2010年08月05日
ザレゴトアイドル
こんばんわ。ぺどです。
お蔵入りしていたノベマス用のプロットを発掘したので、多少加筆したうえで、せっかくなので貼っておきます。
動画作ってないので更新のネタ代わりです。
内容としては
「戯言シリーズ+化物語+アイドルマスター÷5」って感じ。
あ、薄まってますね。苦手な方は回避下さい。
ノベマスとして出す予定だったので、文章表現変なところがあったり、第零話は登場人物紹介も兼ねていたので文脈自体変だったりしますが、ご愛嬌。
宜しければごらんください。
「他人のために自分を殺すことができる人間っていうのは、なかなかどうして理解できないものがありますよね」
そうだろうか。
ぼくには、自分のために他人を殺すことのできる人間のほうが理解できないけれど。
「ふふ、あなたならそうなのかもしれませんね」
軽く笑われてしまった。
ぼくがどんな人間なのかは、しかし幸いなことにこの場合あまり関係がない。
多分これは、個々人の問題ではなく、枠組みの問題なのだろう。
アイドルとプロデューサー、否。
アイドルと一般人という、絶対的な差異。
たとえば、嗤う極貧。
たとえば、知らずの硝子。
たとえば、異端な普遍。
たとえば、歌う侮蔑。
たとえば、廻る双子。
そして、影の薄い彼女。
あの事務所にいた彼女たちは、あまりに違いすぎた。
どうしようもなくアイドルで、どうにもならないくらいアイドルで、どうする気にもなれないくらいアイドルで、そしてアイドルだった彼女たち。
だからこそ理解できない。理解する気もない。
「あらあら、そんなこと言っていいんですか?」
ニヤリ、とシニカルに笑われて。
「――本当のところ、あなたはどうなんですか?」
それは。
「あなたには、アイドルがどう見えます?」
逃避したぼくには。もうあのヒトの隣にいないぼくには。そして今、こうして舞台を見上げているぼくには――それは本当に答を考えるまでもない、他愛もない戯言だった。
だからぼくは何も言わなかった。
かわりに目を逸らして、別のことを考える。
果たして、今でもあの場所にいるであろうあのヒトには、
このぼくは一体どういう風に見えているのだろうか、と。
ザレゴトアイドル
第零章 バラバラカルテット
765プロでの生活もようやく3年目を迎えようとしていた。
それまで見ていた夢とこれからの現実、そんな曖々昧なことに何となくの区別をつけながらぼくはぼんやりと目を覚ました。
もう見慣れてしまった天井。窓などはなく、部屋の中は薄暗い。
時計に目を向けると7時少し過ぎ、そろそろ起きなければいけない時間だ。
「……起きます」
呟いて、ぼくはゆっくりと身体を起こした。
がらんとして、寝台以外に調度がほとんどない部屋。
この《あっけなさ》加減は牢獄か何かを如実に連想させ、こうしているとちょっとだけ死刑囚みたいな気持ちになってしまう。もう慣れてしまったけれど。
第3レッスンルーム。
アイドルたちが歌やダンスの練習をするためのスペースであり、窓はなく、代わりに防音がしっかりと施されている。
もっとも、今は寝台が運び込まれ、もっぱら仮眠室として利用されているが。
本来アイドルたちが自らの技術を磨くための場が、単なる寝床としてしか使用されていない現状は、そのままわが社の現在を表しているようで、いやはや、気の滅入る話だ。
「いや、滅入る気にもならない話なのか」
さて、と。
今日も一日が始まる。
さあ、プロデュースを始めようか。
部屋を出て、廊下を歩いていると美希と亜美、その二人にばったりと出会った。
