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ここに一枚の紙がある。
 A4サイズのコピー用紙だ。
 そこに、細かい網目のような表が印刷されている。あまりの細かさに、ちょっと離して眺めると真っ黒につぶれて見える。
 その表は、ティッシュペーパーの値段を調査したものらしく、
 A社ティッシュ1枚当たり0.15円。
 B社ティッシュ1枚当たり0.2円。
 と、H社まで続く。
 
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さらに、各スーパーやコンビニごとの値段表が作成されていて、さらに一週間ごとに更新された10年間の記録がえんえんと続いている。
 この表を作成した人物はティッシュマンと呼ばれる。
 彼は一体何者なのか。
 その正体は?
 それを、彼の手記をもとに、明らかにしたい。


 ティッシュマンの手記

 会社帰りの夜道を歩いていた。
 目の前を、1匹の野良犬が横切った。
 楕円形を帯びた輪郭の、可愛らしい小柄な灰色の雑種で、口に何か咥えていた。
 一体何を咥えているのかと、目を凝らしてよく見ると、一枚のティッシュペーパーだった。
 それは、夜目にも、たった今ティッシュ箱から抜き取ったような、新鮮なティッシュペーパーだった。
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 犬という生き物が、骨でもフリスビーでもなく、ティッシュペーパーを咥えているという光景はどことなく日常を超越した趣があった。
 犬はトコトコと歩きながら道の真ん中まで来ると、半ば警戒するようにこちらを振り向き、気弱そうな上目遣いで私の顔を見上げた。互いの目が合ったが、犬はそのまま道を横切り、家と家の間に伸びる狭い路地へと消えて行った。
 私はその路地の傍らを通り過ぎる際、少し気になってそちらの方を振り向いてみたが、まるでそこから先は別の次元とでも言うように恐ろしいくらい真っ暗闇になっていた。
 それは、
「これ以上踏み込むな。全て忘れろ」
 というメッセージのようだった。
 そして、その数秒後には、私はその犬のことを忘れていた。

 自宅アパートのエントランスに着いた。
 郵便受けの中を覗くと、一枚の白い紙がふんわりした形状で入っているのが見えた。
 ダイヤルを回して蓋を開けるのが面倒くさかったので、投入口に人差し指と親指を突っ込んで、その紙をすうっと抜き取った。
 その時だった。
 体中がしびれるような、麻痺するような感覚が駆け巡った。
 それは快楽とも痛みともつかぬ、何種類かの混合された感覚だった。
 私はめまいに襲われた貧血患者のようによろめきながら、やっとのことで自分の部屋まで辿り着くことが出来た。

 部屋に戻ってチラシを読むと、こう書かれてあった。
『あなたもお紙道を始めてみませんか』
 
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お紙道?
 そんなものがこの世に存在しているのか、という訝しさで私はチラシと向き合った。
 お紙道展覧会を開催するという。場所は公民館2F畳の間。日時 2月2日。
 私はベッドに仰向けに横たわり、頭の下に手を組んで、天井をぼんやりと眺めた。
「ちょっと、覗いてみるか」
 胸の鼓動が高まっていた。

 公民館の玄関で、まず靴を脱いでスリッパに履き替えた。
 受付のところで、係の女性が来場者にポケットティッシュを配っていた。私はそれを受け取ってズボンのポケットに入れた。
 2Fの畳の間には既に5人の来場者がいて、全員高齢者だった。農作業の作業着で来ている人もいた。
 それで、何となく自分のような20代半ばの若者がこういう場所にいることに少し違和感を覚えてしまった。
 スリッパを脱ぎ、恐る恐る畳の間に足を踏み入れると、壁と10センチほどの距離を置くようにして、部屋全体にティッシュ箱が配置されていた。箱と箱の間の間隔はだいたい1メートルほどだった。ざっと見た感じ全部で20作品ほどある。
 安土桃山以来の日本の伝統というよりは、前衛芸術の企画展に来たという印象だった。ある種の抽象表現のような。
 私はこの光景をどうとらえていいのか迷い、しばらく茫然と立ち尽くしていた。
 その時、着物姿の中年女性が摺り足で私の方に近寄って来た。
 小さくお辞儀しながら、
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「ようこそおいでくださりました。お紙道の方は初めてですか?」
「ええ。ちらしを見て」
「それはよろしいことでごじゃりました。もしよければ私が作品の解説を承りとう存じます」
「では、お願いします」
 それぞれの作品の前には札が置かれていて、作品名と作者名が印刷されていた。
 まず最初に目についたのは、「風」という作品名で、作者は小林博という人だった。
 着物の女はそれを膝下に見下しながら、説明を始めた。
「ご覧なさいまし。優雅ではありませんか。春の風にたなびく恋心とでも言いましょうか」
 次に紹介された作品は「フルートを吹く少女」で、作者名はアンジェリーナ・ガルシアという外国人だった。
 作品とされているティッシュの姿かたちを私はじっと見つめたが、どこがどういう風にフルートを吹いている少女を表現しているのか、俄かには判別しがたいものがあった。
 よれよれのティッシュペーパーという感じがするだけで、鼻をかまれるのをじっと待っているようにしか見えない。


