2015年04月23日

ほろ酔いでちょい書き

初夏。初夏なのですか?

短髪や軽装が目にはいる陽気です。夜勤明けで、あまりの過ごし易さに自転車は押すものになる。そうなったので歩いている。

自転車を乗り物にせず歩いてみると、人の声が入ってくる。スピードが遅くなると、地べたの音が聞こえるんじゃね。大したことは言ってないのだろうが、耳に入るものが断片で単純なほど、想像やら妄想は大きくなります。


都庁が見える橋の地べたに座ってるが、何も感じず。それよりも花が散った葉桜やカートをひく音、暖色カーディガンを羽織った若いだろう男子。吹く風になびくがままの自分の髪の分け目。もろもろを「どうなんだろう」と思う方が楽しくある。コンクリートに興味がないのか。



ほろ酔いのちょい書きだが、人に興味があるのは変わってないみたいじゃ。

doukyonin_r_yamamoto at 13:06|PermalinkComments(1)TrackBack(0)

2014年08月20日

災害により地元を按ずる

 今朝、NHKの一報で広島が大雨による土砂災害を被っていることを知った。夜勤明けの慌ただしい時間であり、すぐに連絡できない状態で、どこの地域かが気になった。

 昔、広島で暮らしていた時にたまに行っていた場所であり、姉家族が住んでいる場所。友人もいる。
日勤の職員さんが「山本さんとこは大丈夫なの?」と言われ、今は仕事じゃない。と思い知らされた。携帯を手にとってみると、すでに姉から「大丈夫じゃけえ安心してね」とすでにメールが届いていた。安心した。

 実家は佐伯区という場所であり、広島市でも山口県寄りである。気がかりであったが、姉からのメールに「実家も大丈夫よ」との追記があった。ほっとする。

 15年くらい前だったか実家近辺に避難勧告が出され、姉家族の家へ避難したことを思い出した。山からの大水で貯水地が崩壊し、側溝を少し大きくした場所が何の意味もなく家が流された。かろうじて実家は大丈夫であったが、仕事の知人の息子さんが流され、何週間後に瀬戸内海で見つかった。「どこにおるんじゃ!」と探し続けた知人(母親)は日焼けで皮膚が焼けただれていたことも思い出した。何と声をかけていいかわからず、ありきたりの言葉しか口にできなかった。

 天災によって地元を気にし、家族、友人に連絡をする。身勝手なものだ。広島への思いをいろいろと考えさせられる。これらかの災害が最小限になるよう願うしかできない自分なんじゃ。

doukyonin_r_yamamoto at 20:26|PermalinkComments(3)TrackBack(0)

2014年04月10日

気付くこと

 3月からウォーキングらしきことをしている。

 小さな花々やさくらが咲く季節。自分も何かしらに触発されたのかもしれない。花の名はわからない。しかし、色はわかる。一色の花の鮮明さ。葉と共に咲く。幾つか集まれば華やかさがある。大小は関係ない。観る人に委ねられている。感じて、想像するということの大切さを今一度気付く。

 桜。日本人が昔から持っているであろうイメージや風情をおぼろげに考えながら、下を歩く。堅苦しいことは考えない。時折デューク更家法で歩くのだ。

 1週間前。足を止めた先に蟻が二匹いた。出てきたのだ。そのうち蚊もわいてくる。四季に触発されるのだろう。気付くことの大切さ、気付くことの小さな変化。その幸せ。

 ここ何年も忘れていた。気付いても何かを感じることをしなかったんだなぁ。

 幸せとは、気付いて、感じて、想像することかもしれない、と思った。

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2014年02月03日

太巻き!

ac8cdf1f.jpg 初の太巻きに挑戦!出来映えも大事だが、中身がより大事ね。買うも良いけど、手作りはより良いものだなと感じました。


日本の行事に参加する


 小さいながら、この楽しさを感じられるようになった。
今年の丸かぶりは東北東!


