のっぴきなれ

野毛のジャズ喫茶downbeat店主、ヨシヒサによるブログ。ジャズの話題以外がメイン。

横浜ダウンビート
http://www.yokohama-downbeat.com

横浜市中区花咲町1-43 宮本ビル2F
045-241-6167
info@yokohama-downbeat.com
16:00~23:30/月曜定休

ありがたいことに、最近は外国の観光客の方がいらっしゃることも多い。
すると当然会話の中で、日本で訪れるべき観光地を聞かれることも少なくない。

僕はそんなとき、気軽に行ける観光地として吉原を強くオススメしたい。
吉原ってそう、あの吉原である。

新吉原とも呼ばれる、江戸時代に幕府公認の遊郭として栄えた歴史地区のことだ。

歴史の授業で誰しも一度はその地名は習っているはずだが、
正確な場所を答えられる人は実は結構少ないのではなかろうか。

確かに吉原遊郭はあくまで歴史上の場所であり、20世紀の遺物なのかもしれない。
現に吉原は遊郭としての役割を1957年に終えてしまっている。

現在、住所表記上の「吉原」という地名は存在しておらず、
唯一バス停に吉原大門の名をかろうじて残すのみ。

また街の特殊性から、現在の吉原の様子をテレビで取り上げられることはあまりない。
(遊郭としての歴史を振り返ることはあっても)

だからといって「吉原なんて所詮は過去のもの」とうっちゃっておくのは少しばかりもったいないよ。

あえてオススメしたい。
まさに今、吉原は断然面白い。吉原はガラパゴスだ。

念のため場所を述べておくと、吉原は台東区の千束にある。
まずその地形からしてユニークなのだ。

地図で見るとよくわかるのだが、そのあたりの街区は周辺に比べて斜めに傾いて形成されており、
これは遊郭の興りに由来している。

あくまで世間一般からタブー視されているこの街が、
誰でも見られる「地図」上においてその存在感を強烈にアピールしているというのも、
皮肉であり面白いではないか。

是非、訪れる際には徒歩での登楼をお勧めしたい。
その構造の不自然さが身を以て感じられると思う。

現地を歩いてみると、真っすぐの道と斜めの道が交差していて、
ひどく見通しが悪いことに気づく。

周辺の道路から、肝心の街の内部が覗けない構造になっている。
街中にありながら、この地区は俗世から隔絶された"異界"なのだ。

それだけに、一思いに斜めの道路を横切って廓内に飛び込んだとき、
そのネオンの煌めきにはさぞや眩惑されることだろう。

吉原は今、現役バリバリのソープ街として生き永らえている。
実は先に述べたタブーの背景には、こうした事情がある。

ソープという業態は法制上、非常にデリケートに扱われており(いわゆるグレーゾーン)、
テレビなんかではまず取り上げられない。

それがまたこの街の神秘性を高める一因ともなっているのだが。

さて、すっかりソープ街へと姿を変えてしまっていながらも、
ここがかつて遊郭であった痕跡を至るところに見いだせる。

例えばここ吉原では遊女の逃亡を阻止するため、廓をぐるりと堀で囲った。
通称"お歯黒溝"の石垣の一部が今でも残っている。

また、吉原大門の入り口に佇む見返り柳も見所だ。

戦火や震災によって幾度も消失してしまっているにも関わらず、
そのたびに植え替えられており、土地の人の吉原に対する畏敬の念を感じざるを得ない。

そして赤線地区特有の建築も趣深い。
かくいう僕もだが、全国にはカフェー建築というニッチなジャンルを
愛でる人種が少なからず存在する。

吉原では、そういった赤線・カフェー建築をいくつか見ることができる。
その洋とも和ともつかない独特のデザインには
激動の時代に翻弄された街の苦難が込められている気がする。

歴史ファンにとっては、上記のようなポイントだけでも足を運ぶに値するのではなかろうか?

だが、もう少しだけ語らせて欲しい。吉原の魅力ってモンはこれだけに留まらないのだよ。
さらに注意して目を凝らしてみると、この街が尋常ならざる
地域であることを痛いほど思い知らされる。

街のそこいらでやたら目につく、"情報喫茶"なるお店。
ただの喫茶店じゃないよ。コーヒーと、あと何らかの"情報"を売っているのだよ。

街を猛スピードでぶっ飛ばす黒塗りの高級車。
もちろん普通の車もあるんだけど。何をそんなに急いでいるのだろうね。

女性専用マンション。
それだけニーズがあるってことかな。手ぶらでOKのところもあるよ。
手ぶらで来ざるを得ない状況の人もいるってことかな。

性病科、保育園。
他の地域よりもやたらに密集していると思いません?
保育園もたくさんあるけど、そんなに子連れファミリーがいるとは思えないよね、この街に。

見れば見るほど思う。
なんなんだこの街は!!絶対におかしい!


