日程:2021年12月30日(木)〜1月2日(日)
場所:新潟県魚沼市、越後三山
目的:①雪山登山の実践 ②ラッセル経験を積む ③イグルー泊登山の実践
参加者:加藤(3)、秋田(3)、湊(3)、境野(3)、土田(2)、板東(1)、兼松(1) :計7名




皆さんお久しぶりです!!夏ぶりのブログを担当させて頂きます、兼松です!この前は夏になったな〜と言ってたのがすっかり雪降りしきる冬になってしまいましたね。やはり冬といえば雪景色が見える冬山登山!私もその景色が見たくて、冬山隊に入らせてもらいました!とはいえ、昨年の年末年始は大寒波が来た事もあり、思った以上に計画通りには行かない合宿でした。

0日目 アプローチ編

 12月30日、朝の5時半の始発に我々一行は京都駅から出発しました。アプローチとはいえ、早朝は早朝、殆どのメンバーは電車内で爆睡しておりました。途中大雪の影響で電車が遅延したり、乗り換え場所を一瞬間違えたりとトラブルは何度か起きましたがそれも青春18切符の旅の醍醐味、なんやかんやで10時間掛けて新潟の小出駅に無事到着しました。

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 ▲ 空っぽの電車を占領する一行、この日は天気もあまり良くないためか、乗車客が少なかった。

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▲電車内から見た魚沼市周辺、凄い雪だ、今からここに降り立つのかと思うと身体が震えたのを覚えている。

さて、いざ駅から降りてみるとそれはそれは寒い、京都とは大違いな事を身をもって知った。しかし、寒い寒いと言ってるのも束の間、早速トラブルは起きたのである。本来、我々は越後駒ヶ岳へ行くために道行山と小倉山を通じて縦走しようと考えていたのだが、その前泊予定地付近までタクシーが雪のため行けないと言うのだ。確かにこの大寒波、予想はできた事であったが仕方が無い、我々はタクシーの運転手にお願いして、行ける所まで行ってほしいと頼んで出発した。
10km程進んだのだろうか、ほんの数分でタクシーは行けるギリギリの所で停車した。どうやらこの先の林道(5km程)は人が住んでいない為除雪されていないとの事、しかしここを通過しなければ我々は登山口に行き着く事すらできない。一行は雪が降り頻る中、ワカンを装着して積雪の林道へ向かった。しかし、その時既に午後の17時ごろ、今から5kmのラッセル続行するのは難しいと判断し、我々は斜面にてテントを張り、一部は雪洞を掘って幕営した。成程これは容易なスタートでは無いぞと私は気持ちを奮い立たせた。

1日目 林道ラッセル編

我々の朝は早い、午前4時ごろに起床し朝ご飯の為にすぐさまお湯を沸かすのだが、当然だが夏とは違って沸くのは遅い。そんな間、私はコンタクトを入れるのだが、これがまあ上手く行かない。今までの合宿の課題になるレベルで私はコンタクトを入れるのが下手くそなのだ。涙目になりながら必死にコンタクトを入れる私の姿は何とも醜いものであろう。しかし、今回私は遂に手鏡を導入した事によって、一瞬にして入れれるようになったのである。全くノールックでコンタクトを装着してみたい物だ。
という雑談は置いといて、その日はとりあえずは登山口に向かわなければこの山行は始まらないという事で、5kmの林道をラッセルして進む事になった。私としては初めてのラッセルであり、一体どれ程大変な物なのか少し楽しみでもあった。そうして、午前6時ごろに我々は出発したのだ!(雪洞組は朝起きたら入り口が雪で塞がっていたらしく、出発が少し遅れたが、)
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▲ まだ日が出ていない、真っ暗な中雪の上を歩くのは新鮮だった。この時点で積雪は腰近く積もっており、我々の行く道を阻んでいた。
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▲出発してから1時間後程 傾斜は殆どついてないが夏道のように歩きやすくは無い。ペースを維持するのが難しい。

5kmは短いように感じるが、それはそれは長い道のりであった。我々7人は15-20分程先頭ラッセルをして交代というローテーションで進んでいたが中々進まない。稀に先頭が深い雪に嵌って藻がいている横で先頭を交代するという事もあった(筆者も一回だけやらかしてしまった...)。まあ体重が重ければ重いほど沈みやすいのか、と言ったらそうでは無いようだ(確かに一人沈みやすい方が居たが...笑)。
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▲先頭が嵌まった瞬間、こうズボッ!と足が入り込むと中々次の一歩が進みづらい。脱出するのにも体力を使うし嵌まりたくないものだ。それにしてもマカルーに積もる雪を見ると、雪山に来たんだなぁと実感する。

