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![[画像:2b22c795-s.jpg]](http://livedoor.blogimg.jp/doujimayu-sashimi/imgs/2/b/2b22c795-s.jpg)
①
「お前は私にどんな快楽をくれるんだい」 とタコが言った。 彼女の容姿は三十代後半の女性だったが、その実態は魔法使いに魔力を授ける聖霊であり、何故か人々からタコと呼ばれていた。タコはアルコイというペルギア王国の東の一番高い山に住んでいる。
![[画像:7eab1f7b-s.jpg]](http://livedoor.blogimg.jp/doujimayu-sashimi/imgs/7/e/7eab1f7b-s.jpg)
「我が妹が人としての尊厳を失った話をします。多分それはあなたにとってお好みの快楽でしょう」と俺はタコに言った。
妹の悲しみと絶望に満ちた表情が脳裡に浮かんだが、俺はそれをあえて無視した。俺は身内の不幸話をタコのエサにして、魔力を得ようとしている。何故ならタコの快楽は身内の悲しみの記憶゛だからである。
![[画像:429da7da-s.jpg]](http://livedoor.blogimg.jp/doujimayu-sashimi/imgs/4/2/429da7da-s.jpg)
「妹の悲しみを売る兄か、月並みだこと」とタコは皮肉っぽい笑顔を向けたが、俺はわざとその視線を反らして空を見上げた。 鷹が一匹気持ち良
![[画像:c280d307-s.jpg]](http://livedoor.blogimg.jp/doujimayu-sashimi/imgs/c/2/c280d307-s.jpg)
さげに青空を旋回している。 魔法使いというのはこの世界では身内にとてつもない不幸が起きた人が、たまたま魔術に詳しかったために偶然なれる生業(なりわい)である。 魔力はタコからしか得られず、タコは誰かの身内の不幸話を聞くことでしか快
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楽を得られない。快楽を得られないとタコは一欠けらの魔力も恵んでくれない。 タコはいつも山にいて身内の不幸話を待ち侘びている。だから魔法使いを志す人間は身内に必ず嫌われる。百パーセント嫌われる。

俺はペルギア王家の当主ルーフル王の次男でアギオンという。生まれてすぐの原因不明の高熱で脳か神経がやられて足を引きずって歩くようになってしまった。皮肉にもそのおかげで王位の後継者争いから離脱してしまい、兄弟姉妹とは緊張感のない関係を持つことができた。誰もが俺のことを愛してくれたが、いくらかの侮りを含めた親愛の情だったことは否めない。 そして俺にはソニアという美しい三歳下の妹がいた。
彼女は母親が異なる妹であったので王国の掟では結婚も可能な相手であったが、美しい彼女が俺のような負け犬と結婚する可能性は皆無だった。 希望ゼロ
彼女はその美しさと同じくらい尊大で傲慢な少女だった。彼女は幼い時から俺の真似をしてはやたらと王宮の空気を緊張させた。当然足を引きずっ
![[画像:14aafcde-s.jpg]](http://livedoor.blogimg.jp/doujimayu-sashimi/imgs/1/4/14aafcde-s.jpg)
て歩き、更には白目を剥いてヨダレを流すというオマケまでつけて。ちなみに俺は人前でヨダレを流したことは一度もない。彼女が俺につけたあだ名は光栄にも
![[画像:7ad43d53-s.jpg]](http://livedoor.blogimg.jp/doujimayu-sashimi/imgs/7/a/7ad43d53-s.jpg)
ペンギン
その美しいソニアの話が今回のタコのご馳走である。俺は緊張しながらもタコに彼女に起きた悲劇を説明しはじめた。
「私の妹ソニアは、隣国サマルドの王の長男ルキオンのもとに嫁いで行きました。本当に美しい娘で、王国の男で彼女に憧れぬ者はおりませんでした」と俺が言
うと、タコはグフフと笑った。どうやら若い女性の不幸話はお好みのメニューのようだった。世間の噂で聞いた通り。![[画像:b77909d0-s.jpg]](http://livedoor.blogimg.jp/doujimayu-sashimi/imgs/b/7/b77909d0-s.jpg)
「妹が嫁いだとき、両国の平和は三十年目を迎えておりました。誰もが妹は隣国の次代の王の子供を産み、王妃として幸せに生きていくだろうと思っておりました」そこまで言って俺は、言葉を止めた。
「それで幸福はどこから綻んできたのだい? 」とタコはヨダレを流しながら欲情している様な、絶望しているような、白痴のような顔つきで先を促した。年増女ながらそれなりに美しいタコがそういった奇態な表情を浮かべると結構すさまじかった。俺は背中に冷や汗が浮かぶのを感じる。 「不幸の発端は、両国の国境に新たなクジュナ石の鉱脈が見つかってしまったことです。それは鉱物の博士たちを驚かす程の埋蔵量でした」

「それで戦争かい」
「もちろん両国は最初のうちは平和な交渉で、互いの取り分を決めようしていたのですが」
「うふふ、そうだろうねえ。最初はそうするものさ」とタコが落ち着いた口調で先を促す
。 「しかし、どの国でも手柄にあせる馬鹿はいるものです。先ず我が国の二番目の地位にある将軍が独断で鉱脈のある場所に軍を派遣してしまいました。奴の妻はソニアの腹違いの妹でウルチアという者です」と俺は思わず苦々しい口調で言った。
「なるほどお転婆娘がもう一人いたかい」とタコは上品に口を手で隠してまたグフフと笑った。
「ええ、しかもウルチアは姉のソニアの美貌に嫉妬し、その傲慢さを憎んでおりました。それ故の軍の派遣でした」
「それは不思議だねえ。いくら王の娘の夫とはいえ、そこまで独断専攻が許されるものかい? 」とタコは率直に疑問を口にした。
「王がお元気であればウルチアと将軍の首は即刻飛んでいたことでしょう。しかし、ソニアの父親のルーフル王は八十という高齢からくる老衰で紛争が起きた時には病没しておりました」と俺はソニアの不運に心を痛めながら言った。
「なるほどそういう話かい」謎々が解けた童女のように無邪気にタコが満面の笑顔を浮かべていた。
「そのため当時外交を指導していたのは長男のエスピシオでした。そしてエスピシオは昔ソニアに求愛して、手酷く振られておりました。つまりソニアの敵は少なくなかったのです」と俺は慎重に言葉を選びながらタコに悲劇の背景の説明を続けた。
ソニアの母親は、兄弟姉妹の母親たちの中では最も有力な貴族の娘で、彼女はソニア一人を産んで若くして死んだ。多数の妻たちの中で、ソニアの母を最も愛していたルーフル王は彼女の唯一の娘であるソニアを子供たちの中で最も溺愛していた。ソニアがつけ上がるのも無理がないというものだ。最高の血統、最高の美貌、父王の愛を一人で独占してきたのだから。
「では兄であるエスピシオは妹のソニアを見殺しにしたということかね」とタコは何故か目を閉じて言った。
「そいうことになりますか」と俺は兄王を非難せぬように曖昧な返答をした。自分の小心さに呆れながらも。
「しかし、たかが女に昔振られたことの意趣返しに、重要な隣国との友好関係まで台なしにするとはねえ」と、タコは兄をさも軽蔑するように皮肉っぽい顔つきで言った。彼女の感想は正しい。
「兄には確実な勝算があったのです。確かに隣国サマルドは以前こそ優秀な騎兵と長弓兵を誇り、有数の強国でした。が、今は世代交代が進み平和に倦み、その軍隊の水準もどんどん落ちていったのです」 「なるほど、隣国の弱体を狙うのは戦国の常と……」

「そういうことです。逆に兄は長い年月をかけて、自国の軍隊の弱点を改革して、圧倒的な軍の質の向上をはかっていたのです」
「ふん、退屈な話だねえ。結論をいいな。ソニアはどうなった」と今にも寝込みそうなほどの大袈裟な欠伸をしてタコが言った。
「妹は我が国の裏切りに怒った王子ルキオンの命令で両腕両足を切り取られて水槽に鑑賞の花のように美しく活けられて件の国境に放置されているのを兵に発見されました。その絹のように美しい肌を隠す衣類はなく、多くの兵士に奇妙な白い置物として隅々を見られたとのことです。そして彼女は帰国してからは自室に閉じこもり死んだ人間のように人目を避けて生きております」
「おほほほほほほほほほ、お前の話は凄まじい快楽をくれたよ。お前は大魔法使いになれるぞ。妹を死なせるなよ」
とタコが目を剥いて叫んだのを俺は身震いしながら聞いていた。 そうやって、ただのペンギンだった俺は魔法使いの第一歩を踏んだ。実の妹の悲劇を踏み台にして。
②
「兄上、この度の御戦勝、まことにおめでとうございます」 魔法使いとなった俺は早速王宮に帰り、新王である兄エスピシオに祝賀の言葉を奉じた。兄は改革された精強な王国軍を使って、件の国境の争いを制して、莫大な富を産むクジャナ石の鉱脈を我が国のものとしたのだ。もちろん交戦国である隣国サマルドとの関係は永遠に修復不可能なものとなってしまったが。
「うむ、まずはうまくいったな」と、王座に座って鷹揚に頷く兄。何年も王位にいたかのような落ち着きと風格があった。