「春をひさぐ」こと。

吉原は400年程前、単純明快な、だがあまりに過酷な宿命を背負わされて作られた。
以来、幾度の焼失や法改正等を経験してきた。

時代に翻弄され、苦難の歴史を歩み続けたのだった。

でも吉原はその度に姿かたちを変えながら、必死で今日まで生き永らえている。
時代に合わせ、世相に耳を傾け、独自に進化しながら生き続けてきた。

その特異な進化の過程は、まさにガラパゴス。

過酷な環境を乗り越えてきた現在、他に類をみない世にも珍妙な街へと変貌した。
こんなメチャクチャなところってないよ。最高にスリリングじゃないか。

ただ一つ、性を商売にしているという点で数百年間ずっと変わらないのが一番面白い。
土地に刻みつけられた宿命ってやつの力強さを思うと、胸が熱くなる。

以上、僕が吉原という街に抱く淡い慕情である。


こういったことを外国の方に説いてみたいのだけど、そのための語学力がいささか足りていない。
結局一言「カマクラでも行ってみてください」としか答えられないよ。

ジャズ喫茶のマスターなのにジャズについて何も綴っていないでないか、というそしりを受けた。
奇遇だ、僕もそう思っていたところだ。
今日は重い腰をあげて(誰も読んでいないのに)ジャズについてちょっとばかしうそぶいてみたい。

何を隠そう僕とジャズの出会いの場は、ここダウンビートに他ならない。

ロリータ真っ盛りの20歳の頃、僕の級友がジャズ喫茶なる不埒な場所でアルバイトを始めたというので、
遊びにいったその店こそダウンビートなのであった。

忘れもしない。降り注ぐ熱線を浴び、街が朧にけぶる夏。
いや、寒気ほとばしる真冬の夜だったかもしれない。

とにかく忘れもしない、大体ハタチくらいの時だったかと思う。

不快な天候をものともせず野毛を横切り、あまりに雑すぎる雑居ビルの階段をのぼったのが、
思えば全ての運のツキ。

耳に飛び込んできた轟音のジャズと、飲んだコーヒーの味は一生忘れまい、
なんてこともなくとっくに忘れたのだけど。

ただ一つだけ、はっきりと覚えていることがある。

この薄暗い湿った店のカウンターに腰かけて酸っぱいコーヒーを一口すすった瞬間、
「相当に変なところまで来ちまった」という妙な感懐に駆られたんだった。

10年以上経った今、その店の主になっているんだから、悪寒ってやつは当たるもんだね。

それから、事ある毎に店には来るようになった。
暗くて客がいなくて夜でもコーヒーが飲める店ってありそうでないものなのよ。
こと横浜において。

店に通うにつれ、最初はなんとなく聴き流していたジャズにも徐々に耳を傾け始めた、ある日。
不意に、その日かかっているジャズに耳を奪われ、はっきりと思った。

ジャズって(やっぱり)ダサい。

だって仕方ない、僕は当時ゴリゴリのヘビーメタル野郎。
皮ライダースを自分の皮より愛で、くるくるパーマをかけたロン毛を振り乱し、
夜毎ギターを抱いて眠りにつくほどの筋金入りメタルキチだったのだ。

”重い・速い・五月蠅い”の3拍子を常に求めるメタル耳の持ち主にとって、ジャズは余りに気怠かった。

ジャズ!なんて辛気臭い音楽だろう!

ダウンビートに来ても「ジャズを止めてメタルでもかけてくれないかなぁ」と
一人ぼやきながら、コーヒーを舌の上で転がしていた。

こうしてダウンビートで出会ったジャズの第一印象は「ぱっとしない」の一言だ。

その頃僕は、ご多分に洩れずイングウェイマルムスティーンに執心していた。

HR/HMに疎い方でも、その名前を聞いたことがある人もいるのではないか。
数年前にももいろクローバーZとコラボしたりして一部ファンを沸かせたこともある大御所メタルギタリストだ。


昨今、彼が金髪ブタ野郎だの散々コケにされているのが僕は鼻もちならない。
(もちろん愛をもった揶揄なのは知っているけれども)

