「八郷の丸太小屋暮らし」全く私的な言いたい放題のブログです。30年ほど前に茨城県の国定公園内に都会人が集まって自分たちで井戸や道を作り、小さなログハウスの村を造りました。自分たちと自然、そして地元の村との共生を目標にして、半分が別荘として「ログビレッジ八郷」と名付けています。今回、自社を引退しての「八郷暮らしの隠居」になり、その日々の日記まではいきませんが、思うところを書いておこうと思っています。

また終戦の日がやってきた。
前の天皇が日本には忘れてはならない4つの日があるといったそうだ。6月24日の沖縄戦集結。8月6日のヒロシマ原爆の日。8月9日の長崎原爆の日。そして、8月15日の終戦の日だ。親父2

昨年は死んだ親父の自分史『陸軍特別幹部候補生』のPDFを掲載して、志願から終戦の日までの日々の記録を読めるようにした。全くの個人的な終戦まじかな2年に満たない記録だが、こうした現実に各個人の歴史のデティールによって、学校で習う年表や出来事がより身近な暮らしや記憶として「記録」されることは、歴史を今によみがえらせる大切なことだろうと考えて10年前から学校や知り合いに配ったりもした。リアルな戦中の資料としても若い人たちに生活の一端でもわかりやすく伝えられればと思っている。

そうした動きは戦争体験者年代の高齢化によっていま以前にも増して求められているようだ。
例えば、それが有名人、著名人の「その日」の記憶を綴った『私の8月15日』という書籍、絵本になってシリーズ化されている。
最近の震災や災害、事故での検証や教訓をどう後世に伝えていくかの工夫のひとつでもあるだろう。私たちは歴史学ではわからないことを、多くの講談や書籍、映画やドラマで身近なものとしてひとつのイメージ、知識として持っている。
だから歴史小説の方が面白いことが多い。また、登場人物にシンパシーを持つことで歴史の解釈や理解も変わってくる。それいえ、材料となるエビデンス(証言や文書、映像など)が重要であるとともに、それをどう表現していくかも重要である。演出家や作家の力量がわかることも多い。
父は映画屋だったから、新東宝時代の多くの反戦映画や天皇中心の戦争モノを子供の頃たくさん見てきた。日活時代には総力をあげたノモンハン事件を題材にした『戦争と人間』3部作は、今でも忘れられない作品でもある。今見ても当時の軍部のやり方や現場の苦悩がよく理解できる。これでよく戦争が遂行できたなという「実感」を共有したいと思う。ぜひ、今の若者にも見てもらえればと思う。
日活は吉永小百合を使って沖縄の「ひめゆり学徒隊」の映画など戦争映画もたくさん作ってきた。親父は北海道の当時の稚内市長と、北方領土の離島へソ連軍上陸直前での電話交換手の女性たちの悲劇を「ハマナスの咲く丘」という映画にしようと取り組んでいた。そのシナリオがどうなったかの顛末もそのうちあ書く機会があるだろうか。
最近、医学生の「風太郎日記」がマンガになったという話を聞いてぜひ読んでみたいとも思った。こうした映画やマンガなどでいいので、若者に歴史を考える機会を多く持ってもらえればと願っている。いつかそうした話も書きたいものだ。
eye-cまた映画などで広く話題になった『この世界の片隅に』の主人公女性スズさんの何気ない戦時中の日々の生活を描いた作品から「#あちこちのスズさん」ということでNHKを中心に集まれられる様々な情報が話題にもなっている。その関連からの知られざる事件や秘話も取材されても来た。記憶がなくなる前に、歴史の当事者から聞き取り、伝え、記録しておこうという活動でもある。
NHKの凄いところは、当時の日記や手紙から現在の生存者、歴史的事実などへの取材・調査能力が高いところだろう。先日コロナに感染が分かったジャニーズの若手がリポータになって、戦時中の女学生が戦地の兵隊さんへの慰問用手紙から始まって文通が行われた記録とインタビューからの記憶で、文通相手の海軍将校が外地で戦死していたことまでを解明した。
普段なら、公式な歴史に埋もれる知られることのない戦時中の人の生きざまが現代に蘇るという体験をした。伝聞や伝承を大事にしながらまだ生き証人がいる間にどう伝えていくか、記録していくか、そして共有していくかの貴重な番組にもなった気がする。

実は生きていれば96歳の母が、人生での一番の思い出は苦しかったはずの戦時中の女学校時代だと言って驚いたことがある。日立高女の学徒動員で勉強どころか軍事工場で働かされ、艦砲射撃や空襲で多くの級友を亡くしたはずの時代。それでも仲間と過ごした青春の思い出は、まさに「この世界の片隅に」生き生きと生きたリアルな人々の日常があったのだろうかと想像できる。

日常的な庶民の暮らしから見える歴史は、「戦争」や「災害」などの現実や原因など、あるいはどうすべきだったかなどの検証や実証ができるとは限らない。やはり、きちんとした情報からの「政治」や「政府」の対応や役割の分析は欠かせないだろう。その当時の指導者としての「責任」を明確にしていく歴史的証言や史料をきちんと保管し、発掘する作業も重要であることは間違いはない。
この新型コロナの時代、おそらくスペイン風邪以来のパンデミックだが、それが第一次世界大戦下で情報が隠蔽、拡散、操作されたように、戦時中のマラリヤや台風被害も多くは隠蔽され、例えば、復員船23隻だか、復員兵10万人が下船直前にコレラに感染し、本土を目前に隔離され、多くの死者を出したことなど、学校では決して習わない。
また、733部隊の感染症や細菌兵器開発の医学生の戦争裁判での証言や戦時中の多くの軍事秘密が隠蔽、焼却され、戦争責任をあいまいにして「一億総懺悔」というとんでもない処理法で生き延びてきた戦争指導者や政治家の戦後の歴史も不明なままのことが多い。
昨日、テレビでアウシュビッツでのナチスに加担して大量殺戮作業にあたった歴史的証言メモの判読から見えてきたものを取り上げた特集があったが、わずか75年ほどの前でもいまだ解明されていない歴史も多いことを忘れてはならないだろう。同時に、いまでもそれを追究し、真実を明らかにしようというドイツ人の凄さも頭が下がる。
ナチスのアイヒマンは戦後の軍事裁判で「私は一人のユダヤ人も殺していない」と論じたそうだ。アウシュビッツでの大量殺戮がシステマチックに実行され、多くの兵士や関係者が犯罪者となる中で、直接手を出したわけではないと責任を回避できる指導者がいることを、現代の政治家にも当てはめると、「人間性」とは何かと深く問わなければならないだろう。あちこちのスズさんが被害者にも加害者にもなる可能性もあるのだ。

7月の連休が終わって、教育機関がコロナの影響で夏休みを短縮する中、春の連休後に感染拡大を招いた「外出」「旅行」がこの夏の連休でも繰り返され、いよいよ第2派の到来かと連日マスコミが騒がしい。コロナは現代社会の「情報」と「コミュニケーション」、「信頼」というキーワードを私たちに改めて考えさせている気がする。8月を前に、この狂騒曲を記録しておくことにした。この時期、イバン・イリイチが「学校」「医療」「交通」をメルクマールに近代を分析してきたことを改めて感心させられる。

政府が国会論議までして改正した「特措法」の無力さが指摘される中、およそ100年前の「封鎖」といった対策しかできなかった国が、次の感染拡大を止められるはずもないところで、自粛疲れからか都市や繁華街(いわゆる「夜の街」)から始まった若者中心の感染者数がうなぎのぼり状態だ。自粛解除で首都圏中心の感染の広がりが、今度は仕事や帰省、旅行が増えることですぐに全国に拡散していく。

政府の構造的欠陥もあって、政策の実効性が目詰まりで改革されず、再構築どころか、PCR検査が相変わらず抑制される現状で、誰が、どこが安全かがわからない状態で自粛や封鎖で命を守るか、それでも会社、商店街や観光地を活性化させ、生活圏拡大での経済生活を優先するかという歪んだ選択が第2派のスタートになっている。今頃アベノマスクを再送付するという愚策に国民はあきれながらも、国家としての日本への信頼感は失われ始めている気がする。

ここでさらに、感染防止の「命」優先か、生活のための「経済」優先かといった単純な二項対立思考でいながら、誰もが「この時期に?」と思わせられながら政府の「GO TOトラベルキャンペーン」が幕を開けた。
これは現時点で実施するという、助成金で旅行産業をバックアップし、都市から「観光」という名で感染拡大を招く愚策の積み重ねであるのは間違いないだろう。何兆円という単位での国家予算を無駄遣いしている政権には怒りも覚える。

ここで考えることは、経済の活性化に必要だと言われる「観光」「旅行」、「旅」と言われるものについてだ。感染防止には移動の自粛が肝心という、先の「緊急事態宣言」の真逆の政策が推進される。
なぜ観光産業支援優先かというところで、近代国家としての日本の産業構造の変化が大きなポイントになっている。同時に、その歴史が日本の「国家」としての文化やライフスタイルにまで及ぶ成り立ちを表しているともいえるのだろう。

そもそも歴史とは、次の時代の権力によって書き換えられてきたところが多い。現代の歴史観は、少なくとも長きにわたった武士の封建制、徳川幕藩体制、鎖国を、薩長などの下級武士討幕勢力によって欧米海外勢力に同調する形の近代文明開化、富国強兵という天皇中心の公地公民に再統一されることで、江戸時代以前の宗教、文化、生活スタイルの革命が進められた。
私たちの多くは明治時代に作られた歴史を自明のものとして受け入れ、ひとつのパラダイムとして引き継いでいることが多い。
それはそれとして、ともかく固定的な因習、身分制や分権から解放され、個人が流動化し東京中心の「単身主義」「立身出世主義」の人口集中する「都市化」、帝国主義的国策を集中的に成功させてきた。この中央集権制度の国家づくりは、ある意味では後発国家のモデルとしても現代でも類型化できるだろう。
いいか悪いかの評価や人権尊重の民主的かは別として、強権や独裁はある意味、国民への恐怖政治で国家の意志を隅々まで及ぼす効果はある。一度バラバラになった国民国家を強固に再結集させて、政策遂行をスムーズに実施させてきたのは確かである。独裁はそれだけ政府や政治家の倫理観、クオリティ、資質に依存する問題があり、過去の戦争時期の日本のような禍根を残す人的レベルでは最悪になるという教訓もあるだろう。

その明治、大正から昭和初期までの「大日本帝国」が世界大戦で終焉し、連合国の占領時代から米国の占領という、再び欧米中心の第二の文明開化、産業構造も第一次産業から戦後の高度経済成長を経て、工業立国、重工業や自動車産業中心の第二次産業の国家として世界でも目覚ましい経済大国になってきた。この極端な二重の体験から生まれる時代精神(エートス)が、いまの日本人のダブルスタンダードとお人よしな楽観論を作り上げている気がする。わずか150年程度でのこの歴史的大転換を生かすも殺すも、これからの日本人の思考力にかかっていることは確かだろう。

ともかく人口の流動化は、狩猟民族でない、定住中心の農耕民族日本人にとっては、ムラ、クニの拡大から特に古代国家の朝廷への租庸調輸送といった税制がスタートで、以来、参勤交代などの政治的移動と宿場の整備や巡礼、熊野詣でやお伊勢参りなどの宗教的(娯楽?)旅が発達したと言われている。
※ちなみに日本の民俗学者の柳田國男は(日本の)旅の原型は租庸調を納めに行く道のりだ、と述べた。食料や寝床は毎日その場で調達しなければならず、道沿いの民家に交易を求める(物乞いをする)際に、「給べ(たべ)」(「給ふ〔たまう〕」の謙譲語)といっていたことが語源であると考えられる、と柳田は述べている。ウィキペディア引用 https://ja.wikipedia.org/wiki/旅行)

第一次農業国から第二次産業の工業国へ、そして、現代では先進国のほとんどが第三次産業中心の国家となっている。第三次産業の中心は、商業や観光業などのサービス産業である。消費社会の拡大で物流や人口移動は「交通」網により全国、全世界を結び、各地を「観光地」化する。世界は「モノ」「人」が移動することで産業が発展、経済が活性化する世界だ。それがグローバリゼーションでもあるのだろう。
先進的な欧州EUの実験は、人類の国境をなくし、移動の自由から全ての人間の「衣食」「住」に自由を拡大する。つまり、住む地域も言語や人種民族、宗教や国家すら選択できる「自由」を作ることができる。それは同時に定住から逃げる自由でもある。国や政府から自由になれる可能性も出てきた。人はパスポートなしに自由に旅ができる世界だろう。

少子高齢化で労働人口が減少する中で、移民・難民を受け入れない日本において、現状の外国人労働者や留学生、観光客の増大はまさに救いの神であり、「観光立国」「インバウンド特需」は棚からボタ餅で無能な政治家を喜ばせるバブルに近かったろう。いまや大きな産業となった外国人産業・旅行産業は、このコロナ感染症で大きな打撃を受けた。
観光地からインバウンドに浮かれた好景気のにわか高度経済成長、様々な利権は止まった。投資は無駄になり、雇用や地域金融は疲弊する。まず優先すべきは観光産業の支援が対処療法としては政府に圧力となる。当然、感染リスクを抑えても「Go Toトラベルキャンペーン」が進められる。

ここでちょっと立ち止まって考えてみよう。

「旅」の面白さはわかる。「旅の恥はかき捨て」という「自由」も理解できる。見知らぬ土地や人々との出会い、楽しさ。知見を広げ、学ぶことも多いだろう。だが、人が移動することや他国、他地域へ足を踏み入れることのリスクもある。だから実際に旅行する前に「情報」収集は不可欠である。予備知識の学習、旅行記や観光案内資料、書籍の多さはそれを教えている。現地での「コミュニケーション」のためにルールやマナーを知り、会話を学ぶ。
それでも旅自体には昔からリスクはつきものだ。業者や案内、通訳に騙される。店にボったくられるといったものから、泥棒や暴力、身ぐるみはがれる災難や刑罰の違いで拘留されたり死刑にもなる例がある。当然、旅人を受け入れる側にも大きなリスクはある。特に大航海時代から、未知の土地への侵入者が感染症で部族を全滅させてしまった歴史も多い。反対に母国へ風土病や感染症を持ち帰った例もある。世界を感染症で危機の落とした歴史もある。
古来から見知らぬ旅人を災いとして忌嫌う地域は多い。日本で「道切り」と言ったり、「結界」や「道祖神」を入り口に配置する風習もあり、村全体を囲む地域もある。確かヨーロッパで中産階級を意味する「ブルジョワジー」は城壁で自分たちを囲い込んで守るところから来ていた。来訪者、異邦人はストレンジャーであり、侵入者に違いない。近くの村落ではムラの入り口に様々な地域の神が守り、「だいだらぼっち」といった番人の人形を飾る風習が残っているところもある。疫病や流行り病に苦しんだ教訓でもあるだろう。「移動」にはリスクを覚悟する必要がある。
むやみに他地域や他国へ行かない方が安全だといっても、だからといっていくらIT社会でもバーチャルな体験からは限界があるのもわかる。

それでも「自粛期間」でわかるのは、「住」環境の違いだろう。大都市で2DKなどのマンションやアパートで暮らす都会人にとって「出歩くな」という生活は監獄に近い。家も大きく、庭も広い田舎で、誰にも会わない近くの山野や海辺を散歩できる環境なら、そう窮屈は感じない。お城や豪邸に満足して普段から出歩かない人々がいるのも現実だ。リスクの高い都会に出るよりも安全でもある。

都会に人口が集中するのは、便利な都市化の生活にあった。消費社会では田舎より生活の利便性は絶対的優位性をもっている。それでも子供が学校へ行っていないことや親父が在宅就労でストレスが溜まると嘆くのは、何だろう。
本来、自分の家に暮らし、家族で食事をし、平和に過ごせることが普通のことであり、そこにストレスがあるということこそ、むしろ「暮らしそのもの」「家族関係」という住居内での中身に課題があるということではないだろうか?ここに実は大きな現代的課題が見えないだろうか?

育児放棄から子供の虐待死が問題になった。当たり前の子育てがストレスになる母親が増えている。それは人が人として生きていく暮らしや世界が変わり始めている兆候ではないだろうか?

高度経済成長は農村を巻き込んで、第二次産業である工業国として日本は大きな変貌を遂げた。コンクリートのウサギ小屋団地に3種の神器の電化製品に囲まれて、「鍵っ子」や「単身赴任」「団地妻」を生んできた。
近代でも農業での村落共同体では、農作業が協働で畦道に寝かされた赤ん坊が泣くと、一番近いところの母親が他の子供にでも乳をあげたという。昭和初期頃までは、子供は共同体で育てるものという農耕民族の意識が残っていた。それが出稼ぎから、学校化によって人口が移動し、「三ちゃん農業」と呼ばれ、いまや限界集落として地図上から消える地域も出てくる。

以前、農協は旗を振って農家の爺さん、婆さんをハワイだのの団体旅行に連れ出した。航空会社や観光会社は空前の「旅行ブーム」を作り上げた。短期間でできるだけ遠くの外国へ行く。駆け足型の修学旅行が原型のように、滞在期間など無視した強硬旅行やあわただしいツアーが定番でもある。それで世界は広がったのだろうか?

私はいくらでも機会はあったが、外国旅行の経験がない。まずは大きなジェット機に乗ったことがない。どれだけ環境保護を口にしながら、1回のジャンボ機が出すCO2の共犯にはなりたくない。
それでも「海外にいったことがないの?」「外国を知らないんだ」「パリはよかったよ?」と言われても、どのくらい滞在すればパリがいいか悪いかわかるのかも納得できない。
数時間の滞在。案内書と同じ写真の建物で自分が写っていることでパリがわかるなら確かに世界はわかるのだろうが、それだけの想像力があるなら自宅にいてもわかるのではないだろうか。これを聞くと貧乏人のひがみとも言われそうだが、旅行でその地域をわかるというのは幻想に過ぎない。

もちろん、これらの意見も私自身のわずかな「旅」から得た体験や教訓であり、旅そのものを否定するつもりもない。学生時代はいま流行りの「ソロキャン」パーの一人だったし、各地を巡りもした。子供たち家族や愛犬まで引き連れて、かなりの期間、伊豆や房総半島を泊まり歩いたり、キャンプ生活を満喫した時代もあった。
テントやバンガローキャンプという遊牧民生活の疲れから、山の別荘という定住での半分キャンプ生活のような暮らしもいまでもしている。
いまは行ったことのない、もういくこともない世界をインターネットで追体験したり、ITのおかげでバーチャルな旅行を楽しんだりもできる。「情報」社会のおかげで遠くの知人、友人とも「コミュニケーション」も可能だ。世界は間違いなく広がっている。
地球環境が問題なっている現代において、旅行での世界を広げる方法だけでなく、肥大化した観光産業に依存した国民の生活をもう一度素朴な暮らし方で、つまり、想像力で世界を広げることができないのだろうか?
そこらへんに地域社会を守るというヒントもありそうな気がする。

今日も憂鬱な梅雨空で雨が続く。こんなに雨が続くのは亜熱帯での雨季かと思わせる気候変動の兆しなのだろうか?1458
(この長雨で庭のヤマユリも途中から虫にやられたり折れたりでわずかしか咲かなかった。3年ほど前にそれまで40本以上も群生していたが、猪に百合根をほとんど食われてしまった。今、その時に荒らされた庭を作り直している訳だが、数本生き残ったようで楽しみにしていたが残念だ。肥料もなしで球根を掘り起こすなどもせずに全くの自生だったが、来年からは支柱を立てたり雑草を抜いたりと少し面倒見ないと育たたない時代か?)

