つれづれなるままに

ろうあ協会のこと、福祉のこと、教育のこと、 日常に起こる些細な「あれ?」と思うことなど、 雑感を書き綴ります。  

急な時間割の変更と不安、その解消方法

 教師だって突然休むことがあります。体調が悪かったり、身近な人が亡くなったり、家の用事が急にできたりして。私もあります。私の場合はぎっくり腰です・・・ちょっと情けない。
 そんなときに、予定されていた授業を変更しなければならなくなり、そのたびに険しい顔をする子がいます。心の準備は最初の予定のままで、なかなか、変更された後の予定に納得できないようです。
 自閉的な傾向が少しあって、急な予定変更にはおろおろする子です。他の子だって「えー」とか文句を言いたくなるでしょう。その子は、そういうことがあるとつかつかとまっすぐ私のところに来て「なんで図工なくなったの?」「どうして国語が生活に変わったの」とつめよってきます。今までにはこういうことがあったらパニックを起こして暴れる子もいました。今回のこの子は暴れたりしませんが、頭の中ではパニックのようです。私はどういう理由かを話します。すると、だんだん落ち着いた表情になり「しかたないなあ」と言ってくれます。
 多分、変更の理由を聞く相手として私(担任)を選び、話を聞くことでなんとか自分を納得させようと、そういう解決方法をとっているのでしょう。また、前日までにわかっている場合はちゃんと説明しておくことを心がけています。その場合は、変更の起こる当日に何かを聞いてくることはありません。

 その子のいる授業を担当していますが、授業の最初に何を勉強するのかを、ちゃんと板書して読ませると、安心して授業に臨めるようです。活動するときは、手順を明確に言葉にして伝えておくと、オロオロしない様子です。逆に、どう進むのかわかりづらい授業は、しんどいそうです。
 スポーツも万能のその子なのですが、今、体育でダンスの練習をしていて、ダンスは上手に踊っているのに、「しんどい」というので聞いてみたら、授業の最初にどういう活動をするのかの流れが明確に言われていないことがわかりました。体育館のホワイトボードに「1,あいさつ 2、ラジオ体操・・・」などと書かれていたらそれで十分に安心できる子なのですがそれがされていないのです。「次は何をする」「次は何をしましょう」とその都度言われるだけだと、安心できないのでしょう。

 うちの学校は聾学校で、昔は聴覚障害単一の子ばかりだったのが、最近では、聴覚障害だけではなく何らかのしんどさのある子どもが増えてきました。従来のろう教育の方法がマッチしていくときもあるし、それだけでは足らない場合もある・・・教員同士で話し合い、日々改善を行なっています。

 

 

令和3年の小学二年生

 年度は替わり、令和3年度となりました。といってもそれから3ヶ月近くたっています。
 昨年度は小学5年生の担任でしたが、今年度はそれより年齢が3つ下の小学2年生を担任しています。とにかくかわいらしいです。
 この小学2年生の1年生の時を考えてみましょう。
 学校生活の始まりは、長期の休校から始まりました。
 分散登校、分散授業が開始され通常に戻ったのが7月くらい。夏休みは2〜3週間しかなく、その後も新型コロナの不安があるならば登校しなくてもいい、通学の不安があるなら、遅れてきても良いという、小学校生活のはじめの「小学校生活はいかなるものかだんだんと知っていく」時期が非常事態でした。その影響がいろいろとあります。
 まず夏休みについて、私が「あと1ヶ月で夏休みになるよ」というと、「ええ?夏休みは8月からでしょ」とか「二学期は8月の20日くらいからですよね」という、昨年の日程に頭の中が染まっていました。で、「いつもは7月20日くらいに終業式でね、9月はじめから二学期になるのよ」と説明すると「うわー!長い!うれしい」と非常に喜ばれました。
 次にスキンシップですが、みだりにさわっちゃいけないと昨年言われ続けていたので、かなり遠慮しています。以前何回も小学2年生を担任しましたが、スキンシップだらけで、それがコミュニケーションの半分くらいだったのを覚えています(地域の小学校とは差があると思いますが)ので、今年の2年生はかなり少なく感じます。
 それから、本校は給食の準備を子どもがやらないことになっています。コロナ感染対策で担任がせっせと彼らの給食の準備をするのですが、思えば昨年度もやったことがないので、いざ始めたら、そのときにやり方を説明する必要があるなと思います。
 それから、子どもによって差がありますが、休むことに抵抗がありません。今でも「コロナの心配があるから」と申し立てれば出席停止扱いになっているので、授業に全員がそろうことが4月は珍しかったです。今ではそうではないですが。

