そのほかに、6月18日という日付の意味を調べてみました。
1940年に、フランスのシャルル・ド・ゴールによる 「6月18日の呼びかけ(Appel du 18 Juin)」というものが見つかりました。
→ こちら

筑摩書房の創立記念日は 1940年6月18日とのことです。
何が起ころうとも、フランスの抵抗の炎は消えてはならないし、消えることもないだろう
の精神にあやかってのことだったのでしょうか?
それとも、日本にもフランスを含む欧米への抵抗の自由がある、という意味であったでしょうか?

ケーディスが亡くなった1996年6月18日に「6月18日の呼びかけ」の影響があるとすれば

・戦後のフランスは、1940年のときとは立場が違っている
 核実験をアフリカ・サハラ砂漠で行ったりしている
・アメリカ軍でケーディスが死を覚悟して戦ったというフランス戦線で、フランスは自分たちが勝利を勝ち取ったとばかりに振舞った
・ユダヤ人であったケーディスは当然のことながらアウシュビッツについて関心が深かったが、
 ドイツ占領下にあったフランスではかなりの人間がナチスに協力していた
などが考えられると思います。

たとえば、連合国軍とドイツ軍が戦ったノルマンディー上陸作戦では
連合国軍の損害が多かったとか。
ド・ゴールは連合軍の指揮に参加することを主張したとのこと。
→ こちら

またドイツ軍には占領されたドイツ本土以外の兵士たちが入っていたとのこと。

ケーディスには何のための戦いか、という思いがあったのではないでしょうか。
ナチスに協力した人たちが少なくないフランスのために、占領された国の出身であるドイツ軍兵士との戦闘をしなければならない・・・・・


最近、改憲論議が盛んになってきて、わずかな時間でつくられたお粗末な憲法であるごときの意見が多くなっているようですが、上記のような経歴を持っていたケーディスによる憲法によって、日本はしっかりと守られたと感じられます。

むしろ、戦前、戦中、戦後と利権を求めて右往左往していた日本人たちが浮かび上がってくる思いがします。


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