努力ブログのクラブ(努力クラブのブログ)

努力ブログのクラブです。

私の数少ない友達のうちの一つへの意気込み

昨日は1stでEVKKさんとの合同稽古だった。
劇場でやると、気が引き締まるというか、物の配置とかが決まるから、こういう位置関係ね、というのがはっきりする。
ほら、僕ら、っていうか僕が、努力クラブとは名ばかりのものぐさだから、稽古場では物の配置とか適当にしちゃう。
悪癖。
悪癖だけれども、かえりみようとも思ってないのはそんな悪癖だとも思ってないから。
そんな大きく見え方も変わるわけではないしさ。
役者は違和感を修正するので大変かもしれないけど、その大変さも尊かろうし。

昨日は稽古というか通しだったので、もちろん通したわけだけれど、改めて手前味噌、面白いなあと思った。
30分の作品なら過去一番じゃないかしら。
と、思うのは、過去やったのとはどれとも似てなくて比較するのが困難だから。
面白さの質も違うし、まあいいや、勢いで一番って言っちゃおうって感じ。

ただまあ、一つ確実に言えるのは、今までの30分のやつよりは役者が大変そうだということ。
大変さの質は全然違うから、またも比較は難しいけど、でもはっきりきっぱり今回のが一番大変そう。
あくまで傍から見ててだけど。
こんなオモチャ箱をひっくりかえしたような芝居。
それでいて、精緻を目指している。
この矛盾するのを同時に成立させたいばかりに大変なことになっている。
ほら、僕ら、ものぐさクラブとは名ばかりの緻密者集団だから、芝居では言い方とか間の取り方とか緻密にしちゃう。
役者の二人は心の底から大変そうだなあって同情すると同時に、すごいなあって畏怖したりもしている。

手前味噌が過ぎるかしら。
うふふ。
ひひひ。
まあいいや。
少なくとも僕が一度もやったことがないことをしてるし、こんなの一度も見たこともないし。
見ている間はそんなでもないけど、見終わったあとよくわからない衝撃があるし。
よくわからない衝撃があるぞっていう衝撃。
だからといって、話がわからないなんてことはないし。
僕なんかは話に共感したりもするんだけど。
ま、話書いたの僕なんで、それは当然するやろうっていうことなんだけど。
へへへ。

本番までもう少し。
頑張って稽古しよう。
ね。
稽古めんどうだけど。
ね。
今回に関しては必要なことだから。
ね。

「ゲームしてる彼氏のとなりの」の挨拶文に代えて

というわけで、このあと8時から「ゲームしてる彼氏のとなりの」の配信が始まります。
いつものようにパンフレットがあると思って、配信だからないって気付いたのは書き終わってからで、せっかく書いたんでブログに載せます。



静かな演劇が流行っていたとき、クソリアリズムっていう揶揄が演劇界の中にあったらしいが、世代的に僕は知らない。そういわれた芝居が淘汰されたあとに芝居を始めたからだ。

その揶揄が意図するところは、まあわからないではないのだけど、今や時代も違うし、そういうのをやってみてもいいんじゃないか、むしろやりたい、という気持ちになった。
もちろん好んで馬鹿にされたいとは思わないけど。思わないから馬鹿にしないでほしいんですけど。

劇的なものは、いやまあそれだけで面白いと思うけど、劇的でないものだって絶対面白い。はず。
生活を慈しみたいのや。生活を慈しむ芝居がしたいのや。僕は芝居で生活を肯定したい。そういうのをずっとしたいと思っていた。

さっこちゃんも佐々木くんもありがとうという気持ちや。

配信の芝居なんてやったことがないし、こんな機会なんでって調子に乗って初めてのことをいろいろやっちゃったりして、ちょっとどうなるかわからないですが、僕はすごく面白くて満足のいくものができたと思うので、最後まで観てもらえたら幸いです。



っていうのが、書いた挨拶文です。よろしくお願いします。

今日の20時から以下のアドレスです。よろしくお願いします。
https://m.youtube.com/watch?v=IZHph-FHuMk

ゲームしてる彼氏のとなりのに向けて

いつの間にか8月。や、もう3日。
梅雨が明けるのがあまりにも遅くて、時節の感覚が、もはやハチャメチャ。
気が滅入ることも、やはりたくさんあって、大変よね。
7日に配信公演「ゲームしてる彼氏のとなりの」の本番がある。
もう3日やから、だから、あれ、計算できないけど間もなく。
毎回の稽古が楽しくて面白くて、毎回の稽古は充実していると思う。
や、他の劇団の稽古におけるタイムテーブルと比べたら、我等の劇団努力クラブはあまりに隙間だらけで充実とは程遠いと思われるかもしれない。
稽古そっちのけで、恋愛の話(え、どうしたらモテるやろか、みたいな話)したりしてたし。
それだけで、稽古時間の大半を使い果たし、いや、やらなければって慌ててシーンをまわし、あはは、ほとんどせんかったねえっていう日が幾日もありて、一般の充実の感触とは違うかもしれないが、や、僕なんかはこれこそが充実と思う。
稽古してるときはちゃんとしてるし、ってわざわざ言わんでもよいのに、プライドが顔を出す。
ちゃんとしてるかどうかは本当はどうでもよくて、何故ならちゃんとしてなくても案外劇はできあがるから。
充実とは、つまり、余白の時間のことよ。
おほほ。
不真面目なんです、我等努力クラブ。
って、自分等のことを下げるのも、またこれもプライド。
プライドめ。