 日本に限らず地球温暖化の限界域を超える分水嶺なのだろうか、と思わせる。自然の大きな力はわずかな温暖化、海水温、地軸の変動や大気の流れで人類にとっては生存の脅威となる。災害立国という日本だけでなく、地球的な規模で「災害」が起こっている。そんな大きな課題を考えさせる数週間が続く。

災害は様々な試練を人類に与えてきた。今日も50年に、いや百年に一度の豪雨だと各地で水害の被災地のニュースが流れる。おまけにコロナ感染の第二派かというニュースで朝からテレビは大騒ぎでもある。

この10年、大手メディアの「マスコミ」の変貌は大きい。一方でネット社会の普及は一般市民のスマホからの「映像」やニュースはマスコミの通信網や取材能力を凌いでいる。情報によってはマスコミが「マスゴミ」と揶揄される信頼感の喪失の時代でもある。少なくとも、もはや「ジャーナリズム」とは呼べない貧弱さである。
災害のニュースは、「災害」の本質を本当に伝えているのか? 災害対策という政治的な結果を本当に理解しているのだろうか?
朝からテレビを見ているという隣家の高齢者が、コロナ対策で何も進まない、結果が出てこない、同じ話の繰り返しに、天気に加えて憂鬱度が増してくると嘆いている。かといって現実に起きている危機や事実を無視したような、仲間内のお笑いやクイズ番組で肝心なことは何もわからせないゴールデンタイムには腹が立つという。自然だけでなく、世の中全部がおかしくなっていないかと。

私の年代はメディアの代表であったテレビの世代である。その王者も今やインターネットに取って代わられ衰退の流れも見えてきた。ネットやSNSの発展は個人の倫理観や問題意識、つまり個人のクオリティに一任されている。それでもネット社会への関与するあらゆる個人のコンセンサスが課題になるのだろう。
ネットは個人的な指向性がテレビよりあり、個室や閉じ籠もりの時代に合っている。それでもネットはいままでの新聞やラジオ、テレビとは少し違っているのかもしれない。過去には「公共性」という制作側の使命感や役割があったような気がするが、それをネットメディアはこれからどうするのかはまだまだ未知なことは確かだ。

テレビも、ケーブルテレビ、ネットテレビなどの普及により昔から比べればかなりのチャンネル数で選択の自由の範囲は拡大。それでも伝統的なテレビの番組、放送局は「公共放送」的な視聴者を有している。
その違いは特に「報道」の在り方については、放送会社などの「組織」的なメディアとしての制作や人的な「意識」にあるのかもしれない。組織の中にある個人の力ともいえる。上からの言われるままに従ってしまう現場の個人の質にかかっているのだ。
手軽に思い付きでアップできるSNSなどのネットから比べれば、一応、幾人もの人々が関わり「中立・客観・公正」報道主義を原則に、どう唯我独尊に陥らず、世論や視聴者という一般の人々とのコンセンサスを得られるかという視点である。対比すれば、ミニコミの「個人性」でない、マスコミという「組織的」な問題ともいえるだろう。
ある意味では、「コンセンサス」は視聴者の数でもある。もちろん、そうなると世間に「受ければいい」「視聴者が増えればいい」という視点に左右される。これではネットの個人SNSでフォロワーが何百万だ、億だと「いいね」の数を競うのに似て、視聴率という幻想に振り回され、昔のような裏を取り、地道な確証や検証といったエビデンスがない、いわゆる受け狙いの「フェイクニュース」のチェックも疎かになる。

逆にそうした報道で今度は視聴者が右往左往されることも起きている。世論を操作されたり、「誰を信じればいいのか?」わからない疑心暗鬼の時代でもある。それでも情報社会は激流になって、次から次へと新しいニュースが流れ続ける。「マスゴミ」といわれる消費社会の垂れ流し情報に過ぎなくなる。

ニュースは紙媒体にしろ放送番組にしろ紙面や時間に制限があり、配信先やニュースソースが共通であったり、製作スタッフや上層部の意向によって限界が出てくる。それは今では国営の公共放送でも同じ目線で評価される。
テレビへの信頼感は「情報」と「コミュニケーション」の両輪によって、逆説的に作り手、発信者の倫理観や道徳観も含めて受け手側の能力や取捨選択にも関わることになる。同時にそれを支える受容する民衆や読者、いわゆる政治的な「民度」という「国民」の問題にも広がる。現代のテレビの存在は民意でもある。いわば、現在の政治家を選ぶのは、そのレベルの民度の国民であるという相互作用に似ているのだろう。

つまり、メディア戦略を利用する政治家が当然、政策能力よりパフォーマンス重視の人物や党が増え、政策の「実効性」より情報としての流通、「いいね」の数に関心があり、政策的な結果や検証は後手後手でもあまり突っ込まれない。最大の関心は視聴率ならぬ「選挙」結果なのだ。

言い換えれば重要な政策的「情報がスルーされる」状況だ。補正予算は組んだ、国会は通ったが、現場に資金が届くには時間がかかる。その間に国民は忘れ、次の話題に入っているという具合だ。マスメディアと現在のパフォーマンス政治の動きはまさにぴったりとマッチングしていないか?

第2波を予想させるコロナ感染拡大と逆行させるような前倒しの政府の「GO toキャンペーン」政策は、この間の様々な無策に近い実効性の遅さと感染拡大や河川氾濫での不安感をマスコミは増幅こそすれ、解決に導く力にはなっていない。
テレビでの様々な専門家やコメンテーターが核心を突く問題提起をしても、番組のスケジュールで次の現象へと時間が進む。これも「情報のスルー」だろう。問題や結果まで深堀せず、政策担当者への追及にまでマスコミの声を届ける術もない。国会も閉鎖させて、新規の提案もチェックも国会ではできない状況だ。

このところの流れを見ていると基本には「法治国家」という点で、「法」への理解力不足とも思える。第1派の感染拡大に対応した医療機関の支援金や医療従事者への給付金はまだ1円も届いていないという話である。ボーナスなしで看護師が大量に辞めそうだというニュースも、「何故?予算が決まって国会が閉じても届かないのか?」が不明なまま現実が流されていく。うちにも給付金どころか、マスクが届いたのも確か緊急事態宣言解除後だった。
ようやくPCR検査で感染が判明した、無症状や軽症者の隔離ができず、連絡すらできないと行政担当者が嘆くというニュースがある。これも情報がスルーされ、「私権があり、拘束できない」「法整備が必要だ」といった意見で流す。その時間に感染は拡大し、今度の災害対応や旅行拡大で全国的に広がるリスクが本当に出てきている。感染症法という法律もありながら、確保や隔離ができないと平然としている姿に驚かされる。
自動車の「あおり運転」でも感じたが、コロナでも感染が判明してスナックへ行って店員に感染させた例があったが、これも現行法でも十分対策はある。個人や国民の権利も「公序良俗に反しない限り」「公共の福祉に反しない限り」という一定の制限がかけられている。伝染病、感染症にかかった患者を野放しにして拡大してしまった場合の責任はどこが担うのだろうか?
ニュースが垂れ流しされ、誰も何もしないで指をくわえてテレビを見ているような毎日は、この長梅雨以上に確かに気分を憂鬱にするのだろう。

続きは「公共の福祉」と治安維持、ということで次に回そう。

自宅待機や自粛生活から3カ月が経つ。ようやく非常事態宣言が解除され、他県への移動の自由も許され始めている日本だが、この間、比較的時間があり、映画を何本か見る機会ができた。その中で、アカデミー賞のアメリカの60年代初頭、まだ公民権運動も起こらない、自由経済成長が動き始めた移民大国アメリカ合衆国でのある旅行を取り上げた『グリーンブック』を観た。gbGreenBook
黒人の有名なピアニストの雇われ運転手として、遅れてきた移民の代表ともいえるイタリア人に、バンドマンのドイツ系米国人2人の南部を巡る音楽ツアーの物語だ。
Green Bookとは、黒人専用ホテル名鑑、つまり「黒人専用」のホテルのガイドブックのことである。話の内容は、リンクしてあるのでそちらを見てもらうとして、とてもいい映画であった。同時に、この時期だからこそ、いろいろと考えさせられる作品であった。


早いもので今日で6月も終わり、今年も半分を過ぎた。
この半年は、これからの「With コロナ」の時代の始まりなのだろう。多くの「災害」は突然やってくる。今回の感染症「コロナ」もいきなり世界中を巻き込んで、多くの生活を壊し、正常性のバイアスの中で多くの人々は当事者意識がないような感じで、それでいて確実に世界を変えていく。ただ文明や時代が変わるのには相当の時間が必要で、リスクがあろうが元の生活から意識改革できない人間が多くなればなるほど、世界はまだまだ混乱期に入るのだろう。
特に有能な政治的リーダーの不足は致命的だ。「命」の大切さがわかる人間がどれだけ政治に携われるか。自分たちの既得権や思想に憑りつかれた派閥、党利党略などから、世界や地球的規模で自分たちを変える力が求められるのが、これからなのだろう。
人類は利己主義や自己満足の欲望、「経済成長」の神話から解き放たれることができるのか。「新しい生活様式」「ニューノーマル」とはどこへ向かうのだろうか?

さて、日本人のライフスタイルを考えると、近代はチャンマゲから明治維新という「文明開化」の生活様式の変革を経て、当時の欧米スタイルを導入し、多くの価値観を共有してきた。明治維新はわずか4、50年という短期間で封建制度の幕藩体制から世界に通じる近代国家へと進めてきたのは確かであり、世界史の中でも特記すべき歴史のひとつだろう。
だが、ともかく遅れてきた意識は「追いつき追い越せ」という意識改革で「富国強兵」で先進文明国、帝国主義に邁進してきて、経済成長と身の程知らずの植民地を求める結果、わずかの期間に300万人以上の国民の犠牲を生み、満州や中国、アジア侵略という負の歴史も作ってきた。その世界大戦の惨禍の果てに私たち今の戦後世代の時代を過ごしてきた。それは同時に、その戦争責任を次世代としてどう受け継ぎ、また平和憲法と平和国家建設という普遍的人類の使命をどう後世につないでいくの責任を持っている。

しかし、平和国家建設という理想主義を考える前に、食うや食わずの戦後生活は、再び欧米の憧れ、特に米国への従属という占領政策で以前にもまして「経済優先」という「成長」神話で生きてきた気がする。「大きいことはいいことだ」という、小中大という単線的な成長への意識化は、国でも企業でも生活でも同じように広まり、そのための都市への一極集中の文明に支えられた、成長型ライフスタイルともいえるだろう。

「ウサギ小屋」と揶揄されながらも、団地族、マンション族とほぼ同じようなライフスタイルに憧れ、今では地方や災害の仮設住宅までもが同じ発想でしか、「住居」は想像もできない。当たり前のように保育・幼稚園から学校がなければ子供たちを育てる力もない親たちが、あくせく長時間労働に耐え、スーパーマーケットの消費の神話で核家族を支えている。「衣食住」がアメリカナイズされた、それでいて「都市化」のコンパクトなパッケージスタイルで満ち溢れている。

私自身、60年代の青春時代はアメリカンなIVリーグスタイル、70年代、80年代とビジネススーツに朝食はパン、満員電車通勤や余暇はジーンズに自家用車でのドライブという米国のテレビに登場する過程ドラマを生活モデルに生きてきた。企業化された労働と、もはや自給自足する術も能力もない、不能化された生き方で消費社会に満足するしかない。アメリカ合衆国はいいか悪いかは別として、歴史観のなかに大きな影響を与え続けている。

そんな米国で黒人市民が警察に殺される事件を契機に大規模な「人種差別反対」デモが起こり、それは過去にも何度もありながら、今回は「コロナ」という非常事態の中で世界や多くの若者、多種多様な人々へと広がっている。
この動きは、過去の多くのデモや暴動にない動きを見せていないか?コロナというこの価値観の大転換という時期に世界が「目覚めた」とも見えるし、IT革命のSNSパワーの影響とも見える。614
しかし、400年しかないアメリカ合衆国の歴史でも、南北戦争後、奴隷解放からずいぶん経ったはずの第二次世界大戦後の60年代を舞台にする映画に出てくるように、実際には「白人専用」「黒人専用」というホテルのガイドブックが必携だった。
同じように冷戦構造を克服しながら、公民権運動の成果をもってしても、米国に限らず社会はまだ「差別」をなくせなかった。意識改革は長い時間がかかる。偏見や差別は、「貧困と無知」の解決がなければなくならない。

これを考えるには三つの視点がありそうだ。
まずは人権の歴史から考えて、第一に「制度化された差別」という歴史がある。どの国や文明でも勝者が敗者を「奴隷」にする歴史があるのは事実であり、人類史の古くから各文化や国の中に見られる。
古代都市国家でギリシャ貴族たちは自由に哲学を語り、豊かな生活や民主主義がありながら、それを支えてきたのは膨大な農奴や奴隷たちであった。欧米の歴史や日本の士農工商の下に位置づけされたエタ、非人などの差別、最近のロヒンギャなどの云われなき民族差別は古来から世界に蔓延してきたし、今でも存在している。当然、制度化されるという点では統治する政治や政府の既得権とも大きくかかわる。「差別」は現代でもなお、人類の課題でもあるのだろう。

近代の普遍的価値は人類は「平等」だという原則で、国家や「公共」は維持されている。そうした「差別」を克服すべく「制度的改革」を近代国家は目指してきたし、今でも大きな課題として闘ってはいる。教育制度はそれぞれの違いを理解しながら「人類」という共通項を探し出す「寛容」を人々に学ばせる。それでも実際には日常的に「差別」は課題になっているのが現実でもある。
それは第二の「精神文化的差別」ともいえる。「差別意識」であり、「優越意識」である。「美醜」「貧富」「身分」「性別」「能力」など人種や民族に限らず人間に内在する差別意識の克服は難しい。
個性というといいが、身長、体重、ジェンダーなど生来の違いが生むとなると、DNAや遺伝子が違うことから起因する「他者」をどう認識するかという精神性、時代的精神(エートス)でもある。それが逆差別化の問題にまで発展する場合もある。「違い」をどう捉えるか。「区別」でもなく「差別」もない社会や制度をどう作っていけるかという問題でもある。

また、第三の歴史認識から来る、「歴史的差別」という「過去」への認識から新たに起こり、繰り返される課題もある。いわゆる最近の「先祖返り」のような「白人至上主義」や「人種優越主義」「ナチス」などの「思想」問題でもある。
事実としてその「差別の歴史」をどう受容できるか。歴史は常に権力や制度的に繰り替えされ、宗教上の対立する異教徒を差別し虐殺するように、偶像を崇拝したり破壊したりもしてきた。過去の大虐殺をなかったものとして歴史から抹殺しようとする行為そのものが、右であれ左であれ、「差別の歴史」となるだろう。
歴史的に制度化されてきた差別意識は、人々の心の奥に内在化され、深層心理として他者との差を恐れる。人の「共同幻想」は、無意識の中にも「差別」を生む。気がつかないうちに「女は家庭仕事が当たり前」というように、夫婦茶碗が男が大で女は小さく作られていることに違和感もない日常がある。
いつの間にか「当たり前」と思い込んでいることを「パラダイム」というが、今回のコロナでの自粛生活は、家庭の在り方に気づき親父や子供たちが飯を作り家事を代行することで、家庭での小さなパラダイム転換を体験していないか?「子どもは」「大人は」「男は」「女は」と当たり前のように区別し差別してきたことに、知識では「ジェンダーフリーだ」「LBGT」だとわかったつもりでいたことが、小さな事実の積み重ねをすることで改めて生きた知識として蘇る。
でもだからといって、以前『ちび黒サンボ』という絵本が発禁処分になりそうな騒ぎがあったが、行き過ぎた歴史修正主義が、過去の差別をなくす訳ではない。きちんと過去の過ちや自分たちの罪や歴史を検証し、差別の歴史的事実を認め、次の時代への教訓からよりよい世界を目指す「学び」が大切になるのだろう。
いま欧米では過去の差別の歴史や差別主義者を全否定する動きもある。過去の銅像や歴史を破壊することからは差別はなくならない。flag奴隷制度の南部連合の旗が入るデザインのミシシッピ州議会は、両者の対立に終止符を打つべく変更することを決めた。これはドイツがナチスをどう明確に否定してきたかの政治的能力を学べば了解できるはずだろう。そこには「民主主義」という前提が不可欠である。

詳しくは言えないが、民主主義的議会でこれらは政治的にある結論やマナーを再度制度化することで、無駄な対立問題を解消する「コンセンサス」を得ることが必要であり、相互理解と納得する民主的な制度が重要だろう。
手間がかかるが、民主主義こそがその解決法なのかもしれない。そのための「国家」をどう再構築できるのか。これが世界の現代的課題でもある。

公民権運動、ベトナム戦争とあの時代、世界が変わると思っていたが、実際のライフスタイルや日常の意識改革へは、この30年経ってもほとんど進歩がない感じだ。
ある意味で強権で効率的な社会主義国家の、天安門事件というチャンスを武力で弾圧した中国が、民主主義の歴史を遅らせたことを、いつか中国人は後悔するときがくる。
IT革命だって、人々の学ぶスタイルや働き方をまだまだ変革できていない。それでも恐らく、世界は明らかにある方向へ向かうだろう。それが完成するまでに、この地球が持つかどうか?

今回、この「コロナ」のおかげで世界がより鮮明に見えるようになってきた気がする、そんな思いをより強くすることができた映画だった。


1007バラも終わり、梅雨に似合うのは紫陽花かキボウシ。冬に大活躍した薪ストーブを大掃除して少し磨いたので新品に見える輝きだ。自粛のおかげで時間的にはいろいろできるのだろうか?もう少し暮らしを書くようにしたいものだ。1095997
「戦争」は死の商人だけでなく、明らかに一部の人々にとっては今でもビッグビジネスである。同じように世界的な感染症の「パンデミック」も、国家の経済的なリスクも含めてある種のビッグビジネスの機会でもあるのだろう。この場合、ビジネスは国家という枠組みを重要なポイントとする。国家の本領が発揮されるわけでもある。
命に係わる水際作戦や医療体制構築などと緊急経済対策に通常の国家予算の枠組みを超えてとんでもない財政が動かされる。戦争同様、政治家のパフォーマンスも、緊急事態、国家的危機という掛け声で大きな力を持つことができる。
この「パンデミックの世界」を政治家が軽々しく「100年に一度の危機」と口にする。その意味を政治家が本当にわかっているのだろうか?それは政治家にとってはまさに命を賭けるべき転換期である自覚があるのだろうか? 今回ほど、政治家のリーダーシップが問われ、各省庁や官僚の役割、行動力が問題になったことはないだろう。
現代の統治機構が限界にきている。同時に各自治体では新しい政治の風も垣間見えた気がする。小さい単位での自浄作用や対応能力が早かった。問題は集中された予算と再分配にある。もはや、上からの指示や命令なのではなく、自らが課題を発見し、解決する自律的能力がなければ、今回のようなバラバラな対応や指示待ち人間の無能さで感染拡大や学校、社会などの混乱は避けられない。
そして、「新しい生活様式」とは、単なる自粛生活の指針ではなく、人類、人間にとってのライフスタイルのパラダイム転換の時代なのかもしれないという、大きな意味を持つことを私たち自身も考えなければならない「新しい世界」への幕開けである。これからこそ、そのことを考えることが大切なのではないだろうか?