 あと、誰かが休むと「コロナかなあ」と不安になっていることもあります。
 この間私がぎっくり腰で数日休むことになり、子どもたちには迷惑をかけてしまいました。ぎっくり腰なんて恥ずかしいのですが、正直に言いました。突然担任が休むと「先生、コロナになったかな」と心配したり不安になったりするからです。緊急事態宣言中に一度、PCR検査陽性の職員がいたと言うことで臨時休校になりました。そのとき、誰かはもちろん明らかにされていなかったので、休校明けに子どもたちが「ブラック先生がコロナになったんじゃないかとか、いろいろ考えたよ。でも今来てるっていうことは違ったんだね、よかったよかった」と言ってました。悶々としたでしょうね。

 ということで、小学部入学時点から学校がないとか、世間ではコロナが怖い怖いと言われ続けていることとか、何をしたらいいのかはわからないけれど、宣言やら蔓延防止やら、そんなものが出されていることは知っていて不安をあおられたりして、通常のスタートを切れなかった・・これが今年度の小学2年生なのですね。

「やなせたかしーアンパンマンの勇気」

 10月下旬から表題の国語教材をやっていました。
 「人生について考えよう」とか子どもにとっては難しい内容ですが、アンパンマンが登場するので子どもは喜んでました。

 やなせたかしさんはアンパンマンの生みの親。
 あんなかわいらしいキャラクターをたくさん描いている方が、父と死別、母とも離れて暮らし、戦争に行き、戦争で弟を失ったというところでは、子どもたちは絶句していました。
 何が正義か。そういう問いをやなせたかしさんはずっと考え続けます。
 「君たちは何が正義だと思う?」
 悪い人をやっつけるとか、困った人を助けるとか、さまざまな意見が出てきました。で、やなせたかしさんの考えが文中で出てくると、
 「なるほどなーだからアンパンマンは自分を食べさせるのか」
 と、納得のいった様子。

 人生がどう、とか大きな質問もしてみましたが、こちらはまだまだ人生の実感がわかない様子でした。
 短い伝記でしたが、夢に向かってがんばることや、何が正しいか見つめながら生きること、そして正義を行うことの代償を恐れずに・・・などなど、様々なメッセージの詰まった作品でした。

ダリアの花

 10年以上前、実家のマンションの近くの土地を緑化のため、花を育てる事業を市に申し込み、母が賢明に花を育てていました。その中で、久しぶりに実家に帰った私に自慢して見せたかったのがダリアの花です。背丈の大きいキク科のそれは、花も非常に大きくてびっくりしました。それに限らず花を育てるのが好きで、たくさんの花を咲かせようといつもベランダやらその緑化地帯の花の世話をしていました。

 その後の母と言えば病気続きで、どこか悪くなっては入院し、治療を終えて出てきたと思えばけがをしてまた入院、の繰り返しでした。そして、認知症も患い、初期は本人もとても苦しんでいました。
 実家に帰ると「あなたはどこにお勤めなの?」と必ず聞かれ、数分後にはまた同じことを聞かれました。その後食事がなかなか摂れなくなって、栄養剤を処方してもらったりしていましたが、それすらも受け付けなくなってきて、今年の4月にまた入院をしました。コロナの影響で、6月の緊急事態宣言解除まで面会すらかないませんでした。
 2ヶ月以上ぶりに会ってみると、かなり痩せていましたし、認知症も進んでいたようで、今いる病院が自分の家で、その辺で弟(叔父)が留守番しているはずだとか、毎日見舞いに来る父のことを「いったいどこに帰っているのだろうか、こちらで一緒に住めばいいのに」と言ったりとか、急に「とても楽しい人生だったわ」と唐突に言ったり。私は母の不思議ワールドにお邪魔している感じの時間を過ごさせていただいていましたが、9月初めに容態が悪くなり、話すこともできないくらい衰弱してしまいました。
 9月19日未明、母は息を引き取りました。83歳でした。8月くらいにZOOMで妹とつないだときに「4人でまた会いたいねえ」と微笑みながら言っていました。4人で集えたのは、前日の深夜から。翌日未明に残された3人で母を見送ることができました。
 ずっと食べ物が余り食べられなかったのは、腎臓病を長く患っていたせいなのだと、最後に入院した病院でやっとわかりました。ずっと苦しんでいたのに、食べられなくて困っていたのに、何が原因かを長い間わかってあげられなかったのを悔やまれます。