贅沢な時間よね。
隙間とか余白とかの時間のことかしら。
そうなんだけど、いや、稽古場における隙間とか余白とかのことではなくて、今回の劇の話。
「ゲームしてる彼氏のとなりの」の話。
贅沢な時間の話だと思う。
手前味噌ながら、本当に思うわ(関西弁じゃない使い方のわ)。
結局、余白や隙間にまつわる話。

ずっと余白と隙間を意識して作ってきた。
「涼しい。」とかの旅に出る話のときは、逃げたい、って、余白のある場所へ行きたい、って思って作ってたし。
「フォーエバーヤング」或いは「少年少女」は余白とか隙間とかでの話、大袈裟にいえば余白とか隙間とかを大事に守る話だと、今から思えば思う。
今回もそのパターン。
替えの利かない場所とか時間とか、相手とかの話。
ちゃんと呼吸するための話。

これをもって、贅沢なことを扱った話だと思っているのやね。
せやから、すごく観てもらいたいな。

写真を撮影しました

こないだ、
8月7日にやる「ゲームしてる彼氏のとなりの」というタイトルの配信公演の、
ビジュアルイメージがいるね、ということで、
写真を撮りました。
我々努力クラブはそういうビジュアルイメージにおいて、
写真は使ったことがなく、ハイセンスなとぼけているイラストを作ってきました。
もとい、作ってもらってきました。
なぜなら、
写真のそういうものは照れるからで、イラストならば照れないからです。
人が写っていようがいまいが関係なく照れるのよ。
だから、今までしてこなかったのだけれど、
我々努力クラブにとって初めての配信の公演だし、
宣伝やなんかやを今までと違うアプローチをしてみてもいいんじゃないか。
その通りだね。
ということで赤面するのを隠して、写真をビジュアルイメージにしてみることにしました。
しかも、佐々木くんの写真。
かつて、なんかの写真で、野原でハットを被って、シャボン玉を吹いていた彼だけれど、
ご存知?
さわやか(静岡のハンバーグチェーンではなく本来の意味での)イケメン青年だったんですけど、、、。
たしか、とまる。っていう京都の演劇に特化したフリーペーパーに掲載されたものだったと思うけれど、記憶は定かではないし検索しても出てこないから間違ってるかもしれないですが。
そんな彼だが、
どんな彼や?
こんな彼です。
ウーギョ!
今回のは、
佐々木君は一人テレビゲームに興じています。
というのも、今回の芝居は、
一人暮らしの部屋でゲームしてる男のところに彼女が遊びに来るっていう設定の芝居で、
写真は、彼女が部屋に遊びに来る前っていう設定。
もはや、さわやか(静岡のハンバーグチェーンではなく本来の意味での)ではなく、
おだやか(もしかしたらそういう名前のお店があるかもしれないがそうではなく本来の意味での)になり、
月日の経過を思い知りますね。
そんな写真なのですが、
どんな写真や?
こんな写真や。
ギャシャリンベンドゥッファー!
ウウィー ウウィー ウウィー
とっておきの一葉の写真を
もうじきお披露目できるかと思います。
その写真のこっち側に、
得意になってカメラを抱えている築地さんと、
赤面しているビッグボーイ(ハンバーグチェーンという意味での)を
想像して面白がってもらえたら幸いです。

https://m.youtube.com/watch?v=8fZZY2c-a80

三村さんについて

うわー、参ったな。
というのが率直な気持ち。
或いは、うわー、たまげたなあっていう。
だって演技がめちゃくちゃうまいんやもん。

そりゃあね、彼女の所属するコトリ会議で、何度かね、観てるし、
そのときも、うまいなあって、素敵な演技するなあって、魅力的やなあって、
思っていたのやけど、
大阪の演技のレベルが高いんか、
コトリ会議に出てる人らのレベルが高いんか、
知らんけど、
たまげたりはせなんだんやけど、
今回の稽古で、
たしか、三村さんのとこ、2回目か3回目かまわしたときに、
たまげた。
参った。
完璧やんって思た。

僕が、うまいかどうかの判断をするとき、
一番わかりやすいところで重視するのは、
力みの入り方と間の取り方なんやけど、それが完璧やった。
理想的な演技。
女神様なんちゃうかなあって思ったわ。
それは言い過ぎかもしれんけど、女神様かと思った。

しかし、うまいなあうまいなあって思ってて、
どういう人生歩んできたらこんな演技うまくなるんやろうって考えたら、
気持ちが暗澹たる気持ちがしてくる。
演技がうまくなるって、
演技がうまくなる必要があるっていうことやから、
演技がうまくなる必要がある人生を歩んできたっていうことになるよね。
そんな人生ってどんなんか考えたら、暗澹たる気持ちになってくる。

若いのに演技うまいって、
だから、必ずしも、いひひって感じになるわけでもなくて、
それは、僕の立場とかやと、本当ありがたいっすわーって感じなんやけど、
本人からしたらどうなんやろうなって思う。

演技うまくなろうとしてなったのか、
演技うまくなろうとせんでもうまくなったのか、
で、
全然違うと思うけど、
でも、まあ、僕にとっては理想的で女神様みたいや。
びゃあ。
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