2006年06月18日

テスト

携帯から書き込みちゅう。

携帯から、書き込みちゅう。

2006年06月16日

ご無沙汰ぶりです

一ヶ月?

早いね。

何があったか?

思い出せないね。

 

風のように時間が過ぎて行ったよ。

 

喉。

熱。

頭。

咳。

腹。

 

この一ヶ月でほとんどの風邪の症状を網羅してしまったね。

自分が弱いのか、周りが弱いのか。

 

一日中本を読んでいたいよ。

喫茶店の椅子に座って、朝方から陽が落ちるまで。

時間を気にせず。明日を気にせず。

 

最近休日のたびに電気屋へ行ってネットをつなげる準備をしているよ。

おかげでやっと家もADSLになりました。

光?

 

俺んちまで届いてないぞ、NTT。

 

…オタクん元気か?

 

 

大学のTシャツがほしい。

紺色のやつ。

2枚くらい。

これから夏だし着る機会も増える。

同僚の中にも母校のTシャツを着ている子もいて、それ見るとちょっとうらやましくも思う。

でも京都まで行けないし。

誰か宅急便で送ってくれないか。

代金は送料込みで現金書留で送ろう。

 

 

今日アクセスしてる人確認したら2人だったぞ(笑)

 

更新するヒマが無いんだ。

いや、夜とか携帯で更新できないこともないんだが、なんせ今月パケット代が1万とか目ん玉飛び出る数字が請求書に書かれていたもんで、恐ろしくてメール以外のi モードを使えまちぇん。見に覚えがないんだが…強いて言えばiアプリの三国志を夜通しやったことくらい…でも予め付いてるやつって料金発生するの?

 

「おまえは笑わないな」

 

と、ある人に言われた。

 

やはりまだ年長者は苦手らしい。

ちょっと自分の過去を探ってみたら、そういえば中学生の時に先輩に理不尽な理由でボール顔面にぶつけられて半べそかいた記憶がよみがえってきた。

それだけが理由じゃないんだろうが、先輩を避け始めたのは多分それからだろうな。

 

 

「今、楽しいですか」って聞かれたら…

「う〜ん、半々かな」って答えるかな。

3ヶ月、というのは中々良い頃合の時期でして。

人の良いとこ悪いとこ。

仕事の良いとこ悪いとこ。

少し見えてくる時期らしいのだ。

慣れてくるんだね、人って。

そろそろレッテルが固定される時期でもあるかもね。

 

さぁ、まだまだこれからさ。

こんなもんじゃないよ、普段の俺たちってのは。

何考えてるか分かんないよ、俺は。

 

まだ3ヶ月さ。


2006年05月19日

それ、買いです

『大人買い』って気持ちいい。

いくら使うかを考えずに自分の欲望のままにポンポン商品を手にしてレジにぶち込んでやる。

こんな爽快なことはないな。

そんなわけで、うちの本棚には読まれていない本がいっぱいです。

2006年05月14日

5時間

熱は下がりました。

しかし36.8℃、というのが曲者です。僕の平熱より若干高め。まだ喉も痛いし、立ち上がるとフラフラする。無理をすればまたぶり返すかもしれないな。

かといって無理しないわけにもいかないので…サプリメントでビタミンCを補いつつ、明日からは毎日うがいを徹底する所存です。休日の度に寝込んでられるかってんだ。

今週乗り切りゃ給料日じゃわい(`Д´)ノ

2006年05月13日

BI・NE・TSUを感じて

80年代アイドルの曲名風のタイトルにしてみました。

タイトル通り、37℃弱の微熱が厄介です。

抗生物質のおかげで瀕死の状態からは脱することができましたが、まだ若干の目眩も残っており、油断できません。

明日起きるまで熱が下がってないと…一週間乗り切れるか大いに不安です。

風邪ひいても恋人が付きっきりで看病してくれ、尚且つ時間を気にせずいつまででも寝ていられた大学生活がもはや懐かしい…ホロリ(>_<。)

誰か救急車を呼んでくれないか

金曜日の午後から妙に体がダルいと思って夕方熱を計ってみたら38℃ありました。

午前中はビンビンに元気いっぱいだったのに突然発症しましたね。

先週は喉をやられて、今週は熱にうなされて…週末の度に体調崩しております。週末が全然楽しくねっす。今までとは多少違ったテンションで過ごしているのでやはり体が拒否反応を起こしているのでしょうか。

夜には熱が39℃まで上がったため、こりゃいかんと夜間診察してくれる病院に駆け込みました。

なんだか頼りない医者に風邪だと診断されました。まさか研修医なんじゃあ…。

3日くらい前の新聞に岩手でインフルエンザが謎の大流行という記事があったので、もしやとも思ったのですが、医者の判断ではただの風邪だと。

いいんだね?君を信じていいんだね!?