なぜ彼が今日においても多くのギタープレイヤーにリスペクトされ、
王者の称号をほしいままにしているのか、少しだけ述べたい。

時は1983年、Alcatrazzの「NO PAROLE FROM ROCK'N'ROLL」が発売され、
ロックファンの度肝を抜いた。

Rainbowを脱退したグラハムボネット(vo)の新バンドという触れ込みで世に出たこのアルバムは、
当時無名のギタリスト、イングウェイマルムスティーンのセンセーショナルなデビュー作となった。

今までのロックギターの常識を全て塗り替える、驚異的なテクニックの連発に
当時のリスナーは唖然とせざるを得なかった。

だが、新世代のギターヒーローの登場!
と素直に受け入れられないのが、ロック界の常である。(ロックに限った話ではないが)

北から彗星のごとく現れた超絶ギタリスト、イングウェイ。そのデビューは、諸手をあげて歓迎されたわけではない。

もちろん、多くの人間はその破天荒なテクニックに狂喜乱舞した。
だが一方で、その尋常ならざる速弾きに疑問を持った人間も少なくない。

これは人間技ではない。テープを早回しして再生しているに違いない、と唱える者もいたのだ。
何かしらの機械的なトリックが用いられていないと、この速弾きの説明がつかない、ということだ。

まさしくイングウェイのテクニックが文字通り”信じがたい”レベルだったことを証明するエピソードだ。

さらに、そのプレイスタイルも恰好の議論の的となった。

テクニックは確かに驚異的だが、プレイスタイルはリッチーブラックモアの影響を強く感じさせるものである、と。

ふんだんに盛り込まれたクラシカルな様式美フレーズはリッチーの発展系に他ならず、
いかにテクニックが優れていようとも、所詮はリッチーブラックモアの”並居る”フォロワー”に過ぎない、
と吐き捨てられることも少なくなかった。

70年代に世界を席巻したリッチーブラックモアは時代を経た80年代でも英雄視され、永遠のギターヒーローとして揺るぎない存在だったのだ。

さて、物議を醸したアルバムのリリースから時を経て数カ月。

ついにくだんのAlcatrazzが初来日コンサートを行うというのだから、これまた世間を騒がせた。

1984年1月のことだ。大阪でのコンサートを皮切りに、名古屋と東京へめぐるツアーが開催された。

以下は、28日の中野サンプラザで行われたコンサートへ参加した一人の女性から
聞いた話を参考にさせて頂いた。

開演までもう間もなく、というとき。
多くの人ですし詰め状態になった客席は、到底
ロックコンサートが催される雰囲気ではなかったという。

奇術的なテクニックを擁するギタリスト。
その奇術の裏には必ずトリックがあるから、絶対に今夜暴いてやろう。

少なくない観客が、そうした狡猾な視線を舞台上に投げかけているような、
奇妙な緊張感が溢れていた。

満を持して登場したイングウェイマルムスティーン。
割れんばかりの歓声を浴びながら姿を現した長身の美少年は、
なんとブラックモアのコスプレともいわんばかりの衣装に身をまとっていたのだ。

これには多くの人間から失笑が漏れた。

批評家のみならず、先のレコードを聴いて愕然としたファンですらも。
なんだ、やはり”ニセモノ”じゃないか、と。ふざけるな、やはりこいつはペテン師だ!

それから数分後、イングウェイのギタープレイを実際に見た全ての観客たちは、一様に押し黙って息をのんだ。

完璧な奇術だった。イリュージョンだった。
そこには何一つトリックなどなかった。にも関わらず、ステージ上では”奇術''が繰り広げられたのだった。
信じられないが、全てが現実だったのだ。

レコードの音源を圧倒的に上回るスピードでギターを弾きこなす。しかもとてつもなく正確無比に、そして大胆に。会場に戦慄が走った。

そのあでやかなステージパフォーマンスを見せつけられ、新時代の
ギターヒーローの到来と認めざるを得なかった。

奇跡を目の当たりにした観客は熱狂した。

しかしそれでも、一部の古参ファンは複雑な気持ちでステージ上を睨みつけていた。
確かにうまい。だがそれでも、リッチーブラックモアがいなければそもそもこんなやつは現れなかった、と。

