太宰治の亡くなったのは6月13日ではなく、正確には6月14日だとのこと。
桜桃忌が遺体発見の日でかつ誕生日である6月19日に行われるのは、そういった事情もあるようだ。

太宰治の心中による死は、鳥尾鶴代と交際していたケーディスへの警告であったのではないだろうか。
と同時に、いわゆる逆コースをはっきりと示すことになった、と思われてならない。
逆コースのために1948年6月に設立されたアメリカ対日協議会については こちら  

以下にその理由を書いてみる。

6月14日という日付から
アメリカ合衆国のフラッグデーとのこと。
ケーディスは退任など日付にこだわっていたようである。

遺書とともに置かれていた3匹の蟹のおもちゃから
大庭みな子の芥川賞作品「三匹の蟹」は、内容よりも{大庭、3匹の蟹}によって、太宰治に関連があるように感じられる。(「道化の華」「人間失格」の主人公は大庭葉蔵)
大庭みな子の芥川賞については こちら
なぜか川端康成が一押しの作品であったようである。
作品中で三匹の蟹とは、Three Crabs というネオンが見えたということであったように記憶している。
レストランもしくはホテルの店名で、またシーフード・ソースのブランド名でもあるようだ。
この「三匹の蟹」をヒントにしてみると
ケーディスの出身地はアメリカ・ニューヨーク州ニューバーグであり、ニューバーグ風ソースを連想させる仕掛けだったのではないだろうか。

ケーディスの亡くなった日から
ケーディスは90歳まで長生きをして、亡くなったのは6月18日であったとのこと。
日本では6月19日 桜桃忌の日である。


GS側の実力者であったケーディスは、G2側からも日本の旧軍人たちや財閥からも恨まれていた。
もしかしたら心中に見せかけて殺されていたかもしれない。
もう一度 ケーディスについて こちら

太宰治は、天皇制を守り、そして、ケーディスの身代わりになった 
といえないだろうか。 

DSC02810
写真中央あたりに旧制青森中学があった。太宰治は海沿いの道で通学していたようである。

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コメント

 コメント一覧 (8)

    • 1. メゾフォルテ
    • 2017年12月21日 22:03
    • 何といっても、戦争放棄を記した日本国憲法はありがたいものであったと言わざるを得ません。
      朝鮮戦争やベトナム戦争に巻き込まれないで済んだわけですから。
    • 2. メゾフォルテ
    • 2017年12月21日 22:04
    • ケーディスや太宰治の強い気持ちを受けついで、日本は平和の伝道師となるべきだと思います。
      朝鮮戦争を終わりにして、北朝鮮に平和を☆
    • 3. メゾフォルテ
    • 2017年12月22日 10:34
    • 太宰治はゾルゲのようなスパイを目指したのかもしれません。
      後進国日本においては、どうしても二重スパイ的な行動になってしまう?
      森鷗外もまた、あちこちから情報を集めて日本を緩やかに変えていこうとしたように思います。

      山のあなたになお遠く・・・・の心境であったことでしょう。
    • 4. メゾフォルテ
    • 2017年12月22日 10:51
    • 大庭みな子さんは女学校のときに広島郊外にいて、原爆の救援隊に参加したのだとか。
      偶然にも主人の同僚の先生のお宅で、大庭みな子夫妻にお会いする機会がありました。主人と大庭みな子さんは原爆の話をしておりました。
      大庭みな子さんは、太宰治に関心があったようです。
    • 5. メゾフォルテ
    • 2017年12月23日 09:45
    • G2側には日本軍の旧特務機関が集められたようです。
      松本清張がいうように、特務機関の単独行動もあった?

      ソ連からの引き上げ者たちも加わって知恵比べというかそういうものもあった?
    • 6. メゾフォルテ
    • 2017年12月23日 09:48
    • 旧日本軍の軍人たちがもう戦争はこりごり、と思ったのかどうか。
      そうでもなかったようにも感じられます。
    • 7. メゾフォルテ
    • 2017年12月23日 23:22
    • それにしても、かつて戦争へと追い込まれた日本が、積極的に北朝鮮へ圧力をと主張するとき、他の国はどう思っているのか・・・・・
      次の餌食となるのは日本だということは・・・・・

      エルサレムが首都無効に日本が賛成したのはよかったと思いますけど。
    • 8. メゾフォルテ
    • 2017年12月30日 01:41
    • 大庭みな子は女流画家である桂ゆきと交流があったようです。
      桂ゆきは太宰治の弟子である桂英澄の姉だとのこと。
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