「おはよう。二人とも、今日は早いんだね」
とりあえず人間の礼儀として挨拶をしてみたけれど、美希も亜美もぺこりと軽く頭を下げただけで、何も言わずに通り過ぎていった。
「…………そっけないよな、どうも」
こんな早い時間に事務所にいるということは、勿論これから朝イチの仕事なのだろうし、そもそもぼくは彼女たちの担当ではないのだから、あの程度の反応で満足するしかない。
もしもあれ以上の反応が欲しいのなら、春香あたりを連れてきて《わたしマーメイっ!》とでも歌わせるしかないのだろうが、そこまで身体を張る気はぼくにはない。
星井美希、そして双海亜美。
二人はアイドルユニット《トゥインクル》のメンバーである。
舞台上での明るいキャラクターとは対照的に、
普段の態度は淡白のひと言に尽きる。
星の煌めき【トゥインクル】とは言ってもあれは氷点下、
火星あたりの瞬きなのだろう。
誰が呼んだか『Twin Cool』。
センスのない二つ名とはいえ、それなりに彼女たちのことを表していると思う。
まあ、呼んだのはぼくなんだけど。
ちなみに、トゥインクルのメンバーは厳密にはあとひとりいるのだけど、彼女がいないのはいつものことなので特には気にしない。
「あ、おはようございますプロデューサーさん」
「おはようございます、小鳥さん」
事務室に入ると、小鳥さんが挨拶をしてくれる。
まだパソコンが起動していないところを見ると、彼女も来たばかりなのだろう。
「あら、服に皺が……もう! また仮眠室で済ませたんですか?」
「ええ、まあ」
「ちゃんと帰らないと駄目じゃないですか。ご自分の健康管理も仕事のうちですよ」
「はあ、すみません」
音無小鳥さん。
765プロの事務員。妄想家。
今ぼくの体調を気にしてくれたことからも分かるとおり、
基本的には良いヒトである。
明るく溌剌としていて、社内の人気も高い。
その割に、特定の男性との浮いた話のひとつもないことは765プロ七不思議のひとつだ。
(余談だが、どうせなら765プロ765不思議を作ろうという動きが以前あった。言いだしっぺは社長で、結局400不思議くらいまでいったところで飽きてやめてしまった。400不思議のうち、300ほどを作ったのは何を隠そうこのぼくである)
そういえば、普段は温和な小鳥さんだがひとつだけ絶対的なタブーが存在する。年齢の話だ。
小鳥さんの年齢は社内最重要機密に位置づけられ、それに触れようとしたものはひっそりと《出向》してしまうという噂がまことしやかに――
「《まことしやかに》じゃありません!」
「あれ?」
「もう! あまり女の子にデリカシーのないことを言わないでください!」
女の子? という疑問を寸前で堪える。われながら見事な処世術である。
しかしあれか。また思っていたことをベラベラと口に出していたらしい。
この癖は寿命を縮めるから直したほうが良いと律子あたりに言われていたが、先は長そうだ。
「ところで小鳥さん」
「はい?」
「一体、おいくつなんですか?」
「ぶふっ!」
おお、噴き出した。
「な、な、何でこの流れでそれを聞くんですか!?」
「いえ、気になったもので」
「教えません! お、乙女の秘密です!」
さすがに《乙女》の単語は恥ずかしかったらしい。もちろんぼくは処世術を貫く。
「そんなことより、プロデューサーさんもコーヒーいかがですか!?」
照れ怒りながらもコーヒーを勧めてくれるあたり、
やはり小鳥さんは良いヒトだった。
だが、苦いのが苦手なぼくはこの申し出を謹んで辞退する。
断ったことで気まずくならないよう、こちらから何か話題を提供するのは社会人としての嗜みだろう。