「兄上の長年の軍の改革が実を結びましたな」と俺はその威に打たれ、自然に頭を垂れて兄への追従を続けた。

「そうだな」
「兄上、いや王の戦局を見据えた用兵のすさまじさには、古参の将軍たちがみな舌を巻いていたそうですね」と、俺は兄の機嫌をとろうとして卑屈に笑いながら言った。
「まあな」と、兄は短く返事をしただけで、会話はあまり盛り上がらない。 兄は昔からこうである。こういった堅実ではあるが華やぎのない性格が派手な性格のソニアに好かれなかった原因ではないかと考える者は俺を含めて多い。しかも思い込んだら何をやるか分からないところが彼にはある。
「ところで王よ、ソニアのことですが」俺はためらいがちに切り出した。
「ああ、あの白い置物がどうした」と、王は残忍な笑いを浮かべて言った。
「あれを私の妻に迎えてよろしいでしょうか」と勇気を振り絞って俺は言った。口がカラカラに渇いて、しきりに飲み込む唾が薬のように苦い。
「ペンギンと置物の夫婦か……」、と彼は青白い顔を静かにゆっくりと左右に揺らしながら小さな声でつぶやく。俺は期待で
![[画像:e4d048cc.jpg]](http://livedoor.blogimg.jp/doujimayu-sashimi/imgs/e/4/e4d048cc.jpg)
胸を高鳴らせて顔を紅潮させて、王からの言葉を待った。しかし、彼の口から出た言葉は俺を絶望させる類のものだった。
「あれはわしの玩具だ。毎夜わしの寝室で飾って眺めるのだけが今の楽しみなのだ。悪いが、そなたたちの結婚を許すことはできん」と兄王は囁くように小声言ったのだが、その目は庭の石でも見ているように表情がなかった。
「では王はソニアを妻として迎えるおつもりですか」と俺は思わず問い掛けた。動揺で声が震えているのを、自分でも感じた。 「なぜわしが置物と夫婦にならねばならない? 」と冷笑を浮かべながら兄は言った。 「しかし、毎晩寝室に召されているというのは……」と俺は困惑を隠さずにつぶやく。
「置物にわしと寵姫の交わりを見せ付けておるのじゃ。そして奴の
悔しげな表情を見るのがわしの唯一のなぐさめ……と、そこまで説明せんとそちには解らぬか? 」と言って王は玉座で、さもつまらなさそうに欠伸をした。それを聞いて俺は一言も返せず、狂信的な兄の視線から逃げるようにその場を辞した。怒りで自分の唇から少し出血があったことが、宮殿の庭に出るまで気付かなかった。
「ソニア、ペンギンだ」と、俺は魔法の初歩の技を使ってその晩、妹の寝室に窓から空気のように忍び込んで闇に向かって呼び掛けた。
彼女の部屋の前には常に王が手配した屈強な兵士がいて、親族であっても王の許可をもらわない限りは彼女に面会できない。
「私を笑いにきたのかペンギン」
彼女は闇のなかで目を見開き、挑むように俺をみた。相変わらず、千年は朽ちない絵画か工芸のような彼女の荘厳な美しさに俺は驚いた。
しかも、俺の突然の来訪に全く動揺を見せない彼女の度胸に感心した。「相変わらずだな。俺はお前を盗みにきたよ」
「よちよち歩きのペンギンが私を盗みだすとは、正気か」彼女は相変わらず気高く、傲慢だった。こういったところが兄の加虐心を刺激するのかもしれない。
「俺は魔法を使うようになった。だから可能だ」と小声でささやいた。
「なるほど、ペンギンは私の話をエサにして魔法使いになったか。やるではないか」と奇妙な慈愛がその皮肉に満ちた言葉から伝わってきて、俺はそれをどう解釈していいか戸惑ってしまう。
「妹よ、お前はどちらを望む。ここにいるか、俺に盗まれるか」俺は蛮勇を奮ってソニアに聞いた。
「兄よ、逆に問う。盗んだ私をどうするのか? 」とソニアは怖い顔で俺に聞いた。
「妻として迎える。山でお前と静かに暮らす。王族の争いとは遠く離れた静かな場所で」と俺は真剣な口調で言った。偽りのない俺の希望だったから。
「更に問うが、あなたの魔法で私の失った腕と足を元に戻すことは出来ないのか? 」真剣な顔で彼女は聞いてきた。
「出来るが、それはしない。お前の悲しみが俺に魔力を授ける。お前が元にもどればお前から悲劇を搾り取ることは出来なくなる。恐らくお前は俺を捨てるだろう。すなわち、お前の身体を元に戻すことは、俺にとってお前と魔力を同時に失うことを意味する」俺は彼女の鋭い視線を交わして、豪奢な金細工が施された天井を眺めながら一気に言った。
「あははははははは、凄まじい卑怯者よ、ペンギン。逆にこうは考えなかったのか。お前は魔力を失っても、私の愛を得る可能性があるということを」
大口を開けて涙を流しながら笑う彼女の姿は妖艶であり悲しげでもあった。何よりも愛おしくてならなかった。
「その可能性がない事は、よく知っている。お前は通常であればペンギンに満足する女ではない」
「しかし、人間は変わるものだぞ」と紅潮した顔でソニアは言った。
「俺は置物のお前を愛している」
俺は言い放つ。
「腐っているな、兄上」とソニアは諦観の微
笑みを浮かべてつぶやく。「知っている」
そして俺は置物を盗み出した。彼女を王宮から遠く離れた王国の西の国境近くの山の奥深くに連れていった。誰にも邪魔されることのないよう、冷たく光る半月が映える湖面に船を浮かべて二人きりになってから、彼女の衣服を全て取り払って鑑賞した。まるで人形のように彼女は一切言葉を発せず、口を閉じたまま俺の目の前に横たわる。その神秘的な美しさに誘われて、いつのまにか俺は彼女に狂ったように口づけしていた。彼女には逃げる足も抵抗する腕もなく、無言で静かに俺にされるがままになっていた。まさに本当の置物みたいだった。しかし、気付くと俺の口からは赤い血が零れだしていた。置物には腕や足がない代わりに、鋭い牙があることを俺は口内の激痛によって思い知らされた。
③ 妹ソニアはその美しさのために宮廷では味方よりも敵を作ってしまうタイプの女だった。一般的には美しい女は、そうではない女よりも支持者を得るうえで得をすると男は考えるが、ソニアを見ているとその説をどうしても疑ってしまう。彼女が持つ母から受け継いだ由緒ある血、最高の美貌、父王の寵愛があれば他人に対して絶大な優越感をもち、ある程度の寛容をもって周りの者に接して、崇拝者を増やすことは容易ではないかと。しかし、彼女が行ってきた事はその真逆のことばかりだった。
兄からの恋文を突然王族の公式の晩餐会で発表して、彼を笑い者にしたり、私の身体を馬鹿にして足を引きずって歩いたり、妹の恋人をわざと寝取って捨てたりと昔から彼女の行いは人を深く傷つける物ばかりだった。全てを持っていた彼女が行うだけにその印象は悪く、彼女の敵は明らかに増えていった。父王ルーフルが彼女を庇護していなかったら、彼女はもっと早くに敵に攻撃されていただろう。
「なんでお前は兄の求婚を断ったんだ? 」と、山に連
れてきて一週間経ったころに俺は彼女に昔から疑問に感じていたことを聞いた。その頃には山奥で二人いる事で、俺は彼女を完全に自分の物にした気でいた。何故なら彼女は移動も食事も排泄すらも全て俺の世話にならなければならないからだ。しかし、俺は自分の手で直接彼女を世話せずに、式神(魔法使いのしもべとなる精霊で外見は小猿)に世話をさせていた。俺がその質問した時、彼女は俺の魔法で生み出された瀟洒な山荘のベランダで椅子に座って、式神に手伝ってもらいながらカルジア料理(海産物を香辛料で煮込んだ料理)を食べている最中だった。彼女は俺の質問を黙殺して、静かに式神がさしだす食べ物を咀嚼していた。黙殺があまりにも長く続くとさすがの温厚な俺も我慢できなくなってきた。
「ソニアよ、返事をしてくれないか」と俺は焦れて言った。
「……」相変わらず俺は黙殺される。

「魔法を使えばお前が寝ている間にお前の心と記憶の世界に入って、なんでも調べることは出来るんだけどな」と、俺は自慢げに言った。すると置物はぺっと唾を俺の顔に吐きかけた。そして怒気で真っ赤になった顔で
「ペンギンよ、お前はどこまでもゲスだな」と彼女は怒鳴った。
「お前は私の妻なのだぞ、口を慎め」とプライドを傷つけられて俺が、怒鳴り返すと
「なにが妻なものか。お前はただ昔ペンギンと呼ばれた復讐のために不自由な私を飼っているだけではないか」とソニアはさも軽蔑したように言った。
「お前がなんと思おうと、お前は俺に頼るしかないのだ。俺の式神がいなければ、明日にでものたれ死にする立場なのを忘れるなよ」
「このまま惨めな姿でペンギンの同情にすがって生き続けたいと願う私と思うか」と、置物は真っ赤な顔で吠える。 小猿姿の式神は、心配そうに首を傾げて俺達の様子を見ている。
まるで仲の悪い夫婦に生まれた一人息子のように可憐にキーキーと声をだして喧嘩を仲裁しようとする。しばらく俺達はその愛らしい姿に見入ってしまった。やがてソニアは諦めたように深いため息を一つして、俺の想像だにしなかったおぞましい王宮の真実を語りだした。
「あの男エスピシオはただ我が母方の高貴なる血統を利用したいがために、わらわに求婚を申し込んできたのだ。だから断った」と俺を射るように彼女の切れ長の瞳が憎悪の光を放射する。
「確かにお前の母の出事(しゅつじ)、前王朝ダリウス家の血統を崇拝する者は国内には一杯いるからな」と俺は彼女の血統からくるプライドの高さにうんざりしながらも、調子を合わせて答えた。
「そうだ、奴は私を自分の権威高揚のために利用したいだけだったのだ」と彼女は眉間に皺を寄せてかすれた声で呟いた。
「しかし、兄を王族の面前であそこまで侮辱する必要があったのか」と調子にのって俺は兄が不出来な妹を諭すよう言ってのけると
「私は、お前たち現王朝のオリナス家の者全員皆殺にしたいくらい嫌いだ。だから結婚して早く他国へ逃げ出しかった」本気の殺意が彼女の燃えるような瞳に宿っていて俺はたじろぐ。美女の怒った顔は格別恐ろしいとは聞いていたが、それは真実だった。
「お前だってオリナスの血を分けた者だ。矛盾しているだろう」と俺がなんとか言い返そうとすると、ソニアはぞっとするような暗い表情で虚に笑った。
「ルーフル王は我が母の一族から王権を奪ったのだ。家臣の分際で、異民族の攻略に成功した事で慢心して、長い年月をかけて王宮を蚕食した結果…」と、彼女は言った。
「奪ったというのは聞こえが悪いな。我が父ルーフル王はお前の祖父殿マイレス王から、お前の母をめとると同時に王権を継承した。しかし、それは奪ったわけではない」
「本当にそう思うか」と彼女はさも馬鹿にしたように俺を半眼で見つめたままで言った。
「ああ、マイレス王のご子息二人が不運にも流行り病で亡くなって後継者がいなくなったからだ」と俺はきっぱりと言ってのけた。
「相変わらず何も知らないな。まあお前ははぐれ者のペンギンだから誰もお前に生臭い話を聞かせなかったのだろう」
「な、なんだと」
「ある意味あの王宮でお前は一番幸せだったのかもな」 「なんだ、真実は他にあるのか? 」 ソニアはさも俺を馬鹿にしたような目付きをして、恐ろしい事実を告げた。
「マイレス王の息子たちは全てルーフルが前王朝の首席大臣をやっていた時にやつが差し向けた暗殺者にみな毒殺されているのだ」
「そ、それは本当なのか」動揺して俺は吃りながら言った。
「当たり前だ。あんな都合よく王位後継者が立て続けに病死するか。だから兄と弟の敵を打つ為に母はルーフル王を殺そうと狙っていた。そして彼女自身も王に最後に毒殺されたのだ。王宮で何も知らないのはお前だけだよ、ペンギン」と、彼女は嘲笑いながら言った。
俺はあまりの衝撃的な事実に呆然としてしまった。俺は昔から身体が不自由な自分に、一滴の関心も払わない父親が俺に向けた虫を見るような冷めた視線を思い出した。その視線は現王のエスピシオにもしっかりと継承されている。ソニアはさも俺の無知に呆れ果てたような顔で静かに俺の顔を見つめてから、今度は苦汁に満ちた表情で続けた。
「更にあの腐った王宮の暗部を教えてやろうか」と言った顔は、不気味に青ざめていた。
「まだ他にあるのか」俺は寒気を感じながら言った。
「……ル、ルーフル王の寝所に最も召されたのは実の娘のこの私だ」
「ま、まさか」俺は驚いて、椅子から転げ落ちそうになった。
「ふふ、信じたくなければ、もう話さぬよ」と言った彼女の目は真っ赤に濡れていた。
「……ほ、ほんとうなのか」
「あの男は腐りきっていた。王権を奪った罪の意識に狂ったのか、私が女になったころから死んだ母のかわりに私を犯しつづけてきたのだ。
あたかも前王朝の血を半分受け継ぐ私を犯すことで、なにか得体の知れない恐怖を克服するかのように」 俺は妹であり、妻でもある(すくなくとも俺はそう思っている)手足のない女の深い悲しみと苦悩の過去を初めて知った。それと同時に自分の魔法が歴代のどの魔法使いよりも強大である本当の理由がようやく分かった気がした。 ④
俺は結局、魔法を使ってソニアの両手両足を元に戻してあげた。その理由は三つほどある。
最初の理由 ソニアがこれまで意味もなく傍若無人に人を傷つけてきた訳ではないことを知ったから
第二の理由 すでに父ルーフルや兄エスピシオからこれ以上ないほど人としての尊厳を踏みにじられてきた彼女を更に傷つけることはむごすぎて出来ない
第 三の理由 彼女が手足を取り戻しても、彼女のこれまでの悲しみの深さは十分過ぎるほど大きいので、俺の魔力の源泉が枯渇することはない 「アギオン殿、とりあえず手足を戻してくれたことは礼をいおう」と、両足でしっかりと大地に立った妹は置物のひ弱さはなく、真っすぐに俺の目をみて言った。
「いや、当然のことだ。わが一族がこれまでそなたにしてきたことを考えれば……」と俺はごにょごにょと自信なく言った。そんな俺の気弱な態度を見ると、彼女は態度を豹変させて嘲るように言った、 「ペンギンはやはり甘いなあ。私の悲惨な過去を知ったらさっさと手足を復活させるとは。王位継承の資格が与えられないのも当然だな」
![[画像:a943ecd1-s.jpg]](http://livedoor.blogimg.jp/doujimayu-sashimi/imgs/a/9/a943ecd1-s.jpg)
「……」俺はそれに対してとくに抗弁はしなかった。いや出来なかった。自分が兄や普通の王族の男と比べて遥かに卑怯で惰弱であることは彼女に言われるまでもなく分かっていたから。