こういったいきさつから、折角の休日を床で過ごしております。泣きたいです。やりたいこといっぱいあったのに…。

明日までにはなんとかして治さねばならぬん〜。

2006年05月03日

不拉致。

横田めぐみさんの父母がブッシュに会った。

親父の方はともかく、あの母ちゃんの行動力には驚かされる。気もしっかりしていて発言力もある。だからどうしても親父が頼りなく写りかすんでしまう。

アメリカに威嚇してもらうのは実に手っ取り早い方法だった。現在世界で一番権力を握っているのは間違いなくアメリカだ。最強国アメリカから睨み一発頼んますよ〜ってのは誰もが考えることだった。

しかしアメリカに頼み込んでしまったってことは、自国の外交手腕の貧弱さを露呈してしまったことに他ならないのではなかろうか。

日本ではどうにもできませんでしたって言ってるようなものではないのだろうか。

少なくとも拉致問題でもまたアメリカに借りができてしまう。基地移転費用6割強負担もしょうがないんだろうかね。

 

ニュースで普天間基地移転に関するインタビューをやっていた。岩国市の女の子は『反対!うるさいし〜危ない』と無邪気に語っていたよ。でも基地くると儲かるよ〜。雇用状況は一気に上向くんじゃないかな。

 

そういえば今日は憲法記念日。9条に関する意見が新聞を賑わせていたね。

戦争放棄。

 

戦争しかけられたら一体どうするんだろう?

アメリカ支援を堂々と宣言しちゃったから日本国内でもテロが起こる可能性はあるってみんな言ってるね。

自衛はできるからするだろうな。後は?

やり返さないんだろうか?

 

自分の国やられっぱなしってことはないでしょう。武力で来られてそれでも話し合うってわけにもいかないでしょう。

武力行使するよね、当然。男として(?)。

でも9条あるから手出しはできない。

それだからきっと那覇やら嘉手納やら岩国やら名護やら厚木やらからびゅんびゅん飛んでいくことになろうなぁ。

 

米国が日本の代理となって戦争だ。

しかしそうすると米国の兵隊さんは死ぬこともあろうなぁ。

日本人は死なないでよし。

でも日本を守る米国人は死んでよし?

 

基地はいるだろうな。

無くなったら軍隊持たなくちゃならないし。

それ以上にアメリカとのつながりなくなったら国際社会から孤立しかねないもんな。

食料自給率も40%で輸入に頼るしかない状況だし。

遠い未来、日本に住む奴いなくなるんじゃねぇか?

 

過疎化した農村を基地にしたら?

港がなきゃだめなのか…。

 

基地は誰かしら背負わなきゃならないモノだから、どこも複雑な思いだろうし。

 

そうだ!

 

港がある町を全面米軍の町にしてあとの奴らは農村に疎開したらいいんだ。そうしたらその農村も栄えて米軍も気兼ねなく飛行機飛ばせて一石二鳥。チャイナタウンならぬアメリカンタウンを作っちゃえばいいのさ!下手に共存しようとせず、節度を持って接したらいいのさ!

でも結局その港町に残る日本人は必要になるな…。治安のこととかももあるし…。

 

沖縄の7割が基地だっけ?

もうどうしようもないな。そこまで侵食されてちゃ。

 

でも自国で軍隊持つにしても結局軍事基地は必要なんだから、しょうがないって割り切るしかないのかな。

アメリカ人気に食わないって言ったらそれまでだけど。

 

あいつらぜってー日本人のこと未だに黄色いサルとか思ってんだぜ?よく分からん英語ペラペラしゃべっていい気になりやがって…英語は最低限できなきゃくやしくてアメリカ行けねぇよ。

行かないけど。

 

親父行ってくるけど。

 

フロリダだってさ。

救急のボランティアだってさ。

 

いつのまにそないスケールが大きく?!