確かに世界史から見れば、戦争と感染症は世界を変えてきた。中世の終わりから近世へ、大航海時代などでのグローバル化でペストというパンデミックの時代が代表とすれば、新しい市民社会の「近代」を生んだ中で、第一次世界大戦で中国発の新型ウィルスを参戦したアメリカ軍がヨーロッパに広め、参戦していなかった「スペイン風邪」という可哀そうなネーミングで世界に広め、戦争を考える20世紀のキーポイントになったというところで100年サイクルぐらいで大きなターニングポイントになっている。この500年余は、グローバル化と感染症との闘いの歴史でもあったろう。
スペイン風邪は戦中ゆえにその「情報」は軍事秘密として歴史からは大きく取り上げられていなかったが、戦後の「国際連盟」という世界平和への枠組みは、同時にグローバル化とパンデミックの対策も視野に入っていたろう。
だが、遅れてきた後発帝国主義のドイツ、イタリア、そして、日本人の「貧困と無知」によって第二次世界大戦という悲劇によって壊され、ようやく現代の「国際連合」という世界の協調主義の枠組みによって実が結び始めてもうすぐ100年になろうかというところだろう。近代国家と国際協調主義は、戦争と感染症という人類が克服すべき課題として共有される。

ほとんどの国家原理がそれまでの大家族的擬制の王国や「臣民」から、新しい富の再分配型の「近代国家」への大革命時代を経て、紆余曲折しながらも「現代社会」は成長してきた。
しかし、近代社会の「自由・平等・友愛」という理念は、自由主義原理の資本主義国家と平等を優先する社会主義・共産主義国家というイデオロギー対立を生み、米ソの冷戦構造のリスクをようやく克服しつつ、また後発型の中国や新興国との新たな冷戦構造を含みながら、それでもここへきての消費社会は「新しいグローバリズム」の重層的な国境をなくす方向へと人類を導いている。

世界は多民族、多文化の寛容性の中で商品社会の「豊かさ」を迎えつつ、国境を越え拡散している。そして、国境を越えたのは民族や人種であるとともに、多国籍・無国籍企業という一部の富や権力の集中でもある。それを象徴するものこそ「都市化」という大都市圏への人口移動や一極集中の都市国家や都市文明ではないだろうか?
今、壮大なヨーロッパの実験でもあるEUは、これら国境をなくし、人種・民族・宗教の混在というグローバル化社会の苦悩を迎え、先祖返りの無知な政治リーダーたちによって世界は再び「国境」と「差別」の多くな課題に直面し、新しい「鎖国」と戦っている。
世界の混乱の原因は「無知と貧困」であるのだろう。言い換えれば、これからの世界や人類は、「情報や知識」相互理解と「コミュニケーション」そして、お互いを尊重する「寛容と信頼」の構築が課題である。

「近代国家」の原則は、主権在民の「コモンセンス(良識)」の共有にある。つまり、人間の多種多様性が育む、人種や民族文化や生活圏、ジェンダーなどの文化、宗教などの文化の違いを認めつつ、共有すべき「価値観」を尊重できるかどうかというという共通認識、暗黙知、「常識」が通用するかにかかっている。

現代的状況はこれほど「情報社会」が発展したのにも関わらず、人々の分断が強まり社会で暗黙知や「常識」が通用しなくなり、国や世界で「コモンセンス」が失われている。大きな視点や思想が求められる時代に、特に大国のリーダーたちの稚拙なパワーゲームに人類は弄ばれているかのような時代でもある。おまけに世界を混乱させるSNS情報社会、ツイッター政治が進んでしまった。

大きな歴史的な流れで培わられてきた「自由・平等・友愛」の人類が共通の普遍的な価値をコモンセンスとして学び、構築する国際協調こそ、宇宙船地球号の中で生き残る人類の道であるはずだ。それを妨げる国家主義者、民族、宗教、人種差別者や自分たちの利益優先の経済優先主義者たちこそ、人類共通の敵であると認識する時代になっていくだろう。
課題は、新しく「人類」としてのコモンセンスをどう共有できるかという仕組みや、それぞれの役割や違いを認めつつ、権力や暴力などによらない、新しいリーダーシップを組織的にどう作れるかということでもある。昔、「孤立を恐れず連帯を求め」というスローガンが流行った時代がある。まさに、あらゆる組織の脱構築、働き方を含めて自律的役割が動けるような、新しい人類の政治的な組織の再編成が実現できるか?ネットワークの時代が来るのだろう。
その世界が実現する、その時こそ「近代国家」という枠組みがなくなる。

現在の悲劇は、世界中が経済優先主義の中で先祖返りのような自国・経済第一主義が台頭してきたことでもある。20世紀の成功体験で大きくなった国家が世界を左右している。
冷戦の勝者であった資本主義・自由主義大国、20世紀を代表するはずだった後発の移民、多様な人種民族・文化の実験であるような米国が公民権で獲得してきたはずの「人種差別問題」は、まだわずか60年に過ぎない。先祖返りの代表のようなトランプをこの時代の大統領にしてしまった。自国を混乱させながら、世界を巻き込んで混迷の時代が続く。SNSという勝手な情報社会がそれらに拍車をかけている。

また、本来は高度な資本主義国家の次に実現されるべき社会主義や共産主義が、遅れた農奴や皇帝国家を土台としたロシア革命や中国で、自由を価値観に民主義国家と共有できない遅れてきた覇権主義で小国と衝突している。
両立させるべき「自由・平等」の価値観はいまだ対立軸にされたままだ。それゆえ一時代前の大国意識での国際協調主義は進展しないだろう。それは今後も遅れてくる新興国を巻き込んでの混乱を誘発する。「貧困と無知」は相変わらず人類の課題としてリスクに残り続ける。

日本が敗戦から73年、女性に参政権が与えられてまだ100年も経たない。私たちが当たり前としている知識や歴史をどれだけの人々が学んでいるのだろうか?「国家」や「人権」をどれほど理解しているのだろうか?「自由」「平等」という価値観をどれだけ共有しているのだろうか。
特にこの20年ほどの教育や社会での共有すべき価値観の分断は何だろう。情報社会での情報不足の時代、ギャンブルやゲーム依存、分断と孤立する大都会中心の一極集中型ライフスタイル。地球を食い尽くす欲望の自由化。他者をモノ同様に扱う非人権的眼差し。本当の幸福とは何かを求めようとしない形骸化した暮らしの中で、目先の利益に夢中になり、生きる意味も分からなくなっていないか。

今回のコロナがそうした人々の気づきになるのだろうか。あるいは社会や国家が制度化してきたことを、学校が休校になった程度で右往左往する国民の「自由と自律」への生き方か、この戦後の時間を改めて反省を込めて見直すことができるのだろうか。
言いたいこと、検証すべきことはたくさんあるが、まずは時代を認識しようか。歴史を見直そうか。そこからしか「新しい世界」を迎える「準備」は構築できないような気がする。

931昨日までにテラスの廃材を使って、前庭の園路を敷いている。モッコウバラも終わり、庭のバラも今が満開だ。953
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早いもので5月が終わる。全国に出された「緊急事態宣言」も解除され、政府からの「新しい生活様式」のススメが国民の日常生活や企業などの経済構造のコロナによる社会変化が取りざたされ始めている。
しかし、次のビジョンを描くためにも現状の分析は欠かせない。それはコロナの「恐怖」だけでなく、その対応からの「不安」であり、その多くは国家という仕組みにあるともいえる。抽象的な「安心。安全」という言葉を何回耳にしたろうか。それがいつ、どう、具体的に何なのか?私たちの望むものなのか、信頼できるのか?それに応えることこそ政治である。

本来は、1月16日辺りの国内感染者が出てから、つまりSNS上での中国での新型ウィルス情報が流れ始めてから5カ月経っている訳で、もっと早いSNS上では12月末には危機喚起が広がっていた。
この間、世界的に、国家的緊急事態に政府や国民がどう対応してきたのかの検証も必要な時期だが、緊急経済対策の「アベノマスク」も全国民に10万円の給付金も届かず、政策の実効性が疑われるような政治状況に世論も憤りを見せていながら、マイナスな指摘や批判よりは、「一緒に頑張ろう!」の掛け声で、何も展望なしで黙って耐え忍んでいるような状況にも見える。
そろそろ本当に経営破綻する店舗や企業、生活苦で配給が必要な家族も出る時期だろう。まさに現実は緊急事態なのだ。安倍内閣の初期対応のまずさは、トランプ・アメリカ大統領やブラジルの大統領並みの無知や認識不足と同じような政権や官僚たちの対応の遅さ、具体化する能力の低さが国家としてのレベルを見せている。コロナによってより明確に見えてきたものが多い。
いつの間にか、新自由主義の経済優先、1%の富裕者が粗野な原理資本主義をグローバル化し、いきなり留学生20万だ、インバウンド観光立国だと何千万にも上る海外からの人口流入。大都市圏の拡大に浮かれていた。開国期の感染症のリスクも考えずに。

常識的には、感染症対策は、海外からの場合は流入を防ぐ水際対策と感染者の特定、隔離だろう。そのためには感染者を少ない段階での早期発見と隔離から治療への準備を行うことだ。それが中国の習近平を国賓として来日させることやオリンピック開幕というスケジュールに追われて、中国人旅行者などが流入、クルーズ船対策のお粗末さで国内に流入させた。

そして、一部の専門家が1月には指摘していた市役所の駐車場や体育館などに「発熱外来」を設置し、PCR検査を充実させ、感染者、軽症者用の隔離施設や専門病院を準備するといった医療崩壊を招かない政策を厚労省が進めるべきだった。いかに感染者を一般の病院へ行かせず、早急なPCR検査と陽性者の隔離を実施すべき体制づくりを怠った。
ところがこの保健所中心の体制は、大きな池に墨汁を垂らすように、検査を停滞させ、どこに感染者がいるかわからない現状に拡散してしまった。もちろん、このコロナが感染しても無症状の患者を出すという特定しにくいものである特徴を持つとしても、発熱など自覚症状が出ても4日も自宅待機などとし、PCR検査を受けにくくし、おまけに地方医療や保健所に丸投げという国としての無策、無責任は大いに責められるべきだろう。

私が知った米国のFEMA(緊急危機管理庁)のICS(緊急災害対応システム)には、パンデミックのような感染症や原発や薬物テロもインシデント(災害)と明確にとらえられている。実際日本の地震災害などでも複合的な、例えば、東日本でのインフルエンザや熊本地震時のノロウィルス蔓延といった避難上での対応もあった。もちろん、米国はCDCといった世界的に優れた感染症疾病センターを有しながら政治リーダーの無知さが現状の感染者、死亡者を出している。米国、ブラジルの感染者数や死亡者数は明らかに「貧困」や人種差別に大きな要素がある。それぞれの国家としての政治問題が、こうした災害時の被害を大きくするのは確かだろう。

現状でも、PCR検査を広範囲に広めない理由としていた医療崩壊は、各医療機関の自主的対応に任せて、コロナ対策に積極的な施設が経費上や風評被害からの経営悪化をもたらせながら明確な支援を怠っている国としての無責任がある。
医療や介護従事者への待遇の悪さ防護服やマスクが不足したり、病院経営の行き詰まりから第2波以降の準備に手が回らないなど、また地域や施設間格差を招いているのは、武器や弾を提供しないで戦えといっている状況である。
医療崩壊はむしろ政府の対応の悪さから引き起こされている。社会的責任感から自発的に頑張ってきた医療関係や現場行政職員、多くの国民の自発性には頭が下がるが、一番そのリスクを共有すべき政治家や国家官僚たちは、現状をどう認識しているのだろうか?ここには制度的課題と共に高級官僚たちの内部的な問題がないか?専門家会議に専門外の回答を要求しての記者会見なども陳腐極まりなかった。

何しろ、クルーズ船対策で防護服も着ていない職員が乗り込み、トリアージやゾーニングも理解していない隔離を続け、2週間の隔離後無症状の国内旅客をPCR検査なしに公共交通機関を利用させて自宅へ帰すなど市中感染を起こさせる対応だった。危機意識の欠如だろう。
おまけに、症状が出た人をすぐに検査するといった対応ができにくい地域の保健所に任せ、陽性者を隔離せずに自宅待機にさせるなど、感染症対応としては考えられない。中国人からの入国者と合わせて市中感染を広げた責任は重いだろう。
市中感染への広がりは感染者を一層見えなくし、緊急搬送や一般外来の患者のリスク感染を招き、普通の病院や医療関係者感染による院内感染、集団クラスターを増大させる。

陽性率の低さ、PCR検査を少なくすることで市中には感染が疑われる人間が広まり、その疑心暗鬼から隔離や分離もできずにあらゆる市中の施設を閉鎖させるという100年前の感染症対策しか方法がなくなっている。学校を休校にすることで、若者や子供たちは大人たちの感染リスクを直接受けることになる。もはや、わずかな感染者の「恐怖」で街は自粛という名のロックダウン(都市封鎖)に広がった。

緊急事態宣言が出されてからの2カ月弱は、実はその前の3カ月もの期間の政府の対応のまずさであり、この間の生活や経営困難に対応できない遅さも大いに問題がある。特にこの長期化は自粛という名の国民の生活破壊を経済的な側面から拡大している。
半年近い無策、効力のある政策実現ができずに、商店や中小企業の破綻を救えない。4月1日の緊急経済対策が全国民へのマスク配布という無能ぶりだった。そして、そのアベノマスクすら届かない現状では災害対応では考えられない、救命・救援どころか復旧期も何もしていない状況だろう。200兆円を越えると声高に宣言する経済支援も今のところ絵に描いた餅に過ぎない。もはや真水での具体的な経済支援をスピーディに国民に回すしかない。

100年に1度と言われる大災害でもある文明の大転換期に、政治が本当にそう思っているのか、世界の人々が真剣にそう認識しているのか、が問われるのだろう。まだ、何が起こっているか実感している人間は実はそう多くはないのかもしれない。多分、多くの人々は、正常性バイアスで、現在進行形の出来事がまだ他人事であり、明日には「元の世界」が来ると信じてるのだ。

政府の出す「情報」は、常に遠い世界での絵空事の話に近い。営業自粛の保障は倒産してからなのか、明日の食費に窮している国民を国家としていつ救援できるのか。電話してもつながらない検査要請や医療物資は誰の責任でいつまでに行われるのか?誰の言葉が「信用」できるのか?どこを「信頼」すればいいのか?これらの「情報」はSNSに限らず国や行政の広報すら「ファクト」か「ヘイク」かという「不安」の対象になっているのが日常だろう。
それでも実際的な感染者や死者数は不幸中の幸いか、他国、特にアジア圏を除く世界的には少ない。経済的に疲弊し、生活苦に耐えしのぐ国民をよそに、現実的には支援金も補償もまだまだ手に渡らない。それでも多くの国民は、諦めずに前を見て、次の時代を模索するのだろうか?

前にも書いたが、こうした状況下では、第一に「情報」であり、第二に「コミュニケーション」、そして、それらが第三の「信頼」の上に、新しい世界が構築できる。
「情報」とは多くが「言葉」などで表現されるが、情報社会での肝は「情報処理」とも呼ばれる。つまり、情報には「裏付け」が重要であり、その情報による結果、つまり「処理」にポイントがある。「来る」といっていて「来なければ」その情報が「ヘイク(ウソ)」だったのか、それとも具体化できなかった途中の経緯、実行力に課題があるのかを「検証」しなければならない。「情報」は「結果・処理」によって「信頼」を担保されるのだ。

コロナ以前からの情報社会での結果は、IT革命が国家に無駄金を使いながら、公文書の偽造や国会での偽証などと合わせて、費用対効果の少ない「使えないツール」を広めたに過ぎない。肝心なのは、中身であり実効性であり、それを生かすも殺すも人間のやる気やリテラシーであることをこれほど今回教えている。革命は人々の本気度や意識改革に担われるものだ。
現在の学校の9月入学問題に、恐らく自民党の政治家や官僚は反対だろう。こんな「混乱期により大変な教育改革などできない」というできない理由を上げ連ねるのが常だ。

しかし、IT教育に費やされた時間や費用はどれだけだったろうか?それでも今回ほとんどが単なる情報でしかなく、多くが中身のない実現性が乏しく、教育現場のIT化には程遠いのいが実態だと暴露された。IT革命の結果がこれだった。いくら時間や費用をかけても「革命」を進めない。多くの現場の言い訳に終始するのが彼らだ。危機感こそ学校改革、働き方改革を進め、日本の大規模な行政や経済界を巻き込んだ構造改革の機会だろう。
だからこそ、このピンチをチャンスに変える力がなければ、大きな改革はできないだろう。あえて火中の栗を拾うような大事業に身を挺する気概がないのが既得権で潤っている現状満足な人々であり、到底明治維新や戦後復興を担うような人種でないことは理解できる。できない理由を口にする役人や政治家にはできないことだろう。復興計画は新しい人々の誕生を待つしかないのかもしれない。

IT革命は、コンテンツなしのハードだけが広まった。今回、各家庭でのWeb授業やネット授業ができないのに比べて、多くの家庭で子どもたちが使ったテレビゲームやお笑いの馬鹿なテレビ視聴の時間は何だったのだろう。SNSが若者や子供たち、学校内でのコミュニケーションにどれだけ貢献してきたろう?ヘイクニュースや誹謗中傷、いじめの道具としてどれだけ社会に蔓延しているのか。
国中にネット環境が設置され、スーパーハイウエイ構想でネットワークが実現しても、実はWeb会議も広まらず、IT教育のコンテンツも不十分であったことが今回理解できた。
若者がスマホ社会の申し子であっても、それはお笑い程度のツールであり、真のコミュニケーション能力を広める活用は未熟である。メールや電話が当たり前になっても、情報は伝わらない。
中身のないテレビやIT活用はむしろコミュニケーション不全症候群を広めている。家庭や会社内での意識改革はできていなかった。むしろ働き方改革どころか、日常生活のクオリティは下がっている。その大きな要因は、ライフスタイルの「都市化」であり、大都会へ一極集中だろう。
情報社会の中身の空虚な時代は、過去の人間の過ちを繰り返す政治家を再生産して、一番必要な「信頼」を醸成しない、不安と不信感の分断社会である。中央政府としての機能不全が、中途半端な分権化、現場任せの貧弱な実態として、しわ寄せが地方に広まっている。
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この現代的な課題を、人類史の大きな枠組みの中で考えよう。
次の時代への展望はそうした作業からしか生まれない。時代が変わる転換期に生きる覚悟をしよう。転換期には衰退する産業や辛い廃業。今までとは異なる生活がある。痛みを伴い、生きることへの本当の「質」、人間の生活のクオリティを追究するする必要がある。
まずは自分の生活を変えることから始めようか。ライフスタイルの革命はまだ始まったばかりだ。