「さて、ソニアよ。もうお前は自由だ。手足もあるからな。どこでもいくがいい」と俺は妹に捨てられる前に自分から別離を切り出した。 「アギオン殿は本当に私が山を降りる事をお望みか」と、彼女は無表情だが、声だけを強張らせて言った。 「いや居てほしいが、前にも言ったようにお前はペンギンに満足する女でなないだろう」と、しどろもどろに言う俺。
「……相変わらずの弱虫だな。欲しいものを欲しいとなんで正々堂々といえない」と彼女は俺を罵りながらも、気弱そうに目を見開いて言った。まるで俺の表情のどんな細かい変化もみのがさないようにするかの如く。
「し、しかし、お前がここに残る事をとても望むとは思えないから……うだつのあがらぬ俺と一緒になど」と俺は混乱して吃りながらソニアに言った。
![[画像:feac6d47-s.jpg]](http://livedoor.blogimg.jp/doujimayu-sashimi/imgs/f/e/feac6d47-s.jpg)
「望むさ。私にとって他に行く場所があるか。ここはあの醜い政争と暗殺者が蔓延る王宮より遥かにましだ」俺はそれを聞いて嬉しさで目頭が熱くなるのを知覚しないわけにはいかなかった。
「妻として居てくれとはいわない……妹として、いやただの友でもいい。そなたがこの山に居てくれるだけで、それ以上の喜びはない」と、俺は震える声で言った。
「それはよかったな」と彼女は冷静にいって、ペンギンの俺に予想外に身体を寄せてきた。俺は一瞬躊躇したが、勇気を出して彼女の身体を折れるほどきつく抱きしめた。彼女はとても柔らかくて、いい匂いがした。
「痛いよ アギオン殿」と彼女は可愛く言った。 「こ、これも、もしかして我が魔力の力か……」と俺が間抜けな声で言うと 「ただの女にもてないペンギンへの憐憫だよ。そなたが置物に憐憫をほどこしたようにな」
「同情でもいい。どんな酷い目にあっても気高さを失わない、そなたとこれからも過ごせるなら」と俺は鼻水を垂らしながら彼女に口づけした。彼女はそれを嫌がらずに優しく受け止めてくれた。 「ただ私は負けず嫌いなだけだよ」とソニアは薄く唇を広げて笑った。とても魅力的な笑顔だった。
![[画像:09206bdd-s.jpg]](http://livedoor.blogimg.jp/doujimayu-sashimi/imgs/0/9/09206bdd-s.jpg)
その後俺はソニアを寝所に連れていって彼女を初めて抱いた。妹は俺の腕の中で妻として存分に振る舞ってくれた。もはや置物ではなかった。最初の夜に置物のままで、彼女を抱かなかった自分の選択に俺は心から満足した。 それから妻ソニアと仲睦まじく暮らした。妻が言った通り山の中は醜い争いなど無く平和で静かでそれだけで、彼女には得難いもののようだった。なんといっても彼女の前王朝の血をとやかく言うものや、利用しようとする者がいないことが彼女にとっては掛け替えのない心の平穏を意味するようだった。
![[画像:93fc46d4-s.jpg]](http://livedoor.blogimg.jp/doujimayu-sashimi/imgs/9/3/93fc46d4-s.jpg)
俺は今まで兄として妹に何もしてやらなかった埋め合わせとして、魔法で彼女が望むものをなんでも手品の如く出してやった。それは魔力の暴走といってもいいかもしれない。 珍しい異国の動物、食べ物、着物、装身具、食器、家具など。物だけでなく、音楽を奏でる演者や、物語を演じる役者たちを現出させて月夜の晩に酒を飲みながら、二人

で雅楽を聞いたり、観劇をしたりして過ごした。俺は妻の無邪気に喜ぶ姿を見るのが好きだった。よほど惚れていたのだろう。 しかし、彼女の笑顔が多く見られるにつれて、俺の魔力は弱まっていった。どうやら魔力の源泉(身内の不幸)が枯渇してしまったのだ。皮肉なことに愛するソニアが幸せになったことで。 俺はまたもや役立たずのペンギンにもどっていく自分が怖かった。ただのペンギンでは美しくて気高いソニアに相応しくないという強迫観念を持っていたから。

⑤ 俺はどうにかして魔力を取り戻そうとあせっていた。それにはタコが求める身内の不幸がどうしても必要である。しかし、俺の身内の大半は王宮にいて、俺が手をだせるものではない。手近にいる身内はソニアと俺自身しかいなかった。ソニアのために魔力を得るのに、彼女を不幸にするなどは本末転倒である。では俺自身はどうか? 俺はソニアに適当な理由を言って、アルコイ山のタコに再び会いにいった。
「おや、なんの相談できたの、ぼうや」とタコは艶やかに笑って俺を迎えた。その日のタコは丸い木のテーブルに一人座り、グラスに入った赤い液体と何か肉のようなもので食事をしていた。
「なんの料理ですかそれは」と、何気なく俺が聞くと 「猪の肉だよ。私に欲情して寝所に侵入してきたところを捕らえたんだよ」とタコが妖艶に微笑んだ。口の周りは不気味な赤い斑点が所々についている。
「猪が貴方様に夜這ってきたのですか」と、驚く俺。 「もちろん人間の姿に化けてだけどね」とタコは肉の血を愛おしそうに舐めながら答えてくれた。猪の姿は彼女が好む容姿ではなかったのだろうか。俺は猪の恋の悲惨な結末を気の毒に思った。
「す、すごいですね、そんな力が獣にあるのですか」 「千年も生きた獣には、お前たちより魔力が強いものは沢山いるわよ」と言ってグフフとタコは下品に笑った。彼女の話がどこまで正しいのかは、半信半疑だったが。俺は急いで本題に入ることにした。タコの機嫌がよさ気なうちに済ませないと。
「実は頂いた魔力が枯渇してしまい、相談に参ったのですが」 「ふうううん、ソニアはもうお幸せなのかい」とタコは肉の咀嚼をやめて、俺に射るような視線を向けて言った。
「え、ええ、はい。我が魔法で彼女は手足を取り戻して普通に暮らしておりまして」と俺は恐る恐る言った。若い娘の悲劇を好むタコが俺の行為を喜ぶとはとても思えない。
![[画像:176e910d-s.jpg]](http://livedoor.blogimg.jp/doujimayu-sashimi/imgs/1/7/176e910d-s.jpg)
「じゃあお前が私にくれる快楽はないじゃない」と、残念そうに言うタコ。それほど気分を害しているようでもないので、俺は心から安堵を覚えた。
「私自身がなんらかの不幸を背負えば、いかがでしょうか。例えば……自分で自分の指を切り落とすとか、……髪の毛を全部抜くとか」と俺は覚悟を決めてタコに言った。自分の手の指が震えるのを感じていたが、ソニアの背負った苦痛に比べれば何物でもないと
自分をなんとか鼓舞しながら。 「それ、ソニアが聞いたら少しは感動するかもね。でも無意味だよ。お前は私が本当に好む悲劇のありようを理解してないね」とタコはグラスに入った獣の深紅の血を旨そうに飲ながら言った。
「そうでしょうか」と俺は自分の卑怯な安堵を苦々しく思いながらも言った。
「そうだよ。悲劇は自分が意図しない形で起きるから不幸なんだよ。そんな偽装なんてお前には似合わないよ」と吐き捨てるように、タコが言ったので小心な俺は背筋を伸ばした。
「そ、そうですか、残念です」
「気長に次の身内に起こる不幸を待ちな」とタコは親切に言って、おぞましい食事を続けた。俺は僅かに吐き気を覚えて礼を言って、その場を逃げるように辞した。
「ソニアよ、どうやら我が魔力は尽きてきたようだ」と俺はアルコイ山から戻って二日程して、勇気をもって彼女に告白した。その日も満月の美しい晩で、河原で二人酒を飲んでいたところだっ
た。
「そうか、私の置物だった時に得た魔力は底をついたか」と彼女は静かに穏やかな口調で言った。それには諦観の響きが混じっているように聞こえた。
「タコから魔力を恵んでもらうために、兄か妹の不幸でも祈るしかないな」と、俺はわざと冗談のつもりで言った。ところが
「確かにエスピシオが毒殺されれば愉快だし、そなたの魔力も復活して言うことはないがなあ」と、彼女は真顔で言うではないか。
「ほ、本気でそう思っているのか」と、俺は動揺して言うと
「いや、もうあの者たちとは、どんな形であれ関わりあうのはごめんだ」と、ソニアは冷めた口調で答えた。

「そうだな、しかし魔力を無くしてどうやって生きていけばいいものやら」と俺が気弱に言うと、
「もう一度私の両腕両足を切り落とせばどうだ」と彼女はなんでもない口調で言った。 「そ、そんなことが出来るか」と俺は動揺して言った。
「何故だ? 元の状態に戻るだけだろう」と、言う彼女の表情からは何の感情も読み取れない。
「お前を不具にしてまで魔法で安楽に生きる価値があるか? 」と俺はムキになっていった。これ以上彼女から悲しい言葉は聞きたくなかったから。
「泣かせるね」とようやく彼女は皮肉っぽい笑顔を浮かべた。 しばらくの沈黙の後にソニアは明るい調子で言った。
「……では簡単だ。魔法に頼らず民と同じように田畑を耕して暮らしていくとしよう」
「そうだな、それしかないな」と俺はため息をつきながら言った。俺は、王宮で傅かれて生きてきた王族出の俺とソニアが百姓のように物を育てて生きて行けるか大いに不安だったが、ソニアをまた置物にするよりはましだと観念した。ところが俺の決心に水をさすようにして 「もしそなたが、王宮に戻りたいなら戻ってもいいのだぞ」と彼女は突然言った。
「な、なにを言う。お前をここに一人置いて行けるか」と俺は興奮して叫んだ。
「しかし、そなたならエスピシオとは何の遺恨もないから、もとの王族の端くれとして安楽に王宮の隅で生きることを許されるかもしれぬぞ」と彼女は軽い口調で笑顔を浮かべて言った。
「ペンギンにも意地はあるわ」と俺は空を見上げてうそぶいた
![[画像:91206bc1-s.jpg]](http://livedoor.blogimg.jp/doujimayu-sashimi/imgs/9/1/91206bc1-s.jpg)
「なるほど、ペンギンの意地か……」とソニアはおかしそうに笑いながら俺の髪を優しく触った。俺は彼女の幸せそうな顔を見て自分の決定が正しいことをようやく確信するに至った。 翌日から残った魔力を振り絞って式神を操って、俺は森を切り開いてささやかな畑を作った。そして城から持ちだしたわずかな宝石をもって町の市場にいき、野菜や穀物の種を買いもとめそれ
を畑で蒔いた。 その間にソニアは釣り竿をもって渓流で魚釣りをしていた。
少年のようにズボンを穿いて、釣竿を担いで山を登っていく彼女の姿は愛らしく、新鮮だった。幸先よく彼女は数匹吊り上げて、鍬をふるってクタクタになった俺の前に大威張りで現れたものだった。 その晩は、河原でたき火をして川魚の串焼きと野生の芋の汁を食べた。運動をしたおかげで、空腹が調味料となり食べ物がいつもより美味しく感じられたのは前向きな発見だった。そうやって、我々は少しずつ魔法に頼らない民の生き方を学んでいった。 もう以前のように豪奢な食事も宝石も服も観劇も別荘も縁のない生活が延々と続いていったが、ソニアから不平不満は一度もなかった。よほど前の生活がいくら奢侈にまみれていても、おぞましく隠惨なものだったかが伺い知れた。実の母親が、実の父親に毒殺されて、更に実の父に犯される日々をその奢侈ゆえに懐かしむ者はいないだろう。 一年もすると俺は熟練した百姓になり、ソニアは彼女によく似た一人の美しい男の子を産んだ。男の子にはシャーラムという名前を付けた。シャーラムは両親が現王の弟と妹である事実も知らぬままに、民の子同様に貧しいながらもすくすくと育った。いつも汚れた麻のみすぼらしい着物を着て、冬でも森の動物を裸足で追い回す頑丈さが俺には頼もしく感じられた。
何年も続いた平和な生活に、異変が起きたのは、シャーラムが七歳の時だった。彼が俺の書庫から古い魔法の本を持ち出してき