そんな心理を刺激するように、イングウェイはある曲を演奏することとなる。

RainbowのLost in Hollywood。
https://youtu.be/870H3mggCdw

美しくも激しい、頽廃の極致を発現するかのような流麗なギターソロ。
ここで見られるプレイは、彼の数十年に及ぶ全キャリアの中でも屈指の出来栄えだと僕は強く確信する。

これは時代に対する、リッチーブラックモアに対する、そして旧来のハードロックそのものに対するイングウェイからの挑戦状だったのだと思う。


この大衆を前にして、あえてリッチーブラックモアの分身ともいえる曲を演奏し、そして圧倒的なテクニックで弾き倒す。

なるほど確かに、リッチーブラックモアがいなければイングウェイマルムスティーンという人間が世に出ることはなかったのかもしれない。だが、現に彼は世に現れた。リッチーブラックモアの遺伝子を受け継ぎながらも独自の進化を遂げた、規格外のギターモンスターである。

もはや疑いをさし挟む余地はなかった。

否応無く、全ての人間は見せつけられた。新時代の到来を。王位の継承、いや、王位の奪取を。彼は力でもって、旧時代の権威リッチーブラックモアから冠をもぎ取り、玉座に座ったのだ。

それから今日に至るまでの彼の活躍は語るまでもない。

さて、もう一度問いたい。それでもなお、彼を金髪ブタ野郎と呼びますか?と。

僕は呼ぶよ、あいつデブだもんな。

髪が伸びてきた。生きている証拠だ。

美容院へ行きたいのだけど、去年のいつだったか、担当の美容師さんにひたすらサッカーの話題を持ち出され、あまりいい思い出がない。

その日はたまたま日本代表試合の翌日だったらしく、美容師さんは鏡越しに、いやぁ日本勝ちましたね、と目を輝かせながら話しかけて来た。

やべぇなぁ、観てないんだよなぁ。

もちろん観ていない僕が悪いのはわかっている。社交の場において、かくなる国民的スポーツが話題に上ることは明白なのだから、教養として観ておくべき、という考え方は当然といえばその通り。

でもやっぱりサッカーにはどうしても納得いかないネガティブな感情を持っていて、素直に観られないという事情もある。

もしかしたらご存知の方もいらっしゃるだろうが、なんとサッカーでは基本的に手を使ってはいけない、という裏ルールがあるのだ。

知ってたかな?
これ、結構びっくりしませんか??みんな普通に従っているけども。

おい君たち、今から数時間は足しか使ってはいけないよ。そして頑張って網に多くボール入れた方が勝ちだよ。

そんなこと急に言われた日には顔が青ざめちまわないか?

ねぇちょっと待ってよ!!なんでなんで!?説明してよ!!と高らかに抗議の声をあげたい。

一体どんな経緯があって、我々人類は手という便利な器官の機能を奪われなくっちゃいけないんだ?そんな大事なことの説明もなしにさぁいきなりキックオフって、余りに受け入れがたい。

説明だよ説明!

人類は突如手が使えなくなり、足を駆使して球を網に入れることだけを脳にプログラミングされた。そんなB級SF映画みたいな合理性を欠いたシチュエーションを受け入れるには、相応の説明を求める。

さらに言うと、向かいに整列する11人(9人だっけ?)の韓国代表を今から敵と見なし試合をしろ、というのもまた驚きだ。

どんな因縁で彼らと戦うのか?何でうらみつらみもない韓国代表を、この珍妙なルールに基づいて打ち負かしてやらねばならないのか。

竹島をはじめとする領土問題?慰安婦の件?説明してよ!!

サッカーの試合が幕開けとなるキックオフのホイッスルが鳴る瞬間、僕はいつも思うのだ。

よく考えるべきではないか?こんなことしている場合ではないのではないか?って。

僕たちどうしてこうなった?突如手を使うことを禁じられ、なんの因縁もない相手と争いをさせられるこの状況。

こうしている場合じゃないよね。
僕らをこんな目に合わせる強大な存在がいるってことだよね?
知能を有する僕たち人間を、この不条理なルールに従わせる強大な何かがいるんだよ!

日本対韓国なんかで争っている場合じゃないよ。もはや神と呼ばざるを得ないその相手に対して、手を取り合って立ち向かおうよ!戦おう!人類の存亡をかけて、世界の存続をかけて戦おう!

頑張れ日本、頑張れ韓国とか言ってるときじゃないよ!

頑張れ地球!いや、頑張ろう地球!!その理不尽な”神”に立ち向かおう!

長くなってしまった。サッカーを観ていないから美容院に行きづらいという話だったかな。

地球対神。

そんな”サッカー”の試合放映があれば、僕はテレビにかじりついて応援するだろうな!

頑張れ、神!!ってね!

こんなこと書いている間にも髪は伸びているのであって、あぁやっぱり生きている実感。

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