2011年05月

以前ご紹介した浪板地区でお会いした元気のいいばあちゃんとの会話を一緒に訪問した訪問看護ステーション「コスモス」の森下さん(岩手県出身です)が再現してくれました。さすが地元です。
 
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(T:ばあちゃん、M:森下さん、O:大泉)
O:「こんにちは、お家この辺なんですか?」
T:「こんの坂(さが)上がってったどごさ住んでらの。」
M:「私(わだし)だぢ、気仙沼巡回療養支援隊って言って、気仙沼市の方がら、この辺の人だぢが、どったにしてらが、
  見できてほしいって言われで回ってるんだけど、少しお話聞がせでもらっていいですか?」
T:「あらあ、ごくろうさまです。」
M:「おうぢは何人で住んでだの?」
T:「ひとりだ」
M:「ひとりで住んでらの?家(うぢ)は大丈夫?」
T:「坂のいちばん上っかだもの。なんともね。」
M:「こわれだりもしながったの?」
T:「だいじょぶだ」
M:「お名前伺ってもいいですか?」
T:「私(わだし)?****っていうの。」
M::「**さんの辺り(あだり)は、水道も電気もまだきてないでしょ。大丈夫?」
T:「なんに、川の水飲んでら。電気はなくて不便だけんど。」
M:「お便所は汲み取り?」
T:「なんに、汲み取ってなんかしてもらわね。畑(はだげ)さ撒ぐもの」
M:「でも今は畑(はだげ)もでぎないんじゃない?汲み取りさ来てもらわねんで大丈夫?」
T:「だってわだしひとりだもの。半年ぐれ来なくてもだいじょぶだ。」
M:「体の具合悪いどごない?」
T:「どっこも悪いどごね。地震の後(あど)、あんまり歩がれねぐなったけど。これ、杖っこついでらがら」
 (おばあさんの手には、軍手と棒切れのような杖)
M:「何が病院さかがって、お薬のんだりしてながったの?血圧とか大丈夫?」
T:「なんにも言われだごどね。病院なんてかがったごどないもの。」
(一抹の不安を覚えるが、血圧を測るという雰囲気でもなく・・・)
O:「病院かかったことないの?どうしたら、そんなに元気でいられるの?教えてください。」
T:「飯(まま)ど汁(する)だ」
O:「え?」
M:「あー、おまんまどおみそ汁飲んでだら元気なの。」
T:「あど、海でしらすとれっがら。」
M:「あと、しらす。そうかー。すごいねー。」「おひとりで住んでだんでしょ。近ぐにご家族はいないの?」
T:「息子がね、時々来るの。」
M:「あ~息子さんが来てくれるんだ。息子さんはどごにいだの?食べ物どが持ってきてくれるの?」
T:「んだね。息子は松岩さいだの。」
M:「そっか。それは良がったね。」
T:「べづに来なくてもいいんだけどね。」
 
O:おばあちゃん、ぼくら、こんな活動してるっていう紹介するのに、一緒に撮った写真使わせてもらってもいいかな?
T:写真?
O:そう、写真載ったら困る?
T:わだしは生まれでこのかだ悪いごどしたごどないもの。どごさ出されだって困るごどね。
(一同笑)
 
ちなみに彼女を、この後、孝道山さんのドライバーさんが再び見かけて坂の上までお送りしたそうですが、
足のどこが悪いやら、車高の高いパジェロにひらりと上がっていったそうでした。
 

 前回の気仙沼訪問では、みのもんたの朝ズバッの取材がありました。(5月17日放送)巡回療養隊の取材で地元で被災して隊の本部長を務める村岡先生が中心の内容でした。“どさんこ”やSHARE、各県のチームの隊の構成チームの名前はでませんでしたし、どうしても公務員の方々はマスコミにでることに慎重になってしまいますので、実際は官民の共同チームですが民間組織での支援という感じで伝わっているところはありましたが、活動の内容的なこと、特に在宅の方々にも課題は多いのだという被災者の大変な状況などはよく取材していただけたと思います。
 私はコーディネーターとして、被災者の方に取材に協力してもらえるかどうかを相談する役で同行したのですが、声がはいっちゃったから出てくれといわれ、ちゃっかりテレビにも映ってしまいました。
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NPO法人訪問看護ステーション「コスモス」の安藤さんを追っかけるTBSの佐々木さん
 