て、意味も分からずに神獣召喚の呪文の一説を唱えたところ魔法が発動し、空から一匹の金色の巨大なドラゴンを招きよせてしまったのだ。ドラゴンは黄金の鱗のお陰で、遠くの空からもはっきりと見て取ることが出来た。
「何故シャーラムに魔力が」と同時に呟いて俺とソニアはお互いの顔を見合わせた。俺の魔力はシャーラムが二歳の時にとっくに使えなくなっていたのだから。事態が把握できないでいる俺達に答えを教えてくれたのは他ならぬそのドラゴンだった。ドラゴンは賢くも狭い畑や家がある場所を避けて、最も広い湖の中に降りたった。そして俺達が来るのを静かな眼差しで待っていてくれた。 「一体何事だ。何故シャーラムが魔力を使える」と俺は空を被うようにして屹立する、龍に向かって質問した。 「昨日隣国のサマルド王の軍隊が、そなたらの生まれ育った王都を急襲したのだ」とドラゴンは人間のしかも老人のようなしわがれた声で答えた。
「なんだと」と俺が動揺して、大声を叫んでいるのに比べてソニアは無言で落ち着いた風情でドラゴンを仰ぎ見ていた。
「ルキオンの強力な魔力の軍隊によって、ペルギアの軍は潰滅した。現王のエスピシオ、妹のウルチアをはじめ、一族が全て捕らえられた」 「なんと、王は囚われの身であるのか」と俺は兄の身を思って言った。 「いや、そうではない」と龍は矛盾したことを言った。
「何、では脱出されたのか」苛々して俺が質問を重ねると 「王を先頭に王族全員は既に殺された」 「ま、真か」 「彼等はルキオンの命で両手両足を切り取られて、市中を引き回にされた後で軍用犬に与えられて殺されたのだよ」 「ほ、本当なのか」 「ああ、もはや残されたペルギア王族の血統は、この場の三人を残してこの地上にはいない」と龍は抑揚の全くない声で最悪の事態を俺に告げていった。 「何ということだ」と俺が頭を抱えて河原でうずくまるのとは、対照的にソニアはきまじめな顔で龍に向かって一礼していた。それを見た
![[画像:ff04df3f-s.jpg]](http://livedoor.blogimg.jp/doujimayu-sashimi/imgs/f/f/ff04df3f-s.jpg)
シャーラムが母親を真似て、一礼すると黄金の龍は静かに上昇して、西の空へと飛翔していった。沈みゆく夕陽に向かって、金色の矢が物凄い速さで飛び込んでいく姿にシャーラムだけが見とれていた。
⑥
「実は偶然にもルキオンも何か幼い頃の病で、そなたと同じ様に足を引きずって歩くのだよ」とソニアが暖炉にくべられた枯れ枝が燃えるのを見つめながら呟いたのは、金色の龍から兄王の死を知らされた翌日の晩のこと。