 母の名前なのですが、ちょっと珍しくて、技劼箸いい泙后z気箸いΔ里蓮漢字の意味としては、これから朝を迎える前の未明の光、ということらしく、母が5歳の時に他界した母の父が名付けたそうです。葬儀の間もその話がされました。

 火葬も終わり、自宅に連れ帰り、死後のあれこれの手続きを進めていると、その文字を何度も書類に書くことになります。意味としては「これから降り注ぐ光になるけれど今はまだ控えめな明るさ」であるというものですが、なんだか記念碑のように感じてきれいに書くようにしています。

 ダリアの開花時期は初夏。育てようによっては秋にも開花するそうです。今年は見つけられなくても来年はお供えしたいものです。
 この花も記念の花としよう・・・子として親を喜ばせようと思い、母として子を喜ばせようと思い、看護師として人の役に立ちたいと思い、花を育て人に喜んでもらおうとした一人の女性の記念に。

 

「カレーライス」重松清

 小学五年の国語の教科書に「カレーライス」という作品が登場します。
 これは「作家に注目して本を紹介しよう」という単元の中で一例として紹介されているもので、昨年度までは6年生の教科書にありました。
 昨年まで6年生にあったものを5年生に持ってきているので、少々難しいかなあと思いながら読み進めはじめましたが、子どもらは自分の家庭と比較しながら、ときどき寸劇などもして楽しくやっています。こちらは聴覚特別支援学校で、子どもらについては常日頃から「幼いところがある」と他校の児童と比較して言われがちです。ですから、主人公のひろしのもやもやや、主張したいことにどれくらい理解を示せるのかなあなんてこちらも興味を持っています。
 お父さんやお母さんが思っているひろし像と、ひろしが思っているひろし像が食い違うところがあり、それにもやもやしたり、いやなんだとおもったり、うんざりだと思ったり。でも「新しい自分」とそれを認めて喜ぶお父さんとがそれまでのことを包み込み、いや、それまでのことがあって今のことがあって、新たな関係で楽しい交流ができるようになるのですが、場面場面で子どもたちが経験談を語るのが面白いです。
 六場面目でお父さんが風邪を引いて具合が悪くて、料理を作れないから弁当にしようかという。
 子どもたちもお母さんが風邪を引いて『今日は作れない」と言われたとき、前だったらやだやだ、あれが食べたかったのにと言っていたけれど、最近では「じゃあ代わりに買い物行ってくるよ」とか「おかゆ作ってあげるよ」といってその通りにしたよ、など誇らしげに言っていました。
 このような優しさを発揮できるのは、気持ちと、それができる、ということが必要ですよね。
 でも何もかもできるようになったわけではないのでカレー、自分は甘口ではなく中辛のカレーを食べれるんだという主張をしたいからカレー・・・昨日もおとといもカレーだったのに「まあいいか」というお父さんの存在。

 「買い物に行ってくるよ」と言った子は、実は近所のマクドしか買い物したことがなかったそうで、そのご家庭でも「マクドでいいよ」というお母さんの存在があったでしょう。「おかゆ作ってあげるよ」と言った子も、ほかにあれこれは作れなかったそうで、「おかゆでいいよ」というお母さんの存在があったから、おかゆを作ってあげることができたのでしょう。