さて、話題、話題と……。
「そういえば小鳥さん、昨日は珍しく夢を見たんですよ」
「夢、ですか?」
「はい。起きたら絶海の孤島にいてですね、そこには三つ子の可愛いメイドさんとメイド長、それに美人のお嬢様が暮らしてるんです。そこには天才ばかりが招かれるんですが、その天才というのも若くて美人な女性ばかりなんですよね。あ、そういえばロリで可愛い幼馴染的な女の子もいたかな。そいつはもうぼくにベタ惚れでして」
「プロデューサーさん」
「はい」
「やっぱり、コーヒーはいかがですか?」
「ふむ……そのココロは?」
「さっさと目を覚ましやがってください♪」
いやいや、まったくごもっとも。
化粧室の前には律子がいた。
ので、ぼくは思わずその胸を鷲掴もうと飛び出していた。
「何しようとしてるんです、か!」
《か!》のところで下顎に芸術的な左フックが入り、ぼくは崩れ落ちる。
痛みに耐えること30秒。
「やあ律子、おはよう」
「何事もなかったかのように会話を続けるんですね……」
「まあ、いつものことだし」
「それもどうなんですかね……まさか、担当してるアイドルにはこんなセクハラしてないでしょうね」
「当たり前じゃないか。ぼくは一途なんだぜ、浮気なんかしない」
「はあ……」
「ところで律子、そのおっぱいがこぼれ落ちないように支え続ける仕事、今日は空いてないのか?」
「空いてるも何も、そんな仕事はありません」
「馬鹿な、じゃあ何故そのおっぱいはいつもこぼれてないんだ」
「いや、それはまあ、服とか下着とか……」
「くそ、また服と下着か! あいつ等どこまでぼくの仕事の邪魔をすれば気が済むんだよ! たまにはぼくに役目を譲れよ、まったく!」
「落ち着いてください! あなたの仕事はアイドルのプロデュースです!」
「…………」
ああ。
そういえばそうだった。
危ない危ない、開始5分でキャラが崩壊するところだった。
ぼくは《おっぱい》なんて単語を放つはずもないクールキャラだったっけ。
「まったく、そんな調子で小鳥さんにも年齢聞いたりして。
刺されても知りませんよ」
「いや、何でそんなタイムリーな情報を」
「まあ、これは偶々ですけど」
「……本当、お前は何でも知ってるな」
「何でもは知りませんよ。知ってることだけ」
相変わらず格好いいな、こいつは……。
さすがはアイドルとプロデューサー、
二束のわらじを履き潰している女傑である。
「そういえば、レッスンルームの明かりが点いてましたよ。
千早だと思いますけど」
「いつも早いな……ありがとう、行ってみるよ」
「いえいえ、どういたしまして」
第2レッスンルーム。
中に入ると、千早がヘッドホンで曲を聴いていた。
邪魔をするのも悪いと思い、聴き終わるまで近くの椅子に腰を下ろし待つことにする。
如月千早。
歌姫。
ぼくの担当するアイドルユニット《This Member》のメンバー。
元々歌手志望だったところをウチの社長が引っ張ってきた人材だ。
さすがと言うべきか、歌唱力は群を抜いていてユニットのメインボーカルを務めている。
性格は多少気難しいところもあるが、根は優しいのを担当プロデューサーであるぼくは知っている。
「……部屋の不快指数が30ポイントほど上がったと思えばプロデューサーでしたか」
「…………」
「おはようございます。プロデューサーのようなヒトを目覚めさせるなんて、今日も世界は優しいですね」
「…………」
優しくねえ、優しくねえよこの女! 誰だ、優しいなんて言った奴!
この女の本質を全然理解してねえよ!