 

俺も負けてらんねー。

とりあえず英語だ英語。

アメリカになんか負けてられるかー。


Rおんちゃん

おじさん。おじちゃん。おっさん。おっちゃん。おじさま。

地方によって呼び方は様々だが、こちらでは『おんちゃん』と言う。

 

僕はその人をRおんちゃんと呼んでいる。

Rおんちゃんは父と小学校来の付き合いのある人で、我が家とも家族ぐるみの付き合いだ。

 

Rおんちゃんは“超”良い人だ。

田植えや稲刈りなどの際、我が家で人手が足りないときに必ず駆けつけてくれる。父の日曜大工の手伝いなどもよくしてくれる、今どき珍しい義理人情に厚い人だ。

Rおんちゃんは“超”おもしろい。

スキーをはじめとして、料理、山菜取り、釣り、キャンプ、ドライブ、日曜大工など、アウトドア系を中心に多彩な趣味を持っており、話題も豊富だ。僕がスキーを教わったのもRおんちゃんだ。

Rおんちゃんは“超”収入が安定している。

不況バブル崩壊ドンと来いの親方日の丸公務員。ガッチガチの安定収入だよ。

 

そんなRおんちゃんももう40歳強。白髪増えたなぁ…なんて思うこともある。

 

すごい良い人で、おもしろくて、お金もある。

 

 

 

 

 

なんで結婚できないんだろう…。

 

いや、もう顔のことは置いておこう。確かにいわゆる美形ではないが、味のある良い顔だよ。そもそも結婚で顔を求める女性は少ないという統計も出てるじゃないか(どこに)。

以前一度だけ結婚を前提に付き合っているという女性を僕らに紹介してくれたことがあったんだ。

どういうわけか結局破談になってしまったらしい。

それも10年以上前だよ。

 

最近母が誰かと電話で話しているのをちらりと聞いてしまった。

 

『Rくんに良い人いない?もうそろそろねぇ…え?うん。選り好みもしてらんないでしょうに〜。お家のこととかいろいろあるみたいだけど、誰か良い人いたら紹介してちょうだい〜』云々。

 

 

ほんとに良い人なんだ!

 

はっきり言ってかなり大きなお世話なんだが、Rおんちゃんには幸せになってもらいたいと、僕は切に願っている。

結婚=幸せってわけでもないんだろうけど、とりあえず結婚はしてもらいたい。

もし僕が先に結婚してしまったら気まずくて報告できやしない。

 

 

しかしここに普遍の定理がある。

 

『農夫には出会いが無い』

 

Rおんちゃんの家は農家だ。

都会の奴らは農家ってのに幻想を抱いてIターンだかなんだか知らないがちょこちょこ農村に入ってきてるらしいが、その実はかなり悲惨だ。

 

僕も最近家の代表として近所のドブ掃除に行ってきた。祖父が腰を痛めて、父も不在だったため、まだ仕事始まったばかりでそれほど忙しくない僕に白羽の矢が立ったわけだ。

集まりに行って愕然としたのは周りがみんな年寄りばかりだったことだ。若者がおらん。僕だけ妙に浮いていて、名前も知らんじいさんに『あぁー!Mさん(祖父)の孫か?』などと聞かれる。向こうは僕を知っているが僕は向こうを全く知らない。

この集まりにもちゃんと班長みたいな人がいて、一応仕切っている。ドブ掃除が終わったあと、集会みたいなものが道端で開かれて、稲刈りの前の第1回目の寄り合いを、第1日曜に開くか第2日曜に開くかでもめていた。

『第1日曜が伝統だから』

『いや、第1はみんな忙しいんだ』

 

僕にとってはどっちでもいいことを20分くらい延々やりあっている。

 

このままだとこの地に骨を埋めることになりそうな身としては複雑な思いはあった。20年、30年経ったら、こいつらの役割を僕も担うことになるのだろうか、と。

しかしこの長老たちの子や孫たちの中には、すでにこの町を出てしまっている者もいる。

僕と同世代の人たちもどうやらこの地で農業を受け継いでいく気配なないのだが、それではいったいこの町はどうなるのだろう。

 

農家というのは本来子沢山の家が多い。

種蒔き、田植え、稲刈りといった一大行事には、機械化が進んだ現代でも3〜5人の人手が要る。

その他にも、水をやったり、ハウスを建てたり、田んぼの水量を調節したり、意外に手間がかかる。

昔は5、6人いるのが当たり前だが、今そんな家は稀だろう。3人いたら子沢山の時代だ。

僕の家は2人兄弟だが、兄弟2人で農業続けろという方が無理がある。根本的な問題だ。人手不足なのだ。

 

昨日ちょうど我が家で田植えが始まった。

祖父がこれまた体調を崩して戦力外だったため、僕と父の2人で決行したわけだが、開始2時間で田植え機の故障が発覚し、中止になった。

今回の故障はJ○側のミスで、『高い金払ってるのに壊してよこしやがった』と父もご機嫌斜めになっていた。

 

農業というのは手間がかかる。

田植え前の稲に水をやるのも1時間くらいかかる。今日曾祖母にやってこいと言われしぶしぶやったが、気温の高いハウスの中でホースを引っぱり水をかける作業は一苦労だ。これを祖父や祖母が毎年やっているわけだから、そりゃ心労も溜まるだろう。祖父などは、最近ハウス作業中に高温にやられて体調を崩し入院するに至ってしまった。70歳近い体ではもう農作業は無理である気がする。