3月20日に「『パンデミック』の世界」を書いて、SNSを遮断しての静かな生活から2カ月が経つ。世の中は新型コロナウイルスの惨禍に見回れている。新たな感染症の時代は突然世界を巻き込んで、この後、第2波、第3派の危機に広がるかの状況へ移り始めているようだ。
少し遅すぎたWHOの「パンデミック宣言」ではあったが、「世界はもう元には戻れない」という発言にあったように、人類世界にはひとつの新しい時代の始まりであり、それは今までの時代の終わりの始まりでもあるのだろう。
この間に、山小屋の正面テラスが腐りかけていたので、屋根をかけ、新築した。記録に改修した写真と途中の工事写真を掲載しておこう。857858
もうひとつ記録するとしたら、工事前後に迷い猫が来ていて人懐っこいこともあってとうとう飼うことにした。三毛猫の雌の子猫で、お隣さんに往診に来ていた獣医さんに頼んで避妊手術やワクチンなどをお願いして、いまでは「ノラ」と名付けて一緒に暮らしている。この子猫の写真も載せておこうか。800

さて、先の「『パンデミック』の世界」では、ライフスタイルの革命が「自由と自律」の問題であり、パンデミックから派生する様々な「インフォデミック」について指摘しつつ、怖いのは「ウィルス」だけでなく、そこから起こる社会的な「世論」や流言飛語、エートス(精神性)の広がりであるということもあり、ひとまずSNSから距離を置くことを決めた。また、「戦後最大の人類の危機」ととらえる欧州の元首たちに比べて日米と中国のリーダーたちのリスク管理の狭さを痛感していた。もはや「○○ファースト」の自国主義では生きられない世界や環境問題を含めてのグローバル世界への覇権主義などの復古調の政治の時代の終焉に気がつかない大国リーダーのお粗末さへの危惧でもある。

国内での水際作戦の不手際やその後の緊急事態宣言に至るまでの状況だけでも書きたいことは膨大になるが、あえて端折ったにしてもこの間、各地方自治体のリーダー、特に全国の知事の顔と政策的な情報をこれほどわかる機会はなかっただろう。
その対極に長期にわたる自民党の安倍一強、お友達内閣の貧弱さや各大臣の政策能力のレベルもわかった。そのことは多くの評論が今後も出るだろうから、ここで述べるほどではないかもしれないが、無能な政治家の「政治理念」より、行政担当リーダーとしての「政策理念」とその実行能力の重要性がいかに大事かも教えて呉れる時間だったことは間違いはない。内閣や国会の茶番を見ていると、分権国家の実現が全く進んでいないにも関わらず、急に現場である地方自治体への丸投げ状態で、現場に放任でありながら、ここへ来ても現場の医療関係者へのマスクや防護服も不足するという国家としての体たらくは、国家のすべきことをむしろ明確にしている。それにどこまで気がついているのだろうか?
国と現場との乖離は、悲しい現場状況を見せつけている。国としては、なぜか「緊急事態宣言」にこだわり国会の時間を奪い、やっと出てきた緊急経済対策がエープリルフールの400億円だかかけてのいまだ届かない「安倍のマスク」という笑い話ばかりだ。無責任に展望もなしに休校対策を始めた文部大臣も、医療現場に武器も与えず感染リスク丸出しの厚労大臣が偉そうにマスコミに会見し、コロナ担当大臣や責任の範囲を超えた専門家会議が首相に代わって答弁する。特別予算や給付金は決まったといいながら現実に現場にはいつ回るのだろうか?
この期間、「国家と民度」というところで国家の本領というか力量も含めて、これからの人類にとっての「国家とは何か」という、近代国家の終焉の始まりの経験は、いつか書きたいものだ。そして、「国民」となる「民度」の「自由と自律」を考える機会を持ちたいものだ。同時に、政治制度としての「国」「県」エリア(「首都圏」といった単位)各市町村を動かす政治システムを過去様々な議論を踏まえて再度検討したい。

その間にも現場は自粛疲れと将来の展望のない感染症「戦争」の中へどんどん巻き込まれている。国家がどう現実的に政策を実現できるのだろうか?
考えてみれば、小泉内閣以降、「IT革命」(ICT革命)といわれ、Eジャパン協議会やSOHO議連などに多少関わった身としては、この20年以上の「革命」と言われた政治家や政権側の実効性を改めて検証したい。
当時、多額の国家予算の中で総務省の官僚は、10年後には東北地方全てが光ケーブルでつながれたネットワーク社会になっていると豪語していたが、9年前の東日本大震災後の公民館での回線の遅さやITボランティアの活動がその頃とほとんど変わってない現実に呆れた体験がある。政治家の理解は一世代前の現実を理解していない遅々とした改革であったことに愕然とした。国会答弁で語られた政治家の言葉(理想や理念)は、10年経っても20年経っても具体化されていないことを暴露し続けている。むしろ現場は退行していないか?
文科省で全国の子供たちにアドレスを渡し、Eラーニングをどう普及させるか、全国550万人の国民にIT講習会を実施、Eジャパン戦略は20年後には既に完成期に入り、首都圏も分散移転し、分権国家として全国はITネットワークで構築されるビジョンをどれだけ議論しただろうか。そのIT社会はどれほど実現しているのか。

現実はどうだ。消えた年金問題からの社会保険庁システム、住基ネット、マイナバーカードとどれだけの予算を投じてきたろうか。ほとんど議論してきた政治的な「理念」や「政策」は実現していない。具体化していないではないか。
今回の総務省の給付金でのネット活用中断で郵送によるアナログで各基礎自治体の職員は疲弊していることだろう。多くの真面目な国民は「自粛要請」で経済的困窮に苦しんでいる。各企業は国家に翻弄されていないか?突然の全国での「休校宣言」は子供を含めて社会的に混乱を助長していないか?
学校では休校で運営から感染症でなくめちゃくちゃな状況で、家庭生活までおかしくしている。現場で学校や教員がバラバラに内職よろしく課題や宿題を作成し、印刷している。検定制度で細かく現場を縛りながら実態は個々の教員の能力に丸投げしていながら、あたかも国家としてのカリキュラムや指導内容がシステマチックに統一されているかのような幻想を与えてきた。IT教育の先進国のように考えられてきた学校現場の時代錯誤のようなアナログは、太平洋戦争の兵士教育を思わせる。この間の膨大な予算と時間はどこへ行ってしまったのだろう。これでは戦争遂行どころか、感染症対策の国家もできない。
政策は補助金を含めて現実化が及ぼす影響、経済や予算化を「展望」して進められなければ、国家の本領とは言えない。国家の力量が試されるのだ。

今回の騒動で、日本の行政の地方格差と学校教育の格差がこれほど明確に理解できたことはむしろ新しい時代には教訓になるだろう。学校はIT教育、Eラーニングどころか、黒板を前に教師が教える100年前のスタイルから全く意識改革すらできていない。何も変わらない地方の役所と学校の存在は、国民の「自律的IT生活」からは程遠い、ライフスタイルも「依存」生活や戦前の「同調意識」での世論形成をスマホやSNSによって強化しているに過ぎない。むしろその「学校化社会」が家庭生活自体を人間らしい生活から遠ざけている感じだ。掃除や洗濯などの親の手伝いや生活力より、先生に言われたことだけの生活、抽象的な「習う」教科、クラスがなければ自立した日常生活をも作れない「不能、無能」状態を加速している。
パソコンが使えない学生が以前より増え、家庭でのEラーニングは20年経っても実現しないばかりか、自律的に学習する力もなくした「他者依存」の精神性を蔓延させた「学校化社会」がより強化されていることを見せている。ギャンブル依存症に近い精神性は、営業自粛のパチンコだけでなく高級官僚の麻雀にまで及んでいる。マスコミの酷さも目に余る。

そもそもアベ首相の長期政権化での国会討論の儀弁スタイルは、ギリシア都市国家時代の空虚な論争を思わせ、その精神性を後退させてきたのだろう。あらゆる退行現象、幼稚化は隅々まで及んでいないか?政治家に始まって「法治国家」の理解力がない。「法治」という哲学がない。行政の長である総理大臣が順守義務のある憲法改正を声高に叫び、「順法」思想を理解できない上に、議論自体をしない論法を広める。まるで漫画を見ているようだ。言葉の虚しさが、この時代の空気でもある。
マスコミも、教師も「試験がないから勉強しない」教えを前提に、刑罰がないから法が守られない世論を形成している。地方議会での条例には罰則規定がなくても守られている例もあるが、法を守るかどうかは「民度」の育成が重要であり、死刑が廃止できない日本では現在の法治国家のトレンドは理解できないのだろう。
「悪法も法なり」といって毒杯を口にしたのはソクラテスだが、「民主主義」を構築するのは「自由と自律」を尊重する法治国家の民である。政治家や世論を形成する識者の見識が求められる時代でもある。高等検察官が賭け麻雀で辞任する時代はその全く正反対の「学校化社会」で育ってきた証拠だろうか。

世界は環境破壊の現実や感染症の現実を直視して、「グローバル社会の真実」に目覚める時代に入るのだろう。人間が「人類」として生きていく新しい時代である。IT関係者の多くは、人類が環境問題と感染症の課題に共通に対応する時代を予言する。人類に共通する課題である。

そのとき大切なのは、正しい「情報」であり、「コミュニケーション」による相互理解、さらにそれらの上に構築する相互の「信頼」こそ最も大切な価値観だろう。それはコロナでのソーシャルディスタンス(人間じんかん感覚)と同じように、まさに「人間にんげん}の基本であり、分断を克服する「社会的存在」としての世界の在り方である。公文書の改ざんなど、この間の政治が失わせてきた政治への信頼感が再生できるのか。まさに再構築のスタートでもある。
そして、まさにその単位である個人としての「自律」しての個々の現実的生活、ライフスタイルの確立である。食べること、住むこと、暮らすことの真実に目覚め、新しい人類として何を考え、優先し、理想をどう現実化できるか、日々実行していくことだろう。そのためには世界の事実やデータ、情報をきちんと学び、同時に過去の「歴史」をきちんと学ぶことだと思う。誰かに依存して平和ボケ、正常性バイアスという私たち自身の他人事意識を変革して、自らが「地球人」として人類の未来を見据えたい。

今の毎日のニュースを見ると、まだまだ日本人は歴史の教訓から学んでいないことを憂うる。親父の世代は戦時特例で繰り上げ卒業させられ、多くの若者が戦争に駆り出された。野球も好きな絵画も勉学も途中で諦めさせられ兵士になった。国民は「欲しがりません勝つまでは」と鍋窯まで国家に捧げ、近所の奥さんや親父から監視され、何かあると「非国民」扱いされる同調圧力の中で、だれも戦争を止めることができなかった。

そうした戦争への道はかなり前から理解できたはずだろう。ターニングポイントは「ノモンハン事件」がわかりやすい。今の状況に似ていないか。偉そうな大臣が国策として国民に強要して、貧乏人のしみったれ戦略で前線に武器をケチり、国民の生活を壊しながら、圧倒的な軍事力のソ連を前に負けた将兵を「弱兵」とののしり、現場の連隊長クラスに腹を切らせてのうのうと次の大戦争へ導いた関東軍や官僚、財閥と政治家の責任を見れば、政治に携わる人間の精神性がわかってくる。
現場では弾も武器もなしに戦闘を強いられ、その無責任、無能さの仲間内をかばい合い、欲得で国家を危うくする政治こそ、終わりの始まりにしなければならない。歴史は常に繰り返されている。今の日本国の現状は、過去の教訓から何も学べなかった日本人の姿でもある。

同時に、パンデミックの世界は自国唯一主義では人類を危機に陥れる。経済大国を含め先進国のリーダーこそ、そのことに目覚めなければならない。少なくともそうしたリーダーを私たちは求めなければならないだろう。その意味で政治が問われる。それが人類への新しい社会的責任でもあるはずだ。新しい時代はまだ始まったばかりだ。国家がどう進み、バージョンアップできるかは、ひとえに国民、市民としての私たち一人一人の民度にかかってもいる。

覚悟しよう。しかし、新しい生活様式は政府や専門家に言われる筋合いのものではない。自分のライフスタイルは自分たちで考えるべきものだ。想像(創造)すべきものだろう。そのために「学ぶ力」が一人一人に必要となる。そのための「貧困と無知」を改善するための世界を希求しよう。ライフスタイルの革命からしか世界は変えられない。
新しいコロナの時代は、そうした変革の時代の幕開けである。確かに、もう元には戻れない。

毎日のように新型コロナウィルス情報で、いよいよ東京封鎖、首都圏遮断とかの段階にパンデミックもなってきているのか?196
一方で多くの若者や子供たちはしびれを切らし始めている話も耳にする。連休は東京の墓参りを任せてしまったが、家族が来たので義母と義姉の墓参りにひたちなか市に出かけた。関東でも一番大きいというホームセンターに寄ったが、さすが従来よりは空いていた。娘の話ではマスコミが騒ぐ割に、学校から解放された新宿や原宿などの繁華街はむしろ若者天国でパンデミックなどどこ吹く風の賑わいだそうだ。
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また、大型イベントに続いて東京オリンピックは延期になりそうな話だが、パンデミックの人命にかかわるリスクより、かけた費用や期待された経済リスク、テレビの放映権など巨額の利権の方が関心が大きいのも不思議だ。世界各国の危機感に比べて初期対応から現状までなんと日本人のリスク意識の低さかとあきれるところもある。多分、2020年春は後で記憶に残る季節になるのだろう。平和ボケと世界を見る目のない日本人だが、オリンピックにかける経費や安倍政権がばらまいた資金でどれだけのアジア、アフリカの難民が救われるだろう。日々どれだけの飢餓があり、温暖化が失効しているのか、考える政治家がいないことが悲しい。
同時にこのパンデミックの世界で、どれだけの人々が「生活」のクオリティに目をやるのだろうか?
ともかく日々の暮らしのクオリティを見直すチャンスでもあり、私自身も日々のブログにも戻りたいところかもしれない。201

さて、今年は晴れたり急に雨や低気圧の強風と目まぐるしい毎日だが、例年になくサクラの開花が早く、我が家でもわずかな桜が咲いて、村や山も春らしい景色に変わり始めている。近隣の家々の桜もきれいに咲いているし、花壇も春らしく明るくなってきたところで、予定が遅れていたが玄関口のテラスの改修工事をスタートさせることになった。198
カナディアンのログでも風雨で30年経って、特に雨ざらしでは持たない。地元木材のテラスなどは10年も厳しい。そこで今回は見た目重視でなく屋根をつけて、恐らくこれが最後の改修だろうかというところだ。186190
まずは昨日1日で解体まで行った。もう少し暖かくなってくれれば作業は早くなるのだろう。どちらにせよ体調回復のリハビリのつもりで効率は悪い。今回はログビルダーのNさんに工事を依頼してあるので、4月前半には完成するだろう。
まだ春が待ち遠しい気分だ。

3月も20日を過ぎる。この時期は25年前の娘の誕生日とオウム事件を思い出す。またいつもなら9年目の東日本大震災の慰霊の話でもブログを書いていたかもしれない。いくらでも書きたいことはあったが、書かなくなると庭造りや農作業のほうに時間を取られてしまい、気がつけば3月も終わりそうで、慌ててとりあえず日記代わりの記録として残しておこう。
ペストのコピー今年は世界的な流行の兆しを見せる新型コロナウィルスで大きな混乱のニュースが話題だ。
SNSで早くから世界的な流行を表す「パンデミック」のことを書いたり、そこから派生する科学的根拠のない情報が大量に拡散する「インフォデミック」に留意すべきだと、同時に2日にはこうしたSNSに加担することからは降りてきた。静かに日本や世界各地の「パンデミックの世界」を見ようとしてきた。本当にパンデミックが起こるのかと。
それがいよいよ現実のものになりそうな状況のようだ。世界中で「第二次世界大戦以降の人類の危機」ととらえる国家元首たちが言う。その中で同時に様々な対処療法や現実認識の差も見えている。どこ吹く風と日常生活を満喫し、対岸の火事よろしく、むしろ「他人の災いは蜜の味」と意識改革できず、現実に世界で起きている事実を見ない人々もいる。想像力が自分たちを変えられるのだろうか?
人類はどこへ向かおうとしているのだろうか?

中学生の時に、「君たちはもう大人だ」と言われ、当然「子供のくせに」というアンビバレントな現実の中で『自由と規律』という岩波新書を読んだ記憶がある。戦後生まれの日本の民主主義の申し子、「戦争を知らない子供たち」である自分たちの自由は、自身の律するところから成り立つという、知識と学ぶ力の大切さを自覚した。自由な世の中はジャンルや地域、国を別にしても自分たち自身が作り出すものだ。それは「自分たちさえよければいい」ということでは実現しない。世界はもはやつながっている。
私たちは戦後の「貧乏」と高度経済成長のオリンピック時代の「豊かさ」を体験してきた。小学校のスタートは学校不足から二部制登校だった。学校に縛られない長期の休みが楽しみだった。親は共稼ぎが当たり前で「鍵っ子」もたくさんいた。私は学習塾へ行ったことはない。親も自由放任だった。誰にも縛られず、ないものは自分たちで作って遊んだ。貧しいながらも豊かさへの「想像力」を養うことができたのだろう。
「経済」は世界を豊かにする大きな力でもある。貧しさを知っているゆえに、豊かさを広めたいという「希望」を持って育った。豊かな暮らしは等しく全ての人々が享受するものである。世界は貧困から脱し、人類は幸せになる。
民主主義は多種多様な人々の違いを認める「寛容」の世界でもある。それがいつの間にか同じような生活スタイルになり始めていた。戦前よりは緩やかだったろうが、同調圧力の風潮が強まってきた。お古や「つぎはぎ」をからかい、貧しいものがまるで悪のようにいじめる者が出てきた。世界が小さくまとまり過ぎて、分断され小異差別化する「ウサギ小屋」で閉じ込められている。富を独占し、格差が拡大する。
世界が分断され、格差が広がりながらグローバル化が加速する。地球が狭くなるなかでパンデミックが起きた。いま、学校や公共機関が閉鎖され、自宅暮らしでストレスがたまると嘆いているニュースを見ると、そこまで「自律」できない人々が増えている「都市化」の現実を実感する。「不能化させる社会」を。

高校生時代に「無知と貧困に関する一考察」という小論を書いた。のちに何かの懸賞論文に応募して賞をもらった記憶もある。私たちは戦後生まれで、戦争を放棄し、戦争をしない平和国家を作り、高度経済成長の担い手になる「期待される人間像」を示された。そこが親父たちまでの日本人との大きな違いであると自覚した。それでも学園闘争は、戦後の政治が傀儡政権であり、このままでは米国の飼い犬としていつか戦争をする国へと変貌する時を予感させた。世界に協調的でグローバルな「人間像」は見失われた。世界に貧困が存在し、人類すべてが豊かになれるだけの富があっても戦争はなくならない。