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2014年02月02日

2年と1か月と14日

 開かなかったblogを開き、2年と1か月と14日ぶりに文章を書こうと心が動きました。


 皆様お元気ですか。僕は元気に生きています。
今は高齢者介護の事業所で働いています。やっとこれを言えるようになりました。何かが邪魔をし、今の所在を打ち明けることに日が必要でした。
こうやってまたblogを再開することも考えてはいませんでした。こわさもあります。芝居を通じて知り合った方々に疎遠なやり方、距離をとったのも事実です。今となり、その方たちにどう受け取られるかはわかりません。しかし僕はまたblogを書き始めました。
 読んでくださる方々に感謝し、今の自分を書いていこうと思っています。


山本 了

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2011年12月22日

ご無沙汰すぎますm(_ _)m

 blogを読んでくれている方々。

パカンと破裂してしました。完治ではありません。しかし前をみています。

しばらくは芝居つくりを離れます。情熱が一気に冷めました。父のがんがきっかけです。切り取られた肉片は現実でした。

 僕が書くものの多くは、前後はありますが「死」があります。劇中にはなくとも、書き手として劇中外の過去未来には死が意識しています。でも架空です。切り取られた肉片とは真逆でした。芝居つくりへの情熱は一気に冷めました。


 私は演出することも好きですし、演じることも好きです。しかし所詮はフィクションです。他の方々の行動を言っているのではなく、僕が描いていたことが、現実のもとには非力だったと、ご理解いただけると嬉しく思います。


 ドラマはある。しかし、自分が描いていたものは、机上のものでした。しかし、ドラマは必要だとも思います。矛盾ですが。

 時がくれば、また違う味の本を書きたいと思っています。今は人間の死を間近に感じています。演劇からも線をひきます。

何も書かなかった期間。僕なりの素直な理由です。自分勝手なものですね。だけど僕は愛すべき両親がいることに感謝するばかりです。



山本 了

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2011年09月23日

僕のキンニク

 先日、先輩のお願いで肉体労働をしてきた。”南青山”縁もゆかりもない、このおしゃれな街に、僕は住所と労働時間だけを聞いて、こわいな〜こわいな〜(稲川さん調子)で、こじゃれた街へ早朝から出かけたのである。

 やっぱりおしゃれだねぇ。なんていうんだろ、生活レベルの違いを即効にして感じた。そして、小汚い自分の作業服の風貌を見て、「果たしてボクは、南青山に存在してよい人種なのか」と感じた。

 場所は青山墓地の真向かい。場所には納得がいくものがあった。
4〜5建てのマンションの地下、解体作業が行われている。ドリルの音が響き、その破片を、ショベルですくい上げ、沢山の土嚢を作っている。鉄骨や汚れた発砲スチロール、すでに解体された便器や洗面所があるということが、ここが何をしていたところなのかが気になる。行って、10秒足らずの挨拶をして、早速肉体労働に入るのだ。体は寝ている。頭も寝ていただろう。言われるがまま作業を行った。

10kgは裕にあるだろう土嚢を、20段の階段を運び、地上へ重ね積む。他にも作業はあったのだが、まずはそこからやっつけるのであった。じわりじわりくるのがわかる。最初は片手で持っていた土嚢も、30分で両手になった。体力がないのはわかっていたのだが、こんなにも早くとは思わなかった。そして、階段が体力をどんどん奪っていくのだ。


え?こんなに時間って、経つのが遅かったっけ?


普段の3倍は遅く感じた。不思議なものだ。
紹介者の先輩の仲介役の方が良い方だったので、途中に小休止を入れながらやったのだ。


「今日は(土嚢にコンクリを)詰め込みすぎだ」


仲介者の方の小言を聞きながら、そっすかぁ、としか言えなかった。
約二畳に広げた、4列並べの土嚢をみて、どれくらい積むのかを聞いてみた。


「6倍は余裕にあるだろね〜」


あっけらかんと申される。仲介者の方は沖縄の方で、ゆったりとした口調と姿勢で、腕毛と眉毛がとても濃かった。その方がいたおかげで、小休止がとれるのはありがたく、何か話をしなきゃいけないかなと思ったのだが、沖縄に行ったことがない僕にとって、中途半端に聞くのも悪いかなと思いながら、腕毛ばかりを見ていた。
 親方が飯にしようと言われた。時間的にもお昼休憩だ。入ったのは、日本そばがメインのこじゃれた料理屋さん。さまざまな焼酎が並んでいることで、夜は飲み屋さんなのだろうと思う。
お店には、南青山のおしゃれなスーツを着た人たちがわんさかいた。汗と埃まみれのシャツだけは変えたものの、汚れまくった作業ズボンだけはそのままだ。その日は彼岸の入りで、外は少しだけ肌寒かったので、温かい蕎麦が、とても美味しく感じた。