 

以前台風が日本列島を襲ったときに、用水路の流れに巻き込まれて老人が死亡した事件が何件かあったことをご存知だろうか。

この事件をテレビで見ていた友人は『何で老人が台風の時に外に出るような危険なことをするんだ。家でじっとしていればいいものを』など言っていたが、こういった老人は水利を点検しに行っているのだ。

田植え後の田んぼの状況には細心の注意が払われる。田に張る水の量が多くても少なくても稲は枯れてしまう。雨が降ったりすれば水量をうまく調節してやる必要があるのだ。台風がこようものなら、必死で水の流れをせき止めにかからねばなるまい。

種を蒔いてから、注意して水をやり、稲が育ち、ハウスの温度調節をしながら、適量の水をやり、田植えをし、田の状態を良好に保ち、害虫や鳥の被害を防ぐために農薬をまき、天候を毎日気にかけ、稲を刈る。そして脱穀して精米。

農作物が自分の口に入るまでには、気の遠くなるほどの苦労がある。農作物はもはや自分の子供のような感覚になるのだ。自分の子供を守るために、台風の中家を飛び出すことに何の躊躇があるだろうか。

『台風の時に外出するなんてバカじゃな〜い』なんて能天気なことを言えるはずもないだろう。

 

十数年前の大不作の年には家族全員が落胆した。世間がブレンド米やらタイ米やらと騒いでいる時に、我が家では上等のコシヒカリを食べていた。だがその年の農業収入はゼロだったのだ。

汗たらして手をかけて気を揉んで、それでも最終的に天候に全てを持っていかれる、そんな理不尽な仕事って、なかなかないだろう。

 

 

そういうわけで、農業ってのはのんびり時間が過ぎていくってものでもないのだ。忙しいときはべらぼうに忙しいし、手間もかかる。そしてここがポイントなのだが、農業は人を相手にしない

 

相手が人間じゃない。

これはすなわち人との交流の遮断を意味している。

 

昨日もくもくと田植えをしていて僕はふと思った。

 

『あれ?俺2時間誰ともしゃべってねぇ』

 

そうなんだ。農業って誰とも話さなくてもできる仕事なんだ実は。機械化が進んだ現在なら尚のことそう。自分の役割さえつかめていれば誰とも会話せず仕事を開始し終了することができる。

 

それゆえ、必ず周りに誰かいる最近の状況とのギャップがありすぎて、昨日はかなり寂しい思いをした。

農夫はシャイで口下手ってのもそうなのかもしれない。なんせ人と接しないんだから。この前『新婚さんいらっしゃい』に出ていた農夫もそんな感じだったな。

僕は今日稲に水をやりながら思ったよ(もちろん作業中は無言だ)。

 

『この生活がずっと続いたら絶対結婚できないな。つーか友達すらできないな』とね。

 

Rおんちゃんは良い人だ。友達もたくさんいる。ただ、あの歳まで結婚できていない。

そのことと、農業をやっている…ということは無関係ではあるまい、と僕は密かな確信を持っている。

 

 


2006年04月30日

超過勤務終了

ただいま。

明日からいよいよ一週間もの長期休暇、いわゆるゴールデンウイークです。

この一週間は大変だった…。

何より風邪ひいて喉が痛くて痛くて。

学生の時でもこんな変な風邪のひき方はしなかったけどな。知らず知らずのうちにやはりストレスが溜まってきてるのだろうか。

今晩は早めに寝ます。

あぁ久しぶりの独り寝。

2006年04月16日

あぁ…俺もビンタされたい

5日ぶりのシャバの空気を堪能するべく、愛車カローラを引っ張り出し、街へ出かけてみた。

助手席は、残念ながら空席だ。

30分190円のパーキングに駐車し、約1年前にトラックが侵入して人を薙ぎ倒したストリートを歩いた。

『もう止めりん!』と、甲斐甲斐しく僕を引き止めてくれる相棒もいないので、ふらりとゲーセンに立ち寄ってみる。

店内を歩き回っていたところ、めぼしい景品に出くわした。

名前は忘れたが、ネコだのイヌだのトリだのが、短い、それでいてほんのりとしたあたたか味のある文章の書かれたプレートを持ってるやつだ。最近よく見かける。

『どうしようもないくらい 大好きでいます』

そんな言葉が書かれたプレートを持ったかわいらしいネコに目を惹かれた。

『これあげたら喜ぶかもな…』

僕は迷わずコインを挿入した。

3回挑戦したが、新製品というのもあって(新製品はえてして取りにくいものなのだ!)取ることはできなかった。

よく考えてみたら、例え取ることができたって、渡すことができるわけでもなし、自分の部屋に飾ってみたところで、対したインテリアになるわけでもない。

僕は何とも言えない切なさに包まれて、店を後にした…。

2006年04月14日

我解き放たれり

私が寮に入っている間、ライブドア上場廃止されましたね。ブログサービスはいったいうまく継続されるのでしょうか…。

さて、金曜日というすばらしい今日この日、最初の出寮日となりました。

この一週間、辛かったと思いますか?