 もう少しで読み終わりますが、子どもたちが「カレーライス」に副題をつけるとしたらどんな副題をつけるのかな、とか、どんな感想や紹介文を書くのかな、と楽しみです。

来週から二学期

 一学期は分散登校、分散授業を経て6月15日に本格スタートしました。その後、7月いっぱい授業をして、テレビで報道されている一般的なところよりは少し長い3週間の夏休み。そして来週から二学期です。
 二学期と言えば、こちらの学校では例年、運動会や文化祭があります。
 今年は新型コロナの影響で、例年のようにみんなで集まって運動会の演技や競技を見たり、文化祭の出し物を見たりすることはできません。一学期中に子どもたちに意見を聞いたら「5年生は毎年劇をやっているから私たちも劇をやりたい」ということでした。
 クラスの子どもたち、自分たちでシナリオを作る力がすでに備わっていて、一学期末にはクラスの中だけでお楽しみ会をしたのですが、いくつかのグループに分かれて話し合い、どんな出し物をするか決め、自分たちだけでシナリオから簡単な衣装作り、またはペープサート作りをしていました。なかなか練られていて面白くて、教師はお客さんでただ笑わせていただきました。作文を書こうと言ったら筆がなかなか進まない彼らなのですが、シナリオ作りは速かった・・・多分、「劇をやりたい」というのは、シナリオ作りも含めて自分たちでやりたいと言うことでしょう。なんとか叶えてやりたいものです。
 舞台で上演し、みなさんに見てもらうという形がだめなら・・・と、考え、シーンごとに録画して映画のようにつなげてみようかなと考えています。それを、ほかの学年にもデータで渡して見てもらうということにしようかな?
 一学期に行けなかった社会の校外学習の代わりになるものを企画してみたいとか、もうすぐ二学期なのを私も楽しみにしています。

*****

 新型コロナの大阪の状況は良くないです。
 今が最悪でこのまま状況が好転していくとよいのですが。
 今後、以前のような一律の休校措置はないようですが、楽しみな時間を奪わないでほしいなと思います。

分散登校2回目

 今日は分散登校の2回目でした。
 分散登校はこれで終わり、来週からは2週間、給食なしの午前午後に分けての分散授業となります。IMG_4602_LI

 写真のように、先生方のアイデアで教壇と児童席の間にビニールシートを設置し飛沫拡散防止。
 ちょうど「新しい生活様式」をわかりやすく説明しているところです。
 これは一般教室ではなく、集会や研修にも使うホールなので、今日のところは間隔を広く開けることができています。

 前回はマスクとシールドを児童に着用してもらっていたのですが、暑苦しいし聞き取りにくいし見えにくいという感想をもらっていたので、今日は「話を聞くときはマスクだけ」「発言するときは前に立って、マスクは外しシールドを着用する」という方法にしました。手順が面倒になりますが、暑苦しくない、聞きやすい、見えやすいという感想でした。

 これからも、どうやったらいいか、快適さと安全性のバランスをとりながら改善していく予定です。

 今日に至るまで、休校中に感染防止策についてアイデアをかなり出し合いました。恥ずかしながら私はあまりいいアイデアが浮かびませんでしたが、ほかの方々が素晴らしかったのでなんとか前に進めています。
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 一つフェイスシールドを考案しました。
 この頃はマスクも出回らない、素材もあまり見かけないという時期で、百均の店に行って、ものを見ながらああだこうだと考えて作り出したものです。
 こちらは学内品評会で好評ではあったものの残念ながら採用はされませんでした。

分散登校

分散登校
 それは、三密にならぬよう児童を分散させて設けた登校日。
 
 こちらの学校では「まだ感染防止上不安だから」という理由で欠席される方については欠席をカウントしません。というか出席もカウントしません(出席簿上)。ただし健康観察は行うので、学校に来ているという証明はできます。

 私の担任する学年は5月18日を分散登校日としました。
 教師は透明マスク、子どもはマスクとフェイスシールドをつけ、狭い教室ではなく、ホールを借りて授業をしました。間隔も十分にとりました。1時間半だけなので、最初は子どもたちの話を聞き、次に理科の簡単な授業を20分ほどしました。

 子どもたちは、友達や先生に会えてうれしかったと言ってくれましたが、間隔が開きすぎているので(三密を避けるためでしたが)教師との距離が開きすぎて、透明マスクだけれど読み取りにくい、透明マスクを教師がしているので声がこもって聞き取りにくい、と言っていました。