「初めて聞いたぞ」と俺は言ったが、そもそもそソニアから前夫の話を聞いた事などなかったから当たり前ではある。
「症状はずっと軽いので近くにいないと気付かない程度だが」とソニアは溜息をついて言った。
「不思議な偶然だな。ところで奴には弟がいるのか」
「優秀な武人として活躍するのが二人いた。彼等は兄を慕っていたが、ルキオンは彼等を表面ではともかく内心では敵視していた」
「ふむ、そういう男か」と俺は妻の前夫のあり様を知るにつれて、戦慄を覚えた。自分たちに危害が及ぶ可能性が高そうだからだ。
「足の問題からくる劣等感は、あやつを猜疑心の鬼に作りあげていた。弟を疑い、妹を疑い、友を疑う、妻さえも疑う」
「疑う? 何のために」
「自分を玉座から追い落とすのではと」
「……ある意味哀れだな」
「多分奴自身が自分の王位継承権に自信をもてないから故であろうが」と炎が踊るのを見つめながらソニアは溜息をつく。
「もしかすると人の手足を奪う残酷な刑は、自分の不自由な身体と関係あるのか……」と俺は唸りながら言った。
「恐らく関係があるだろう」とソニアは重い口調で答えた。
「やはりな」
「そういう気持ちはアギオン殿には分かるのか」とソニアは遠慮がちな声で聞いた。
「俺はこれ(足の障害)は運命だと思っていたからなあ。それで人を怨んだり、憎んだりすることはほとんどなかったよ」
「奴は逆にその劣等感をエネルギーにして、王位を手に入れたよ
うなものだ。王位継承の資質を疑われれば、弟二人をわざと戦場で見殺しにして自己の王位継承を確実にする。一度受けたわずかな侮蔑も一生忘れず、何倍にもして返す男だ」と、怯えるように妻は声を震わせて言った。俺は彼女を強く抱きしめて、なんとか落ち着かせようとした。ソニアが何かにこれほどの怯えを見せた
のは初めてだった。
「あの男がこの山に兵を送ってくる可能性はあると思うか」と最も重要なことを俺は聞いた。
「あるな、あいつは私にペンギンと呼ばれたことを今も怨んでいるだろうし、何よりそなたがペルギア再興の旗頭になることを防ごうとするだろうから」
「お前、ルキオンもペンギンと呼んだのか」と俺は驚きの声をあげた。
「奴の足を見ているとアギオン殿がなつかしくなってつい小声で呼んでしまったのだ。しかし、奴はそれを聞き逃さなかった。それからだな、私に向ける奴の目がどんどん険悪になっていったのは」 俺は彼女が俺のことをペンギンと呼んでいたのは、ただ嘲弄するためだけではなかったことを初めて知った。
「これからどうしたものか。せっかくよい土に変えた田畑を捨てていくのは、惜しい気がするが」と俺。
「私は争いにはもう懲り懲りだ。アギオン殿が同意してくれるなら他国に逃げたい。前も言ったが王族と名がつくものとは本当に
関わりを持ちたくないのだ。どこの国の王族であれ」とソニアは疲れた声でいった。
「そうだな。では明日にでも逃げよう」と、そう俺たちは今後の方針を確認して眠った。 しかし、俺達は自分の甘さを思い知らされることになった。翌朝になるとシャーラムがベッドから消えていた。そこには一枚の紙が置かれていて、精密な血だらけの人の置物の絵が描かれていた。
⑦ 久しぶりに見た王宮はしんと静まり返り、まるで大きな柩に化けたかのようだった。兄や妹他、我が一族の血がそこで多く流されたかと思うと、普段は争いごとを好まぬ俺も怒りで血のたぎりを強く感じた。
「よく来たなソニア。あと少し遅かったらお前の子供も以前のお前と同じように置物になるところだったぞ」と、ルキオンは楽しそうに笑いながら言った。 彼は俺と違って、美丈夫といっていい男だった。なまじ、美しく生まれてきた為に足の問題に必要以上にこだわってしまうのだろうか。俺は足以外にも劣等感を覚えるものが無数にあったため、どうでもよくなってしまったのだが。 「息子の無事な姿を見せてください。シャーラムを無事解放してくれれば私たち夫婦はどうなっても構いません」とソニアは泣きながら訴えた。俺は自分の身代わりに式神を化けさせて、彼女の隣でルキオンの前で土下座させていた。その間に鼠に化けた俺は必死で宮殿の中を探した。しかし、地下牢にも、広間にも、王族の部屋にも、台所にも息子の姿は見つからなかった。 鼠の俺は戦略を変えて、ルキオンとソニアがいる謁見の間を再び探すことにした。すると案の定、ルキオンが座る玉座の後ろに鉄の檻に毒蛇と一緒に閉じ込められたシャーラムの姿が目に飛び込んできた。俺は早速巨大なライオンに変身して、前にいた三人の兵士たちを追い散らし、檻を壊して彼を救出した。
「何事だ」とルキオンが、玉座を下りてこちらにやってくる。俺はシャーラムを背中に乗せてルキオンの頭を越えるほどの跳躍をして、ソニアのいる謁見の場に降り立った。そしてソニアにシャーラムを渡し身軽になった身体で、後ろから追い掛けてきたルキオンと対峙した。 自分の背丈よりも巨大なライオンが視界に立ち塞がる姿に、ルキオンは一瞬だけ狼狽の色を見せたが、いつのまにかそれは余裕の笑みの中に消えていた。ライオンなどの巨大生物に長時間変化するのは、それなりに大変な魔力がいる。しかしルキオンの顔には侮蔑の色さえ浮かんでいた。
「あれだけの親族を失った悲劇の力で、その程度の魔力とは情けないのう」とルキオンはゆっくりと言った。ライオンの俺は返事をしない。じっと奴の隙を伺う。しかし、奴の自信溢れる態度は
俺の魔力を弱め、心なしかライオンの身体は縮んだような気がした。
「お前がペンギンと呼ばれていたのはソニアから聞いている。宮廷で愛玩され哀れみを受けてやっと生きてきたんだろうな」
「だ、黙れ」と俺は叫ぼうとしたが、声は掠れて出なかった。自分の意気地の無さがほとほと嫌になる。
「俺がゴミのように捨てた女、しかも実の父親の夜の玩具だった女を手に入れて満足か、ペ・ン・ギ・ン」
とルキオンが呟いたところで、俺の理性は吹っ飛んでいた。俺のことを嘲弄するのは、我慢できてもソニアのことは許せなかった。
「うおおおおおお」と怒りで我を失ったライオンの俺は前に飛び出し奴の喉笛に食らい付いていた。しかし、俺の牙は奴の首を噛み潰す変わりに、式神の藁人形を間抜けにくわえていただけだった。
「ははは、お前が式神を使うのに、俺が使わない手はないだろう」と奴の声が空中のどこからか響いてきた。そして、俺は姿を見せないルキオンを探すために、視線を虚空に走らせていた。ところが、
「アギオン下をみて」とソニアが叫んだ。俺はぎょっとして足元に視線を移すと土が爆ぜて、視界を覆うような土煙が起こった。そして煙の向こうから歩いてくるガッシリした逞しい男の影が一つ。俺はそいつに向かって臨戦態勢を即座にとる。しかし、土煙の幕から現れたのは予想外の人物だった。
「アギオンよ、可愛い倅。達者で暮らしておるか」 それは死んだ父王、ルーフルだった。彼は生前に一度も見せたことのない慈愛溢れる笑顔を浮かべて、俺に近寄ってきた。
「アギオン、お前に再び会えて嬉しいぞ」と言いながら老父は俺に向かって両手を大きく広げた。
「黙れ、物怪め」と俺は鋭い牙で奴の顔を噛み砕こうと、後足を蹴って一気に奴との間合いを詰めた。しかし、奴の鼻先まで牙を肉薄させたところで、何故かライオンの俺は静止してしまったのだ。間近で見れば見るほど、それはあまりにも死んだ父に似ていたのからだ。
「アギオン、それは偽物よ」とソニアが叫んでいるのが、遠くに聞こえる。しかし、俺の視界には生前に兄弟の中で一度も俺だけ抱きしめてくれなかった父親が両腕を広げて、俺を温かく迎えている。理性では激しく警哨が鳴っているのに、皮膚感覚が別の何かを求めてしまう。
「お前にも息子が生まれたんだな。やっとお前も一人前だ。早く孫の顔を見せてくれ」と父親が涙を流して言った。その瞬間俺の魔力は、完全に力を失ってライオンの姿は消失していた。そして足を引き摺る本来の姿が無防備に晒されてしまったのだ。俺は自分がルキオンの術中にはまったことを即座に理解した
「愚かなりペンギン」 と父親の姿をしたものはルキオンの声で叫び、いきなり腰の剣を抜いて俺の肩から脇腹に向かって斜めに切り下ろしていた。俺は死を覚悟した。しかし、いつまでたっても俺の身体には来るはずの鋭い痛みが訪れなかった。そして聞こえてきたのは 「相変わらず可愛いげがない女だな」 と呟くルキオンの不快げな声だった。上を見上げると俺の身体を守るよう覆いかぶさる見知らぬ牝のライオンがいた。それがルキオンの剣を牙で押さえ込んでいたおかげで、俺は助かったようだ。
「ソ、ソニアなのか」と俺が間抜けな声でライオンに問うと
「私も魔法の力の種にされるばっかりじゃつまらないからね」と牝ライオンは答えた。そしてすぐさま彼女はその鋭い右前足の爪を本性が露わになったルキオンの心臓目掛けて叩き込んでいた。
「しまった」とルキオンが驚愕の表情をみせる。俺は興奮してルキオンの胸から、鮮血がほとばしるのを待った。が、何も起こらない。それどころか奴の身体の色が段々と薄れていき、いつのまにか空気の中に熔けていく。そして俺達の目の前には式神の藁人形が軽い音をたてて地面に落ちた。
「いつのまに、入れ代わったの」とソニアが悔しげな声をあげたので、振り返ると彼女は人間の姿に戻っていた。慣れない魔法は長くは持たないみたいだ。
「なるほど、エスピシアオたちの悲劇もなかなかの物だな」と言う言葉が後方から聞こえた。振り返るとまるで地震が起きたかのように、王宮の庭の土が巨大な音を立てて崩れて落ちていく。そして土中から現れたのは、今度は三つの首を持つ俺の背丈の三倍以上もある巨大な蛇だった。 蛇は真っ黒な細かい鱗に赤い細い目をしていて、それぞれが標的を一瞬で捉えていた。即ち真ん中が俺を狙い、左がソニアを、右がシャーラムを。俺は式神が化けた山犬を咄嗟に現出させて、ソニアとシャーラムの前に立ちはだからせた。哀れ山犬たちは抵抗する間もなく蛇の口の中に消えたが、一瞬の隙を狙ってソニアが今度は狼に変化してシャーラムを背中に乗せて蛇の間合から飛び出していた。
「やったな」と俺は振り返ってソニアの逃げる姿を確認したが、次の瞬間にはまるで鋼鉄の馬車にでも轢かれた時のような物凄い衝撃を受けていた。そして生臭い黒い鱗だらけの塊が俺の身体を挟んで、そのまま空中に持ち上げている。
「ぐあああああああ」と俺は哀れな悲鳴を上げて、口から血を大量に吐き出した。俺の身体はルキオンの大蛇の胴体に絡みつかれ、まるで万力で締め上げられるように空中で圧殺されつつあった。
「さあて、小賢しいペンギンから始末するか」と大蛇は歌うように宣言する。 「やめろ、ルキオン」とソニアが叫ぶのが遠くに聞こえるがそれも段々遠のいていく。俺の意識が遠のいているのか、彼女が遠ざかっているのか、よく分からない。ひたすら苦しい。筋肉がバラバラに解体され、内蔵が確実に潰されていく。もうすぐ俺の人生も終わりだなと、半ば覚悟したところで、懐かしい声が頭上から降ってきた。
「あらまあ、ルキオンお前もこれで二国を統べる帝王になるのかしら」 それはタコだった。空中を浮遊しながら、タコはタンポポの種のように地上に優雅に舞い降りてきた。彼女は血のように赤い着物を身にまとっていた。その姿は緊迫した場に不釣り合いなほど優美である。
「これは、これは、アルコイ山のあるじ様……我が城へ何の御用でございますか」と、大蛇のルキオンは一瞬声を動揺させたが、すぐに元の典雅な声色を取り戻して言った。 「殺戮が山のほうからも随分見られたからね。私の魔力を使って派手に殺しまくっているわね」と皮肉たっぷりにタコが言った。
「なにか御不興でも」と警戒心を顕わにした大蛇が言った。
「実はそのペンギン男は、私の好みの悲劇の卸元なのさ」とタコは言って空中で俺の血糊のついた頬をその優雅な白くて細い手でつるりと撫でた。すると俺の身体の中の粉々になった骨や内臓が僅かながら元にもどったような感じがした。
「ふ、不公平ではないか。俺も十分な親族の悲劇を提供したぞ」 「あら、そうだっけ」とタコはすまして言う。 「弟二人が戦死した後、その妻と子供全員を生きながらに目をつぶし、鼻を削いで、両手両足を切り落として今も檻にいれて飼っている」と自慢げにルキオンが言う。 「相変わらず悪趣味だねえ、お前」とタコが冷たい声で言った。 「何が悪趣味なものか。奴らは昔から足を引きずる俺を嘲笑っていたが、今はやつらがケモノの如く四つ足で糞だらけの檻の中を裸で這いまわっている」
「……この魔法勝負残念だけど、勝つのは私が好む悲劇の卸元だけなのさ。本人たちの努力も、気合いもあんまり関係ないんだ
よ」と言ってタコは俺にウインクした。すると俺の身体の中が一瞬重さを無くして、気体に変化したように軽くなった。しかももっと驚くべきことが起きていた……。俺の身体は囲まれていたのだ。 それは無数の死んだペルギア王族たちの姿だった。 兄エスピシオや妹のウルチアをはじめ、従兄弟や叔父など全てルキオンに殺された霊たちが俺の中に台風に吸い込まれる雲のように集まってくる。彼等は俺の身体に入る前に思い出の風景を呼び覚ましていった。それは俺が彼等に子供の頃よく背負われて庭を散策した風景だった。兄をはじめとして彼等は足の疲れやすい俺を気遣って、よくこうして介助してくれた。俺は彼等の無念もはらさず、ルキオンから逃げだそうとした自分を心から恥じた。
「お、俺はただのペンギンだったが、王宮でこの死んだ人たちに本当に可愛がられていた」と俺は思わず呟く。すると兄の霊が怖い顔で俺に切り落とされた腕を見せ付けた。
「敵は取りますよ」と俺は兄に約束した。その間にも彼等の姿がどんどん俺の身体に取りこまれていく。俺の身体からは苦痛が一切消えてなくなり、途方もない万能感だけが小型の太陽のように居座って俺にエネルギーを臨海点まで注いでいった。
「ルキオン、貴様を殺す」と俺は絶叫して無意識のうちに巨大な何かに唐突に変化していた。
「き、貴様何者だああああああ」と俺の変貌を目撃したルキオンが叫ぶ。そうだ一体俺は何物に変化したのだろうか。俺の身体は大蛇の胴体をいとも簡単に引き裂いて空中に浮かんでいた。城全体が俺の陰にすっぽりと覆われている。巨大な翼に、長い尻尾に、深い海の底のような緑色の光。
「ぐはああああああああああ、く、くそう、神獣など歴代の使い手でもいなかったはず。アルコイ山の主よおおおお」とルキオンはドラゴンの俺に胴体を切り裂かれて苦しげな声でタコに呼び掛けた。
「なんだねルキオン」とタコは涼しげな顔でルキオンに言った。

