マツコデラックスさんとカルーセル麻紀さんが初共演なんて
意外にもびっくりです!



こんにちわ。ドーシテです。
  
平日5日間、毎日17時に TOKYO MXで放送されている「5時に夢中!」


マニアックな人気がある番組で、
私、ドーシテも当然大ファンな訳ですが・・・・(^_^;)


その今月13日月曜日の放送分にて月曜コメンテーターを務める
マツコデラックスさんと
金曜コメンテーターを務めるカルーセル麻紀さんがゲストとして出演。

なんと意外にもお二人は初共演でした・・・!

へー。

カルーセルさんはマツコさんのことを知った時
「オッサン」と思ったことを明かし、

「初めて会った時はハグしたけど、手が届かなかった」
とビッグサイズに驚いたそうです。

マツコさんは「通算でも5、6回会ってるぐらいよね」
と接点はそれほどないことを明かしながらも、この日の放送では
過激な下ネタなど息のあったコンビで奔放なトークを繰り広げていました。


そもそもカルーセル麻紀さんって? 
どんな人なの?


特に若い人などよくわからないかもしれませんので

調べてみました!


カルーセル 麻紀(カルーセル まき)さん。
1942年11月26日生れの74歳です。

戦前生まれなんですね。

とてもそんなお年には見えないですね。 

本名は平原 麻紀(ひらはら まき)、
旧名および出生名平原 徹男(ひらはら てつお)。

うん?

本名?旧名?

その件に関してはまたのちほど・・・。


所属芸能事務所は、オフィスカルーゼル。
どうやら、カルーセルさんのみの個人事務所のようです。


元男性であることをネタにした痛快なトークが売りで、
お笑い芸人の演芸と歌謡ショーを組み合わせたステージを
繰り広げているそうですよ。

へー。

また、芸能界を始め、各界に友人、親友が数多く
幅広い人脈を持っているらしいです・・・。

でも・・・。

本当に波瀾万丈すぎるというには余りにも壮絶すぎる半生を
送っていて・・・・


かなり長くなってしまいましょうが、
段階にわけて綴っていきましょう。


・出生~ゲイバー勤め


北海道釧路市で厳格なお父様の二男として生まれたそうで

太平洋戦争でアメリカやイギリスなどの敵国と
『徹底的に戦う男』となるよう」との願いから、
先ほど出た、旧名「徹男(てつお)」と命名されたそうです。


まあ。戦前ですからねえ。
そういった思想の方は大勢存在したんでしょうね。

けれど
幼少時から女性的な趣味嗜好を持ってたんですって。

まあ大変。 

15歳の頃、お父様と とうとう反目して、
高校を中退して家出してしまいました。

札幌、弘前市など数々のゲイバー、ショーパブを渡り歩き

やがて大阪にたどりつき、
そこでの店の名前が「カルーゼル」
 そこでの源氏名が「麻紀」


で、芸能界入りするときには、そのまま使用したそうです。

ちなみにカルーセルとはフランス語で

「回転木馬」だそうですが

まさしく、その名は激動の半生は回転木馬のように体をあらわしてますね・・・。

作家の山口洋子さんが経営する銀座のクラブにも
所属していたそうですよ。


・性転換


ひょっとしてご存じじゃない方も
おられるかもしれませんが・・・・。

カルーセルさんは

おそらくは
性転換した芸能人第一号だと思われます。


カルーセルさんが最初に
性転換手術を受けたのは19歳の時。
だんだんと筋肉がつき
男性的な身体に変化するのが嫌になり、

様々な医者を探し、大阪で
睾丸を摘出する闇医者を見つけたそうです。

睾丸摘出後、内出血し膿んでしまい、上手く膿が取れず
再手術して、
1か月入院することになってしまったんですって・・・・!!!