 このような状況ですから、次は、予め大きめの字での紙板書を用意したり、だらだらしゃべらないでわかりやすく発問を端的にまとめたりする必要があると反省しました。

 大阪は、21日には解除とか言われていますが、しばらくは通常には戻れないでしょう。
 フェイスシールドはけっこう、休校期間中に検討したのですが、飛沫は防げるとしても、これから暑くなるので、あせもなどのトラブルが心配です。このときも「暑い」「かゆい」と訴える子がいました。

 コロナ太りということが言われていて、教師の中でも「太りましたぁ」という人がいたので、子どもたちが丸まる太っていたらどうしようと思いましたが、それは心配ありませんでした。外出自粛の間、ご家族の協力もあったかと思いますが、YouTnbeを見ながらダンスしたよとか、体操したよと言ってました。えらいですね。

 

学校休校措置で教師にどんな仕事があるか

 新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、勤務校も5月6日まで休校措置となっています。
 私たち教師は、授業をしてなんぼの職業なのですが、授業そのものがありません。ずっと。児童と向き合ったり見守ったりの職業ですが、児童は来ていません。じゃあ暇なのかというとそうでもなく、4月16日を除き毎日出勤しています。
 三密を避けるため、同僚と話し込むことはありません。話すことは山ほどありますが、あまり話さないようにしています。
 「何したらいいですか〜?」という質問が来る前に、やることを付箋メモに書いて、机の上に貼っておきます。
 年度当初の時間割を組んだり担任間の分担を決めたりするのを、本来なら4月最初の始業式までに終えているものを、引き延ばし検討をします。在宅でも児童たちが勉強ができるようにと、教科書を送りプリントを送り、そのプリントの活用方法をメモして書き込んだり、既存のパソコンから勉強できるコンテンツを紹介したり、しています。
 週に何回かご家庭に連絡して、児童らの健康状態を把握します。
 5月6日までの休校期間が終わり、その後授業が再開されるという前提で、教材研究をし授業計画を作りますが、再開されない場合もあるのでそのときは、家で勉強が進められるように、こみいったワークシートを作成します。このワークシートは、再開されてもノートに貼る形で活用できるように考えています。また、授業で使用するためのパワポの作成もしています。これらの作業が一番時間がかかります。
 今日の仕事はほぼお掃除でした。
 児童らが帰ってきたときに快適な空間を提供しようという意図です。

 こちらはいろいろ、働いて気も紛れていますが、自宅で自粛を続けている児童らのことを思うと、なんだかもう、心が痛みます。遊びたい盛りなのに遊びに行けない、お父さんお母さんが働いている場合は、家で子供だけで過ごさざるを得ないのです。早く収束して日常に戻りたいものです。

5月6日まで臨時休校続く

 3月はじめから臨時休校が続き、4月8日には新学期、と思っていたら、臨時休校が延長されました。大阪府立学校は5月6日まで延長です。
 教師内での担任や分掌や委員会の体制は決まっています。それに基づき、週に1〜2回の登校日を含めて準備を進める予定です。

年度末

 今日は年度末。
 この日限りでお別れになる人も何人かおられました。
 今年定年退職を迎えられる方は、2月の終わりで授業が強制終了になってしまい「教師生活の最後がこんな終わり方になるなんて」ともらしておられました。私などもあわただしく強制終了してしまったものの、やり残したことが多すぎてもやもやした気分でした。なのに、休みになるとわかったとたんネイルサロンで、およそこの仕事には不向きなキラキラの派手派手のネイルをしてくる若い人を見ると無性に情けなくなったりして・・・ま、どんなカッコをするかは個人の自由なんでしょうが。

 さて、この年度末ほど先行きが見えない年度末はありません。
 学校再開はどうなるのか。
 再開しなくても担任は変わり、子どもたちは進級していますので、どのような対応をしたらよいのか。家庭訪問はしていいのか、行事の遂行はどうするのか、学習保障は??などなど。

 東京都立は5月連休明けまで休校を延ばす考えのようです。
 大阪府立はどうでしょうか。今のところまだ分かりません。

 マスクをして授業なんて話ありました。
 聴覚障害の子の学校でマスクして授業?口形見えないし、表情見えないしそうとう不便ですが、何とか工夫して伝わるようにスライドなど準備をして、また表情カードを作ってみたりして、備えています。
 

 