「ひと夏の恋に心揺れる少女の吹くフルートの甘い音色を聞いた森の動物たちが月の淡い光に包まれてまどろむ様子がありありと眼前によみがえるようです」
 
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それからしばらく女が何も言わなくなったので、心配になり、ふと彼女の横顔を見ると、何と彼女は感極まって下唇を噛みながら涙を流していた。
 私はついて行けていなかった。
 私にとってはどこまで行っても、ティッシュは単なる日用の雑貨品に過ぎず、使い捨ての工業製品なのだった。それ以上のものとして見ることが出来なかった。
「この皺は個性です」
「この撚れは個性です」
「どれ一つとして同じものはありません」
 
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彼女は身内に膨張する情熱で破裂してしまいそうなくらい、繰り返し力説していた。だが、繰り返せば繰り返すほど、私の中でそれに対する冷めた反発がもたげるのであった。
 そろそろ帰った方がいいだろうか?
 と思い始めた頃、女はハンカチで涙を拭いて、それからにっこりと私の方を見て微笑んだ。
「ごめんなしゃいまし。いつもこうですの」
 と女は言った。
 何となく、彼女の中でこみあげている感情と、それに対する自分の反応とが、上手くかみ合っていないようで、悲しい。
 女はそこからまたさらに前に進み、次から次へと作品を紹介するので、私もそれに付き合わないと申し訳ないような気持ちだったし、特に他に用事もなかったので、しばらくの間、鑑賞を続けた。
「これから、実演会がありますの。よろしければご覧になさってくだしゃいましな」
 と女から勧められ、私はいったん畳の間を出て、自動販売機で缶コーヒーを買い、エントランスのソファに座って20分ほど時間が過ぎるのを待った。
 玄関の脇に販売用のブースが設けられていた。私は時間つぶしにその辺をぶらつきながら、棚に陳列されている商品を眺めた。
 驚いたのは、「習紙用ティッシュ」というどこにでもある普通のティッシュペーパーで、ドラッグストアで5個セットで198円で売っていそうなしろものを、1箱500円で売っていたことである。習紙用と名がつくだけでこれほどの付加価値がつくことに私は驚きを通り越してあきれ果ててしまった。
 だが、私は何故かそのティッシュ箱を一個購入してしまった。何故か分からない。何かに対する怒りのためだったかもしれない。あるいは、ただ純粋にその商品が持つ目に見えない付加価値に魅了されたからかもしれない。
 私はそのティッシュ箱を持ち、ロビーのソファに腰掛けた。
 それから、蓋部分を切り取り、最初の一枚を抜いてみた。とてもいびつな形で次の紙が出て来た。それで、今度はもう少し丁寧に引き抜いてみた。すると、次の紙はふんわりとした感じで「花びら」という題をつけたくなった。
 そして、何となく素敵な気分になっている自分に気付いた。
 また一枚、また一枚とやっているうちに、だんだん、自分が作り上げた作品に愛着を感じるようになり、せっかく出来た作品を引き抜くのが惜しくなった。
 そこに先ほどの女が通りかかり、「まあ殊勝なことですわ」と私に声をかけた。
 私は恥ずかしくなり、赤面した。
「一にも二にも練習です」と女は激励した。「はい」と私は小学生のように素直な返事をした。
「まあ。とても激烈な印象を与える作品ですわね。それは何を表現したものですの?」
「『犬』です」
「犬? まあ、素晴らしい。これは、ポメラニアンだわよね?」
「いえ、道ばたで遭遇した、野良犬です」
「野良犬……確かにそう言われるとそのようですわね」
 女はあくびをした。この会話が退屈になって来たようだった。
 私は何となく、犬というのは嘘で、トランペットを吹く少年だと言いたい欲望にかられた。だが、すんでのところで、その欲望を抑えた。これ以上、彼女を傷つけたくなかった。
 実演会が始まる時間になったので、階段を上り、畳の間を訪れると、先ほどとは違った風景が目に飛び込んで来た。部屋の中央に紫色の座布団が置かれ、その上に一人の若い着物姿の小太りな女性が座っていたのである。
 彼女の10センチほど前に、一個のティッシュ箱が置かれてある。彼女はそれをじっと見据えていた。
 女は気迫で満ち溢れている。
 10人ほどの観客が彼女を取り囲むようにしていた。
 部屋全体が沈黙に満ちていた。
 誰に言われたわけでもないが、この場では音を立ててはいけないと皆がそう心得ているような、極度に緊迫した雰囲気があった。
 突然、女は「つぁあああああああっ!」という剣道の気合のようなものすごい声を上げたので、さすがにその場にいる老人たちは心臓麻痺を起こしそうになっていた。
 私もさすがにその声にはびびってしまい、情けなく体を震わせてしまった。
 抜き取られたティッシュは彼女の手を離れ、パラシュートのようにゆらゆらと舞い降りながら最後は床に落ちた。
「生命の連鎖」
 