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留寿都の往診でもそうなのですがが、断りきれずに、物資の少ない被災者の方からも缶コーヒーをもらってしまった大泉
 
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永井先生も長期に気仙沼にはいっています。
 
 あと、前回の投稿にコメントをいただきましてありがとうございます。コメントはニックネームと、自分で削除するときに必要になるので何でもいいからパスワードをいれていただき、どしどしご投稿いただけますと嬉しいです。

気仙沼市の巡回療養支援隊の健康相談班では、混成チームで在宅訪問を続けています。兵庫県チーム、徳島県チーム、宮城大学、SHARE、訪問看護ステーションコスモス、“どさんこ”で、5月より宮城大学チームが授業が再開になるということで終了し、5月1日より、今まで気仙沼市本吉地区で活動していた北海道チームの8名が加わって一緒に活動しています。保健所所長先生と北海道の保健師さん、道内の市町村の保健師さん、ドライバー担当の事務職員の方イメージ 1たちのチームです。神田さんがきていたときは、ドライバー担当の孝道山の山口さんも北海道の方で、僕をいれて計11名、相談班の半数が北海道という日もありました。
全国各地からの混成チームで、まだ、回復半ばの市の機能をサポートして、被災された方に少しでもお役にたてればと協力して頑張っています。
 
 
 
 
ミーティングのようす
気仙沼市職員、気仙沼保健所、ケアマネ協会の方々と背中のロゴのジャケットを着た各県からのチームの方々

今回の気仙沼では“どさんこ”の理事で公衆衛生が専門の神田浩路さんも参加してくれました。神田さんには市から頼まれて行っている乳幼児健診周知作業(電話をかけて電話がつながらなかったところには訪問。これでやっと乳幼児健診が地震後再開できた。)のデータ整理に加え、事務雑用、コンセント直しなど、とてもたすかりました。
もちろん“どさんこ”の理事として、今までは僕だけが参加していたこの活動を視察してもらい、今後の“どさんこ”の方針について来月の理事会でもご意見いただけると思います。
神田さんお疲れ様でした。
イメージ 1パソコンで仕事中の神田さん
「すこやか」にはいったところのホールの総合受付のような場所が僕らの仕事場です。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 2ボランティアのアパートでおにぎりを握る神田さん

大泉です。5月10よりまた気仙沼にきています。震災後2か月が過ぎましたが、
①3月19日~3月30日 名取市
②4月12日~4月18日 第1回気仙沼市
③4月26日~5月2日 第2回気仙沼市
④5月10日~5月15日 第3回気仙沼市
と、もう1か月以上を東北の地で仕事をさせてもらっています。ずっといればいいのでしょうが、本職の留寿都診療所の業務がありますのでそうもいきません。それでも、診療所で一緒にワークシェアをしている相棒の糸矢先生には随分とご迷惑をかけており、感謝です。
前回訪問時は瓦礫のなかのソメイヨシノが満開でしたが、今回は八重桜が咲いていました。
 
イメージ 1 大船渡線沿線の桜                
                                                                                                      
イメージ 2  大船渡線が気仙沼以北が不通のため気仙沼駅が                                              終点です    
 
私たちの働いている拠点は気仙沼市の健康管理センター「すこやか」ですが、気仙沼市は被災を免れた旅館やホテルはボランティアや仮設住宅等の工事関係の方でいっぱいですので、気仙沼から車で30分ほど内陸にはいった一ノ関市千厩(せんまや)というところに借りたアパートでSHAREやJVC日本国際ボランティアセンターの方々と5名から10名での集団生活をしています。                                       
                             
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 「すこやか」にて
 高橋看護師と地元採用のドライバーの阿部さん
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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ボランティアみんなで住んでいるアパートの全景。
被災地から離れているので、気分的には少し落ち着きますが、新しくはないのでたびたびくる余震では結構ミシミシいってます。

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