会えずにお別れ

 3月24日は修了式・・・の予定でした。
 新型コロナ感染拡大防止のための休校で、いつもなら、保護者の方も含めて「一年間お世話になりました」と言いあうのが当たり前だったこの日は、電話等でご挨拶することになりました。
 相担の聞こえる先生たちに電話を入れてもらい、子どもたちが元気に過ごしているらしいことを知ると本当にほっとしました。

 次に会えるのは4月の入学式・始業式の予定です。でも確定ではないようです。
 東京オリンピックは延期が決定しました。スポーツ行事は無観客で行なっています。外出自粛の要請がお休み前には出されています。新年度の学校行事はいつも通り行なっても大丈夫なのかどうか、まだはっきりしません。

権力の「有る」「無し」を感じる年度末

 3月は毎年、「権力の有る無し」を感じるときである。
 とはいえ、通常は忙しい季節なのでそんなこと気にしてられないやという状態なのだが、今年度は特殊な「一斉休校」となり、暇しているわけではないが、感じる余裕がある。

 何の権力かというと、人事をいじる権力であり、それを持っている人と持たざる人に職場は分かれる。しかし、残念なことに、慢性的に抱えている予算不足や人手不足についてはその人たちも権力を持たされていないようだが。もちろん私は持たざる人なので、いくらいつもは「先輩」であっても「4月から私は何処の担任になるんでしょうかねえ」とか尋ねられても「さあねえ」と言うしかない。そして力のなさについて共感することができる。そして人事が発表されたとき喜んだり残念がったりすることができる。
 で、その決められた体制について何ら責任を負わなくてもよい。保護者の方から、または一緒になった同僚から「なんであんたがここなんや」と言われても、「まぁ、上が決めたことですから」と言えばよい。気楽だ。ただし、その体制に従い一年間はその部署の責任を負うことになる。

 どうせこんなことを考える余裕があるのだから、この時期の同僚の反応をまとめてみた。
 仝⇔呂剖瓩い海箸髻覆曚鵑箸篭瓩ないけど)におわせる輩
  「どうやら誰々が、どこどこへ行くらしいで」という話をしてくる。
 ⊆分なりのデザインを描く輩
  「誰々がどこどこへ行くといいと思いますけど」という話をしてくる。
 D戚曚鮗蕕詛
   ↓△力辰望茲蕕覆ぁこの時期に洩らせない情報を握らされているらしい。
 ぜ分以外に興味のない輩
  自分の行きたい部署とその部署を構成する人員にのみ言及する。
 イ弔いΔ辰り、自分の栄転(?)の話を洩らす輩
  まだオフレコであるはずだが自分が特別な役職に抜擢された喜びからその話を洩らす。
  単なる喜びだけの人と、「おまえと差をつけたぜ」的な言い方をする人がいる。
 上記の人たちの話に適当に相槌を打つ輩
  私などがこれである。
 
 あなたはどうでしょうか?
  
 

マスクだらけは少し不安

 外へ出れば、マスクを着用してくださっている方々が多いです。
 私も、通勤時にはマスクを着用します。これが新型コロナには効果ないとかいう意見も多数あるのですが、着けてないと嫌がられるかもという気持ちがあるので仕方なく着けております。

 いきなり臨時休校措置が取られて、三週間が過ぎました。
 子どものいない学校の仕事ほど寂しいものはありません。
 子どもたちはどうしているだろうか?と気になります。休校前にどう過ごすのかご家族で話し合った子もいて、「家でおとなしくする」「ゲームする」「お昼はおべんとうが届く」などいろいろ話してくれました。仮にも高学年の子ですので、今回の急な休みに遊びには行けないこと、その理由が感染拡大防止というものであることは、わかっていたようです。でも、あの日は「いい子」でそのように答えていたとしても、不満は絶対あるでしょう。

 それよりも遡ること数週間、ある日、女の子がマスクをしてきました。そしてみんなに謝りました。
 なぜかというと、マスクをすると口元が見えなくて、話がしづらいだろうからです。
 みんなは怒ることはなかったんですが、確かに、口元が見えないと、手話があっても話が分かりづらいというか、分かったとしてもちょっと表情が見えにくくて不安だとか、そういうことがあります。その気持ちがわかるから彼女は謝ったんですね。
 今、子どもたちは周りマスクだらけの中、不安に思っているのではないかなと思います。マスクだけが今回の不安材料ではなくもっともっと大きなものはあるのですが、些細なことのようで、ストレスにはつながるのではないかと懸念しています。だからマスクはやめて、ということが言いたいのではなく、そういう人間も少数ながらいることを書き留めておこうと思いました。