「同じ量の親族の悲劇をそなたに提供しているのに、奴の魔力が
我が魔力より上なのは納得できん」と怒りと苦痛で声を震わせながらルキオンは叫んだ。 「お前は私の快楽の好みを全然理解していない」とタコは優しい笑顔で続けた。
「な、なんだと」更に激昂するルキオン。
「お前の親族の悲劇はお前自身が起こしたものだから人工物なのさ。ペンギンの天然物より数段格が落ちる」 それを聞いて顔を紅潮させたルキオンは 「兵士たちよ、ドラゴンを矢で射落とせ」と反狂乱で広場の外に待機しているはずの兵士に向かって叫んだが、誰もやってこなかった。
「お前の式神で出来た兵士はみな、元の土くれに戻ったよ。なんで本物の兵士を連れてこなかったんだ」と俺は疑問に思ってやつに聞いてみた。俺は魔力で城の中にいた兵士の呪文を全て解除しておいたのだ。 するとタコが愉快そうにそのわけを説明してくれた。
「こいつと命をともにする兵士は誰もいないさ。彼等はみな殺された王弟たちを慕っていた」
「嘘だ、黙れ」とルキオンが吠える。
「何故なら兵士たちは王弟たちが、兄の不具を一切馬鹿にせず、王国を真摯に支えようとした立派な皇族だったことを知っているからだ」
「愚かなことよ。今にあの逃亡兵たちも、わしの魔力で全員置物にしてくれるわ! 」とルキオンは狂ったように叫んだ。しかしタコはルキオンの叫びを無視して可笑しそうに続けた。
「サマルドの国民全員が、こやつの残虐な所業を知って愛想をつかしている。今やこいつを味方は式神しかいない。この男は魔力を得るかわりに全てを失った男だよ」 タコが指摘したように、俺の天然物の魔力は人工物のルキオンの魔力を簡単に粉砕した。
俺のドラゴンの爪はやつの死に損ないの蛇の体をあたかも絹を引き裂くように簡単に四散させた。魔力を維持できなくなって人間の姿にもどったルキオンが虫の息で金龍の足元に横たわっている。逡巡したが、結局俺はかつて奴がソニアや兄たちにやったのと同じように、その両腕と両足をもぎ取った。そして最後に鉄をも溶かす高温の炎を口から吹き出して、その置物の身体を気体になるまで時間をかけて焼き尽くした。俺はこの男を下手に生かして、ソニアやシャーラムに後々害をもたらすことを心底恐れていたのだ。ルキオンの狂気はその肉体とともに滅び去った。
⑧ 「懸案のサマルドの統治に関してだが……いずれルキオンの長男に王位を継がせる。が、しばらくは余が後見人となり彼の国を統治する」と玉座に座った俺が重々しく言ったのは、ルキオンを倒して二ヶ月ほど経った頃。俺の両国の平和構想はサマルドとの不可侵条約の締結とクジャナ石の共同採掘も含まれている。いずれ
それも発表することになるだろう。全て不戦と平和の為の布石である。 「王の仰せの通りにするのが宜しいでしょう」と王妃ソニアと大臣たちは玉座より遠く離れた所で頭を
![[画像:faca0a02-s.jpg]](http://livedoor.blogimg.jp/doujimayu-sashimi/imgs/f/a/faca0a02-s.jpg)
垂れて、恭しく声を揃えて言った。玉座に座るとやたらと人が遠くに見えて、孤独を感じる。兄もこの孤独に耐えかねて、ああも、陰険な顔つきになってしまったのだろうか。俺も気をつけねばならない。 ルキオンを殺したあとで、大臣、有力貴族たちは兄の敵をとった俺に次代の王になるよう要請した。他に候補者がいないのだから仕方ないのだろう。俺は表面的には不本意な体を装って、その実心に妖しい興奮を抱いて玉座に着いた。権力というものに生涯縁がないと思っていた ペンギンの俺が、一国を統べる王となるとは! 一日を政務に忙殺されて、夜になりようやく家族だけの時間をもてる。食卓につくとソニアはなんとなく元気がなかった。息子のシャーラムも静かな母親に遠慮して、無言でナイフとフォークを動かしている。王になってから息子との会話も相当に減ってしまった。
、「王宮の暮らしはどうだ。山での生活と何もかも違って、慣れるのに大変だろう」と俺は出来るだけ優しく息子に語りかけた。山では野生動物のように野山を駆け回っていたソニアに似た美しい少年は、今は王子として絹の豪奢な王族に相応しい衣服に身を包んでいるが、見るからにそれが窮屈そうだった。 「はい、父上。私はまあなんとかやっています。侍従の者も親切に色々と世話してくれますので」と健気に息子が答えた。
「政務が片付いたら、家族で近くの湖にいき、泊まりがけで釣りでもしよう。私が子供の頃母さんと一緒によくいった湖だ、なあソニア」と俺はソニアに話し掛けると 「えええ、そうですわね」と彼女はぼんやりとした顔で答えた。
「なにか心ここに在らずだなあ。少し顔色も悪いようだ」と俺は王妃に言った。
「この王宮には忌まわしい思い出しかありませんので」とソニアは疲れた声で話す。
「しかし、慣れてもらわなければならない。そなたは王妃なのだから」と俺は恐る恐る言った。
「ですね」
「公的な立場なのだよ」
「……」沈黙するソニア。子供を産んでもう娘の頃の、ガラスのように脆弱な美しさや可憐さはないが、相変わらず愛らしい。王となったとたんに有力貴族たちがこぞって己の娘や妹を俺に寵姫として差し出すことを申し出てきたが、全て断っていた。俺はソニアの精神と肉体を最も愛していたからだ。その魅力に溺れているとも言える。彼女の緑と青の混じり合った大きな神秘的な色合いの瞳が、わずかに震えている。感情が乱れているときの兆候だ。
「久しぶりに皆で、観劇をしよう。お前の好きな喜劇を見よう」
と俺はわざと明るい声で言って、彼女の肩に手を置いた。
「王の大切な魔力を私の為に使うのは」
「いいんだ」と俺は強引に彼女の手をとって、庭に連れだした。シャーラムも大喜びでついて来る。
「父上の魔法が見れるぞおお」と興奮の声をあげて。それを聞いて俺は自分が町の子供たちに手品を見せて回る奇術師にでもなったような愉快な気分になった。奇術師のほうが王などといった血生臭い職業よりは遥かに健全で意義のある仕事かもしれない。 広大な庭に出ると衛兵たちが、突然の王族の出現に緊張した顔をする。俺は彼等に訳を説明して、一緒に観劇するように言った。若い衛兵の一人が、伝説の王の魔法を見られると興奮した顔をする。俺も期待に応えてドラゴンでも見せてやりたくなったが、兄たちの悲劇を利用して、ただの娯楽の為だけに巨大な魔力を使うほど愚かではない。 皆が静かに見ている前で俺は自分の髪の毛を数本毟り、それに呪文をかけて土の上に静かにまく。するとそこから白い人間の手が突然生えてくる。手は空中で何かを捕まえようとするが、何も捕らえられない。今度は人の顔が土から生えてくる。その顔は道化の化粧をした美しい少女のものだ。道化はニヤニヤ笑いながら、土を掘り起こしてその全身を地上から這い出させた。同じように少年の道化師が土から生えてくる。薄い月の光に浮かぶその風景は十分に奇怪で神秘的だ。やがて式神の道化師たちは喜劇を始め
た。
「お前は人間じゃない、よちよち歩きのペンギンだ」と、少女の道化が足を引きずる少年の道化を罵るように言う。
「うるさい、俺は今こそこういう姿だがいずれ偉大な魔法使いになって、この国を悪者から救うのだ」と少年道化。
「ペンギンが国を救えるか、ペンギンなら魚をとる練習をしろ」 少女はポケットから、小魚を空中に放り投げる。少年は本当にペンギンのように足を引きずって、落ちてくる魚を追いかけるが、ぶざまに何度も転んでしまう。 俺の家族からも、衛兵からも一切の笑いは起きなかった。当たり前だ。ネタがひどすぎる。その場にいた誰もが子供の頃の俺とソニアを扱っている事を知っているのだ。しかしソニアだけは微妙に笑いを我慢した複雑な表
![[画像:626e1a6b-s.jpg]](http://livedoor.blogimg.jp/doujimayu-sashimi/imgs/6/2/626e1a6b-s.jpg)
情をしていた。長い付き合いで彼女の感情は察知できる。
「式神よ、他の演目にしろ。全く笑えないぞ」と俺はなるだけ冷たい口調で言った。
「分ああああかりいいい……ましたあああ」 と式神二人は陽気に声を揃えて答えた。全くめげていない。俺の心はどんどん不安になる。
「ルキオン、お前は馬鹿だよ」と少女はわざとしわがれた声で始めた。どうやらこれは、アルコイ山のタコを演じているようだ。
「俺が馬鹿だと、イカのくせに許さん」と少年道化 「だから馬鹿だというのさ。私はイカじゃなくタコだよ」 「どっちでもいいわ、刺身にして食ってやる」
「ほほほ、タコはボイルが一番なんだよ、それも知らない馬鹿者よ」
「お前は自分の足しか食ったことがないから、料理を知らないだろう」と威張ったそぶりで言う少年道化。 「サマルドの料理はペルギアでは犬も食べない。お前に言われたくないわ」と少女道化。確かにサマルドの料理は芋ばかり出てくるのでペルギアの民は常々馬鹿にしている。
「なんだとお、芋料理を馬鹿にするな。サマルドでは芋を十種類の単語で呼び分けるのだ」 「へええ、どういう風にだい」と小馬鹿にしたように笑う少女道化。 「プチナ(旨い芋)、プヘナ(固い芋)、プミナ(砂っぽい芋)、プクナ(安い芋)、プロナ(腐った芋) ……」 と大まじめに少年道化が説明しだすと、庭では大きな笑いがようやく起きた。 隣国の文化や風習を馬鹿にしたネタほど今古東西で普遍的な笑いはないだろう。俺はようやく満足して式神の術を解いて、もとの土くれに戻してやった。空を見上げると、美しい月がさえざえと俺達を照らしていた。月に言わせれば、土くれで出来た道化の芝居も、俺達人間の生活も同じようにレベルの低いコメディー(喜劇)なのかもしれないと感じた。
⑨
そして俺の治世は奇跡的に平和に恵まれ十五年も続いた。兄の失敗を反面教師にして平和外交に徹した。だが最初から何もかもが上手くいったわけではない。平和を確立するには、野心ある周辺諸国が手を出せぬよう十分な防衛力を持たないとならない。 それは玉座について二年目くらいだっただろうか。その頃俺は予想外に王朝の運営を無難にこなし、明らかに天狗になっていた。そのため戦場で将軍たちが進める戦略や戦術を無視して、我流で采配を振るってばかりいた。その結果わが軍主力の歩兵部隊が敵の少数の騎兵にやられて、少なからぬ戦死者を出してしまった。
それに懲りて大人しくすればいいものを、俺は妙に意地になって戦術書なぞを読んで、何かと戦場で将軍たちに意見した。そしてその殆どがわが軍の敗退を生み、俺の軍事面での評価は歴代の王の中で最低レベルのものとなってしまった。 すると主だった将軍や貴族たちは俺をもとの無用のペンギンとして、再び小馬鹿にするようになっていった。劣等感と焦燥感がひどくなり、その頃の俺は王妃ソニアに泣き言半分の寝物語を毎晩したものだった。
「俺はやはりペンギンだったよ。少しはマシになったかと思ったがやはり駄目だった、うわああああああ」 そう叫びながら俺は彼女の陶磁器のように白くて滑らかな乳房を執拗に吸っていた。ソニアはその頃二十四位だったろうか。
十代の頃からみると息子のシャーラムを産んで、その胸はより豊満になっていて、そこに顔を埋めていると俺はなんともいえない安心感を覚えた。 「それほどいくさが苦手なら魔法を使えば? 」と彼女は俺の髪を優しく撫でながら静かに言った。「いつか消える魔力に頼っていては、まずいだろう」と、俺はすねた声で答えた。
「しかし兄王の悲劇は王朝最大。そこから生まれ魔力がそう簡単に消えるでしょうか」とソニアは真面目な顔で意見する。
「しかし、魔力で確立した権威など、魔力の消失で滅びる」と俺は同じ意見を繰り返した。
「王とはそのように、必ず強き者でないと駄目なのでしょうか? 」と彼女は真顔で聞いてきた。なんと無邪気なことを言う王妃だろう。
「王の権威が弱い国に恒久の安定や平穏は無い。当たり前ではないか」と俺は苦りきった声でソニアを睨んで言った。
「アギオン殿がそれほど王座に固執する、真の理由は何だ?」とソニアは俺の顔を乳房から引き離し、真剣な表情で俺に聞いてきた。王と呼ばれず久方振りに下の名前で呼ばれて、俺は少し驚く。
「久しぶりだな、アギオンと呼ばれるのは」とソニアの迫力に少し圧倒されながら俺は言った。 「私はそなたの本音が聞きたくてな」とソニアは俺を久しぶりに射るように睨んで言う。
「……俺はお前とシャーラムが安心して暮らせる場所を守りたいだけだ」と俺は本音でソニアに答えた。
「しかし、それなら全てを捨てて王宮から出れば……」と彼女はためらいがちに言った。
「本気で言っているのか? 我々が王族である限り第二のルキオンが必ず現れる」と俺は興奮してソニアに言った。
「……その通りかもしれない」とソニアは長い睫毛を伏せて答えた。