それとも楽しかったと思いますか?


不思議と『もう帰りてぇよおかーん!』などという狂気なまでの感情はないですね。

むしろ別に帰らんでもいい感じです。

割合、集団生活が苦になんないのかも…。

とは言え、まだまだ始まったばかり。これから辛いことはそれこそ山のようにあるでしょうよ。

とりあえず、ビール飲みながら『クロサギ』を見て久しぶりの休日を楽しみたいと思います。

待っててね、真希ちゃん♪

2006年04月08日

歩っ歩っ歩

大河ドラマのGackt抜擢には驚いたね。ライブドアの記事には『色物アーティスト』なんて書かれちゃって…記事書いたやつ殺すぞ。

 

昨日で研修が終わり、同期みんなで打ち上げてきた。さすがに酒強いやつは強い。アホみたいなテンションのやつもいるがそうじゃないのもいる。未成年は酒が飲めなくてかわいそうだ。同期に同じ高校の後輩だった奴がいてびっくり。世界は狭い。

 

さて、研修終了後の飲み会までの空いた時間を利用して出家してきた。

そう、僕はついにボーズになったのだ。

3年の沈黙を破り、古の髪型に…。まさに古巣に帰ったという印象。

「散髪」という表現が実に合う。バリカンで真ん中からジョリッとやられたときにゃ、落ち武者みたいな顔が鏡に写っていておもろかったやんけ。

 

僕の青春第一部は昨日をもって完結した。

明後日からは青春第二部じゃ。

自分をぶっ壊すぞ。

『おまえ、キモイって』って言われたって気にしないぞ!

 

 

それにしてもコメント6つもきててちょっとうれしがってたら全部エロサイトかよ。最近コメントが全部エロ系なのは一体どうして?私のブログがエロ系に引っかかりやすい内容だとでも?!


2006年04月06日

変わる代わる替わる

私携帯変えたんですが、昨日やっと登録してある人全員に変更メールを送り終えました。実に5日ほどかかりましたね。

何でそんなに時間かかったかというと、全員に違うメッセージを送っていたからです。同じようなくだりはあるものの、全く同じメールというのはないはずです。性格上、同一メールを一括送信などというずさんなことはできなかったもので、1人当たり平均10分は文章考えましたね。

何やってんだろ、と途中虚しさを感じないでもありませんでしたが、みんなからの返信メールが暖かかったのが大変うれしかったです。

さびしいけれど、今後確実にみんなとのメール回数は減るでしょうからね…。

しかしおかげで携帯の扱いにだいぶ慣れましたよ。新しい携帯はとにかく馴染むまで使いまくるのが一番ですから。

もし私のアドレス知ってるのに『あれ?私メール来てないんだけど』って人がいたらごめんなさい。たぶん私の携帯にアドレス入っていません。もし私の連絡先を知りたいという稀少な方いらっしゃいましたら、誰か知っている人から聞いてメール下さい。ありがたく登録させていただきます。

2006年04月05日

今、命があなたを生きている

『自分自身と戦うことに勝つも負けるもない』

最近祖母が入院しているため、昨日仕事帰りに立ち寄ってみたら、病室の廊下に患者さんの硬筆作品が展示されてあった。
その中でも特に印象に残ったのが冒頭の文。

この哲学はなかなか難しい。ちょっと考えてみたが答えは出てこなかった。

病院という空間は、様々な想いがぎゅうぎゅうに詰まっている。

軽い風邪の人もいれば、生と死の間をさまよっている人もいる。

しかし重い病気でも、自分と同じ症状の人がいるだけで明るく振る舞えるものらしい。俺の祖母と同じ病気のおばあちゃんは『私とお友達だからね』とにっこり微笑んだ。毎日体中痛むだろうに、あんなに気丈に振る舞えるのだ。