ああ ついに

 全国一斉休校の、首相からの要請か・・・

何かが足らないのではないかと思うとき

 「あ、そろそろトイレ紙が切れるわ」
 そう思って、慌てて買いに行ったとき、世間ではもう買い占めのあとで、商品棚にトイレットペーパーはありませんでした。おすそ分けいただいたり、手に入るという友人にお願いして少しストックしました。
 それに先んじてマスクはあらゆるところでなくなっていたのですが、家には学校給食用にといくつか買って置いていました。まだあるのですが、買えるときに買っておかなきゃという変な焦りは心にあります。
 その後、何を買っておいたほうがいいか、など考えるようになりました。
 今の時点で困っているわけではないのに、何かが足らない感がぬぐえません。

 こういうのも不安の一種なのかもしれません。
 新型コロナのニュースばかり見ていると、そりゃ不安になりますよ。
 
 しかし、不安だからとその話ばかりになったり、何かが足らない、買わなきゃという話をすることで、他の人の不安にも油を注ぎ・・・そんな今なのですからあまり言わないようにしようと思います。

考えることそのものがすごいやん

 ある日研修会があり、自由討論のときにその日の算数の授業のことを報告しました。
 すんなり理解が進んで、たくさんの活動ができました!という報告だったらよかったのですが、とはいえ自分としては目的としていたことを達成した授業でもありましたので、見た目に遅々として進まぬ授業の様子を報告いたしました。
 その日の算数の授業は、小4の「2桁でわる割り算」の最初のところ、例えば60÷20の答えをどう導くか考えるものでした。60個のアメを20人が、喧嘩しないように、同じ数ずつもらうなら、一人当たりいくつもらえるのか?という等分除の設定で、子どもらに考えてもらいました。すぐに九九を応用して「3」と答える子が一人くらいいてもいいのに、一人もいませんでした。彼らはどうやったら答えがわかるか考え続けて、のちに「かりの商」につながるように、もし5こずつだったら?4こずつだったら?と一つ一つ可能性を考えてつぶしていきました。
 あと10分程度というときになって「3個」という仮説が上がり、それに20をかけると60になることを発見。「あ、これや!」そしてよくよく振り返り、「あれ?九九に似てるような」と言い始めました。
 次に九九が使えるのかという検証で、80÷20、90÷30とやってみて、いずれも九九が使えることがわかり、子どもらはやっとホッとした表情になりました。そこで授業終了です。

 と、報告しますと、「そんな長い時間考える子どもらはえらい!」という人、逆に「さっさと九九が使えることを教えたらもっとたくさん問題が解けたのに」という人、双方いました。もしこれを読まれた方がおられましたら、どちらの感想を抱かれるでしょうか。

 子どもらは、考えるのが最初苦手(と自分らで思い込んでいて)の状態でした。数か月前からタングラムで等積変換しながら形を構成するゲームを5分ずつやっていくのをはじめてから、考える過程そのものを楽しむことができるようになってきました。

 算数の話ですが、国語でも、自分の考えを他の子に伝えるときに、どのように伝えたらわかりやすいかよく考えるようになりました。説明の言葉を選んだり、たとえ話をしてみたり、手話を用いてみたりです。成功するかどうかだけを評価せず、じっくり考えたことそのものをほめますと、「考えることそのものがすごい」ということに気づいてくれるでしょう。
 

2020年 定年まであと何年?