「王族として生まれた限り、その運命から逃げられないのだ。であれば何とか王権を安定させて、家族を守るしかあるまい」と俺は力んだ口調で妻の前で演説する。ペンギンも偉くなったものだ。
「分かった。アギオン、そなたは正しいと思う」とソニアは俺の手を両手で強く掴んで、真摯な眼差しで俺を見つめながら呟いた。
「うむ」俺はそこで話を切り上げて、ソニアの乳房に再び顔を埋めた。彼女の美しい肉体とそれに伴う壮大な快楽に没頭する事で、俺は何とか自分を保とうとした。ソニアはそんな俺に抱かれながらも窓の外の冴え冴えとした月の光を睨んで何事かを考えていた。
⑩ 結局俺はソニアの意見に従ってしまった。つまり己の軍事力の無さを、魔力を使って補うことにしたのだ。
もし魔力が無くなれば、その時はその時だ! という開き直りの結果である。魔力が無くなる頃にはさすがに、無能の俺でも多少は軍事や政治に精通しているだろうと考えて。ところが不思議なことに、俺の魔力はその後行われたサマルド以外の近隣諸国との戦に大いに使
われたが、一向に衰えを見せなかったのである。いかに兄王を含めた数多くの王族がルキオンに殺された悲劇が巨大なものであったかが分かる。 俺は戦場で将軍たちに意見を一切しなくなり、その代わりに勝手に自分の魔力で生み出した数十万の軍勢を自由に使って、本物の人の軍隊よりも何倍もの戦果をあげるようになった。それに対して軍事の玄人である将軍たちは明ら様な侮蔑を見せたが、国民からは大いに支持された。誰だって戦場で死ぬよりは、式神が代わりに戦ってくれるほうを選ぶことだろう。そうして、民衆の絶大な支持を背景に俺は安定した政治の運営を続けることができた。 そして今年が俺の在位十五年目の年だった。俺の魔力は不思議なことに全く衰えを見せず、野心的な近隣諸国は、倒しても、倒しても永遠に復活する式神の軍隊を恐れるあまり、わが国に軍事行動をしかけることは一切無くなった。平和を享受することができた国民と貴族たちは、以前の俺の軍事上の失態を完璧に忘却し、歴代の王のなかで最も王国に幸福をもたらした王として敬愛するようになっていった。以前はよちよち歩きのペンギンだった俺がそうなったのだ。しかし、それには俺が知らない驚愕の秘密があったことを俺はまだ知らなかったのだ。⑪ 今宵即位から十五年目の夜、俺は城のベランダから国民の熱狂的な歓呼を受けていた。俺が即位するまで国民は辺境の騎馬民族の襲撃によって、財産と生命の危険を常に感じて生きていた。しかし、俺が即位して十五年間、無敵の式神の軍隊を恐れて国境を侵す者は絶無となった。国民は歴代の王がもらった中で最も名誉な称号を俺に贈った。すなわち 国家の父 という呼び名である。俺はその栄誉に感謝の意を表明するために国をあげての大掛かりな祝祭を執り行った。 そして俺は単純に自分の栄光に酔いしれていたのだ。生まれた時に足を悪くして、俺は父に一度も暖かい言葉を掛けられたことは無かった。息子には有能な王位継承者か、将軍になる事しか期待していなかった父親には、最初から俺の存在は空気のようなものだった。 期待値ゼロの存在もちろん俺はその運命に最初は反感をもち、父に認められた兄に嫉妬したが、そういった感情はいつのまにか諦めとともに消えていった。しかし、俺はソニアにだけはいつまでも憧れを持ち続けた。それは叶うはずのない夢であり、俺の一方的な片思いだった。そして一方通行の思慕は彼女が隣国の王子の妻として嫁いでいったことで終わった。夢を失い暇ばかりもて余した俺は、城の魔法使いについて魔法を少しずつ学んでいったのだ。

そして何の運命のいたずらか、美しいソニアは国家の争いに巻き込まれ、両腕両足を切り落とされ置物という異常な姿で再び俺の前に現われた。俺はソニアを連れ去り、彼女と誰も知らない山の中で暮らした。それは幸せな日々だった。その後でソニアの元夫のルキオンが息子のシャーラムを拉致したため、俺はやむを得ず彼と魔力で戦うことになった。運よく戦いに勝利し、俺は夢にも思わなかった王座に着いた。そうやっていつしか十五年の月日が流れていた。 国家の父と呼ばれながら、所詮俺はソニアとシャーラムの安全と幸せだけを考えて生きてきたのだと、左隣に立つ妻を見ながら
考えていた。ソニアは金色の髪をなびかせて、その怜悧な緑が混ざった神秘的な黒曜石の如き瞳を民衆に
向けていた。時々俺のほうをみて優しく微笑むのだが、未だに彼女の笑顔を見ると俺の心は少年の如く浮き立つ。そして俺の右隣には立派に成長した一人息子のシャーラムがいた。彼はすでに二十歳を超え、ソニアに似て容姿秀麗な青年に成長した。最近では俺の政治や軍事での最も重要な補助者にまで成長している。特に俺と違って軍事での才能は十分にあり、兵士からの信頼も厚く次代の王として申し分ない後継者といえる。
べランダでの民衆への顔見せを終えると、我々王族は主だった貴族と大臣たちを交えて、大宴会をとりおこなった。俺はしこたま酒を飲んでいい気分になり、嫌がるソニアと皆の前でダンスに興じたりした。 大酒を飲んだあとに激しい運動をしたので俺は気分が少し悪くなり、自室に戻ってしばらく休憩をしていた。その時いきなり窓が突然開き、突風と共に俺の目の前に現われたものがいた。 「久しぶりだね、アギオン……そうだお前さんは王だったんだよね、それも国家の父」 その揶揄するような懐かしいハスキーな声は、何故か俺に不吉な血の匂いを思い出させた。それは十五年ぶりのタコとの再会だった。彼女は全くあれからも年をとらず、皺の一つ一つすらも以
前と完全に同じだった。そして奇しくもあれから普通に年を重ねた俺は彼女と同じ年齢の容貌になっていった。

「こ、これはアルコイ山の主様。お久しぶりです」
「ふふふ、大分貫禄がでたじゃない」とタコは親戚の年下の男にでも言うように俺をからかった。 「ところで今宵突然如何されたのでしょうか?」と俺は内心の動揺を押し隠してタコに笑顔で言った。
「そんなに嫌な顔をするものじゃないよ……冷たい男になったねえ」と拗ねるように言うタコ。恐ろしい魔力の卸元である彼女が子供のような大げさなしかめ顔をして言ったので、俺は思わず微笑んでしまった。そして慌てて
「け、けっして嫌だとは、ただあまりにも突然のおいでに少し驚いただけですよ」と付け加えた。先ほど俺が民衆に見せていた威厳は微塵もないのが情けない。
「ソニアを迎えに来たのさ」 とタコは急に真顔になって言った。なんだ、何かの聞き間違いだろうか。
「どういうことですか、意味が分かりませぬが」 タコがソニアを迎えに来ただと。まるで意味が通じない。しかもこの悪い予感と悪寒はなんなのだろう。
「ソニアに聞いてみな。彼女は私の後継者になるんだよ」
「は、何の冗談でしょうか。こ、後継者? あなたには後継者が必要なのですか? 」と俺は困惑を隠さずに率直にタコに聞いた。
「もちろんさ。私が好きであんな獣しかいない山にひとりで住んでいると思ってかい? 」とタコは大袈裟に溜息をついて答える。
「彼女は王妃であり、私の最愛の妻なのですよ」
「知ってるよ」と目に哀れみを浮かべてタコが言った。 「ならお分かりでしょう! 彼女を失うなどという事は有り得ません」と俺はなるだけ冷静に話そうと努めたが、内心の動揺が俺の声を大きくさせてしまう。
「お前は確かに悪い男ではないよ……ソニアは男を選ぶ目はあったようだ」とタコは不気味に俺を褒めてくる。
「それは、ど、どうも」
「でも結局ソニアが選んだのさ、自分を犠牲にしてでもお前と息子に安寧と栄光を与える道を……」
「犠牲? 安寧? 栄光? 一体なんのことですか」と俺は唾があたりに飛び散るのも気にせず叫んでいた。 「お前は不思議に思わなかったのかい お前の魔力が十何年も消えないでいたことに」 と更に深い哀れみをその双眸に見せながらタコは言った。
「な、なんのことか全く分からない。これ以上無意味意な話は、い、幾らアルコイの主様であっても許しませぬぞ」
「おやまあ、怒ったのかい? 分かったよ。そう急ぐ事じゃない
んだ……ソニアとゆっくり話してごらん」面倒になったのかそう言ってタコは俺の部屋から一瞬にして風のように消え失せていた。きつい頭痛を感じて俺はこめかみをさすりながら、供も付けずに王宮を駆け回って血眼になってソニアを探した。その頃には祝宴の酒の酔いは完全に消えていた。
⑫ 「おお、ここにいたか」俺はソニアを東の塔の先祖の霊が祭られている礼拝堂で見つけた時は、かなり取り乱した状態だった。 「さっきタコが俺の前に突然現われて、訳の分からぬことをぬかしおった」と俺はようやく母親に出会えた迷子のように深い安堵感を覚えながらソニアに歩み寄った。早くソニアにタコの話を否定して欲しかったのだ。 「ええ、存じております」と妻はしおらしく答える。彼女の冷静な態度は俺の頭痛をますます酷くする。 「そなたが彼女の後継者になるなど、有り得ぬことよな」と俺は詰問口調で彼女に迫った。 「……彼女が言ったことは全て真実です」と王妃はまっすぐに俺の顔を見つめて小さい声で、しかしきっぱりとした口調で言った。 「い、意味が分からない」 「私は十年前に王に内緒で、アルテジア様と契約をしたのです」とソニアは礼拝堂の鐘を仰ぎ見ながら話を続けた。 「ア、アルテジアとは誰だ?」俺の混乱はますます酷くなり咳ま
で出るくる始末だ。 「アルコイの主の本当の名前でございます」 「アルテジアねえ」 「……彼女は200年前にこの大陸で栄華を誇った王朝の姫君で、政争に巻き込まれて非業の死をとげた魂なのです」とソニアは厳粛な表情で俺にとってはどうでもいい事実を告げた。 「……それは知らなかった」と俺は薄い反応を返した。
「そして私は彼女と契約したのです」 「だから、その契約とはなんだ……どんな内容なのだ??」 「……その内容はあなた様の魔力を永久に使えるように取り計らって頂く代わりに、彼女の後継者となるというものです」 「な、何と大それたことを」俺は恐れていた答えを突き付けられて、心の均衡を失い崩れ落ちるように床に坐りこんだ。 「アギオン殿、力を落とさないで」そう言って一緒に座りこみ、ソニアは悲しげに、しかし何か誇らしげに微笑みながらその小さい頭を俺の胸につけた。
「俺はお前がいないと駄目なんだ。ただのペンギンに逆戻りさ」
と俺は王の威厳も尊厳もかなぐり捨てて、鼻水を垂らしながら泣き声で言った。 「私はルキオンに置物にされた時に一度死んだのです。そこにあなたが現れた」とソニアは急に昔話を始めた。 「ああ、懐かしいな。お前は置物なのにそれでも傲然としていて
気高く美しかった」俺は十年以上も前に兄の眼を盗んで彼女の部屋に忍びこんだことを昨日の事のように思い出していた。 「そなたが私を救い出してくれたのだ」彼女の声が震えていることが分かり、俺の涙腺が決壊する。 「あ、あ、当たり前のことをしただけだ、も、もう昔のことだよ」と俺はソニアの髪に顔を埋めて言った。 「タコに会って聞いた。あなたは山の中で魔力を失いかけた時、自分の身体を傷つけてでも、私との平穏な生活を守るために魔力を得ようとしたと」俺は昔のことを言われて照れくさくなった。 「た、だ……お前との生活を守りたいと思っただけのこと」 「多分私は小さい頃から既に死んでいた。夜は父に死んだ母の代わりをさせられ、昼は前王朝の血を引く姫君として皆から煙たが
られ。兄は私を利用しようとするだけで、妹も私に心を開くことはなかった」 「そ、そうだったのか」彼女の多感な少女時代の環境がどんなに苛酷で残酷であったのかを改めて思い知らされた。同時に死んだ父ルーフルへの憤りと憎しみが俺の心に黒い羽を広げる。 「でも王宮で一人別の空気を抱いてチョコチョコとペンギンのように歩いているそなたを見ると心が和んだ……」と彼女は今までみせたことのない無邪気な笑顔を浮かべて言った。
「なんであの時それを言わない?……俺はお前を永遠に手が届かない宝物のように憧れていたよ」と俺は本気で抗議した。