東日本大震災では災害ボランティアとして東北に入り、地震と津波被害の地と原発事故被害地を巡る旅を体験した。そして、地震や津波という自然現象、単なる「東日本大地震」と「災害」との違いを学んできた。災害対応には、被災直後の「救命・救援」活動と「復旧支援」、「復興支援」という3つのステージがあることも理解できた。
震災から9年、メモリアルは次の世代の「教訓」を学ぶためにある。そして、復興支援には震災前の地域の実情、現実と、それを含めた地域の未来像、暮らしのビジョン、理想像の重要性を感じてきた。「復興」とは世界に通用する地域社会への理想でもあるはずだ。ブルドーザーのような国家による盛り土や防潮堤づくりでコミュニティが再生し、失った生活を取り戻せるのだろうか?
既に震災前から東北では過疎化や限界集落が目立ち、この国では少子高齢化と都市化が国家そのものの姿が歪んできている。理想なき10年計画が、いま生きる70代や80代の住人に帰還できる時間だろうか。もう以前とは異なる世界だ。一度失った地域は元には戻れない時間だ。いまの「復興」とはそれを早める現象なのだ。おかげで見えてきた世界を感じた。

米国が開いたIT革命は、ある意味でパンドラの箱であったのだろう。
様々な現代文明を加速させた。そして、冷戦時代の終焉は、資本主義を原理主義化し、わずかな人間に経済的寡占化を許し、一方で同じような都市化とライフスタイルで世界を広大なひとつの消費地にする。
人々の意識は同じような価値観と文化の類型に集約される。それを誰も不思議と思わない世界だ。それは増大する人類と経済的生活スタイルで「地球」を食い尽くそうとしてきた。そのメリットは現実の豊かな生活との裏表でもある。

ガイア説ではないが、地球が自身を守るとするならばこれからの環境破壊に対して人類に脅威になることを広めるだろう。歴史的に疫病や自然災害がある。それらに対し、人類は神頼みで宗教が流行っても来た。その神への信仰が人類の対立を生み、いまでは戦争の原因にもなっている。宗教が救えるのは何だろうか?
オウム真理教の事件は、東大や医学部出という最高学府の若者が、いとも簡単にふざけたような神格化したおっさん教祖に忠誠を誓ってしまうという宗教の危うさを証明させた。精神的な危機に新しい宗教は生まれる。
彼らはまじめに考える力があったのだろうか。優秀な受験勉強で成績がいいだけで、宗教は解決しないのだろう。
イデオロギー対立の次に蘇る戦争の原因は「民族」と「宗教」ともいわれてきた。自分では変えられるものと変えられないものがあることは確かだ。人種や民族は先天的なアイデンティティであるが、宗教やそれに伴う生活様式は後天的なものだろう。人類は自分たちを変える力を持っている。パンドラの箱の最後に残されたものこそ、まさにその「希望」ということなのだろう。災害と感染症のパンデミックはまさにそのことを教えていないか。

世界はグローバル化する段階で、異なる文明文化や宗教と交わる。この地理的交流は文化だけでなく感染症との出会いの歴史でもあった。既に文明発祥の交易時代から大航海時代を経て、17世紀や第一次世界大戦前後まで、各地域の風土病やペストなど新たな感染がグローバル化するという「パンデミック」が度々起こってきたことは確かである。日本でも幕末のコレラは身近な歴史でもある。異なるものとの出会いは、感染症などのリスクの拡大でもある。グローバル化がローカルな文化生活を破壊し、パンデミックのリスクを常に持ってきた。それゆえ、グローバル化への対応は常に進化すべき重要な政治や政策課題でもある。
グローバル化は一部の風土病や感染症が拡散することは必然でもある。世界はパンデミックを常に受け入れる。違いはそのパンデミックを受け入れる「世界」の体制の問題であるだけだろう。

イリイチは文明史の中で「学校」「医療」「交通」を問題意識に取り上げた。近代の産業社会における人間類型を、近世までの世界史の中に比較して理想を探し続ける手法を教えて呉れた。現代を批判する向こう側に未来への想像力を考えさせる。文明史の中での人類の可能性をそのクリティカル・シンキング、批判的理論は見据えていたのだろう。
子供の頃は「伝染病」ともいわれていた「感染症」だが、まだまだパンデミックはいつでも起こる可能性のある人類にとっての歴史の必然でもある。環境問題で増加する人類をマルサス理論ではないが、中世のペストが欧州の人口を半減させたように、疫病や大災害、飢餓、そして戦争で調整するのだろうか。

現代のパンデミックはいまの人類への警告であり、挑戦、与えられる試練なのかもしれない。「人類よ。お前の知恵と覚悟で変えられるのか」と、大きな文明への問いかけが感じられる。

最近の都市での人々の慌てようのニュースは、今まで言われてきたライフスタイルの「革命」の時代の到来なのかもしれないと思わせる。なかなか実行できない自分たちの生き方の、生活の大きな転換期なのだろう。目の前の危機に目をつぶり、自分たちの「欲望」のままに生活を変えられない人々への警告なのだ。
同時にパンデミックとパニックは異なる。今の日本の長期政権は情報操作や公文書の改ざんなど信頼感をなくさせてきた中での情報社会である。「公共」機関や組織への信頼、情報は誰のものかということを含めて、ITによる直接民主制の確立やベーシックインカムなど国民の生活を優先すべき安全・生活保障政策など、今でもできる政治の力は大いにある。いままであった多くの未来への提言を学び直し、それら理想を実現できる住やまちづくり、地域や国づくりを本気で「考える」時期なのかもしれない。
まさにピンチがチャンスでもあるのだろう。

蛇足だが、学校閉鎖の政策は一番安易で手抜き政策の現れだろう。公衆衛生の隔離は、感染リスクを隔離するか、守るべきものを安全に隔離するかのどちらかだとすると、普段閉鎖社会の学校から感染リスクの高い街中に分散する方が子供たちを危険にさらせないか?
むしろ、「児童疎開」の考え方で、消毒された山小屋や合宿所、寄宿舎にそれぞれの感染検査で確認された子供たちと引率者を疎開させる方がリスク管理ができる。子供たちは広い山や高原でのびのびと学び、散策し、毎日がバーベキューパーティーで栄養の行き届いた規則正しい生活を送れば、運動不足やストレス解消になるのではないだろうか?
ネグレクトや児童虐待、家庭内暴力やいじめ、家庭の崩壊や学校崩壊への対処を根本的に考える機会にもなる。こういう危機的時期だからこそ、子どもたちに田舎暮らしや自然な中での学びを体験できる新しい教育を考えることも大事だろう。覚えても役立たない知識の暗記やいまのカリキュラム、クラス、学校生活より、未来に向けた新しいライフスタイルへ向けた教育改革の絶好の機会でもあるように思える。未来へ向けた子供たちこそ、新しい時代の主人公なのだから。
今のような思考停止の大人たちには本当の「復興計画」は立てられないのだろう。思い切りのいい発想でこの危機を乗り越えられることを田舎暮らしの山小屋生活から祈るしかない。

今日はこの冬一番の冷え込みとかで外は午後のお日様が出ても1度Cという。過去のブログを見るとこの間、雪の時もあったが、今年は今日まで氷も張らず霜柱もないというから間違いなく「暖冬」だろう。地球温暖化が叫ばれ、災害を含めて様々な問題を抱えながら、世間では中国の武漢発、新型感染症で大騒ぎだ。
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ようやく1年近くなり、さすがワークホリックだったが、「毎日が日曜日」に慣れてきた感じだが、過去、自分のためだけに時間を、毎日を過ごしことができるようになったことはない気がする。女房の方は、学生結婚、子供が生まれ、子育てに追われ、仕事との両立ということもあって、今どきの子なら遊べないと不平不満に明け暮れたことだろう。その分、仕事も子育ても終わり、自由になった感じでやはり自分の好きなことに没頭しているようである。
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しばらく西高東低の冬型でなく、雨が多かったりの異常気象だったが、ここへきてようやく少し季節感も取り戻しているのだろうか? それでまも妙に暖かい日もあり、薪ストーブの大掃除などもできたが、今日はさすがに朝から一日点けっぱなしで、先日作っておいた新しい薪棚に、第二陣の薪を届けてもらって大いに助かったところだ。

とりあえず、冬の間は庭仕事、畑仕事は手抜きで、毎日、音楽を聴いたり読書したりと薪ストーブの火を眺めてゆったり暮らしている。そういう割にブログを書く訳でもなく、日が出ていると外で落ち葉を集めたりしている。どうも外で作業をしていると野鳥たちが興味深げに集まってくるから面白い。
9956野鳥に詳しくないので、名前があまりわからないから少し時間ができれば勉強しようかと思う。特に一羽のジョウビタキかと思うのだが、何かし始めると鳴きながら人の近くに寄ってくる小鳥がいる。結構、近くに止まったり、小枝から地面におりてきたりと同じ鳥だと思うのだが、二三日すると可愛くなる。作業の途中でカメラを持っていないときが多いので、偶然、スマホを手にしていたので映した。
次は同じ時に地面を歩き回っているキジバトがカメラを向けたらこっちへ歩いてきたところだ。
9957このハトは、この新しい薪棚のそばの金木犀の木に巣でも作ったのか、夕方になると木陰に戻ってくる。二羽でいたのだが、最近は一羽しか見ない。どこかにちゃんとした巣作りでもしているのか?
また、ログハウスの屋根裏に大きな穴をあけてキツツキが住み込んでしまった。例年、入院やら介護で空き家に近かった時期には、コゲラが住み込んで脅かすと出ていったりしたのだが、今年のは鳩くらい大きく、コゲラより大きく、色もきれいな鳥だった。穴から顔を出した時に目が合ったのに、平気な顔して住み着いてしまった。しばらくコンコンログを打ち付ける音がうるさいので音を出したり、天井をたたいて驚かし、逃げ出したように思っていたのだが、いつの間にか、音をたてないように気をつけながらも住み着いているらしい。珍しいキツツキだ。春の子育てまで少し共生するか?
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この雪景色は昨年の同じ2月の物だが、昨夜はこの暖冬の中では一番の冷えた。夜中、煌々と庭を照らす満月が寒そうだった。ログハウスはさすがカナディアンだけあって薪ストーブ1台で平均20度あり、ロフトは油断すると25度を超えているときがある。それでもこうした雪を見ることはもうないのだろうか。

情報社会になっての大きな変化は、マスコミの位置づけだろうか?
インターネットとSNSの発展でマスコミに触れる頻度や重要性が低下している。まず新聞を取らなくなった。ネットで読むかテレビ、ラジオのニュースで事足りる。テレビの娯楽番組の低レベル、酷さでニュース以外は情報としてはほとんど興味がない。ダメだと言われてもNHKの特集などぐらいだろうか。ますますマスコミよりSNSやネットの方がウエートが高くなっている。

環境破壊から見えてくるもの

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さて、そのニュース情報で話題でもあるオーストラリアでの山林火災がもうそろそろ半年になりそうだ。焼失面積が北海道と同じとから大変な自然災害である。地球温暖化の影響とかで世界各地で山火事が起こっているが、以前もカリフォルニアやカナダまでの山火事の記事も気になったことがある。国境を越えての災害がICSのきっかけになったことなどの勉強になった。

ところが今までの災害と大きく異なるのは、山火事で追われる野生動物の姿だ。家族を亡くし立ちすくむカンガルーの姿や火傷を負ったコアラの姿が映像として心を打った。愛くるしいコアラや小動物を女性や消防士が必死に救助する姿、人のペットポトルからゴクゴク水を飲む姿が世界を流れた。だから大人だけでなく子供たちの関心も集めている。SNSの映像を見ながら泣き出す子供もいる。
オーストラリア固有の動植物が大量に死滅し、それぞれの滅亡の危機でもあるというニュースで、自然災害が人間に及ぼす危機だけでなくその陰に多くの動植物が同じ地域の仲間として危機を共有していることの理解も広まった。
改めて人間が作り出している温暖化が原因で地球の環境危機を招いていることを実感するのだろう。まさに、環境破壊で地球へのメッセージともとれる。一方で国内のニュースはほとんど関心ないようで、オリンピックとインバウンドの話題や国会の汚職であり、日本のマスコミの質がわかるところでもある。

これはマスコミとSNSの2つのメディアの違いをを現さないか。
東京オリンピック開催時間がテレビスポンサー米国の巨大マスコミの都合に合わされたことや、トランプの言動、政策で振り回されている。それに対しSNSを中心に、17歳のフィンランド少女とのトランプ大統領の対立が象徴的である。
PK2019092502100237_size0強大な経済力、軍事力の大国の70歳過ぎのトランプ大統領の大人げない幼稚な批判に、クールな少女の賢い対応が目立つ。
また、「世界の政財界のリーダーらが一堂に会する「ダボス会議」で、温暖化対策を求める若者の運動を世界的に広げたグレタ・トゥーンベリさんがスピーチし、具体的な対策を取っていないとして世界のリーダーたちを批判」というニュースが話題にもなった。
大人たちの「経済優先」に対し、未来の主人公である若き少女の視点には、大人たちの目には入らない動植物や地球の命が映っている。

地域で10年エコライフDAYの事務局を引き受けていたが、マンネリ化する活動では限界域に入り始める環境破壊を止めることはできない。大人の本気度が問われると感じていた。もう既に啓発活動では何も変わらない危機へ入り始めていないだろうか?
ここで今の若者の怒りを世代の分断にしないことも大切だろう。
昔、私たちも「怒れる若者」と言われたことがある。私たちも「30歳以上を信用するな」と分断に力を貸したのかもしれない。今では「OK、ブーマー」の合言葉で60代、70代の「ベビーブーム世代」を信用するなという動きもあるそうだ。
災害で一番被害を被る野生動植物の姿を見る眼差しの人々には、人間同士、世代での対立はどう見えるのだろうか?人類の対立をどう見ているのだろうか?


確かに、八郷に暮らしていると都会での生活では見えなかった多くの野鳥や直物の営みがよく見える。具体的な自然から気づかされることが多い毎日だ。
グレタさんの偉いとこは移動にヨットを使うという活動の細部にもある。現実的な活動スタイルだ。私も小さなエコや環境保護より、ジェット機利用で海外旅行の方がエコでないと思っている。抽象的な理想論だけでなく、具体的な行為や活動の大事さでもあるだろう。
それに反して言葉では環境保護を唱えながら、温室効果ガスを抑制どころか、環境立国で4000万人のインバウンド需要で日本の環境問題を悪化させる政策で、政府全体での未来へのビジョンも出せていない現状がある。そこには経済唯一主義、経済成長の幻想があるのだろう。まして世界の主だったリーダーたちがあからさまに経済効果優先で、その自分たちだけの成長を声高に自慢している。

地球には、この地球を何個も破壊できる核があり、文明がある。一方で全人類を少なくとも飢餓や貧困から救える、そして地球と共に暮らせる文明もあるはずだ。「経済」は「経世済民」という意味では、2100人の金持ちが46億人分の富を独占することではない。環境を破壊して得られる経済成長を可とする学問ではないはずだ。ならば何が問題になっているのだろうか?

2つのメディアの共通点と違い

現代が「情報社会」であることは確かだろう。人類史上で「IT革命」の時代でもある。
そして大手の情報流通をテレビなどのマスコミが担ってきたことも間違いはない。
それに対抗する、この時代の情報流布のツールがSNSに代表されることも確かだと思う。それでいてトランプ大統領とグレタさんの意見がSNSで出され話題になるという面白い現象が出ている。本来はマスメディアと私的な情報ツールという対立軸になるこのツールを使って、大国のトップが情報を出すことがおかしいのかもしれないが、現代政治が安易で個人的なツイッターを利用して動くことが特異な現象を生み出してもいる。言い換えれば「個」と「公」が入り組んだ世界を創り出していることの象徴でもあるようにみえる。

メディアに多少触れた経験では、上司から言われたことは情報の信憑性であり「中立客観公正報道主義」であって、必ず裏を取れ、フェイクであってはならないという戒めであった。多くの人へ情報を流す「社会的責任」であり、「公共」という意識である。それがマスコミ・マスメディアであるということだった。そこに「匿名」であっても「個人」的な責任を負うのが、また組織としてのメディアであった。

それに対してSNSは、当初は言ってみれば私信であるメールや仲間内の「通信」のようなものだった。この「ブログ」のように「日記」的な場合もある。作家や歴史的価値を別とすれば、少なくとも「個人的」なものだ。読んで害を及ぼすかどうかの個々の責任は別として公に問われる性質のものではない。それゆえ「匿名」でも許される無責任なメディアであった。
ところが現在ではSNSの性質が変化している。私的なものでありながら、一方で「承認欲求」からいかに拡散させるか、不特定多数への流布や「いいね!」を前提とする「公的」「共有する」メディアに近いものが登場した。フォロワーや相手を想定した伝達(メディア)ツールになっている。
だから政治家や大統領まで公的な会見、公表でなく私的なつぶやきのようなスタイルでツイッターで発言し、その記事をマスコミが再掲することで拡散することが増えている。だから一部使い方が下手な政治家や勤め人が内部情報の自己開示で問題になったりもする。また、匿名での誹謗中傷が流行る。
つまり、「マス」と「私的」の境がなくなってきた「公的メディア」になり始めている。もちろん、そのプラスマイナスが出てくるし、大国の大統領が思い付き政治を私的につぶやくという使い方が間違っているとは思うが、ツイッターや他のSNSもマスコミ情報と同じように大量の読者を前提にするメディアになっているという点では共通になってきたとも言えるだろう。

社会的責任を考えない私的なつぶやきにも関わらず、否応なく瞬時に大量の人々へ流布されるツールとしてそれは情報社会を支える時代に入った。それは言い換えると「新しい公共」のメディアの登場でもある。
情報によって他者を傷つける誹謗中傷や名誉棄損にあたるフェイク情報でも、ダイレクトに個人が発信できる機能が特徴であるSNSを公的に利用するということになる。だれからも束縛、管理することのない「私的」なメディアは、いまや「公的」なメディアに変貌している。
だから、今後は「匿名」が許されず、アカウントから割り出されるシステムを容認される傾向になるだろう。これは「匿名」を前提とする良さを失い、政治的な対抗勢力からすれば「総管理社会」への流れを正当化する。そうでなければマスコミが持つ自己規制、自立性を担保する「中立客観公正報道主義」を自ら持つことはできないとなり、「国家統制」によって匿名性の「悪」を管理することが「法」の必要性が出てくるからである。今では中国の情報管理が批判されるが、一番の理想的な情報社会として評価される時代が来るに違いない。少なくとも今のSNSの使い方ではそうなる可能性が大きいだろう。果たしてそれでいいのだろうか?