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と女はお題らしきものを口にする。
 生命の連鎖?
 私は考え込んだ。
 それから、おそらくこういうことではないかという自分なりの考えが浮かんだ。
 抜き取られたティッシュと、新たに顔を出した新しい次のティッシュ。
 世代交代。新陳代謝。
 これを生命の連鎖に例えたのだろう。
 おそらく、そういうことを言っているのかもしれない。
 なるほど、意味は分かる。だが、何かが今一つしっくりこない。
 これは芸術なのだろうか?
 芸術というのはこういうものなのだろうか?
 そんな葛藤を抱えながら、私はどれくらいの時間を費やしただろう。
 既に女は実演披露を終え、ティッシュ箱を抱えながら、立ち上がって部屋を後にしていた。
 実演会を鑑賞していた老人たちも、何となくきょとんとした顔つきで、これからどうしたらいいのか、見当もつかないといった様子だった。
 それで、彼らはこれからどこで何を食べるかとか、そういう日常的な会話に逃げ道を探っているようだった。
 何となく私もこれから自分がどうしていいか分からず、その場をうろうろしてしまった。
 とりあえず、もう帰ろうという気分になって、畳の間を出て、玄関でスリッパを脱ぎ、靴を履いて、公民館の外に出た。
 むしょうにサンドイッチが食べたくなった。熱い珈琲と一緒に。
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 帰りに、パン屋さんに寄って、サンドイッチを買って帰ろうと思った。珈琲は家にある。そう考えたら、肩の力が解けて、少し気分が晴れて、一日の残りを楽しく過ごせそうだった。
 もちろん、これまでが辛い一日だったというつもりはない。しかし、自分では辛いと思っていなくても、それが終わった瞬間に突然気持ちがリラックスするということは、自分でそうは思っていなくても、実はやはり辛かったということなのかもしれない。
 空は青く澄んでいて、風は穏やかだった。
 私は自転車に乗って、人気のない田舎道を前に漕ぎ出した。
 結局「お紙道」とは何だったのか、自分の中で消化できないまま、今日という一日が過ぎて行くことになりそうだった。
 だが、ひょっとしたら、これはこれでいいのかもしれない。
 この世に分からないことなど山ほどある。
 別に誰かが傷ついたわけでもなく、悲しんだわけでもない。

 ただ、いっさいは過ぎて行った。

 それだけのことだ。
 いっさいが過ぎて行く。
 
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これは一見、むなしいことのようでもあるが同時に、よどみない川の流れのようでもあり、それは停滞しているよりはマシなことなのかもしれない。
 いっさいは過ぎて行く。それは悲しいニュアンスも含んでいるが、同時に、全てを為すにまかせるという気楽さをも内包しているのではないだろうか。
 太陽は、明るい。
 そして、心地よいほどに温かい。
 草深い田舎の民家の間を爽快な気分で自転車を漕ぎながら、私は、今自分がこうして生きていることが、わけもなく素晴らしいことのように思えてきた。
 素晴らしいというこの気持ちは、きっと、ある瞬間に、突然、わけもなく沸き起こるのかもしれない。
 そんな風に無作為に心に抱いた感謝こそが、曇りのない本当の感謝なのかもしれない。
 それは、きっと、言葉や論理で説明できないものだ。
 自分の胸に沸き起こった一つの確かな思い、それを端的な言葉で言い表すならば、
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「日本は今日も平和だ!」
 という何ものにも代えがたい感謝だったかもしれない。