60歳はゆうに超える年齢であるにも関わらず…。人間というのは、特に我々健康体の人間は、まだまだ力を振り絞って生きているわけではないな。

命を絞るように生きる…今の俺にそんな生き方ができるのだろうか。

2006年04月03日

いやぁ、実につまらん研修じゃった。一番ためになったのは、献血のお知らせパンフレットだよ。

みんながやってる献血って全部がそのまま使われるわけではないのね。

そのままのやつは『全血』って言うらしいんだけど、用途に応じて『赤血球』『血漿』『血小板』に加工されるみたい。血漿の保存期間は1年だけど、全血、赤血球の保存期間はたった21日。血小板に至っては72時間、3日しかない。

そのままの状態の『全血』が輸血用血液に占める割合はなんと0.1%。

みんなの血がそのままそっくり使われるなんてことはほとんどないんだね。

さらに保存期間の問題から、血も需要と供給が一致しないと無駄になることがあるってこった。

まぁ健康体なら400ミリの血を抜かれたからって日常に支障なんてきたさないし、無駄でもバンバン抜いてもらえばいいんだよな。

しかし俺は献血の注射針からなにか病気をうつされたりはしまいかと恐れているので、今まで献血したことない。

月2回でいいですから!って言ってたし、絶対安全であることをいやというほど確認して献血してこよかな。

明日はマナーと接遇の研修…俺らって接客マナーて必要あるんだろうかと考えなくもないが…素直に聞こ

2006年04月02日

行きますか

卒業してから、なんだかタタターッと小走りでここまできたような気がする。

これが社会人の速度ってやつですか?

いつまでも学生気分じゃいられないって言うけど、学生気分を抜くヒマさえなかったよ?

さて、明日は初出勤だ。研修とはいえ給料は発生しちゃうわけだし、まぁ…適当にがんばろ。

2006年03月26日

こちらは

やることが多いです。

 

銀行に口座を作んなきゃならない。

こっちじゃ都銀より地銀の方が断然強い。

何せ家の近くに地銀の支店はあっても都銀の支店は無い。

 

ネットをつながなきゃならない。

パソコンのメルアドが無いです。

以前のメルアド使えないみたいだから、チャットもメールも、せっかく入ったミクシィも使えない。もう一回登録しなきゃならないのかな…。

 

就職先に提出する書類を書かなきゃならない。

いろいろごちゃごちゃ家から勤務先までのルートを示す地図を貼り付けたり…とにかくめんどくさい。

 

何より運動しないと。

プール行かないと。

走りこまないと。

 

たまっている本を読まなきゃならない。

10冊はある。

仕事開始まであと…5日?

1日2冊ペース…絶対無理だ。やること多いって言ってんじゃん。

 

早く寝なきゃならない。

やること多い多いと嘆きながら結局やる気出なくてボロパソいじるしかない自分。

明日こそ早起きせねば。


そう思うだけ

『がんばってな』

いつもとちょっと違う言葉をかけて

でもまたすぐにでも会えるような感じで俺らは別れていった。


夜の四条を歩いていると

まだみんながこの街に住んでいるような気がした。


また帰省するような感じで俺らは京都駅を出た。


駆け込み乗車の客のコートがドアに挟まり新幹線が止まった。

神様が5分間のロスタイムを俺らに与えた。

『がんばろうね』

いつもとちょっと違う言葉をかけて俺らは別れた。


翌朝早くから荷物が届き

1日片付けに追われた。


以前使っていた部屋の内装をアレンジし

満足のいく空間が完成した。


この部屋で飲み会したらきっと楽しいだろうな

今春から全国に散り散りになる大学の『旧友』たちの存在が浮かぶ。

旧友があるなら新友があるのかよと、いま思った。

 

 


俺はなぜここで働くのだろう


ずっと前から考えていた問いに対して

自分で納得できる答えを導き出せそうだ

 

『食うためだ』

と言っていた奴がいる。

本気なのか冗談なのか分からないんだが

確かに一理ある。

というか僕は反論できなかった。


父親が酔っぱらって聞いてきた。

『なんでおまえはここを選んだの?』


『たまたまだ』

と答えてやった。


『もっと何かあるだろう?』

父親が酔っぱらって聞いてきた。


『経済を回す為だ』

と答えてやった。


『お前は118%先輩に嫌われるね』

酔っぱらった父親はそう言った。


『俺もそう思うな』

俺は酔っ払った父親にそう言った。

俺はまじめにそう思った。

 