加藤先輩はラッセルも技術だ、と仰っていたが確かにその通りだ。彼のトレースはとても歩きやすかったのを覚えている。さて、ラッセルの感想だが、真っ白でふかふかな雪を踏み固めながら進むのは何とも気持ちのいい事なのだと感じた。斜面が無いからそう感じるのもあるが、やはりルートファインディングをしつつ先頭を進むというのは私にとってはとても良い経験であった。ただ、私は汗かきなのでペースを考えなければ途端に汗だくになってしまう。氷点下じゃ暑い、-5℃ぐらい欲しいなとこのラッセルを通じて思った事である。

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▲先頭ラッセルをする著者、一見寒そうに見えるがこの時は既に暑くなっていた。可能な限り薄着にしたのにも関わらずである。
 
こうしてラッセルを4時間程続けたのだろうか、現在冬季封鎖されている駒の湯山荘に到着した。ここは、小倉山へ続く尾根があるのだ。しかし、ここでまた致命的なトラブルが起きたのである!
この小倉尾根へ行くには、橋を使って川を渡るのだが、冬季の為一時的に橋が取り壊されていたのだ。橋なしでは、到底渡渉は出来ない川であり、我々は小倉山及び越後駒ヶ岳への縦走を断念せざるを得ない状況となってしまった。こうして、我々一行は駒の湯山荘付近で幕営し、私と加藤先輩はツェルトを使った。(イグルーは作れなかった...!)そして、2021年最後の日を終えた。
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▲一時期的に取り壊された橋、ここを通過するのは不可能では無いが今回は断念した。


2日目 明神峠アタック編


「あけましておめでとうございます!!」という言葉で始まった一月一日、そう言った私と加藤先輩の荷物には雪が積もっていた。ツェルトでは荷物は全てカバーしきれなかったらしい、唖々なんと寒い事か、だがそう泣き言を言ってられる場合では無い。早速朝ご飯にお汁粉とお雑煮を用意しなければならない。いくら山の上でも正月らしい事はしようでは無いか。そう震える身体を奮い立たせて私はetaセットを取り出して火を付けた。
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▲お雑煮、まさか山の上でもこれが食えるとは思って居なかった。寒い身体に染みる美味しさであった。

さて、その昨日の調査で小倉尾根に取り付けないことが判明した。そのため我々は渡渉は諦めて、川を巻く形で、明神峠へとりあえずは向かうこととなった。さっきまでの林道ラッセルはまだスタートでも無い、という現実を目の当たりにした状態だ。この日も雪はかなり降っており、風もとても冷たかったのを覚えている。

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▲さあまたラッセルの始まり始まり!傾斜がつくラッセルは更に辛い。身長以上の雪を掻き分ける事はこんな場所に来ない限り無い経験であろう。

著者が当初身長以上の雪を目の当たりにしたとき、ひたすら掻き分ける様に進んでいた。しかし、後ろから「掻き分けるんやない、崩して膝で押し固めて足場を作るんや」というアドバイスを受けて、初めてラッセルのコツを掴んだのである。いざコツさえ掴めば時間はかかるがトレースを作ることができる様になった。こういった経験は、先輩からのアドバイスが無ければ中々できることはない。本当に色々と学べて感謝しか無いです。
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▲なんとか尾根らしき場所までは登ることができた。しかし、ここに到達するまでにかなり時間を要してしまった。

順調に進んでいると感じていたが、いざ地図を見ればあまり進んでいないことが度々分かった。なんとも焦ったいことだ、どこまでも腰以上の積雪が続くと中々思った以上に進めないということが理解できた。また、ラッセル中は汗をかくほど暑いが、いざ終わって最後尾をしばらく歩くとまあ寒い、小まめに中間着などのレイヤリングを調節する大切さも身に染みて経験した。
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▲初めての本格的な冬山登山なので分からない事は多いが、これはきっと進み辛い道なのだろう。楽々と突破できるような積雪では無いはずだと信じたい。

そうして5−6時間程経っただろうか、中々調子良く進めないまま、我々は幕営地に適した比較的な平らで広い場所に行き着いた。そうして、テントを張り、また一部のメンバーは雪洞を掘ることになった。
しかし、それから1時間後急遽下山することになったのである。理由としては、これ以上標高をあげる事は日数的にも難しく、また不安定な天気の中ここで幕営するよりも、再度駒の湯山荘付近へ戻る方がいいとCLが判断したのだ。幕営地も丁度出来上がってしまった頃だったが、我々一行は撤退を余儀なく決行した。もう既に行く時に作ったトレースに雪が被っていたが、それはそれはスピーディに下山できた。そして、5時間以上掛けた道をものの30分で通過してしまった時の我々の気持ちを少し考えてもらってほしい。「おいおいこんだけしか進んで無いのかよ、まじかよ」である。
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▲なんやかんや戻ってきてしまった駒の湯山荘、もちろんこの日も閉まっている。温泉入って泊まってみたかったなぁ!

