のっぴきなれ

野毛のジャズ喫茶downbeat店主、ヨシヒサによるブログ。ジャズの話題以外がメイン。

横浜ダウンビート
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近代文学を嗜む方なら、一度は凌雲閣という単語に接したことがあるかもしれない。


帝都東京の繁華街浅草に聳え立ったそのビルヂングは文字通り、雲をも凌駕する高さを誇った。八角形の煉瓦普請というモダンなデザインは大衆を魅了し、文士たちもこぞって作品の舞台にするほど。多くの耳目を集めた観光地だったのは想像するに難くない。


だが、関東大震災で呆気なく瓦解。その後爆破され跡形もなくなった、というセンセーショナルな最期を遂げる。


そんな神話の一節のような”彼”が、100年も経とうとする現代、ひょっこりと地の底から顔を覗かせたのだから、好事家たちも大騒ぎだ。これをきっかけにに包まれた奇怪遺産の全容解明も遠くない!と色めきだっているところ、なんと今回発見された遺構は保存されず埋められる、というではないか。


世紀の発見がまた地中に戻されてしまう、というのはもちろん遺憾ではあるけど、これはこれで彼らしい幕切れとも思える。


凌雲閣、スキャンダラスなやつ!


過去からいきなりやってきて散々世を賑わせたと思ったら、またひょいっといなくなる。なんて洒脱な東京モンだろう、と僕は尊敬するね。次は何年後にあなたのカケラに出会えるのか。もう二度とないのかもね。IMG_5459


嫌いな食べ物を聞かれたときに、本当はカレーと答えたいのだけれど
そうすると人格そのものの欠陥がバレてしまうので、それは避けたい。

だから無難にゴーヤと答えている。
どうしても苦手なのだ。

先日、たまたま知り合った人にゴーヤ嫌いを打ち明けたところ、
その人は「お前のゴーヤ嫌いを治してやる」と豪語して、
僕を野毛のとある沖縄料理屋に連れて行った。


「ここのゴーヤは全然苦くないから食べてみろ」とのたまう彼を訝りながら、
出てきたゴーヤチャンプルを一口食べてみてビックリ。

あ、本当に苦くない!こんなゴーヤがあったなんて!
全然苦くないじゃん!それに全然おいしくない!!

確かにさ、全然苦くないよ!でもやっぱりおいしくないよ!

苦味だけじゃないよ、ゴーヤの問題点って。
そもそも見た目が反骨的とか、青臭さとか、いろいろ挙げたいところ。

なんで苦味さえ克服すればおいしいと感じてもらえるはず、なんていう浅はかな考えで
僕を沖縄料理屋に引っ張ってきたんだろうか。

風貌のいかつい金髪の人と話してみると、思いのほか丁寧な敬語をしゃべっていた。
これは確かに意外で驚くことなんだけど、だからといってその人がいい人だとはならないよね。

ゴーヤーにしろ金髪にしろ、まともな勝負ができる土俵にやっと乗っかってきただけ。
そこからが本当の努力の見せ場だよ。

やっかいなことに、僕を沖縄料理店に連れて行った人は金髪なんだよね。
なんだこの話。

ありがたいことに、最近は外国の観光客の方がいらっしゃることも多い。
すると当然会話の中で、日本で訪れるべき観光地を聞かれることも少なくない。

僕はそんなとき、気軽に行ける観光地として吉原を強くオススメしたい。
吉原ってそう、あの吉原である。

新吉原とも呼ばれる、江戸時代に幕府公認の遊郭として栄えた歴史地区のことだ。

歴史の授業で誰しも一度はその地名は習っているはずだが、
正確な場所を答えられる人は実は結構少ないのではなかろうか。

確かに吉原遊郭はあくまで歴史上の場所であり、20世紀の遺物なのかもしれない。
現に吉原は遊郭としての役割を1957年に終えてしまっている。

現在、住所表記上の「吉原」という地名は存在しておらず、
唯一バス停に吉原大門の名をかろうじて残すのみ。

また街の特殊性から、現在の吉原の様子をテレビで取り上げられることはあまりない。
(遊郭としての歴史を振り返ることはあっても)