 さて、後半戦。土嚢も含め、解体したものすべてを運び出す。トラックが3時に来るから、それまでに地上へとあげる作業だ。先輩は「終わるわけねえ」と言っていたが、埃が付きやすいのだろう、白髪交じりに見える腕毛が気になった。なんだかんだで作業終了時間が来たのだが、ここはかつて、お寿司屋さんだったそうだ。何の痕跡もないことが、お寿司屋さんの店主が見たら何と思うのかを、一瞬頭をよぎった。

”移り変わり”

なんだか寂しいものだが、さっぱりしている。解体屋さんにしてみれば、当たり前のことなのだが、お寿司と、この残骸たちが、どうしてもつながらなかった。


 さて、翌日。平目筋と大腿部、二の腕がたまらなく筋肉痛になっていた。ロフトから降りるにもひと苦労だった。まだ肉痛は取れない。これが、体力のない者に対しての、肉体労働が残した爪痕なのだった。

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2011年09月18日

嫁綴り27

嫁に言われ訂正。

堂島ロールは渋谷で買えるそうです。



「新宿行ったり、調べたりする人がおったら、どないするつもりやねん。あーもう、全然人のはなし聞いてないなあ。」





そうでした。おぼろげに聞いていた次第です。ごめんなさい。




doukyonin_r_yamamoto at 11:24|PermalinkComments(2)TrackBack(0)

嫁綴り26

嫁のおやすみの挨拶、4つ。


壱 おやすミスタードーナツ


弐 おやす水戸黄門


参 おやすみクリスピークリーム


四 おやすみ堂島ロール





新宿で堂島ロールケーキが買えることを知ったことが大きな要因だと思われる。











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今日のまとめ

 汗だくだったね。パンツまで汗だくつゆだくだった。


脳のあるやつぁ
頭をつかえ。
脳のないやつぁ
汗をかけ。
両方無いやつぁ
去れ。


昔、魚河岸で働いていたときに、その時の課長が言った言葉です。今でも忘れない言葉。
僕は魚河岸で7年働きました。今でも良い経験だったと真に思っています。

汗をかき、必死になって、魚貝類を買ってもらう。会社に認めてもらいたい一心だった。それは今でも変わらない。認めてもらいたい気持ちはあるが、単にオモシロいだけでは、モノが足りない気がする。
働いているのが会社ではないだけに、何に認めてもらえると喜ばしいのかを考える時がある。

昇進や出世があるとは思わない、この世界は、単に知名度なのだろうか。それじゃ、売名行為に似たことをする、いろんな世界と変わりがないと思う。

昔は「有名になりたい!」一時思っていたこともある。漠然でなければ、良いことだと思う。しかし、今の僕は、好きな仲間と、好きな作品をつくることが第一にあると思う。

クリエイティブなことは、やれる場所ではトコトコやりたい。しかし、そうとばかり言うと生活ができない。


代筆家


三谷さんが言われた言葉だ。

僕はこの言葉を聞いて、割り切りの大事さを痛感した。


好きなことやって、生活できるならいいね。


んなことはない。どの仕事にも嫌なことはある。でも、その嫌なことにへこむ時間を使うより、どうすりゃ嫌なことが、楽しめるのか、という時間。それには時間を費やしたいと思う。


万事順調
順風満帆
絶好調!


どれにしても苦労があってこそだと思う。中畑清さんが現役引退後のインタビューで「いつでも絶好調だったわけではない。辛くても絶好調!と言わないと、辛いことしか待っていなかったと思う。」というような返答を、今だに忘れない。その精神力は見習わねばならない。


何を書いているのかわからなくなったが、肉体労働をして、いろんなことを考えた1日だった。


頭は冴えても、体はガラクタなので、今日は寝ます。お休みなさい。


doukyonin_r_yamamoto at 02:08|PermalinkComments(2)TrackBack(0)