面接で話した志望動機など

だいぶ前からぐにゃりと曲がってしまっている。

芯の部分は変わらないんだが、

その芯がコーティングされた部分が曲がってしまっている。


仕事に就きたくないわけでは、決してない。

むしろ意欲は有り余っているほどだ。


しかしその意欲には理由が必要らしい。

家族を納得させるだけの。

友人を納得させるだけの。

後輩を納得させるだけの。

先輩を納得させるだけの。

恋人を納得させるだけの。

恋人の家族を納得させるだけの。

確固たる理由が必要らしい。


俺は叫んでやりたい。

『偶然だ』と


戦時中、国を守ろうとする数多くの若者が進んで(あるいは強制的に)軍に入隊した。


『私の母は空襲で死にました。憎き米軍を倒したいのです』

などという人もいただろうが、直接的には何の影響も受けてない人もいただろう。


見て

聞いて

感じて


人は想像することができる。


こんな国は嫌だ。

あんな国は嫌だ。

早く平和を。

早く平穏を。


想像によって人の苦しみを自分の苦しみに近づけることができる。


『それは想像でしかない。お前には分かるまい』

と言われてしまえば全て仕舞いだ。


しかし俺はこの国の平和を望む。

平和を乱す出来事に遭遇したことはおそらく大学4年間では無いと思うが、

その事後や跡地は多く見てきたつもりだ。


俺はそこから想像する。

敵を。


家族を

友人を

後輩を

先輩を

恋人を

恋人の家族を

俺の知らない残り約1億の人を、脅かす

敵を。

 

家族を

友人を

後輩を

先輩を

恋人を

恋人の家族を

俺の知らない残り約1億の人を


俺が守る。

 

その気持ちに具体例が必要か?

 

 

しかし伝えねばならぬらしい。

いくら気持ちが強くても

その気持ちを他人が気持ち良く聞こえるように

伝えねばならぬらしい。


そうしないと

自分は誰からも認めてはもらえないらしい。


たまたまだ。

ここに来たのは

たまたまだ。


守りたいものがあるから

ここにいるだけだ。

それだけじゃ

だめ?


2006年03月20日

好韓流〜3日目〜

みなさんお待たせ。

好韓流シリーズ、待望の再開です。

イタリアの事書きたいのにこっちが詰っててじれったい。

 

記憶が曖昧なので、とりあえず行動順に記していって辿って行ってみよう。

 

景福宮

宗廟

昌慶宮

南山韓屋村

RICE ZONE

ハナ銀行

跳婿

光化門らへんの本屋・CD屋

明洞

ミリオレ明洞

元祖参鶏湯

屋台

 

 

む、むむむ。思い出してきたぞ。

景福宮〜昌慶宮はもういいとして、南山韓屋村に行く前に『コリアンハウス』とかいうわけのわからん場所に寄ったな。

韓国の伝統的な茶碗とか置物とか売っておったわ。タイミング良ければ踊りも見れるらしいが…4分で撤退した。

 

南山韓屋村で10歳くらいの男の子に話しかけられた。

ふにゃこがファジャンシルに行ってるほんの数分の間だ。

ひとりになるもんじゃないな。

 

その少年は何かぺらぺらと韓国語で言った後、執拗に『イェ?イェ?』と聞いてきた。

僕の想像では『金ちょうだい。いいでしょ?いいでしょ?』みたいなことだと思う。その証拠にその子をやりすごした後、彼は別の観光客(韓国人らしき人)にたかっていたが、その観光客はその子の頭を撫でてお金をあげていた。

韓国語が話せず、しかも突然話しかけられたことに対する驚きから僕は、じっとその子の目を見ることしかできなかった。

10秒くらい見つめ合っただろうか。その子は鼻歌を歌いながらどこかへ行ってしまった…。

僕はその時不思議に思った。

その子は明らかに中東系の顔だったからだ。

なぜ韓国にこのような子が?

 

明洞や南大門市場などを歩いていると、地面を這っている人を見かける。

足が不自由であることを強烈にアピールし、お金の入った器を手で押して這っていく。

最初見たときはさすがにびっくりした。

 

あぁいった乞食(なのだろうか)も中東系の顔のように見えなくもなかったが、何分地面を這っているのであまり顔を確認できなかった。

デートを楽しんでいるカップルの女性の方が急に真顔になり、さりげなく器に1000Wを落として、また笑顔に戻って通り過ぎていく光景を目にしたが、僕らぐらいの若い子でも同情して乞食にお金を与える国なのだ、韓国は。

最近の日本ではホームレスこそ目にするが、乞食という存在をあまり見たことがない。たまに托鉢僧に混じって三条大橋にいるが、四条の街中を這っていく、なんてのは確実にいない。

 

韓国には兵役義務がある。

兵役中に命を落とすこともあるだろうし、そうじゃなくても腕や足を持っていかれることがあるかもしれない。あるいは上官や同僚からのシゴキやイジメがエスカレートしての大怪我、なんてことも考えうる。