だからといって「吉原なんて所詮は過去のもの」とうっちゃっておくのは少しばかりもったいないよ。

あえてオススメしたい。
まさに今、吉原は断然面白い。吉原はガラパゴスだ。

念のため場所を述べておくと、吉原は台東区の千束にある。
まずその地形からしてユニークなのだ。

地図で見るとよくわかるのだが、そのあたりの街区は周辺に比べて斜めに傾いて形成されており、
これは遊郭の興りに由来している。

あくまで世間一般からタブー視されているこの街が、
誰でも見られる「地図」上においてその存在感を強烈にアピールしているというのも、
皮肉であり面白いではないか。

是非、訪れる際には徒歩での登楼をお勧めしたい。
その構造の不自然さが身を以て感じられると思う。

現地を歩いてみると、真っすぐの道と斜めの道が交差していて、
ひどく見通しが悪いことに気づく。

周辺の道路から、肝心の街の内部が覗けない構造になっている。
街中にありながら、この地区は俗世から隔絶された"異界"なのだ。

それだけに、一思いに斜めの道路を横切って廓内に飛び込んだとき、
そのネオンの煌めきにはさぞや眩惑されることだろう。

吉原は今、現役バリバリのソープ街として生き永らえている。
実は先に述べたタブーの背景には、こうした事情がある。

ソープという業態は法制上、非常にデリケートに扱われており(いわゆるグレーゾーン)、
テレビなんかではまず取り上げられない。

それがまたこの街の神秘性を高める一因ともなっているのだが。

さて、すっかりソープ街へと姿を変えてしまっていながらも、
ここがかつて遊郭であった痕跡を至るところに見いだせる。

例えばここ吉原では遊女の逃亡を阻止するため、廓をぐるりと堀で囲った。
通称"お歯黒溝"の石垣の一部が今でも残っている。

また、吉原大門の入り口に佇む見返り柳も見所だ。

戦火や震災によって幾度も消失してしまっているにも関わらず、
そのたびに植え替えられており、土地の人の吉原に対する畏敬の念を感じざるを得ない。

そして赤線地区特有の建築も趣深い。
かくいう僕もだが、全国にはカフェー建築というニッチなジャンルを
愛でる人種が少なからず存在する。

吉原では、そういった赤線・カフェー建築をいくつか見ることができる。
その洋とも和ともつかない独特のデザインには
激動の時代に翻弄された街の苦難が込められている気がする。

歴史ファンにとっては、上記のようなポイントだけでも足を運ぶに値するのではなかろうか?

だが、もう少しだけ語らせて欲しい。吉原の魅力ってモンはこれだけに留まらないのだよ。
さらに注意して目を凝らしてみると、この街が尋常ならざる
地域であることを痛いほど思い知らされる。

街のそこいらでやたら目につく、"情報喫茶"なるお店。
ただの喫茶店じゃないよ。コーヒーと、あと何らかの"情報"を売っているのだよ。

街を猛スピードでぶっ飛ばす黒塗りの高級車。
もちろん普通の車もあるんだけど。何をそんなに急いでいるのだろうね。

女性専用マンション。
それだけニーズがあるってことかな。手ぶらでOKのところもあるよ。
手ぶらで来ざるを得ない状況の人もいるってことかな。

性病科、保育園。
他の地域よりもやたらに密集していると思いません?
保育園もたくさんあるけど、そんなに子連れファミリーがいるとは思えないよね、この街に。

見れば見るほど思う。
なんなんだこの街は!!絶対におかしい!


「春をひさぐ」こと。

吉原は400年程前、単純明快な、だがあまりに過酷な宿命を背負わされて作られた。
以来、幾度の焼失や法改正等を経験してきた。

時代に翻弄され、苦難の歴史を歩み続けたのだった。

でも吉原はその度に姿かたちを変えながら、必死で今日まで生き永らえている。
時代に合わせ、世相に耳を傾け、独自に進化しながら生き続けてきた。

その特異な進化の過程は、まさにガラパゴス。

過酷な環境を乗り越えてきた現在、他に類をみない世にも珍妙な街へと変貌した。
こんなメチャクチャなところってないよ。最高にスリリングじゃないか。

ただ一つ、性を商売にしているという点で数百年間ずっと変わらないのが一番面白い。
土地に刻みつけられた宿命ってやつの力強さを思うと、胸が熱くなる。

以上、僕が吉原という街に抱く淡い慕情である。


こういったことを外国の方に説いてみたいのだけど、そのための語学力がいささか足りていない。
結局一言「カマクラでも行ってみてください」としか答えられないよ。

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