 あけましておめでとうございます。
 毎年、書くことを怠らないようにと戒める新年なのですが、ブログの更新はなんと六ヶ月強ぶりです。何も考えず過ごしているのではないのですが、いい刺激をもらったこと、ある事象についてよくよく考えたことを、よくまとめずに過ごしているには違いないと思います。たとえば昨年10月に富山で開かれた全日本聾教育研究大会に参加させていただいたのですが、もらったものが多かったのにそれを反芻する時間があまりなかったのが悔やまれます。参加した意味がないじゃないかと言われるとそうでもありません。賜った知識や到達点や手法などの中でごく一部は活用しているのです。でも、それをお伝えする時間が少なすぎます。そしてその時間が少ないからと、反芻に手を抜いた自分自身がいます。
 新年のスタートは過去の自分に分析を加えて反省することからですね。
 さて、もうあとがあまりないというか、退職までの年数を数えるようになってきた昨今ですが、どうやら定年が延びるんじゃないかという噂が。うれしいような、いや待て、そんな年までバリバリ働けるのか?という不安なような気持ちがごちゃまぜです。
 あと何年かはわかりませんが、自分の弱点をよく見つめて、悔いのないように働きます。

 本年もよろしくお願いいたします。

ICT機器の活用で今まで感動したもの

 ICTやプログラミング、と、年寄りなほうの私を苦しめるものがあります。
 向上心は忘れてはならんと思い、聴覚障害教育で有効とされる視覚教材を、切り貼りや描画だけではなく、スライド機能を持ったパワーポイントにまとめて、それを使用してみてはいます。このパワーポイントの作成には玄人の人もいるもので、5月に初めてパワーポイントの講座に参加してみました。月にも参加したいなと思っています。
 さて、ICTを活用した実践を見せていただいて、感動したものはたくさんありますが、中でも、知的障害と聴覚障害のある児童が、校外学習へ同学年の児童と一緒に行き、その間iPadをずっと持っていて、ビデオと写真の機能を使い、自分が見たところを記録していたものでした。見るべきところがよくわかっていて、見ていて、もっともっと詳しく見てみたいと思ったところは、カメラで追いかけ、ズームで撮影していました。それを、事後指導で動画を見る形で発表してもらいましたら、「ぼくも同じところが面白かったよ」などと子どもたちが同感していました。
 さらに驚くことに、たくさんの動画や写真を撮影していたけれど、彼なりにどこを見せたいと考えて選択して、みんなに見せていました。

 iPadはすごい!と思うと同時に、重複障害学級で意思を手話や音声で伝えにくい子の表出の道具として使い慣れさせていることにも感銘を受けました。
 こういうことを言うのは、新しいことではないのですが、むしろ「今更気づいたんか?」と言われそうですが、ICTはすごいな、と思った次第です。もちろんいちばんすごいのは、それを使いこなす子どもです。

 

宿題の枚数

 この時期、学校では家庭訪問をします。
 話すことはいろいろあるのですが、しばしば話題に上るのが宿題の枚数。それについては、枚数が少ないですという訴えもあれば、枚数が多いですという訴えもあります。
 私は、実際にした授業を追体験するようなものを自分で書いて、またはパソコン入力して作るのが半分、あとは漢字のワーク、計算ドリルと言った市販のものが半分、という感じです。

 子どもの性格にもよりますが、宿題の枚数をたくさん出すと、ノルマのようになり焦り、一つ一つを丁寧に思い出したり、問題文をきちんと読んでじっくり取り組むことが難しくなる子どもが多いです。ですから、宿題は最低限、家庭学習の時間が少しでも持てるようにと渡しています。
 それでも、宿題の文を読んでも、授業でやったことと結びつかなくて、適当に( )の中を埋めてくる子もいるものです。授業の最後に、出す宿題が今やったことと同じだよという説明や、よく似ているという説明をして手渡すようにしています。そのヒントを家まで持って帰ってくれれば、多少の間違いはあってもお直しをする時間はぐんと減ります。
 また、出した宿題が百点だったら次の日はなくなるといったご褒美もときにはあります。

 ところで、フィンランドには宿題がないのだとか。
 日本の子どもたちが知ったら「いいなあ」と思うことでしょうね。

 ですが、宿題としてガイドラインを示されない家庭学習って、ほんとうは大変なことだと思うのです。自分で何を勉強したらよいか考えたり、何を体験したらよいか考える必要があるからです。また、遊びが大切とも思いますが、思いっきり遊べる環境や、遊びを通してさまざまなことを体験できる遊び場の確保が必要でしょう。宿題って実は安上がりな対症療法なのかも、と思うこともあります。
 
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カウンター(07年5月4日より)
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