人類と地球の間で何が求められるのだろうか?この問題は引き続き考えていく課題だ。

9785テーマを決めてと言いながら、ひとまず「日記」というところで、八郷暮らしの記録も毎日つけておこう。
高齢者になると「光陰矢の如し」と口をそろえて1日の時間の短さを痛感するようだが、特に冬は全くあっという間に暗くなる。今日は洗濯して薪の準備でもうブログを書く時間が無くなりそうだ。なんだかんだ言ってもブログを書くのに1時間近い猶予がないと続きそうもないが、まずは薪がないことには夜が不安で落ち着かないので、今日はその作業で半日取られてしまった。
八郷で本格的に暮らし始めて初めての冬越しだから、薪ストーブの薪がどのくらい必要なのかはわからないのだが、昨年までもらったりして貯めておいた薪がこの正月で欠乏し始めた。
目の前のヒノキ林や林野庁の杉、県や市が無償提供するという並木の枝など調達する方法がないわけでもないが、以前のような大型の四駆も軽トラもないし、体調が万全でないところで車で出かけたり、薪割もしんどいということで、今までのように無料で光熱費を済ますこともできそうにない。今までも頼んでの謝礼などもないわけではなく、紹介や地主さんにお礼したり、薪割を手伝ってもらうと返って「ただほど高いものはない」場合もあり、結局、人件費のわけで、送料も考えて「買う」という調達を考えている。
9794以前も陸前高田の「復興の薪」やエコからのペレットと同じようにおが屑からの再利用のブリックなどの人工的薪もチャレンジしたことはあるのだが、最終的には送料や地元の間伐材活用からの薪を調達することにした。そこで薪販売しているところで探して、そう遠くない場所の筑波の障碍者支援センターで薪を販売、配達もしてくれるというので、早速頼んで今日届いた。
そこでは「つくほう森」という障がい者たちの自立支援のひとつとしてコメ作りや畑仕事と共に、山の伐採や薪づくりにも取り組んでいるそうだ。
軽トラ1台分(「1りゅうべ」というらしい)がどのくらいの量かも検討がつかないところで、とりあえず在庫であるというAクラスだが、荷台から降ろした薪を何とか必死でテラスの薪台に積んだのが次の写真だ。配達してくれた担当者の若者に聞いたところ、ストーブの大きさや性能、部屋の大きさや使用時間にもよるが、大体これで1か月は持つかというところだった。
9797薪代が無料だったことから、八郷暮らしの方が生活費が安かったのは確かだが、自分の体調が薪づくりは無理だということで必要経費で少しは地域の貢献にもなれればと安心してこの冬だけでなく来年以降も薪の調達には困らなくなりそうだ。
薪は伐採後、水分含有率が少なくなるために数年乾燥させなければならず、大きな屋根付き倉庫や薪割り機などの投資も必要だ。届いたのは今年の在庫で完全乾燥だが、まだ完全乾燥でないものを自分の薪小屋で来年度分として調達したり、自分たちの施設で使うレベルの悪い安いものもあるそうで、それがランク付けされているという。Bランク、Cランクは安いので、今度は2t車で頼もうかと考えている。
薪棚や薪小屋を準備して来年分野その先まで伐採したものをまとめて購入という方法もありそうなので、また、お米や他に協力ができることもありで、少し長い付き合いができればと思う。

さすが完全乾燥に近いAランクの薪だけあって今までの燃え方よりは燃焼力が違い、かなり暖かい。薪は落葉広葉樹のクヌギ、コナラ、サクラなどミックスで種類は選べないが、やはり、杉やヒノキのような針葉樹は燃えやすいわりに持ちが悪く、その割の温度が高く燃えるのでストーブを痛める可能性もあり、今までの外で雨に打たれて、特に今年は天気がいまいちが続くので、まだ少し残っている丸太があるのだが、わざわざ湿った薪を使わずに、早く薪棚を準備しようと思う。
9768今日は久しぶりに天気もよく、温かかったが、日が暮れると急に冷え込んできた。これから風呂入って夕飯の用意だ。

9757_0今日は新年1月7日、七草粥ならぬ残り物のカブを入れての御粥を食べた。三が日は家族が来て泊り、恒例の初詣に出かけて、雨引観音から筑波神社でお参りしてきた。おかげでぐったりで今日まで寝正月だった。いつもは出雲大社にも出かけるのだが、渋滞やら混雑での体調を考えて今年は控えてしまった。
ブログもあっという間に半年も書かずじまいだったが、今年こそは原点に返って「日記」としようかと思っている。見返すと確かに記録になり、SNSのようにフローでなく自分のためのボケ防止にもなり、備忘録としても便利だ。だから誰も読まないとしても書いておくことに意味がありそうだ。
2020年は東京オリンピックの年であり、冗談でなく2回目の東京オリンピックは見られないかもしれないと思っていた時期もあったが、もう少し寿命はありそうだ。親父は大正、昭和、平成と3つの時代を生きたが、私も昭和、平成とこの令和の3つの時代を生きることになりそうだ。
9758そこでいつものように徒然なるままになどと気取っていっても実はダラダラ、思いつくままに書いてきたところだが、少しテーマを決めて考えることにしよう。ハッシュタグでもつけて分類しようか、読む人のことも考えて見やすくしよう(読者もいないのだが)かと考えている。
テーマは、とりあえず思いつくままだが、7月に引退のお祝いをしてくれた仲間たちのことを思い出しながら「市民活動」のこと。特に最近のこと、総括を含めて行政との協働事業のいくつかをまとめたい。
順不同だが、次に我が家のファミリーヒストリー。そして、恩師の思い出など、出会ってきた思想や学問のこと。それにせっかく「八郷暮らし」と題しているのだから、この八郷という場所やログビレッジの過去など、紹介できればといったところか?また、思いついたら項目を増やせばいいだろう。
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ともかく、意外と外での仕事に追われて文を書く時間がないので、いつものことだが、文献や資料を調べる、構成や推敲することもなくの誤字脱字、勘違いありの書きっぱなしに近いと思うが、「記録」としてあとで手を加えることもできると考えて、今年こそ三日坊主にならないように定期的に書く努力をしよう。
引退に当たって全ての役職や組織などのブログ、ホームページをやめたはずだが、いくつか残ったものもあるので、そちらも後継者が出ないようならばなんとかしなければならない。
もう少し、何とか間に合わせのいい加減さが続くが、仕方ない。その辺の近況報告もできれば書き込むか?

4月から始まったログビレッジでの隠居生活も最近は全く自宅に戻らず、めったに家族も来なくなって半年近くになった。この間、いくつものテーマをブログにしようと思いながら、毎日の生活に追われてパソコンに向かう時間もかなり減っている。晴耕雨読で天気が悪い日はといいながらそれもなかなかできずにもう9月も終わりになりそうだ。
8141若い時からワンゲルや単独登山で自炊も苦にならないし、お袋、親父の介護生活で洗濯も掃除もわかっているつもりだったが、庭造りという男仕事と家事労働という「暮らし」を実際に続けてみると、趣味で気楽に生きてきたことでは考えなかったことにいくつも気がつく。
土台、男は外での仕事優先で、家での仕事や生活をいい加減にしてきたと反省するとともに、女房や女性たちの大変さを理解するいい機会にもなっている。
イリイチに学び、『ジェンダー論』や『シャドウワーク』で、「家事労働」「支払われる労働と支払われない労働」など概念的、頭では理解してきたつもりのことも、実際に体験してみるとそもそも人間が「生きる」ということは何かといった哲学的な問題であることを再認識させられる。

戦後日本の「核家族化」では、過去の「大家族」やご先祖様から受け継ぐ「文化」などを知らずに生きていることが多い。好きなテレビ番組にNHKの「ファミリーヒストリー」があるが、実際、我が家でも曾祖父や母方の細かな家系をあまり聞かずにそれぞれ他界してしまったが、今の人は案外、家族の歴史や自分のルーツを知らず生きている。
田舎の旧家なら今でも続く家の文化や歴史がわかる家もあるのだろうが、多くの都会人には既に調べる術もなくなっている。最近ブームの「墓じまい」もそこにあるのかもしれないが、我が家の歴史についても一度ブログに書いておきたいものだ。親父もそうだったように高齢者になると「自分史」に関心が出る動機はそんなものかも知れない。
老舗の家業を継ぐとか、代々の優秀さや地位などを受け継いで学者や政治家などの家系もあるだろうが、当たり前のように文化や歴史、伝統を学び、引き継いで行ける家庭も少なくなっている。特に戦後世代は、わずかな期間の歪んだ軍国主義の歴史のおかげで、占領政策からの自虐史観、過去の歴史そのものの全否定から正しい歴史観を持たない人間が多い。

実は歴史の大事な点は、歴史学や学校で学ぶ国史、英雄物語や政治史でなく、現代をどう生きるべきかを考える材料となる先祖の生き方、暮らし方、文化や所作にまで関わるライフスタイルや生活史を知ることではないだろうかと思う。それは同時に概念的知識的に理解するだけでなく、実際に暮らしに生きる「知恵」でなければならないはずだ。自分の父親や祖父、曾祖父や先祖がどう生き、どこで暮らしてきたのかという自分のルーツの歴史である。
実際のところ日本人の半数は「流民」であり、PLバーガーという人の『故郷喪失者』という本があったが、私自身、茨城県生まれ東京育ち、神奈川県に本籍があり、埼玉県川口市に住民票、およそ38年余りの仕事人生では戸田市が故郷なのか、災害支援でかかわった福島県川内村が心の故里、この「八郷」が第二の故郷なのか自分でもわからないが、もっと深い家族の歴史、先祖の歴史から考えれば、都会人の多くと同じに「故郷喪失者」だと思える。
故郷がないということは、先祖や周囲の自然と共に生きる場や暮らしがわからないということなのだろうか。その意味で故郷喪失者とは都会人というところで、都会暮らしと田舎暮らしの対比で考えることもできるのだろう。
多くの識者がそのことを指摘もしているが、最近の自然災害で感じることは、実は田舎暮らしも都会暮らし同様、都市機能、電気、水道、通信といったインフラなくしては維持できず、ライフスタイルや生活の知恵の在り方はそう違いがないようになっていることだ。逃げ場のないコンクリートジャングルなら、インフラが止まれば生活できない、猛暑では熱中症で生命の危機すらあるのは理解できるが、田舎暮らしはもう少し生き延びる術があったように思えるのは幻想だったのだろうか?

8137田舎と都市の差がなくなってきたのは、歴史的に「学校化」で国民教育が人間の標準化と共に文化や暮らし、ライフスタイルも同一化してきたからだろう。ラジオやテレビに加えて、ネットの普及はそれを加速させてきた。「情報社会」では、もはや文化的な地方格差や地域の違いは少ない。方言も駆逐され、どこの地域の学校や駅の建物も同じようなものだ。人々の情報量に差は少なく、人口移動も頻繁に自由にできる。

その意味で人類はまさにローカリズムでなく、グローバル化している。企業や学校に限らず、スポーツや地域のメンバーにも外国人が増え、横綱も陸上も、サッカーやラグビーチームも日本人だけでなく在日外国人であふれている。この「類的存在」としての同一化はいいことだと思う。自分たちと異なる人種、民族、宗教や生活スタイルからの差別がなくなり、ローカルな文化や暮らしを尊重しながらグローバルな仲間として共に生きる社会こそがまさに未来の姿だろう。これからの課題は、それぞれの異なる格差や個性を認め合いながら、同じ人類として共に生きるアイデンティティをどう確立していくかということだ。

しかし、その流れの中で忘れてはいけないことは、暮らし方、ライフスタイルがどうかということだろう。これから後発地域や国が、過去の先進国のような地球資源の使い方での高度経済成長が可能かどうかを考えれば、最近の子供たちのデモや主張(スウェーデンの16歳の少女 グレタ・トゥーンベリさんが始めた「未来のための金曜日」運動での環境問題を大人に訴える抗議活動のことだ)にあるように、大きなターニングポイントを迎えていることも間違いない。貧困や戦争、原発などの国際政治リスクを考え、それぞれのライフスタイルでの「都市型」暮らしを見直す時期になっている。それが未来から抗議を始めた、子どもたちの反乱でもある。彼女の活動は、未来のために金曜日に学校を休むことでもある。大人がその活動に寛容でいられるか、支援するまでできるか。今度は大人が問われている。

環境のいい田舎に暮らしながら、都会と同じライフスタイルや価値観で生きていく人間が多いのはなぜだろう。ここに故郷(田舎)を捨てて都市に集中するという将来への危機感がある。「情報社会「交通化社会」は誰もが自由にどこへでも移動できる。不便な田舎を捨てて都会に出ることは止められないだろう。地方は人口減少で限界集落化や朽ち果てていく運命にある。人類の多くは大都会に集中して都市化の大きな課題の中で生きていくことになるのだろうか?
子どもたちに、本当に生きるということは何かを教えているのだろうか?学ばせているのだろうか?同じくイリイチの本に『不能化させる専門家』というのがあった。専門家もまた不能になっている現代、学校に行くこと自体人間として不能にされていないのだろうか。

8138八郷の山小屋で暮らし始めて、不便さは感じない。人力で庭造りしながら、業者に頼んだり、ユンボが1台あればと思うときもないわけではない。それでもこの過程が大事であり、完成した姿はあくまでも個人的な自己満足でしかないだろう。また、死ぬまでに完成しても子供たちが受け継ぐとも限っていない。フクシマで見てきたのは、先祖から伝わってきた田畑や農家、丹精込めて開拓した農園やバラ園が、わずか10年を待たずして野生動物に荒らされ、見るも無残に廃墟になり、自然に戻る姿でもあった。
それでも敢えて言うならば、それが人間の営みであり、そもそも暮らし、生きるということはそういうものであるのかもしれない。それを忘れて学校で学ぶことは何だろう。田舎でもクーラーがなければ生きていけないという。親父も私もクーラーなどなくても暮らしてきた。本当に暑い日があれば水風呂で涼んだ。もちろん、都会人の別荘のようなもので、本格的自給自足ではないが、田舎暮らしを満喫もできる。むしろ、近所の「百姓」ほどのスキルも知恵もなく、知らないことばかりで情けなくなる。

毎日、飯をどうするか、洗濯や掃除をすると色々とアイデアが浮かぶ。家の配置をもっと生活しやすく設計すればと反省する。皿も洗えず、畑の仕事もできないで、テレビを見たり、受験勉強だからと言い訳して家事をしなかったツケが回っている。楽して涼しいところで娯楽にうつつを抜かしていないで、しっかり生きなければ人生がもったいないという年齢になったのだろう。
生きるということは、金を稼ぐことではない。生きるための仕事をする、暮らしをするということに他ならない。つまり、働くということだ。その根本的なことに気がつかされる。まさに、「家事」だ。家事労働とはやらされ感がある言葉だが、自分で食べることが幸せであるように、自分のことは自分ですることこそ、幸福感に通じるのかもしれない。
半年の暮らしでのまずは感想だ。

8186時間が経つのが早い。光陰矢の如しで8月も後半だ。7月の梅雨はまさに雨続きで、すぐに猛暑、最近では30度以上が当たり前、35度もといった感じで動けず、ここへきて秋雨前線の前倒しかというまた雨続きの毎日だ。この状況は地球温暖化による自然、環境の変化の始まりの予兆なのかもしれない。
それでも今日あたりは涼しくて、久々に1階のテラスで時々の雨を眺めながらスマホやパソコンに向かっての休日気分を満喫している。どうにか「毎日が日曜日」という引退生活に慣れてきたところで、しかし、計画の作業も進まず、腰が痛くて室内の片付けもままならないのでブログ(日記)にもう少しまともに取り組めばいいのだが、子供時代からの絵日記以来、本当は日記が苦手なのかもしれない。

何とか8月は改めて政治、特に戦争について書き留めておこう。もちろん、このログビレッジのこともとも考えているのだが、Facebookで、最近の子供や若者が「8月15日を知らない」ということやマスコミも暗い話題は避ける傾向があることが採り上げられているので、真面目に考えて、少しまとめたいと思う。

続く写真は、頑張っているバラが咲いたので、残りはいつもの2階テラス席、燃やそうと整理している資料に懐かしいイリイチ研究や小冊子「リベルテール」が出てきたのでのものだ。本文には関係ないが、暮らしの様子を知らせるカットに。
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さて、最近の世界情勢では、日韓問題と香港の大規模デモが第二の天安門事件に発展するかといったところだろうが、もう一つはこの間、米国の「アメリカ・ファースト」宣言のトランプに始まる対中国、対ロシアなどでの戦争準備のきな臭い世界と、ついこの間までの「移民」、紛争、戦争での避「難民」の増加や受け入れという、「グローバリズム」に問題が大きい。ここではそれのさわりということで「戦争」と人口移動について、また「国家」について考えたい。

Fbでもブログでも「気分はもう戦前」といったことを書いているが、まさに、細かな雰囲気は「戦前」、それも第二次大戦前だけでなく、第一次世界大戦前も含んでいる気がする。
私たちは戦後生まれの「戦争を知らない子供たち」と言われた年代だが、中学校で日本の「軍歌」の歴史を自由研究に選んで、秋に模造紙で作って発表したことがある。動機は、親父が音楽関係の仕事をしていながら、酔っていざ口ずさもうとすると「歌える唄がない」「どうしても軍歌が出てきてしまう」と嘆いたことからだった。
これは余談だが、戊辰戦争での軍楽隊や「宮さん宮さん、御馬の前でひらひらするのはなんじゃいな?」から昭和の戦前、戦中まで、20曲位を取り上げた。戦意高揚の官製から聞き方によっては反戦歌かといういくつかの面白い論考にもなったような気がする。

話を戻そう。東京の下町戦後世代としては、それでも親父も従軍して、身近にも戦争体験者が多く、駅に出ると傷痍軍人の募金が日常にあった。まだ大きな工場が爆撃された瓦礫を片付けつつ子供の遊び場の空き地も残っていた。
小学生の頃、だんだん東京タワーができつつ、高度経済成長が始まり、街は変化し始めてきた。それが一変するのは東京オリンピックだったろう。東京は多くの復興需要やオリンピック需要の「出稼ぎ」労働者や集団就職の新住民であふれかえり始めていた。小学校低学年では校舎不足で二部制だった。午後出のクラスは昼に登校、給食を食べてからの授業だった。中学の教員はほとんどが復員兵上がりだった。まさに戦後だった。
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学生時代まで太平洋戦争はまだ生々しいところで、資料も少なく調べたり研究するのに第一次世界大戦がいい材料だったのかもしれない。
第一次大戦前は、近代の初頭、産業革命の影響で田舎の古い共同体が崩壊し、都市部の工場への人口移動の時代でもある。ちょうど東京の状況に似て「出稼ぎ人口」の増加で多数の方言が飛び交う雰囲気は当時の欧州を実感させる感じだった。

そこでの結論は、様々な人種や民族の混住に必要なことは、言語コミュニケーションだということだった。そこでザメンホフ博士の人工的国際語「エスペラント語」に興味を持った。
この状況は簡単に言えば、産業革命でのあらゆる産業の工場化で、人手を必要とする時代。地方の田舎、古い人間関係の共同体の解体で人口が都市に集中、生活が「都市化」する。都市化の内実は、従来の「あうん」の呼吸で理解し合える人間関係の喪失、孤独な存在としての都市人間の登場だ。

そのバラバラの人間集団をより効率的に効果的に「産業人間」にするため「学校化」がスタートする。この『学校化社会』はイバン・イリイチの著作だが、ここから同じ制度化としての「軍隊」「刑務所」「病院」などが「国家」に取り入れられる。いわゆる「近代国家」の時代だ。

そもそも近世までの西欧では、キリスト教権力と世俗の王権、貴族社会との二重権力構造の国家では、地方分権の封建制の領主が国家であり、法王と世俗の王がその上に君臨していた。だから国民は当然農奴や家来的な意識で、十字軍遠征などでは領主の財産によって貴族と傭兵のような軍隊が組織され、戦争に駆り出されたが、長引く戦いで法王の権力が衰退、世俗の王国が残ってきたところで、よく出てくる大物貴族、領主、例えばハクスブルク家など歴史に出てくる一家がそれぞれの実権を握っている。
その意味で国家は私的なもので、まだ「公」とか「公共」といった流れでの国家ではなかった。