「……おはよう。クラシックを聴いてたのか」
気を取り直して、ぼくは千早の手元にあるCDケースからそう推察する。
「……正解です、驚きました。そういえば、プロデューサーにも一応目と脳はくっついてるんでしたね」
毒づかないと喋れないのだろうか、こいつは。
「それはそうとプロデューサー。この作曲家をご存知ですか?」
そう言って、ケースをこちらに向ける。そこに載っている名前は、聞き覚えのないものだった。少なくとも、音楽の授業で習うようなメジャーどころでないのは確かだ。
「んー、知らないな。職業柄、そういうのには詳しいほうだと思ってたんだけど」
「そうですか。プロデューサーにも知らないことがあるんですね」
「おいおい、それは買いかぶりすぎだぜ」
「いえいえ、プロデューサーともなれば、何でも知っているようなものではないですか」
「いやいや、律子風に言えば、ぼくが知ってるのは知ってることだけさ」
「そうですか。プロデューサーが知らないのは身の程だけだと思ってました」
……。そこに持っていきたかったのかこの会話。
千早との話に安易に乗るとろくなことにならないという典型的な例である。
「まあいいや。打ち合わせは9時からだから、遅れないようにな」
「分かりました……ところでプロデューサー」
「ん?」
「皆の前で呼吸をするのは控えたほうが良いですよ」
ぼくに死ねと言ってるのかこの子は。
いや、ここはクールにいこう。先ほどキャラを乱してしまったばかりだし。
うん、クールにクールに。
「えーと、そのココロは?」
「いえ、プロデューサーが私たちと同じ肺呼吸の生物だと認識するのは、70億の人類にとってあまりに屈辱的ですから」
「ぼくはお前を敵だと認識したぞ!」
不倶戴天の敵とはこのことだ。
きっとぼくにとっての人生のラスボスは如月千早に違いない……!
「はいはいご自由に。では、9時からですね」
これで話は終わり、と千早は再びヘッドホンをかける。
こちらもこれ以上用はないので、黙って部屋から出て行くことにする。
まあ、千早が時間に遅れたことはないので大丈夫だろう。
事務室へ戻る途中、自動販売機の下に人影を見つけた。
何の比喩でもなく、文字通り《下》である。
「んー……んー……」
自販機と地面との隙間に手を突っ込み、その人影は唸っていた。
いくら落としたのかは知らないが、しかし公然と廊下に這いつくばって必死に手を伸ばすその様は、滑稽さを通り越して恐ろしくすらある。
はっきり言って、どん引きだ。
背格好からするとまだ子供のようだが、周囲はどういう教育をしてきたのだろうか。ああいった行動には本人ではなく、その関係者の良識をこそ疑うべきだと思う。
社会的動物の成長は、周囲の環境によって左右されるのだから。
やれやれ、なるべく目を合わさないよう、関り合いにならないように通り過ぎなければ。
あの子の関係者にでもなろうものなら、こちらの良識まで疑われ――
「……あ、おはようございます!」
「………………………………………………………………………………」
関係者だった。
というか、ぼくの担当アイドルだった。
…………。
「……いや、よく考えれば自販機の下に手を突っ込むくらい、誰でもやってる行為だよな、うん。たとえ小銭といえども粗末にせず、きちんと取り戻そうという行動指針は、現在の貨幣経済に則った上でも決して蔑視するものでない――」
「あの、なにを呟いてるんですか?」
「攻勢的自己防衛」
「はあ……? ところでプロリウサー」
「ヒトの職業を犯罪者の一歩手前みたいに言うな。ぼくの職業はプロデューサーだ」
「失礼、噛みました」
「違う、わざとだろう」
「かめはめ波」
「もはや原型がない!?」
「それでプロデューサー」
「なんだ、やよい」
と、何事もなかったかのように本題に戻るやよい。応じるぼく。
このあたりはもう、慣れたものである。
「抱きついても良いですか?」
「駄目だ」
「…………」
「…………」
「あのぉ……ぎゅってしても……良いですかぁ……?」
「甘ったるく言っても駄目だ。お前今、ホコリまみれだろう」
先ほどまで廊下に這っていたのだから当然である。
「なんと! ホコリをプロデューサーに擦り付けつつ、隙あらば引き倒して今度はプロデューサーのほうをホコリまみれにしようとしていたことまで読まれていましたか!?」
「いやさすがに後半までは読んでねえよ!」
純真そうな顔してなんて計画を立ててやがる!