ゲーーーー。(+o+)

って、まだまだ序の口です・・・。

結局傷口がなかなかふさがらず、
仕事の舞台にも穴を開けるわけにもいかず、
傷口を消毒して
あろうことかホッチキスで留め、絆創膏を貼って
舞台に立ったそうです。

・・・・聞いてるだけで股間が痛くなりそうです・・・・。


でもまだまだですよ・・・。

二度目の性転換は30歳の時
 
パリの ポンヌフで頼まれて、芸能活動も休止し
ゲイバーの経営をしているとき、
コクシネルという、フランスの有名な踊り子が
モロッコでフランスで第一号の性転換手術をを受けた
という話を聞き、自身もモロッコで手術を受ける決意を固めたそうです。

二度目の手術は陰茎を切除し、女性器を形成する手術でした・・・・・。

だが

またしてもうまくいかず。

本来癒着しなければならない場所が、癒着せず。
1週間の入院が20日以上延び、
高熱にうなされ、食欲もなくなり、やせ細っていくカルーセルさんは

命の危機を感じ、
特別に手術道具を借り、自分で壊死部分を切除したそうですって・・!


・・・・・開いた口が塞がりません・・・・。

本当、昭和の時代は性転換手術も命がけだったんですねえ・・・・・。


・・・・・ていうか、カルーセルさん、なんだかとても男らしいです。破天荒で。


というと、非常にややこしすぎますが。(^_^;)


・芸能界へ


25歳で「愛して横浜」という曲でデビュー。
その後は映画、TV等でひっぱりだこに。


私、ドーシテは1978年に吉幾三さん主演の映画
「俺は田舎のプレスリー」を観た記憶があります。

細かいストーリーはあまり覚えていませんが、
カルーセルさんは吉幾三さんの兄役で出演されてて、

入浴しているところを覗かれて、お湯をひっかける

という、艶っぽいシーンだけは何故かしらよく覚えています。
喜劇とはいえ、男が女に性転換して帰ってくる展開も
(事実とはいえ)
当時、本当に小さな子供には
衝撃的すぎましたねえ。


・事件スキャンダル


ほとんど記憶に残ってませんが

今から16年前の2001年に
大麻コカインを自宅に隠し持っていたとして、
大麻取締法及び麻薬及び向精神薬取締法違反の
容疑で逮捕されたそうです。

容疑は何れも不起訴となったものの、
拘留中の留置場では戸籍上の理由で
男子房に入れられていたようですって。

また、普段はTバックの下着を愛用していましたが、
留置場内では男性として扱うため
下着は男性物の着用しか認められなかったため
トランクスをはいていたと、後日の会見で話していたようですよ。


2002年半生を綴った自伝『私を脱がせて』ぶんか社を出版し、
その著書では赤裸々すぎる、有名芸能人との交際をあからさまに
語っています。

2006年には自宅が空き巣被害にあい、腕時計などの宝飾品約800万円相当や現金約10万円、
外国紙幣約320万円相当を盗まれてしまったそうです。
被害直後に自宅でインタビューに応じているみたいですね

いやはやなんとも・・・・。


・名実ともに女性に

 
2004年に10月の性同一性障碍者特例法施行をうけて、
性別の変更が認められて戸籍上も女性となり、
名前も旧名「平原徹男」
から冒頭で表記した本名「平原麻紀」という女性名に変更がされました。

「戸籍変更ができるまで年はだいぶとってしまったが、
性同一障害でずっと悩んでいる若い子たちのためにも、突破口になれたらいいなと
前々から思っていた。」と理由を語っています。

・・・・本当に漢らしいなあ。 

って書くとややこしいんだってば(爆) 

まあ。本人も「怒るとオッさんになる」
「男に徹すると書いて、徹男なのに、女になってしまった」


 とネタにしてるみたいですが(笑)


 ・病魔

2011年に閉寒性動脈硬化症に罹り
右足切断の危機に陥りますが幸い手術は成功しました。
が、
翌2012年にも左足も同じ病に見舞われ、
やはり手術は成功。

原因は煙草の吸い過ぎと、女性ホルモンを投与してなかったせいだとか・・・・・

手術が必要だと宣告された日も煙草を
1カートンお使いしてくるように
頼んだり、
「煙草を一日10本に減らして、エアコンなしで暗い部屋で寝てますよ!」
と息巻いたりしてましたそうですが・・・・。

ず――と書いてて思うことは

女を目指してる女のはずなのに・・・・。

本当に行動すべて
なんて男らしいんでしょうか。


で、禁煙できたんでしょうかねえ?

いやあ。実に生命力にあふれた

漢らしい人とわかりました。

・・・・・なんかおかしい。


とにかく、これから先も
おネエの先駆者として
芸能界を元気に
ひっかきまわしてもらいたいものですねえ。