そこで近代のいくつもの市民革命で登場する「近代国家」では、学校化での「産業」市民という共通言語や「国民意識」による教育が必須になる。ここで従来の田舎、地方での多種多様な方言やルールの共同体意識は「国家」「国民」に統一、標準化される。まさに「ナショナリズム」の誕生である。

第一次大戦前後の近代国家は、ある家系の流れであり、その統治上の権威が重要で「王権神授説」のように、神話という物語が大事になる。
レマルクだったかの小説に、前線で塹壕の中で兵士たちが「どうして俺たちは戦っているのだ?」という問いに「俺たちの女王とあっちの王様が喧嘩したのさ」という返答があり、「そんなら俺は関係ない」と逃亡する話があった。つまり、まだ国民は「臣民」や「赤子」と呼ばれる偽装された大家族制度の「王(様の)国」の住民だったのだ。
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ところが、第二次大戦前後になると、その原理の国家と、王制が倒され民主制国家が登場してくる。世界の秩序は混在してはいるが、ようやく民衆の皇帝が出てくる。その発端はフランスのナポレオンであり、終焉はドイツのヒトラーと言えるのだろうか。
ともかく近代国家といいながら、前時代を引きずっていたのは、むしろ国民側の意識や政治制度への参画方法であり、「国家」による様々な共同体からの統合、多くの国民が自分たちの国家であるというイメージづくりに大きなポイントが移ってくる。ナショナリズム高揚の時代である。

ナショナリズムには「国境」が重要となり、自分たちの領有権のある領土意識が国家の前提になる。次に自分たちの小さな共同体でなく、抽象的な自分たち、バラバラな多種多様な人間をつなげる「絆」、言い換えれば「同胞」や「国民」意識を高める効果が必要になる。そこで同じ「言語」、「民族」、「宗教」などに括り付ける国づくりができる。
そして、過去の王や貴族に代わり、国家という「聖なるもの」に、一般の国民も同一化できることで「自国」意識が醸成される。自分たちは農奴や下級人民という卑しい存在でなく、国家を支えるものであるという新たな共同体への帰属意識が完成する。「近代国家」の完成である。
おまけに「我々の民族は優秀である」とか「特別である」といった「選民意識」で誇りを持たせるなどの神話が求められる。解体されてきた共同体から都市に再編成された多くの国民は、その孤立から大勢に共感させる強い国家が求められるのだ。国家は国民によって再編成されることになる。国民はその「共同幻想」で国家を支える存在となる。
そして、メディアや学校によって、国家に尽くすことこそ国民の最大の価値であり、軍人として戦争に参加するイメージの浸透が図られる。戦争によって国家の領土拡大に貢献し、国家のための戦死は無上の光栄となる。まさに国家のための死が英雄であり、美徳としての国民が生まれる。先陣を切るのは名だたる貴族や王でなく、無名の戦士であり、国家にとって無名の死こそ意味があるのだ。

このあたりで戦争の方法も大きく変化する。それまでは法王、貴族や王の富や財力による軍隊が、大きな戦場での「会戦」方式であり、持ち駒がなくなった方が負けとなるチェスや将棋のようなスタイルだった。
会戦が終われば死者や負傷者を収容し、夜間は戦わない、農繁期は戦わないなどのルールがあったが、異教徒や異文化との戦争でだんだんとルールが壊れていく。フランス革命やアメリカ独立戦争で市街戦でのゲリラ型民兵と「おもちゃの兵隊」よろしく隊列を組んだ正規軍との闘いもあった。
同時に、戦場以外の「アジール」といった教会など後方の非戦闘エリア、避難場所が科学的新兵器の登場、発展で大きく様変わりし、戦場と化した。長距離攻撃が可能な大砲や飛行機などの発明によって戦場や非戦闘員の場所との境がなくなったのだ。
むしろ、戦場より離れた兵士の家族の住む都市や国土を破壊する方が精神的効果も大きい。後方にある兵士の支えになる家族が住む都市や補給基地の攻撃が有効な戦略となる。破壊力の大きな武器や戦線の拡大は、軍隊だけでなく、国の全ての力を結集しての「全面戦争」「全体戦争」となる訳だ。
その背景には産業革命での工業力、国民による徴兵といった国や社会、経済の「総力戦」である。結果的に全てがあ戦場化し、相手国の「占領」や大量殺人、果ては「ジェノサイド」(皆殺し)が行われることになる。戦争は軍隊や兵士だけでなく、一般の国民を巻き込むことが当たり前になってくる。

実は、こうした「聖なる国家」について文化人類学的に研究した人がロジェ・カイヨワであり、その『戦争論』について偶然だが、NHK講座8月で取り上げられている。残念ながら見損なったので、またの再放送を期待したいところだが、番組を紹介しておこう。来週の最後の回ぐらいは観たいところだ。

続きの話は、現代的状況である。―ナショナリズムの変化

戦前、田舎の地方から国の中央、都市への人口移動が近代国家のはじめとなり、「国民意識」が醸成されたこと。そのナショナリズムが、国家への忠誠、国家のための無名の死に要があり、それゆえ、どこの国でも「無名戦士の墓」などのが象徴的に祀られることに意味があることになった。
特に国家主義者には重要な訳である。日本でも近代になって「靖国神社」はそういう意味の装置ともなっている。死んだら同じところで祀られる神となることでイメージ化される。
いいかえればそこに「考える」余地はない。無私の公的存在としての国民の象徴であり、そこに異を唱えること、考えようとすることはまさに「非国民」となる訳であった。国家は「戦争」を必要とする装置の集大成でもある。それは国民を無名戦士の生贄とする、リバイアサンであるのだ。

戦後、こうしたナショナリズムを克服すべき人類は世界の融和を志向する。国際連合やEUはできるだけ国家や国境の壁を越えて、「国民」でなく「人類」という、お互いが「個人」としての「地球」という星に生きる理想の社会をイメージする実験でもあった。
しかし、いまのところ成功する目途が立たない。あくまでも「インターナショナル」といった大小バラバラな近代国家の寄り合い所帯であり、大戦での戦勝国が幅を利かせる不完全な国際間の組織に過ぎない。相変わらず、言語上、イデオロギー、民族や宗教の無理解や対立を解消できない。

しかし、現実的歴史的な状況は、民族大移動に匹敵する移民、難民問題に「近代国家」は翻弄されている。経済的格差が各国の都市化を促進し、国家間でも大都市を持つところへ人口移動が始まっている。実際には共同体が崩れたように、国境の壁が乗り越えられている。
今後、人類の多くは大都市に集中するだろう。多くの先進国では多種多様性を持つ国民との共生が現実化している。もはや単一人種や民族、宗教の近代国家は風前の灯火になる。どんなにトランプが人々を分断し、国境に壁を築こうが、移民や難民は国境を壊して国家は緩やかに壊れていくのだろう。
いつか国民の総入れ替えで、恐らく未来はいまのような国家は少数派になる予測も出てくる。特に日本のような極端な少子高齢化で人口減少が、多くの移民国家となる。もはや現在のようなナショナリズムはなくなり、せいぜい地域社会のローカリズム=特色としての地域独自の個性を現すものに過ぎない。ダイバーシティが当たり前の世界が必ず来る。国は多種多様な国民によって直接的に運営される。
国家がなくなる「グローバリズム」は、様々な「ローカリズム」との両輪として人類の統一、「エンパシー」を醸成し、先住民族や少数民族の独自性も担保しながら世界をネットワークして「人類」「地球人」という、大きな枠組みの意識化に成功する必要がある。

未来はITやAIによって言語的課題は克服され、コミュニケーションの問題はなくなるだろう。様々な種類の住民が同じコミュニティに共存共栄し、それぞれが自分たちの暮らしを支え合うことができる国づくりが行われるはずだ。彼らはIT活用で自分たちの意志を直接政治に反映させる直接民主制が当たり前の時代になる。

近代国家が必要とされた「戦争」は、一時期、AIによってロボットが人間を殺す時代を通過するだろうが、それも人々のコミュニケーションと新しい共同体形成で、国家間の侵略も領土問題も克服され、彼らは他者に対する「寛容力」を持った「地球人」として、世界平和に貢献するようになる。

そのとき「国家」はなくなる。
誰かが多くの国民を支配し、富を独占しようという政府は必要なくなるだろう。

だが、富の分配や独占、寡占化を求める欲深い人間、自分だけよければいいとする人間がいついなくなるのだろうか?まずは世界の富を欲する商人=政治家を各国のトップから引きずりおろさなければならない困難な道が続く。当面は他国の領土をめぐって武力や経済的紛争が続くだろう予想もできる。国民は政府のプロパガンダに騙され、民衆が積極的に独裁者や戦争を求める世論がねつ造される。不完全な民主主義は、政府という名の富と権力をほしいままにする一部の人々に操作される。

そうした富の偏在を要求する「国家と戦争」が欲しい人間が存在する限り、この話はユートピアに終わる。
近代に育った人間がいつまで生きるのだろうか?特にこのしばらくは、米国のトランプ大統領などのような民主制からもヒトラー的な独裁者が世界を混乱に導くリスクはある。
第二次世界大戦での被害者でもあった中国やロシアのように、遅れて登場する覇権主義の亡霊のような大国も生き返る。いくつもの先祖返りの国家主義が台頭し、国内の少数民族を迫害し、過去の過ちを繰り返す可能性も大きい。


まだ人類には経験知が少ないのだろうか?浅はかな体験や過去を何回繰り返せば学ぶのだろうか、目覚めるのだろうか?
よく現代人がタイムマシーンで戦国時代に行って、「武田信玄さん、上杉さんとの戦はやめましょう」と説得して戦争を止められるだろうかと話題を出すことがある。同じことは、習近平やプーチンの中国やロシア、その他のアジア、アフリカの紛争地域の政治的指導者も同じだろう。戦争を推進するキャラクターに当分は左右される。まずはそうした「皇帝」の「国家」を解体する方が早いのかもしれない。人類が本当に賢くなるには、その時間がもう少し必要なのだろうか。

それでも人間の意識が急激に変わるターニングポイントが近い気もする。未来はそう遠くないのかもしれない。それが人類への希望でもある。そういえば昔、新評論から『人類の希望』という本を出版したことがあった。

そんな「真夏の世の夢」もこの辺でとりあえず終わりにしておこうか。

akatomo今日、8月15日正午、終戦から74年目の戦没者追悼の式典がテレビから流れる。参加者の戦争体験者世代が2割を切る。戦争世代は確実に減少している。
我が家でも既に戦争を知っている世代はいなくなった。一方で、国が戦争体験者からの語り部の引継ぎを事業化して語り部を養成しているというニュースが流れた。戦争の記憶を受け継いでいくことが難しい時代に入っている。

この数年は東日本大震災の被災者(地)支援のボランティアをやってきた。戦争と自然災害は全く異なるかもしれないが、被災者の置かれる位置は似ているのかもしれない。そして、いつか世代が代わり忘却の中で風化されかねないことも。
そうさせないには、人が「歴史」にどう向き合うかという知的な課題があるように思える。
人は具体的な経験や体験を語り、聞き、共有することでひとつの歴史を受け継ぐことができる。その「記憶」と「記録」を引き継ぐのである。それを時間が難しくする。

昨晩、NHKでフィリッピンの「残留孤児」の特集番組を観た。
残留孤児というと中国からの引き上げで日本人の子供たちが置き去りにされ、戦後何とか帰国も果たした長い経験がある。ところが、中国大陸だけでなく、東南アジア諸国で様々な残留孤児という症例がようやく日の目を見始めている。父親が日本人でフィリッピンの妻とハーフの子供たちが残留しているケースだ。
父親の多くは家庭から現地召集され、終戦で強制送還、あるいは戦死したりして、妻と子供たちが残され、戦争協力者、「日本人」と呼ばれ迫害され、中には集団自決した例もあった。
子どもたちは日本人である戸籍や出生証明などを焼却し、その存在や記録を抹消して生きてきたという。

日本国の遅い対応に現地で健気に支援するフィリッピンのNGOの女性が、彼らを発見し、日本人の親族と交流させたりする努力には頭が下がる。
ここでの残留孤児の記憶と記録の回復は難しい。なんの罪もないわずか4歳、5歳の子供たちに大人たちの対応はあまりにも厳しい。戦争がまだ過去のことでなく、今なお引き続き大きな現実であり、彼らの戦後が終わっていない。戦後の日本人はそうした事実をきちんと共有すべきだろう。「無知」は悪である。


上の画像は90歳でなくなった父の遺作となった「自分史」の記録である。今では簡単にワープロで作成して100部ほどが簡単に自費出版できる。PDFで読めるようにしたので、小学校などの授業で使えるといいなと思う。何かの資料になればと思い、ここにアップしておくことにした。「この世界の片隅に」ではないが、身近な人間の戦争時代の記録である。

昔、お盆で田舎に帰省する何人かの知り合いと話したことがある。その時、意外と親族のこの時代の記憶を伝え聞いていないことがわかった。うちでも親父は盛んに自分史を書いたり、子どもに戦争時代のことを語って聞かせたが、母はほとんど伝えなかった。自分の体験や経験を語り継ぐことが少なかった。
これは実は多くの日本人の家庭のあるあるなのかもしれない。歴史を引き継ぐというのはそう簡単なことではないということだろう。
NHKの好きな番組に「ファミリー・ヒストリー」があるが、案外、自分の家族の歴史を知らず、関心もなかった著名人も登場する中で、日本の家族主義や「家」概念がこの戦後で崩壊し、喪失しているのかもしれないと感じることも多い。それは歴史の語り部の危機でもある。

できるだけ、父や母から聞いた話はこのブログに書いたり、これからも思い出し、記録するように時間を作りたいと思う。
親父は大正14年生まれで、昭和元年生まれでもある。そして、二十歳で敗戦を経験するから、昭和と同じ年齢だとよく生前に言っていた。昭和20年が二十歳だから74年を足すと生きていれば94歳だった。

先日の京都でのアニメーション・スタジオ放火事件では、34名に上る死者と同数ほどの重傷者の被害が出ている。折しもNHKの朝ドラで日本の東映動画という創成期の若いアニメータのドラマをやっていて、その働く姿や内部を想像できるところで、そうした有能な多くの若者が一瞬にして命を奪われたことに言葉もない。大きな憤りを感じる。
keion恥ずかしながら、子どもたちには叱られそうだが、京都アニメーションが「京アニ」という略名で世界的にも有名で、日本の宝ともいわれる数々の作品を出していることなど全く知らなかった。
防災の面からは1階に逃げ場(非常口)や窓も少なく、らせん階段が煙突の役割をする建物で、そこに40リットルのガソリンをまいた放火はあっという間にナパーム弾でも落ちたような状態であったことは、通常の火災での逃げ場を失う時間すらなかっただろうことも理解できる。
こうした犯罪から社会を守るにはどうすればいいのだろうか?

そして、犯人自体が重傷で(火のつけ方から当然だろうが)動機の解明もまだまだでこれも数少ない情報からの推察でしかないが、予断を許してもらえればここ最近多い人物像が想像できる気もする。
「自分だけが被害者」「損をするのはあいつらのせいだ」という「被害妄想」が心を支配している。他者を差別し攻撃することでしか自分の存在証明が得られないのだ。
そして、社会の境遇、生活の「格差」が広がっている。分断社会が広がっている中で同じような精神性を持つ人も増えているような気がする。
「サイコパス」というアニメで分類されるような、人間類型が本当かどうかは別にしても、文明国に限らず、そうした破壊的行為や無関係に近い他者を殺傷する行動を行う人間は必ず存在してきた。
これは過去から未来への人類の永遠の課題なのだろうか?

ここには人間の「アイデンティティ」の問題が潜んでいるような気がする。「類的存在としての人間」が他者との関係において自己を確立し、「自分=人間」として社会の中で生きる。
それは常に他者の存在の中である種の「幻想」として生きるということでもある。母、父、家族といった単位から学校、街や国に至るまで人の間の中で成長する宿命でもある。
「幻想」とは「想像力」ともいえるだろう。そこから生まれる「感情」とも。自己を確立する過程の絶対的「依存」「信頼」「共感」などと共に、異なる他者への「区別」「差別」「羨望」「憎悪」などの感情を育みながら、「関係」という社会性を学ぶ記憶や記録でもある。
ある時は母の思い出、幼い頃の体験、成長過程での経験で、人は様々な感情を抱きながら大人になってくる。少なくともそうして自己規制を学び、他者との共存、社会との共生をしながら生きるはずである。それが「家族」「社会」「国家」といった「共同幻想」であることは間違いないだろう。

人類はそうした生き方を長い歴史の中で「文明」や「文化」として共有し、現代社会での国際的な価値を認め合うところにまで来たが、素朴に考えればそれを学べなければ、人は知らない他者を「敵」と認識しても不思議ではない。人は他者を訝り、脅威に思い、差別するのは本能であるだろう。
それでも小さな部族やコミュニティではそれらを共有することで同一性を幻想し、同時に異なる部族やコミュニティとの「差」においてその補強をすることで関係性を強化することで維持することを続ける。人は集合体の中で生きる以上、本能的に「差別」を助長するのだ。だから小さな単位においてすら年齢の差、性差、貧富、位などで「差別」を作ってきた。自分たちを特別だという「共同幻想」が「差別」を生む。
同じ「人間だ」、仲間、同性、同人種、民族、国民という「同一性」は、それを担保する異なる人々との「差別」を抱え込むというアンビバレンツな本能を持つ。

まさにそうした「差別」をなくするには、男尊女卑の遅れた野蛮な社会に生まれた、ノーベル賞受賞の少女、マライアさんが言うように「1本のペン、1冊の本」から、つまり学ぶことからしかない。人類は学校やそれに類する機関をつくることで他者との共存を学んできたのである。
そうしなければ、その文明の違いの人間との出会いが広がるグローバリズムは不可能であり、すぐさま本能で生きる「動物」になってしまいかねない。いや動物より「幻想」を持つ存在ゆえにもっと恐ろしい行動ができる存在になる。それが人間ができる「戦争」「ジェノサイド」という「殺人」行為だと言えるだろう。

natuzora人間は「想像する動物」である。想像力は学びから芽生える、本能を克服するのも「学ぶ力」だが、先祖返りして本能のままに生きようとするのもある種の学習や教育でもある。多くの国家の歴史は、国民教育の中で「同一性」を学びながら、為政者の欲望に左右されて、性や民族、宗教など様々な要因を理由に「差別」を学習することで発展し、同時に「戦争」を起こしてきた。そうした結果がようやく「人類」「地球」という大きな枠組みの「人間」という類的概念に到達し始めている。それが国際連合といった機関の誕生でもあったはずだ。だが、ここへきて様々な先祖帰り現象が起きている。あの多民族多宗教の人工的な国家であるアメリカ合衆国においても「自国優先」「アメリカ・ファースト」が台頭し、世界各国に蔓延している。
特に現在の「学校化社会」においては、あらゆる国においても制度化された「学校」「社会」の中で自身の境遇は他者との競争から生まれる「格差」や「評価」として自己の存在を定義せざるを得ない。現代社会は過酷な「生存競争社会」でもある。
「勝ち組」でなければ幸福な世界は共有できない、落ちこぼれで「無能」な存在として自己が他者から否定されるのだ。そう押し付けられるのだ。当然、動物としての防衛本能が目を覚ます。

動物としての防衛本能は、あらゆる自己否定を強制してきた他者の存在を「敵」と見做して攻撃的になる。そこには「共同幻想」でなく「被害妄想」が行動指針となるのだろう。もう人のやさしさや言葉の力は届かない、他者を傷つけ、破壊する暴力しか手段や方法は思いつかなくなる。言い換えれば人間ではなくなる。まさに孤独な存在なのだ。
その意味で現代は「孤独」が蔓延する社会でもある。しかし、それが自己中心的な「被害妄想」になり、他者を現実的に攻撃するまでには大きな飛躍があるだろう。それはそうした攻撃的な「感情」のコントロールだ。自己を抑制し、他者との協働、共感を持てる「想像力」ともいえるだろう。相手が憎くて「殺してやりたい」と思っても実際に行為に及ぶには、もっとのめり込める何かが必要なのではないだろうか。

戦中の中国戦線で「鬼兵」と呼ばれた日本兵の話がある。片田舎の日本の農村に生きる、優しい父親や普通の青年だった農夫たちが、言葉が通じない中国人というだけで戦地で強姦、拷問、殺人と残虐非道の数々を行う、まるで人間でない存在になっていく姿でもある。
それは「戦争」という状況下にある社会での人間の姿である。戦争に勝たなければならない。戦争に役立つ兵士でなければならないところで、彼らは「当たり前の」行為としてそう追い込まれた結果としての蛮行である。その状況ではやむを得なかったという人もいる。後悔し、自責の念で戦後を生きた人もいる。だが、当時の彼らの熱狂的な行動は表裏一体の精神、常識や常軌と紙一重の差の精神状態だったとも言えないだろうか?