「それはそうとアイドルペロデューサー」
「わざわざ語頭に《アイドル》までくっつけて、ぼくの職業をいかがわしい行為みたく言うんじゃない。ぼくの職業はアイドルプロデューサーだ」
「失礼、噛みました」
「違う、わざとだ――」
「カビハイター」
「言っておくがホコリまみれなのはお前だからな!」
「いやですプロデューサー。《カビハイター》なんですから、退治するのはホコリじゃありません」
「まあ、そうだな」
「退治するのはプロデューサーです」
「カビだよ!」
「失礼、噛みました」
「どう噛めばカビとプロデューサーを間違えるんだ!?」
「そういうこともありますよ、カビ」
「さっそく噛み間違えた!?」
高槻やよい。
向日葵。
《This Member》のメンバーにして最年少。
趣味は節約、特技は鹵獲。
かの水瀬伊織をして《魔性の女》と言わしめたプレデター。
家庭の事情から倹約な生活を強いられており(これが趣味にも繋がっている)、好きな言葉は《常在清貧》と《一攫千金》。
あと笑顔。とにかく笑顔。
総じて、嗤う極貧。
「まあ、そんなこんなで今日の私は一味違うんです!」
「ふむ……そのココロは?」
「じゃじゃーんッ!」
「おー」
やよいがポシェットから取り出したのは眩いばかりの100円玉だった。
平均所持金が約12円(765プロ・ぼく調べ)であるやよいにしては大金である。
しかし問題がひとつ、収入源が分からない。
「うっうー! 拾いました!」
…………。
拾ったのか。
先ほど自販機の下にうずくまっていたのは、どうやら落とした硬貨を拾おう【等価交換しよう】としたのではなく、新たに硬貨を拾得しようと【無から有を生み出そうと】していたためらしい。
とんだ錬金術師だ。
「で、この自販機の下が賢者の石か」
「いえ、残念ながら今日は1番も2番も不発でして。この100円は3番で拾ったんです」
なるほど、どうやらこのハンターは自分の狩猟ポイントに番号をつけているらしい。
さて、どうしようか。
まあ、多少行儀は良くないけれど、そこまで目くじら立てるほどのことでもないかもしれない。
考えようによっては、自販機の下という経済的に隔離された最果てから、価値をサイクルの中へ戻していると言える気もするし。
ネコババではあるけれど、泥棒というほどのものでもないだろう。
二者の違いはもちろん、ネコが犯す罪か、ヒトが犯す罪かの違いである。
ヒトの罪は罰せられるべきかもしれないが、ヒトあらざるものの罪に必罰の概念はない。
そしてその点、高槻やよいはヒトでない。
アイドルだ。
どうしようもなく、アイドルなのだ。
どうにもならないほど。どうする気にもならないほど。
「……まあ良いか。で、その3番ってどこなんだ? 1階のタバコ自販機?」
「いえ、プロデューサーの財布です」
「泥棒だぞてめえ!」
泥棒だった。
完膚なきまでに泥棒だった。
「まあまあ。考えようによっては、経済的に隔離された最果てから、価値をサイクルの中に戻しているとも言えるじゃないですか」
「言えねえよ! ぼくの財布はサイクルの内側だよ!」
「失礼、噛みました」
「飼い猫に手を噛まれた!」
今日もぼくとやよいは平常運転である。
やよいに9時の打ち合わせの件を伝えると、了承の意と共に駆け出していった。
どうやらこれから4番5番を廻って行くらしい。
(ちなみにぼくの財布であるところの3番は永久欠番としておいた。しかるのちは33番を使わせることになるかもしれない。もちろん使わせないけど。戯言だ)
「あ、ぷっろでゅーうさー! おっはよーございまーっす!」
さて、改めて事務室に戻るとしよう。
特に急ぎの用件はないはずだが、メールチェックくらいはしておかなくてはなるまい。
「あれ? おーいぷろでゅーさー! おはよー、おはよー!」
あとは小鳥さんに頼んでお茶を淹れてもらおう。確かあとひと袋残ってたはずだ。
「……辺土流運肢作法、《絶招》――渡島天威!」
「う、おおぉぉぉぉ!?」
何かぼくの身体が大変なことになった。大変なことになった!