そうして、再度駒の湯山荘の姿を拝んだ後はまた我々は付近で幕営したのであった。

3日目(最終日) 林道ラッセル&イグルー制作編

さて、思った以上に上手く行かず撤退することになったが、このまま下山は面白くない。折角なんだからイグルーを作ってから帰ろう。ということになって我々はまた5kmの林道ラッセルを行い(丸一日たって31日に作ったトレースはすっかり埋もれてしまった)0日目に幕営した場所でイグルー練習をすることになった。

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▲加藤さんから先頭ラッセルを託される著者、この日だけは天気が回復して晴れ間が続いた。見返してみると良い景色だったし、こんな日に頂上から景色を見下ろしてみたかった。いつかリベンジ案件だなこりゃ。

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▲よりによって最終日にこの晴れ!
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▲最後に登れなかった越後駒ヶ岳をバックにして記念撮影。次行く時は絶対に登頂してやる!!!!

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▲著者、板東、秋田、湊が作成したイグルー、中々良い出来である。

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▲その中に入る著者と加藤先輩、二人でも楽々寝れる広さだ。

今回のイグルーは前回の反省を生かして、土台は大きくしっかりしたものを作り、後は細長いブロックを切り出して積み上げる作業を行った。また、屋根を塞ぐスピードも重要だ、二段目からもう塞ぐ作業に入った為、屋根を塞ぐのにそう時間はかからなかった。雪の質も、前回のイグルー講習会の時と比べ湿雪で固まりやすく、脆くない雪だったので作りやすい雪質だったのだろう。今回は1時間少しでこのイグルーを作ることができ、成長を感じたと共にとても満足できた。これからは一人で40分ぐらいでこのレベルのイグルーを作ってみたいものだ。もっと練習するべきであることを自覚させられた。

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▲加藤、境野、土田の3人が制作したイグルー、これも2−3人は寝れる広さだった。床を掘り下げて横に広げたのが今回のキーポイントらしい。

そうして満足のできるイグルーを制作し終えた所で、我々の山行は終了したはずでした。しかしながら、ここでまたトラブルが起きます。それはどうやって駅まで戻ろうかということでした。最寄りの小出駅までは10km以上離れており、行きはタクシーを使いましたが帰りはどうしようかという話になり、ここは頑張って歩いて帰ろうという判断になってしまったのです。
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▲また更に長い道のりが待っている。みんなで頑張って歩いて帰ろう、そう思っていた。

しばらく先導を歩いていると、著者、板東、土田さんの下級生3人はある事に気づきました。後ろを振り返っても3回生が一人も見当たらないのです。歩くのがきっと遅れているんだとその時は思い、必死に前を向いて歩き続けました。しかし、それから歩いて1時間以上経った後、まだ後ろには誰もいません。不審に思いラインを見るとそこには「私達はバスで帰ります。」という一言が。その時の我らの気持ちをどう表現したらいいでしょう。下山し、ヘトヘトになってる中必死に10km歩いている中、先輩達はバスでとっくの前に駅に着いているだなんて!しかもバス停はそこの一個しかなかったのです!「ええ!なんで?どうして?、僕たち何か悪いことしましたか?」という激情にかられる中、我々は2時間半以上掛けて小出駅に到着したのでありました。やれやれ全く最後まで大変だった、後輩にはこういう思いはあまりさせたくないものです。

そうして、4日間に及ぶ我々の越後三山の縦走合宿は終了したのです。最後のなんとも歯切れの悪い帰りを除けば我々一回生にとっては、とても良い経験となりました。天候の悪い中での行動(立山でも経験したが)、新雪の多い中のラッセル、どれも中々苦行でしたが、こういう最悪な状況を知っているからこそ、動けるという事も今後は起きるのではないでしょうか。何もずっと楽な登山をして、甘い蜜を吸ってばかりいるのも良い経験とは言えません。起きたら雪が周りに積もっていた年明け、寒い中食べるお汁粉、どれも代え難いとても素晴らしい体験でした。技術やノウハウを受け継ぎ、これからも良い冬山登山を実践できるよう頑張って参ります。よろしくお願いします!!!


文基:兼松
写真:加藤、板東、兼松