「とにかくだ。そなたが私を救ってくれたのだ。だから今度は私がそなたを救う番だと思ったのだ」 そういって俺の胸から昂然と顔をあげたソニアの目には涙がいっぱい溢れていた。彼女は幼いころから問題を沢山抱えていて、うまく自分の感情を外に開放する術を知らない少女だった。でも無表情に見えるその仮面の下には暖かい心があることを、俺は彼女と暮らすようになってすぐに分かった。そして今彼女の泣き顔をみると俺の認識がまるで間違っていなかったことを、再確認することが出来た。だからといってソニアの運命は変わらなかったの
だが。
⑬
ソニアは風のように王宮から去り、俺の魔力はソニアの自己犠牲のために消えずに残った。そして二年後に失意のどん底にいた俺は王位をさっさと息子のシャーラムに譲り、ソニアを捜す旅を始めた。新しいタコであるソニアはアルコイ山に居住せずに俺の知らない何処かに住んで魔法使い志願者たちに魔力を授けているらしいのだが、人を使ってもその居場所は全く掴めなかった。そして数年間放浪して俺は仙人が住みそうな山を数多く訪ねて歩いたが、ソニアは見つからなかった。 「母上は見つからなかったのですね」と、久しぶりに王宮に戻ると王となった息子のシャーラムが、疲れきった俺に労りの言葉をかけてくれた。 「国内はよく統治されている。民の生活も豊かそうだ。見事な行政手腕だな」と俺はきまりが悪くて、なんとなく息子を褒めちぎった。実際彼は若いのによくやっている。
「父上を見習っただけですよ」とシャーラムは母親に似た優美な顔に笑顔を浮かべて優しい嘘をつく。男前で洗練されていて俺より遥かにもてそうで、なかなか妬ましくも頼もしい。 「ソニアの立場では、わしと会うのはよほど許されぬことらしい
な」と俺は溜息一つついて息子に弱音を吐いた。
「でも、さすがに私の結婚式には来てくれるでしょう」とシャーラムはニコニコ笑いながら俺に言った。
「今、何といった? 」俺は驚きを隠さずに大声で言った。前王としての威厳などありはしない。 「私の結婚ですよ」と冷静にシャーラムは答える。 「誰とじゃ」 「ルキオン殿の末の娘です」と言って奴は微笑んだ。 「なに! お前自分の伯父や叔母を殺した男の娘を妻にするのか」と俺は目を剥いて叫んだ。 「彼女には罪のないことです。それに両国の融和にとって益することでしょう」と優等生の口調でシャーラムは答える。 「そ、それはそうだが……お前それでいいのか」 「もちろんです。彼女は素晴らしい娘です。狂った父親
とは似ても似つかない素直で優しい娘です」 「……そうか、お前がそれでいいなら良いのだ。もはや王はお前だ。好きにするがいい」と俺は肩の力を抜いて言った。王位は既にシャーラムに譲ったのだ。王とは自分の思うままに物事を決めてこそ王というものだ。 「私は考えたのです。父上が旅に出てからずっと」 「何をじゃ」 「どうやって母上を解放できるかということです」「……そんなことが可能なのか」と俺は子供のように無心に息子に質問した。 「出来るのではないかと、思うのです。実は……」 そういってシャーラムはある一人の仙人と会ったことを話してくれた。 ⑭ 母親を魔力の授け手としての義務から解放したいと思ったシャーラムはある日、魔力と世界の関係に詳しい高名な仙人を訪ねていったらしい。その旅にはルキオンの末娘であるジハールを伴っていた。その道中で彼女は無邪気にシャーラムに問い掛けた。 「何故ソニア王妃は、アギオン王の元から去ったのだと思います」 美貌の狂王ルキオンが死んだ時はまだ子供だったその娘は、俺が統治した十五年の平和のもとで、まるで百合の花がみずみずしく開花したように黒髪が似合う美しい娘に育っていた。シャーラムは王に即位すると同時に彼女に婚約を申し込んだらしい。ただルキオンの生々しい記憶があるため、彼はそれをしかるべき時が来るまで二人の秘密にしていた。 「父と私を守るためだよ。彼女が犠牲になって父の魔力は衰えず、
王国は平和を享受できた」と言った後でシャーラムは恋人の肩を抱いて池の辺で性急に口づけを交わした。 「本当にそうなのかしら」とジハールはシャーラムの口髭をくすぐったがりながら、小鳥が歌うように言った。 「お前には、別の考えがあるのかね」と若い王は年下の恋人が何を言い出すのかと驚きながら質問する。 「私は前王の一途な愛が王妃には恐ろしかったのだと思いますよ」 「これは、これは、お姫様」とシャーラムは、呆れ顔で笑いながら言った。 「勿論、王とお父様を守りたかったのは、本当でしょうがね」と言って頭上の木の枝に栗鼠が一匹走るのを見て、子供のようにジハールは目を輝かす。
「一体そなたは何を言いたいのだね」と恋人の豊かな黒い髪を右手で撫でながらシャーラムは質問を重ねる。
「二人の恋愛物語はもはや国中で知らぬ者はいない有名な話です。しかもアギオン様は王座についてからも一人の愛人も作らず、ソニア様だけを一途に愛してきました」 「ああ、それは彼女が王宮を去った今もまるで変わらないよ」と俺は父に畏敬の念を覚えながら言った。 「ソニア様は恐ろしかったのではないでしょうか」 「ふむ、何をかね」とシャーラムが、微笑を浮かべて聞くと
「完全なる愛が、だんだん醜く磨り減っていくのを見るのが」
そう呟いたジハールの顔をシャーラムは何か怖い物を見るようにしばらくじっと眺めていたということだ。 二人は高名なる仙人が暮らすという隠れ家の庵になんとか夕方には辿りついた。しかし、肝心の仙人が留守でどうしても会えない。そこで信頼のおける大臣に政務を託し、シャーラムはそこで一晩明かして更に仙人を待つことにした。山中で野宿するのは、山に隠れ住んだ子供時代を思い出させられて、とても懐かしかったらしい。
「たまにこうやって忍びで旅をするのもいいな」とシャーラムが山の清浄な空気を深く吸い込みながら呟くと 「王は王宮が窮屈なのですか」とジハールは焚火の踊る炎を大きな瞳に映しながら、若い君主に質問する。
「王という立場もこれで中々大変なのですぞ、姫君」とシャーラムはおどけて言った。 「ええ、それは存じておりますよ」とジハールはニッコリ笑って王の肩に小さい頭をチョコンとのせる。 「しかし、本当に母上は父上の変心を見るのが怖くて山から下りないのだろうか」とシャーラムは真顔で呟いた。魔力の授け手になったとはいえ、山に篭ったきりで家族の前に一度も姿を見せない母の気持ちが、シャーラムには分からない。あれほど会いたが
っている父が哀れではないかと。
「いえ、本当のところは私も分かりません」とジハールははぐらかす。
「その小さな頭で、そなたは何でもお見通しなのであろう」とシャーラムは少女をからかう。 「いえいえ、何も。ただ私は王の慈悲に縋るだけのちっぽけで愚かな存在ですよ」とジハールは賢く王の戯れ言をかわす。 やがてシャーラムはジハールを天幕に誘い、寝床に横たわらせてその衣装をゆっくりと脱がし始めた。そして
「私も父上を見習って、そなた一人を愛し続けよう」と娘の耳元に優しく囁いた。 「それだと、私もいつか山の中に篭らなければならないわ」と一糸纏わぬ姿になった娘は、クスクス笑いながら呟いた。そしてその後、夜通し続く若い王の執拗な口づけを、その白い滑らかな皮膚で忍耐強く受けとめるのだった。 翌日シャーラムとジハールは朝から庵を訪ね、ついに捜し求めた仙人に会うことができた。仙人は予想に反して十二歳という子供の姿をしていたので、最初シャーラムは仙人の弟子かと思い、さっさと諦めて下山しようとする始末。そこで若い王を説得したのは、やはりジハールだった。
「何で浮浪不死の人間がわざわざお爺さんの格好でいなければならないのです」と彼女は王に言った。
「そう、私は老人の姿が嫌いでね」と仙人は欠伸をしながら話を合わせる。まるで夜更かしして、睡眠の足りない子供の様でなかなか可愛いらしいとジハールは思った。
「もっと常識的に出来ぬのか、いい歳をして」とシャーラムは一人困惑して少年に説教を試みる。
「シャーラム様、早くお母様の解放についてお聞きしましょう」と言うジハールの首筋には夜通しシャーラムから受けた口づけの後が生々しく残っていた。
「おお、お盛んだなあ、王よ」と少年は無邪気にジハールの首を指して言った。
「本当に、あなたは高名な仙人なのですか」とシャーラムは呆れて少年の姿をした仙人を睨む。
「さて、何を聞きたいのだね」と仙人は途端に厳粛な顔になって王に尋ねた。
「何故魔力の授け手などという存在が世界には、必要なのですか」とシャーラムは生真面目な口調で仙人に問い掛けたということだ。
⑮
「何といっても王族たちの悲劇がタコを必要としているのです。だからそれらを無くすかその規模を出来るだけ小さくすれば母上は解放されます」
とシャーラムは確信をもって言った。 「それが、仙人から聞いた話の要点なのかね。……しかし、タコは王族だけを相手にしている訳ではないだろう」と俺が指摘すると
「しかし、過去を知る宮廷書記の老人たちにも確認しました。タコの相手は圧倒的に王族か有力貴族が多いらしいのです」と俺の知らない事実が明らかにされる。 「何故そうなんだろう」を頭の悪い俺はまた息子に教えをこう。 「権力に近い者たち程魔力による調整が必要な巨大な悲劇にあう可能性が高いのです」とシャーラムは優しく俺に説明してくれた。
「確かに玉座の周辺での政争は多くの人間の命や尊厳を奪っているな」と俺は兄やルキオン、ソニアの事例を自然に思い出しながら、シャーラムに言った。
「魔力は、父上が行ったように本来は親族で不幸があった者を救済する為にあります。だからルキオンのように魔力を己の欲望の為に使うと、悲劇的な結果となるのです」 「なるほど、そうか」と俺は納得して言った。 「……そこで思いついたことがあるのです。父上は反対されるかもしれませぬが」とシャーラムは俺の顔色を伺うようにして、言葉を濁す。
「一体何を考えた」と俺は緊張して質問した。
「実は王政の解体です」と息子は挑戦的な光を目に宿しながら俺に言った。
「な、なんだと」俺は息子の頭の回転についていけぬ自分に歯痒
さを感じた。 「一つの血族に富と力が集中する王政こそ、母上やルキオン殿のような巨大な悲劇が引き起こすのです。そしてその運命の均衡をはかるために巨大な魔力が必要とされる」 「分からぬ、王政を変えてなんとする」と俺は思わず叫ぶように言った。 「貴族や騎士たちに今まで以上に政治に参加させようと思います。一度には不可能でも、いずれは彼等を中心とした元老院による政治に移行させたいと思います。そしていずれは庶民にも政治に参加させる」
「何と大それたことを。……それでソニアは山から降りられるのだろうか」と俺は肝心なことをシャーラムに聞いた。
「そう思います」と新王は確信に満ちた表情で言った。 俺はそれならそれで良いと思った。俺自身、自分の子孫が王国の富を独占する代わりに、悍ましい権力闘争の危険に常に晒される状態を一度も望んだことはなかったからだ。彼等が生きていけるに十分なだけの財をもち、平和にのんびりと暮らしていければそれ以上望むことはないとすら思っている。 俺はシャーラムの婚礼を前にして、初めて眠れない夜を過ごしていた。ソニアが、息子の言う通りに彼の婚礼に現れるか気がかりで仕方なかったからだ。目を閉じると、最初に俺をペンギンと呼んだ生意気で美しい少女が目に浮かんできた。その少女はい
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