「もう、プロデューサーってば無視しないでくださいよー。泣いちゃいますよー」
「泣きそうなのはぼくだ!」
コイツ、明らかにこんなほのぼの日常シーンで繰り出してはいけないレベルの技を出しやがった……!
だって絶招って言ったもん! 絶招って!
「プロデューサー、おはよーございまーすっ」
「ああ、おはよう……ユサ」
何事もなかったかのような挨拶。
ここでうずくまっていても労災は下りないので(一度本当に申請したことがある)、こちらもいつも通り応対する。
「プロデューサー、顔色が良くないですよ。具合悪いんですか?」
「ぼくは《盗人猛々しい》という言葉を今ほど強く意識したことはないな」
「《ほんのりピンクの肌色で健康そのものの顔色、ただしナメック星人》みたいな!」
「……分かりにくい上に危ない発言だぞ。気をつけろよユサ、最近は《萌えキャラが犯人》とか《萌えキャラが被害者》とかもあるんだ。お前、これがミステリだったら殺すか死ぬかしてるぜ?」
「あれ! プロデューサー、私のこと萌えキャラだと思ってたんですか! やだなー、照れるなー」
「いや、立ち絵のないキャラだなーって」
「ひどい! 気にしてるのに!」
「《アイドルユニット This Memberのメンバー、ただし立ち絵なし》みたいな!」
「殺すか死ぬかしますよ!」
もうクールなキャラ設定などどこ吹く風である。
……おかしいなあ。小鳥さんあたりまでは上手くいってた気がするのに。
「大体、立ち絵がないっていうのはある意味最強の矛なんです! こと見た目に関してはもう言い放題なんですから! そう、何を隠そう私のスリーサイズは――」
「辺土遊佐子。身長152センチ。スリーサイズはB65(B-78 W-59 H-78)。髪型はポニーテールないしはサイドポニー。今日の服装はエメラルドグリーンのTシャツにキュロット」
「最強の矛、折らるる!?」
打ちひしがれているユサに対して、今日の打ち合わせの確認だけしておく。
特に慰めたりはしない。ぼくは低血圧なクールキャラである。
「あ、それなら知ってますよ。えっと、お昼すぎから第3レッスンルームですよね」
「……いや、時間も場所も間違ってるぞ。9時から会議室だ」
「あれ、おっかしーなー……まあいーや。了解であります!」
ユサと別れ、事務室でパソコンを立ち上げる。
とりあえず3人には打ち合わせの件を伝えることができた(朝イチで行うとだけ伝えて、詳細を伝えていなかったのだ)。
さて、残るはひとりだけど、まあ心配する必要はないだろう。
あのヒトは、普段は全くつかまらないけれど。
ここぞというタイミングは逃さないヒトだから。
「プロデューサーさん、おはようございます〜」
「ええ、おはようございます……あずささん」
《This Member》最後のひとりにしてリーダー、最年長。
三浦あずさである。
「何だか、今プロデューサーさんに話しかけないと、人物紹介を省略されそうなイヤな予感がしたもので」
「ええ、言ってることは良く分かりませんが、とにかく良いタイミングです」
ひとまず今日の打ち合わせについて説明する。
まあきっとこのヒトは、たとえ伝えなくても現れるんだろうけれど。
「分かりました。遅れないようにしますね」
「お願いします……そう言えば、《王子さま》探しはどんな塩梅ですか?」
あずささんを語る上で、これだけは外せない要素。
王子さま探し。
彼女がアイドルをしている理由は、有名になり、交友関係を広げ、《運命の王子さま》を探し当てるためだそうだ。
現在もアイドルを続けているということは、残念ながら未だにキスで目覚めさせてくれる男性は見つかっていないということだろう。
(ちなみにぼくは一次審査で落とされている。全くの戯言だが)
「うぅ〜、進展してません〜」
「もしかして、理想が高すぎるんじゃないですか? 具体的にはどういう条件のヒトなんでしょう」
「そんなに高くはないですよ。まず、白馬に乗ってて〜」