今回の事件の背景には、実は多くの日本人が抱える時代的な共通する精神構造があるように思える。熱狂的なファンの心境である。同時に孤立する精神は勝ち負けに固執する。その対象が映画や舞台であれ、アニメ、ゲームや今日の選挙や、スポーツ、受験勉強であっても同じような行動に至る場合、その攻撃性が自分に向けられるか、他者へ向けられるか。あるいは冷静に、感情を抑制し、行為を自粛するか、「気がつく」かというところで犯罪行為には至らないのが大多数であるだろうが、時代の空気感を共有する精神性を「時代のエートス」という。それはまるで「気分はもう戦争」というところに似ていないだろうか。

ここで粗削りな暴論を言えば、人が戦争を遂行する行動力はどこから生まれるかということである。それは背景に権威と権力という大きな力がある。「神が死んだ」という西洋の近代は、全てを支配する神からの精神的分離であった。「個人」を現す英語が「神の世界から切り離された(分断)人間」を意味するように、多くの国や地域は神話から解放された。神の国での戦争(宗教戦争)の多くは、異文化や異教徒の出会いから始まる。
しかし、多くの国や民族での宗教はいまでは恐らく形骸化し、寛容性を持ち始めている。それは人類史にとっては必要であるだろう。だが、同時に人は神から見放されて、内在化していた他者(神)の目からも分断されて、他の心のよりどころを求める。それがフランス革命以降の良識(コモンセンス)であり、人の善意(良心)であり、それらを共有し信頼することから作り上げてきた「民主主義」という政治的手法である。それが近代国家の原点であったろう。
同時に、世界は国際的な世界大戦を通じて、それぞれが持っていた権威を失い、経済至上主義にもなっている。経済優先の弱肉強食では、どんな形であれ勝つことに意味がある。そこでは自分たちを戦争に駆り出した権威も権力弱まって自由を得たが、心の支えである「内省」する時間も失う。各個人は分断され「敵」は神や政府などの権威、権力が教えるものから個人が自分で判断するものへとなった。それは「道徳」や「倫理」よりも勝負に勝つことが大事な社会だ。

どんな社会でも長老や何かしらの権威があったが、それらがなくなると個人の判断力が重要になる。例えば、戦前はヤクザの世界でも仁義があり、親分子分の道理や権威が縛ってきたものが、特に戦後のどさくさで戦前の文化は地に落ち、第三国人と称された異文化の人々との出会いの中で強いもの、勝者の論理がまかり通った。それは「勝つことが正義」であり、まさに「仁義なき戦い」となる。
昔なら親分や兄貴分といった権威が抑制した無謀もなくなり、「チンピラ」「ガキ」といった無分別な行動規範でも勝つことで無理が通り、道理が引っ込む事態になった。また、日々の暮らしでも教師や警察といった権威は意味がなくなりつつある。いい悪いは別として私の子供の頃は親に、「そんな子としていると先生に(お巡りさんに)言うよ」と叱られることがあったが、今の子供には通じないだろう。だから実力行使しかない時代である。

そこへきて自省の効かない子供文化はゲームなどを通じて考える前の「脊髄反射」のような行動に出やすい。戦前の軍事教育は多様な文化や習慣で育った地方の農民を、恐怖と暴力で考えずにそうした精髄反応のように攻撃や蛮行ができるように訓練するための様々な工夫がなされていた。イリイチが言うように「学校」「軍隊」「病院」「刑務所」は同じような人間類型を生む装置であり、人の心に育て生むはずの行動原理は失われ、誰かに見られて処罰されるという「一望管理体制」の中で「人の目」になる。そこではまさに訳の分からない「承認欲求」に価値が出る。不特定多数に自分を開示し、ポイントをゲットする、人気を集めるいことが重要になる。それがゲーム脳と呼ばれる正体なのかもしれない。

言い換えれば「自省」して大人の行動が取れる人間は減り、反射神経で動くような事件が増える訳である。いい歳の立派な社会人が、駅前で肩が触れた程度で簡単に殺人を起こす。好々爺のはずの高齢者がつまらないクレームで店員にお土下座させる。昔なら自制の効かないチンピラとヤクザの世界でもさげすまれた行動を、誰もがいつ起こすかわからない時代でもある。いままさに群衆は分断され、いつでも戦争を起こせる精神状態に追い込まれていないか。

それを現代では政治が助長している。トランプ・アメリカ大統領の「自分ファースト」の潮流や、「気に入らないなら出ていけ」という有色人種議員への差別発言に影響を受けている多くのプワーホワイトは、まさに気分はヒトラーを見ている戦前の同化されたドイツ民族のようだ。「差別」を不思議に思わない分断は、人を孤独化させ、自分たちの境遇を他者のせいにするという「被害妄想」に毒されている。
世界がそうした精神性との闘いの中に向かい始めている。そこには爆弾を腹にまいた自爆テロの殺人者が街の中に潜む分断され、疑心暗鬼の恐ろしい「差別」の世界が待っている気がする。

話が変るが、先日、来日外国人の女性が「剣道」修行の中で、武道はスポーツではなく「人間性」を育む、「人間形成」の「道」、学ぶプロセスだと語る映像を見た。剣術は元来、刀で切り合う試合、殺し合いの「術」から一度しかない「命」を大切にする「剣道」へと進化した、実に人間的な「学び」の方法である。だから相手に敬意を表し、「勝って奢らず、負けて悔やまず」、勝利者がガッツポーズなどもっての外で、相手の尊厳に配慮するのが試合である。人を打つという行為から「打って反省、打たれて感謝」ともいい、試合は「残心」という相手に思いを至るところまで終わらないことが重要とされる。

剣道では「素振り初段」ともいわれ、実際に相手はいなくとも素振りや型を訓練し、相手を想像する練習法がある。礼に始まり礼に終わるゆえに、現実に対戦するまでに孤独な自分だけの修行が重要だとされている。それは剣士たちが実際の真剣勝負で命をやり取りしたことからの教訓でもあるだろう。
勝敗は実際の命のやり取りで明確になる代わりに、命を失っては取り返しがつかないから、「想像力」を最大限に生かしてのルールを明確にしようという道徳でもある。その審判の判定には当然、誰もが納得するように感情もコントロールできるように学ぶのである。それが負けても「感謝」できるという、心の鍛錬が生まれてきた。そこに剣道の神髄がある。

闘っていながらその敵である相手に心を配るという剣道には、一見、相手を打つという暴力に見えながら敗者へのいたわり、「残心」という心配りがある、ある種の「やさしさ」がある。そのためには誰にも頼らない自分自身のトレーニングによって心身共に鍛えるという大きな特徴があるのだろう。そこが剣道の魅力でもある。

今回の事件の犯人も、多くの追っかけや熱狂的なファンの一人だったはずである。わざわざ遠くから弔問に来る、花束を手向け墓前に涙する若者との差は何だろう。同じような想像力がいつの間にか相手を攻撃する憎悪に変り、「自分だけが」という被害妄想が現実社会での加害者にしてしまう。
それは実は潜在的に今の若者や多くの一般の人々に共通する時代のエートスだとしたら、私たちは自覚的に時代に眼差しを向ける必要があるのではないだろうか。どんなに夢中になっても、どこかで覚醒し、冷静に、感情的に左右されないセルフコントロールの「自省」する学びが必要である。

人のアイデンティティは他者の目、人の眼差しを意識することなのかもしれない。他者の目を自分に内在化する。アニミズムの原始宗教であれ、それが神であれ、お天道様であれ、「誰かが見ている」と想像することで、人は世界に一人しかいなくなっても「人間」である。例えば深夜の森を恐れるのはなぜだろう。様々な動物の鳴き声や風のざわめきにさえ、「誰かいるの」と想像してしまう。ロビンソンクルーソーのように孤島で生きてもオウムを飼い、擬人化して会話をする。どんなに孤独でも誰かの存在を想像するようにインプットされた存在なのだ。
確か志賀直哉の短編だったかに「小僧の神様」という小説があった。三畳間の孤独な少年があるとき、もう一人の自分が天井の片隅から自分を見ていることに気がつく。まるで映像カメラで自分を撮っているように自分自身を俯瞰しているというものだ。自分を客観視して、自分の行為や行動を他者の目で見ているという。これが今やカメラの隠し撮りでネットに公開できてしまう時代になった。本当に他者を盗撮できる文明が自分の姿を意識できない、想像力をなくす世界にしているのか。

どんなに孤独な状況になっても、実は人間は自己認識ができる動物である。神や他者の存在に頼らずして自分の心の中に自分を見つめるもう一人の自分を発見できる存在なのだ。その「もう一人の自分」は恐らく男でも女でもなく、人種も民族もない、抽象的な人間だろう。それが心の中の「天使」と「悪魔」の問答であり、その時分に語りかけることこそ「内省」という体験でもある。
わずかな犯罪であれ、例え子供の万引きですら、人は欲望に溺れる前に、他者を傷つける前に、自分に問いかけるはずである。それを育み、そうさせない力に抵抗しなければならない。それを感情のコントロール、悟りと呼ぶのだろうか。人間が人間であるために、その共通性を自覚する学びが大事なのではないだろうか。


世界での人口の流動化は今後加速するだろう。国家の盛衰も大きく、「日本国」も人口減少で様変わりする。今の移民や難民問題は、明日の人類の共有すべき課題である。「自分たち」だけが特別に生きられない世界が来る。人種や性別に差別が持てない、総力戦の時代になる。人は孤独には生きられないのだ。
今でも陸上や柔道やバスケットで話題の有力選手が外国人名でも登場してくる。人種もそれぞれでもそれを日本人の代表として応援しているではないか。
いまや黒人であれ、黄色人種であれ、白人国家だったイギリス人、フランス人としてオリンピック、サッカーのワールドカップに参加するグローバル世界である。その世界の歴史や現実を見ない、なんともお粗末で学習していない世界的指導者に、アメリカ人は目覚めてほしい。同じ精神性が世界を覆う前に。

今日は参議院選挙の投票日である。社会の強者に対しては自分の1票など無意味であるとして投票しない若者が増えているとも聞く。その背景にはこの「孤独感」とどうせ何も動かないという「被害妄想」がないのだろうか?まだ放火犯にはならないが、気分はこの犯人と共通する精神性を持っていないだろうか?私たちはこの事件の犯人と紙一重のところに立っている。彼はどこかでもう一度自分の心の声を聞くことができなかった。それ以前の孤独と被害妄想に「人間」としての自分を見失ってしまった。そこには「希望」を持つ、人間の姿は見えない。

全共闘世代には懐かしいが、「連帯を求めて孤立することを恐れないが、闘いを恐れて孤立することを拒否する」といったようなスローガンの落書きがあったのを思い出す。その時代のエートスは似ていようが、大きな違いがあったのだろうか。それは同世代への最後の信頼であった。人類への希望である。それがあれば決して人間は孤独ではない。

もちろん、たんなる幻想であったのかもしれないが、その幻想が社会を作るのも確かだろう。本能のままでなく学ぶものへの希望を込めて思いを綴ってしまった。
若者に立ち止まって考えてほしい。そして、亡くなった若いクリエータたちへの哀悼の念を込めて。
安らかにお眠りください。

また、参院選がスタートする。テレビでは各党の政策、選挙戦の展望が流れている。
今日は私の誕生日でもある。朝から家族や知り合いがLINEやFacebookでお祝いを送ってくれる。もうめでたい年齢ではないが、有難く受け取っておこう。引退を機にこうしたSNSもROM(Reade Only Member)になろうとしたが、どうも面白そうな内容に反応してしまう。

実は7月5日にここまで書いてあっという間に時間が過ぎてしまった。今日は15日、三連休の最終日だ。引退して「毎日が日曜日」の暇な時間になると思っていたが、この二三カ月の山小屋暮らしは超多忙でのんびりブログを書く時間もない。晴耕雨読ならぬ、梅雨で天気が悪いおかげで久しぶりにパソコンに向かっている。

「田舎暮らしはそれほど暇でないし、毎日があっという間だよ」とは聞いていたが、実際、都会と違ってコンビニもスーパーも近くにはないから計画的に買い物しなければならないし、現在のところ独居老人ゆえ、洗濯、飯の支度と庭造りで追われて、部屋の掃除や遺品整理どころではないでいる。女房の有難さや毎日の掃除、洗濯、料理と女性の大変さがよくわかる。家ではお恥ずかしいところだが、娘や息子も上げ膳据え膳で生活力を育てていないでいかに楽な生活を過ごしていたか猛省している。これでも薪割りの心配はない分冬より楽だが、早寝早起きでなんでも自分でやるしかない不便な毎日だ。都会は便利にあふれていることも痛感する。

さて、そんな毎日でのニュースソースは、新聞もないのでテレビ、ラジオとインターネットだ。これだけでも最近のマスメディアとネット(パーソナライズされたマスメディア?)情報を比べたり、海外のニュースとの違いなど話題には十分だろう。それぞれのメディアがどんな情報を伝えているか、どれが真実か、フェイクなのか、情報の発信だけでなく受け手としての情報ということに関してもいろいろと田舎暮らしゆえの感じ方も出てくる。
子どもの頃から映画やドラマも好きで、B級だろうがC級だろうが、とりあえずは見てしまうくせがある。学生時代は女房によく「時間の無駄」と叱られた。

死んだ両親が茶の間のテレビの前でよく口論していることがあったのを思い出す。若い頃、二人とも映画関係の仕事をしていた。母は映画館経営者の娘で根っからの映画好きだった。下町生まれの人情に弱い、涙もろい女性だったからドラマや映画の主人公に共感してよく泣いていた。すると親父が「よくこんなんで泣けるな」とちゃちを入れて母が邪魔するなと怒るという訳だ。

親父は映画制作の仕事の関係からドラマや映画に共感するというより、その制作や撮影現場を想像していろいろとケチをつける。黒沢監督のように場面に邪魔な風景があると直してしまうような場合もあるが、制作費の少ない作品では、時代劇なのに端っこに電柱や電線が映っていたり、時代考証や衣装が変だったりといい加減なものも多い。そこを見つけると上映中でもああだこうだと説教を始めるという訳だ。母にはそれが許せない邪魔ということだが、本当のところ、親父は映画やドラマが好きではなかったのかもしれない。物知りゆえの説明が邪魔して、物語に入り込める共感力がなかったのだろうか。

この両親の影響ですぐに同情、共感、共鳴、感化されやすく、それでいてどこか斜に構えて同じ行動が取れないへそ曲がりともいわれた。子供の頃、母が講談社の少年少女文学全集を仕事帰りに1冊ずつ買ってきて、それをよく読んでは涙した。あるいはスパイ容疑で拷問される小説を読んでは寝床で太腿をつねって自分は耐えられるだろうかと想像したこともある。学校での予防注射や目の検査で他の子が痛そうな様子や瞼をひっくり返されるのを見ているだけで涙が出たこともある。だから映画好きでも、腕や首が飛んだりするホラー映画は嫌いであまり見たことがない。
親父は戦時中、十代で国を憂いるあまり、「その思いがあるなら銃を取れ」とばかりに志願して陸軍航空隊に入ったことをよく話した。私自身もベトナム戦争で無残な子供たちの姿に「この写真を見て何とも感じないのか」という先輩たちの言葉でゲバ棒を持った経験がある。だが生来のへそ曲がりな性分で、のめり込み、火炎瓶や爆弾まで行かなかったのは幸いだった。言われるがままに行動できるタイプではないのが救いだったのだろう。
ここで「共感」する「想像力」を考える。というより誰かの姿に「共感」できるのには「情報」が欠かせない。その情報や知識をどう捉えるか、信じるかということなくして、想像することも難しいだろう。
日本語で「共感力」という言葉は英語では「シンパシーsympathy」と「エンパシーempathy」という二つの言葉があるが、私なりの解釈では前者が文章の種類での感動を中心とする「文学的文章」というところで、後者は論理的に納得させる「説明的文章」に近いものではないだろうかと思う。どちらもそれによって行動できるかは別として、無批判に情に訴えかける感情的感傷的な主観的情報と、クリティカルにどちらかというと科学的論理的、客観的説明できる情報の受け取り方のような違いだろうか。

二つの大学で「文学部」と「法学部」に学んだが、時代的な体験からも前者で公害問題や戦争などの被害者救済活動にのめり込みながら、法学部で前半は法律を学ぶことで、単純なシンパシーからでは社会的な問題が解決しないことを学んだ。
例えば法律相談で、悪徳家主に立ち退きを迫られる高齢者に憤慨し、何とか借地借家法で救済をと悩んでいると、教授からその姿勢を指摘された。あくまでも法律は中立・客観・公正でなければならず、一方の意見だけではなく双方の意見や状況をとらえることの重要性だ。
人が人と対立し、同時にそれを人が裁くという裁判においては、感情に左右されず冷静に、情報を分析する、当事者に納得させる必要がある。感情が先にあるのではなく、法が先にあるのが法治国家であるということらしい。
同時に、それを前提に社会的なルールが重要であることは間違いないが、時には「悪法も法なり」で、法律の限界はあるし、それゆえ「立法」する政治もまた大切であるということだ。それがエンパシーによる解決法なのだろうか。

どうも少しまとまらい内容になってしまったが、実はこの数年間「あしながおじさん」よろしくウガンダの少年の学資援助をしてきたが、その少年の親の都合でエリア外に越すことになり、援助を終わりにしたいと担当のNGOから知らせが届いた。ウガンダが今でも政情が不安定な国ゆえ少し心配したが、そういった理由でなくむしろ親の仕事関係でということで安心すると共にもう中学生になる年齢まで支援したということで区切りをつけることにした。
アフリカの子供への共感や想像力は、乏しい情報から得るのは難しい。同じように、現代の地球でどんな共感力や想像力が大切なのか、全ては情報の力や量にかかっているのだろう。

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