したりしたようである。

つまり、堀木正雄という名前によって、復讐、嫉妬、いじめ といったものを戒めている
のかもしれない。

太宰治は、堀辰雄同様に、芥川龍之介の気持ちを思って、復讐心というものを抱えていたはず。
それが祈りというものに変わって来た ・・・・・

戦争を経て、あるいは自分が親になって、あるいは多くの肉親の死によって
あるいはさまざまな人間との関わりによって、変わったのかもしれない。

もし、そういったことを堀辰雄に伝えたかった、とすれば
池水は濁りににごり 藤波の影もうつらず 雨降りしきる
の歌で、池水とは(受容する)心、ということになるだろうか。


諦めの気持ちを持て、ということではなく
戦争を無くするためには、結局のところ、復讐、嫉妬、いじめをやめる必要があると主張しているのだと思う。



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