しかしこれは僕が今考えついただけの想像でしかない。

僕は韓国の本当の事情が分からない。

 

なぜ足が無い。

なぜ腕が無い。

なぜ道を這う。

なぜ子供が乞食になる。

 

知らないでは済まされないと思う。

これから彼らと友好関係を築いていこうとする意思があるのであれば。

 

 

ちょっと遅めの昼食を取った後、意外にも財布の中身がスカスカになり始めたため、近くの銀行に行って両替をした。

韓国語も英語もカタコトの僕らに対し、店員さんは実に丁寧に対応をしてくれた。特におっちゃんの方。

『サヨナラー。サヨナラー。』

知ってる限りの日本語を連呼したあと、そう言って僕らを送り出してくれた。

 

僕らが今日最も長くいた場所、それは本屋・CD屋だ。

軽く2時間はいた。

いったい何をしに韓国に来ているんだろう。

いや、それだけの価値はあったのよん。

 

まず石田衣良の『4TEEN』と『LAST』韓国語バージョンを見つけた。

これは買いを即決。

CD屋に行ったらジャパニーズ・ポップの棚の2段目にGacktのCD発見。因みに一段目はM−flow。何故。

CDは悩みに悩んだ。

BOAを2枚買おうか。いやGacktのシングルを買おうか。いっそ全然知らない韓国人歌手を買おうか。日本の曲を韓国語でカバーしているやつを買おうか。

迷った。

だいぶ迷った。

そんなまよまよの僕を見てふにゃこはだいぶ参っていた。

2時間後、結局BOAのCD1枚だけ購入…。

日本にいても本屋やCD屋はゆっくりじっくり見るのに、韓国なんてなおさらそうだよ。そうに決まってるよ。決められるわけないよ。

 

そして僕らは明洞に帰った。

 

夜飯は参鶏湯。

鶏を丸々一羽使った豪快な料理のサムゲタンは朝鮮人参も入ってて栄養満点。

大きな鍋の中に熱々のスープと共に鳥が一羽。鳥の背中をぱっくり開けるとそこにはご飯がたっぷりつまっているんだじゅるり。

しかしこの朝鮮人参というやつは好きになれんな…苦いし。

 

ぺろりとひと鍋食い切って腹いっぱいの僕ら再び明洞の街をふらついた。ふにゃこが散々悩んでベルトを買ったり、屋台に行って激辛ラーメン食ったりしてホテルに帰った。

 

 

…その夜。

 

なにげなく韓国のテレビドラマを見ていたら、なんとソニンが出ているではないか!?

おめー最近日本で見ないと思ってたらこんなとこで頑張ってたのかー!!

 

そのドラマは日本語と韓国語が入り混じって展開される不思議なドラマだった。

ストーリーはこうだ。

 

主人公である少女はある事情で兄と生き別れになる。

ある事情でお金がほしくて本業のホテル従業員の他にキャバクラでピアノを演奏するバイトをする。

そのキャバクラを紹介してくれた女の子とはルームメイト(なぜかこいつ日本人もちろん日本語)。

いろいろなすれ違いがあって兄とはなかなか巡り合えない。

しかしついに兄と再会。

しかし無常にも引き裂かれる兄妹。

オッポー!オッポー!

 

続く。

 

 

主人公が泣き叫ぶシーンがかなり多くて実に気の滅入るドラマだった。1時間の放送で何回泣き所設けとるんじゃこの番組は。

 

肝心のソニンの役どころだが…主人公の同僚(ホテル従業員)。しかもこいつら学生。

ソニンは韓国語を話していた(確かじいさん韓国人だったっけ?)。しかしうまいのかヘタなのかよくわからん演技だった…。

 

主人公が韓国語で話し、ルームメイトが日本語で答える…。

煩わしくないの?あんたら煩わしくないの?統一しないの?

という疑問は終始胸の中にあったが(つうか実際たらたらテレビに向かって文句言ってたが)、きっと日韓共同制作の何かなのだろうとあたたかい目で見てやった。


2006年03月13日

好韓流〜中休み2〜

好韓流って何?ってくらいイタリアに染まって帰って来ました。

イタリアの話はブログに書ききれません。

13日分なんて絶対無理です。

自信作をいくつかピックアップして…。

 

帰国したら試験受かってた。

 

危険物取扱者乙4類

 

3日で受かる極楽試験。

どうぞ興味のある方受験してみては。

ガソスタのバイトで自慢できるよ〜。

 

全てふにゃこ様の作ってくれた暗記表のおかげじゃ。ありがたや〜。


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Profile
ショウ
京都の大学卒業後地元仙台に就職。

只今、華の税金生活中。


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