…………ハードル、高っ。
障害物競走かと思ったら棒高跳びだった、みたいな。
「……いや、そんなヒト、今どき競馬場くらいにしかいないと思いますけど」
「あ、ペガサスでも良いんですけど」
駄目だこのヒト。もはや種目はエベレスト登山となった。
生半な覚悟では遭難して凍死するだけである。
「まあそれはそうとして……プロデューサーさん、この前お話した件はいかがでしょうか?」
「……それは」
この前話した件。それは。
「そんなに、メンバーから脱退したいんですか?」
午前9時、会議室。
定刻だがまだ千早が来ていない。珍しいこともあるものだ。
時計を気にしながらチラリとあずささんを窺う。
……やよいと談笑している姿は、とてもメンバーを抜けたがっているようには見えない。
が、ぼくの判断にどれほどの意味があるだろうか。
相手はあの三浦あずさである。
ぼくの苦手な、三浦あずさだ。
裏表がある人間は、割と平気なのだけど。
裏表しかない人間というのは、やはり苦手だ。
さて、打ち合わせであるが、30分経っても千早は現れなかった。
結局、残る3人に簡単な庶務連絡だけを行い、この日は解散となった。
否、解散とせざるを得なかった。
まずはやよいが。
「うっうー、近所の特売が始まるので抜けまーす!」
次にあずささんが。
「あらあら、ごめんなさい。今日はちょっと私用があるんです〜」
あっという間に残るはぼくとユサだけである。
ぼくにアイドルを止められるわけがなく。
なすすべなく。手も足も出ず。
ぼくはただただ二人を見送ったのだった。
「もう、こんなので良いんですか!?」
ユサが激昂する。
「大事な打ち合わせなのに! なのにこれじゃあ《This Member》、バラバラになっちゃいますよ!」
ユサの叫びが、やけに遠く聞こえた。
お昼をコンビニの弁当で済ませて、ようやく人心地つく。
あれから遊佐子は第3レッスンルームへ歌詞の読み込みをしに向かった。
歌詞の読み込みをする時には周りにヒトがいると集中できない、と数ヶ月前からひとりで行っている。努力を見られるのが恥ずかしいのか、メンバーには秘密らしい。
誰にも使われていない第3レッスンルームは、そのために丁度良いスペースだったようだ。
「だけどどうせアイツ、飯も食べてないんだろうな……」
ひとりでいるときは、昼食どころか3食抜くことすら間々あるのである。
健康管理は基本だというのに、そういう意味ではアイドルになりきれていない。
とりあえず、おにぎりを2、3個持って遊佐子のもとへと向かう。
「そう言えば、バタバタしてて千早の様子も見てなかったな。これを渡したら次は――」
扉を開ける。
ドアプレートには《第3レッスンルーム》。
目に飛び込むのは、赤、赤、赤。
一面の赤色。
耳につくのはギィィィという稼動音。
床で、チェーンソーが唸りをあげている。
だが、ぼくの意識はそのどちらにも行くことはなかった。
意識が行ったのは、赤色の中の、ピンクと、白と、肌色。
そして。
ひとつ映える、エメラルドグリーン。
「――あ、ぁぁ――――――」
どこまでも文字通りに。
どこまでも言葉通りに。
唐突に。
前触れなく。
あっけなく。
このままでは《This Member》がバラバラになると言っていた彼女は。
しかし、たったひとりでバラバラになっていた。
辺土遊佐子が、バラバラになっていた。
《This Member》is dismembered――――To be continuned...
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この記事へのコメント
かなり西尾作品を読み込んだに違いない…。
俺も西尾維新は好きだがこんな文章かけてもいいが絶対書けない。
この程度が限度ですホントにどうもスイm(ry
どっぷりつかってしまいました!!
大変かもしれませんが
本気で新作待ってます!!!